2017年01月10日

201611it イタリア・シチリア旅 2日目その3「シチリアン・フードにいいようにもてあそばれている」

 
 19:00 パレルモ着。
 パレルモはシチリアの州都ですので、シチリアまわりはまあここからスタートしますよねという感じですが。
 すでに薄暗みの中の駅前の様子をぐるっと見回してみると。
 ・・・・・・う、ちょっとがらが悪そう。
 道や建物が荒れている感じでごみごみしてる、街が粗そう、車が粗そう、路上の手持ち無沙汰さんがそこここにいっぱいおる、がしゃがしゃしていてかつ賑わっているという感じではないので、んー、駅前とは言え州都でこんな感じかと。宿にインしたあと街を軽く歩きましたが、州都で目抜き通りでまだ夜8時にならないくらいでしかないのに、え、ちょっとここ歩くのなんかやだな感がわりとあってあきらかにビビってる、っていう。後述の宿のマダムさんが「裏路地は行くな、表通りを歩け」ってアドバイスしてくださった、その表通りって、え、ここのことですか、ここ歩くんですか、っていう感じだから困る。バイクの運転が荒かったり、烏合の衆がかたまって騒いでたり(註:オープンなパブだった)。あと、スーパーを見つけたので入ったら、瓶が割れて床に撒かれた赤ワインがそのままだったり。
 んー、シチリアそうか、この先どうなんだろう、と。
 ただそれでも、慣れたら楽しそうだなって思えるのは、そういう街の粗さが、イコール、人が自由に暮らしてる感から来てるなっていうのがなんとなく分かるから。

 宿は、駅のどまん前にあるB&Bで、私宅を宿にしてはるから看板も表示もいっさいない、どこにそれがあるのかぜんぜんわかんなくて、Booking.comに書いてあった住所の番地だけを頼りに、ここのはずだよな、えいやっ、と呼び鈴を押す感じ。しかも、当初はパレルモ着23時の列車を予定していたのを先方に伝えてたので、まあまあ不審がられて1回では出てもらえなかったという。まあ、よくありますよねw
 それでもこのB&Bのマダムさんはすごくフレンドリーな方で、Booking.comで予約入れたときからわりと丁寧にメッセージくださってたので、よかったです。食事処や街歩きのおすすめも地図を使って初心者にわかりやすく説明する様子は、手慣れてるなあという感じだったし、バス関連の相談も(まあ正確さはともかくw)親身にのってくれたし、部屋もなに不自由ないふつーのB&Bでした。

 夕食に、街に出ます。
 とりあえず街の品定めに繁華街のほう、歩行者天国になってるあたりを無目的にぶらぶらブラウジングしつつ、スマホと予習メモで食事処を探していると、見つけた日本人ブログに「○○へ行くつもりが開いてなくて、たまたま別の店に行ったら当たりだった」みたいなことが書いてあって、ああそれなら期待できるかなあと。

 Le Delizie di Cagliostro
 http://www.ledeliziedicagliostro.it/

 街が粗いなあと思ってたのと真反対に、フロアさんの応対が丁寧でフレンドリー、日曜だからかそんなに混んでもいない。安心して気兼ねなく座らせてもらえる感じ。
 若手のウェイターの兄ちゃんがアンティパストにタラのカルパッチョをおしてくるんだけど、ちょっとお高いしなと思ってメニューを凝視してたら、シチリア料理のミストがどうのと書いてあって、ミストってミックスじゃないか(ちゃんとイタリア料理用語勉強してた)、これにしようとお願いして出て来たのがこちら。

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 ・・・やばい、まちがいない。美味い。

 シチリアの食べ物についてはものの本でうっすら予習(参照:http://egamiday3.seesaa.net/article/445202831.html)してきましたが、まず、左上の茄子はカポナータ、ラタトゥイユのイタリア版なんだけどこってり甘酸っぱいやつ、それにアーモンドかなんかのスライスがかかってる。オリーブも入ってたかな。こってり甘くてさっぱり酸っぱくて、しかもあったかくしてくれてるのが身体に染みる、これだけでパンでもパスタでも白ワインでもいくらでもいけちゃう感じ、イタリア版めしのともだなあ、なんならご飯にも合う。これはちまちまつまむ。
 左下が、トマトのブルスケッタ、バゲットでリッツパーティにしたやつ。トマトが美味い、ていうかトマトに下味してあるやつが美味い、まちがいない。ていうか、パンがさくさくしてて美味い、やばい何このパン。
 真ん中、イワシをたぶんオーブン焼きにしたベッカフィーコっていうやつ。巻いてるのも何か名前ついてたはず。それにパン粉をまぶして焼いてある。これにナイフを入れるんだけど、入れた瞬間にえっ?とびびったのが、豆腐みたいに柔らかくてナイフがすうって入る、え、どんだけ柔らかいのと思って口に入れたら、やっぱり柔らかい、身が舌の上でさらってなる。あんまイワシってそういうふうに味わうことないよなあって思ってたけど、次にびびったのが、これがまったくイワシ臭くない。生臭さも青臭さもない、え、これ白身か?って思うくらい。これはもうちょっとまとまった量で食べたかったかもしれないっていう。この柔らかさと生臭くなさは、この土地の素材の勝利? 下ごしらえ? オーブンのおかげ? 下に敷いてある檸檬の効き目? わかんないけど、これまでの自分のイワシ観に謝らないといけなさそうな感じ。
 真ん中の上、このお団子状のやつを”ポルペッタ”っていうのかしら? ものの本にブロッコリーのポルペッタというレシピがあって、これは食べたいよなあって思ってたんだけど、これは純粋にポテトっぽい。ただし塩気が効いてる、ああそうか、チーズか、ていう感じ。これもパンやワインがすすむ。
 さっきからパンやワインやと言ってますが、まずもってこの皿とは別に卓上にぽてんと置いてあるカゴいっぱいのパン、外食するとサービス料代わりに”コペルト”という名で必ず出るシステムの、があるのですが、このパンがそもそも美味いんですよ、さっきから。そういえばシチリアにはシチリアのパンがあるって書いてあった気がする、ゴマがふってあるの。ゴマの歯触り香りと、生地がもっちりしてそうでしつこくなく、甘みがあるようでしつこくなく、おかげで小麦摂取の手が止まらなくなりそうなのがやばいっていう。糖質制限の大敵。
 そのシチリアパンに何かがはさまってるのが左下のやつで、このはさまってるのなんだろう、平たくて焼いてあるか揚げてあるけど、はんぺんかなと思って食べたら、つぶした豆の味がするので、あ、そういえばひよこ豆を煎餅状にした食べ物(パネッレ)があるって聞いた、これのことかな、と思った。もっとチップス的なものを想像してたけど、これはこれで油っ気もあって思ったより美味い。ただ、パンにはさむほどの惣菜力はないだろうとは思うんだけど、これもパンもどっちも美味いから結果許せるという、なんかずるい。
 最後の右上がどうしてもわからなくて、油揚げの堅焼きみたいな、すごくコシのあるパンのようなものが薄くあって、トマトを塗ってチーズをふって焼いてある。少しだけ食べ残してウェイトレスのねえさんに聞いたら、「スフィンチーノ」とおっしゃる、ああこれがスフィンチーノか、シチリアにそういう変わり種ピザみたいなのがあるんだというのもまたものの本で読んだ。こんなコシのあって歯ごたえも噛みごたえもおもしろい生地のピザ?があるんだったら、これは常食にしたいですよ、というくらいのもの。日本でも流行ったらいいのに。

 見てください、前菜のひと皿でもうこれだけ↑興奮してる。
 シチリアン・フードにいいようにもてあそばれてる感じ。

 ここに加えて、パスタがこれです。

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 Pasta con Sarde alla Palermitana
 イワシのパスタです、トマト無しで、さっきのイワシみたいに何の生臭みも青臭みもないやわらかい身が、パスタの量と釣り合い取れないレベルでこれでもかというくらい入ってる、あと、レーズン(といってもケッパーくらいの小さくて丸い粒)と松の実、ハーブはフェンネル、あとたぶんタマネギ、そして上からまんべんなくたっぷり、魚粉か鰹節のようにばっさばさかかってるのが、パン粉ですね、たぶん煎ってある。
 すみません、多少行儀悪くも、ばくばく食べてる。イワシが美味いし、ダシが美味い、それの絡まるやや太麺のパスタがのどごしでぐいぐいくる勢いで美味い。ていうかこれもはや日本食っぽい、鰯細うどん的な。正直パン粉がちょっとよくわかんないんだけどw、シチリアはもうとにかくパン粉を使う土地柄らしく、そういうもんだと思うことにしました。

 正直、シチリア初日補正が相当かかってるだろう(ていうか、お昼ちゃんと食べてないし)とは思うのですが、今回の旅全体を通して美味かった店はどこかっていったら、1位はここです。ありがとうございました。

posted by egamiday3 at 23:07| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月07日

201611it イタリア・シチリア旅 2日目その2「海峡渡り2時間というアトラクションは"俺得"」

 ローマを出て約7時間、イタリア本土のつま先にやってきました。

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 そのつま先から海峡を渡ってシチリア島へ向かうのに、乗ってるこの列車が切り離され、客車ごとフェリーに載せられ、そのまま海を渡るのです。
 2日目にして早くもこの旅のメインアトラクションその2です。

 些少ながら参考文献を。
 「欧州ローカル列車の旅:ミラノ〜シラクーザ」
 http://europe.zouri.jp/siracusa/siracusa.html

 で、つま先の港町駅、ヴィラ・サンジョヴァンニ駅からシチリア島をのぞむと、こんな感じ。

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 このくらいの近さです。海からわりとすぐ山になってるせいか、そびえてる感がわりとあって、思ってたより(&写真で見るより)威風堂々に見えます。
 しばらくぼーっと待ってると機械音がするので、先頭の客車まで行ってみると。

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 切り離されました。
 先頭の客車が切り離されたということは、これからおしりの方から後方へひっぱられるということかな。
 [機関車] [前方車両]=[後方車両]

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 そうこうしているうちに、港にシチリア島側(メッシーナ港)から来たフェリーがばしゃばしゃと到着してきました。時刻表からいってあのフェリーにはパレルモ発ローマ行きの列車(IC730便)が載ってるわけですね、そうか、ここですれちがうのか。鼻先をパカッと開けて、着岸します。
 あ、いま自分の乗ってる列車がガタンって後ろにゆれました、いま逆サイドに機関車がくっついたな。
 [前方車両]=[後方車両]=[機関車]

IMG_4208.JPG

 ・・・あれ、前方に走り出した。そうか、スイッチバック的に、いったん前方に全部寄せたあとでお尻からフェリーに入るのか。2隻ならんだフェリーがどんどん後方に遠ざかっていきます。
 で、止まった。と思ったら。

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 隣にぴったりくっつくようにやってきたもう1本の列車。あんたあれやな、シチリアから来はったんやな、こんな近距離でリアルすれ違いとは。しかも、出逢いを味わう余韻もなく、あちらさんが即座にうしろへ引っぱられて行っちゃった。あんたこれから7時間かけてローマまで行かはるんやね、おきばりやす。
 そして今度は我々の番。ゆっくりゆっくり、そろそろとお尻から引っぱられていきます。
 [前方車両]=[後方車両]=[機関車]→  【 フェリー 】

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 自分は先頭車両(つまりお尻から入ってるほうの反対側)にいるのでなかなかフェリーに入りこまない、そうこうしているうちにあるところでいったん止まったかな、と思ったら、自分側の前方車両だけがちょっとだけ前に戻る。そのあと再度お尻から引っぱられていくので、あ、さっきのところで前方車両と後方車両が分割されたんだな、とわかります。

 [前方車両] 【 [後方車両]=[機関車]→  】

 さすがに全車両がフェリーにそのまま入るわけではないので分割されるだろうし、もっと言えば、切り離された前方客車群と後方客車群はそれぞれパレルモ方面(西)とシラクサ方面(南)に泣き別れることになります。
 そして、前方群たる我々もついにフェリー内へ。

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 おお、船底にレールが。そりゃそうかw
 そしてスタッフさんの向こうには、切り離された後方車両くんがいらっしゃる。

  【 [後方車両] 】
  【 [前方車両] 】

 というわけで客車の積み込み完了です。
 積み込まれてる間は乗客もフェリー内に降りれるので、積み込まれてる客車をパシャパシャ撮りました、こんな感じです、っていう。

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 存外にもすっぽり入ってるんだな、という印象。きゅうきゅう詰めってわけでもないし。

 で、ここからしばしの船旅です。

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 さよならイタリア半島。約1週間のお別れです。

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 シチリア島からイタリア本土に向けて細い岬がぐぐっと延びていて、↑この写真の正面前方に薄く見える鉄塔が、その端っこです。そしてその右に見えるのがイタリア本土、だいぶ北の方。

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 一応フェリーですから客席もありますし、ありがたいことに売店もある。そういえば朝からババひとつしか食べてないですね、というわけで、アランチーノ(シチリア名物のライスコロッケ)で遅い昼食をとります。

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 でまあ、数十分でシチリア島に到着です。
 あとは同じように進んだり戻ったりを繰り返したり繰り返さなかったりみたいな感じで、上陸しました。

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 シチリア側のメッシーナ駅を出るのがもう16時。つまりこれに2時間かけてるわけですね。
 まあやっぱり、人間だけ乗り換えた方が早くないかと思わなくはないですw
 でもやっぱり、海峡渡り2時間というアトラクションは、"誰得"かと言えば"俺得"なので、残っててほしいな。

 メッシーナ駅を出れば、あとはパレルモまで残り3時間です。

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 ティレニア海はどんどん陽が落ちて暗い暗い海になっていきます。

 ・・・・・・一日中電車乗ってるだけだったなあ。
posted by egamiday3 at 17:52| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

201611it イタリア・シチリア旅 2日目その1「"旅行"がしたいのであって"観光"がしたいわけじゃない」

 
 というわけで2日目、実質初日です。
 今日はローマから鉄路で、旅の主目的地であるシチリア島へ向かいます。

 ローマ・テルミニ駅発 07:26 → パレルモ駅着 19:00

 地図的にいえばこんな感じ。

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 ポイントが2つあって、1つめが「乗り換えなし・12時間一本勝負」の旅程だということ。
 つい昨日が関空→パリ間12時間フライトをこなしておいてからの、今日さらに12時間鉄道乗りっぱなし、という旅程は、まあ確かに自分でも首をかしげなくもないですが、しかしだからといって、その分の時間を観光にまわしたほうがいいんじゃないのみたいなことは思わない。極端に言えば、"旅行"がしたいのであって"観光"がしたいわけじゃない、鉄道に乗ること自体が旅行の目的のひとつ、車窓をぼぉっと眺めて過ごすのが求むアトラクションのひとつなので、という感じです。
 そうじゃなかったら、ローマ−パレルモ間なんか空路1時間で済んでる話なんで。

 ポイントの2つめは、イタリア本土とシチリア島の間に海があること。関門海峡くらいの距離ですがここは橋がかかっているわけではなく、列車を降りて舟に乗り換えるというわけでもなく、乗ったままの列車ごとフェリーに載せられます。この話を誰にしても、怪訝な顔をするか明らかにおかしいと否定されるのですが、何両か編成の列車をいったん切り離して、そのままフェリーに載せて海峡を渡り、渡った先で再度連結して走るっていう。こんな極上アトラクションありますか、っていう話ですよ。
 橋でしょ? 橋はですね、これまでも何度も何度も「かけます」っていう計画が持ち上がってはぽしゃってるらしいです。実際今回の旅の予習でも、数年前の本には「ついに○年竣工予定」と書いていたのが、さらにその数年後の本では「その計画は頓挫した」みたいなこと書いてあって、なんというか、イタリアだなあという感じ。
 人が降りてフェリーで渡りゃいいじゃんっていう説もごもっともなんですが、これについてはどうだろう、たぶん本土−シチリア便のうち何便かは夜行なので、寝てる間に海峡越えなきゃいけないからなのかな、っていう推測です。

 というわけで、鉄道をたのしむ+車窓をたのしむ+海峡渡りをたのしむ、という2日目です。

 国文の先生がフロントで、整備のおっちゃんがソファで雑魚寝してるところを、叩き起こすようにして宿出です。

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 12時間一本勝負、つまりは、昼食を食べられないおそれが大なので、朝食はがっつりめにカツサンドとカプチーノです。駅食ですが、なんやテルミニ駅は地下なり2階なりに相当いろんな店が整備されたみたいで、はかどりますね。
 あと、売店で水とかチョコとかを買い込む。

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 ちなみに今回乗る鉄道便のチケットについて、朝宿でネット予約したものを駅の券売機でプリントアウトしようとしたのですが、何度やってもQRコード付きのこんなレシートしか出てこなくて、そしたらなんかボランタリーな学生さんが「それがチケットだ」って言うんですよ、こんなペラッペラで40代の目では読み取れないような小さい字の紙がチケットとか、困るw

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 というわけで、07:26、ローマ・テルミニ駅発です。

 ところで車窓をたのしむには、地図から考えて海側、進行方向にむかって右側の座席が吉なわけですが、じゃあどの席を予約すれば”右側”なのか、これが日本の新幹線なら決まってるのですが、じゃあイタリア鉄道(FS)の場合はどうかとネットをさんざんググりにググったのですが、結局「予測不可能」という結論に達しました。欧州ではターミナル式の駅が多いですが、それに停車する度に進行方向が変わるので、どうしようもないですね。
 と思って列車に乗り込んだのですが、「どの席を予約すれば」なんて無関係でした。
 席がガラガラでどこも空いている。あと、そもそも予約席を守ってない、あたしの席になんかもうおっちゃん座ってるし。
 さらに窓が・・・ひどい結露でまったく外が見えないという。これはさすがに困る、車窓をたのしむのが旅の目的って、それあかんやん、と。
 と困って、客車内を見回すと、結露している窓としていない窓がまだらにあるので、海側の、結露してない、他の人と相席にならずに済むひろびろとした席を、小一時間ほど不審者かのようにうろうろと移り探し、サレルノを過ぎてもう客は増えないだろうというタイミングでやっと落ち着いた、っていう。
 この後、シチリア島内でもそのほとんどにおいて、指定席予約はいっさい関係なかったです、みんな好きなところに座ってる。まあそういう土地柄だということで。

 というわけで、あとは海峡渡りイベントまでの6時間強、延々と車窓をおたのしみください、という感じ。

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 ていうか、ローマど真ん中のテルミニ駅を出て10分もしないうちに、草原、林、農場、突如としてあらわれる古代の水道橋的な巨大建造物。WindowsXPかと思うような緑豊かな景色がずっと続いてて、こんだけ豊かな国土があったら、そりゃ美味いもん作れるだろう、って思いますね。

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 一応特急としての便ではあるのですが、ローマ−ナポリ間を過ぎるくらいまでは地元駅にちょいちょい停まります。特急なのにまた停まるの?ていうのが京阪みたい。

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 15分停車のナポリ駅で、がまんできなくてエスプレッソを買ってきちゃった。しかもババ(スポンジケーキのシロップ漬けにしたの)があったのでついでに買ってきて、手のひらをシロップでべっとべとにしながらいただきます。

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 観るとほぉっとため息が出る、霊峰・ベスビオス火山。
 海側に突き出た半島の山、あの向こうがアマルフィ海岸です。

 途中、サレルノに停まり(アマルフィ行きはまた今度に)、アグロポリを通過し(古城跡があるという古い町、また今度来ようね)、という感じでもうそろそろ停車駅が少なくなってきます。南イタリアをぜいたくにがんがん飛ばしていく感じになってます、この列車。海が見えては遠ざかったり、鉄橋と併行してめっちゃ古い石造りの橋が渡ってたり、そのうち次第に、植物相が蘇鉄蘇鉄な感じ、家の壁が白と黄色、屋根が茶褐色という南イタリア南イタリアした感じになってきます。空が晴れてその光が海面に反射している、次々と襲いかかる風光明媚攻撃に休む余地のない、いまのところは実にヴァケーションっぽい車窓です。

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 ていうか、フライト12時間の翌日に鉄路12時間中ですが、ぜんっぜん苦にならない、めっちゃ楽しんでるので、egamidayさんはやっぱ正気じゃなかった。

 さすがに電波(レンタルwifi)が弱くなってきたかなというくらいに、もうずっと海岸沿いを走ってて、たまに浜辺で人が半裸や水着姿でフラフラ歩いてたり釣竿立てたり、リゾートっぽい集落だとスキューバのグループがたむろしてたり、おっさん達がかたまって駄弁りしてるのが見える、そんな車窓。オレンジの樹が増えだしたり、たまに富豪っぽい邸宅も見えたりする。
 どれもこれもこの土地の、いたってふつーの日曜日の暮らしの中を、旅行者の自分が客車の窓から眺めながらすぅーっと走り抜けていく。
 そのうち次第に曇ってくる。寒くもなってくる。何もない土手を犬ととぼとぼ歩く人がいるなと思ったら、工場跡地みたいなとこに砂をかぶったように汚れた簡易テントがたくさん並んでて、ひっそりとしてる。この寒いのに薄手の服で汚れたボールをひとりで追いかけてる少年がいる。あるいはその先に、鉄骨が剥き出しで整備も何もされていない建物ばかりが密集するような集落もある。そこもここも、それがどこかもわからない、そこにいる人たちがどういう人たちなのかもちゃんとはわからない、けれども、でもやはりそこの人たちにとってはそれが日常であり、暮らしであり、その中を異邦人たる自分が無言で走り抜けていく。

 そして。

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 やたら山越え、やたらトンネルだったなあという辺りを過ぎ、薄曇りの中、前方をぼーっと見ていることしばし。
 ・・・あれ、もしかして、さっきから遠くに見えてるあれがシチリア島なの? (気付いてなかった)

 ただいま14時前、鉄路予定の半分は過ぎてます。
posted by egamiday3 at 17:26| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月04日

極私的・2017年の絵馬(活動指針メモ) 年頭仮置きver.

 絵馬。
 それは、折に触れて掲げたり降ろしたりする、今年一年の活動指針。
 ただし今は3月までの間に目白押しているタスクごとをこなすのが先なので、とりあえず仮置きver.として。


●タイムライン
2007 HVU
2008 NBK・JLA
2012 本棚の中のニッポン
↓  ↓
2016 AAS京都
2017 ===いまここ===
↓  ↓
↓  Something
2020 ↓
2022 ↓

●イベントごと
2017.03 情報の科学と技術〆切
2017.03 CEAL/NCCトロント
2017.03 NBK年度末
2017.06 (AASソウル?)
2017.09 アーカイブサミット
2016.09 EAJRSオスロ
秋冬に旅行行く余裕が持てる状態にもっていきたい

●2017年の絵馬 (2016年の持越し含む)
・もろもろを片付けにかかります。片付けは、かたをつける、です。
・(客)をダシにして、(主)にしてください。(ていうか、そうでもしないと時間が足りない)
・基礎体力をつけてください。基礎体力は、エビデンスであり、説得力です。そのための有酸素運動です。(知的活動の話)
・アウトプット←→基礎体力、の循環です。つまり、アウトプットを”無駄に”増やします。
・NBKをどうしたいのか、可視化させてください。これはマジです。
・たぶん3月4月にもう一度全体設計しなおします。


posted by egamiday3 at 21:59| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月31日

極私的・egamiday十大ニュース 2016 (簡易版)


 年末振り返りその3、簡易版で。


・egamiday氏、未踏の週3日休肝日制度を導入。

・egamiday氏、そこへきてのクラフトビール派への転向疑惑。

・egamiday氏、一般市民Aとして平井嘉一郎記念図書館に入り浸り。

・egamiday氏、AAS京都に予定入れ過ぎ、司会業へ転身か。

・egamiday氏、「ポータルに客は来ない」と喧嘩を売る。

・egamiday氏、ここへきてのiPhoneにカバー付ける派への転向疑惑。

・egamiday氏、シアトル・ルーマニアといっさいの旅情の余地ない海外行きにキレて、突貫でシチリア行きを敢行。

・egamiday氏、パスタに夢中すぎて、イタリアでピッツァを食べてない失態。

・egamiday氏、ノープラン過ぎるアクティブ・ラーニングを実行中。

・egamiday氏、「エンディング企画」という謎ワードの行方は。


posted by egamiday3 at 23:17| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

極私的・今年のアルファ本棚行きコンテンツリスト 2016

 年末振り返りその2。
 自宅の”アルファ本棚”と読んでる本棚に置いておきたい極私的アルファ級のコンテンツを、書籍メディアに限らずリストアップしたもの。

『世界システム論講義 : ヨーロッパと近代世界』
「テクノロジーの前あし、アートの触覚」(『角川インターネット講座』第15巻所収)
『「みやこ」という宇宙』
『星を継ぐもの』
『あがり』
『盤上の夜』
『パスタでたどるイタリア史』
「とっとテレビ」(ドラマ)
「コクリコ坂から」(映画)
「ペルセポリス」(映画)
「10分間」(演劇・中野劇団)
「来てけつかるべき新世界」(演劇・ヨーロッパ企画)
ラウンドテーブル「The Digital Resource Landscape for Japanese Studies」
アンサー・シンポジウム「ライブラリアンの見た世界の大学と図書館〜図書館利用行動を中心に〜」
平井嘉一郎記念図書館
Kindle Unlimited
ウィルキンソン炭酸ドライコーラ(食)
グリーンシャワー(食)
シアトルPike Brewing Companyの利きビールセット(酒)
農村博物館(ブカレスト)
ギリシア劇場(シチリア・タオルミーナ)
シチリア料理全般(食)

posted by egamiday3 at 21:29| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

極私的流行語大賞 2016

 
 年末振り返りその1、いつも自分しか得しない、自分のためだけのメモ。

あしーたがんばろおー
今日のヴィニエット
シアトル
調整活動(人間ドックのための)
今日は酒を飲まない日
司会業
AAS京都
ラウンドテーブル
アンサーシンポジウム
デジタルアーカイブ
ルーマニア
シチリア
シチリア〜、シチリア〜(映画『シチリア!』のオープニングの歌)
JAL研修
非公開食べログ評価
レジュメをつくる
posted by egamiday3 at 21:28| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

201611it イタリア・シチリア旅 1日目「鉄道が通っててパスタが食えれば困ることはないだろう」


 イタリアに行ってきました。
 今回は主にシチリア島です。
 ていう話をします。

 イタリアは、2013年1月以来4年弱ぶりですが、そんなことよりプライベート&ヴァケーションベースな旅自体が2年半ぶりという、もっと旅をさせてほしい!

 今回の旅の概要は「0日目」(http://egamiday3.seesaa.net/article/445202831.html)の通りですが、初日当初の目論見としてはだいたいこんな日程。

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11/19 関空発→パリ経由→ローマ着
11/20 シチリア島まで行く (鉄路12時間)
 |
(未定)
 |
11/26 どうにかしてローマまで戻る
11/27 ローマ発→アムステルダム経由→
11/28 →関空着
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 なぜシチリアかと言われると、そこまで思い入れがあるわけではなく、イタリアには行きたいな、でも北部中部をうろちょろするのはもうやったしな、11月だし寒くないように南がいいし、短期間でこれっていう決め打ちのトピックスというかワード旅ができると、短い準備期間で予習もしやすいよな、って思ってたら、数年前にイタリア関連本で「最近のシチリアは昔に比べて安全で旅行しやすくなった」って書いてあったの思い出して、じゃあ「シチリア」で決め打ちにしよう、という感じです。
 それに下記の地図見ていただくとわかるようにですが。

map1.png

 よく「文明の交差点」みたいな慣用句で表現される土地ってあると思うんですが、なかでもシチリアは群を抜いてと言うか、地図上でリアルに、物理的な意味でまさしく文明の十字路的位置だなっていう。地中海世界観でいうまさにど真ん中で、この地中海を京都市バスの206号系統だとすると、イタリア半島からアフリカまでの縦ラインが地下鉄烏丸線ですから、ミラノあたりが北山や北大路、フィレンツェが同志社や相国寺のある今出川で、ローマが三条ナポリが四条と下がっていくと、シチリアは烏丸五条というまさに大交差点ですね。東へ行くとギリシア・トルコという東山界隈があり、太秦や嵐山あたりの右京・洛西がスペイン・イベリア半島、えっと、いまこれ何の話でしたっけ。
 というような、イタリアの端っこであり、地中海のど真ん中であり、文明の十字路的なところなんだったら、おすましした土地柄よりは何かおもしろいもの見れるんじゃないか。正体はよくわかんないけども、まあ最終、少なくとも鉄道が通っててパスタが食えるっていうだけでも大丈夫だろう、たぶん困ることはない、という嗅覚からの、予習、準備、そして実践なわけです。

 予習については、これも0日目(http://egamiday3.seesaa.net/article/445202831.html)の参考文献を参照。

 とりあえず1日目はローマまで行きます。

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 これが今回の預け荷物で、中身をしぼりにしぼって4.8キロ、手持ちカバンが約4キロ。彷徨型の旅行なのでできるだけ少なくしたかったのですが、このあたりまでくるとカバン自体の重さをいかに軽いものにするかレベルの問題になってきますね。
 それにしても関空のセキュリティが、いままで見たことがないレベルの行列ができてて、ちょっとびびりました。日本側旅行のシーズンで言えばオフな時期のはずなんですけど、これってやっぱり来日観光客の増加の影響でしょうかね。

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 特に感慨もなくあっさり搭乗、離陸。

 行きの渡欧便はエールフランスで、2人席。当初は離陸直後あたりまでお隣が空席で、やったラッキー!と喜んでいたのですが、しばらくするとどこから登場したのかフランス美人的なお姉さんが隣席においでになって、え、この人離陸の時いなかったのにどこから湧いて来たんだろう、エールフランスに巣くうフランス美人版座敷わらしかなんかだろうか、と思ってたんだけど、どうも非番のCA関係者さんか何からしく、勤務中のCAさんと親しげに話してる、どころか、免税品の機内販売のヘルプみたいなことしてはった。

シチリア歴史紀行 (白水Uブックス) -
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 Kindleでシチリア本再読したり、デスクワークしたり、映画を見たりしてるうちに、なんとなくふんわり12時間経ったという感じでしたが、『ペルセポリス』はもう一度ちゃんと見直さなきゃなといういい映画でした。我々同世代のイランの少女の半生自叙アニメで、軽妙なシリアス感。

ペルセポリス [DVD] -
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 というわけでパリ、シャルル・ド・ゴール空港に到着。

 実は日本時間の昨夜あたりからずっと、腰が軽く痛くて、今回渡欧便で12時間座ったあと、明日は鉄路で12時間っていう予定なので、これ下手すると下手をするな、という危機感があったので、それで何をしてたかっていうと、パリ空港での待ち時間中、何の意味もなくあちこちをうろちょろと徒歩運動してるっていう。まあ結果、大事には至りませんでしたが。

 そしてパリからローマへ向かう便はイタリアのアリタリア航空だったのですが、その短いフライト内でポンっとなんとなしに渡された配給品が、パックのサンドイッチ。これが今旅の第一イタリア食だったのですが、そんなコンビニエンスフードみたいなんが、えっ、て思うほど美味かったからイタリアは早速ヤバい、という感じ。なんのことはない、ナスの、浅漬けっぽくしたのの、バターだかオリーブオイルだかで軽く味付けしたサンドイッチなんだけど、薄味なのにコクがあるし、ナスの柔らかさも、ふだんは不愉快なはずの水気吸ったパンの柔らかささえもちょうどよく、コンビニフードでこんなに美味いのがイタリアンなんだったら、もうこの先コンビニフードだけで旅行過ごしてもかまわないかも、っていうレベル。なにせ、写真撮るの忘れるくらいには、美味い美味いって食べてた。
 ↑ここが行きの旅程のハイライトかな。

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 そんなこんなでローマ、フィウミチーノ空港に到着。
 からの、ローマ中央テルミニ駅。

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 そしてそのすぐ近所の安宿にイン。駅前の雑居ビルで、そのへんのあんちゃんとかスルッと侵入できちゃうんじゃないかという感じで、口ひげで中途半端に洒落たジャケットのおっさんがフロントでスタッフとだらだらしゃべってるだけの、ほんとに眠るだけのただの場末の宿で、そのおっさんが某有名な国文の先生に似てたっていうこと以外には特になにもない。

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 遅い夕食をとろうとするも特にこだわる体力すらなく、テルミニ駅付設のフードコートでさくっと済まそうという感じなのですが、以前(2013年)来たときよりもさらにフロアや店舗が充実してるらしく、新しくできていたオシャレフードコートがかなり使い勝手がいい感じで、前菜もメインも肉も魚もパスタもドルチェも何もかもがひととおり、しかも国内各地方の郷土料理がまあまあそろっているというフードコートで、パスタはパスタで生パスタだけのコーナーがあったので、カチョ・エ・ペペ、チーズと胡椒だけのシンプルなパスタ、麺はトンナレッリ、四角いロング麺で、ゆで加減がへんなつけ麺屋みたいにだいぶ硬いのですが、それでもまあ、コンビニエンスな駅付設の店で食べられるものとしては悪くない(チーズましましにしたせいでだいぶ塩っぱいものの)、しかもバーのコーナーでは、ワインの国・イタリアでは選択肢の薄めなはずのビールがドラフトでたくさん種類あって、え、モレッティのブラウンビールの生なんかあるんですか、っていう、ここかなり有能なインフラじゃないですかね。
 こんなインフラあるなら、ローマを旅行事務的な拠点にしてルート組むのはかどりそうだな、って思いました。12時過ぎても開いてるっぽいし。若人がめっちゃはしゃいでるし。あ、これっていま土曜の夜か。

 という感じで、明日の本番=鉄路12時間に備えて、休みます。

posted by egamiday3 at 10:49| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月24日

201611it イタリア・シチリア旅 0日目「旅の概要」

●旅の概要
・イタリア、特にシチリアへ行く。
・プライベート&ヴァケーション(会議・訪問の類無し)な旅行。
・その時々であちこちに移動する、彷徨型の旅行。


●旅の日程(予定)
・2016/11/19 関空発→ローマ着
 ・なんとかして、シチリア島まで行く
 ・シチリア島内をまわる
 ・なんとかして、シチリア島から戻ってくる
・2016/11/27 ローマ発→翌11/28関空着


●旅の参考文献
(註:冒頭の・の数が重要度)

(シチリア本)
・・・陣内秀信『シチリア : “南”の再発見』(紙・自炊)
・・・小森谷慶子『シチリア歴史紀行』(白水Uブックス)(Kindle)
・・陣内秀信『南イタリアへ!』(自炊)
・・小森谷慶子『シチリアへ行きたい』(とんぼの本)(紙)
・・寺尾佐樹子『シチリア島へ! : 南イタリアの楽園をめぐる旅』(角川文庫)(紙)
・金沢百枝,小澤 実『イタリア古寺巡礼 : シチリア→ナポリ』(とんぼの本)(図書館)
・竹内裕二『イタリアの路地と広場〈上〉 : シチリアからプーリアまで』(アーキテクチュアドラマチック)(紙)
・渡辺真弓『イタリア建築紀行 : ゲーテと旅する7つの都市』(図書館)
・『世界の建築・街並みガイド3 : イタリア・ギリシア』(自炊)
・陣内秀信『イタリア都市の空間人類学』「都市風景の南と北:シチリアとヴェネト」、「南イタリア都市の袋小路を囲むコミュニティ」、「シチリア」(I, II, III)(図書館)

(ガイド系)
・・『地球の歩き方』南イタリア2016(紙・自炊)

(鉄道系)
・・『イタリア鉄道の旅』2010(地球の歩き方BY TRAIN)(紙・自炊)
・『イタリア鉄道の旅』2005(地球の歩き方BY TRAIN)(自炊)
・・弘明安居『イタリア完乗1万5000キロ : ミラノ発・パスタの国の乗り鉄日記』(交通新聞社新書)(紙・Kindle)
・・池田匡克『イタリア縦断、鉄道の旅 (角川oneテーマ21)(紙・自炊)

(語学系)
・・『旅の指さし会話帳』イタリア(紙・自炊・Kindle)
・郡史郎『はじめてのイタリア語』(講談社現代新書)(紙)

(料理系)
・・岸朝子『イタリアン手帳』(紙・Kindle)
・・『食べる指さし会話帳』イタリア(紙・自炊)
・・佐藤礼子『イタリアで一番おいしい家庭料理 : シチリアのおうちレシピ』(Kindle)
・池田匡克,池田 愛美『シチリア美食の王国へ : 極上レストランとワイナリーを巡る旅』(図書館)
・宮嶋勲『10皿でわかるイタリア料理』(紙)
・池上俊一『パスタでたどるイタリア史』(岩波ジュニア新書)(紙・Kindle)

(映画系)
・・マルガリータ・ロサーノ『カオス・シチリア物語』(図書館・YouTube)
・・ダニエル・ユイレ, ジャン=マリー・ストローブ『シチリア!』(図書館・YouTube)

(その他ざっくり)
・・『イタリア : 快楽主義者のこだわりライフ』(ヨーロッパ・カルチャーガイド)(紙)
・・島村菜津『バール、コーヒー、イタリア人 : グローバル化もなんのその』(紙・自炊)
・・『イタリアを旅する24章』(エリア・スタディーズ)(紙・自炊)
・池上英洋『イタリア24の都市の物語』(集英社新書)(自炊)
・清水義範『夫婦で行くイタリア歴史の街々 : 夫婦で行く旅シリーズ』(集英社文庫)(Kindle)
・TRANSIT17号「美しきイタリア」(自炊)
・和辻哲郎『イタリア古寺巡礼』(岩波文庫)(Kindle)
・ゲーテ『イタリア紀行』(Kindle)
・『ゲーテ「イタリア紀行」を旅する』(集英社新書ヴィジュアル版)
・G. ギッシング『南イタリア周遊記』(岩波文庫)
・陣内秀信『イタリア小さなまちの底力』(自炊)
・陣内秀信『イタリアの街角から:スローシティを歩く』(自炊)
・陣内秀信『イタリア都市と建築を読む』(自炊)
・河村英和『イタリア旅行』(中公新書)(紙・Kindle)
・村上義和『現代イタリアを知るための44章』(エリア・スタディーズ)(紙・Kindle)


●旅の動機
・9月のルーマニア出張が、純粋に現地との往復、宿と会議会場との往復だけでいっさいの旅情の余地がなく、うなぎの蒲焼きの匂いだけかがされて帰ってきた感に、軽くキレたから。
・同時期に、某者が、自分も前々から行きたい行きたいと狙ってたバルト三国に旅行に行ってて、旅情を堪能している様子をFacebookで見せつけられた感に、軽くキレたから。
・うちとこでは去年まで夏季休暇を7・8・9月内だけで3日とるというルールだったのが、今年から年内いつでも3日とっていいルールに変わったんだけど、それで1月頭に旅行を目論んでたのが、いや実はその年内というのは4月-3月カウントじゃなくて、1月-12月カウントでした、っていうのがまさかの10月頃に通知されてきて、軽くキレたから。
・ていうか、プライベート&ヴァケーションベースの旅行を最後にやったのが2014年6月で、もう2年以上経ってるのに、ずっとキレてたから。


 では、行ってきます。


posted by egamiday3 at 11:26| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月16日

#JAL2016 その3 : 「指摘→反省」無限ループからの脱出、あるいは、”研修論”的なものの序奏として(「日本美術の資料に関わる情報発信力の向上のための提言」を受けて)


 2016年12月9日におこなわれたワークショップ「日本美術の資料に関わる情報発信力の向上のための提言III」(海外日本美術資料専門家(司書)研修・2016)に関する、3部構成で考えたことの、ラストです。

 JAL2016・その1、では、海外の日本美術司書・専門家から、日本のデジタル資料発信に対する提言がありました。
 http://egamiday3.seesaa.net/article/444773560.html
 JAL2016・その2、では、その提言を受けたコメンテーターとしての自分のまとめとコメントを記しました。
 http://egamiday3.seesaa.net/article/444864713.html

 問題は、今回受けた提言が、
  ・英語/ローマ字化が必要
  ・オープンアクセスが必要
  ・ポータルが必要
  ・海外ユーザを知ることが必要
  ・交流・ネットワーク作りが必要
  ・コラボレーションが必要
 という、どれも常日頃から繰り返し繰り返し言われていること、今回”も”受けた提言ばかりで、率直な感想としては「はあ・・・また同じことを言わせてしまった・・・合わせる顔がない・・・」という類のものだったということ。

 ためしにざっと見してみての、去年と今年の生き写し感。
  2015年 http://egamiday3.seesaa.net/article/430552792.html
  2016年 http://egamiday3.seesaa.net/article/444773560.html

 この「またもや感」、抜け出せないループ感を、どう考えるべきかと、汝をいかんせんと。
 そういう想いに端を発し、JALに限ったことではない、この類の研修そのもの提言そのものについて、自分なりに考えたことを「AJAL・研修全体を受けて」として当日しゃべってきましたので、そのディレクターズ・エディションとしてのJAL2016・その3です。


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■AJAL・研修全体を受けて

 で、みなさんから受けた提言なり問題提起なりが、3班とも、そして2年とも、だいたい同じ感じの内容だったということを受け止めたときに、2つの問いが自分の中に浮かんだわけです。
 ひとつは(このJALプロジェクトに限らず一般論として)「この手の研修というのは、役に立っているんだろうか?」ということ。
 もうひとつは、「我々は、指摘→反省のループに陥っていないか」ということ、です。

 この手の研修。
 私もよく受けました、なんかあちこちから集まって、具体的に教わったりだけでなく、どこか見学行ったり、人の話聞いたり、そのあとでグループワークやワークショップ的なことしたりして、っていう感じの。
 そういうのについて「この手の研修というのは、役に立っているんだろうか?」という問いを立てたとき、座学的なことはホームでやったらいいじゃん、見学なりなんなりってだいたいネットで済むじゃん、グループワークだってしょっちゅう催されてて、それを数日屋内に籠もってるのわざわざ遠くまで出向いてやるの? みたいなことはいまどきはある程度言えてしまえるかもしれない。

 ですけど、実際にグループワークに取り組んでいるのを傍らから拝見してるとわかるし、また「研修どう?」って当事者と話してみてもそうなんですけど、なんというか、日常業務から遠く離れて、非日常の環境の中で、ひとつの何かに腰を据えて取り組む、っていうそのリフレッシュ=非日常の効用っていうのはおそらくまちがいなくあるな、とは思うんですね。その非日常さ加減は、場所が違う、環境が違うっていうのもそうだし、だから思考も発想もフラットになるし、肩書きや立場も切り離して受講者同士でフラットに(研究者も司書も館長もボランティアスタッフも国・年齢・語学力関係なく)相対して、話して、考えて、共同作業する、(なによりも)日常業務から離れて。
 そこで、新しい発想を得られて、あ、良かったな、いままで自分だいぶ凝り固まってたのわかったな、ていう経験もまた私自身何度かあります。ていうか、今回のJALプロジェクトでのグループワークに私は参加してませんけど、横で半日その様子をぼーって見ていただけなのに、なんか新しいことに気付けた、みたいな非日常の効用得られましたので、それだけでもありがたいなって思いますね。

 ただ問題は、「非日常」は≒で「一過性」になりかねない、ということでしょうか。
 一過性で終わるおそれ、日常に戻ると効用がリセットされるおそれ。っていうのはもしかしたら「研修」というものが生来逃れ得ない難点なのかもしれないな、って思います。
 「研修」というものに懐疑的な説がとなえられるのは、日常への還元が担保されていないことへの怨嗟なのかもしれないですね。

 ですので、研修を受ける側にしろ設ける側にしろ、一過性に終わらせないための努力・工夫・問いかけは必要なんだろうなと。
 非日常から日常へ戻ったあとで、では、次の展開は?継続性は?と。 成果を日常にどう活かすのか?還元するのか?と。

 じゃあ、ですけど。
 受講生が研修で得たものを日常に活かしに帰るのは、それは当たり前でしょう、今回のJALに参加なさったみなさんも帰国後それぞれ活躍・活用なさるんだと思います。
 問題は、研修の成果たる「提言」の束を受けとった、日本側の継続性は? ということになるんじゃないかと。

 例えば、2015年のJALプロジェクトにおけるワークショップ(http://egamiday3.seesaa.net/article/430552792.html)でこんな話がありました。
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例:「Artstor」(http://www.artstor.org/)のような、国際的なポータルサイトに参加してデータを提供してほしい、こういうところで見つかりやすくアクセスしやすくなるように。(Artstorに載っている日本美術作品は、日本以外の機関からの情報ばかり)
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 この方が再来日してはったんで、一緒に1年後の現状を再確認したんですが、やはり日本の機関から提供がされているようには見えず、大英博物館やメトロポリタン美術館の収蔵品が目につくといった具合でした。
 だったら、この方が2015年に出してくださったこの指摘・提言、これって、どうなるんだろう? どうなっちゃったんだろう?って思うんですね。

 英語/ローマ字化が必要、オープンアクセスが必要、ポータルが必要、海外ユーザを知ることが必要、交流・ネットワーク作りが必要、コラボレーションが必要。どれも、海外の日本研究関係者と話をし始めると数分後には登場するような指摘で、日本研究司書研修でも、CEALやEAJRSのような会議でも、日本でやる講演やシンポでも、ネットでも日本人同士でも、話題になる。
 そもそもこの研修って、10人近くのプロフィールバラバラの人たちが、初対面で集まって、それを3班に分けてそれぞれで意見出しさせたら、↑のような似たような提言が出て、それが2年やっても似たようだったと。じゃあそれって、もう”正解”ですよね、提言として疑いようがない内容なんだと判断していい。

 そうやって海外の日本関係者から提言を受け、あ、そうですよね、ほんとなんとかしないとと思います、と反省し、また別の機会で指摘を受け、うなずき、指摘を受け、反省し・・・というのを、秋の東京で、冬の精華町で、春のシアトルで、梅雨の同志社で、夏のブカレストで、秋の桂坂で、そしまた冬の東京で、精華町で・・・。
 え、これいま無限ループ中ですか?と。
 いま何周目ですか? 何度やっても同じルートですか?と。
 という想いで、おります。

 ここまでくると、これはもうJALプロジェクトとか研修がどうのコメンテーターがどうのとかいう話じゃないですね。
 私自身の、日常的な、反省。
 それをいま開陳しているところ、という感じになってます。

 という反省ばかりしていてもしょうがないんで、じゃあどうするかっていうあれなんですけど、業務上の反映努力はもちろんとして、例えば、ループになってもいいからひとつでも多くのパネルなりシンポジウムに出ます/開きます、そこで発言します/司会します、とか、例えばさっきの「Artstor」の例なり去年の提言なりを、なんか呼ばれてしゃべれって言われた場所(http://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/digitalarchive_kyougikai/index.html)でがんばってしゃべります(http://egamiday3.seesaa.net/article/440674083.html)、とかいうことをやるんだけど、もうひとつの大きな問題点があって、この種のこと、つまり「日本資料の情報発信力の向上」とか「デジタルアーカイブがどうのポータルがどうの」とかいうことって、一部特定の業種・業界だけでがんばって解決・成就するような問題じゃなくて、広くいろんな業種・立場の人が総出でちょっとづつでも元気玉を出すようなやりかたじゃないとあんま回っていかないタイプの問題じゃないかと思うんですよね。
 あたしは、いわゆる世論というものの持つ力についてはどっちかというと懐疑的な気質ではあるんですけど、それでも、世論の醸成みたいなものがないと、継続的/本質的/腰の据わった問題解決にはならないだろう、とは思います。

 というような右往左往しながら考えたことを踏まえて、当日はコメンテーターとして「「提言」のための”提言”」なるものを提言してきました、という感じです。

 その1。
 この種の提言・指摘自体の発信力、というのはどうなんだろう、高められているだろうか、と。

 先述のように、多業種多方面の同意と世論の醸成が必要だとするんだったら、この「提言」自体にどれだけ情報発信力を持たせて広く届ける、説いてまわることができるだろうか、と。こういう指摘がありました、提言が出ました、っていうのを実際聞いてるのは誰なのか。というのは、いったん問われるべきことではあろうなと思います。
 これは本プロジェクトの今ワークショップに限った話ではまったくなくて、例えば北米の日本司書が集まるCEALやNCCでこういう話題が出てこういう問題意識が持ち上がった、ていうのが、じゃあ日本の図書館業界にどうやって届いてるだろうか、と。あるいはEAJRSでどんなディスカッションがあったのかというのが、届いているかと。その問題を解決する力のある人や、同意が拡散する場の人たちの目に触れているだろうかと。
 っていう話になってくると、これはよく問われる「日本の情報発信力」の逆転問題になってきます、つまり、日本側というユーザ・情報受信者に、海外の声は、どう届いているか、どう届けるべきか。PDFがどっかにポンと置いてあるだけで届くだろうか、英文の記録だけで読んでもらえるだろうか、情報発信はリアルタイムだろうか、SNSや動画を活用できているだろうか、Googleフレンドリーだろうか、日本の図書館員がふだん目にするところに出現しているだろうか。これこそ、デジタルでオンラインでオープンで、が実現できているかが問われることになってしまいます、わかる人ならわかる、知ってる人には伝わる、というような祇園の小料理屋ならぬ世界の入りにくい居酒屋状態では、日本の多業種多方面の人たちに援軍になってもらうくらいの理解を得るのはなかなか難しい。
 (もちろん、その指摘・提言が日本側の催しで出たのなら、その発信力は日本側の問題ですが)
 
 ブログ書きながら気づいたんですが、あたしがコメンテートで当日一番言いたかったのは、本当はこの「海外側から日本側への情報発信力」のことだったのかもしれないです。ですが、多分言いそびれてる気がする(涙)。
 でも実際のところ、例えば海外側からこんな指摘が、こんな議論が、っていうのを日本側に伝えようとしたときに、そういえばその記録は? 文献は? 情報発信は?って探してもネットに見つからないことってよくあるので、そのへんの足りなさってどちらのお国もある程度いっしょなのかな、って思いますね。

 その2。
 受けた日本側の反応をどう示すか。
 どう示すかの試みとして昨年度2015年のJALプロジェクトでは、海外受講者の提言を受けた日本側実行委員の「応答」が報告書に掲載されました(http://www.momat.go.jp/am/wp-content/uploads/sites/3/2016/04/J2015_350.pdf)。ただ、このままだと2016年も同じ文章が並びかねないところはあるので、じゃあ別の試みはないだろうかというと、”アンサー・シンポジウム”はどうですか、っていうことに思い至るわけです。

 (報告)アンサー・シンポジウム「日本の大学図書館員の論じる世界の大学と図書館」7/1(金)で、司会をしてきました。: egamiday 3
 http://egamiday3.seesaa.net/article/439705004.html

 時間的な問題で実現するのは難しいところはあるかもしれませんが、例えばこういう海外の関係者を招いて指摘提言してもらうシンポなりワークショップを開いたら、そのあとで、会場にいる日本側関係者数名を壇上にあげて、30分くらいでもいいから、海外側からの声を受けてのディスカッションをやる、っていう。それは、指摘提言してくれたみなさんへの返礼でもありますよね。
 あのアンサー・シンポジウムイベントの発想は、今後どんどん普及させてったらどうかな、って思います。まあ、あれです、しゃべりたくてうずうずしてるタイプの人なんてたくさんいるでしょう。

 その3。
 指摘提言を引き受けて実働できるような、”ポータルな集団”を組織する事が必要。
 これは風呂敷広げただけでとどまってしまうんですけど、備忘に。
 結局、何かしら問題があって声が上がったときに、その声をどこへもっていけばいいか、っていう場がなくていつのまにか雲散しちゃうので、デジタルコンテンツの”ポータル”もさることながら、活動・集団の”ポータル”というか、ワンストップな窓口というか、責任・権限の所在と専門性を兼ね備えた専門家集団が、多業種多方面の横断的なつながりをもってコラボレーションしていけるという、んー、何を言ってもふわっとしてて整理つきませんが、そんな感じのやつです。
 で、問題は、そういうのを特定のどこそこにやらそう、ってなっちゃうとたぶんうまく行かなくなるんだろうな、っていうあれで、どこそこの省庁にとかどこそこの機関にとかどこそこのNDLさんにとかいうのになると、任されたところが疲弊し、いっぽうで任されないところが問題意識低調になり、そのうちそこと関わりの希薄なところにまた別のポータル機能ができ、さらに別にもでき、たくさんのポータルが縦割り個別に散在し、しかもそういうところはおおむね公的機関であって、故にリソースは削減傾向で維持に困る、そんなことになっては困るので、どこか特定のところに依存しない専門家集団みたいな仕組みづくりって、無理かなあ。

 っていうあたりまで夢想して、力尽きました。
 このコメンテート(JAL2016・その2+その3)は、受講者3グループのプレゼン(JAL2016・その1)を前日に聞いてから寝る間を惜しんだ特急で準備したあれなので、粗々した放言どまりではあるのですが、一応、「この手の「研修」はどうデザインされるべきか」をほんとの問いとして念頭に置きつつの感じでやってたあれで、この問いについては長期的な視点で今後も引き続いてうにょうにょ考えていく所存のやつです。

 その引き続いて考えるののヒントを大きくいただいたのが、グループ・プレゼン後のディスカッションのターンです。
 例えば、解決には時間がかかってもいい、との発言の一方で、特に若い世代は自分の将来の見極めのことを考えると、環境整備にそんなに何年も待ってられない、当座やつなぎでいいから何らかの対応が素早さでもってとられるべきでは、という若い世代ご自身からの要望は、確かにおっしゃるとおりだと思ってて、先を見据えての長期的な醸成もいるんだけど、短期で得られる返報という”飴”がないと、長期での闘いもやってられへんって感じになるので、そこ込みでデザインしていかなな、っていう。

 デザインつながりでは、「実行委員会で提言内容の実施に向けての働きかけまでやるべきじゃないのか」というご指摘もあって、今回のような「研修」の例で言えば「次への展開」「継続性」を云々するのであれば、それも込みで研修全体をデザインする必要があるんだな、と。
 そういう意味では、”後”のデザインが次への展開や継続性なら、”前”のデザインとは?ということなんですけど、これをコラボ・ネットワークの文脈で言うなら、何かしらの事業を企画し計画し運営し始める段階からできるだけ海外側に加担してもらって、成就するかしないかわかんないけど、とりあえずやいのやいのやる、ていう過程のほうがよっぽど意義のある成果なんじゃないかな、って、その2に書いたように思いますね。実際JALプロジェクトもどこかしらそういった感はあったし。

 「楽しい」って、そういうことかな、と。
 まあ、それは最終、研修に限らず、日本⇔海外がらみの事業にかかわらず、あらゆるプロジェクトの類でそうなんだろうな、と思います。

 そのことをやることの意義は、そのこと自体というわけではない、っていう禅問答みたいな一般論を確認したところで〆る感じです。

 最後に、受講者のみなさん、お世話くださったJAL事業関係者のみなさん、そしてegamidayのクセが強く翻訳しづらい内容のプレゼンを受講生に伝えてくださった通訳のみなさんに、厚く御礼申し上げます。



posted by egamiday3 at 00:05| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月13日

#JAL2016 その2 : egamidayによるコメンテート(「日本美術の資料に関わる情報発信力の向上のための提言」を受けて)

 2016年12月9日におこなわれたワークショップ「日本美術の資料に関わる情報発信力の向上のための提言III」(海外日本美術資料専門家(司書)研修・2016)で、コメンテーターをつとめてきました、の記録です。

 「#JAL2016 その1 : ワークショップ「日本美術の資料に関わる情報発信力の向上のための提言III」(海外日本美術資料専門家(司書)研修・2016)のメモ」
 http://egamiday3.seesaa.net/article/444773560.html

 上記「#JAL2016 その1」のメモにあります、海外日本美術資料専門家のみなさんからの3つのグループ・プレゼン(「日本から海外へ : 日本におけるデジタル化資料をいかにして外国人研究者に伝えるか」、「アートは世界の遺産」、「日本の文化資源を広めるための協力」)を受けまして、この「#JAL2016 その2」は、それをコメンテーター役のegamidayさんが自分なりに整理し、解釈し、補足や持論を付け足して、それを以下のような感じで当日述べてきましたので、そのディレクターズ・エディションみたいなものと思っていただいたらいいです。

 構成は@Aの2段階で、本記事は@のほうです。

@グループによる「提言」を受けて
 (0) イタリア旅行の想い出
 (1) 言語の壁 : 英語/ローマ字を!
 (2) アクセスはオープンであれ
 (3) 「ポータル」待望論
 (4) ユーザ・ファーストであれ
 (5) 海外ユーザは、日本の味方
 (6) デジタル格差が止まらない
 (7) 交流・ネットワーク作りと海外アピール
 (8) 「人」と「コラボ」
AJAL・研修全体を受けて

 ところで、↑このまとめラインナップを見て「ん?」と思われる方も、もしかしたらいらっしゃるかもしれない、というのもここに書いたようなことっていうのは、これまでも同様の場でさんざん指摘されてきたことばかりであって、「またもや」感がどうしてもある、その、「またもや」感をどう考えるべきかについては、別途「#JAL2016 その3」でAを扱う、っていう思惑でいます。


-----------------------------------------------------
●(0) イタリア旅行の想い出

 とかなんとか言いつつ、今年の受講者にイタリアから3名もいらっしゃってたっていうからみもあって、まずは先月プライベートで旅行に行ったイタリアの写真でも見ていただいて、ご機嫌をうかがうという感じなのですが。

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 まったくのヴァケーションで行った旅行だったんですが、ご覧のように景色はきれいだし、食べ物はおいしいしで、約1週間ほど、堪能して帰ってきました。あのでっかい餃子みたいなのはピッツァ・フリッタ、すなわちピザを揚げたものです、世に石窯のような発明される以前のピッツァというのは揚げて料理してたらしいですよ、どんだけのカロリーだと。
 ただ若干困ったこともありまして、好んで行っておきながらわたしはぜんっぜんイタリア語がわからないんですよ、チャオとボンジョルノとアルデンテくらいでしょう、わかるとしたら。でも、地方の町に行くと、街中のサインとか表示とかに英語がないことがかなり多いんですね。

スライド5.JPG

 これはバス乗り場に貼ってあるバスの時刻表なんですけど、右側に何か赤で、いかにも重要ですよみたいなことが書いてある、なんだろうとドキドキするんだけど、それが何なのかがわからない。会場の受講者に聞いてみたら「そのバスは土日しか来ませんよ」ということらしくって、そういうことがイタリア語でしか書いてないから不安になるわけですね。

スライド6.JPG

 で、ある日駅に行くと、これもいかにも気をつけろ!的にびっくりマークのついた紙がぺたっと貼ってあって、その場でわかんなかったんだけどなんとなく虫の知らせがして、写真撮るだけ撮っておいたんですけど、あとからよくよく見ると「SCIOPERO」(=ショーペロ、ストライキの意味)って書いてある、ですからこの日は列車は来ません、そういうことも、webサイトではない、その時だけにその場所だけで貼るような貼り紙だと、英語対応をわざわざしてくれているわけではないので、困ったな、という感じでしたね。
 行った先がシチリアだからなのかどうなのかはわかりませんが、おおむね、英語少ないな、という感じでした。


 というツカミはオッケー、的な流れで、英語/ローマ字は必須です!というところから本題に入っていく感じなんですけど。

●(1) 言語の壁 : 英語/ローマ字を!
 ・英語/ローマ字は、必須です!
 ・ユーザは“日本専門家”だけじゃない
 ・アブストラクト・メタデータだけでも
 ・サムネイル画像も有用
 →海外関係者との議論、連携・協力を

 英語/ローマ字で表示・検索がされないと困る、という話はやはり誰からもいつもうかがいます。特に、ここに集まった日本研究関係者の人たちが「学生や、日本が専門じゃない人が、検索するのに困る」とおっしゃるのでそこも共通認識なんだと思います。コンテンツそのものの英語化は無理でも、せめてアブストラクトやメタデータだけでも、いやむしろそっちが重要か、このへんはユーザによって軽重わかれるかもしれませんが。
 それから言語の壁を越える、という意味では、「サムネイル画像が重要」という指摘もおっしゃるとおりだと思います、羅列された情報を直感的・瞬間的に評価・選別できるという意味では日本人にだって有益なはず。しかも、サムネイルってべつに画像系データベースに限った話ではなくて、OPACで書籍の表紙画像が出ればそれによってこの本が入門書か専門書か文芸書かが判断できる。もっと言うと、CiNii ArticlesでオープンアクセスなPDFがあるときそのサムネイル画像が横に出ることありますけど、あれ何のヴィジュアルさも無いように見えても、あのおかげで「あ、これPDFあるんだ」って明らかにわかるからすっげえ便利なんですよね、そういう話だと思います。


●(2) アクセスはオープンであれ
 ・「デジタル化」 =デジタル*オンライン*オープン
 ・「館内のみ」「内部者のみ」「日本のみ」・・・
 ・アブストラクト・メタデータだけでも
 ・日本のユーザだって困るはず!

 デジタル化された資料やデータに、海外からも部外者であってもオープンにアクセスさせてほしい、というこれもよく言われることです。もちろん、権利関係でアクセスできない的な話はどの国であっても少なからずある話ですが、アブストラクト・メタデータだけでも(2回目)、じゃないと日本のユーザだって困る話でしょう、というのはおっしゃるとおりだと思います。
 そもそも「デジタル化」というのは、デジタル化すれば「デジタル化」なのかというとそれだけではなくて、「デジタル化」と「オンライン化」と「オープン化」の3指標がどのくらいポイント重なるかが、デジタル化した甲斐のある「デジタル化」になれるかどうかを決める、んだと思いますね。


●(3) 「ポータル」待望論
 ・個別に、大量に、散在する、日本のデジタルアーカイブ
 ・包括的/効率的な検索・アクセスのために
 ・日本語不得手な海外ユーザは困る(言語の壁)
 ・日本のユーザだって困るはず!
 ・在外日本資料を可視化(ウィリアムズさん)
 →内閣府知的財産戦略本部 「デジタル・アーカイブの連携に関する実務者協議会」(2015〜)

 そしてオープンに公開されているものも確かに少なからずあって、今回の受講者たちもあちこちの見学先でいろいろ新しい知見を得たようなんですけども、そもそもそれらが個別にあちこち散らばっていて、どこにあるかわかりやしない(可視化されていない)し、いちいちめんどくさい(統合されていない)、日本のユーザだって困る話でしょう(2回目の2回目)、これもまたよく言われることです。nihuINTやNDLサーチは、コンセプトはいいが集約し切れてない、との評価でした。
 あと、なるほどなと思ったのが、ポータルがあれば小規模機関の小規模デジタルが自前システムを構築しなくてもよくなる、という指摘。それから、ケンブリッジなど海外機関が出してるデジタル画像を日本ユーザが見つけられるようになる(じゃないとわざわざケンブリッジのサイト探しに来ないでしょう)、という指摘もなるほどでしたね。
 これについては、現在、内閣府知的財産戦略本部 「デジタル・アーカイブの連携に関する実務者協議会」(http://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/digitalarchive_kyougikai/index.html)のほうで鋭意検討が進められているみたいなんで、安心してください、ポータルもうすぐできますよ、ってあたし当日会場でみなさんに言っちゃいました。もうこれ、ウソでも口に出して言わないと実現しないんじゃないかと思って。言霊的に。


●(4) ユーザ・ファーストであれ
 ・「複雑なインタフェースは、ユーザをあきらめさせる」(フォルミサノさん)
 ・Googleでヒットするように
  →ユーザの見ている場所へ届けよう
 ・若い世代へのアプローチ
  −例:スマホ対応、アプリ作成
  −例:立命館ARCプロジェクトへの学生参加
 ・「日本美術資料のために、ニューヨーク・メトロポリタン美術館や大英博物館のデジタルアーカイブスをよく使う」(グッドさん)
 ・例:Ukiyo-e.org 日本からも複数機関が参加。

 以上、しょっちゅう指摘される「英語/ローマ字がない」「オープンでない」「ポータルがない」という、日本デジタルアーカイブの三大疾病のようなものについては、いまだ”ユーザ・ファーストさ加減”が足りていない、ということだろうなと思います。ユーザにとって便利でわかりやすいものが提供されないと、届かないよ、と。
 たとえば「Googleフレンドリーであれ」というのもよく言われることですけど、それを言うと、アメリカの一私企業にずるずるべったりでいいのかとか、玉石混淆がとか、WELQがSEOが、という声も上がったりするのはわかるといえばわかるんですが、いや、べつにGoogle礼賛・Google至上主義的な意味でそう言っているわけではなく、ユーザがいつも使っているものは何ですか、ユーザの目に触れやすい場所はどこですか、って考えたときに、いまだとそれはGoogleだよね、だからGoogleフレンドリーにしましょうよ、っていう話なわけですよね。だから逆に言えば、いくらポータルができてくれたからと言って、そのポータルへわざわざ行かなきゃ見れないし検索できない、ではやっぱり困ると思うんですよね、だったら無くてもいいよって正直思っちゃう。
 それから、「学生などの若い世代に積極的に使ってもらえるようなアプローチを」というご指摘もあって、それでスマホ対応、それだけじゃなくアプリを積極的に出しなさい、と。そうかアプリか、正直自分はその感覚なかったなと思って反省しました。で、これも、そりゃもちろん10年経てばスマホもアプリも誰も使ってない可能性大なのに、そんな流行性のものに振り回されるようにコストかけるのどうなんだ、っていう説もわかるといえばわかるんですが、そういうことではなく、我々が資料情報を届けるユーザ層として”若い世代”というのは将来性のことを考えると充分に考慮する意味のある層だよね、と認めるのであれば、じゃあそのユーザ層が日常使うものはなんだろう、と考えたときにそれはスマホやアプリでしょう、ということになるんであって、それが、ユーザ・ファースト、ってことなんだろうなと思うんですね。
 なので、ユーザさんの動きというのは、気になるし気にすべきもので、受講者から指摘のあった、「欧米のユーザは、日本美術資料を参照するのに、資料の多い日本のサイトよりも、資料は貧弱でも英文の整備された大英博物館やメトロポリタン美術館のサイトを見ます」というのは、真摯に受け止めるべき話だな、と思いました。あと、Ukiyo-e.orgも。ていうか正直、あたしだって浮世絵探すときはUkiyo-e.orgのほうを見ます、ぜんぜん便利だもの。


●(5) 海外ユーザは、日本の味方
 ・「日本を世界に伝える架け橋になる」
  −海外の日本研究者
  −日本語を知らなくても、日本資料・情報を求めるユーザ
 ・「若者はデジタルでアクセスできないと、 日本研究から離れてしまう」
  →日本研究の“退潮傾向”
    これは日本自身にふりかかる問題

 で、なんでそんなにユーザ・ファースト、特に海外のユーザのことを言ってるのかといえば、まあ結局それが自分たち日本サイドの評価・アピールにかかってくるからということになりますよね。
 そして逆にそれができなければ、別の分野、例えば中国研究や韓国研究に若い世代が流れていく、という危惧もまた複数の人がおっしゃっていました。


●(6) デジタル格差が止まらない
 ・例:韓国国際交流財団の資金援助
 ・例:SOASデータベースリストにおける中国と日本の差
 ・例:ディスカバリーシステムで「枕草子」を検索すると、中国語資料が上位を占める
(飯野勝則. 「ウェブスケールディスカバリと日本語コンテンツをめぐる諸課題 : 海外における日本研究の支援を踏まえて」. 『カレントアウェアネス』. 2014.9,CA1827)

 にもかかわらず、その格差が埋まる気配がない、というのもまた↑に示している通りです。
 あと気になったのが「サーチエンジンで日本についての情報を検索すると、中国のサイトが上位にヒットする」という指摘ですね、これはなかなか日本にいると気づかないんですけど、どれくらいほんとなんでしょうか。もし本当なら、ディスカバリーシステムで起こってることと同じことが、Googleでも起こっているという、なかなか厳しい状況になりますが。


●(7) 交流・ネットワーク作りと海外アピール
 ・国際会議へ参加しよう (AAS、CEAL、EAJRS、EAJS等)
 ・ワークショップやパネルを開き、PRしよう
 ・国際的な雇用、インターン、在外勤務
 ・トレーニングの出前

 というような情報発信不足をできるだけ見える化する方向へ持っていくために、できるだけ外(海外)に出ましょう、という、交流、ネットワーク、アピールが大事という話ですが。
 「トレーニングの出前」って、このJALプロジェクトでも今回試行してましたし、または国会図書館さんやEAJRS/EAJSでもよくやってますけど、できれば、日本側がただ一方的に何かを教えに行くような「研修」なるものよりは、フラットなワークショップやパネルにして教え合う「情報交換」のほうがあらまほしいなって思いますね。
 これは英語/ローマ字化やポータル構築、あるいはこういう研修事業そのものなり、ワークショップやトークイベント、リンク集ひとつ作るだけでもそうだけど、できるだけ海外サイドの人にも議論・運営・開発に積極的に加担してもらって、で、研修そのもの事業そのものよりも、その”海外からも加担してもらってやいのやいのやる”過程のほうがよっぽど意義のある成果なんじゃないかな、って思いますね。自分が次に何かするときはそうしようって思います、まあそれには”マメさ”がいりそうでちょっと自信ないですが。


●(8) 「人」と「コラボ」
 ・「もっと日本人研究者と接する機会やネットワークがほしい」(サロマさん)
 ・人的情報(研究者、著作・成果)の オープン化・ポータル化・英語化
 ・資金/助成金/プロジェクト情報の オープン化・ポータル化・英語化
 ・企業からの資金調達による問題解決

 そういったことを踏まえると、受講者である日本美術研究者の人がおっしゃっていた、「もっと日本人研究者と接する機会やネットワークがほしい」という声がすごく切実に聞こえますね。
 という意味では、オープン化・ポータル化・英語化すべきなのは何も資料やコンテンツだけではない、研究者情報のような「人」の情報、助成プログラム情報や共同プロジェクト情報のような「コラボ」の情報も、またしかりなんだ、ということですね、このへんは図書館の文脈であまりちゃんと議論されること少ない気がしますが、今回あらためて気づかされた感じです。


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 というわけなんですが、さてさて、困りましたね。
 英語/ローマ字化が必要、オープンアクセスが必要、ポータルが必要、海外ユーザを知ることが必要、交流・ネットワーク作りが必要、コラボレーションが必要。
 どれも常日頃から繰り返し繰り返し言われていることばかりじゃないですか。何度目だと。何度目だナウシカと。無限ループかと。
 そのことをどう考えるについては、冒頭で申した通り「その3」に続く感じで。

posted by egamiday3 at 21:56| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月10日

#JAL2016 その1 : ワークショップ「日本美術の資料に関わる情報発信力の向上のための提言III」(海外日本美術資料専門家(司書)研修・2016)のメモ


 「JAL プロジェクト2016のご案内」
 http://www.momat.go.jp/am/visit/library/jal2016/

 海外で日本美術を担当している司書・研究者・キュレーターなどの専門家たちを、日本に招いて研修とワークショップをおこなう、という事業(通称「JALプロジェクト」)がありまして、2014、2015、そして今年2016が3年計画の最終年ということで、11月末から12月初旬の2週間くらいでおこなわれていました。

 (概要)
 ・文化庁の補助金による事業
 ・2014-2016の3年計画
 ・東京国立近代美術館さんがメイン
 ・今年の参加者は9人
 ・東京+関西の各種機関見学と、研修、グループワークなど

 その最終日におこなわれた公開ワークショップ(「日本美術の資料に関わる情報発信力の向上のための提言III」)が東京国立近代美術館(2016.12.9)でおこなわれまして、なにやらコメンテーターなるお役目を仰せつかったこともあり、わりとがっつりめに参加してきました、ていうのの記録です。

 たぶんですが、3部構成になる予定。

 JAL2016・その1 ワークショップの内容メモ
 JAL2016・その2 コメンテーターとしての自分のまとめとコメント
 JAL2016・その3 この類の研修とか提言とかそのものについて、自分なりに考えたこと

 以下、その1 ワークショップの内容メモです。
 前半にハイライトをまとめてあります、後半が生メモ全文です。

 (註)<e>はegamidayのコメントです。

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■egamidayなりのハイライト

西洋の研究者たちがよく利用する日本美術のデジタルアーカイブは、例えばニューヨークのメトロポリタン美術館やロンドンの大英博物館による日本美術作品のデジタルアーカイブ。海外の機関だから日本に比べて情報量は貧弱だが、それでも、日本語が読めない研究者にとって使いやすいデジタルアーカイブは、海外発のほう。
・例えばケンブリッジ大学など海外の機関で日本資料のデジタル画像を公開しているが、日本のユーザは日本資料を探すために海外サイトを見ることはないだろう。デジタルアーカイブのポータルがあれば、その可視化も可能になる。

・Korean Foundation(韓国国際交流財団)は、海外図書館でも韓国のデータベースや資料にアクセスできるよう経済的援助をおこなっている。(<e>詳しく知りたい)。
・ロンドン大学SOASのwebサイトに掲載されている、利用できる契約ものデータベースのリストを比べると、中国のデータベースと日本のデータベースではそのリストに約3倍の開きがある。
・(ディスカバリーシステムに限らず)ネットで日本情報を検索しても、中国のサイトがヒットする。

・日本研究・学習に何語の資料を使うかのアンケート@ルーマニア。英語が2/3(一番手に入りやすい)、ルーマニア語が1/3、日本語は1/6。ほぼ全員が「資料が手に入らない、足りない」が問題。手にとって調べられない、新しい本がない、日本語原書がない、英訳しかない、逆にルーマニア語翻訳がない。
・ブルガリア人はロシア語ができるので、ロシア語の日本関係図書を使うことができる、というアドバンテージがある。
・資金が問題。さらに、資金があっても買った本を置くスペースがない。収書のためのカタログ等の参考ツールがない。

・ソフィア大学で、バルカン半島日本語サマーキャンプ、国立民族学博物館での日本展示、子どもへの日本文化クラス、伊勢物語翻訳プロジェクト。これらのエネルギー源は、資金ではなく、学生の熱意であり、次の世代を育てることが重要
・学生になぜ日本語を勉強をしているのかを聞くと、就職とかそういうことではなく、文化を知ることで人間として豊かになれるから、という強い動機がある。日本に興味を持ってくれた学生を失いたくない。
・デジタル・ネイティブな若い世代には、スマホのアプリでの発信も重要
・特に若い世代の人々は自分の将来のことを考えると、デジタルが整備されるのを何年も待ってはいられない。当座の対応やつなぎでもいいから、”速さ”も必要
・谷口さん提言の「比較的早く着手できそうな課題」

・候補となる日本美術専門家を探し見つけて、招聘のためにアプローチをしても、参加してもらえなかった人・機関も多かった。(<e>費用全部持ちで、日本語条件を緩和して、参加を個別に働きかけても、こうであると。)
・セミナー(一方的に教える)、より、情報交換ワークショップ(対等に教え合う)。
・リンク集やツールなど、日本人だけで作るとガラパゴス化してしまう。海外の関係者の協力を得るべき。(<e>これはデジタルアーカイブ構築や研修事業等も、だろう)

・JACプロジェクト(Japan Art Catalog 日本の展示図録をアメリカ等の拠点図書館に寄贈し所蔵してもらうプロジェクト)について、当のアメリカのユーザにも知られていないおそれがある。(?)
・ピーターセンさんの著書(所蔵和古書目録)『Catalogue of Japanese Manuscripts and rare books』(2015)には、同じ本が早稲田のデジタルコレクションにあることなどを注記


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■生メモ全文

●基調報告(水谷長志)
・なぜこのJALプロジェクトを?について。図情大時代に、藤野先生のローマ国立中央図書館所蔵和古書カタログや北京日本学研究センター図書館支援などを経験。また、アメリカ滞在研修などが、企画の原点。
・目的5点。研修、日本側の理解、日本と受講者の交流、受講者間の交流、日本側が現状を再考する。
・1年目は、ほぼ日本人ばかりだったので予断・油断があった。
・2年目・3年目から、初対面同士でのグループワークを実施。

・3年間の総括。
・@日本美術専門家は、どこにいるのか?
・招聘候補者を探し発見するのが大変だった。(<e>ライブラリー? ミュージアム? ユニバーシティ? 東アジアくくり? オリエンタルくくり? 国は?)
・また候補を見つけても、招聘のためにアプローチをしたものの参加してもらえなかったところも多かった。(<e>費用全部持ちで、日本語条件を緩和して、参加を個別に働きかけても、こうであると。)
・A東アジア内で単独で日本担当というのは少なく、CJKくくりが主。その中でもJの相対的低下が目立つ。
・孔子学院・韓国国際交流財団(Korean Foundation)の積極的な支援活動に比べ、日本は特に政府・公的支援がジリ貧で、企業支援も大きくない。
・某大学の孔子学院看板のでかでかとしたこと・・・。
・B日本研究の低減化。
・北米大学では、特に学部生はネットワーク資源のアクセシビリティからCJK専攻を選ぶ傾向にある。画像のオープンアクセス、英文テキストがネットにあるかないかで、専攻を決める。
・デジタルの不備は結果として日本研究者を減らす。

●「ピッツバーグ大学でのJAL出張セミナー開講の試み」(谷口)
・JAL2016の一環として、実行委員のうち3名でピッツバーグ大学に出向き、そこで出張セミナー&ディスカッションを実施した。(ケーススタディであり、試みとして小規模に)
・これまでの参加者からの声「日本側が海外でセミナーをおこなってはどうか」による。
・また、JALプロジェクトは今後どうしていくのか、の模索でもある。
・セミナー+ディスカッション。講師・日本側3名、参加者・司書+博士課程学生(日本美術)計5名。
・北米学生はすでに紙媒体書籍をあまり使わなくなっており、書籍は郊外書庫へ。
・博士課程学生の研究内容はかなり専門分化が進んでいる。
・学生からの要望。画像のデジタル入手、展覧会カタログ、研究論文の公開、ポータルがほしい。
JACプロジェクト(Japan Art Catalog 日本の展示図録をアメリカ等の拠点図書館に寄贈し所蔵してもらうプロジェクト)について、当のアメリカのユーザにも知られていないおそれがある。(<e>? 本当ならかなり気になる話ではある。)

・課題の中でも、比較的早く着手できそうなものについて
・@(海外向け)日本美術研究のポータルの立ち上げ
・どこか、誰かがやったとして、その長期的な維持管理が課題。
・海外日本研究者と協力すること。日本人だけで作るとガラパゴス化してしまう。また、日本の日本美術研究と海外の日本美術研究に違いがある(美術研究と言うより、美術を通した社会文化文明の研究、等)。海外の日本美術関係者の協力を得るべき。(<e>これはおっしゃるとおり、日本研究リンクやツール作成、それだけでなくデジタルアーカイブやデータベース構築、支援活動や研修事業に、先方の協力を得ない手はないはず。)
・A日本美術及び日本学研究を専門とする大学教員、司書に対する定期的な情報提供。
・日本にとっての定番データベースが、なぜか学生に知られていない。理由は、大学教員が学生に教えないから。教えれば学生はそれを頼るようになる。なので、大学教員に情報提供するのが良いのでは、とのこと。
・B美術館出版物のリポジトリを立ち上げる。
・権利の都合でたとえ挿図がカットされていても、文章だけでもないよりはマシ。

・出張セミナーを終えて
・複数の大学や国でおこなわなければサンプルが少なすぎる。
セミナー(一方的に教える)、より、情報交換ワークショップ(対等に教え合う)のようなかたちがよいのでは。
・日本研究の空洞化問題に真剣に向き合う必要性がある。
・紀要だけでなく、商業誌のオンライン化が必要。
・「海外発信」における”戦略”がいる。発信自体が目的の安易な事業になってしまっていないか。そのためには国内者だけで検討せずに海外者と協力すべき。


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●●受講者たちの自己紹介+機関紹介

●マルタ・ボスコロ・マルチ/ヴェネツィア国立東洋美術館長
・北斎展2013、広重展2014など。
・アーカイブ15000点のうち、デジタル化が進んでいるのは3000弱くらい。
・700枚の一枚物、300の冊子を、2013年に赤間先生(立命館ARC)がデジタル化。
・2016年に日本文化に関する講演等の催しを16回やって、500人弱の参加者を得ている。

●メレッテ・ピーターセン/コペンハーゲン大学図書館司書
「日本における視覚資料と私」
・コペンハーゲン大学人文学部図書館の新しい建物内に、アジア図書館がある。
・NIAS Asia Portalはアジア研究のための北欧学術情報資源ポータルサイト。
・王立図書館のDigital National Library。日本関係のデジタル化資料は少ない。(多くがデンマーク・西洋のもの)
・ピーターセンさんの著書に、所蔵和古書目録あり。『Catalogue of Japanese Manuscripts and rare books』(2015)。詳細な解題にくわえて、たとえば同じ本が早稲田のデジタルコレクションにあることなどを注記(!)。
・編纂時によくつかったイメージデータベースのリスト。(<e>これが統合検索できたら、ってことだよね・・・)

●クリスティン・ウィリアムズ/ケンブリッジ大学図書館司書
「ケンブリッジ日本語コレクション」
・2016年からケンブリッジ大学図書館勤務。それまではボストン、ハーバード大学等。
・丸井グループの青井氏寄贈による青井パビリオンが本巻にある。
・本館青井パビリオンのほかに、アジア中近東学部図書館にも日本語資料あり(学部生用?)
・アジア中近東学部図書館の司書は、電子ジャーナル・データベースのリンク集を編纂。(webサイト「e-resource for Japanese Studies」)
・ケンブリッジ大学の本館には、日本文学の英訳と英語で書かれた日本研究書が、”納本”で収集される。
・今年の9月から学内ディカバリーシステムで日本語も検索可能になった。

●テロ・サロマ/北海道大学ヘルシンキ事務所副所長
・美術品だけでなく、美術品のストーリーに興味がある。
・ラムスデットコレクション(<e>要調査)
・「Tracing for uncatalogued Japanese artifacts in Finland」
http://eajrs.net/sites/default/files/uploads/salomaa_tero_16.pdf
・フィンランドにある日本美術品の所在、経緯履歴をまとめてデータベース化したい。その実現に向けて、今回のJAL研修でコネクションができた。

●ヴァレンティナ・フォルミサノ/ラファエレ・セレンターノ・アートギャラリー(ソレント)のキュレーター
・ナポリ東洋大学で日本近現代美術を専攻(イタリアの未来派芸術運動の日本への影響)
・東郷青児に関する新聞記事や雑誌等、イタリアの市立図書館にある資料で、日本とイタリアの芸術運動に関する関係がわかる。
・大原美術館に神原泰文庫として神原泰の資料あり。大原美術館の未来派に関する資料の収集について。
・2016年より現職。このアートギャラリーは日本美術の専門機関ではないが、今後は日本美術関連イベントを催して、日本文化交流につなげたい。

●グッド長橋広行/ピッツバーグ大学図書館司書
「ピッツバーグ大学図書館の日本美術コレクション」
・Barry Rosensteel Japanese Print Collection。
・デジタル化して公開したが、重複(日本公開済み)があとからみつかった。デジタル化作業が重複しないよう、日米での協力体制が必要。

●ウェイン・アンドリュー・クロザース/オーストラリア国立ビクトリア美術館(NGV) キュレーター
・NGV設立(1861)後まもなく、1880・1888にメルボルンで万博が開かれ、その日本美術展をきっかけとして収集が始まる。
・Hokusai Manga Multimedia。若い人にも人気な北斎漫画をデジタル化してタッチスクリーンで自由に閲覧できるようにした。
・タブレットで鎧(若い人に人気)を、360度+拡大+Xレイで見ることができる。
・2017年7月北斎展の予定。その後、大正昭和のモダニズム作品を収集・展示する予定。

●ゲルガナ・ペトコヴァ/ソフィア大学日本現代文化研究センター所長・准教授
・ソフィア大学は1888年創立。日本学専攻は1990年設立、修士博士課程まであり。
・美術品のコレクションはブルガリア国内には少ない。認知度も低い。が、日本文化への関心は高い。最近はポップカルチャーが人気。ソフィア大学の日本学専攻への希望者は150人いて、うち26人が入学できた。(<e>なんという高倍率)
・ソフィア大学現代日本研究センター、2016年に設立。
バルカン半島日本語サマーキャンプを、JF支援で、ソフィア大学が主催。バルカン半島地域の日本語を学ぶ学生たちが集まり、交流。
・2014年、ブルガリアの国立民族学博物館で日本学科との協力で日本関係の展示がおこなわれた。
・2014年から、子どもへの日本文化クラスが日本学科の協力で実施されている。
・伊勢物語翻訳プロジェクト。
・これらのプロジェクトをセンターでおこなうにあたって、もっとも重要なエネルギー源は、資金ではなくて、学生の熱意です。次の世代を育てることが重要。

●アウローラ・カネパーリ/国立キヨッソーネ日本美術館
・National Civil ServiceによるVolunteers。(<e>詳しく知りたい)
・イタリアにおける日本美術コレクションとしては最大。
・1年間のプロジェクトとして、ミュージアムコレクションのプロモーション。ガイドツアー、ギャラリートーク、子どもワークショップ。企画展の準備。
・International Digital Archiving Project (2016.8)


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●基調講演(フォクシェネアヌ・アンカ/ブカレスト大学教授)
「東欧における日本研究の情報・資料収集の問題 : 博士課程の事例を中心に」

・2016年11月日本語学科の学部3年生、修士、約30人を対象にアンケート調査。
・授業の調べ物は? インターネットが2/3、図書室が1/3
何語の資料を使う? 英語が2/3、一番手に入りやすい。ルーマニア語が1/3。日本語は1/6。
・困っていることは? ほぼ全員が「資料が手に入らない、足りない」。ルーマニアの中ではまず手に入らない。手にとって調べるということがまずできない、司書を通してリクエストして始めて手に取れる。新しい本がない。日本語原書がない、英訳しかない。逆に、ルーマニア語翻訳がない。買うと非常に高い。どれも大きな問題。

・東欧の日本研究概観
・2000年以降、修士・博士課程が整備されるようになってきた。
・ただしPhDのための指導者が足りない。(博士学位取得のためには、日本に行く?)
・資料が足りない。←→研究分野が限られる、という悪循環
・国を越えてコミュニティに参加すること(会議、協会への参加など)をあまりしていない。
・東欧でメジャーな研究分野は、日本語・言語学、文学・文学史、歴史・文化史。一部に、美術・芸術、宗教・思想、その他。経済や現代社会、ポップカルチャーはまだ少ない存在っぽい。
・スロベニアに、比較図書館学史(日本)という分野の講座があるらしい。(<e>要調査)
・メジャーな研究分野が、指導教官を左右し、博士課程学生のトピックを限定することになる。

・資料入手の問題。
・英語が中心で一番多い。日本語の資料は少ない。母国語も少ない。
・一般向けの本が多く、専門分野・学術書は少ない。
・日本について書かれている本も少なく、それが学問的なものはもっとすくない。なので、日本関連書を扱う本屋(Takumi)の品揃えも大学で学ぶ者の役に立つわけではない。
・図書館には、古い本しかない。
・日本大使館、JFブダペスト、大学内の日本語学科の小さい図書室、日本文化協会のようなところの図書室、などにあるという感じ。(大学学習向けとは限らない)
・ブルガリア人はロシア語ができるので、ロシア語の日本関係図書を使うことができる、というアドバンテージがある。

・司書の待遇・ステータスが低い。
・日本語学科の教員が図書室の管理をする。
・ヨーロッパ美術の専門家であるキュレーターが、片手間に日本美術を扱う。
・資金が問題。
・資金があっても買った本を置く場所がない。(スペースの問題)
・収書のための参考ツールがない(カタログ等)
・東欧の若い人たちのための研修(日本に行きたくても行きにくいので、東欧での実施を望む)

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●●グループ・プレゼン「日本美術の資料に関わる情報発信力の向上のための提言」

●グッド・ピーターセン・ボスコロ班
「日本から海外へ : 日本におけるデジタル化資料をいかにして外国人研究者に伝えるか」

・Googleからたどり着けるデータベースであってほしい。
・日本語以外のGoogleからアクセスが困難なものがある。(<e>? 要確認)

・英語・ローマ字での検索・表示が必須。それができないため日本資料の可視性が低い。全文・完全な英語化は無理でも、英文のアブストラクト・メタデータがほしい
・これらは他分野・他地域の(日本が専門ではない)研究者に有益。
・国文研の歴史的典籍事業では、英語あるいはローマ字での検索精度の向上やデータベースの多言語化について取り組まれている。(<e>要確認)
・CiNiiではローマ字/英語で検索ができる。(注:CiNii Articlesの英語画面でこの説明がされたが、これはレコード内にローマ字・英語データが含まれているものがヒットしていると思われる。CiNii Booksには「ローマ字をカナに変換」機能がある。)
西洋の研究者たちがよく利用する日本美術のデジタルアーカイブは、例えばニューヨークのメトロポリタン美術館やロンドンの大英博物館による日本美術作品のデジタルアーカイブ。海外の機関だから日本に比べて情報量は貧弱だが、それでも、日本語が読めない研究者にとって使いやすいデジタルアーカイブは、海外発のほう。
・例:Ukiyo-e.org なども非常に利用度が高い。日本からは江戸東京博物館、早稲田大学演劇博物館、立命館大学等が参加。(<e>正直、江上自身も浮世絵でまず使うのはUkiyo-e.orgのほう。こっちのがよっぽど探せる。)

・内部のみ・館内のみ公開のデータベースは困る。せめてメタデータだけでもいいからオープンアクセスにしてほしい。これについては、日本のユーザだって困るはず。
・統合検索システム(主要なポータル)が必要。散在しているDBの統合検索により効率よい検索ができるように。また、小規模な機関(自前でオープン化しがたい)の資料の可視化を高めることもできる。

・ICOM2019京都は日本のデジタルアーカイブを海外にプロモーションするいいきっかけになるのでは。こういうところで積極的に情報発信してほしい。
・AAS、CEAL、EAJRS、EAJSなどの国際会議に参加して、ブースで広報したり、ワークショップやパネルを開くなどしてほしい。(国文研は古典籍事業の説明会を複数回設けてくれた)
・AASなら、グッドさんが申請書の作成からお手伝いしてくれるそうです。


●サロマ・ペトコヴァ・フォルミサノ班
「アートは世界の遺産」

・海外の研究者も、日本の美術と図書館のデータベースにアクセスする必要がある。特に、大学に所属していない個人研究者はアクセスが難しい。
・海外からの資料・情報へのアクセスについて、韓国・中国は協力的。
・Korean Foundation(韓国国際交流財団)は、海外図書館でも韓国のデータベースや資料にアクセスできるよう経済的援助をおこなっている。(<e>詳しく知りたい)。
・ロンドン大学SOASのwebサイトに掲載されている、利用できる契約ものデータベースのリストを比べると、中国のデータベースと日本のデータベースではそのリストに約3倍の開きがある。
・著作権切れ資料はオープンアクセス化を。全文が無理でもメタデータ、アブストラクトの公開、またはリンクによる情報提供を。

もっと日本人研究者と直接コンタクトを持つ機会やネットワークが欲しい
・現在の研究は”共同研究”が重要。
研究者情報、研究者の著作・研究成果に関する情報。国際的プロジェクト、ワークショップに関する情報。日本にある美術作品の所在や展示のためのスポンサーに関する情報。これらが、オープンにかつ英語で探しやすくあってほしい。

将来への展開としての、若い世代へのアプローチ
・デジタル・ネイティブな若い世代は、スマホで日本資料にアクセスできないと、日本研究から離れてしまう(中国・韓国研究や、サブカルチャーへ転向)
・(スマホ対応という意味では)アプリでの発信も重要。くずし字アプリのようなものについて、美術品や美術文献アプリもあるとよい。
・立命館ARCでは学生をプロジェクトに参加させている。

・プラットフォームを集約してほしい。各機関のデータベースが散在していてバラバラで、様子がわからない。
・複雑なインタフェースの使用はユーザをあきらめさせる。ユーザフレンドリーなインタフェースにすれば、海外にも普及する。
・例:Tokyo Art Beat は、ポータルサイトとしての機能を持つ。

・フィードバックは大事。2015年のJALプロジェクトでのコメントがきっかけで、奈良国立博物館仏教美術資料研究センターのインターフェースが改善された、とのこと。(<e>要確認)

・Kahlil Gibran ハリール・ジブラーンの詩
 「On Children」(子どもについて)
 「あなたの子どもはあなたの子どもではない。
 子どもは「生命の渇望」の子どもである。
 子どもはあなたを通ってくるのであって あなたからくるのではない。
 子どもはあなたと共にあるが 子どもはあなたのものではない。」


●ウィリアムズ・カネパーリ・クロザース班
「日本の文化資源を広めるための協力」

・多くの研究機関のデータベースがまとめて検索できるようになってほしい。個別に検索しなければならない現状では、日本語ネイティブではない海外ユーザには壁になる。
・人間文化研究機構のnihuINT、NDLサーチなどのコンセプトがよいが、集約し切れていないので改善の余地あり。
・例えばケンブリッジ大学など海外の機関で日本資料のデジタル画像を公開しているが、日本のユーザは日本資料を探すために海外サイトを見ることはないだろう。ポータルサイトがあれば、その可視化も可能になる。
・そのために必要なのは、海外との連携・協力(例:メタデータの標準化など)。
・敷地内/来館者のみ、国内のみ、という問題。海外からもアクセス可能にしてください。

・日本語を知らないが、日本資料・情報を求めるユーザは、日本を世界に伝える架け橋になる。
・英語/ローマ字による検索・表示。ローマ字と英語の両方の表記があれば、日本語の苦手なユーザも、有用なキーワードが何かをさらに学ぶことができる。
・サムネイル画像の重要性。本や論文の表紙、画像そのもののサムネイル画像。これがあれば、日本語ができるできないにかかわらず、検索がスピーディーになる。
・<e>サムネイル画像は、羅列された情報を直感的/瞬間的に評価できるという意味で、日本人にも効果大。

・今回のJALプロジェクトでの研修が、学生時代にほしかった。若い学生にもニーズがあると思う。日本から海外に出向いてこのような研修を実施しに行ってみてはどうか。

・文化政策による公的資金は、どの国でも不足/削減の傾向にある。
・私企業や個人からの資金調達が必要になる。
・資料収集や、デジタル化事業について、私企業等からの資金調達を検討すべきだろう。


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●ディスカッション
・内閣府知的財産本部による、デジタルアーカイブのポータルの実現についての検討が進行中。
・国立博物館の統合検索システムも開発中。
・有料のe-resourceは情報がよく届くが、フリーのそれについて情報が来ない、という問題がある。
・学生になぜ日本語を勉強をしているのかを聞くと、就職とかそういうことではなく、文化を知ることで人間として豊かになれるから、という強い動機がある。日本に興味を持ってくれた学生を失いたくないんだ、と。
・解決に時間がかかるのはわかるが、一方で、特に若い世代の人々は自分の将来のことを考えると、そんなに何年も待ってはいられない。環境整備に時間がかかると見ると、あきらめざるを得ない。待たせるだけでなく、当座の対応やつなぎでもいいから、”速さ”も必要ではないか。
・その方法のひとつとして、JALプロジェクト受講生・関係者・来場者によるメーリングリストをつくって、情報交換をするのはどうか。
実行委員会で、提言内容の実施に向けての働きかけまでをするべきでは。
・日本でポータルができないのは、著作権のせいではないですよね、著作権ならイギリスのほうがもっと厳しいはずです。
・電子版でジャーナルを刊行してほしい。世界に共有してほしい。
・若い世代はネットの情報を頼りにしている。ところが(ディスカバリーシステムに限らず)ネットで日本情報を検索しても、中国のサイトがヒットする。たくさんヒットしてくれれば若い人に情報が届くようになる。
posted by egamiday3 at 18:56| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月13日

デジタルは持たぬが閲覧の役に立つ : 「文化資源のデジタルデータ流通に突きつけられた課題--国文学研究資料館のオープンデータ公開と永崎研宣氏による公開から考える」を読んだメモ


 ↓こちらの記事を拝読して、考えたこと、思ったことのメモ。
 メモなんで、いつも通り粗雑な思いつきレベルで、結論も特にないです。過度な期待はしないでください。

・笠間書院 kasamashoin ONLINE:文化資源のデジタルデータ流通に突きつけられた課題 ―国文学研究資料館のオープンデータ公開と永崎研宣氏による公開から考える[後藤 真(国立歴史民俗博物館 研究部准教授)]
 http://kasamashoin.jp/2016/11/post_3796.html

 一読してわかんなかったところは、↓過去の経緯をさかのぼって再読しました。知らぬは一時の恥だが参考文献リンクは役に立つ。

・「電子資料館から公開している画像データのうち、原資料の所蔵先が国文学研究資料館のものについては、「CC BY-SA 4.0 国際ライセンス」の条件で提供しています。」(2016年10月11日)
 国文学研究資料館 日本古典籍総合目録データベース  http://base1.nijl.ac.jp/~tkoten/
・Mirador 2.1 (IIIF対応ビューワ)リリース&日本の古典籍が登載! - digitalnagasakiのブログ
 http://digitalnagasaki.hatenablog.com/entry/2016/09/17/034714
・笠間書院 kasamashoin ONLINE:永ア研宣氏が、国文学研究資料館の館蔵和古書画像19451点の古典籍をIIIF対応に。Mirador 2.1 (IIIF対応ビューワ)をダウンロードして、それで見ると、従来より格段に見やすくなり非常に便利です!!!
 http://kasamashoin.jp/2016/10/post_3782.html

 そしてtwitter界隈のその後の反応がこちらにまとまっているという感じ。

・「文化資源のデジタルデータ流通に突きつけられた課題―国文学研究資料館のオープンデータ公開と永崎研宣氏による公開から考える」(後藤真・国立歴史民俗博物館)に寄せられた関連ツイートまとめ - Togetterまとめ
 http://togetter.com/li/1044603


 以上をふまえて、以下個人的につれづれに考えたこと。 

 一読して、まったくおっしゃる通りです、という感想。
 そして、いままでやってきたこととそんなに変わんないかな、という印象です。

 ごくごく端的にまとめると、
 文化資源「オープンになった!」
→外の人「デジタルは自分で持たぬが閲覧の役に立つブラウザつくった!」
→ユーザ「こっちのが見やすい!」
→所蔵元「あ・・・」
 の、「あ・・・」の部分を社会全体から引きの画で見てどう考えるか、かなっていう。

 ただ、IT(死語?)に弱い自分から見ると、どっちのインタフェースにたどりつくのも使い慣れるのも、結局慣れが必要な感じなので、あんま違いはないかな、という気はしました。気だけなんで、違うのが出ればまたころっと印象かわるんでしょうけど。そういった意味では、ITに弱い人のために所蔵元が、アクセスだけじゃなく閲覧環境も提供する、っていうのはいるよなと。

 で、その「あ・・・」の部分なんですけど、まとめで危惧の声もあってそれもある意味わかるんですけど、このブログは図書館馬鹿のブログなので図書館の話で言うと、紙の本の所蔵と提供についてはすでにそういうことをやってるわけですよね。
 これはどんな種類の図書館であろうとまたは大学共同利用機関であろうと、本・資料を共有してもらうために一時的にお預かりして提供している、という点ではいっしょだと思うんですけど、最終的に共有してもらうのが目的なんで、がんばってそれに専心してるっていうところはありますよね。大学共同利用機関の図書館として言えばそれは”相互利用”・ILLになるんじゃないかな、来館利用もそうなんだけど、やっぱ図書館間貸出の方法のほうが現実的じゃないですかね。うちとこの貸出件数をNACSIS-ILLで見ると、27年度が年間680件で第26位か、京大さん早稲田さんみたいな蔵書は持てないにしても共同利用機関としてはもうちょっとリクエストされたいですね、蔵書は少ないが役に立つって思われたい。うちとこみたいな辺鄙な山奥図書館は直接サービスに不向きなこと極まりない以上、どう共有してもらいますかというとどうしてもそうなります。
 そんな中で、現物貸出ができない古典籍の類については、デジタルでオープンでオンラインでヤフー!な感じにしていきましょうっていう流れなんだったら、じゃあそれは紙の本混じりで考えたらいままでやってたこととそんなに変わんないかなという。(なんでデジタルのあり方のことを紙混じりで考えてんだ、って思われるかもしんないけど、紙かデジタルかのメディアのちがいなんてそれこそ長い目で見れば誤差かなんかでしかないし)

 例えばわざわざよそさんに貸し出すっていうのは、自館に来てもらって自館内の閲覧机で物理的時間的環境的制約がある中でのみ使ってもらうのが不便だし忍びないから、っていうふうに考えたら、デジタルをオープンに公開するのは、自サイト内に来てもらうだけでは不便だし忍びないから、ってことにつながると思うんですけど、でもそれは決して、自館に来てもらうことを投げてるわけでも否定してるわけでもないです、実際、来館して現地で利用した方が都合がいいというような人は、遠隔地からでもわざわざおいでになりますから、それはそれでどうぞ、どうぞどうぞ、という感じです。
 それは普通の図書館さんでも同じだと思います、所蔵図書を、館内で読みたい人は読んでもらう、そのための机も環境もある程度はコストをかけて用意します、場所の維持はお金かかりますけどそれでもだいたいの図書館さんはやってる、でもそれも完全じゃないし、おうちや通勤電車内で読みたい人は借りてってもらったらいい、自宅で好きなようにマッシュアップしてくだすったらいい、それは自館から遠く離れますけど別にいいじゃんという感じで。大学における”図書館内での”ラーニングコモンズの整備なんかは、その逆走にあたる活動なのかなと思うんですけど、結局全学生が全時間ラーニングコモンズ使えるだけのリソースが館内にあるわけでもないので、やっぱり、どうぞ使いやすいところに持ってって使ってください、って資料を放出しているという意味では、永崎さんのやってることといっしょかなって思いました。(ていうか、それが「いっしょ」に見えるくらい遠くからいま見てます)
 例えば、うちとこは創設時に「所内に展示施設を持たず展示活動をおこなわない」方針でいこうってなったそうなんですけど、でも、あちこちに所蔵資料(主に妖怪&春画)をあちこちに貸し渡して展示施設に置いて展示してもらう、っていうことをしてますので、それもものすごくざっくりまとめれば似たようなもんだなと。

 ただ、古典籍資料の類のデジタルでオープンな公開のほうに目を戻したときに、その手の資料って、資料そのものやそのコンテンツだけではなくて、「現在の所在」もその資料の属性情報・来歴情報としてすごく重要で、それによって個体の識別とかをするわけなんで、いくらオープンに公開流通複製ばらまきされるとしたとしても所蔵機関情報はがっつりかつ正確に記されててもらわないとなって思います。後追いができないと意味がないので。
 で、それがちゃんと出てたら、結果として”存在感”はついてくる、かな、どうかな、そう願いたいという感じですが。
 ILL現物貸出でも、資料1点1点を相手一人一人に貸してる時には、それがうちとこ所蔵のものかどうかなんて借りたご本人には何の意味もないだろうし伝わってもないだろうなと思うんですけど、それが、年間でトータルこれだけとか、引きの画で見るたときに、あ、あのなんとかいう山奥図書館さんはこういった類のをちゃんと持っててちゃんと提供してんだね、ってのが可視化されるといいんだけどなあ、どうかなあ。そのあたりは”国文”とか”京都”みたいにキャッチーなワードが機関名に入ってないとなかなかわかりやすい”気付き”は世の中から得られないかもしれない。
 でもだったらその”気付き”がほしいんだったら、別の広報活動なりなんなりで相手の背中バンバン叩いて振り返ってもらうことでやらなきゃしょうがなくて、それは天の岩戸みたいにして気を引くのとはちがいますね。

 ふだんTwitterで「寄席に行く」みたいにしょっちゅう言ってたら「egamidayさんは落語の修行もしてるのか」みたいに問われて慌てて否定したんですけど、要は、司書/司書教諭の科目で教壇に立つコーギ活動を「寄席」って言ってるだけなんですけど、その寄席で、黒板にこういうのを書いて、
 【情報・思想---コンテンツ・著作---本・メディア---図書館---司書---サービス---ユーザ---社会】
 ユーザが必要としてるのは情報・思想やそのコンテンツ・著作のほうであって、図書館やサービスそのものを目的としてるわけじゃないから、「本・メディア」だけじゃなく「図書館--司書--サービス」のとこまでひっくるめてメディア(なかだち)なんだって、そのメディア部分をいかに短縮するか&保証するか、っていう考え方について、その寄席の演目が情報メディアの活用だったんでそういう噺をしたんですけど、そういう意味では、オープンにしたデータだろうがブラウザだろうが結果メディアでしかないし、そのひとつの所蔵機関が評判を得るとか存在感を保つというのも畢竟メディアの一ありさま、メディアとしての本務をまっとうするための一ステップであり、一ステップでしかないと言えばない。
 ないんだけど、ただ、世知辛いというかまあいまどきはそうだよなっていうのが、いまのご時世、時代の趨勢要請でいくと、その一ステップがとてつもなくでかくて否応無しに生殺与奪をあれしてくるみたいになってるので、懸念していかなきゃいけない。ってなったときに、オープンにした"だけ"では「スマッシュヒット」という便利な言葉で得られるくらいのものしか得られないだろうなので、それ以外の棒でも背中バンバン叩いてかなきゃしょうがないな。なんせ、オープンもIIIFもメディアでしかないんだったらそれは唯一解でも絶対解でもない、それ以外の棒を古いのでも新しいのでも振り回してかなきゃな、っていう。

 本当は「その棒とはなんだ」が主問題だと思うんですけど、それはもっともっと長期的な目で探したいなと思うので、とりあえずはそういうところまで考えました、っていうメモです。メモですって言って、逃げます。逃げるは(略)

posted by egamiday3 at 23:36| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月05日

201609eu・ブカレストの想い出メモ

 201609eu、ブカレストへ行ってきましたのメモ。
 食の想い出が大半を占めているのは、それ以外に旅情らしい旅情がほとんどなかったパターンだから。


●9/12-13 往路
・9/12-13、移動からのインにイン。
・今回は、欧州向かい便が夜行になる初のパターンで、夜に羽田を出て早朝にパリに着く。一見よさそうに見えて、要は伊丹行ったり羽田で待ったりパリで待ったりと無駄な時間が6-7時間増えるだけなので、次からは極力やりたくないです・・・。
・しかも伊丹→羽田間という国内移動がやっぱりいつまでたっても慣れない。ペットボトル持ち込んでもいいの?っていうのをググるくらいに不慣れ。これが関空だったらもうちょちょいですっと搭乗できるのに。さらに羽田で降りてパリ行きに乗るのに、さっぱり要領を得なくて、歩き回り聞き回りした結果なんと一回外に出なあかんということに戸惑う。おまけに羽田の国際線ターミナルにはセキュリティの内側にスタバのないことが判明。せっかく水筒持ってきたのに・・・関空が懐かしい・・・。
・なんだかんだでパリ空港。こんな朝日の中で、2時間くらい仕事メール対応してた。http://pic.twitter.com/wqNcTWZdyV
・ブカレスト向かいの便から地上を眺めたら、あきらかに氷河浸食的な地形が見事だったけど、あれって場所的にどのあたりだったんだろう。
・それにしても日射しが京都並みに暑いので、フロントのおねえさんに「今日はこれ暑いのそれともいつもこんな感じなの?」と尋ねたら、珍妙な顔で「いい天気だと思う」みたいなこと言うてはったけど、あとでいろいろ聞いたらどうやらこの日は、昨日までに比べてやっと涼しくなってきた、というレベルだったらしい。ルーマニア半端ないなと思った。そういえばルーマニアってチャウシェスク映像で寒そうなところしか見てなかった。
・町に出て歩いていたら、夕暮れ青空ミュージカル映画上映イベント、みたいのをやってて、平和な町じゃないですかね、って思た。 http://pic.twitter.com/KVcOg3KOAg
・この日は旧市街のH&Mで衣類の買い増し、古道具市の開かれている建物を見つけて立ち寄る(後日談、実はそこが旧・国立図書館だったとのこと)、おしゃれ本屋をチェック、スタバをニアミス、という感じ。
・おしゃれ本屋はCrtureti Carusel と言って、雑貨や文具、食器・茶器、ワインなどを一緒に売ってる、建築内装もいい感じの本屋。これは京都にもあるべき! http://pic.twitter.com/0VUpCZ8LKQ

●滞在中
・9/14。EAJRS1日目、ブース設営、大急ぎランチ、ギャラリー見学、レセプション、友人たちと旧市街へ食事、という感じ。
・9/15。EAJRS2日目、ブース、パブランチ、国立図書館で浮世絵見学、旧市街でトラディショナルディナー、サラマンカの悪夢再来、みたいな感じ。
・9/16。EAJRS3日目、ワークショップ、ベトナムランチ、ルーマニア料理、という感じ。
・9/17。EAJRS4日目、大塚先生の発表、総会、イタリア料理ランチ、エクスカーションで大統領パレス、農村博物館、チャウシェスク宮殿、やっぱり旧市街でルーマニア料理、という感じ。

●9/18-19 復路
・9/18-19、帰国日。早朝のタクシー、ブカレスト空港、新装開店のアムステルダム空港、ふつうに関空。
・帰路の思い出は、すっかりきれいになったアムステルダム空港と、KLM機内の壁の模様。旅をする人たちを真上から眺めたような図?? http://pic.twitter.com/REoObUfVtu

●EAJRS2016ブカレスト大会
http://pic.twitter.com/fuH8Z8aw6F http://pic.twitter.com/0Bixmzduya
・上を向いて歩こう。
・いつもと違って、東欧・北欧からたくさん来てはった。良いと思います。
・で、そうなるとやっぱり、ライブラリアンというよりは研究者が来てはる、ということになるので、図書館・ライブラリアンに向けての、に限っててはあかんだろうということになる。という認識をあらたにする。
・ワークショップの来客は、資料収集相談、OPAC・なぜかタグ機能が人気、ILL議論、やっぱり妖怪、という感じ。
・エクスカーションでいろいろトラブってたので、コーディネータの負担が大きいの課題じゃないかな、というのは、EAJRSに限らずどんなイベントごとでも抱く感想。
・ライデンのライブラリアンがところどころでストリーミングしてたけど、あれって個人ベース活動だったんだろうか?

・発表時や司会トーク時に、たびたび、「我々に関係の深いNBK」とか「NBKについてはもう多くを言うまでもないでしょう」みたいに言ってもらえてたのが、うれしかったです。まだまだちゃんとがんばります。
・慶應のメディアセンターによる海外人事交流というか在外研修派遣について報告があったときに、オックスフォードのライブラリアンが、「日本からの在外研修を受け入れることで、海外日本研究の味方が日本に増えてくれる。お礼を言いたい」みたいなことを言ってたので、ほんまそのとおりだなあと思たです。
・資料保存のセッションでは、やはり千差万別な相談質問が続出してやまない。資料保存と著作権で質疑応答やるとどうしてもそういうことになるなあと思う。
・立命の人の発表で、HathiTrustやProQuestのデジタルアーカイブ化で何が起こったかというと、これまで日本の研究者が使わなかったような、日本古典の海外翻訳/翻案作品なんてのがあっさり流通し活用が容易になった、というような話があって、デジタルアーカイブってどんな変化が起こるかわかんないところが、ボヤボヤできないよな、っと思たです。
・そして、NBKの先生の研究発表は、これまで以上にフロアから多くの質問やコメントが飛び出し、議論に発展したような感じにもなり、かなり盛り上がってよかったなという感じ。
・EAJRSにしろCEALにしろ、AASもそれが京都開催のものだって、心地よさを覚えることの最たるのは、国も分野も組織も業種職種も職位的なのをこえて、みなフラットに、議論したり発言したり情報共有したり駄弁ったりお酒呑んで食べてはしゃぎあったりできること。(英語力だけが高い壁)
・【重要】来年のEAJRSは、2017年9月13日から16日まで、オスロ大学にて。

●宿所
・キッチン付きの宿。調味料がないのは仕方ないとして、食器や調理器具があっても洗剤やスポンジもないし布巾もないのはどういうことだ、と思いながら、フェイスタオルを使って「布でお湯洗いすることで油汚れを落とす」パターンの技を駆使してたら、3日目くらいから布巾が置かれるようになったというw
・キッチン付きの何がいいって、朝からやる気の出るものを夜が明ける前からでもがっつり食べられる(例:常備菜的に作ったナスとパプリカとベーコンのトマト煮詰めに、スライスチーズと食べ残しのポテトフライをのせて、レンジでチンしたの)し、昼夜の外食がはずれでも最悪部屋に戻ればいいと思いきれるから、一日の活動がすごく捗るんですよね。

●食
・パリ空港の売店に、鮭の混ぜ味ごはん弁当みたいなのがあって、気になっていただいてみた。混ぜごはんとしてもまあまあ美味かったし、なんかへんなプチプチが混ざってたのが意外と悪くはなかった。プチプチは、クスクスかな?と思ったけど、後から人に聞いたらなんかそういう”スーパーフード”的な流行りものの食材があるらしいので、それかなっていう。パクチーと、お好みでのコリアンチリソースがいい。
・ブカレストのチェーンスーパー、MEGA IMAGE。ホテルのフロントで聞いたら「メガ・イマージュ」というので、ああやっぱりラテン系なんだな(?)と思った。
・スーパーで買い物。魚は少ない。野菜はでかい。値段は日本感覚より薄く安いのと、どえらく安いのがあるな、という感じ。PBのマスタードひと壺が20円とか。炭酸水1リットル10円とか。
・スーパーでなんとなくナス買ったけど、前の晩のトラディショナルディナーで、ナス料理3皿出て、さすがに翌日食べる気にはならなかったという。
・調理用のトマトソースで、トマトと、たぶん松の実的なのがペーストになってて、その他ニンニクその他で味付けしてあるやつが、すごくはかどって使い勝手よかった。あれ日常的にほしい、けど、日本だとだいぶお高いんでしょうね・・・。
・スーパーで200円くらいで買った小ぶりのソイソースが、ジャンクに薄甘い味付けがしてあって、ちょっと笑ったけどあれたまに普段使いするにはいいかもって思った。豚バラの素焼きにちょちょって付けて食べるの。持って帰れないのがもったいなかった。

・宿の近くにアイリッシュパブがあって、名前がブラム・ストーカー、壁画がブラド・ツェペシュ、ルーマニアビールを呑ませる、アイリッシュパブ、ってできすぎてませんか?
・ルーマニアのビール「Ursus」という銘柄のがあるんだけど、複数種類いただいたけど、あまり、これはっ、ていう感じのはなかった。ただ、最終夜の店にはUnfilteredのドラフトがあってそれはばっちり美味かった。次があればこれからスタートで。

・昼食がなかなか難しかった。ルーマニア料理の特急ランチで冷めた肉とか、パブランチで鶏と野菜の中華風甘辛照り炒めジャスミンライス付きでこれは美味しかったけどすげえ時間がかかったとか。たぶん、昼食は時間に余裕をもってないとちゃんとしたものはとれないんだと思う。
・よく、昼食に時間をかける、っていう習慣あるじゃないですか。あれって、”かける”というよりは”かかる”なんだろうな、とやっとわかった気がする。
・昼食で、いつもは参加者となんとなく連れだって行くのを、ふわっと抜け出してベトナム料理のファーストフード的な町の小店に行ってみた。豚の角煮丼的なの。軽食でも、米を肉で食う料理でなく、とにかく肉を食うのに米が寄り添ってる、くらいの肉食い料理だったなという感じ。そういう感じになるので、欧米でアジアフードいただくの、好き。それで食後におーいお茶濃いめとか欲しくなるけど、ないじゃないですか、それでスーパーでノンアルコールビールあったりするじゃないですか。

・トラディショナルディナーは予約困難なルーマニア料理の名店らしく、店の作りが珍しくゴシックで建築的に興味のある感じ。料理は、1皿目が茄子のペーストと豆のペーストをパンにつけて食べる。2皿目が茄子のトマト煮をパンにつけて食べる。3皿目がひき肉の俵型ソーセージ風ハンバーグで、ルーマニア料理の有名なの、これはビールに合う美味いなんだけど、付け合わせがでっかい茄子とズッキーニの輪切りを油で焼いたの。デザートが馬鹿でかい揚げドーナツのクリーム&シロップ添え(パパナシ)、ひとり一皿。茄子、茄子、茄子、高カロリー、ていう感じ。
http://pic.twitter.com/IETBn0a8zg  http://pic.twitter.com/IdTgtdBblk http://pic.twitter.com/Q9F3DDCcIl
・最終夜の食事会で、ルーマニア料理の中でもぜひ試しておきたかったという、トリッパ(牛の胃)のサワークリームスープ的なの。  http://pic.twitter.com/UmhS6WjCLu トリッパはまあまあ臭みが取れててよかったんだけど、スープもトリッパも塩気が致命的に足りない(注:日本人基準で)のと、そもそも自分はサワークリームのスープのようなものが好きではない(おいw)のとで、結果、トリッパだけ引き揚げて塩胡椒をまぶして食べるという行儀の悪さを露呈した。これがトマトベースならとも思ったんだけど、それだともう完全なイタリア料理やな。
・古代ローマからの血をひく土地柄だから、イタリア料理屋は美味くなきゃいけないという誇りと自負みたいなのを持ってるので、イタリア料理屋は美味い、みたいな噂話を聞いた。まあ、ルーマニア料理全般がイタリア料理寄りっぽい。
・これもルーマニア定番の、ひき肉の俵型ソーセージ風ハンバーグは、まあ、そりゃ美味かろう、という感じ。日本でもフツーに居酒屋料理に採用したらいいのになって。

・最終日に冷蔵庫片付けるからと言って、残ったパスタ(フェトチーネ)と、残った豚バラと、日本から持ってきたシジミ味噌汁パックを使って、即席の”豚汁ほうとう”みたいなのを作ったら、欲望のリミットがはじけるくらい美味かった。
・ルーマニア空港で売ってたお土産菓子で、ルーマニアのを選んで買おうとすると、いつのまにかトルコ菓子を選ぶようになる感じだった。トルコ+イタリア→ルーマニア?
・そういえば、EAJRS会場のコーヒーブレイクのケーキが、結構人気だったし、確かに美味かった。お菓子には吉な土地柄?
・そういえばそういえば、トラディショナルディナーの最後に、ひとり一皿、馬鹿でかい揚げドーナツのクリーム&シロップ添え(パパナシ)が出てて、この時間帯にこのカロリー摂取するの絶対アウトだろうという殺人的な、でもペロッといっちゃったやつがあったけど、やっぱりお菓子には吉な土地柄か?
・結局ブカレストでスターバックスに行けてなかった。一番の心残りではある。いつでも行けるような店に見えても、行けるタイミングがあるときに行っとかないと、行きそびれるもんだな、っと思った。
・あとスキポールの売店に売ってたカップうどんは韓国商品だったので、がんばれニッポンと思った。

●その他買った物
・気候が夏場の京都とかわらないくらいで、思った以上に汗をかなりかくので、急遽H&Mで服を買う。Tシャツ500円、ワイシャツ1500円。やっぱり安め。何かを買うのに躊躇しなくてちゃちゃっと買える、っていうような物価だなという感じ。ただしワイシャツは、ヨーロッパ体型向けらしく、腕が長くて肩幅が長くて胸囲がきつい、ちんちくりんさ加減。
・ルーマニアダンサーの民族衣装人形。目がかわいいので買った。

●持っていったもの
・おーいお茶の顆粒が想像以上によかった。水に溶かしてお茶になるやつ。でも、冷ませばいいなら普通にお茶持っていっていいよなたぶん。
・機内用歯ブラシ

●観光
・大統領パレス。欧州観光っぽい感じの。オリエンタルルームのロフトで入れない場所に、日本の役者絵的な刷り物が飾ってあったのを、参加者一同が興味津々だったのがハイライトか。
・このパレスは中で写真を撮ろうとすると最初に5レイ(約125円)払わないといけないんだけど、自分的な感覚では当然のように払ってパシャパシャ撮るだろうというところを、ほとんどの人がスルーだったので、こんなところで少数派を思い知らされるとはちょっと思ってなかった。
・パレスの様子 http://pic.twitter.com/p2hYLBP12H  http://pic.twitter.com/zrwvFvAcvx http://pic.twitter.com/qSHHqmtbOf
・ちなみにこのパレス内に住むなら、お気に入りはマジでここ> http://pic.twitter.com/VQBKNDKoe2 http://pic.twitter.com/ObU0Wfhfvb
 ニューヨークのメトロポリタン美術館に展示してある、スイスの部屋、みたいになってる。
・時間が30分弱しかなかった農村博物館、実は今回のブカレスト行きで唯一かつ最高に食指が動かされまくってた行き先なんだけど、大急ぎ観光という後ろ髪な結果に。ただしその30分でも、その明治村的スピリッツと容赦ない建築物シャワーは存分に味わえたので、よかったです。もちろん写真撮りまくりツアーです。いまこうしてスマホの写真をパラパラと見返してるだけでも、胸がキュンキュンして顔がによによして、そして、むしろ明治村に行きたくなったです。 http://pic.twitter.com/DY3fTmWUbE http://pic.twitter.com/RsW55BYuT5
 http://pic.twitter.com/29Tar2m9ui
・チャウシェスク宮殿はね、確かにでかかったです、使い勝手悪そうという感想。あと巨大建築物特有の、鉛が胃に入ってくる感覚のやつ。そしてその前の通りが夜のホコ天みたいになってて、市民がきゃっきゃしてる感じだったので、平和って大事だな、と思たです。 http://pic.twitter.com/5jDnxnUiL7
・横にあった建築中の巨大教会。これは巨額税金援助で建てられてるために、反対推進の間でなかなか完成しないし、さらにはその巨大教会をチャウシェスク宮殿の横に建てちゃってさほど巨大にも見えないという、黒い笑い話があるらしい。
・これは「観光」かな。トラディショナルディナーの店は、トラディショナルなルーマニアダンスを見せる店でもあって、フロアで踊り出すのはいいんだけど、客を誘い巻き込むパターンのやつで、ええ、はいはい、巻き込まれに行きましたよ。サラマンカの再来。 https://t.co/UnrdrZnXOV

●町
・食事に行こうとすると、15分くらい旧市街まで歩くことになる、という土地柄。学生さんたちの行動パターンがそうなのかしら。確かに、ほしいところにほしいバスストップや地下鉄駅はないという感じで、滞在中に地下鉄1回乗ったきりで、バスはとうとう乗る機会がなかった、こういうのはなかなか珍しい。海外旅行名物・ICカードをお土産に持って帰る、もできなかったという。
・町を歩いていて目につく教会らしき建物の意匠が、自分がこれまでヨーロッパを旅行して見てきたようなそれと全然ちがうので、ああ、自分の見聞は狭い、狭まれすぎる、セバスチャンだと反省した模様。  http://pic.twitter.com/L9rBXYYAY0
・ブカレストをざっくり歩いて、街全体がちぐはぐに改装中なところ、という印象を受けた。ほっとかれてるところはずっとほっとかれたまま、これたぶん革命時期からずっとこの状態なんじゃないかなというような、崩れ壁とか空き地とか放置自動車みたいなのがある一方で、すぐ横の新規改装なところはパリかニューヨークかみたいにピンポイントですごく小洒落てて、原色やパステルカラーやガラスやLEDやで、それら両極端が全部ないまぜな感じ。
・まあでも総じて落書きばっかりだった。ここは一応メイン通りなんだろうなという通りでも、あちこちのテナントが閉ざされてる。
・タクシー@往路は、懇切丁寧にもブカレスト大学の学生さんがアテンドしてくださって、そこまでやるかってびっくりしたんだけど、まあ、パネルを操作して、レシート通りの車がやってきて、20分くらいでホテルに着いて、メーター通りの金額に最低限レベルのチップで、ふつーに終わった感じ。払っても7-800円程度の話だし。
・復路タクシー@早朝空港行きは、ホテルロビーのタクシー呼び出しパネルを使えて特に無事。あれがなかったら認可もどきデザインのタクシーが次々ホテル前に到着する感じだった。それでも到着時に「ワンモア」とせびられた、まあそれも200円くらいだし、そもそも全料金で日本の初乗りレベル。それでいいなら、安全で快適な旅行と金払いの良さにはある程度の相関関係あるな、と学んだ。
・そういうタクシーの人にしろ街角のお店の人にしろ、人あたりが「家族的」だな、っていう感じがする。家族に接するようにこちらにも接してこられるから、ある時はがさつや柄悪く思えたり、妙に人なつっこかったり優しかったり、あっさり平然としてたりする。外国人観光客扱いされてる気があまりしない。
・そういえば噂の「野犬」をいっさい見なかった。そういうエリアしかうろちょろしてないと言えばそうなんだけど。
・結局ブカレストで危険を感じることはほぼなかったですが、それも、ごく限られたエリアでしか行動しておらず、公共交通を使う機会もほぼなく、危険性を感じる場所や時間帯で行動しておらず、単独外出もほとんどなくて、事前注意情報も熟読してて、深酒しないよう注意してた、からかな。

posted by egamiday3 at 08:16| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月04日

(Q&A)「司書の心得は」「これからの図書館は」「実習にて」


 寄席の常連さんから質問を出してもらってそれに答える、という三題噺企画の、質問と答えの紹介です。一部改変入り。

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Q「図書館で働く者として、どういうことを心得ておくのが良いですか?」

 世の中のほとんどの人、大多数の人が、図書館というものに何の興味も関心も持ってない、ということを常に忘れないようにしておくことかな、と思います。

 忘れちゃうんですよね、こういう仕事してると。もちろん自分では、図書館のような施設なり仕組みなりというのは社会世界の役に立てるはずの、意義のあるものだというふうに考えてはいるんだけど、世の中のほとんどの人、住民、納税者の多くは、まあまずそんなことは考えてないし、なくてもまあまあ困らないと言う人が大多数だろうし、そして、そういう人たち、そういう社会世界を相手にして仕事してるんだっていうことは、常に意識してないとなって思いますね。
 それは、だから説明やアピールがあの手この手で不断に必要なんだ、ってことでもあるし、また逆に、「図書館大事だ」っていう自分の考えが果たして正しいのか?と常に自分自身に疑いをかけ続ける、検討検証し続ける、ってことでもあると思いますね。
 図書館関係なしに、自分で自分に疑いを持たずに仕事してると、だいたいヤバい、と思いますね。

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Q「ITが進んで、検索も蔵書管理も便利になっていくと、これからの図書館はどうなっていくでしょうか?」

 図書館って、検索ができて、本が読めたら、それで終わりでしょうか、っていうとそうじゃないと思いますね。 
 だから、ITが進んで検索も蔵書管理も便利になっていけばいくほど、やっと本当にやりたかったことができる余裕が生まれる、ていうことだろうと。残念ながらいままではコストのかけ方が偏ってたせいで、別のところへの注力を割愛しがちだったんだけど、それは注力する必要がなかったからしなかったのではなくてしたくてもできなかっただけだから、できるようになったらやったらいいんだ、ていうことを思い出したらいいんだと思いますね。
 関係ないかもしれないけど、図書・図書館史を学ぶ意義のひとつは、そういうことを思い出すってことなんじゃないかなとも思いますね。

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Q「来月、図書館実習として、実際にどこかの図書館に行って働くということをします。どういうことに気をつけたらいいでしょうか」

 そこでの仕事のやり方や、その図書館での資料・利用者に対する考え方、というのは極めてローカルなもので、まったく標準でもなんでもない、よそへ行けばガラッと変わる、ということはぜひ理解しておいてください。
 図書館の仕事は、目録規則とか分類とかサービスとかでかなり標準化されてる、という一面があるにはあるものの、やっぱりかなりの程度で閉じた職場という感があるところだと思います。なので、現場の日常業務的なところは基本的にローカルルールのかたまりでできてるという感じです。しかも、学生の実習生に体験させ任せることができるような種類のお仕事については、特にその傾向が強いんじゃないかなって気がしますね。
 なので、たまさか派遣された先の図書館での仕事が、ぜんぜん合わなかったから自分はこの仕事向いてないのかとか落ち込む必要はまったくないし、逆にそこで教わったり学んだしたことが他所でもそのまま通用するかというとそういうこともまったくないし、ということは忘れないでもらいたいなって思います。
posted by egamiday3 at 10:22| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月24日

デジタルアーカイブについていろいろと考えたメモ


 先日、とある場でデジタルアーカイブについていろいろ議論する機会があって、で、これはその議論をメモしたわけでもなんでもないんだけど、その議論を含めて全体的になんとなく自分で考えたりしたことのメモ。


・システムが先か利用/ユーザが先かについては、システムが新しい利用を掘り起こす、っていう理屈はなるほど確かにわかるし同意なんだけど、一個のイノベーティブなものをとんがって開発ならそれがいい、けどナショナルな社会的インフラの整備でそれだとマズイんじゃないか、ていう感じかしら。
・イングレスでポータルをエンリッチすれば、ポケストップもリッチになる、それによって街をデジタルアーカイビングさせていける。そういう活動について。(註:まあポケモンもいつまで有効は疑問)
・では、アーカイビングするに足る街とは。あるいは、街をアーカイビングしてどう活かせるのか。
・文化資源、学術情報、地域、芸術、呼称はいろいろあるでしょうけど、どれかを採るとどれかが落ちるわけで、どれかに拠るわけではない、全方位を包括する、ワンアップ上を行くメタなワードを、なんとか創出・普及させられないかって思うんだけど、それが「アーカイブ」なんだったらそれでもいいと思うんですね。
・ていうか、たぶんどんな業種、どんな分野にも、ひとりやふたり、1%や2%くらい、”デジタルアーカイブ”的な議題・課題に興味関心を持ってる人ってあまねくいるんじゃないかと思うんで、そういう各業種各分野の人を缶詰を開けるときの取っ掛かりとしてのツメとして、リーチしていけるような議論・企画ができたらいいんじゃないかな、って思いました。
・そういう人たちを招いて企画を催す、ディスカッションを実施する。それは、ディスカッションの中身や結論が効果を左右するというよりも、ディスカッションを実施する、あるいは招く・招へいするということ自体が、ひとつの広報活動、ていうことなんじゃないかなと。
・興味関心を持つ=能動的な態度をとる、だから、能動的に何かしてもらうのが手っ取り早いよな、そりゃそうか。
・京都にとってアーカイブとは? 観光? 寺社? 老舗? 学校? 地蔵? 伏見? 映画村? 任天堂? 挙げだしたらきりがない。京都学自体がアーカイブ学?
・だったら、”京都”は自らの”アーカイブ”を具体的にどう”活かし”てるんだろう?
・「MALUIマインド」という言葉がよぎった。意味はわからない。
posted by egamiday3 at 20:45| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月21日

(メモ)『アーカイブ立国宣言 : 日本の文化資源を活かすために必要なこと』からのメモ

『アーカイブ立国宣言 : 日本の文化資源を活かすために必要なこと』ポット出版(2014)
http://www.pot.co.jp/books/isbn978-4-7808-0213-9.html

アーカイブ立国宣言: 日本の文化資源を活かすために必要なこと -
アーカイブ立国宣言: 日本の文化資源を活かすために必要なこと -

■極私的感想
・課題も現状もユーザ像も価値観も将来性も優先順位も、これだけ多種多様・百花繚乱・百鬼夜行だと、全体をカバーしようとする仕組みにはできるだけふんわりとした寛容さというかふところの深さがいるなあ、という感じ。


●はじめに
・「問題は、技術力以外の分野での日本の著しい立ち遅れである。これまで技術力、経済力に頼って発展してきた国の驕りが、この立ち遅れの深刻さから目を背けさせてきた。」

●鼎談:アーカイブとは文化そのものである
青柳正規、御厨 貴、吉見俊哉
・「小説や文学、映画、建築、絵画などの中には、近代日本が西洋化・近代化の中で悩み、苦闘してきた痕跡がいっぱい残っています。・・・保持すべきものが、この19世紀末から1970年代前後までの日本にあると思うのですね。でも、現在はその価値が意外と認められていなくて」
・「個人的な記録はどんどん蓄積されているのに、それらが相互につながっていない」「東日本大震災では、被災地で膨大な記録が残されましたが、その大半がおそらくオーファン作品となるでしょう。でも、現在の日本ではそれらを共有する仕組みが整っていません」
・「全国各地で草の根的に生み出されてきた文化的資源がとてもたくさんありますが、それらは今、共有化されないままどんどん失われている」
・「大事なのは、共有化した記録が具体的にどのように役立つのか、そのプロセスを文脈化することです。」「「あなたが持っている記録は、公共の処に預ければこういうふうに役立つから、出したほうがいいですよ」って、目に見える文脈化を行なうことが重要であって、それを可能にするのが文化力だと思います。」

●(マンガ)「マンガ・アニメ・ゲーム文化のすべてを収蔵するミュージアムを」
東京国際マンガミュージアム/森川嘉一郎
・アーカイブを維持するためには、施設に集客機能を持たせて維持費をまかなうとともに、保存の意義を啓蒙普及していく。そのためにアーカイブ機能とミュージアム機能を併設する。→「東京国際マンガミュージアム」
・「保存のためのデジタル化」を可能にする制度が必要。複写請求の多い資料ほど複写不可に陥る。

●(ゲーム)「世界に通じる文化を国内で保存すべきである」
立命館大学ゲーム研究センター/細井浩一
・研究と開発の現場では、世界共通のIDを定めて同定可能にすることがポイントになる。
・「100年後、日本のゲームを研究しようと思った人が「スタンフォード大学に行かないとダメだよ」ってなってしまったら、嫌ですからね」

●(震災)「公開・共有のための仕組みづくりが必要だ」
311まるごとアーカイブス/長坂俊成
・震災前の生活を見たいというニーズ。地域の集会所で昔の地元小学校の運動会の映像を上映すると盛り上がる。コミュニティのアイデンティティの復活は「心の復興」。
・311まるごとアーカイブスを法人化し、法人が行政に代わって公開し、問題があった場合はオプトアウトする。

●(脚本)「映像の現存率が低いなか放送文化を残していくために」
日本脚本アーカイブズ推進コンソーシアム/石橋映里
・脚本アーカイブズでは、脚本・台本を収集し、データベースを作成したのち、複数の機関へ寄贈・移管している。作成した脚本データベースでは何がどのような内容でどこにあるかがわかり、ひとつのコレクションに見えるような形。
・全国の図書館102館に1万冊以上の脚本が所蔵されている。これらをひとつのフォーマットでデータベース化するには、これから協議が必要。

●(映画)「デジタルアーカイブは「保存」に役立つか」
東京国立近代美術館フィルムセンター/岡島尚志
・デジタルデータ保存の方法としての「式年遷宮」方式。一定の期間ごとに決められた新しいキャリアにデータを移し替えていく。
・「永代供養」方式。著作権者に一定の金額を負担してもらい、公的機関で保護する。
・フランスINA(国立視聴覚研究所)では、1000人の常勤職員がフランスのテレビ番組すべてを録画する。フランスという国はそういう事にお金を湯水のように使う。

●(放送)「テレビ番組とアーカイブ NHKの取組」
NHKアーカイブス/宮本聖二
・現在のNHK放送システムは、番組をファイルで完成させ、放送と同時にアーカイブされるという、一体的なシステムをとっている。

●(地域)「普通の人の話をきちんと残していく大切さ」
地域雑誌「谷中・根津・千駄木」/森まゆみ
・地域文化がない場所はない。ただ、それを記録として残しているところがほとんどない。
・地元の自治体とうまくいかない。町の記録をとる者は、行政には扱いにくい。
・「谷根千」のバックナンバーはエール大学、ハーバード大学で全号を保存している。

●(地域)「交流装置としてのアーカイブを作りたい」
小布施町立図書館「まちとしょテラソ」/花井裕一郎
・オーラルヒストリーとしてのこす「小布施人百選」
・「ワクワク通信」は説明責任とともに、図書館への来館を促すツールでもあった。普段来ない人に来館してもらうため、全戸配布にこだわった。
・町は交流産業。ほかに産業がないと、来訪者に小布施ファンになってもらうしかない。そういう町をどう作っていくか。交流装置としての、道具としての、アーカイブ。
・面白いと思えることを図書館が先導して行動すればいい。貴重な資料が地域にあるとわかっているなら、もらいに行く。そういう実績を積み重ねてはじめて予算がついてくる。実績がないところに予算はつかない。
・司書のキャパシティを越えていることには、外部の力を借りたらいい。いろんな角度のスキルを持った人を迎える。

●(地域)「地方の図書館で進める電子書籍の可能性」
札幌市中央図書館/淺野隆夫
・図書館が地域情報を積極的に集めていることに驚いた。だが、図書館は収集はするが、発信までは手が回らない。
・電子書籍サービスについて、インターネットで告知するだけではIT好きな人だけのものになりやすい。電子サービスをリアルな場所でPRすること。
・図書館をいろんな場につくるために、デジタルが必要。役に立つ事例を積み上げていくこと。

●(アニメ)「未来の日本のアニメーションアーカイブスを目指して」
日本・アニメーションアーカイブス/植野淳子
・1963年のテレビアニメ放映開始から2033年で70年になり、保護期間が切れる。そうすると、原版や中間制作物の保管コストを負担している所有者によっては、散逸・消失してしまうおそれがある。

●(音楽レコード)「タイムリミットが迫ってくる古い音源をデジタル化していく」
歴史的音盤アーカイブ/藤本草
・デジタルアーカイブは複製ではなく保全。原盤がなくなってしまえば権利者も権利主張できない。デジタルアーカイブ化してしまえば、これからもずっと権利を主張しつづけられる
・SP盤の総合カタログをインターネット上にオープンにし、収集機関やコレクターに所蔵品について書き込んでもらい、集大成できれば。

●(書籍)「既存の知的財産をいかにアーカイブしていくか」
植村八潮
・NDLの納本率。商業出版物は97%。行政資料は56.7%。
・電子書籍納本について、利用はしなくともデータの保存だけでも先行しておこなうダークアーカイブの実現を。

●「デジタルアーカイブ振興法制定の意義と今後の方向性」
福井健策、中川隆太郎
・国際的なプレゼンスの向上。適切な日本理解を促す外交戦略上の位置づけ。
・インターネットでアクセス可能なコンテンツの質・量。たどりつくための導線、一元的な検索窓口。多言語対応。
・多言語発信の例として、映像コンテンツに英語字幕を付与する字幕ラボの設置。
・国内外のデジタルアーカイブ間の相互接続の促進。アジア・ヨーロッパ・北米など諸外国のデジタルアーカイブとの相互接続を進めるべき。


posted by egamiday3 at 14:56| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月13日

(メモ)アーカイブサミット2016・基調報告(動画)を見たメモ


アーカイブサミット2016(記録)
http://archivesj.net/?page_id=875

基調講演・基調報告の公開動画@YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=veF6dRHduFM

●(1)「アーカイブサミット2015の成果と課題」/吉見俊哉(東京大学教授)
・日本国内にさまざまな影響を及ぼすべく、継続的な事業としておこなっている。
・アーカイブサミット2015とは何だったのか?について。
・なぜ、アーカイブサミットが開かれたのか?
-現状日本のデジタルアーカイブ、知識基盤整備が遅れている。(ガラパゴス、各機関でバラバラ、ヒューマンリソースの問題)
-これらの問題に対して何がなされなければいけないか。
-著作権とパブリックドメイン
-人材育成
-標準化・横断化・公開化
これらに取り組むため「国立デジタルアーカイブセンター」「アーカイブ基本法」を2015アーカイブサミットで提言した。
・参加は、政界・文化庁、図書館・文書館・博物館、大学、産業界、地域活動、海外機関、メディア。
・何が議論されたか?
-東日本大震災→ポスト東京五輪
-「現場の知」を「政策の知」(「国立デジタルアーカイブセンター」「アーカイブ基本法」)へ。
・「アーカイブ立国宣言」
(1)国立デジタルアーカイブセンターの設立
(2)人材育成
(3)オープンデータ化
(4)孤児作品対策
-特に2015年に議論されたのが、専門職養成・確保などの人の問題。孤児作品対策のための法整備の問題。お金・経済的価値の問題。
・残された課題は何か?
-この場(アーカイブサミット)にいない担い手・地域との連携。
-内容が文化芸術に偏っていないか?
-オープンをビジネス的価値にどうまわしていけるか?
-国家主導の政策は、地方のアーカイブを疎外しないか?/作り手としての市民・草の根への視点が欠けていないか? (★<e>地蔵、じゃないか)
-国内アーカイブ機関の横の連携・連動をどうデザインするか?
-より広く人々に理解してもらい、価値ある物と認めてもらうためにどうするか。
-大胆な提言、ベストプラクティスの共有、文化資源の活用がもたらす価値とは何か、等。
・全体を束ねる機関としての国立デジタルアーカイブセンターや、全体の仕組みとしてのアーカイブ基本法、が必要なのでは。そしてこれは、地域の一人一人の草の根な活動を支援するものであってほしい。

●(2)「著作権リフォームの潮流とデジタルアーカイブの課題」/福井健策(弁護士)
・君臨するプラットフォーム(ビッグデータの集積、序列化、流通を寡占している)
・デジタルアーカイブにとっての問題は、権利処理のコストをいかに下げるかということ。
-そのため、著作権リフォームが必要。
-権利者への補償金よりも、権利処理コストのほうが高い。
-コンテンツが生む利益自体よりも、権利処理コストのほうが高い。
・2016年4月「内閣知財本部・次世代知財システム報告書」
-権利処理コストをどう下げるか
-権利情報の集中管理
-拡大集中許諾
-孤児作品対策として、利用裁定制度をさらに拡充する。(事前供託制度の見直しなど)
-権利処理自体困難な場合に、許諾不要など、柔軟に対応すること。
著作権第31条はここまで到達した!という話。
-絶版資料をNDLがデジタル化&図書館送信。(31条改正済み)
-全国の図書館が絶版資料をデジタル化し、それをNDLが図書館送信。(2015年3月文化審議会で解釈済み、2015年7月には博物館・美術館も含む)
-全国の図書館・博物館・美術館がネットワークでアーカイブを構築することが可能。
-一億総クリエイターの時代だからこそ、「知は力」という観点からの著作権教育をおこなう必要がある。

●(3)「めざすべきナショナルデジタルアーカイブの機能イメージ全体像」/生貝直人(東京大学客員准教授)
・海外の例
-Europeanaは、ディスカバリのためのポータルであり、全欧州の個々のアーカイブをカバーする多数のアグリゲータの連合体である。かつ、利活用のためにオープン化している。
-DPLA。地域拠点をネットワーク化する。(サービスハブ)
・日本の現状。
-非常にたくさんあるが連携できていない。
-「デジタルアーカイブの連携に関する実務者協議会」(2015-)で、日本版ヨーロピアナ機能の構築が検討されている。
-デジタル化されたものを、いかに見つかるものにするかと、使えるものにするか。
・ナショナルデジタルアーカイブの要件とは。
-個々の多様性・固有性・自立性・専門性を最大限に擁護し、強化するものでなければならない。
-各地域・各分野に分散的なアグリゲータ(大学や大規模文化施設)を設置し、連携の拠点とする。
-ポータル機能。公的資金によるコンテンツは基本収録・アクセス保証するように
-これらを束ねるセンターは、必ずしも大きくなくていいだろう。
→アーカイブ基本法の骨子へ。
posted by egamiday3 at 13:35| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月11日

(Q&A)「実家から出て来た古い時代の資料を、個人でできる範囲でどう保存したらいいですか?」


 寄席の常連さんから質問を出してもらってそれに答える、という三題噺のような企画をよくやるのですが、その時にいただいた質問のひとつ、一部改変して。

「実家の納屋から、戦前戦後の古い時代の小冊子や雑誌などが出てきて、それらをきちんと保存したいのですが、個人でできる範囲でどんなふうに保存したらいいでしょうか?」

 ここで言う「保存」にはいくつかの別のアプローチでの「保存活動」があると思うんです。
 例えば寄席でもよく話題にした「物理的劣化を防ぐ」という意味での保存活動。これはまあ、湿気と酸性紙に気をつける的な感じ。もうひとつは「公的機関に託す」という安住地探し的な意味の保存活動、図書館とか博物館とか、役場とか学校とか、どういうところに相談すれば任せることができるだろうか、みたいなのをがんばる感じ。でも、それをやろうとするとまず、その資料の価値評価をしないといけない、歴史的背景の正確な調査をしないといけない、他人様との交渉ごとをしないといけない、で、コストはかかるといえばかかります、個人レベルでできるかどうかはその人次第だし、決して誰にでもできるようなことではないかもしれない。

 で、ここではさらにもうひとつ別の、個人レベルでできる、とりあえずダンボールに入れて置いときたいくらいの人にも無理のない範囲の、そしてわりとその資料の将来を左右しかねない効き目もありそうな、「保存活動」をご提案します。

 その資料の山の「目録・解題を作る」をやってください。

 ごくごく簡単なものでいいんです、例えば目録って言っても、別に目録規則にのっとった図書館目録を、と言ってるわけではなくて、レポート用紙に一行づつ手書きでメモするんでもいいし、Excelに適当にパシャパシャ書き込んでいくんでもいい。要は、ダンボール箱か何かにごそっとその小冊子や雑誌が入ってるのをいったん取り出して、そこに入っているのが具体的に何なのかが、ひと目でぱっとわかるようなリストを作る、ということです。
 タイトルぐらいはわかるだろうからまあタイトルと、著者編者出版者なり刊行年がわかるようならそれと、それが何冊かとか巻号がどうだとか。中身の整理はしなくてもいいです、上から一冊づつ、パッパッと手にとってメモしていくだけでいい。で、やり始めておもしろくなってきたら、保存状態がいい悪いとかを書いてもいいし、リテラシーのある人なら所蔵館調査してもいい。
 あと解題と言っても、そうたいそうなのでなくていいので、まあざっくり言うとどういう内容のものかを手短に書いてみるっていうことです。毎日の暮らしの知恵を書いた手帖みたいなのだったとか、中に誰それが書いた記事があるとか、ホットケーキや直線裁ちの写真があるとか。それで興が乗ってきたら、タイトルでググってみて、ああこういう雑誌なんだねとかがわかれば、どうせ自分用だからコピペでもなんでもいいんで、ちょこちょこっと書いとくっていう。あとは来歴ですね、実家の納屋のどこそこの、たぶん何代前の爺様の誰それに関わる資料として一緒に出て来て、こうこうこういう経緯でいったん誰それが預かることにした、みたいな。
 そんなこんなを、無理なく書ける範囲でいいんで書いて、最終的に紙に印刷してホチキスなりで綴じて、その資料群が入ってるのと同じダンボール箱の中に、一番上にぽんっと置いておいてください。あるいは1枚で済むくらいだったら、ダンボールの横面に糊かなんかでペって貼っておいてください。

 資料の保存に失敗する、つまり失われてしまう、その原因にはもちろん湿気がどうのとかシバンムシがどうのとか酸性紙が中性紙がどうのとか寄席でもたらたら噺してましたけど、資料が失わせてしまう原因、その圧倒的存在は、「人」だと思います。「人が、棄てる」こそが、資料保存の一番の天敵だろう、ていう。

 その雑誌や小冊子が入ったダンボールを、将来、いつか誰かが、棄てようとします。
 いまはまだ、ご実家から出て来て、おもしろがってめずらしがってちやほやしたり気にかけたりしてて、捨てずにちゃんと保存しようよね、ていう感じになってるかもしれませんけど、そのいまの”興”なんか知らないよという人が、5年後だか10年後だか30年後だかに現れます。箱の中身を見ます。なんだこれ? 誰の何なの? 知らない、わからない、いるのいらないのどっちなの。
 私なんかには驚くべきことですが、この世の少なからぬ割合の人たちは、いるかいらないかどっちかよくわからないものを見つけたら、とりあえず棄てる、という選択肢をふつーにとります。何年かに一度のタイミングでそれが起こるので、かなりの高確率で、いつか誰かが棄てるでしょう。

 棄てられてしまう大きな原因のひとつは、「それが何なのかがわからない」ことです。いま引き取っていま保存しようと思っている、あなたの”興”が伝わらないことです。その正体もわからなければ価値もわからない、誰にとってどんな意義があるものかもわからない、そりゃ棄てます。
 なので、「わからないから棄てる」という気を起こさせないために、ダンボール箱の中の一番上に、そこに何が入っているのかがひと目でわかる「目録・解題」を置いておいてください。それを封入した今日の日付とあなたの名前を書いておいてください。それによって、未来の未知なるその箱の開封者に、「それが何なのか」を伝えることになりますし、あなたの”興”を伝えることになります。まあ、だったら、あなたの”興”的な気持ちをそのまま書いておけばいいっちゃいいんですが、開封者が、あなたの”興”に動かされる人か資料という物の価値に動かされる人かはわからないので、どっちも。

 もっと言うと、その未来の開封者というのは数十年後の自分自身かもしれません。不思議なもので、いまこうやってがんばって保存しようと思っているのと同じ自分が、数十年後には、あれ、これなんだっけ?って、すっかりぽんと忘れてしまっていて、ま、いっか、って棄てる人に簡単に転ぶ、そういうことはよくあります。
 なので、未来の自分自身へのアラートという意味でも、目録・解題、その他の説明メモは、ごくごく簡単でいいんで書いてのこしておくのがいいと思いますね。

 もし余裕ややる気があるなら、スマホででも表紙をパシャパシャ1冊づつ撮って、リストの脇に加えるといいと思います。というのも、棄てる派の未来の開封者というのは、中に何が入ってるかを取り出して確認する、というような自らの手を汚すようなことはたぶんしないので、取り出さなくても何が入ってるかがビジュアルにわかる、というのはひとつの手だと思います。
 それを紙かファイルで別に自分用に持っておけば、誰かに相談するときにパッと見せられるので、そういう意味でも。

 で、とは言え、開封者に「それが何なのか」が伝わったとして、その上でもまた棄てられるというのはあるので、まあできるだけ早めに公的機関に(結局そうなる)。

 とは言えとは言え、公的機関もまあ、棄てる時は棄てる。こういうのは賽の河原の合戦みたいなもんだと思います(最終、悲観的)。

posted by egamiday3 at 19:21| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月04日

(メモ)司書教諭科目のテキストの内容概観

 複数のテキストを(主に目次を)読み比べて、ざっくりまとめる感じ。

●学校経営と学校図書館
・理念・展望
・機能
・制度・行政・教育課程
・マネジメント・組織構成・評価・渉外
・施設・設備
・情報化
・会計
・資料全般
・活動全般


●読書と豊かな人間性
・読書の意義
・児童・生徒・成長・情操
・読書指導(ブックトークその他)
・読書材の提供
・行事・活動
・生涯学習


●学習指導と学校図書館
・教育課程・教科学習・学習指導
・リテラシー教育
・調べ学習
・情報検索・情報探索
・情報活用・情報編集・情報発信
・レファレンス
・情報サービス


●学校図書館メディアの構成
・資料論一般
・収集・選択・蔵書構築
・メディア/媒体
・組織論一般
・書誌・検索ツール
・目録実務
・分類件名実務
・整理実務・資料保存
・書架・施設


●情報メディアの活用
・情報史・情報化社会
・資料論一般・メディア/媒体
・視聴覚資料
・教育用ソフトウェア
・デジタル資料・インターネット
・情報発信・ホームページ
・データベースと著作権
・情報倫理
・構内情報か
・データベース・インターネット検索と情報リテラシー
・IT
・Word、Excel、PowerPoint、HTML


(所感)
・内容にもっとも揺れがあるのが「情報メディアの活用」。文科省の「ねらいと内容」(http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/dokusho/link/1327211.htm)に明確に書いてあるワード以外の部分にかなり迷いがある感じがする。逆に言えば、自由度高い?
・とはいっても、他の科目同士にも移動・揺れはある。5科目しかないのに揺れがあるのはどうか。
・「学校経営と学校図書館」の理念・機能部分は、全科目で前提としていったん触れたほうがよくないか。
・(今後の課題)その揺れを検証・考察している論文類をチェックすること。

posted by egamiday3 at 20:17| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする