2008年04月20日

リンクリゾルバは、京都駅市バス乗り場でいろいろ教えてくれる人、である。

 
 「学術電子情報資源と図書館システム−リンクリゾルバー,ERMS,図書館ポータル」を聴いてきてみましたよ。
 http://www.tezuka-gu.ac.jp/public/seiken/meeting/news.html

 リンクリゾルバがなんなのかが、やっとのことで判りました。(たぶん)
 行ってよかった。

 以下、メモ。

・たぶん、リンクリゾルバっていうのは、めっちゃ忙しい駅員さんとか、京都駅の市バス乗り場のとこにいる案内人さんみたいなもんである。と、しとこう。
・551風に言うと、リンクリゾルバがないとき。例えばPubmedさんの検索結果画面に、その論文のe-journalへのリンクボタンがあるとする。そのリンクボタンには行き先のURLが書いてあるから、その場所へジャンプできる。ところが残念ながら、e-journalの行き先なんていつどう変わるかわかったもんじゃなかったり、行き先の会社さんによってまちまちだったりするので、Pubmedさんの行き先URLメンテの手間なんてのはとてつもなくなってしまうよ。
 ところがリンクリゾルバがあるときっていうのは、Pubmedさんがこの論文のe-journalへジャンプさせたい、っていう意思を、いったんリンクリゾルバさんに伝える(ここでPMIDていうのを使うらしいが詳細は不明)。そうするとリンクリゾルバさんは、あ、そのe-journalさんならいまのURLはこれこれですよ、というのをあらかじめ集中的に把握してくれていて、その行き先にジャンプさせてくれる。なので、Pubmedさん自身はメンテの手間がいらないのでとってもラクをできるよ。
 そして、ここで初めて江上は理解したのですけど、ということはあらかじめ各e-journal会社のURLとかその変更とかを集中的に抱え持って日々メンテし続けてるリンクリゾルバさんの有り様っていうのは、実は存外にアナログな存在でいらっしゃるんだな、ということでしたよ。なんかもっと、自動的・機械的・アナライズ的な仕事をしてるのかと思ってたんだけど。
・別の例。CrossRefさんというのは、DOI(註:論文ひとつひとつにISBNみたいな国際標準番号をつけてあげる仕組み。残念ながらKABAちゃんでも伴都美子でもない。)をキーにした、そのe-journalへの行き先URLなどのデータベースを、バックに抱え持っていて、日々メンテナンスしてらっしゃる。ので、例えばURL内にそのDOIを記述するなどして、リンクのかたちで、その情報を持ったままCrossRefさんへジャンプしていくと、CrossRefさんは、あ、そのDOIの人のe-journalならこっちですよ、と行き先URLを教えてくれて、またぞろジャンプできる、という仕組みだよ。だからやっぱり、元々のリンクを作る人自身が、移ろいやすいURLをメンテする必要はなくて、DOIさえわかってればいつでもそこへジャンプ(×2)できる保証が得られる、と。
・さて、これが機関リンクリゾルバと呼ばれるもの、京大さんではArticleLinkerを使い、ハーバードさんではSFXを使ってるわけですが、じゃあ例えばそのSFXさんの場合。OPACのリンクボタンなり、論文データベース検索の結果なり、それ以前の検索語入力なりの結果として、とある論文の書誌情報をOpenURL化したもの(註:「http://sfx」なんやらかんやらのあとに、「cgi?」があって、「title=●●●&volume=●●●&◎◎◎=●●●」みたいにURL内にベターって書いちゃう例のやつ)が生成されるとするじゃないですか。そしてそこをクリックすると、さっきのDOIの例みたいに、その情報を持ったままSFXさんのところへジャンプしに行くので、SFXさんは自分の持ってるバックのデータベース(註:これを「情報基盤」「Knowledge Base」とおっしゃる)と照合しますよね。
 で、このSFXさんがさらに賢いことその1。たんに「e-journal本文テキスト」への行き先URLを出してあげるだけじゃなくて、「契約電子ブックの本文テキスト」へのリンクとか、「無料公開・オープンアクセスなjournal・book」へのリンクとか、「学内OPACの該当書誌」へのリンクとか、「契約論文データベースの検索画面」へのリンク(もちろんその情報を抱えたまま行ける)とか、あろうことか「ILL申込み用の画面」(もちろんその情報を抱え(ry )へのリンクとか、図書館サービス的にこれこれへ案内させてあげたいなあ、と常々願っているところへのリンクを、ずらずらずらっと出してあげることができる。
 さらに賢いことその2。このSFXさんがバックに持ってるデータベースには、各社e-journalのURL情報とか、電子ブック情報とか、オープンアクセスなリソースの情報とかいうグローバルな(最大公約数的な)情報だけでなく、各大学図書館さんに固有の契約情報を確保していらっしゃるので、同じe-journalでも、この大学さんのユーザさんでいらっしゃるなら、この巻号年の論文はこのサイトのが見れますよ、この巻号年ならJSTORさんですよ、この巻号年はごめんなさい、というローカルでカスタマイズな案内ができるよ。ていうか、そのためのシステムなんだね、これは。
・で、ここが一瞬あれ?と思ったんだけど、SFXさんの出してくれたリンクをクリックすると、そこからCrossRefさんへジャンプする、というようなことをおっしゃったような気がするよ。それは何、リンクリゾルバがバックで別のリンクリゾルバを利用してる、ていうことかしら。ジャンプに次ぐジャンプ?
・というようなお話をきいてて、ああなるほど、そんなふうに便利なんだな、賢いんだなと特に思ったのは、移ろいやすいURLやプロフィール的なのの把握とメンテを外注するんだな、ということ。契約条件的なローカルのを管理してくれる(=学内入手の可否)んだな、ということ。オープンアクセスのような、正直、有象無象で網羅的に把握できそうにないタイプの資料も、ちゃんと把握してくれてるということ。結果、eでも紙でも、講読でもオープンでも、「持ってるのに探せない」とか「見れるのにそれを知らない」とかいう、いままでくそたわけのようにありがちだったもったいなさを解消してくれるんだ、ということ。しかも、検索しようとしてる論文についての情報をOpenURLなりなんなりのかたちで後生大事に抱え持ってあちこちにジャンプしてくれる(=エクスポートだな)ので、いちいち入力しなくていい(註:なるほど、シームレスシームレスと言うてはったのはこれか。しかしそうなると、シームレスってのは本筋に比べてだいぶおまけ的な便利さなんじゃなかろうか)ということ。
・で、このリンクリゾルバさんを各種データベースやe-resourceの仲介役として、センターに据えておけば、これまで連携してくれなかったサービス同士・資源同士をつなげることができるよ、とおっしゃる。ああ、なんだ、ハブってことか。しかしそうなると、そのリンクリゾルバさんのバックにあるデータベースのメンテナンスっていうのは、これまで各図書館とかが泥臭くベタベタとやってきたアナログな管理の外注、なわけだなあ。

 以下、ERMSの話。
 江上は、ERMSってのは情報とかシステムとかいう文脈よりも、人事とか職務分掌とか部署部局間コミュニケーションの文脈で語るべき問題だと思っているので、なんとなくのメモ。

・DLF(Digital Library Federation)が、2004年(うわ、そんな前なんだ)に、DLF-ERMI(註:でぃーえるえふ・あーみー、と訓む)という標準化要件を提案しているよ。
・NIIがそれを最近和訳したよ。
・(口を酸っぱくして言うけど)ERMSとは、複数多数のスタッフがe-resource情報を共同で利用するためのインフラなのだよ。これの真逆を言えば、Excelとかで、誰かのPC上で管理更新していて、一部のスタッフのみにその作業負荷も情報も集中してしまってる状態、だよ。
・SUSHI、という、日本人としては口にするのも恥ずかしい語呂合わせの標準化規格があるよ、これは、e-resourceの利用統計を取得するのに、各社ばらばらだと使いにくくてかなわん、だって、利用統計って学内予算配分を決定するのにいっちばん生々しく必要なデータなんだからさ、ていうんで、その利用統計取得の要領を標準化しちゃえばいいじゃん、ていう規格だよ。
・それどころか、個々のe-resourceの契約・ライセンス情報まで標準化しちゃおうぜ、とおっしゃってるらしくて、さすがアメリカさんは”合理化”の目の付け所がちがうよなあ、と惚れ惚れするんだけど、もうこの辺になると正直着いていけないので、今日はここまで、だよ。

 おまけの情報。
 という名の、未来の自分への課題。

・ZOTERO。Firefox用のプラグインで、あろうことか、いま現在ブラウザ上に表示されている書誌情報っぽい文字列を、書誌データとしてうまい具合に抽出してくれる、らしい。俄かには信じがたい夢の超特急機能。
・COinS。↑こういうことをするための、標準化規格。ま・い・り・ま・し・た。\(^o^)/

posted by egamiday3 at 21:37| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ネット書店が役に立たない例

 (この記事は「書誌のともblog」に移しました。20080530)


 1年ぶりに日本で暮らす。
 ということはすなわち、1年ぶりに日本での本屋歩きをぶらぶら楽しむ、ということでもあるわけで。

 ところで、渡米前だと、本を買うにあたっては8割方がAmazonさんや7&Yさんを使っていたのでしたよ。買って読んでみたい本についての情報に出会うのが、ネットやメールであることが多いものだから、そのままネット書店でチェックしてカートに入れてポチッとな、ていう感じだったので。

 なのですが、この4月からこっち、ネットで本を買う機会がめっきり減って、8割方が本屋に出向いて、実際に手にとって、チェックしてから買う、という感じに移行してしまったのですよ。

 なんとなればすなわち。

 4月から「環境が変わったぞ号」で、バス−電車−バス・バス−電車−バスという通勤生活になった。
 ↓
 でも、バスとかは酔うし苦手で、そんな中で文字のちっちゃな、行間の詰まった本なんか読んでると、脳が死んでしまいそうになる。
 ↓
 でも、そんな通勤時間を無駄なく過ごそうとすると、結局は、本を読んで過ごすという最大の誘惑に勝てるわけがない。
 ↓
 じゃあせめて酔わないように、文字の大きめで、行間のゆったりした本にしようと思う。

 で、本屋に入って本を選ぶにあたって、内容がよさそうでも、おもろそうでも、いかにも江上好きしそうなど真ん中本であっても、手にとってページを開いてみて、文字がちっちゃかったり、行間が詰まってたり、あろうことかニ段組になってたりすると、あぁ、これは買うのやめとこ、というふうに切って捨ててしまってる、という自分に気付くのでしたよ。

 そんなだからまあ、ネット書店で本を買おうという気も減退するなあ。

 そりゃ個人的な都合だな、と思われる向きもあるかもわかりませんが、この、「文字が大きいかちっちゃか、行が読みやすいか読みづらいか」という問題は存外に無視できないだろう、と思うのでしたよ。
 というのも、例えばうちの母親の人だって結構な本読みのはずなんだけど、「こないだ読んだこれこれがおもろかったから、送ったげようか」みたいな話をたまにしたりすると、二言目くらいに「その本の字は大きいのかちっちゃいのか」とおっしゃる。いくらおもろそうな本であっても、字がちっちゃければ読む気がしない、というのは、ある程度の年齢以上の方には結構に深刻な問題なんだろうな、と、これまでぼんやりとしか意識してこなかったことを、通勤生活の変化というきっかけをもって、我が身に染みて感じるようになってきたのでしたよ。

 ネット書店のなかみ検索でそこまでわかるのか、といえば、まあがんばればわかるようになる仕組みも作れなくはなかろうが、当面はリアル書店のほうに分があるということになるよなあ。

 で、じゃあそこで、文字サイズが自由に変えられる電子ブックだ、ということに話が移るのかもしれんが、それはまあ、別の話としときましょうかね。

 余談ですが、院生の同級だった人が、論文をコピーするときに全部A3に拡大してたので、なんでかと問うと、年をとって研究生活を続けてるときでも、苦なく読めるように、ていうふうにゆってたよ。
posted by egamiday3 at 17:17| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

紙の本が役に立たない例

 1年ぶりに日本で暮らす。
 ということはすなわち、1年ぶりに日本での本屋歩きをぶらぶら楽しむ、ということでもあるわけで。

 一時帰国してたときは、「いまここで本買っても、日本にいる間に読めるわけでもないし、アメリカに持っていけるわけでもないから」という理由で、アメリカの日本書店を歩いてるときは、「いまここで本買っても、日本に持って帰る本を増やしてしまうだけだから」という理由で、買わないことを前提にまわってるので、食指も動かせず、アンテナも働かせず、おもしろくもなんともないよね。
 欲しい本があれば買って手に入れられる、という前提があるからこそ、本屋歩きは楽しいよ。

 というわけで先日、1年ぶりに、図書館学の棚、日本の大型書店のそれ、の前に、のっしと立って見たのですよ。ひさびさに。この業界のこの1年にどんな動きがあったろうか、なにかしらおもろそうな、必読そうな、お役立ちそうな本が出てれば、今日はリミッターはずして買ったろうか、という気概満ち満ちで。

 ・・・・・・いっさい買う気が起こらなかったよ。
 なんだろう。
 この、食指が動かない感じは。

 ここに並んでるどの本を買ってみても、いま現在の、もしくは今後将来の、日本の図書館業界、少なくとも日本の大学図書館業界の持つ諸問題を解決するヒントを、いっさい得られそうにないという、荒涼感は。

 ここに並んでるどの本よりも、たとえばかたつむりさんやmyなんとかさん(註:うちの周囲では「マイなんとかさんのブログ」と言えばだいたい通じる)のblogを読んでるほうが、よっぽど解決ヒントを得られそうな気がして、早う帰ってRSSリーダチェックしたくなる(註:このころまだ日本のケータイを再入手してない)感じは。

 印刷物たる図書のほうが、編集段階で、精査されて、信頼度が高くて、云々かんぬんというのが、都市伝説にしか思えなくなってくる、敗虚感は。

 ただたんに、自分の感じ方・考え方がちょっと変わっちゃっただけなのか。それとも、もっとほかに原因があるのか。
 とりあえず結論は出さずに、もうしばらく時間をおいてからまた見に行くことにするよ。

 そういえば、帰国してから、新聞講読を再契約してないよ。
 意外といらないもんだよ。
 

posted by egamiday3 at 17:12| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

図書館のコピー機で自分のノートをコピーしても、会議室でお弁当食べても(←古い)


 図書館のコピー機で自分のノートをコピーしたらダメなのかどうか
 http://egamiday3.seesaa.net/article/93420384.html

 「大学図書館における著作権問題Q&A」(http://wwwsoc.nii.ac.jp/anul/j/documents/coop/copyrightQA_v6.pdf)に載ってるよ、と教えてもらったよ。

 「Q2:図書館に設置しているコピー機で、利用者が持ち込んだ資料・ノート等を複写したいという要望がありますが、許可して問題ないでしょうか。」

 「この疑問を解消したくて、ちょっと漁ってみたけど、いい証言が見つからなかったよ。」

 不精して、ろくな漁り方してないのがバレバレだった・・・。m(_ _)m

 気を取り直して(笑)。

 それにしても、「権利者側から、図書館内で行われる複写は法31条に基づく複写に限られるべきとの主張」というのがまた納得できなくて、この”権利者側”という鵺の人たちのこの主張は、ノートの著作者たる利用者個々人の持つ、自分のノートに対する複製権、を侵害する発言ということにはなってくれないのかしら。

 というか、「著作権法上、利用者の所有する資料やノートの複写が問題であるとは必ずしも言えない」と主張し返さない限り、このままだと主張したもん勝ちになってしまうんじゃないかと思うんだけど、まああれかな、いまの図書館サービスって、現行の著作権法を厳密に考えてしまうと、結構な部分、あちこち立ちゆかなくなりかねないので、こういうオフィシャルな文書上ではあまり刺激したくないということかしら。著作権講習の最終日テストでは、「ILLは著作権違反である」に「○」書かせられたし。いまもそうなのかは知らんけど、少なくとも江上のときは。

 でもそうなると、結果、最後の一文たる「館外のコピー機の利用を促すべき」だけが発効してしまって、みなさんそれに倣えな感じになっちゃうのが、悔しいね。

 まあ、ポスターに「ノートはコピーするな」と書かないのがせめてものあれなのかな。

 まったくもって、こればっかりは”フェアユース大国”のアメリカさんを懐かしく思うよ。

 フェアユースにしようよね。
posted by egamiday3 at 17:10| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

最近読んだ本

 「受験のシンデレラ」。

 受かってよかったね。

 
posted by egamiday3 at 05:51| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする