【目次】index(目次&参考文献)
【前項】2.2 クイズで何がおこなわれているのか : 思考と行動
【次項】2.2.1.(続) 「リテラシーの地図」から問題を予測する
まずは、解答者はクイズにのぞんで何を考え何をおこなおうとしているか、についてです。
というより、本稿では最初っから「問題を予測する」と耳にたこができるくらい連呼していますが、なぜそんなことをするのか、そしてどうしてそんなことができるのか、についてです。
これはたぶん古今東西、世代を超えての”クイズ研あるある”だと思うのですが、自分がクイズ研究会やクイズサークルにいたことを(何かの拍子で、うっかり)カミングアウトすると、カタギの人からはまず必ずと言っていいほどこのような質問をされます。
「なんで問題の途中のあんな早いところでボタンを押して、答えがわかるの?
最後まで聞かないと何が聞かれている問題かわからなくない?」
例えば、
「日本で一番高い山は富士山ですが、」
「江戸幕府の初代将軍は徳川家康ですが、」
だけ聴いて、ボタンを押して答える、というようなこと。
2.2.1.は要するにこの話です。
つまりここでやろうとしているのは、単に個々のクイズ問題の正答を考えるというだけではなく、まだ出題されていない、あるいは完全には出題されきっていない問題そのものを考える、ということになります。またここでやろうとしているのは、運とカンとに頼ってなんとなくヤマをはろうというギャンブルではなく、ある程度の根拠と理屈にもとづくことによって、少しでも精度の高くなるような予測をしようというものです。(なので、「予想」ではなく「予測」としています。)
クイズの解答者は、出場するよりもずっと前の日々の準備・勉強の予習段階から、実際の壇上に立って問題が読まれ始め、ボタンを押すぎりぎり直前まで、いや、シンキングタイム含めて回答を口から発する瞬間まで、どんな問題がこれから出るのか(あるいは未完の問題文の全体像は何だったのか)を「予測」(または推測)しようとしています。つまりクイズにおけるタイムライン上のほとんどの時間を、この「予測する」という脳内作業に費やしている、と言っていいかもしれない。
↓その様子がわかりやすく描かれている動画が、こちら。
(「クイズ王は問題が読まれている間、何を考えているのか?」. QuizKnock. 2021年9月25日公開. https://www.youtube.com/watch?v=e-jKLNxYb8Y)
この動画では、予習段階ではなく出題時瞬間の様子のみが描かれています。ネタっぽくコントっぽく仕上がっているように見えますが、ファンタジーというわけでもなくおおむねこんな感じですね。
●なぜ事前に問題を予測する必要があるのか?
なぜ、事前に(つまり出場前、出題前、問題出題が完了する前に)、待ちきれないかのようにせっかちに問題を「予測」しようとするのか。最後まで聞いてから答えたらいいんじゃないのか。
問題を予測する目的は、主に以下の3つです。
(1) 効率的に予習して正解率を上げるため
(2) 他のプレーヤーよりも早く解答する/解答権を得るため
(3) 問題として提示される情報が少なくても、その問題と正答を推測することで、正解率を上げるため
(1)「効率的に予習して正解率を上げるため」は、時系列で言えば出場前の準備・予習の段階です。そして、本稿の「ジャンル「図書館」の問題予想」実践もここにあたります。
予習段階での問題予測であれば、まあ受験勉強・試験勉強でやってることと同じ話ですから、イメージできる方も多いと思います。が、問題は、クイズの出題には出題範囲/試験範囲が存在しない、ということです。受験であれば教科書のような明確な規範があり、どのようなリテラシーの有無を問うかの方針があって、逸脱するといってもまあ無茶な出題はまれでしょう、それやったら試験・考査にならない(トンデモ入試問題として揶揄される様をたまに見かけます)。ですがクイズにとりあげられる知識・情報の範囲には基本的に設定はなく、事前に知らされることもない。クイズとしてそれなりに成立してれば基本なんでもありなので、どこまで勉強しておけば準備として事足りる、というような範囲などという概念がそもそもありません。
かといって森羅万象を100%丸暗記できるわけでもない。いくら「ジャンルが図書館に限られている」からといって、何でもかんでも手当たり次第に対策することは無理です。限られた時間とコストで効率よく予習しようとするのであれば、「どんな問題がクイズとして出そうか」「クイズになりそうか」「クイズとして成立し得るか否か」と事前に予測する。2.1.4の図5「いい塩梅で逸脱する」の例で言えば、アメリカや台湾で一番高い山は覚えようとするが、キルギス他のなじみの薄い国までには時間をかけない、ということです。
これは、出題範囲がある程度限られる受験勉強・試験勉強のそれよりも切実かつ必要不可欠な”準備作業”であり、なんなら暗記力や知識量よりもよっぽどそのセンスが問われる、と言っていいかもしれない。
(2)「他のプレーヤーよりも早く解答する/解答権を得るため」と(3)「問題として提示される情報が少なくても、その問題と正答を推測することで、正解率を上げるため」が、まさに本番での出題中、特に早押しクイズの類で問題が読まれている途中なのにボタンを押す、という段階の話です。
試験とクイズとの間には決定的なちがいがいくつかありますが、そのひとつが「解答する権利が誰にでも等しくあるわけではない」というものです。
いわゆる早押しクイズが顕著で、複数の解答者にむかってクイズ問題が1問出題されたとき、解答する権利が与えられるのがたった1人。しかも、なぜかもっとも早くボタンを押した人という、「スピード」に価値が置かれ評価されるという、試験ではあり得ないある種理不尽な世界であるわけです。理不尽ではあるもののそれがルールである以上、解答権を得るためには、出題中であろうが問題が完了していなかろうが早く押さなければならない。なによりもまず解答権、解答権を得ることが一番大事、これが得られなければどれだけ知識量が多かろうがどれだけカンが働こうが、どれだけオセロや陣取りゲームに強かろうが、何の意味もない。
とは言え、早く押せば押すほど、提示される問題文は短くなり、正答を導き出すための手掛かりは少なくなります。解答権を得たところで、正解を解答できなければやっぱり意味がありません。つまり、出題が未完であり、提示される情報が少ないという条件のもとで、「この問題は何を出題しようとしているのだろう」という「予測」を瞬時におこなう。「解答権をいち早く得る」ことと「正解率を上げる」ことという、正反対に逃げる二兎を追わなければならない。それをゲームとしてやろうとしているのが早押しクイズである、というわけです。
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「早押しクイズは正解にたどりつく以前に解答権を奪い合う競技だ」
「解答権を奪うためにはどうしたらいいだろうか。答えは単純である。ボタンを確定ポイントよりも前に、つまり、答えがわかる前に押せばいい。」
(田村正資. 「予感を飼いならす : 競技クイズの現象学試論」. 『ユリイカ』. 2020.6, p.95-103.)
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クイズに出題範囲がなく、森羅万象すべてを丸暗記するような芸当が不可能である以上、運を天に任せることなく何かしらの事前準備をしようとすれば、多かれ少なかれこれら(1)(2)(3)をやらざるを得ません。ですので、解答者(プレイヤー)はクイズについて「予測する」ということを常におこなおうとします。
●問題文(未完)から問題(全体像)を予測する
では、どのように「予測」すればよいのか。ていうか、そんなことが本当にできるのか。
クイズの解答者は、大きく分けて以下の2つのアプローチで問題を予測することができます。
(1) 問題文自体からの予測
(2) 問題文以外の要素からの予測 ("メタ読み")
このうち(1)「問題文自体からの予測」がおこなわれる代表的な場面が、早押しクイズで問題文がまだ途中なのにボタンを押し、その後の問題文を予測して正答を導き出す、というものです。「日本で一番高い山は富士山ですが、」「江戸幕府の初代将軍は徳川家康ですが、」のような、(1)の(未完の)問題文自体から(完全体を)予測する、などという、およそ早押しクイズを好き好む人種にしか有用性のなさそうな、あまりにニッチすぎるテクニックの類ですね。
これについては、筆者世代において「長門本」と呼び慣わされ読み込まれた書籍『クイズは想像力』(長戸勇人. 『クイズは創造力〈理論編〉』. 情報センター出版局, 1990.)が、その考え方についてまとまった言語化をした文献として知られています。また、マンガ『ナナマルサンバツ』では第1巻、かなり初期のほうでそのカラクリが説明されている(後述)ことから、このテクニックがクイズ関係者の間でも初歩的・基礎的なレベルで、かつ言語化&伝授しやすい種類のものである、ということがなんとなくわかります。
これらの文献でほぼ言い尽くされている感があるので、本稿で長々とは繰り返しません。ただ、後述する「(2)問題文以外の要素からの予測」との違いを明確にするならば、(1)「問題文自体からの予測」は主に”国語力”の問題であるということが言えるでしょう。
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「京都の三大祭り、五月の葵祭、し」
(杉基イクラ. 『ナナマルサンバツ』. 第1話.)
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「並行(パラレル)問題ってのは前振りに出てきたヒントとなる単語を後半で変化させて「関連した別のモノ」を問う問題形式だが、問題を読み上げる側がヒントとなるその単語をあえて強調して読むことがある」
(杉基イクラ. 『ナナマルサンバツ』. 第5話.)
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つまり、読み手が「”日本”で一番高い山は富士山ですが、」と”日本”を強調して読めば、「では”世界”で」「”アメリカ”で」と続くことが予想されるし、「江戸幕府の”初代”将軍は徳川家康ですが、」と”初代”を強調して読めば、答えが「秀忠」や「慶喜」になるのではという察しがつく、という
で、このテクニックが病膏肓に入り出すと、こういう問題文から正答を導き出すことが可能になってしまいます。
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(QuizKnockのメンバーが早押しクイズをやっている動画を、伊沢が視聴しながら解説している。
画面内のメンバー(こうちゃん)が、問題文「751年/」と読まれた時点でボタンを押す。)
伊沢「「751年」で押すのはこわいですね。751年はいろいろあります、タラス河畔の戦いもあるし、あとカロリング朝の創設がありますね。一応「懐風藻(の成立)」もあるんだけど、日本初の勅撰漢詩集。でも「懐風藻」の場合は、「751年、」で(問題文を)止めないんで。」
(中略)
(実際の問題文は「751年に成立した、現存する日本最古の漢詩集は何? 懐風藻」)
ふくらP「これね、「(751年)、(点)」じゃなくて、ほんとは「(751年)に」って続いてるのを、こうちゃんが早く押しすぎ」
伊沢「ああなるほど。そう、「懐風藻」(が正答になるような問題文)の場合は、「751年、(点)」とはならないですね。「(751年、)日本初の勅撰漢詩集としてつくられた…」ってなると、文章が変になるので。」
ふくらP「「751年に」って必ずなる。」
伊沢「そうですね、「751年に」だった場合は(正答は)「懐風藻」の可能性が非常に高いですね。」
(「動画内のクイズ王vs画面外のクイズ王」. QuizKnock. 2019年7月19日公開. YouTube https://www.youtube.com/watch?v=W30ZE_82rQs)
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国語力と知識・情報のデータベースがあれば、最小限の情報にもとづいて、出題と正答が予測できる、という。
以上が、「(1)問題文自体からの予測」についてです。
なお、本稿は「(2)問題文以外の要素からの予測」のほうが本丸ですので、記事をあらためます。
※なお、日本初の勅撰漢詩集は「凌雲集」です。