2013年10月27日

セルフ・ブランディングに必要なのは「もてなしの心」じゃないか、という話

 
 セルフ・ブランディングと呼ばれるものについて、ちょっと考えたことがあって、なんとなく思いついたことを書いておく感じのあれです。

 セルフ・ブランディング、セルフ・ブランディングって、最近だとわりとふつーに言われるようになってきて、でもそれってそもそもなんだろう、て思うです。

 ブログやツイッターを名刺代わりにすることとか。
 アイコンをキャッチーなものにするとか。
 業績・文献リストを整備して掲示するとか。
 それらをググってヒットしやすいところに載せとくとか。
 ネットがあれば履歴書なんていらねえよ、夏、とか。

 する人はしますよね、しますします。そりゃしたほうがいいんです。
 
 でも、しない人はしないですよね、しないです。まあ、無理にすることはないです。
 したくないとか、恥ずかしくて目立ちたくないとか、知られる方が我が身が危ないていうセキュリティ意識とか。そうでなくても我々お箸の国の人だものは生来が引っ込み思案だから、ふつーにしてたら、しないのがふつーでしょう。
 だから、Googleでセルフ・ブランディングって入力したらキーワード候補の5番目くらいに「痛い」とか出ちゃうわけだし。痛い。これは痛い、セルフ・ブランディングを痛いと思われちゃってることが痛い。
 でもだから逆に、当たり前のこととしては行われていないから、セルフ・ブランディングはこうこうだと言うことに価値がまだ存在してるというか、差別化できる概念でいてくれてる、ていうあれです。セルフ・ブランディングによるセルフ・ブランディング化です、よくわかんないけど。

 じゃあ、セルフ・ブランディングってそもそもどういうことなんだ、って話です。

 セルフ・ブランディングとは。
 自分自身(や自分の組織・図書館)の価値や個性を、明確にして、世に広く伝える。
 存在感を上げて、自分と、自分の名前(に類するもの)と、自分が持っているもの(個性・スキル・業績)とを、知ってもらう、認めてもらう。

 それはいいんです、そこまではわかる。
 問題は、なんのためにそんなことをするんだ、というところからです。
 それをして、誰が何を得るんだ、と。

 そりゃまあ簡単に言えば、顧客が増える、集客力が上がることでしょう、と。
 あるいは仕事がもらえる、舞い込む、ということでしょう、と。
 価値と個性と存在を認めてもらうことによって、自分を人に知ってもらえるようになり、お声がよくかかるようになり、上がるお座敷もご贔屓の旦那さんも増えます。そうすればさらに存在感と名前が上がる、格もあがれば価格もあがるし島田も揺れる、ブランディングがブランディングを呼ぶ正のブランディング・スパイラルに乗っかれれば、**町の○○姐さんといえば@@では知らぬ者が××、みたいになる。
 たくさんの人との交流、情報の入手、なおかつ自分自身(や自分の組織・図書館)の評判があがって、成果もあげられる。

 いいですね、めでたいじゃないですか。
 メリットたくさん、得することがたくさんあります。
 だからセルフ・ブランディングやりましょう、って話です。

 でも、本当にそれだけがセルフ・ブランディングの目的なのか?って思うんです。それだけでいいのか?って。
 それってなんか、気づいたら自分側の利益のためばっかり、じゃないですか。
 そればっかりなんだったらそりゃまあ、「痛い」ってGoogle世論にdisられてもしかたないかなって。

 じゃあブログ書いたり、ネットに業績リスト掲載したり、論文自体pdfで上げたり、本出しましたからって別途のブログ立てたりハッシュタグ作ったりするのって、全部自分が利益を得んがためなのか?と。
 そうじゃないだろう、と。
 98年に自分のホームページ立てて、2000年にブログ(いや「インターネット日記」の時代)を始めたときから、セルフ・ブランディングのモヤシの芽みたいなのは意識してきてたように思いますけど、それらすべてが、自分に利益を誘引したいがため、だったわけじゃないです。
 ていうかさ、自利益目的だけだったらこんなもん15年も続くわけないですって(笑)。

 初対面で「ブログ読んでます」と声をかけられる。それがハーバード行って帰ってきてからさらに激しさを増す。他業種他分野の方々と交流する機会が増える。「ツイッターの誰それさんですよね」「ブログ読んでます」と言われるたびに、ありがたいけども、うれしいというよりも、面映ゆい思いがする。
 うれしいじゃなくて、面映ゆい。
 なぜか。それはたぶん、自分が本来意図していないこと、価値を置いていたわけではないことで好評価を得るから、”面映ゆい”んだと思います。もう15年面映ゆい。

 「読んでます」って声をかけてもらいたくて、そういう評価をしてもらいたくて、目立ちたくて名前を売りたくてアクセス数やはてブ数上げたくて、そういうことをしてるわけじゃない、むろん、結果としてそうなればうれしくないわけじゃないですが、ブログを書いたり原稿書いたり本書いたりしてることの目的も意図も、そういうところにあるわけじゃない。
 自分の書いたこと、アウトプットしたこと、アクセス可能化して世の海にそっと流したこと。そのことを別の誰かが見つけて、踏まえて、肯定的じゃなくても否定的にでも全然いいから踏まえて、さらに別の新たな知識・思想・情報の産出につなげて、それが繰り返しぐるぐるサーキュレーションした結果としてのこの社会全体の進展につながってほしい。
 そういう願いがあるから、ちっちゃいことでも価値あるかどうかわかんないことでも、とりあえず自分にできることの一片として、書いたり、アウトプットしたり、流したりするわけです。お座敷がかかれば話もするし、講義講演もするし、自分の持ってる些少の経験とスキルでもお役に立てるなら立てにいくわけです。

 国立の大きな機関さんが業界の情報をカレントにアウェアネスするようなメディアがあったとして、そのメディアがわざわざあたしのバーミンガム漫遊記のブログ記事を取り上げて流してくださった。それはそれでもちろんありがたいことですが、だからといってじゃあその記事は取り上げてほしくて書いたんですか、アクセス数上げたくて書きましたかって、そんなわけはなくて、イギリスどころかヨーロッパ最大でなんかしらんがえらく話題になってるらしいバーミンガムなる街の図書館について、日本から業界の人がわざわざ出向いて行って視察・レポートするようになるのはまだちょっと先のことになるかもしれないから、それだったらたまさかイギリスに春画と戯れに訪れた我が身がここにあるんだから、自腹で何十ポンドか出して時差ボケの身体に鞭打ってでも見に行って、いくばくかの情報でも日本語化してwebに上げておけば、それを踏まえて誰かが何かしらのネクストにつなげてくれるかもしれない。つなげてくれるんだったら、行きますよ、書きますよ。そういうあれです。
 「読みましたよ」で終わったって意味ないんです。読みましたよって言われたくて、ありがとうって伝えたくて、じゃないんです。

 で、そういう、次につながってくれること、お役に立ててもらえること、サーキュレーションして全体が進展してくれること、を願い意図しているからこその、セルフ・ブランディング、だと思うんです。
 それを願い意図していれば、セルフ・ブランディングの目的は自分側の利益ばっかりのためですか、そうじゃないでしょ、ということがわかると思うんです。

 姐さんの話に戻ります。
 **町の○○姐さんといえば、@@が得意で××の業績があり、¥¥の歌舞練場では$$も披露してはる、ていう姐さんがいて、そのことを町の人が知っているとき。
 お座敷で@@が必要になった、あ、じゃあ○○姐さんに頼もう、ってなる。
 ○○姐さん? ああ、ご存じ○○姐さんね。それだけで、姐さんが何者かはだいたいわかってるし、姐さんがどういう芸ができてどういう技術を持っていて、どういう経験を踏んではるから、安心してお座敷にも来てもらえるなあ、ってなる。

 これは○○姐さんだけが得してますか?
 つったら、そうじゃないでしょう。

 ○○姐さんのセルフ・ブランディングが成功してることによって。
 @@のできる人をわざわざコストかけて探す必要がない。(見つけてもらいやすさ)
 「○○姐さん」とひとこと言えばわかるから、その個性・スキルをわざわざ説明する必要もない。(名前による説明コストの短縮)
 ゼロからあらためて評価するという手間をかけずに、安心して頼める。(評価のアウトソーシング)
 おかげで安心してお座敷が持てる。急なお客さんにも対応できるでしょう。

 見つけやすさ、名前による短縮、評価のアウトソーシング。これらによってコストをかけずに済んで安心して活動できているのは、むしろお茶屋さんのほうでしょう。もっと言えば、○○姐さんのセルフ・ブランディングの成果は、町全体の共有財産になってくれている、と言ってしまっていいかもしれない。
 お座敷側・町全体側・社会全体側の視点で、○○姐さんのセルフ・ブランディングを見ると、そういうことになると思うんです。
 あるいは「セルフ・ブランディングの三方よし」でもいいと思います。

 すなわち。

 自分の持っているもの、業績・経験・スキル・書いたものその他何がしかがある。
 ↓ 
 それらが、次につながってくれること、お役に立ててもらえること、サーキュレーションして全体が進展してくれること、を願う。
 ↓
 さらに、それが低コストで効率よくまわってくれれば、なおいい。
 ↓
 自分を、人さまから見つかりやすくする。存在感と検索されやすさを上げる。
 自分の価値と個性を明確にして、人さまの目から見てわかりやすくする。
 名前等によって、人さまに把握・認識してもらいやすくする。

 それがイコール、セルフ・ブランディングなら。
 ブランディングする物自体はセルフでも、その視点はすでに自分側にはない。
 人さま・世間さまの視点に立って、人さま・世間さまに利がありますようにと、心を尽くして配慮する「もてなしの心」。それがセルフ・ブランディングに必要なことなんじゃないか、と思うんです。

 どうぞ私どもを検索しにきてください。
 どうぞ私どもをヒットさせてください、ヒットしやすいところに置かせてもらいますから。ヒットしやすいキーワード載せておきますから。お客さまが情報の海で迷われることのないよう、可視化してアクセス可能化しておきます。
 わざわざあちこちに情報を集めに行かなくても、Googleひとつでヒットするところに業績リスト載せておきます。私どもにまつわる情報はあらかじめ組織化させておきます。せっかく検索しにきてくださる方の手をわざわざ煩わせるようなことはいたしません。
 名前ひとつでパーソナリティがわかるように、明確化して差別化してブランディングさせていただきます。うちの暖簾をくぐっていただきさえすれば、何の心配もなく安心していただけることがわかるよう、これこれの業績と経験を積んでますということを示させてもらいます。あなた様に無駄なコストはおかけさせしまへん。
 私どもがお役に立てたようでしたら、どうぞ次のステージへ安心してご出立なすっておくんなんし。そしてもしまたご入用の際には、またいつでもお越しくださっておくれやしておくれやす。

 えっと、なんだっけ、なんでこんなことを考えて、こんなことを書いてるかというと。

 セルフ・ブランディングを「自分の利益のため」じゃなくて「相手のため」だと考えれば、セルフ・ブランディングをやろうという敷居がひとつ低くなるんじゃないか。やりやすくなるんじゃないか、というあれです。

 セルフ・ブランディング、セルフ・ブランディングって、言われれば言われるほど、しない人はいよいよしない、自分はそんなことしないし、できないし、したくないし、しなくていい”側”だよ、ってなっちゃう。そういう感情が伴うものです。
 でも、自分が何者でいままで何をやってきたか、そういうことを、ちょっとでもいい、相手から見えやすく、人さま・世間さまにわかりやすくするという、配慮、気遣い、もてなしの心、サービス精神。それだったら、何も目立ったことをやる必要なんかない、ことさらに脚光を浴びに行くような派手なマネはいっさいしなくていい、ましてやブランディング目的で無理に背伸びする必要なんかまったくない。細々とちまちまと少しづつ手入れしていけることです。恥ずかしくもないし、痛いなんて言われる筋合いはない、だって相手のために、人さまをもてなすためにやってる手入れなんだから。
 日本人は自己主張・自己アピールが苦手だなんてことが嘘か真か言われがちですけど、でも、配慮・気遣い・おもてなし、って相手目線で言い換えてやれば、むしろ得意分野というか自然にできることなんじゃないかな、って。それで五輪呼べるくらいなんだし。

 または、自分にはもてなすだけのものがない、持ってないから、ていう二の足問題があります。
 でも、自分の中にもてなすだけのものがあるかないか、っていうのはあくまで自分視点の問題でしかないんじゃないかなっても思うんです。
 うちとこの宿に来ていただくだけの価値があるかどうか、うちらの出す料理が満足かどうかは、うちらが決めることちゃいます、お客さまが決めることです。ありがちなドラマのありがちな女将が言いそうなありがちなセリフですけど、まあ、そういうことだろうなと思います。
 自分が持っているかもしれないし持っていないかもしれないもの、それが、誰にとってどんなふうに役に立つのか。それは、自分視点だけで独断しちゃうと二の足踏みになるでしょうけど、相手の立場にちょっと立ってみれば、その判断は相手にゆだねればいいってことになる。

 自分にもてなすものがあろうがなかろうが、人さま・世間さま目線のほうでご自由に選択・判断していただく。そのために、とりあえず見つけやすくわかりやすくアクセス可能化・可視化しておく。そういう配慮であり、もてなしとしてのセルフ・ブランディング。
 それがヒットされてお役に立てれば、結果よし。
 でもまあヒットされなくて何も起こらなければ、とりあえずそのまま平穏。

 それでいいじゃないですか。
 その程度の”ゆるブランディング”でいいんですよ。
 そのゆるゆるをコストかけずになんとなくできるってのが、いまどきのインターネットというものの利点なんですから。
 それを見つけてくれるお客さまがたまさかいたとしたら、そのお客さまを自分なりの気持ちでもって、あらためておもてなししたらいいんじゃないでしょうかね。

 「セルフ・ブランディング」、なんて横文字だと白熱教室かはたまたTEDかみたいな仰々しさになっちゃうけど、もてなしの心から生まれる”ゆるブランディング”でも、まあまあ人さんのお役に立てるんじゃないかな、むしろそっちのほうがよっぽど本質に近いくらいだろう、っていうのが、まあ流行りの言葉が混ざると論旨ブレちゃうからどうかなというイヤな迷い(笑)はありつつも、いまのところの考えです。


posted by egamiday3 at 18:03| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする