2021年07月31日

2.1.1 クイズは“観客”のための“エンタメ”である (「図書館×クイズ=アウトリーチ」試論 : 「99人の壁」を実践例として)

 「図書館×クイズ=アウトリーチ」試論 : 「99人の壁」を実践例として
 index(目次&参考文献)
 0. 序論
 1. 図書館にとってアウトリーチは本質的な概念である
 2. クイズでは何がおこなわれ、何が求められているか
 2.1 クイズとは何をやっている営みなのか?
 2.1.0 「クイズ」とは何であって、何ではないか?
 2.1.1 クイズは“観客”のための“エンタメ”である



2.1.1 クイズは“観客”のための“エンタメ”である

●最初に”お茶の間”があった

 クイズ、特にテレビ番組でのクイズの出題が、学校や資格等の試験問題ともっとも異なるのは、”観客”が存在する”エンターテイメント”であることが前提だ、ということです。
 いやテレビだから当たり前だろう、と言われるかもしれませんが、”観客”があるとないとでは「出題」の前提がまったく異なってきます。その出題が、実力測定のためか候補選抜のためか資格付与のためか、はたまた観客のエンターテイメントのためか、問題を予想しようとしている身にとっては大問題です。

 ここでいう観客は、批評家やクイズマニアや番組スタッフがメインではない、テレビ画面を通してその番組を鑑賞している視聴者です。テレビ番組の視聴者ですから、まあ好きで選んで見てる人たちも多いだろうけど、なんとなく、ドラマか歌番組かぶらぶら散歩するサングラスの人かを選んでも良かったんだけど、縁あってこのクイズ番組を見ている。しかも数百万人という規模の集団なので、平均的な像にしてしまうと特に何かに詳しいとか突出した特徴があるとかいうことも言えなくなってしまうので、例えば「図書館」というものについて、あー、本がたくさんあってタダで借りられるところだな、自分はあんま行かないけど、というイメージを持っているにとどまるであろうような、圧倒的多数の人びと。
 本稿ではこの観客である視聴者群のことを、日本古来の慣用語で”お茶の間”と表現したいと思います。

 図1を再掲します。

図1.JPG

 クイズ番組は”お茶の間”のための”エンターテイメント”である。
 図1の”お茶の間”がここに関与しないのであれば、極端な話、解答者も出題者も企画制作者も誰もこんなことやらなくていいわけです、やってもいいけど仲間内で遊んだりやりとりしてればいいだけの話になる。
実際クイズ研や愛好家グループなどではそれをやってるわけで、それはそれでいいんですが。
 ですが、これが本稿の考察対象である「テレビ番組の企画としてのクイズ」である以上は、前提はやはり”お茶の間”のための”エンターテイメント”、です。


●お茶の間の娯楽に耐え得る「図書館クイズ」とは

 この前提にもとづき、その他諸々の諸条件・諸要件をふまえることによって、クイズの出題をある程度は予想することができます。

 イメージしてみてください。
 あなたはいまから「図書館」についての問題を出題されようとしています。
 ただし、大学や学校の教室で机に向かって、司書資格を取得するために知識と実力を“測定”するために作られた問題を解こうとしている、わけではありません。図書館に就職するために会議室に集められて、その出来不出来で点差をつけて候補者を“選抜”するために作られた問題を解こうとしてる、わけでもありません。
 「図書館」について特に知識も興味もない数百万人のお茶の間の人々が、“娯楽”目的で鑑賞しているステージの上で、「図書館」についてのクイズを出題されようとしている、ということです。
 ということは、「図書館」についてずぶの素人である“お茶の間”が見て楽しめる問題、そういう番組として成立するような、お茶の間の興味をひく、テレビ的な“画”になる、娯楽コンテンツとして成立するような問題が出題される、と考えられます。“測定”や“選抜”は主目的ではない、とはそういうことです。

 これはなかなかの難問です、いや解答者にとってではなく、出題者にとって。
 お茶の間の娯楽に耐え得る、図書館の話題、その出題とは、ということですから。



 例えば、「灰色文献とは何か」「NDCとは何の略か」「そのNDCでチョ・ナムジュ著『82年生まれ、キム・ジヨン』という図書を分類すると何番か」などという試験のような問題(参考:https://twitter.com/dellganov/status/1368155969847365632)は、クイズでは出そうにありません。専門知識や無味乾燥な事実を問うことだけでは、娯楽にならないからです。
 「本がたくさんあって誰でも無料で借りられる施設は何でしょう?」という問題も、幼児向け番組でもない限り出そうにありません。平均的な日本人にとっては、簡単すぎて娯楽にならないからです。

BibliothekSG

 「この教会のような立派な内装の建物は、実はある国の有名な図書館なのですが、さてどこでしょう?」。これなら意外性のある雑学で、かつ見た目にも楽しめる、お茶の間向けの娯楽コンテンツになりそうです。
 このように、何が目的で出題されるのかから逆算することで、テレビ番組のクイズをある程度、これは出そう、これは出なさそう、と予想することができるのではないか、と。

 ちなみにクイズをスポーツやゲームのように争って優劣を競い合う種類の活動を「競技クイズ」という語で表現することもあります(註:近年の用語、だと思います、私が学生クイズ研のころ(90年代前半)はそういう言い方してなかったような気がする)。ですが、ここで扱おうとしているテレビ番組のクイズが”お茶の間”の娯楽を主目的としている以上、”優劣””競技”のための出題は(後述するように)目的の一部ではあり得ても、最優先の目的とは言い難いと考えますので、本稿ではこれを「競技クイズ」とは表現しないことにしています。
 そもそもですが、「競技」が「競技」として成立するためには、ルール、条件設定、評価方法や評価基準などが公正かつ厳格であることが求められるものだと思います。そういう意味では、たとえその番組内で解答者同士がガチで競いあっているかのように見えていても、真性の意味での「競技」かどうかについては問題が別、だということです。

さて、クイズは”観客”の存在と”エンターテイメント”を前提としていることはわかったとして、ではエンターテイメントとして何を提供しているのか。そこをもう少し掘り下げて考えると、「クイズは、“リテラシー”の“ギャップ”を素材とした、”観客”のための”エンターテイメント”である」ということが言えるのではないか、というのが次の話です。

posted by egamiday3 at 11:49| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2.1.0 「クイズ」とは何であって、何ではないか?(「図書館×クイズ=アウトリーチ」試論 : 「99人の壁」を実践例として)

 「図書館×クイズ=アウトリーチ」試論 : 「99人の壁」を実践例として
 index(目次&参考文献)
 0. 序論
 1. 図書館にとってアウトリーチは本質的な概念である
 2. クイズでは何がおこなわれ、何が求められているか
 2.1 クイズとは何をやっている営みなのか?
 2.1.0 「クイズ」とは何であって、何ではないか? 
 2.1.1 クイズは“観客”のための“エンタメ”である


2. クイズでは何がおこなわれ、何が求められているか

 本稿の0.「序章」で、「(99人の壁の)収録参加が決まってから実際の収録日までの間に、どのような問題が出るだろうかということを予想し、対策を練」っていた、と述べました。このように本稿では、最終的に「図書館というジャンルのクイズを予想」しようとしています。

 では、「クイズ」の問題を予想するとはどういうことなのか。どのように考えればそんなことができるのか。
 その前提として、そもそも「クイズ」とは何をやっている営みなのか。
 その前提をあらためて整理・確認することで、なるほど確かに、こうこうこういうふうに考えれば、図書館ジャンルのクイズを予想できるな、ということが言えそうです。
 その「こうこうこういうふうに考えれば」のあたりが、最終的に「図書館のアウトリーチ活動」に合流するんじゃないか、というのをなんとなく先の方(3.)に見据えながら、の2.だと考えていただければ。

 まず2.1において、そもそも「クイズ」とは何をやっている営みなのかを。ついで2.2では、解答者、出題者・企画者、そして鑑賞者(観客・視聴者)はそれぞれクイズにのぞんで何を求め、何を考え、何をおこなっているのかを。順を追って考えてみたいと思います。



2.1. クイズとは何をやっている営みなのか?

2.1.0 「クイズ」とは何であって、何ではないか?

 クイズパートの本論に入る前に、本稿で言う「クイズ」が何を指している(そして何を含めていない)かを、はっきりさせておきます。
 我々が、
  「クイズやろうぜ!」とか、
  「いまクイズ見てる」とか、
  「先生…クイズがしたいです……」
 などと言う時の(言うよね?)「クイズ」ですが、そう名の付くものには種々雑多あります。
 人によってはクロスワードパズルのようなものや言葉遊び的なものを想定しているかもしれませんし、IQテストや検定試験のようなもの、暗記自慢のようなこと、とんちや頭の体操、雑学やうんちく、推理やミステリー、ボードゲーム、あるなしクイズ、最近流行りのなぞ解き脱出ゲームみたいなやつ、などなど。
 本稿においては何について論じているんだ、ということを、定義はもとよりイメージとして共有しておく、ということです。

 ここで扱う「クイズ」とは、例えばこういうものです。

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アナ「1951年6月28日、小説家・林芙美子がなくなっています。では、先ごろ森光子が林芙美子を演じ/……」
青「ピーン」
児玉「青!」
青「放浪記」
児玉「正解、放浪記っ!」
会場「(拍手)」
児玉「先ごろ森光子さんが林芙美子を演じ、舞台で2000回の上演を達成した作品のタイトルは? 放浪記。さあ青の飯田さん、何番?」
(「パネルクイズアタック25」(2009年6月28日放送))
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福留「問題、英語で「Just a moment」と訳された歌舞伎十八番は/何?」
解答者「ピーン」
福留「はい」
解答者「暫(しばらく)」
福留「抜けたーっ!」
解答者「よしっ!」
(「史上最大!第12回アメリカ横断ウルトラクイズ」(1988年12月1日放送))
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(挑戦ジャンル「ラーメン」)
佐藤「ファイナルステージ1本目、クイズ99人の壁」
アナ「早押し問題です。「燕返し」「華厳の滝」/」
ブロッカー「ドーン」
実況「押したのはブロッカー」
佐藤「「Apple」(という挑戦ジャンルの解答者のランプ)がついている。15番の方どうぞ」
ブロッカー「湯切り」
効果音「キロキロキローン」
実況「正解です。さあ小林、追い込まれました」
アナ「「「燕返し」「華厳の滝」「天空落とし」といえば、ラーメンを作る際におこなわれるどんな動作に付けられた名前?」。「湯切り」」
(「超逆境クイズバトル!!99人の壁」(2019年6月22日放送))
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(「伊沢以外にクイズ王はいないの!?ガチ早押し大会でクイズ王決定」. QuizKnock. 2019年7月15日公開. https://www.youtube.com/watch?v=JQzrySyT-uI
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●テレビの「クイズ番組」の中でも、どれであってどれでないか

 まず、テレビ番組として放送されている「クイズ番組」のクイズであることを前提とします。目的が、特定のクイズ番組(「99人の壁」)での出題を予想するものだからです。(なおこの「テレビ」が「ラジオ」「インターネット動画」等の別のマスメディアに変化することはあり得ます。)
 また、日本のクイズ番組には歴史上「知識人解答型」「視聴者解答型」「タレント解答型」等の類型がある(『クイズ文化の社会学』その他参照)らしいですが、これも「99人の壁」にもとづき、視聴者(=いわゆる一般人)参加型を前提とします。ただし、考察の過程で必要に応じてそうでないもの(タレントや知識人がクイズ解答者であるもの)も対象に加えます。
 さらに言えば、クイズをだしにしたトークや情報紹介がメインの番組のようなものが、結局市場では多く生き残ることになりがちではありますが、そういったものを対象とはしていません。芸人が上手くボケること、あるいは天然でボケを発することを笑うのがメインな番組でもなく、クイズっぽいことをゲーム企画のようにやってみせて最終的に新ドラマの宣伝をすることがメインな番組でもなく、世界の不思議な文化風俗を発見した気になってなるほどこれがザ・ワールドかと楽しむような番組とも違います。これらはクイズをコンテンツにしているというよりは、コンテンツにクイズ様式を導入している、という位置づけがたぶん妥当なんでしょう。もちろんおもしろけりゃそれでいいんですが、本稿の対象ではないということです。
 それからその出題内容ですが、「ひらめき」や「発想」や「なぞ解き」などのような言葉で表現されるものとも違う、ということも念のためここで確認しておきます。頭の体操とか脳のトレーニングとか脱出ゲームを模したようなものでこれもしばらく前からずいぶんと流行していますが、この、一定以上の知識の有無を問わないタイプの出題がされるものを、まあそれもまたおもしろいんですけど、本稿ではメインの食材としては扱いません。

 本稿で扱う「クイズ」は、事実に基づいた問題と、その出題・解答・正解の披露と、それをもって解答者がある種のゲーム/企画をプレイする、その様子をコンテンツのメインとする、ということを前提とします。
 とかなんとか長々と回り道してもったいつけましたが、一定以上の年齢層の方には想像しやすい、ある種伝統的でオーソドックスなつくりとしてのクイズ番組コンテンツと言えるかと思います。イメージしやすいのは「アタック25」であり、古くは「アップダウンクイズ」であり、という“あれ”です。(ここでさらなる問題が生じるのが、「アタック25」の終了によってこの”あれ”が”あれ”では通じなくなる、という危惧があるのですが、それはまた別の話(「もうすぐ終了するという「アタック25」について」(egamiday 3) http://egamiday3.seesaa.net/article/482402344.html)として。)
 この手のクイズ番組は70年代80年代は山のようにありましたが、90年代以降ごっそりと少なくなり(というような話は参考文献に多数あるので割愛)、その中にあって「99人の壁」は異色ながらわりと久々に登場した、視聴者参加型のオーソドックスなクイズ番組でありました(過去形です)。


●「クイズ」は「試験」とどうちがうのか

 オーソドックスなクイズ番組でも形式はいろいろと工夫されているものですが、結局煎じ詰めれば、そのフォーマットは以下のような類型で理解できます。
 ・早押し
 ・○×・正誤
 ・選択
 ・筆記(または口頭)
 このうち、学校や資格などの通常の試験出題にはないのが「早押し」です。ですから、クイズといえばなんとなく早押しクイズが想起されるんじゃないかなと思います(逆に言えば「早押し」に使える能力などというものは、「早押しクイズ」(しかも日本語の)にしか使えないわけなんで、よそで使われるわけがないのです)。
本稿が考察の対象とする「99人の壁」も、いろいろな形式はあるものの、この類型のどれかになるという感じです。

 学校や資格などの試験、という話題が出たので、クイズに類するそれらとの違いについても、一応ここで確認しておきます。
 学校での試験は、主に授業内容などでの習熟度を確認するためにおこないます。なので、知識の獲得程度、理解の程度を測定するような出題がなされます。ちゃんと勉強していれば、答えられるはずの問題とか。
 一方で、同じ学校を舞台にしたものでも入学試験の場合、その出来不出来によって候補者を選抜しなければなりませんので、得点差がほどほどにうまくつくような出題がなされます。得点分布があまりに団子になるようにはしない、という。
 資格試験のほうはもう少しちがっていて、資格を与えるためには知っててもらわなければならない程度の知識・実力というものがあるわけで、比較や選抜とはまたちがいます。たとえば医師国家試験では「必修問題の80%の正解」が絶対評価として求められるほか、さらにシビアなことに禁忌選択肢、つまり選んではいけない選択肢を一定数以上選んでしまうと不合格、という「ふるいにかける」ことがおこなわれます。資格を与えるというのはそういうことなんだと。
 そう考えると、同じ内容を「出題」するにしても、目的によって出題傾向は変化するのも当然と言えば当然なわけです。

 で、クイズはそれらのどの「出題」もちがう、と。
 同じように出題と解答の応酬をやっているようには見えるものの、何かの実力を”測定”するためにやっているわけでも、”選抜”や”ふるい”のためでもない。
 しかしすでに確認したように、トークや情報紹介やお笑いのためにやっているわけでも、どうやらない。

 じゃあいったい、クイズとは、誰が、何のために、何をやっている営みなのか?



posted by egamiday3 at 10:24| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年07月28日

1.2 ”99人”は図書館のことをどうとらえているのか? (「図書館×クイズ=アウトリーチ」試論 : 「99人の壁」を実践例として)

 「図書館×クイズ=アウトリーチ」試論 : 「99人の壁」を実践例として
 index(目次&参考文献)
 0. 序論
 1. 図書館にとってアウトリーチは本質的な概念である
 1.1 図書館はアウトリーチをどう築いてきたか、あるいは気付いてきたか?
 1.2 ”99人”は図書館のことをどうとらえているのか?
 2. クイズでは何がおこなわれ、何が求められているか



 1.2 ”99人”は図書館のことをどうとらえているのか?

 1.1「図書館はアウトリーチをどう築いてきたか、あるいは気付いてきたか?」で何が言いたかったを、サクッと言うと、次の2点です。

 誰がどんな”事情”で図書館から遠ざかってるか、アウトリーチしなきゃいけないか、ということについて、我々図書館業界人は真剣に考えてきた(はずだ)し、これからも考えるということ。
 そして、でも、我々図書館業界人にはまだまだ気づけていないことが多いんじゃないか、ということです。


●図書館は誰をユーザととらえるか

 1.1「図書館はアウトリーチをどう築いてきたか、あるいは気付いてきたか?」において、「司書資格のテキストに必ず紹介されている」というアウトリーチ活動の例を挙げました。高齢者、身体の不自由な障碍者、言葉や文化に不慣れな外国人、病院や刑務所等にいて出られない人、といった具合です。もちろんこれらはアウトリーチ活動の対象として図書館が働きかけにいくべき”事情”のある人たちの、”典型”ではあります、が、しかし”すべて”ではないわけです。ユネスコは、「年齢、人種、性別、宗教、国籍、言語、あるいは社会的身分を問わず、すべての人」と言ってます。テキストに載ってるタイプの人たちだけケアしてればいいというわけではないし、仕事でそうすることが決まってるアウトリーチ業務だけやってれば事足りるというわけでもない。
 現在の図書館業界がまだ想定の範囲内として充分に認識しきれてないタイプの人たちとその事情、というものがあるはずだろうなので、そういうことを、観察やインタビュー、時には思考実験のようなことをしてでも常に考え続ける。アウトリーチってそういうことだろうと思います。
 図書館活動の基本は、あらゆる人にあらゆる本・情報と図書館サービスを届けることにあります。という意味では、アウトリーチは図書館活動の本質であると言ってもいい。そもそも、なぜ公共図書館が税金や公的資金を費やして、著者や書店・出版社がビジネスとして売っている商品を買い集めて、それが人によっては私財を払って購入し私的所有物としているようなものなのに、公的に確保して誰彼なしに無料で使わせる、などという、他の業種だったら明らかにあり得ないような活動をパブリックにやってるのかって言えば、端的に言えばそれこそアウトリーチです。その人がお金持ちかそうでないか、リテラシーがあるか無いかに関わらず、知識・情報・コンテンツにアクセスするという現代人に必須の権利を保障する。そのための無料であり、オープンなマインドであり、書籍・情報の”公共財化”である、と考えれば、もう図書館の存在自体がすでにアウトリーチ活動であると言っていいはずです。
 ですから、例えば「勤務時間や休日の関係で開館日や開館時間内に来館が困難な」サラリーマンなんかもその対象となり得ます(この例は図書館員選書『障害者サービス補訂版』(2003年)にあった記述です)。デジタルが苦手で使えない人に、デジタルな情報をどう提供するか。逆に、デジタルでさくさく情報を得ないと間に合わないという人や、むしろデジタルしか使いたくないしそうじゃなきゃ興味がないという人に、アナログしかない情報をどう提供するか。出張や旅行でたまたまその土地に来た人が、不慣れで情報を得られないという事情をどう解消するか。自分のアイデンティティーに悩みつつも友人や家族の眼を気にせざるを得ない思春期の生徒にLGBTQ+の文献・情報をどう届けるのか。大学図書館の専門的な資料に、研究と無関係の市民からリクエストがあるとは思わなかったとか、地方の図書館のマイナーな資料に、海外からわざわざ問い合わせがあるとは思わなかったとかいう時に、どう対応できるか。
 考えれば考えるほど、あれもこれも、ってなっちゃいそうですが、「利用者の無限定性」とはそういうことを言っているんじゃないかと思います。


●「アウトリーチの三様態」

 そのあれもこれもを、ある程度整理して考えることができるようにと思って、授業で学生さんにこの話をするときにいつも書いてる図があります。極私的に名付けて「アウトリーチ三様態の図」、です。これは本稿の筆者が手前勝手につくったので、どこかの文献で認められているものとかではないです。

図2:アウトリーチの三様態.jpg
図2「アウトリーチの三様態」

 @・A・Bと3本の線があります。
 @は「図書館資料を利用したいユーザが来たら、どんなユーザでも受け入れる」の線です。ユーザ自身が自力で図書館まで来ていますが、図書館側がそのユーザを想定に入れてなかった、ということで図書館側に障壁があるかもしれない、だったらそれをどうするか、と。地方の学校図書館にしかない校史資料に、海外の研究者が問い合わせを寄越すとか。どこの大学にも所属していないけど自力で研究活動をしている人が、大学の専門資料を必要としているとか。
 Aは「図書館を利用したくても利用できない事情があるユーザには、図書館から資料を届けに行く」の線です。図書館のアウトリーチ活動で”典型”としてとらえられているのはほぼここに入ります。

 そしてBは、「図書館を利用しない/知らないユーザにも、図書館から近づいていく」の線です。本稿ではここがメインになります。
 図書館にも読書にも特に興味がなく、必要としていなく、図書館に行くとかそれが存在しているとかいう発想がそもそもない、というような人々。ふだんから特に図書館と縁があるわけじゃなく、そのイメージがあるとしても、本がたくさんあってタダで借りれる、くらいじゃないかなっていう人々。そしておそらく、ていうかまちがいなく、世間の皆様のほぼ圧倒的大多数、つまり“100人中99人”が当てはまるであろうタイプの人々。
 そういう人たちのことも、ていうか、そういう人たちのことこそを、図書館はアウトリーチ活動の対象として考えなければならない。公共財化した書籍・資料から、知識・情報・コンテンツを得ることによって、娯楽だけじゃなく個々人の知的活動にも、生活・社会における切実かつ堅実な課題解決にもつながるという、得しかしないじゃないかと我々図書館人が思ってるようなことを、知らない・興味が無いという人に伝える努力をしなくてそれを「公共財」と呼べるのか、と。それは、↑この図の黒い矢印Bを無理やり右側から左側へぐうーっと引っ張ってって懸命に働きかける、ということをするだけの価値があるって、わかってて我々この業界にいるわけですから。
 なので、本や読書には興味ないけど、スタバや託児所があるなら行ってもいいよ、と。ゲーム大会やサッカー中継やるなら、クーラーがついててソファに座ってられるなら、行ってもいいよ、と。Wifiにつながって友達と過ごせるんならたむろ場所にしてもいいよと、そう言われるんであれば、じゃあそうしましょうという図書館もあるわけです。

 そういう人々にリーチするためには、まずBの線の距離感と矛先を、我々図書館業界人はとらまえなきゃじゃないかな、と思うわけです。「図書館とはふだん特に縁のない、100人中99人の世間の皆様」が、図書館のことをどうとらえているのか、またはとらえていないのか。そういうことを、観察やインタビューや思考実験等で、一生懸命に考える。それができて初めてBの線ののばしかたの戦略が立てられるわけなので、それは図書館にとっての本質とも言うべき、アウトリーチ活動の一環である。というふうに、まとめることができるんじゃないかな、って思います。
 0.「序論」でも書いたとおり、図書館業界は、リアルに「超逆境」の中で「99人の壁」に囲まれており、その人たちに向き合い、寄り添い、理解を得つつ、その社会的機能を果たそうと努める、ていう。


 図書館以外の業界の方、サイエンスコミュニケーションとかワークショップとか訪問支援とか地域活動とかビジネスマーケティングに日々取り組んでらっしゃる方々においては、いや、それあたりまえのことを言ってないか、と思われてるかもしれません。そういう意味で「アウトリーチ」という術語を、または一般名詞として、使っておられる方もいらっしゃると思いますし、それについて図書館業界のアウトリーチについてもマインドは同じところにあるんだと思います。

 さて、長いアウトリーチの話の末にたどりついたのが、「100人中99人は、図書館のことをどうとらえているのか」という問いなのですが、これが「図書館というジャンルのクイズ問題を予想する」こととつながる、というのがどうやら本稿の言いたいことのようです。
 図1を再掲します。

図1.JPG
図1

 ではその、「クイズ問題を予想する」なるものがいったいどういうことなのか。それが、次章になります。

posted by egamiday3 at 06:30| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年07月22日

「図書館×クイズ=アウトリーチ」試論 : 「99人の壁」を実践例として index


 このページは「「図書館×クイズ=アウトリーチ」試論 : 「99人の壁」を実践例として 」のindexです。


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 目次
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 0. 序論

 1. 図書館にとってアウトリーチは本質的な概念である
 1.1 図書館はアウトリーチをどう築いてきたか、あるいは気付いてきたか?
 1.2 ”99人”は図書館のことをどうとらえているのか?

 2. クイズでは何がおこなわれ、何が求められているか
 2.1 クイズとは何をやっている営みなのか?
 2.1.0 「クイズ」とは何であって、何ではないか? 

 3. 「図書館×クイズ=アウトリーチ」について(仮)



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 主要な参考文献
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・中山愛理. 「第14章アウトリーチサービス」. 『図書館サービス概論』(講座図書館情報学5). ミネルヴァ書房, 2018, p.214-227.

・長戸勇人. 『クイズは創造力〈理論編〉』. 情報センター出版局, 1990.
・石田佐恵子, 小川博司編. 『クイズ文化の社会学』. 世界思想社, 2003.
・杉基イクラ. 『ナナマルサンバツ』. KADOKAWA. 2010-2020.
・黄菊英, 長谷正人, 太田省一. 『クイズ化するテレビ』. 青弓社, 2014.
・『Quiz Japan』(セブンデイズウォー). 主にvol.9 (2018)〜vol.13 (2021).
・「QuizKnock」(YouTubeチャンネル). https://www.youtube.com/channel/UCQ_MqAw18jFTlBB-f8BP7dw
・「特集 クイズの世界」. 『ユリイカ』(青土社). 2020.7.
・「クイズ、最高の一問 : クイズ作家・矢野了平/日大介」(プロフェッショナル仕事の流儀 他). NHK, 2021.

posted by egamiday3 at 19:49| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

1.1 図書館はアウトリーチをどう築いてきたか、あるいは気付いてきたか? (「図書館×クイズ=アウトリーチ」試論 : 「99人の壁」を実践例として)


(目次(仮))
「図書館×クイズ=アウトリーチ」試論 : 「99人の壁」を実践例として
 index
 0. 序論
 1. 図書館にとってアウトリーチは本質的な概念である
 1.1 図書館はアウトリーチをどう築いてきたか、あるいは気付いてきたか?
 1.2 ”99人”は図書館のことをどうとらえているのか?



1. 図書館にとってアウトリーチは本質的な概念である

 本章では、「図書館×クイズ=アウトリーチ」について考察するための前提として、図書館業界人ではないふつーのカタギな暮らしをなさってる方々に対して、「アウトリーチ」という図書館用語とその概念、そもそも何のことを語ろうとしてるんだということを、説明してみようとするものです。
 ですので、図書館業界ではない人向けの説明ではあるのですが、後半はわりと図書館業界の中でも「アウトリーチってそんな話だっけ?」的な手前勝手な持論を並べたりしてて、それがのちのちの「×クイズ」のあたりに効いてくるので、そのあたりは業界の方向けでもあります。

 結論を先に言えば、「図書館が資料を公共財化して提供する機能」を主としているからには、「世間の100人中99人は、図書館のことをどうとらえているのか」を考えなければならない、という話になります。



1.1 図書館はアウトリーチをどう築いてきたか、あるいは気付いてきたか?

●図書館ではアウトリーチをこうとらえている

 「図書館」と聞くと、100人中99人のみなさんは、本がたくさん置いてあって、好きなときにやってきて自由に手に取って、どんな本でも読んで楽しんだり、何か勉強したり、借りて帰ったりする、というようなことをイメージすると思います。そういう図書館は、どうぞ来たい人は勝手に来て自由に使ってください、という感じだと思いますし、だいたいはそれでいいと思います。
 でも、そういうイメージをした方というのは、それができる方じゃないかなと思います。ここで問題にしたいのは、その「好きなときにやってきて、本を手に取って」ということを、やりたくても自由にできない人もいる、ということです。つまり何らかの”事情”があって、イメージできる普通の方法や条件だけでは、本を読んで知識を得るということができない。資料・情報へのアクセスに支障・不自由があって、そのせいで何らかの不利益をこうむっているかもしれない、という人もいるわけです。例えば目の不自由な人、足の不自由な人、図書館が近くにない人、仕事が忙しくてそれどころではない人、保護者といっしょじゃないと図書館に来られない小さい子や、引っ越してきたばかりの土地で慣れていない人、外国から来たばかりで日本語が読めない人もいるかもしれない。
 そういう人たちは「来たい人は勝手に来て自由にしてください」だけでは図書館を使えないわけなので、じゃあどうするかというと、図書館のほうからその人たちの”事情”にあわせて何かしらの対策をとったり、働きかけをして、本を読んだり情報をゲットしたりということの手助けをしようとする、資料・情報へのアクセスを保障しようとします。

 図書館のこういう活動のことを「アウトリーチ」と言います。
 アウトリーチ(outreach)、これは英語で「遠くに届ける」「手を伸ばす」というような意味です。
 (この言葉を使うのは図書館の業界だけではなくて、医療・社会福祉とか、芸術・文化活動などでも使われます。なので、自分の知ってる「アウトリーチ」とちょっとちがうな、と思う人もいるかもしれませんが、のちのち、マインドはだいたい同じだとわかってもらえると思います)

 例えば、図書館で働く司書が、その資格を取るために学ぶテキストには、こういうアウトリーチ活動の例が必ず紹介されています。以下はその典型的な例で、たいていどのテキストにも共通して載ってるものです。
 例えば高齢者・障碍者、つまり身体の自由がきかない等の理由があるタイプ。じゃあ、本が読みづらかったり読めなかったりする人には、大活字本や点字本やネットの音声読み上げ機能を提供しようとか、図書館まで足を運ぶことが難しい場合は宅配サービスをしましょう、などのことをします。
 在日外国人や言語・文化的マイノリティ、言葉や文化に不慣れで図書館が使いづらいとか日本語の本が読めないという人のために、外国語の案内を作ったり、外国語の本を備えたり、あるいは文化交流会のようなことを企画したりもします。
 病院の入院患者や、矯正施設、つまり刑務所ですね、そういうところの入所者も自ら学んだり情報を得たりする必要があるわけなんで、図書館には来られないかも知れないけども、病院や刑務所に本を届けたりするサービスもあります。

 で、図書館というのはこのアウトリーチ活動とその考え方をとても重要視するところだ、と思ってください。
 文献を読んで情報を得る、というのは、娯楽だけではなくて、生活の問題、人生や仕事の問題、社会の問題を左右しますから、現代の我々ひとりひとりにとってとても重要なことです。遠いとかお金がかかるとか年齢とか、そういう”事情”のせいでそれが自由にできない、不利益が生じる。そういう人がいたら、それは解消すべきだ、という考え方です。来たけりゃ来い、では済まない、と。一般に「知る自由」「知る権利」と呼ばれるものです。
 「いろいろな事情で図書館利用から阻害されている人々がおり、図書館は、すべての住民の知る自由の拡大に努めなければならない」。これは、図書館業界人向けの『公立図書館の任務と目標』という文書で述べられていることです。(「公立図書館の任務と目標」. 日本図書館協会. http://www.jla.or.jp/library/gudeline/tabid/236/Default.aspx) 

 図書館におけるアウトリーチ活動とその考え方について、近年の出版物の中では下記の文献がもっともまとまっていてかつ全体像が見渡せると思います。
・中山愛理. 「第14章アウトリーチサービス」. 『図書館サービス概論』(講座図書館情報学5). ミネルヴァ書房, 2018, p.214-227.


●まだ気付けていないユーザがいるかもしれない

 さて、ここはちょっと詳しめの解説になります。あれだったら飛ばしてもらってもいいです。

 図書館業界がアウトリーチを重要視していることは、いくつかの文献からわかっていただけます。
 1994年にUNESCOが発表した『公共図書館宣言』では、「年齢、人種、性別、宗教、国籍、言語、あるいは社会的身分を問わず、すべての人が平等に利用できるという原則」に基づき、「図書館に来られない利用者に対するアウトリーチ・サービス」が必要である、としています。(「UNESCO Public Library Manifesto」. http://www.unesco.org/webworld/libraries/manifestos/libraman.html、日本語訳はhttp://www.jla.or.jp/library/gudeline/tabid/237/Default.aspx
 それから2014年に国際図書館連盟(IFLA)が発表した『情報へのアクセスと開発に関するリヨン宣言』というものでは、「情報へのアクセスによって、人々、特に社会の主流から取り残されている人々と貧しい生活をしている人々に」多くの権限が付与されるということ、そして図書館はそういう人たちの「差し迫ったニーズと問題を明らかにし、それらに注目」して支援するんだ、ということをうたっています。(「The Lyon Declaration」. http://www.lyondeclaration.org/、日本語訳はhttp://www.dinf.ne.jp/doc/japanese/access/ifla/lyon-declaration_jp.html

 とはいえ、最初からすべてのアウトリーチが実現できてたわけではなくて、それなりに模索してきた歴史というのが日本にも海外にもあります。
 アメリカの公共図書館でアウトリーチ活動が本格的に展開し始めたのは、1960-70年代あたりのようです。いわゆる公民権運動というのが社会的背景にあって、公共図書館でも人種的マイノリティや低所得者層へのサービスの低さが認識されるようになった。そもそもそういう人たちが住む地域に資料や図書館自体が少ないのは、間接的な”差別” ではないのか。というような指摘(『公立図書館へのアクセス』. アメリカ図書館協会, 1963)があったりして、その後、その認識の対象は、身体に不自由のある人、高齢者、刑務所内にいる人、英語の不自由な人、というように様々にひろがっていったわけです。
 そのひろがっていった、ということのひとつにクリーヴランド公立図書館の例があります。この図書館はよその地域よりも以前から視覚障碍者・病院・児童といった人々を相手にアウトリーチに取り組んでいたらしく、それはそれでちゃんとしてるじゃないかと思うんですが、1971年の報告書で、いや、そうじゃない、我々は”非白人”の人々へのサービスがちゃんとできてない、と表明して、スペイン系の住民等へもはたらきかけ始めた、ということだそうです。

 このクリーヴランド公立図書館の例からわかることは、図書館は、それまで想定していなかったタイプのユーザについて、その「ニーズ」を認識し、問題をあきらかにして、そのユーザに対するアウトリーチ活動に取り組んできた、ということです。と同時に、ていうか逆に考えると、現在の図書館であっても、まだ認識も想定もされていないユーザがいて、何らかの”事情”で資料・情報の利用・アクセスに支障がある、それが解消されないまま不利益をこうむっているかもしれない、そういう可能性がある、ということも言えると思います。

 このへんの話は、以下の文献を参考にしました。
・川崎良孝. 『図書館の歴史 アメリカ編 増訂第2版』. (図書館員選書, 31). 日本図書館協会, 2003.
・日本図書館協会多文化サービス研究委員会編. 『多文化サービス入門』. (JLA図書館実践シリーズ, 2). 日本図書館協会, 2004.
・塩見昇, 川崎良孝編著. 『知る自由の保障と図書館』. 京都大学図書館情報学研究会, 2006.
・川崎良孝. 『アメリカ公立図書館・人種隔離・アメリカ図書館協会 : 理念と現実との確執』. 京都大学図書館情報学研究会, 2006.

 セルフ参考文献。
・(メモ)図書館とアウトリーチ : どうしたら未知の"不利益をこうむっているユーザ"に気づけるか、まで。: egamiday 3
 http://egamiday3.seesaa.net/article/408591215.html
posted by egamiday3 at 19:36| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年07月17日

0. 序論 -- 「図書館×クイズ=アウトリーチ」試論 : 「99人の壁」を実践例として

(目次(仮))
「図書館×クイズ=アウトリーチ」試論 : 「99人の壁」を実践例として
 index
 0. 序論
 1. 図書館にとってアウトリーチは本質的な概念である



0. 序論


 長い話です。

 本稿のタイトルは、「「図書館×クイズ=アウトリーチ」試論 : 「99人の壁」を実践例として」、です。
 このタイトルのもと、本稿では、
  ・ クイズ番組「99人の壁」においてジャンル「図書館」で出題される問題を予想する
 というある種の思考実験を実践し、またそのことを踏まえて、
  ・ 図書館の本質であるアウトリーチと、クイズとの関係性について、考察する
 ということを試み、ひいては、
  ・ クイズを通して、図書館のアウトリーチ活動の意義確認とその拡大発展に寄与する
 ことを企図しています。

 なんのこっちゃ、と思われるでしょうが、本人は存外にマジメです。
 異なる2ジャンルの話を無理くりつなげてるようにも見えますが、だからこそ本稿は、「図書館」のことも「クイズ」のことも基礎からあらためて考え直して言語化することを目標にしています。

 本稿の筆者(egamidayさん)は、2019年6月、フジテレビの素人参加型クイズ番組「超逆境クイズバトル!! 99人の壁」(本稿では「99人の壁」と称する)の収録に参加し、ジャンル「図書館」として出題されるクイズの問題に答えるという、図書館業界人の中でもわりと希有なほうの部類に入る体験をしてきました。(なお結果としては、まあまあなところまで手がかかったかに思えたものの、巨大な壁を前に目立った活躍も見せられず放送では順当にカット、というていたらくに終わっています。が、本稿の焦点はそこにはありません。そう、そこじゃないんです。)

・超逆境クイズバトル!! 99人の壁- フジテレビ
 https://www.fujitv.co.jp/99wall/

 その収録参加が決まってから実際の収録日までの間に、どのような問題が出るだろうかということを予想し、対策を練る、ということを結構がんばってやってたわけですが、あんな問題だろうか、こんな問題だろうか、と考えているうちに、ふと、そうか、こうやって図書館についてのクイズ問題を予想しようとしていろいろ考えていること自体が、図書館におけるアウトリーチ活動の一環であるのだな、と思うに至ったわけです。「図書館×クイズ=アウトリーチ」、です。本稿の焦点はここにあります。

 というわけで本稿で論じるのは、なぜ「図書館のアウトリーチ」と「クイズ」などという本来であれば出会うことのないような、ひとつの数式内に記述されることがあるとは思えないような、日本の牛丼チェーン店とジョージア料理くらいかけ離れたもの同士がどうマッチングするのか、というようなことについての考察と言語化を試みたものであります。
 またそれを論じるべく、ていうかさっきからこいつ何言ってんの、と思ってらっしゃるでしょうなので、図書館業界人でこの記事を読みに来たけど「クイズ」がどうの「99人の壁」がなんのことかさっぱりわからんという方のために、また、クイズや99人の壁目当てで記事を読みに来たが「図書館」の「アウトリーチ」などという業界用語をちらつかされて困惑してる方のために、それぞれについての概要と、前提となる基礎的な考察を、たぶんわりと丁寧めに書くでありましょう。なので、章節番号はかなり増えます。
 そしてそのうえで、じゃあ筆者は実際どんなふうにジャンル「図書館」の問題を予想したんだ、それはどういう考えにもとづいてなんだ、という、思考実験というか思考実体験を文字化してみる、という予定です。

 本稿の構成です。
 前編が、概論・考察編。後編が、詳論・実践編です。

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(前編)
1. 図書館にとって本質的なアウトリーチという概念について
2. クイズでは何がおこなわれ、何が求められているのかについて
3. 「図書館×クイズ=アウトリーチ」について
(後編)
4.以降 「99人の壁」の特徴分析と、問題予想の実践
※追々アップデート予定
-----------------------------------------------------

 前編では、「図書館×クイズ=アウトリーチ」という数式がいかに成立するかを考察します。まず1.では、図書館業界のことをご存じない方のために、「アウトリーチ」という図書館にとって本質的な概念を説明します。一方続く2.では、クイズ問題を予想するとはどういうことか、なぜそのようなことをするのか、またどう予想できるのかを考察するために、そもそもクイズとはいったい何なのかというところまで遡って考えます。その結果として、ジャンル「図書館」の「クイズ」を予想して考えるという行為が、図書館における「アウトリーチ」にどのように結び付くのかを、3.で考察します。

 前編の世界観を、1枚の図で描いてみました。
 本稿ではこういうことを言おうとしてるらしいということの、先行チラ見せです。

図1.JPG

 解答者とクイズ問題とその出題者が、リテラシーとかいう謎の赤い枠をはみ出しているあたりが、味わい深いと思っていただければ。

 そののち後編においては、主に2.で示されたクイズについての概論をふまえ、本稿が実践の対象とするテレビ番組「99人の壁」の企画やルールの特質をふまえながら、「図書館」というジャンルでどのような問題が出題されると予想できるか/予想したか、を実践的に示す予定です。
 予定ですっていうか、たぶんそうなるんじゃないかなというボンヤリとしたものです、この構成を仮設定してから1年以上前編書いててまだ終わらないので、書いてるうちにどうなるか、ていうかもう書き終わらないんじゃないかなってちょっと思ってます、極私的サグラダ。

 なお本稿においては上記のことを論じるにあたり、いくつかの前提を設けています。
 本稿の主に後編(実践編)において、実際に存在しかつ現在進行形で製作・収録・放送がおこなわれているテレビ番組を題材にしてはいますが、ここで論じることや述べることはすべて「おおやけに放送された番組内容」や「刊行されている文献類」のみにもとづいて考察したものであり、かつ「自分が予想したこと」を述べるにとどまるものです。時間軸で言えば”収録前””出題前”です。なので、実際の収録現場やその他の密室で個人的に見聞きしたような、おおやけになっていない情報については、まったく考察に加えませんし、述べることはありません。収録での進行やバックヤードの様子がどうだったのかとか、実際にどんな問題が出たのかとか、それにどう答えてどういう結果が出たのかとか、そのときの佐藤二朗MCのリアクションがどれくらい微妙だったのか、などといった、番組収録・進行や実際の問題にかかわる話題についても、ここではいっさい触れません。ただただ、収録開始直前まで、ていうか牧原さんや小坂さんの口から問題が読まれる0コンマ数秒前までの間に、これからどんな問題が出されるのだろうかということを懸命に予想していた、自分の脳内での思考の過程”だけ”について、語っているものと思ってください。なお本稿が考察の対象とする「おおやけに放送された番組内容」は、スペシャル版初回から、2019年6月22日放送分、森昌子がジャンル「森昌子」で100万円獲得とかいうなかなか渋めだった回、までとなります。なぜなら、私が実際に収録参加する前に放送されたのがそこまでであったからです。
 2019年6月、だいぶ前ですね。文献を参照しつつ考察を整理するのに、2年かかりました。2年の間に番組の様相もルールも出題傾向もすっかり変わってしまいました。ですが、本稿は「番組出場者の対策」が目的ではなく、それを素材とした「アウトリーチ」や「リテラシー」に関する考察がメインですので、特に問題とはなりませんし、問題にはしません。

 …ああそうか、そんなことを長々と考察していったい何の意味があるのか、ですね。
 本稿のねらいです。
 本稿では、図書館についてのクイズ問題を予想すること自体が、図書館のアウトリーチ活動の一環である、ということをけっこう乱暴なかたちで証明しようとしています。しかもそのアウトリーチ活動は、図書館業界において典型的と見なされているそれとは多少ズレているおそれがあります。ですが、ていうかだからこそ、それが証明され実現されるに至れば、いままでリーチしなかったクラスタにリーチしてこなかった方法でリーチできる、新しいアウトリーチを考える糸口が見える、ということになります。そう、新しい層へのアウトリーチの道を開くことこそが、真のアウトリーチなんじゃないでしょうか、これはマジで声を大にして言いたい日本語です。
 しかもその層は、本稿で論じられるような”テレビの前のお茶の間の人々”、つまり、ふだんは図書館などというものについて特に気にしたことも考えたこともなく興味もないし理解もざっくりとしている、世の中の大多数、あーそうです、まさに100人中の99人にあたるような人たちです。図書館は日々そのような人々に向き合い、寄り添い、理解を得つつ、その社会的機能を果たそうと努めています。そういう意味で図書館業界は、リアルに「超逆境」の中で「99人の壁」に囲まれていると言えるでしょう、ていうか言っちゃいたい、言いましょう。
 そのような層へのアウトリーチの道が開けるかもしれない、そう考えれば、このネットの片隅でビット・バイトを食い潰しながらでもどこまで書けるか書いてみたい、って思うじゃないですか。
 というわけで、本稿でおこなう思考実験によって、図書館における実際のアウトリーチ活動とその意義・考え方の拡大・発展に寄与したい、そうなってほしい。と、願っています。

 もちろん、「え、趣味や酔狂の類でしょ?」と言われれば、いっさい否定はしません。


 最後に、主な参考文献(特にクイズ面)です。
 これ以外の文献も随時参照・言及しますが、おおむねこれらにすっかりお世話になっていますということを提示することで、本稿はその世界観をふまえてるんだな、ということがわかっていただけるんじゃないかと思います。
 ていうか近年とみに文献が増えてきてて、あ、そういう流れなんだな、というのもなんとなく感じますね。
-----------------------------------------------------
・長戸勇人. 『クイズは創造力〈理論編〉』. 情報センター出版局, 1990.
・石田佐恵子, 小川博司編. 『クイズ文化の社会学』. 世界思想社, 2003.
・杉基イクラ. 『ナナマルサンバツ』. KADOKAWA. 2010-2020.
・黄菊英, 長谷正人, 太田省一. 『クイズ化するテレビ』. 青弓社, 2014.
・『Quiz Japan』(セブンデイズウォー). 主にvol.9 (2018)〜vol.13 (2021).
・「QuizKnock」(YouTubeチャンネル). https://www.youtube.com/channel/UCQ_MqAw18jFTlBB-f8BP7dw
・「特集 クイズの世界」. 『ユリイカ』(青土社). 2020.7.
・「クイズ、最高の一問 : クイズ作家・矢野了平/日大介」(プロフェッショナル仕事の流儀 他). NHK, 2021.
(その他、実際のクイズ番組多数)
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 なお、現時点で書き終わりの目処が立ってないため、予定は未定です。発端から2年経って全体の3分の1程度しか書けてない。既出の「牛丼屋とジョージア料理」のネタとかそこそこ古いし(だいぶ前に書いた)。
 でもいいんです。図書館のこと考えてる時と、クイズのこと考えてる時が、めちゃめちゃ楽しいので。

 旅行も当分行けそうにないし。


posted by egamiday3 at 13:23| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年07月10日

もうすぐ終了するという「アタック25」について


 「アタック25」終了へ 放送開始から46年の歴史に幕:朝日新聞デジタル
 https://www.asahi.com/articles/ASP6S5F1TP6SPTFC003.html

 な、なんだってーっ。


 アタック25さんについては、1度目は学生の時にペーパー予選を受けて、それは通ったものの面接で軽くスベって(が理由かどうかは定かでは、いや、たぶん定かだな)落とされ、10年後くらいの2度目ではペーパーでさくっと落とされ、3度目にいたっては応募しても返事すら無かったという、まあ残念ながらご縁の無かった番組です。
 あ、もちろんクイズ研仲間の応援席で観覧は1度しました。児玉さんのふわっとしたポーズを撮らせてもらった写真が、自宅のダンボール群をひっくりかえせばどこかにはあるはず。

 以上は、極々個人の想い出。
 それとは別に、この報を受けて考えたこと2点です。

 1つめ。
 いやむしろ、いままで終わってなかったのが奇跡ではあるよな、と。
 クイズ、特にテレビ番組としての視聴者参加型のそれというのは、もうここ30年ほどごっそりと無くなっていて、ついぞ復活することはありませんでした。(なかった、と少なくともあたしは理解してます、クイズ関連文献では諸説あるものの。)
 クイズというものが成り立つには、解答者、企画者、観覧者(視聴者)全体で、ある特定の"リテラシーの範囲"が共有されている必要があるわけです。これは知ってて当たり前、これは知らなくて当たり前、これは知ってそうで知らなさそうで知ってたらエライ。それを、1億数千万人の視聴者が暗黙のうちになんとなーく共有している範囲内で、問題を出し合い解答を競い合うから、お茶の間の娯楽として成り立つ。
 アタック25その他の視聴者参加型クイズ番組が百花繚乱だったあの頃というのは、その国民的リテラシーのようなもの(あくまで、のようなもの、実態はほぼ鵺)が在り得た時代であり、そして時代が移り社会や人々と知識情報のあり方がなんやかんや(省略)で変容し、その大きな物語が通用しなくなれば、当然クイズも娯楽として通用しなくなるわけで、じゃあどうしたかっていうと、「中学社会」のようにリテラシー範囲を設定したり、リテラシーの高さ(東大王・頭脳王)や低さ(ヘキサゴン)を鑑賞したり、ニッチさや深さ(99人の壁)を鑑賞したり、でなきゃ世界の不思議を発見しに行くようなクイズをだしにした情報番組にシフトしたり、ただただ芸能人を見たい/見せたいというバラエティ番組、それだったら成り立つよねということでしょう。
 そんな中で、大きな物語もなく、特定のリテラシー範囲設定もなく、ただ一般教養という「ほんとにそんなものあったのだろうか」という議論すら呼びそうなものを前提にして、何のキャラクターも持たない見知らぬ素人が、答えたり答えなかったり角を取ったり取らなかったりパリに行ったり行かなかったりするのを、万人が視聴する。CSでもEテレでもなく民放地上波で。そんな”奇跡の空間”が週1回30分とは言え残ってた、終わってなかったというのが、もう、ただただすごい。


 2つめ。
 「クイズとは、ああいうものである」が、終わっていくんじゃないか説。
 元クイズ研であるという身分をどこかでカミングアウトすると、まあいろんなティピカルな反応をいただくわけなんですけども、いくつかあるうちのひとつに、「えっと、そのクイズというのは、どういう「クイズ」?」というのがあるわけです、世の中にはいろんなクイズの在り方があるので、クロスワードパズルのようなのをやるの? IQテストや検定試験みたいなの? ボードゲーム、あるなしクイズ、最近だとなぞ解き脱出ゲームみたいなやつかな?
 ていう「その「クイズ」とは何ぞや」問題が浮上しているときに、まあ、これ言えばほぼ間違いなく通じるという説明を、ひとことピシャリと言うわけですよね。

 「アタック25みたいなやつです」。

 つまり、1つの文章からなる問題文(日本語の)が、音声として読み上げられるのを、複数人で同時に聞いて、早く分かった人がボタンを押して解答権を得て、正解か不正解かで競争する。そういう種類の遊戯ですよ、という定義。

 いや、そんなこといちいち↑長ったらしく言わなくても、まあなんとなくわかるじゃん。
 と、そう思えるのは、我々がそういうクイズの在り方をこれまで暗黙のうちに共有してきたからであり、共有できているのはそういうものを主にテレビ番組のようなマスメディアを通して触れてきた(何せ「テレビ番組」のようにコストをかけられる場でないと、早押しボタンのシステムひとつ、そこまでカジュアルにそこらへんにあるわけではない)からであって、毎週30分とはいえ定期的&継続的にその在り方を公衆の面前に開陳していた番組がその認識の共有を支えてきたわけです。
 これ、「アタック25」無きあとのことを考えると。
 「アタック25」を見たことがない人やもう覚えてない人に、クイズってああいうもの、という認識を、容易に共有してもらえるだろうか。と思うと、じわじわと困難になっていきそうな気がしてるわけです。テレビ番組やネット動画の随所ではもちろん残るでしょうが、認識は一般化していかない、いけないんじゃないか。遊戯のフォーマットとしての認知度がゆっくりゆっくりくだってくんじゃないか。
 なんせ、早押しボタンという電気的かつ高コストなシステムがないと成立しないような代物ですから、善男善女が日常生活送ってる限り画面の向こう側以外で触れるどころか目にすることもないもの。それにくらべて、いわゆる「謎解き」というフォーマットの、なんと流通しやすいことか。そりゃ流行ります。


 もちろん、「アタック25」にしろ「クイズ(という出題と解答からなる娯楽)」にしろ、もっといろんな考え方、切り口があり得るわけですが、とりあえず、もうすぐ終了するという一報を聞いたときに考えたこと2点、の記録でした。

 クイズのことを考えるのは、楽しいねえ。
 と、書いておく。



posted by egamiday3 at 17:12| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

もうすぐ終了するというCiNiiのArticlesについて


 国立情報学研究所(NII)、CiNii ArticlesをCiNii Researchに統合すると発表 | カレントアウェアネス・ポータル
 https://current.ndl.go.jp/node/44356
 「2021年7月6日、国立情報学研究所(NII)が、CiNii ArticlesをCiNii Researchへ統合し、論文検索はCiNii Researchに一本化すると発表しました。」

 な、なんだってーっ。

 というわけで、NII学術情報基盤オープンフォーラムの「CiNii Researchと大学図書館」というコマで、「図書館の現場および海外から見た情報検索基盤」というお題をいただいたので、すこししゃべってきました。
 そのメモです。

 RCOSトラック1 - NII OPEN FORUM 2021
 https://www.nii.ac.jp/openforum/2021/day1_rcos1.html

 いろんな成り行きによるとはいえ、大徳寺散歩中にオファー受けた時から「なんで私が、”CiNii Researchと大学図書館”に?」感はなかなか拭えなくはあるのですが、図書館の現場の立場としてナマの意見を、という感じだったので、特にあまり難しくor精緻には考えてないです、だいたいで。
 とは言え、自分ひとりのコメントだけ10分間しゃべってもn=1の説得力しかないだろうしと思い、簡単にではありますがTwitterやFacebookなどを使って業界界隈の方にざっくりコメント募集させていただきました。n=40〜50くらいにはなったかしら。各所でご協力くださったみなさまには、ほんとに感謝しております、ありがとうございました。やっぱこういうのって、いろんな立場の人がいろんな視点からいろんなことをやいのやいの言い合えるほうが、得るもの多いんじゃないかな、って思いますね。
 そのいただいたコメントは一応「フォーラムだけで使います」宣言付きなので、こんな場末のblogでポロリしたりとかはしませんが、自分なりにそれをざっくり編集・匿名化したものとして、まとめてみて、ここに置いておきます。


●A高R低

 「CiNii Articles知ってますか/使ってますか」「CiNii Research知ってますか/使ってますか」の質問では、ほとんどの人が、「CiNii Research? なにそれ?」でした。これはしょうがないと思います、かく言うあたしが、今回のオファーを機に初めてまともに使いましたから。いや、あまりまともにも使ってないけど。
 で、アンケートで「ぜひ実際使ってみて、良いところ・ダメなところをコメントください」とお願いしましたが、それでもそれなりの文章でコメントくださったのは数人でした。はかばかしいコメントが得られなかったというのが正直なところで、当日の発表も、すみません、おおむねArticlesの話をずっとしてました。


●最初にOAがあった

 そのArticlesの良いところを挙げてもらったら、まあ、ほぼ絶賛です。「不満はいっさいない」とか言われてる。正直、これほど愛されてるデータベースの類を探すのは難しいんじゃないかしら。
 特に注目した褒めポイントが、「オープンアクセス(OA)論文」のことなんですけど、これちょっとおもしろかったのがですね。
 図書館関係者は、「OAへのリンクが出ること」褒めや、「OAあるのにリンクが出ない」ことへの不満。つまりアクセスですね。
 一方、研究者・教員は「OAを検索できる、絞り込める、本文も検索できる」というふうに、どうやら「OAを探せるツール」と考えておられる。
 これが学生・一般になると、「調べ物をしにくる」「論文で事実確認するため」とか「PDFを見る」とか言うようになる。つまり、論文情報の検索じゃなくて、「論文そのものを見るためのサイト」みたいに解釈してるふしがどうやらあるっぽいです。
 ビジネス逸話でよく「お客はドリルがほしいんじゃなくて、穴をあけたいんだ」的な比喩を聞きますが、たぶんこれは、「NIIさんはドリルを売ってるつもりでも、お客は穴を買ったと思ってる」みたいになってないかな、っていう。


●ソースのトレーサビリティ&アカウンタビリティ

 もちろんダメ出しも少なくありませんでした。
 今回よく聞かれたのの、第1位はまあもちろん「OA論文が少ない」でしたが(註:それを「CiNii Articlesへの不満」として言うくらいには同一視されてる)、それとほぼ同じくらいいろんな人から聞かれたのが、「収録されている情報に不審な点、不信な点がある」というものです。
 「これはヒットするのに、これはヒットしないの?」
 「なぜこれは入ってないの?」
 「この情報どこからきたの? おかしくない?」
 という、源流というかソースへの不審感・不信感。

 これも興味深いことに、なんとなく図書館関係者と研究者・教員とで言うことがちがってて。
 図書館関係者の不満は「データがおかしい」とか「重複してる」とか、「ネットに現にOAあるのに、そのリンクがない」とか、データ、レコード、データベースのつくりあたりに対するツッコミ、みたいなのが主のようです。「ギチギチの基準でできた書誌と、(多分IRDB由来の)雑多で不揃いの文献情報が、混じってるのが微妙」っていう感じのご意見が何人かからあって、なるほどおっしゃるとおりと思いました。
 一方で研究者・教員の不満は、圧倒的に「収録雑誌や論文の採否への不審・不信」にあるようです。「学術雑誌のあれとこれがない」「市町村・地方研究会の論文雑誌が入っていない」「なのに大衆誌や"偏った"雑誌がある」「書籍内の論文はどうした」云々。
 「収録範囲、採録基準がよくわからない」よね、ということでしょう。これちなみに補足しておきますと、「基準がわからない」みたいなことを言われると「あ、これが基準です、一覧です」「こういう理由でヒットしないです」みたいに答えがちじゃないですか。でもちがうんですよね、ここで「わからない」っていうのは「知りたい」っていう意味じゃないんです。「納得できない」ってことです、そこですれちがっちゃう。
 この納得できなさは、研究者・教員が「論文の発信者」の立場に立つと一層強くなるかと思います。「よその雑誌はヒットするのに、うちの雑誌はヒットしない」「自分の論文がヒットしない」「ヒットしなかったら読んだり引用したりしてもらえない」「じゃあ、載せてもらうにはどうしたらいいのか、わからない」。実を言うと昔はうちとこもわりと苦労した問題でした。ポータル/インフラとして愛されれば愛されるほど、格差の問題も強くなるんだろうなと思います。まあそれを、誰が、どこまで、どうやって解決するかは、また別問題として議論を切り分けるべきかと思いますが。

 それは置いとくとしても、ただ、ユーザは必ずしも「ざっくりヒットしさえすれば、細かいことは気にしない」という人ばかりではない、ということはせめて意識しておきたいと思いました。公共図書館と大学図書館とでまたお客の反応は変わってくるものかと思いますが、こちらが思う以上に、ヒットする/しないや、ソースが何か、収録の採否に対して、敏感に疑問を投げかけてくる人は多いです。だから、ソースにあたってデータの妥当性を確認できること、何が入ってて何が入ってないかを納得でき、必要があれば議論し直せること。トレーサビリティ&アカウンタビリティ。
 Google登場以降の検索サービスはディスカバラビリティ方面がイケイケどんどんだったかもしれませんが、もちろんそれは重要であったとしても、それは別にトレーサビリティ&アカウンタビリティなんか誰も気にしてねえよ、っていうのとは違うと思うので、犠牲にされずにどっちも両立されててほしい、と思いました。


●「次」へ向かって走れ

 で、それと同じことが、やっとですが、CiNii Researchさんの方でもコメントとして出るわけです。
 つまり、「なんでCiNii Articles/Booksではヒットするものが、CiNii Researchではヒットしないの?」「なんで検索結果が減ってるの?」と。(念のため再度補足です、「なんで?」というのは「理由や仕組みを知りたい」という意味じゃないです、「ヒットしてくれ」「同じ(or以上)であってくれ」と言ってます。なんでヒットしないかはヘルプなりアバウトなり見ればよい。)
 あと、「検索結果のソースがわからない」「データの出所はいったいどこなのか」「何が載ってて何が載ってないのかがわからない」、うん、Articlesと同じでしたね。

 そこまではまあいい(よくはないですが)として、CiNii Researchさんへの反応がArticlesさんへの反応と若干違うのはどうやらこのあとのようです。
 というのも、上記のような感じで検索結果やそのデータに不審・不信がありました。じゃあそれ確認しなおすために、同じデータやキーワードで他のDB、NDLサーチやCiNii Books等の他のCiNiiを、再検索しに行きたい、と思う。
 これがCiNii Articlesさんにはいろんなボタンやリンクやタブがあるし、みんな使い慣れてるから、わりとすっと”次”に行けるんですが。一方で、いまのCiNii Researchさんではそれがだいぶ苦労するみたいです。苦労するっていうか、リンクやボタンがない、あってもわかりにくい。なんかシンプルすぎて、画面がなぜか黒くて…あーおもいだした、セブンイレブンのセルフコーヒーマシンみたいなんだ。でもブラウザに自分でテプラ貼るわけにもいかないしな。

 これはあたしみたいな山すその図書館員が言うのも口幅ったいくらい、たぶんシステム関係のみなさんにはコモンなセンスなんだろうと思うんですが、よい検索サービスとは何かって言われたら、「次にどうしたらいいかがすぐにわかる」ですよね、たぶん。NDLオンラインは、アカウント持ってるユーザなら遠隔複写すぐに申し込める。NDLサーチからデジタルコレクションに飛べる。CiNii Articlesも、自分の大学のOPACに戻れたりILL申し込みボタンがあったり、そのままNDL検索にも行ける。
 この、「次にどうしたらいいかがすぐにわかる」ものがあること。ポータルで統合的でディスカバラブルなデータベースであることよりも、検索結果を前に「……で?」て言わなくてすむようなののほうが、直感で、あ、これ使えるデータベースだな、って思える気がしますね。

 ……というようなことを考えてたところ、当日別の方からのご発表で、超クールな「OAリクエストボタン」なるものの実装を予定中という発表がありまして(註:担当者の実務的にはわりとしんどそうな要調整案件ではありますが)、これについては、↓下記あたりで動画やパワポが公開されているorされるようになろうと思いますので、ぜひご覧くださいませ(ダイレクトマーケティング)。

 RCOSトラック1 - NII OPEN FORUM 2021
 https://www.nii.ac.jp/openforum/2021/day1_rcos1.html


●その他もろもろ

 その他の落ち穂拾いです。

・研究者の方からの、CiNii Articlesは"横断検索"できる(=学際的な意味で)、という意見がなるほどでした。不慣れな他分野の文献を簡単に検索できる、他分野の研究者の業績を確認できる、そういうインフラであると。
・これも研究者から、多かったのが、「Articlesは名寄せ・研究者情報まわりが甘い」という不満です。同姓同名の識別、外国人名の表記、重複など、このあたりはResearchが解決するのでしょうか。
・CiNii Researchは現状、理系向けというか、あるいは事務方/評価業務向けのツールになってるような気がします。人社系の人向けの設計っぽくはあまり見えないんじゃないかな、Articlesが人社系向けっぽいからよけいにそう見えるのかもですが。
・じゃあどうしたらって聞かれたんですが、CiNii Recearchの「本」「論文」「研究データ」云々の横に、「デジタルアーカイブ」っていうタブがあったら、人社系イチコロじゃないかな、って思いました。それは、また別のところで汗をかく話につながりますが。
・今回のアンケートで一般(学術機関所属ではないという意味)の方からもいくつかコメントをいただきましたが、CiNiiにしろOAにしろ、学術界が社会に還元するべきものを還元するための公的なリソース、なんだということをあらためて実感しました。ネットで無料でオープンにパブリックされていること、これが最強説。
・あ、海外からの反応ですね。「ローマ字」です、ローマ字。ヒットするだけじゃなく、表示込みで。
 参照:「日本美術の資料に関わる情報発信力の向上のための課題解決についての提案」https://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/digitalarchive_kyougikai/jitumu/dai8/siryou1_2.pdf


 というような感じで、CiNii Researchさんが上位互換としてCiNii Articlesの好評を相続するまでには、まだもうちょいありそうなので、これからに期待、という感じです。

posted by egamiday3 at 17:03| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年6月のまとめ

■2021年6月のまとめ

●総評
 とはいえ、わりと書き物は多くしてた、表(パブリッシュ)にこそ出てないものの。

●6月のまとめ
・朝一で二条城、毎回違う路地を歩く。
・新町通
・御池通
・電器屋での突然の出逢いと下見、あっけない解決。
・デジタルアーカイブについて考える。
・「洛北史学」
・突然の大徳寺オファー。
・寺ノ内通
・「メディアの違いによる影響の大きさは大いに認めつつも、さりとて、メディアの違いを言い訳にその可能性を狭めたくはないのだ。」「1人でいいなら、その1人になる。」
・「未来の図書館をつくるための 図書館情報資源論」
・「日本近世文学会デジタル時代の和本リテラシー」。デジタルは選択可能なメディアというより不可避な環境変化である、と受けとった。」
・「「COVID-19 : 学校図書館支援プログラム」から見える、情報組織化と検索サービスの未来」@情組研。中央集約型ウェブ検索エンジンからの脱却。説明可能な検索とすること。何を出すか出さないか上げるか、少なくとも図書館の検索システムでは説明可能とするべき。
・四十肩の具合がクイっとよくなる。やったね。
・「ひきこもり先生」
・たぶん最後の在宅勤務(に、なってほしい)
・猪熊通り
・デジタルアーカイブ・クイズ
・「アートドキュメンテーション学会」。全国美術館収蔵品サーチ「SHŪZŌ」について。
・箱いっぱいの野菜と取っ組み合い。
・桂坂〜苔寺〜松尾
・庭にクチナシの花が咲いた。アジサイは結局どちらも枯れた。
・メルカリ発送初体験の巻。
・「「アタック25」今秋終了へ 長寿クイズ番組46年の歴史に幕」。「「中学社会」のようにリテラシー範囲を設定するか、高さ(東大王)、低さ(ヘキサゴン)、狭さ深さ(99人)を見るか、じゃなきゃ芸能人、という中で、何のリテラシー範囲設定もなしに素人のクイズを万人が視聴する、それが生き残ってたアタック25の方が"奇跡の空間"ではあった。」
・CiNii ArticlesとCiNii Researchについて。「ディスカバラビリティを重視したポータルサイトはありがたいものの、だからと言ってトレーサビリティやアカウンタビリティを犠牲にしていいというわけではないと思うので、どっちもビリっててほしい。」
・西陣界隈
・関西文脈の会。ここでもジャパンサーチとメタデータ。
・大宮通
・ドラム式がやってきた、ヤァ!ヤァ!ヤァ! 22年ぶりの洗濯機買い替えで、洗濯にまつわる時間と手間のコストがほぼゼロになり、QOLが大幅にアップした。
・夏越の祓@上賀茂神社
・健康診断の結果は、まあまあ横ばいくらい。

●6月の進捗
 無理くり進捗させる算段を取り始めた。
 こまかな区切りと露出が大事と知る。
 あと、結果(コンテンツ)よりも課程(クリエイティング)のほうがメインなんじゃないかと思い出しはじめる。
 (ここは反省会場か?)

●7月の取り組み
 ・あれとこれとそれとをパブリッシュさせる
 ・祇園祭…


 まとめ時間かかりすぎてない?
posted by egamiday3 at 16:10| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「海外の日本研究と日本図書館」に関する2021年6月の動向レビュー -- 日本史研究者のキャリア、NACSISにOCLC、東京外大オンライン授業 他 ( #本棚の中のニッポン )


■日本研究
●「Surveying Premodern Historians of Japan: Past, Present, and Future Directions of the Field」(Paula R. Curtis)
https://www.asianstudies.org/surveying-premodern-historians-of-japan-past-present-and-future-directions-of-the-field/

 1940年代から現代までの、前近代の日本歴史を専門とする研究者について、そのキャリアのあり方を、アンケート調査や文献から調査したもの。
 以下、重要そうなところを拾いメモ。
 
・1946年から2020年の間に、93人の日本の前近代史研究者がいた。現役は38人、大学院生は15人。60年間で学位取得数は緩やかに増加。
・女性が初めて学位を取得したのは1975年。男性が多かったが、2010年代に入るとその格差は解消される傾向にある。ただしこのジェンダーバランスの変化は、採用・テニュアトラックが最も厳しいここ20年の間のものであることに注意。終身雇用か任期付きかで言えば、より安定した雇用形態を持つ教員の大半は依然として男性である。また学生指導が可能な職は、14人のうち1人だけが女性というアンバランス。今後5年から10年の間に、主要な研究機関で将来の前近代日本の歴史家を養成するための安定したポジションに就く女性はいなくなると思われる。
・現在の雇用形態のために博士課程の学生を教育することができない23人のうち13人が、機会があれば教育したいと答える。にもかかわらず学生を育成できない理由は、テニュアトラックのポジションがない、自分の所属する機関にも歴史学に特化した博士課程がない、歴史学の学生を育成できない学部に所属している、雇用機会が得られるという保証がない限り学生をプログラムに参加させることに慎重、など。日本の前近代史への関心が高まり大学院生が増えているにもかかわらず、学術界の経済状況や不安定さのためにこの分野を離れる人が増えている。
・自分たちの研究を促進し、その重要性を示すために、効果的なアウトリーチを実践し、専門家ではない幅広い読者に自分たちの研究を理解してもらい、アクセスできるようにすること。研究の関連性を小さなコミュニティを超えて伝え、グローバルな文脈とローカルな文脈における前近代日本史の重要性を提唱しなければならない。
・(以下は自動翻訳そのままの保留的メモ)「1946年から2026年の間に、前近代日本の歴史家に授与された、あるいは授与される予定の93の学位のうち、大部分は歴史学または歴史学と言語学のハイブリッド学科で取得されており(表2)、学位授与数の63.5%(59)を占めています。地域研究や言語・文化プログラムは、学位取得者の35.5%(33名)を占めていますが、政治学では例外的に1名が取得しています。これらのデータは、60年の間に、ほとんどの前近代日本の歴史家が歴史学部での学問的なトレーニングを通じて学位とトレーニングを取得したことを示唆していますが、かなりの数の歴史家が、表向きは「地域研究」でありながら、日本の歴史家を生み出すことに強みを持つプログラムを通じて学位を取得しています。例えば、プリンストン大学の東アジア研究学科は、地域研究や言語・文化プログラムで授与された33の学位のうち13(40%弱)を占めています。」

●国際研究集会「日本中世史データベースの国際比較」を開催 | 東京大学  https://www.u-tokyo.ac.jp/focus/ja/articles/z0206_00011.html
「ボン大学では共同研究センター「文化比較で見た前近代史におけるその諸形態」が立ち上げられ、その一環として、デトレフ・タランチェフスキ氏を中心とした研究プロジェクト「中世日本における王権の委譲と分割による支配エリートの再生」が進められています。」

●海外在住の外国人教員が責任者に。東京外大がオンライン授業で新制度|ニュースイッチ by 日刊工業新聞社
 https://newswitch.jp/index.php/p/27756
「学生は留学しなくても日本語研究の拠点である海外の協定校の教員や学生と交流し、本格的な履修の機会を得られる」

●早大・UCLA連携 柳井イニシアティブ – 早稲田大学
 https://www.waseda.jp/top/news/topic/73002
「早大・UCLA連携「柳井イニシアティブ」日本文化研究のさらなるグローバル化に向けて柳井氏が継続支援」

●「北米における日本関連在外資料調査研究・活用 ―言語生活史研究に基づいた近現代の在外資料論の構築―」研究発表会 (2021年6月26日) | 国立国語研究所
 https://www.ninjal.ac.jp/event/specialists/project-meeting/m-2021/20210626/

●Questionnaire for Researchers in Modern Japanese Literary Studies Living Overseas
 https://amjls.jp/archives/795
「学会の国際化を考え、海外の研究者および外国語で研究を行っている日本在住の研究者との連繋をはかることを目的とし、当学会が現在どのような課題をもっており、今後どうしていくべきかを考えるためのアンケート」


■コミュニティ
●Announcing NCC's Next Humanities Faculty Representative
 News - NCC News - LibGuides at North American Coordinating Council on Japanese Library Resources
 https://guides.nccjapan.org/homepage/news/news/Announcing-NCCs-Next-Humanities-Faculty-Representative?utm_source=soc&utm_medium=ref&utm_campaign=soc21
「Dr. Alisa Freedman will be joining the NCC Council as our next Humanities Faculty Representative from July 1, 2021, until June 30, 2024.」

●笹川郁夫氏逝去
 北米日本研究資料調整協議会(NCC)から感謝状贈呈(2006年)
 https://www.nii.ac.jp/CAT-ILL/gif/news/20060407/NCC-certificate.html
「国際学術コミュニケーション(特別)委員会GIFプロジェクトの中心メンバーとして、日米ILL/DDの枠組みである Global ILL Flamework (GIF)の立ち上げに携わるなど、日米間における学術コミュニケーションの改善に向けた、文字どおり大学図書館職員同士の直接対話("face-to-face communication")による貢献」


■デジタルアーカイブ&デジタルヒューマニティーズ
●The Schedule for the Digital Orientalist’s Virtual Workshop and Conference 2021 – The Digital Orientalist
 https://digitalorientalist.com/2021/06/08/the-schedule-for-the-digital-orientalists-virtual-workshop-and-conference-2021/

●デジタルアーカイブ・テクニカルワークショップ「Digitizing Hanging Scrolls」を開催しました。 | ART RESEARCH CENTER, RITSUMEIKAN UNIVERSITY
 https://www.arc.ritsumei.ac.jp/j/news/pc/008052.html
「立命館大学アート・リサーチセンター(以下ARC)は、セインズベリー日本藝術研究所(SISJAC)と英国イーストアングリア大学との共同で、デジタル・アーカイブの技術面に焦点をあてたワークショップを開催」

●ジャパンサーチ紹介動画(NCC)
・How to Use Japan Search: Basic Search - YouTube
 https://www.youtube.com/watch?v=O_aio9DNyDA
・Using Japan Search: The Nobi Earthquake Disaster of 1891
 https://youtu.be/IUPGFykcEKI
・How to use Japan Search: My Note
 https://www.youtube.com/watch?v=5m50KrAXRBc

●「Japanese Studies Spotlight: Re-Envisioning Japan: Japan as Destination in Visual and Material Culture」
News - NCC News - LibGuides at North American Coordinating Council on Japanese Library Resources
 https://guides.nccjapan.org/homepage/news/news/Japanese-Studies-Spotlight-Re-Envisioning-Japan
「(過去20年の間に、個人的な研究から、研究と教育を目的とした教員・図書館・学生の学際的な協力関係へと有機的に発展してきました。)」


■学術情報
●国立情報学研究所(NII)、目録所在情報サービス(NACSIS-CAT/ILL)の再構築開始を発表 | カレントアウェアネス・ポータル
 https://current.ndl.go.jp/node/44217
・NACSIS-CATのシステム基盤にはOCLCのCBS(Controlled Bibliographic Service、地域・国レベルの総合目録のために設計されたもの)を採用。
・各館とはCATPで動作する一方で、内部のメタデータはMARC21にも準拠し国際的交換が容易になる。
・図書館間相互貸借(ILL)サービスは株式会社シー・エム・エスが構築し、CBSとのシームレスな連携を行う。

●E2397 - 佛教大学図書館におけるAlma導入の目的と現況 | カレントアウェアネス・ポータル
 https://current.ndl.go.jp/e2397
「日本の学術情報の国外展開への寄与に関しては,AlmaにWorldCatとの連携機能が用意されていることから,日常業務であるAlmaへの書誌登録を通して,WorldCatへの日本語書誌レコードの登録や更新をすることができるようになった」

●Springboard Japan – Dartmouth-UCSD Japan Studies Digital Project
https://sites.dartmouth.edu/springboard-japan-demo/
「既存の研究成果 (学術論文・学術書の書評) の翻訳 (日⇔英) を提供する『スプリングボード・ジャパン・トランスレイツ』」


■電子書籍/e-resource
●丸善雄松堂、米国議会図書館と電子書籍配信プラットフォームの導入契約を締結
 https://www.shinbunka.co.jp/news2021/06/210624-01.htm
「米国議会図書館において、丸善雄松堂が開発・運営する電子書籍プラットフォーム「Maruzen eBook Library」(以下、MeL)の採択を受け、導入契約を締結した」

●LibraryPass、KODANSHA USA PUBLISHINGと連携し学校・図書館向けのマンガ貸出を拡大すると発表 | カレントアウェアネス・ポータル
 https://current.ndl.go.jp/node/44319
「学校や公共図書館、学術図書館を対象にデジタルコンテンツを提供するLibraryPass」「200タイトル以上が利用可能であり、夏の間に1,000タイトル以上に増える予定です。利用者は、同時アクセス人数の制限なくいつでも学校や図書館から電子コミック、グラフィックノベル、マンガを借りられる」


■文化・エンタメ
●国際交流基金 - 日本の優れた舞台公演 国境を越えてオンライン配信「STAGE BEYOND BORDERS」 2021年2月スタート
 https://www.jpf.go.jp/j/project/culture/perform/online/index.html
「現代演劇、ダンス・パフォーマンス、伝統芸能の3分野で構成されており、各公演は約5か国語の多言語字幕付きで、国際交流基金の公式YouTubeチャンネルから無料で視聴できます」



■社会問題
・米、日本の技能実習を問題視 国務省が人身売買報告書 | 共同通信
 https://nordot.app/783475530682630144

・中国人作家の「日本宣伝」騒動が映し出すもの―海外メディア
 https://www.recordchina.co.jp/b877805-s25-c30-d0052.html

・Foreign students campaign against entry ‘discrimination’
 https://www.universityworldnews.com/post.php?story=20210527181409962
・Letter by Concerned Scholars Regarding Japan's Border Closures
 https://the.organise.network/campaigns/teamup-letter-by-concerned-scholars-regarding-japan-s-border-closures
「日本の法務省が長期ビザの申請を再開し、長期ビザ保有者とそのパートナーおよび家族に国境を開放することを求めるものです。また、国境管理に関する透明性を求めます。」

・【動画あり】「外国人監視に市民を動員」入管庁が在留カード真偽読取アプリを一般公開 難民懇が問題視:東京新聞 TOKYO Web
 https://www.tokyo-np.co.jp/article/110774

posted by egamiday3 at 15:41| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする