・『龍神渡御の図』。板に絵馬として描かれた、庶民っぽいおめでたさを感じさせる絵が、神泉苑さんに蔵されてる、っていうのを見ると、ああ竹内栖鳳ってやっぱり京都のお人なんだなあ、と思うね。
・竹内栖鳳は動物絵がみんなやっぱお気に入りなんだろうけど、たんに動物絵でいいっていうよりも、単体の絵なのになんとなくストーリー性に富んでる感じだなあって。『象』の背中に乗ってる猿の、伸ばした手と、乗ってる鞍と、視線の先を飛んでる鳥とか。余韻的なの。あと『喜雀図』の雀たちにつけた演出(演出つけてるとしか思えん(笑)))。ただ動的とか活々とか、愛らしいとかだけじゃない感じ。
・竹内栖鳳は、京都に生まれて、四条派に学んだけど、円山・四条・狩野の作風を全部入りさせたような絵を世に出して「鵺派」呼ばわりさせたという八重さんのような人で(京都は鵺ばっかりか)、西洋美術にも積極的で、西洋画風の写実的な写生と日本画を融合させた、ていうようなのがあの動物絵みたいなの。その直接の契機が、1900(M33)年パリ万博の視察とヨーロッパ旅行。ものすげえざっくり言うとそんな感じ。
・一方明治維新後の京都は、いろいろジリ貧で、そこへウィーン万博(1873(M6))に日本が参加するっていうんで、京都の得意な日本伝統工芸、陶器・磁器・染物・織物の新開発なり外国人向け輸出なりに力を入れるようになってた。それでじゃあデザインの伝統的なのや新奇的なのをつくっていかなきゃねっていうんで、当時の画家(日本画家・洋画家)の人たちがそういうデザイン仕事に携わってらした。竹内栖鳳もそのひとりで、高島屋意匠部(なんてのがあったんだねえ)に勤めたはったんだよ、という話。そんな話を聞くと、当時はいまなんかよりよっぽどクール・ジャパンに取り組む世間の熱量が高かったんだなと。
・1900年のパリ万博に出品されたという『波に千鳥図ビロード友禅壁掛』、は、パネル展示でしか出てなかったけど、波の描かれ方といい、鳥と雲の遠近感といい、オランダかというような月光の明るい暗いといい、そしてその月の寒さ加減といい、もう身がふるふるする。パネルなのに。パネルのくせに、なまいきだ(泣)。
・ていうんであたしは、『ベニスの月』を見に張り切ってやってきました、壁にかかった2枚のでっかい『ベニスの月』、片一方は墨絵・高島屋資料館、もう片方はビロード友禅・大英博物館。そう、こないだ行ってきたあの大英博物館さんから、こんなでっかいなりしてようおいでやしたなあという。
ところが実に残念なことに、展示ケースの中がやたら暗くて、作品がさっぱり見づらい。よく見ると、この『ベニスの月』2枚のところだけケース上の照明が切れてる。これがトラブルで切れてるのか、または意図的に(資料保存的約款的配慮的な)消しているのかはわかんないけども、暗い。いや暗いならいいんです、暗いだけなら暗いなりに鑑賞すればいいはずなんだけど、この展示ケースの向かい側正面にも展示ケースはあってそこの照明は煌々と灯っているもんだから、その光がこっちのガラスに映りまくってて、邪魔すぎてやかましすぎてベニスも月もあったもんじゃない、ていう。運河に映る寺院も波にさす影も薄曇りも、和の墨も洋の光も、余韻も幽玄も朧さも何もネオンサインみたいな光にてってか照らされてて、その光を避けるために一生懸命かがんだり斜め下からのぞきこんだりしている。なんだこれ、ていう。
・舞妓さんの『アレ夕立に』なんてのも人気のある絵なんだろうけど、本作や下絵、写生よりも、なぜかモデルを撮った当時の写真のほうに興味がいってしまう、ていう。おお、写真残ってるな、こっちのほうが貴重じゃないのか、ていう。
・竹内栖鳳といえば旅ですって。旅なんですってよ! だってあれでしょ、『羅馬之図』(海の見える杜美術館)もあるんでしょ。そうおもってウキウキしながら懸命に会場内を鵜の目鷹の目で・・・・・・ない・・・前期のみ展示だった><(大泣)。
・そのかわりに見れたヨーロッパの絵・その1『羅馬古城図』。おお、なんだ、ローマでおなじみサンタンジェロ城(https://twitter.com/egamiday/status/286913817047347200/photo/1)じゃん。てことはむこうにうっすら見えてるのはバチカンさん(https://twitter.com/egamiday/status/286913102920953856/photo/1)ですね、なるほどなるほど。
・ヨーロッパの絵・その2『和蘭春光・伊太利秋色』。なるほどまごうことなくオランダの農村。まごうことなくイタリアの遺跡。それでいて、なるほどなるほどまごうことなく六曲一双のために描かれた構図、ていう。絵はがき飾るんだったら迷わずこれなんだけどなあ・・・なかった・・・><。
・さておき、パリ万博(1900(M33))視察にあわせてヨーロッパの主たる各地、思いつくようなところの大抵をまわりにまわって約4ヵ月、その間に描き貯められた膨大な数の写生が・・・、ない、らしい。え、ないの? ひどい><(再泣)。
・そんな中で残っている品々。残ってた写生帖ひとつ。竹内栖鳳旧蔵というパリ万博図録。これに、おおぅ、竹内栖鳳の書き込みがある・・・これはほしい・・・。(注:もらえません)
・そして竹内栖鳳が現地から日本に出したという絵はがき。ロンドンのクリスタルパレスのと、パリの万博会場の。いや、絵はがきだったらうちにも、それこそ博覧会絵はがきの類が山ほどコレクションとして蔵されてて、一応見慣れてはいるはずなんだけど、それは商品としてというか出版物としての絵はがきであって、やっぱりあれだ、絵はがきっていうのは手書きの私信が書き込まれてあってこそのものであって、パッと見にしろじっと見にしろ伝わってくる魅力、いや引力が全然ちがうなあと。ぐいぐいひっぱって来るなと。
・あと後半は、動物にしろ水辺や滝にしろ、写真がいっしょに飾ってあって、あ、写真だわあーい、写真があるとテンションがちがうね(笑)。
・課題。竹内栖鳳とパリ万博・ヨーロッパ旅行まわりの文献をもっと確認。
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