2016年07月04日

(報告)アンサー・シンポジウム「日本の大学図書館員の論じる世界の大学と図書館」(2016.7.1)で、司会をしてきました。

 6/25のシンポジウム(http://egamiday3.seesaa.net/article/439627340.html)を聴いた日本側メンバーが、それにこたえるようなディスカッションをしあうという”アンサー・シンポジウム”という企画が翌週7/1にありまして、同じくそこで司会をしてきましたよ、という話です。

 1週間で4司会ですけどね。
 egamidayさんはいつから司会業ですか、中居くんですか。

 「日本の大学図書館員の論じる世界の大学と図書館 〜6/25開催のシンポジウムを振りかえりつつ〜」
 http://www.slis.doshisha.ac.jp/event/20160701.html
 2016年7月1日 18:25-20:00
 同志社大学 今出川キャンパス 良心館 1F RY106教室

パネリスト :
飯野 勝則 氏(佛教大学図書館)
今野 創祐 氏(京都大学附属図書館)
岡部 晋典 氏(同志社大学ラーニング・コモンズ、当日惜しくも欠席)
久保山 健 氏(大阪大学附属図書館)
長坂 和茂 氏(京都大学附属図書館)
司会 : 江上 敏哲 氏(国際日本文化研究センター)

 アンサー・シンポジウムって何だよ、て思いますけどね(笑)。
 でも最初にこの提案きいたときに、あ、これってたぶん自分が一番やりたかったやつや、って思いましたので、一も二もなく引き受けました。

 以下、やっぱり進行報告的な感じになります。
 内容報告は↓またもやこちらをご参照ください。
 「シンポジウム「日本の大学図書館員の論じる世界の大学と図書館 〜6/25開催のシンポジウムを振りかえりつつ〜」に行ってきた。」(みききしたこと。おもうこと。)  http://d.hatena.ne.jp/xiao-2/20160703/1467514366
 もうこのxiao-2さんという方には頭も顔も足も向けられない、直立不動で感謝しなきゃっていう感じになってます。

【後日追加】
当日の様子がYoutubeで公開されています。
https://youtu.be/GeazV807vak


 写真はいまのところ手に入っていませんが、40-50人くらいの方においでいただいてたでしょうか。土曜の午後ならいざしらず、金曜の夜に、はなきんに(死語)、大勢来てくださいましてどうもありがとうございました。

 進行としてはだいたいこんな感じでした。
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イントロダクション
→6/25シンポジウムのふりかえり
→第1問「学生たちはなぜ 図書館・ラーコモに来るのか? そもそも「来るべき」なのか?」
→第2問「ディスカバリー慣れした ユーザの前で 司書は何して過ごすのか?」
→第3問「日本の電子資料や デジタル・アーカイブは どこがダメなのか?」
→まとめ
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 まずはふりかえりのターン。
 先週のシンポジウムに来てない学生さんやお客さんも少なからずいてはるやろう、ということで、江上のほうから、きわめてざっくりと小カールくんのみの駆け足で、どんな話が出てたかっていうのを紹介しました。
 もちろんここでの紹介はのちのディスカッションのために踏まえてもらうものなので、どっちかというと後で扱う3テーマにだいぶ寄せた偏りのものにはなりますよね、ていう。まあその3テーマも振り返りをまとめているうちになんとなく浮かんできたやつなので、卵と鶏ですが。
 でもここをちゃんとやんないとあとのディスカッションでコメントが出にくいだろうし、フロアも飲み込みづらいでしょうから、ここは2時間サスペンスで登場人物をじっくり描いていく時間帯の感じで。

 で、それを踏まえてパネリスト登場&ディスカッションのターン、なわけですが。
 パネリストの4人(当日惜しくも1人欠席)はと言えば、全員よく知ってる、ていうか何をどう言いそうな輩かっていうのもだいたいわかってる、なので一切不安もしないし準備も何もいらないとしか思えないんだけど、唯一にして最大最強の不安要素と言えば、放っておいたら好き勝手しゃべり過ぎられてカオス&時間超過になるに違いない、そうならない未来が一切想像できないという顔ぶれなので、どうにかして抑制的な手綱をとらないといけない、はて、どうコントロールするか。

 というわけでやったのが、「学生の来館」「ディスカバリー」「電子資料」という3テーマを、問いの形式、「学生たちはなぜ 図書館・ラーコモに来るのか? そもそも「来るべき」なのか?」「ディスカバリー慣れした ユーザの前で 司書は何して過ごすのか?」「日本の電子資料や デジタル・アーカイブは どこがダメなのか?」というものにして、それぞれA3の紙(ほんとはスケッチブックにしたかったパターン)にマーカーで答えを書いてもらう、というやつです。
 「IPPONグランプリ方式」です。ただの大喜利です。
 教室のサイズにもよると思いますが、これはだいぶよかったと思います。その人の考えを、話だけ耳で聴いて理解するよりは、端的なフレーズが文字として見えている中で聴いてるほうが、そりゃまあわかりやすいよなっていう。話す方も、話題がさまよわずにすむし。

 もうひとつ成功したなと思ったのが、マイクを1人1本ぜいたくに与える、という。6/25のシンポは2人で1本だったんですが、これだとやっぱり発話までにひとハードルあるし、ワンテンポ遅れるから当意即妙な掛け合いみたいなんが難しいんですよね。発言したい人はマイクを手にとって司会に軽くアピールしてくれるから、司会として采配もすごくしやすいし。
 ディスカッションを盛り上げようと思ったら、マイクなしか全員マイクあるかのどちらかで、共有マイク態勢は避けたほうがいいと思います。(まあ、それでも盛り上がった6/25のパネリストは神4だったということで)

 そんなこんなのやりやすさの中で、司会たる私にも多少の心の余裕が得られたのか、今回はディスカッションの途中で適宜フロアにいる人に話をふる、ということができました。どれもみなこちらの無茶ぶりばかりで、発言してくださったみなさんにはごめんなさいしか言えないのですが、みなさんさすがのマイクパフォーマンスぶりという感じでした。具体的には学生さんとか、訊け!の人、紀がつく書店の人、そして先週のパネリスト約1名、とか。

 最後の最後に、その先週のパネリストだった約1名さんにコメントをいただきまして、これで上手いこと2企画が輪になってつながったんじゃないかなと思いますね。しろやぎさんたちからのお手紙を、アンサーなくろやぎさんたちががっつり咀嚼して、さらにしろやぎさんからお返事をもらう、っていう。

 ディスカッションの内容としては、自分にもいくつか言いたいことが出てきてしまうようなテーマで、っていうか我慢できなくてちょいちょい自分も何か言ったりしてたし、そもそもこんだけ司会してると自分の言いたいことなんか全然言えやしないから、フラストレーションの元気玉が熾りまくってる感じになっててどうしようもなかったんですが、本企画のメンバーの気安さからついつい出ちゃった、という感じです。

 極私的に思ったことのメモ。
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・@「学生たちはなぜ図書館に来るのか」の場所としての図書館論。なんというか、”場所としての”だけ言っても、”大学”の”図書館”の”場所としての”機能の一面しか見えないんじゃないのという思いを強くした感じになってて、”資料・文献”(紙にしろeにしろ)というものと”場所”としての機能がどうマリアージュするかを考えるのが、図書館の場所としての機能を議論することの醍醐味なんじゃないのかなあ、って思うんですけどね。(当日コメントした「文献を参照しない学びはscienceと言えるのか」はそのニキビがぷちっと出た感じの)
・A「ディスカバリ慣れしたユーザを前に、司書は何をすべきなのか?」では、もっと長い長いスパンで、未来将来の司書の新しい役割はどういったものになっていくかしら、みたいなこと”も”出題側としては意図してたのですが(で、先週紹介のあったワシントン大学のJapanologists Colloquiumの話になんないかな、とか思ってた)
 実際には、だいたい当面のというかまさにいま現在やるべきことみたいな話になってたので、まあそれはそれでいいかっていう。これは、いま現在のディスカバリがいま現在ホットである、ことのあらわれなんだろうし。
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 繰り返しになってしまいますが、当日はUstream中継もするにはしてたのですが、直前まで機器類の調整がつかず、URLをほとんど広報できていませんでした。申し訳ありませんでした。(アーカイブの公開が同志社サイドでできるようになれば、またあらためてお知らせできればと)

 あとこのアンサー・シンポジウムは、実は「図書館基礎特論」という授業のひとコマとして開催したもので、その受講生の学生がふつーに聴きに来てるっていうあれだったんですが。会の後の懇親会で「学生には内容的に難しすぎたんじゃないか」というコメントも出てたんですけど、あたしはそれはそれでいいと思います。わかりやすいあつらえられたものばかりでなく、噛み切りにくい呑み込みにくいものをあえて体験するというのは、もちろんそればっかりではしんどいでしょうが、2度3度くらいはあると良い学びになると思いますので。

 あらためましてパネリストのみなさん、当日運営でお世話くださった同志社大学のみなさん、ご来場・ご視聴くださったみなさんに、あらためて心より感謝申しあげます。

 このアンサー・シンポジウムによって、AASに関連した一連の催しごとがすべて終わった、ということになりました。暦の上では夏が始まったばかりの日ではありましたが、egamidayさん的には、2016年はもうこれですっかり終わっちゃったようなもの、という感触ですね。
posted by egamiday3 at 21:42| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする