去る9月と1月に、春画的な用向き(http://egamiday3.seesaa.net/article/376964225.html)でロンドンの大英博物館に行ってきました。どちらも2-3日程度ではありましたが、ほぼずっと博物館内に居て仕事してた感じでした。
居てた場所としては、仕事として地下倉庫(バックヤード)にずっと籠もるとか、たまに空き時間に展示室(お客のいる場所)で展示見るとかでしたが、加えて、ちょくちょく居てたのが、グレートコートと呼ばれる場所です。
このグレートコートって、ミュージアムが持つ”場所”としてなんか結構すげえぞ、ということをつらつら思ってたので書いときます。
どうすげえかと言うと。
・無目的/多目的なパブリック・スペースとしてすげえ具合いい。
・アクセスというか身動きがすげえ良くなる。
・なんか存在がすげえグレーていうか狭間(はざま)。


↑写真はこんな感じです。
で、どういうフロアプランになってる場所かというと、↓こんな感じ。
本館建物をざっくり「ロ」の字型だと言っちゃうと、その「ロ」の四辺に囲まれた中庭部分ですね、その真ん中に円形の建物(いわゆるBLの円形リーディングルームだったところ)があったところを、すっぽり屋根をかぶせて床を張ってモダンに改装して、まるごと屋内にしちゃった、結果的に巨大吹き抜けスペースになってます。屋根っつってもガラスですから、お日さまの様子も雨の様子も、夕暮れや宵の様子も感じとれます。
現在このフロアには、インフォメーションカウンターがあり、特別展チケット売り場があり、ミュージアムショップがあり、簡易カフェスタンドがあり、ベンチがたくさんあり、その他はまあまあ広い床スペースというパブリック・スペースになってます。中央の円形部分はかつてのリーディングルーム、いまはときどき特別展示会場として使われる、という。館内ではごくごく近年にできた新参者的なスペースのはずなんだけど、たぶんいまとなっては大英博物館の象徴的おもて看板的存在になってるんじゃないかな、って思いますね。
で、ここ滞在中のあたしは、なにかっていうとここでぼーっとしてるっていう感じだったんです、というのも、仕事をすべきバックヤードへは鍵がないと入れないので、中のスタッフの人と待ち合わせるためにここにいる、とか。仕事終わりで解放されはしたけど身も心も脳も疲れ果ててクールダウンするために、ぼーっとベンチに腰掛けてるとか。次の用務までに時間があいちゃってごめんなさいここでお茶しててって言われて、時間つぶしにここにいるとか。その末に、ごめんもう30分待って、ってここにいるとか。そんなん。
そうやってぼーっとしてると、いろんな人たちがここに来て、ここを通って、しばらくここで過ごして、そしてどこかへ行く、っていうそういう様子が見られるわけです。
学生グループがフロアマップ囲んでわいわい言ってるとか。
日本人の中高年の一団が先頭のガイドさんにひっついてだらだら歩いてたりとか。
おのぼりさんっぽいファミリーがコート内のでっかい彫像の前でかわるがわる写真撮ったりとか。
夫婦で来た人が本見ながらあっち行こうかこっち行こうかを延々ディスカッションしてるとか。
それだけならただの公園のかわりでしかないのかもしれないけど、加えて。
例えば、地下のエデュケーション・ルーム的な場所へ続く階段があって、そこへ行くために小学生の団体(ヨーロッパな子もいればインド系の子もアジア系の子もたくさんいる)が列を作って待ってて、先生のお話をお行儀良く聞いてる、とか。
スケッチブック持った中学生たちがふざけあいつつも課題のための準備をしてるとか。
韓国語が聞こえてくるなあと思ってなんとなく見てたら、観光で来たっぽい韓国の大学生のグループの前で、もうひとりの学生、たぶん彼女は留学か何かでこっちにいるんでしょうけど、その彼女がバイトでガイドか何かをしてるらしく、でっかいクリアファイルにたくさんの写真を綴じたのをぺらぺらめくりながらいろいろしゃべってレクチャーしている、それをみんながふむふむって聞いてる、そのうち引率されて展示室へ向かう、みたいなのとか。
あ、ここって、パブリック・スペースとしていい具合に機能してんだな。
活用っていうか、便利使いされてるんだな、と思たです。
博物館・美術館の類に行ったときにちょくちょく困るのが、”展示を見る”ということをしないでいられる居場所がほとんどない、ていうことです。たまにあっても狭いかすげえ混んでて居られない、ていう。そういうときって、なんていうんでしょう、「自分って展示を見ないんだったらここに居ちゃいけないんだな」的な居心地の悪さを、もちろん無意識なんですけど、なんとなく抱いちゃう。館内にいるんだったら、展示を見るか、じゃなきゃカフェでお金払って飲み食いをするか、ショップで買い物してるかくらい。それ以外のめいめい勝手な目的、無目的または多目的のためにそこに居てられる空間、なんてのは、しかもそれなりのキャパでっていうのは、まあふつーの博物館・美術館にはないですよね、だってそんなことするための施設じゃないんだし。あっても、だいたい狭い。
でも、”展示を見る”ためには、”展示を見る”こと以外のもろもろな事・こまごまな事もする必要ってちょいちょい出てくるし、したいじゃないですか、実際。
それができるパブリック・スペースが、ここ大英博物館にはあるわけです。
休んだっていいし、立ち止まって迷っててもいい、雑談やディスカッションしたっていいし、即興のレクチャーを催してもいいし、待ち時間の居場所にしてもいい。
そしてそのためのベンチが、まあまあたっぷりある、という余裕。
無目的/多目的のための、居場所。
またアクセスがいいんです、ここ。
まず南側の正面入口から博物館に入館するともうすぐまん前にこのコートが見えてるんで、入館者の足はほとんどが自然にここに向きます。そして、マップやサイン見てあっち行こうかこっち行こうかって、立ち止まってしばらく考えたりみんなでやいやい言ったりできる。
入館してすぐに居場所があるって、すげえなと思います。欧米の古い古典様式の建物な博物館・美術館って、入口入ってすぐのところはだいたい狭くて混雑してて、すぐに展示室への順路につながってるとかか、広い吹き抜けがあったとしてもそれはあくまで一時的な通り道のためであり、またはチケットのための事務的な用向きのためのスペースであって、過ごせる居場所がたっぷりとあるわけではないですね。たぶん大英博物館さんも、このグレートコートが出来る前の入口付近・「ロ」字の南辺あたりは、入る人・出る人・通る人・待つ人で殺伐としてたんじゃないかしらって勝手に妄想してます、あたしは出来た後にしか来たことないのでわかんないですけど。
入口からだけでなく、全体の中心にあってでかくて有無を言わさず目立つから、迷いようがなくアクセスできるという。博物館・美術館なんてのはほぼ例外なく脱出困難なダンジョンなものですけども、大英博物館だと「ロ」の字の真ん中全体が広場なわけなんで。どの辺へもアクセスできるし、どの辺からもアクセスされるし。ていうか、あまりにでかすぎて、このグレートコートを避けて館内を移動することの方がまず無理だろう、ていうくらいにアクセスがいい。集合場所にしたって迷いようがない。
しかも余裕で横切れる。例えば日本美術の展示室は、南辺の正面の入口からは逆サイドの北辺、しかもその最上階である5階にあります、これがなかなかの山のあなたの空遠くに位置しているわけです。グレートコートがなかったら、長い長い回廊型の展示室に満ちあふれる世界数百カ国からやってきた来館者たちに揉まれ、人混みに流されて変わっていく私をときどき叱られながら分け入って、ていうルートをたどらないといけない。それが、グレートコートさんのおかげで、入口しゅっと入って、グレートコートをまっすぐさささっとつっきって、ドンつきの右手にあるエレベータにひゅっと乗ったら、あっというまに5階・日本美術フロアでございます、てなるから、すっごい行きやすい。
ど真ん中の広い面積がフリースペースなおかげで、身動きがとりやすくて仕方ない、ていう感じ。
さらに言うと、外から来た観覧者たちにとって吉なだけじゃない。展示見てなくても居られる居場所っていうのは、むしろ、博物館の中の人にとってこそ使い勝手のいい”インフラ”らしい、ということが今回わかりました。
先述の通り、あたしは用務でここにやってきて、でも中の人ではない。立場的にはグレーなわけです。バックヤードにも展示室にも居場所がない、カギも持たないから自由に行き来できない、さあどうするってなった時に、あ、じゃあグレートコートで待ってて、とか、グレートコートで時間つぶしててとかいうふうに、「困った時のグレートコート頼み」ができるっていう。バックヤードからもアクセスがいいし、ここで待ち合わせようってなったら迷いようがない存在だし、無目的/多目的な場所だから相手が来るまで何して待っててもいい、ていう。
バックヤードと展示室との間、端境、狭間(はざま)にある、パブリック・スペース。
観覧者でも内部スタッフでもないあたしは、この狭間な空間たるグレートコートのベンチでぼーっとしながら、なんというか例えとしてすげえ不穏当かもしれませんが、「あの世とこの世の狭間としての鴨川」に腰掛けてるような心地がしたものでしたよ。あの屋根の向こうに鳥辺山が見えるよう、とかなんとか。あたしの存在も狭間だし、この空間も狭間なんだな、お互いにグレーな存在なんだな、なるほどまさにグレートコートだな、ちがうけど、とかなんとか。
屋内であるけども、屋外っぽくもある。
展示を見に来た人たちがいるけども、展示を見ているわけではない。
何をするわけでもないけども、何をしててもいい。
つっきって移動できもするし、立ち止まってても居座っててもいい。
公道や公園のようにフリーではないけど、入館無料で自由に入れる。
展示室でもないし、バックヤードでもないし、そしてどちらからもアクセスできる。
そこにいる自分は、中の人ではないけど、観光客や観覧者でもない。
なんか、どう言っていいかわからないけど、そのどう言っていいかわからなさ加減がすごく心地よいので、たぶんこれからもロンドンに行ったらここに通うだろうなというか、拠点としてキャンプ張る勢いです。
あと、大英博物館の向かいのスタバも"常スタバ"です。あれはいい。