2012年12月24日

海外研修って何、って考える。(7)「もはや研修ではない」

 
 そういう、参画・発信型の海外研修をやるじゃないですか。そうすると、そういうことやった相手側とのつながりって、単に情報獲得してきて終わりなんかのより、よっぽど、ぎゅっ、ってなるじゃないですか。別にハグしろとか言ってるわけじゃなくてですけど。
 そうなると、研修の効果っていうのが、研修期間中とか直後とかだけじゃなくて、もっと長いスパンで効いてくるっていうことになりますよね。で、それは実は、効果がある、だけではなくて、ある種の覚悟がいる、ということでもあると思うんですね。長期目線で、日本からの協力者・発信者としての立場を継続していくんだ、っていう。

 で、これはもはや言うまでもないことになっちゃいますけど、情報入手がネットでできるのと同じように、情報発信も、ディスカッションも、プロジェクトへの参画取り組みも、日本に居ながらにしてネットでできるわけです。FacebookやTwitterはみんな使ってるし、メーリングリストやディスカッショングループはやまほどあるし、一部の図書館系会議はネット参加者も受け付けてたりするし。相手が日本研究・日本分野のライブラリアン・専門家であるメーリングリストだったり、自分の専門分野・サブジェクトのグループだったりすると、もっと参加できる余地はあるなあって。
 あとは、日本国内で行なわれる国際会議や国際シンポジウムだって珍しいわけではない。例えば研修事業でも、「日本専門家ワークショップ」とか「天理古典籍ワークショップ」のような、海外のライブラリアン・専門家を日本に招いて行なう研修事業だってある。そうなると、そういう事業やイベントに参加したり、具体的に協力したりする機会が得られるようであれば、これは積極的に貢献していったらいいよね、ということになる。

 ・・・えっと、海外研修の話をしてたんですっけね。
 でもこれ、もはや研修の話じゃないし、ていうか、研修の話じゃないからって何が悪い、ってことだよなあって思うんですけど。
 そりゃそうですよね、研修っていうもの自体が、別に業務や専門性と切り離されて単体で成立してるようなものでもなんでもないはずなんだしね。
 もっとトータルで、周辺が常に何かと接続してるものとして、長野県の県境みたいな感じで(?)考えないと。

 海外研修を、テイクアウト型から参画・発信型へ、そして長く継続していくというサステナブル型へ。ていうふうに思いついたんだけど、サステナブルっていう英語はたぶんそういう意味じゃないんだろうなあとも思うんで、これは保留で。
 でも、結局「海外に行く」ってそれだけでなんか価値あるものに思われがちだし、コストもかかるし、だからこそ、行ったことだけでは決して終わらないし終わらせないような、設計というか姿勢というか、帰国後も長期にわたって互いにつながりあえるようなあれになってほしいなあって、思うです。

 難しい理屈とかはパスして考えちゃったので、落ちや抜けはいろいろあるとは思うんだけど、これから海外研修を実践する/企画する人に何かアドバイスをって言われたんだとしたら、じゃあまあ、自分への反省も含めてこんな感じだろうなあって。

posted by egamiday3 at 06:24| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする