2008年06月28日

図書館情報学は吉幾三の夢を見るか(見ねぇよ(笑))

 最近(やっとのことで)ARGの岡本さんに会えたよ。
 先輩の人が某図書館情報学でとても有名な大学で、教員の人になるというので、京都から関東に行かはるよ。
 某長期の研修で、某図書館情報学でとても有名な大学に、2週間くらい行くよ。

 というようなことが連続してあって、いまさらのごとくながらも痛感したことには。

 図書館業界なり図書館情報学分野なりで、マジ姿勢でやってこうっていうんであれば、これはもう絶対無敵的に、関東に身を置いてなきゃ話にならんのだなあ。ていう。
 東京か、もしくは東京へ交通費数千円内レベルで日帰りできる、関東一円とその周辺あたり。

 こないだARGのイベントカレンダーがおもろそうってんで、自分でもGoogleカレンダーを一から導入するかたちで、そのイベントカレンダーを取り込んで表示してみたら、催事は隅から隅まで東京だらけで、ふて寝したし。
 それだけの数の催事に足を運ぶ(べる)ことで、会える人の数も、キーパーソンの数も、耳にできる情報も、つながる人的ネットワークも、格段にその数量が異なってくるよ。
 NIIのこないだのオープンハウス的なのだって、東京に数千円で日帰りできるところにいてたら、目録担当部署でもなんでもなくても、もっと気軽に行けたろうし。国会図書館は、関西館ができて最近いろんな人に会えるようになってきたけど、じゃあ「あの人は?」てきいたら「東京に戻りました」とかゆわれるし。
 書店さんや出版社さんでも、例えば学術情報流通のキープレーヤーである学術情報系の中小出版社さんはまあだいたい東京だなあ。専門図書館的なのも。

 京都や関西にだってそりゃもちろん催事はあるから、まだいいほうなんだけど、それでもやっぱり、人の厚みというか、層というか、母体的なところがぜんぜんちがうから、そっから先の展開的なものについて、差がどんどんついちゃってくんだろうな、ていうのは思うよ。
 図書館も中小出版社も専門図書館も、ええとこは東京以外にだってそりゃもちろんあるだけど、個々としてのそれではなくて、全体の数量としての厚みがあるかないか、それによっての”そっから先”ていうのは、やっぱり全然ちがうなあ。
 しかもいまちょうど『銃・病原菌・鉄』を読んでるから、ああなるほど、そういった意味では、京都・関西で食糧生産が発生したとしてもユーラシア大陸や西アジアにはなりづらい環境にあるということかもなあ、とかゆってみる。

 いや、あたりまえっちゃああたりまえのことなんですけど、江上はずっと国文の、しかも古典の分野でうろうろしてたので、だったら京都というのはむしろ利点だったし、ていうかそのために京都に来たんだし、この分野だと京都・関西オンリーでも充分に研究者も関係者も人が山ほどいてて、そのコミュニティーの層も厚くて堅いから、いまのいままでそんなこと実感的に感じやしなかったのですよ。
 それに、じゃあ例えばほかの学問分野であればそこまででもないかもしんないけど、こと図書館・情報学ていう分野にあっては、国会図書館・NII・出版社・書店・取次的な人たちとのつながりや情報交換が不可欠であって、で、日本ではそのほとんどが東京に一極集中してるていうことになると、ほかの学問分野よりもひとハードルかふたハードル分くらい、”やっぱ東京でしょ”度が高いんじゃなかろうかという気がするよ。

 なので、学生とかで研究レベルでマジでこの分野でやってく、とか、図書館でただ勤めるだけでなくて、この業界でがっつり、とか、いうんであれば、よっぽど「絶対にこの先生に師事したい」とかいうのがない限りは、これはもう残念ながら京都じゃ負ける、関東やないとあかんな、と。東京でベコでも山でも買うてください、てなるよ。

 但し、残念ながら江上は、寿命の問題さえ解決してくれれば今後800年は京都に住み続ける宣言、なんですけど。(もはや”住む”ではなく”棲む”)
 I love 京都。((c)京都銀行)

 さてじゃあ、「ネットはどうなんだ」、ということになるんだけど、これについては、1年間米国滞在して、日本の図書館業界情報をネットだけで受信し続ける一方で、それまでネットでしか触れてなかった米国の図書館事情をリアルで見聞しまわる、という体験をしてきた身でもって、「どうなんだ」ていうことを、7/12・秋葉原開催の(うん、やっぱ東京だなあ)ARGカフェさんでお話しする好機を得ましたので、どうぞリアルにおいでください、ていう宣伝で終わる(笑)。
posted by egamiday3 at 13:20| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする