2017年03月07日

英語/ローマ字 #2017年の本棚の中のニッポン


 英語を整備しよう、ローマ字を整備しようというような話は、一見、はじめの第一歩的な議論かのように見えて、その実けっこうに本質的な問題と密接に関わることだと思います。
 つまり、日本資料・日本情報のユーザ、届け先、想定対象者のことを、どのようにとらえているのかということ。ひいては、”日本研究とは”何なんだ、ということにつながるんだなっていう。

 日本リテラシーの充分に高いガチガチの日本研究者・日本専門家であれば、別に英語の整備、ローマ字の整備はそこまで難しく考えるような話ではないです。確かに日本研究を専門にする人であっても、海外のOPACやデータベースはローマ字で日本資料・日本情報が収録されてることがほぼデフォルトですから、最初にどうしてもローマ字で検索しちゃって、この日本製データベースやデジタルアーカイブにはローマ字が収録されてないんだっていうことに気付かなかったりする、ということは往々にしてあるだろうですが、それでもその後日本語で検索・探索・閲覧できるようなユーザなんだったら、そこまで難しく考えることはない。
 でも、そうじゃないユーザのこと、そうじゃないシステムを使うユーザのこと、そうじゃない世界環境の中での日本研究”らしき”もののことを考えるからこそ、英語/ローマ字の問題は真摯に考えるべき話になるんだと思うんですね。

 というようなでっかい問題になりそうな話の流れをいったん断ち切って、英語/ローマ字対応の最近の事例から。

・「Humanities Links」. 国立国会図書館リサーチナビ
https://rnavi.ndl.go.jp/humanities/post-3.php

 これはリサーチナビ「人文リンク集」の英訳版として作られたページで、「国立国会図書館の日本研究支援」(総務部支部図書館・協力課. 「国立国会図書館の日本研究支援」. 『国立国会図書館月報』. 2016, 664/665, p.15-17.)によれば、日本が非専門の司書がCJK全体を扱っていると日本語がわからないのでとか、そもそも国内に自分以外にそういう人がいないので、というようなことを海外の日本研究司書から助言受けて作らはったとのことです。
 NDLさんはリサーチナビの英文コンテンツ作成にも乗り出していて、下記はその一例のようです。

・「Searching for Ukiyo-e Illustrations」. 国立国会図書館リサーチナビ
http://rnavi.ndl.go.jp/research_guide/entry/searching-for-ukiyo-e-illustrations.php

 下記は英語資料のメタデータ作成について。これはコラボレーションのbestpracticeとしても注目すべきかと。

・「文化財関係文献(統合試行版)」. 東京文化財研究所
http://www.tobunken.go.jp/archives/文化財関係文献(統合試行版)
『日本美術年鑑』所載文献、などの日本語文献・情報の統合データベースの中に、セインズベリー日本藝術研究所が採録・入力した英語の日本美術文献のメタデータ等(主に2013年以降)を収録しているもの。
・「セインズベリー日本藝術研究所との共同事業のスタート :: 東文研アーカイブデータベース」
2013年7月
http://www.tobunken.go.jp/materials/katudo/120524.html
「この事業は、これまで東文研が日本国内で発表された日本語文献の情報を収録して公開してきた「美術関係文献データベース」を補完するものとして、SISJACが日本国外で発表された英語文献の情報を収録したデータベースを構築及び公開することにより、日本国内外における日本芸術研究の共通基盤を形成することを目指しています」

 それから、システムによって英語対応しているという例。
 これは大蔵経本文テキストを英語対応していなかったとしても、英語辞書と連携した機能を付加しておくことで対応する、というもの。フリーの仏教用語辞書を使用していると聞きます。

・「「大蔵経テキストデータベース」では何ができるのか」. 変更履歴はてな版
2014.12
http://d.hatena.ne.jp/digitalnagasaki/20141228/1419789429
「SAT大正新脩大藏經テキストデータベース」において、漢文よりも英語の方が得意なすべての人に役立つ機能として。本文閲覧時に本文をドラッグすると仏教語の英訳がポップアップされる、英語単語を検索窓に入力すると漢字仏教用語を候補から入力できる、等。

 もうひとつシステムによる英語対応の例。

・奈良文化財研究所、全国遺跡報告総覧の英語自動検索機能を公開
Posted 2016年8月25日
http://current.ndl.go.jp/node/32393
英語の考古学用語で検索すると、それを日本語の考古学用語に自動変換して検索するとのこと。システム内部に日英対訳の考古学用語5,426語がある。

 それから映画・動画の英語字幕というものが、どうやらわりとキーらしいなっていう。これは大学での学生向け教材としてのニーズが高いみたいで、”和本”コンテンツとして最近好評だった慶應・佐々木先生のMOOCs講義も、スピーチが日本語、字幕が英語/日本語、それが日本語学習者に教材として重宝されている(http://www.dhii.jp/DHM/dhm61-1)というような話は、めでたい話だなと思う反面、実際そういう動画のニーズがあるにも関わらずそれを満たすようなデジタルコンテンツが少ない、ことの現れなんだろうなと思いますね、ここはわりと切実具体的に取り組んだ方がいいのかもだなっていう。
 取り組んだ方がいいというのは公的にも言われてて、2012年のCULCON(日米文化教育交流会議)では、日本語教育について、下記のように共同声明が出されています。

・「第25回日米文化教育交流会議(カルコン)合同会議」
https://www.jpf.go.jp/culcon/conference/dl/CULCON_Joint_statement_j.pdf
「カルコンは米国における日本語教育が強化されること、および利用料の軽減や削減も含め、米国の学生が日本語教材・資料にアクセスする機会が拡大することを要請する。また字幕付き日本語教材のさらなる開発を推奨する。」

 ただ、2015年6月のシンポジウム「アクセスの再定義 : 日本におけるアクセス、アーカイブ、著作権をめぐる諸問題」でハーバードのマクヴェイ山田さんがその発表中で指摘してましたが、まだまだ少ないし、入手もできない、ネットにもない、グレーなのを使わざるを得ない、というあたりは、クールジャパン的な観点からも痛いなと思います。
 それが痛いというのは関係者も重々わかっていて、あたしこれは正直、え?、とちょっと不自然さを覚えたくらい明確に言及されてたのが、「アーカイブ立国宣言」界隈ですね。

・「アーカイブ立国宣言」
http://archivesj.net/?page_id=163

 ここで、国立デジタルアーカイブセンターが構想されている中で、そのやるべきこととして「国内・海外関係者との交流機能(字幕付与・多言語発信の支援機能を含む)」って書いてあって、メタデータとかアブストラクトとかいう言葉じゃなくて、「字幕」が「海外」や「多言語」と一緒に並んでるんだな、というのがちょっと印象深かったです。
 これは福井先生の『誰が「知」を独占するのか : デジタルアーカイブ戦争』. 集英社新書でも同様です、こちらには「第6章 アーカイブ政策と日本を、どう変えて行くか」の中に「提案I 無料字幕化ラボの設置 (テキスト化、英語化・翻訳)」っていうのが1条立ってる、ていう。

 という意味では、つい最近わりと話題になった下記のアニメーションサイトで、動画に英語字幕が付いてるの、すげえなって思いました。これは脱帽。

・「日本アニメーション映画クラシックス」
http://animation.filmarchives.jp/index.html

 以上が英語対応の話。
 それから、言語で解決するのではなくて別の方法で解決しますよ、という例が、まずサムネイルですね。データベースやデジタルアーカイブのサムネイル画像の有無というのは、メタデータやインタフェースの英語対応と同等かそれ以上くらいに、日本語が分からない/初学者の人にとっての分かりやすさを大きく左右するもので、羅列された情報を直感的・瞬間的に評価・選別できるという意味では日本人にも有益なことはまちがいない。CiNii ArticlesでオープンアクセスなPDFがあるときそのサムネイル画像が横に出るだけで、あ、PDFあるんだってすぐわかる、そのことだけでもその効用は充分分かると思います。

・池貝直人. 「デジタルアーカイブと法政策 : 統合ポータル, 著作権, 全文検索」. 大学図書館研究. 2016, p.11-18.

 この論文の中で池貝さんは、平成26年度文化庁文化審議会著作権分科会法制・基本問題小委員会で「アーカイブ機関において美術の著作物等の紹介を目的として当該著作物のサムネイルをインターネット送信すること」が言及されていることについて、「日本語を母語としない外国人等にとっての利便性」を指摘しておられます。某協議会でもサムネイル、です。

 もうひとつ、がらっと変わってですが、「ねこあつめ」っていうアプリが日本どころか海外でも流行してしまった、っていう話題があったじゃないですか。

・「「ねこあつめ」に学ぶ(記事紹介)」
Posted 2015年6月16日
http://current.ndl.go.jp/node/28689
・「E1842 - デジタルコンテンツへのアクセス方法を多言語化する」
2016.09.15
http://current.ndl.go.jp/e1842
「メニュー等が日本語で表示されるにもかかわらず,日本語が理解できなくてもプレイできる非言語的なインターフェースも持っていることが話題となった」

 この、非言語的な解決方法で言葉の壁(=アクセス全般の壁)を克服するという考え方は、ユーザ・ファーストの考え方のひとつとして常に持ってたいと思いますね。

 そこまでいくと、え、日本語はわからないけどねこあつめで遊びたいっていうような人のことをユーザとして想定している話なのか、って問われるかもですが、それについては、はい、そうです、っていうことですよね。

 このへんで最初に出た話に戻ると思うんですけど。
 英語を整備しよう、ローマ字を整備しようというような話は、一見ごく初歩的というか第一歩的な議論かのように見えて、その実けっこうに本質的な問題と密接に関わることだと思います。
 つまり、日本資料・日本情報のユーザ、届け先、想定対象者のことを、どのようにとらえているのかということ。ひいては、”日本研究とは”何なんだ、ということ。日本リテラシーの充分に高いガチガチの日本研究者・日本専門家で、そしてただ単に距離的に遠隔地=海外にいるからネットでアクセスしに来てるんだ、っていう人のこと、それももちろん重要なんだけど、それだけじゃなくて、そうじゃないユーザのこと、そうじゃないシステムを使うユーザのこと、そうじゃない世界環境の中での日本研究”らしき”もののことを考えるからこそ、英語/ローマ字の問題を真摯に考えることになるんだと思うんですね。

 日本リテラシーがガチガチに高い人は層でいうと高層階のひと握り。
 そこまで日本語に精通していない、あるいは、わかるにはわかるんだけど、そりゃやっぱり日本語より英語やネイティブ言語のほうが楽だしコストもストレスも低いよね、という人の層はもう少し厚い。
 日本語を習いたての学部生・初学者というのは人数ももっともっと多く層も分厚い。
 多文化教育・教養教育の一環として触れるように学ぶことになった、という人はさらにもっと。
 そもそも日本や日本文化に興味関心があるからと言って、じゃあまず日本語を学ぶところから、ということをわざわざする人のほうが、考えてみれば少数派だろうということなんで、日本語ガン無視で日本や日本文化についての資料・情報を探す、そういう一般の人々こそ大勢いる。

 ↑いまこれは日本語(あるいは日本リテラシー)の高低という一本線で段階ならべましたけど、もちろんそういう単純な話でもなく、いろんな事情で、いろんなアプローチで、いろんな資料・情報を、得ようとしている人たちのことを考えます。

 日本が専門ではないんだけども、他の分野・地域が専門の研究者で、何らかの理由で日本”も”必要となる人。理系の人とか。社会科学系の各分野の人でたまさか対象が日本だとか。
 東アジア全般を俯瞰的に見て研究している、けど専門はどっちかというと中国や韓国で、日本語を学んでいるわけではないとか。そういう人たちと日本資料・日本情報をつなげようとすれば、そのあいだに英語/ローマ字のつなぎがないと無理だろうと思います。地域や分野を横断的/学際的/国際的に研究しようとすると、それはもうリテラシーの有無関係なく多言語対応/英語対応してくれてないと使いづらくてしゃあなかろうというのはわかる。
 また、日本が主題であったとしても、研究の主戦場が英語だ、という場合。アウトプットは英語じゃないと評価されないんだ、とかもあるし、インプットもこの分野だと日本語書籍よりも英語学術書のほうがメインなんだ、という環境で研究してる人たちもいるだろうから、その場合も、リテラシー関係なく英語対応のほうがありがたい。
 そもそも学部学生レベルだと、日本史でも英語メインで勉強してたりするらしいし、日本美術も日本語使わないこと多いみたいなので、人文系だからってぼんやりはしてられない。

 あと、本人が日本語/日本リテラシー高くても、サポートする人や周囲環境が英語/ローマ字対応を求めてるっていうのはありますよね。
 例えば北米だって、どの大学にも日本が専門のライブラリアンがいるわけではない、むしろいるの恵まれてる方。あるいは中国系韓国系のライブラリアンがCJK全体の中で日本もついでに対応している。国によっては、日本事情がわかるライブラリアンが国内に1人とか、いないとか。
 それからその大学に日本専門ライブラリアンが仮にいたとしても、ILL担当者は別でしょう?日本語がわからないから資料入手に苦労する。システム担当者も経理担当者も別でしょう、ってなる。英文インタフェースやローマ字対応があればどれほどスムーズにことが運ぶか、っていう。
 どんな端末やデバイスからでも日本語が自由に使えるか、というのは、最近はそういうの減ってきたと思いますけど、それでも文字化けや入力不可や設定面倒や日本版OSのみやという問題。

 研究ツールとしての”日本語”にどこまでの価値があるか。
 例えば、アメリカで中国学を研究しようとする人たちは、中国語だけではなく日本語も勉強するという話を、人づてではありますが複数の人から聞いたことがあります。中国研究が日本で進んでいるので、その研究成果を日本語で読むため、とか。
 一方で、日本研究者や日本語学習者が、中国語も同時に学習するというケースが増えているという話も耳にします。なんとなれば、これからの時代、同じ東アジア地域で職を得る/ビジネスすることを狙うのであれば、それはやっぱり中国語習得してないと不利だよね、っていう。
 さらに、これはどこまで実際なのかわからないのですが、中国における日本研究も英語による日本研究ももうだいぶあらかた成果として流通しているので、紙の日本語書籍を読めるような日本語学習を極めるよりはそんなのはスルーして、デジタルで読める英語・中国語の日本研究文献を読みに行ったほうがよっぽどスムーズだよ、っていう。・・・・・・おお、そうか、英語中国語を習得してればデジタルで日本分野の学術書がたくさん読めるじゃないか!
 って思ったんですけど、日本語e-resource不足もそこまで至ってしまったら、もうこの国終わりだな、って思いますね。

 というふうな具合で、日本語/日本リテラシーについて、あるいは英語/ローマ字について、あんなユーザもいる、こんな場合もある、こういう話も聞いた、ああいうことも考えられる、ってこう百花繚乱的なことぶぁーって書いてる感じになってますけど、要は、ユーザってそういう、ぶぁーっといろんな花が咲き乱れているようなものだと思うんですよ。

 ある程度習熟した日本語力/日本リテラシーを持つ相手だけをユーザとして想定し構えていれば、”海外の日本研究”を支援できることになるかというと、そうではない、ということがこの英語/ローマ字問題でわかるんだと思います。単に、日本語ネイティブではないが日本を研究している人、ではなく、どんな事情でどんなアプローチでどんな言語環境をベースにしている人であろうが、日本語の、あるいは日本で生産された資料・情報を、そのユーザのもとへ届ける、つなげる。それが、他国・他地域・他言語・他分野と同じ国際的な土俵(プラットフォーム)の上で、フラットに流通する、アクセスできる。
 それは最終、日本資料・情報を日本の文脈から解放すること。そしてそのユーザを日本研究の枠組みから外して理解すること。につながる、という意味では、デジタルヒューマニティーズもデジタルアーカイブも、研修もアジアも英語/ローマ字も、問題の所在は一緒だったんだな、ってなんとなく思いますね。

 そして最後に簡単にですが、日本資料・情報を流通させるのにそこまで”英語/ローマ字”のことを気に揉まなきゃいけないのは、日本語と英語との間の”流通力”のようなもののバランスが決してフラットなわけではないからだ、そういう現実を呑み込んでおかないとこの問題は解決しないんだ、ということも付け足しておこうと思います。


posted by egamiday3 at 19:30| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする