当時は京都国立博物館で、現在は東京・サントリー美術館で行なわれている、「japan 蒔絵」展を見に行ったのですよ。
そして、すこぶる圧倒されて帰ってきたのですよ。この数年内でこれほど圧倒された特別展はついぞなかった、ていうくらいに。京博が本気出したら、完膚なきまでのこてんぱんですよ、これは、ていうくらいに。
とにかく、迫力。資料的価値としても、美術品としても、単にモノとしても、尋常じゃない迫力だった。上に、ほぉ、そうかね、という勉強にもなった。
なので、京都の方向けにはタイミングをだいぶ逸しちゃったのですが、関東の方はぜひ、できれば何を差し置いてもぐらいの勢いで、見に行っておいでになることをおすすめするのです。
・南蛮時代に、蒔絵GJ!と魅了された南蛮人の人たちが、自分たちの調度を日本の蒔絵職人に作らせた。つまり、西洋規格の調度を、日本モードで飾る、というところから生まれた心地よいギャップ的なの。しかも、同じようなことを中国なりインドなりの港とかでもやるから、同じく西洋規格の調度に、各国の装飾技術が施される、象牙細工とか、貝殻貼りとか、そういうのも展示してあって、それと、日本モードの蒔絵調度とのギャップ的なのも、また心地よいよ。
・時代が下って、鎖国的な時代になっても、オランダさん経由でそりゃいくらでも出回るし、それだけじゃなくて、西洋本国で日本の蒔絵を模造する技術が興ったり(これをjapaningと言う)、日本の蒔絵のデザインを学ぶテキストが編まれたり、中国広東あたりではより安価な模造品が出回ったり、らしいよ。どんだけ人気だ、蒔絵。
・ちなみに当時で言う「シノワズリ」は、字面では「中国趣味」だけど、日本のもインドのも東洋であれば全部「シノワズリ」呼ばわりだったらしいよ。
・マリー・アントワネットちゃんもたくさん持ってたらしいよ。それは、アントワネットちゃんが持ってた、ってだけですごいというわけではなくて、例えば、日本にある蒔絵調度のごっついのとかはたいていオーダーメイドだし、逆に量産して市場で消費者相手に売るとかいうようなのが一般流通品として出回ったのなんか、幕末明治あたりでしょ、とか判断されてたのだけど、そういう流通品的なのを、アントワネットちゃんも持ってた、というのがわかると、ちょっと待て、じゃあそういう流通品的なのがアントワネットちゃんの時代=江戸期半ばくらいにはもう日本でも出回ってた、てことになるじゃん。そういうのの売り買いが成立するくらいの経済状態だった、てことになるじゃん。みたいな発見らしいよ。
・実際、江上の素人眼で見てても、これくらいの品やったら明治モノやろな、とか思いながら品札を見たら、1700年くらいのだったりする(ドイツに渡ってた)ので、よっぽど成熟した世界だったんだな、と思うよ。こんなつやっつやして、こんな細々して、それでいてある程度庶民臭のする量産してたっぽいのを、18世紀台に作って、しかも流通さしてたのかこの国は、と思うと、ちょっとゾッとする。
・じゃあ、そういった芸術調度品をアントワネットちゃんなりの貴族の人たちが愛でてたんだけど、市民革命で追放にされたら用済みになっちゃったのかといえば、今度は万国博覧会が絶好の広告塔になって、たくさん買ってもらえるようになった、ていう。
そういうふうにして世界相手に売れてった蒔絵調度っていうのは、これは「モノづくり」の成功でモノが売れた、と考えるよりもむしろ、「コンテンツ」として売れた、コンテンツ商売の成功、と見るほうがいいんじゃなかろうか、となんとなく思うよ。
ていうようなことを考えるのも追いつかないくらいに、次から次へと現れるド迫力な品々に圧倒されるので、ぜひおいでになってみてください。日本史にも美術にも興味がなかったとしても、経済とか、コンテンツ力とか、そういう全然ちがう面からの見方をも受け止めてくれるくらい、ふところの深い企画だと思うので。
京都開催中に書くべきであったよ。

