2014年06月21日

デジタル化を拒む素材とアウトリーチ、とは : 情報メディア学会に寄す


 来る2014/6/28のことですが、情報メディア学会というところの研究大会の午後のプログラムであるパネルディスカッションにて、コーディネータを務めさせていただくことになりました。

 情報メディア学会
 http://www.jsims.jp/
 第13回研究大会開催のご案内
 http://www.jsims.jp/kenkyu-taikai/yokoku/13.html

 情報メディア学会さんに参加するのが初めてである、というばかりか、学会的なところにちゃんと参加した経験もほとんどなく、また(自分がしゃべるんでなく)コーディネータという役割をおおせつかることも初めてなので、何がどうなるか、何をどうしたらいいものやら、さっぱりわからない。さっぱりわからなくて、だから、実におもしろい。というどっかできいたことあるような梅雨時の方程式に取り組むことになったわけですが。
 しかもパネリストとして来ていただく4人が強力過ぎる布陣で、これで失敗したら明らかにコーディネータたる自分が原因なわけなんで、とても穏やかな気持ちではいられない、っていう。

 そもそも「コーディネータ」って何する仕事なんだろう。衣装合わせじゃないことだけはわかるんだけども、”司会”ってとらえてていいのかしら。田原総一朗的なことかしら。よくイベントで岡本さんや湯浅先生がやってはるようなことでいいのかしら。それに近いことであたしがやったことあるといったら、webラジオのやつなんだけど、じゃああれか、egamidayラジオの公開放送という理解でいいのか、市ヶ谷JSTスタジオよりお送りしていますでいいのかしら。

 というような軽口でもきいてないとそわそわしておちつかない、っていう。

 で、そのパネルディスカッションのテーマは、「デジタル化を拒む素材とアウトリーチ」です。
 そのテーマについて、予稿集にのせる予稿を書いてねって頼まれて、なんとなくの自分の考えを書いたので、それをまたちょっと焼き直すかたちで「寄す」にしてここに載せとうかな、っていうあれです。
 (といっても、もうこのブログなりよそさんへの寄稿なりで同じこと何度も行ってる”既出の組み合わせ”的なあれなんで、そんな目新しい物言いではないのです。)



 今回のテーマ「デジタル化を拒む素材とアウトリーチ」について、最近自己流行りの”問い立て”形式にすれば、要はこの2つの問いに集約されるんだろうな、って思うんです。

 問:デジタル化はなぜ進まないのか?
 問:ユーザはどこにいるのか?

 (ほら、既出だった><;
  以下、さらに輪をかけて既出です、漫才ブーム時の漫才ネタと思ってもらったら)

 例えば、海外の日本研究者について。
 海外には日本について研究・学習している研究者や学生たちがいます。また、その人たちを支援する図書館のライブラリアンがいます。まあ、あたしが日々本業で接し関わっているような人たちです。
 そのみなさんと話してて、毎年毎年、ほぼ異口同音に話題に出るのが、「日本製のe-resourceが少なくて、紙媒体に頼るしかない」という悩みです。

 ↓北米における東アジア図書館での電子書籍・電子ジャーナル契約タイトル数
 北米東アジアe-resource.bmp
 (CEAL Statistics. http://ceal.lib.ku.edu/ceal/php/.から作成)

 中国・韓国に比べて日本が大幅に遅れをとっている様子は、依然として改善されていませんですし、数の少なさっていうだけではなくて、日本側としても海外からの契約・アクセスを想定してなくて断ったり、極端に高くて現実的でなかったりというかたちで、たまさかあるデジタルでも海を越えない、届かないっていう。
 ただでさえ、国を越えて文献・情報を入手するっていうのはそれだけで、時間的にも金銭的にも、心理的にも負担が大きい、コストがかかるものです。ましてや、海外から紙媒体を入手するうんぬんっていうのは、必ずしも”日本リテラシー”の高い人ばかりとは限らない海外のユーザ、初学者とか一般ユーザとか、学際的国際的研究をしている他分野の人とか、そういうひとには高い敷居になってしまう。その敷居をさげてくれるのが、デジタルのメリットのひとつであると思うんですけど、そこが、中韓に比べてとか欧米に比べてとかで格差が生じている。結果、どうなるかっていうと、他分野・他地域の研究をしているぶんにはデジタルが整理されててはかどってくれるんだけど、一歩、日本を対象とする研究に足を踏み入れた途端に、紙だと。情報ひきこもりだと。日本だけ、研究がはかどらないと。そのデジタル格差というかもはやクレバスはひろがるばかりだと。なんとかならんかと。

 そういう、ただでさえコストがかかる・負担が大きいという海外の日本研究者を“ユーザ”に設定するのであれば、デジタル環境の整備によって支援が成就するか失敗するかどうかは、“アウトリーチ”の問題っていうことになるんだと思うんです。

 今度の学会は”図書館”専門の学会ってわけじゃないんだろうけど、とはいえ、ポスターセッションでは図書館業界文脈のテーマもある程度あるみたいなんで、まあざっくりとわかっていただけると思うのですが、図書館にとってアウトリーチって必須の概念みたいなところがあって、司書科目の教科書なんかでは必ずとりあげられてるし、あたしも非常勤講師の講義では、担当が何の科目であったとしても何かにつけてことよせて「アウトリーチ」については必ず熱弁しちゃう感じです。
 何らかの事情でもって資料・情報・図書館サービスを充分に享受できないというユーザさんに対して、図書館はアウトリーチ活動を行います。あたしの理解では、それは「サービス対象の無限定性」の原則というものにもとづいているわけです。
 ただ、じゃあ例えばどの司書科目の教科書でも、アウトリーチ活動で言及されるのは、高齢者であったり障がい者であったり入院患者であったり受刑者であったり在住外国人であったりする。するから、”それ”がアウトリーチなんだ、って思われかねないかもしれない。

 でも、”それだけ”じゃないはずだろう、と。
 「充分に享受できないユーザ」とはどこの誰であるか、という問題設定について、果たして我々図書館業界は、そしてその他の情報・メディア系で何かしらのユーザにリーチしようとしている業界さんは、充分に柔軟かつ臨機応変に対応できているかしら、と。
 ユーザ設定に失敗していないだろうか、と。
 
 いうのの一例がいわゆる”若手研究者”問題だな、と。「若手研究者問題と大学図書館界」(菊池信彦. 「若手研究者問題と大学図書館界―問題提起のために―」. 『カレントアウェアネス』. 2013.3.20, CA1790. http://current.ndl.go.jp/ca1790.)では、研究者としてのキャリアパスの過程で大学の籍からはずれることにならざるを得ない若手研究者が大勢いる。大勢いるというか、そういうキャリアパスが通例としてなんか固定化しちゃってるっていうのが昨今の有様なんじゃないかと思うんですけど、じゃあそういう大学非所属の若手研究者が、研究活動に不可欠な大学図書館の資料なりサービスなりを使えなくなってしまっている、と。図書館の蔵書を利用できないだけでなくて、他機関への紹介・取次ぎもサービスとして受けられないし、そして、契約もののe-resource・デジタル資料にアクセスできない、という問題になっちゃってる。
 こういうのはいわゆる”若手研究者”、キャリアパスとしてのそれ、に限った話ではなくって、例えば地方・小規模の大学に属する研究者にとっては、地域・大学によってデジタル環境や蔵書の整備に少なからず格差が生じてしまう、という問題でもあるでしょう。ていうかそれ以前に、研究者だけじゃなく、各業種の(大学に属さない)専門家なり、研究資料・専門資料を必要とする一般市民なりという人たちが、日本には少なく見積もっても1億2500万人ほどいるわけなんで、そこへのアウトリーチも同じことだろう、と。

 図書館なり大学なり文化学術情報にかかわる公的機関・メディア、っていうのは、何らかのリソースを抱えている、holdしてらっしゃるわけなんですけども、そういう公的存在が、資料・文献・情報の提供という社会的役割をどう果たしましょうかっていうことを考えたときに、デジタル、はイマドキの・有効な・重要なあり方のひとつであろうと。オープンアクセスだとか機関リポジトリだとかデジタルアーカイブっていうのが、その答えとしていま整備されようとしているんだろう、と。
 資料・情報を、デジタル化し、オンライン化し、オープン化すること。
 そしてそれをいかにして、誰に、どのように伝えるか、共有できるか。
 それが、アウトリーチの成否を左右する、イマドキの世の中。
 だとすれば、「デジタル化はなぜ進まないのか、拒まれ阻まれるのか、成功のカギはどこにあるのか」という問いと、「ユーザはどこにいるのか、どんなニーズと問題を抱えているか、どう届けていけばいいのか」という問いとは、切り離せない関係にあるよね、と。

 それが、「問:デジタル化はなぜ進まないのか?」×「問:ユーザはどこにいるのか?」=「デジタル化を拒む素材とアウトリーチ」、という梅雨時の方程式なわけです。コーディネータXとして献身したいわけです。

 こんな感じのことを、しゃべってもらったり、しゃべったり、さばいたりしたらいいんだろうなあ、って、自分としては理解しています。

 一応、テーマにプラスして「つくる」「つたえる」「つかう」という3つの視点が設定されてますけど、まあこういうのってどの業種なりどの立場にあっても、どの視点をも総合的に広く持ってないとアカンと思いますし、この情報メディア学会という学会さん自体、いろんな分野や業種の人たちが寄り集まってるところだよっていうふうに聞いてますし、まあ自分としても何かを限定的に掘り下げて答えを導き出すというのは苦手というか力不足なんで、できるだけ幅広く、俯瞰的鳥瞰的に、百家争鳴的百花繚乱的に、なんかいろいろ考えるヒントがたくさん出てきたな、っていうようなあれになったら良いかなあって思ってます。


 ああそういえば、会場が東京ってことは、関西人相手のイベントじゃないんだな、そうか・・・。

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posted by egamiday3 at 19:26| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする