2017年03月01日

ポータル+情報発信 #2017年の本棚の中のニッポン


 日本のデジタルアーカイブについて海外の日本研究関係者からいつも定番のように指摘される、その代表的なののひとつが、たくさんあってあちこちに散らばっている、”ポータル”がない、というものです。日本に来て説明されてその存在をはじめて知ったと言われるのも、EuropeanaでJapanが検索されてるのも、日本の浮世絵を探すのに日本のサイトではなくUkiyo-e.orgやメトロポリタンがよく使われるのも、要はそれっていう。ポータルが待望されてる、日本版Europeanaが待望されているという。
 これもやはり日本のユーザにとっても同じ問題ではありますが。

 日本のデジタルアーカイブでその”ポータル”的な存在として知られているのが、NDLサーチさん、NihuINTさん、国文研さん、立命館ARCさん(浮世絵ポータルデータベース49万点(!)。古典籍ポータルデータベース8.7万点)、あたりでしょうか。CiNiiも入れていいですか、”デジタルアーカイブ”や”ポータル”の定義を取り立てて気にしなければいいですよね。

 ポータル同士の連携の例。

・CiNii Books、国立国会図書館デジタルコレクションとの連携機能を追加
Posted 2016年12月1日
http://current.ndl.go.jp/node/33024
「国立国会図書館デジタルコレクションの電子リソースのうちCiNii Booksとひも付けられた約76万件のデータへのリンクがCiNii Booksの検索結果画面に表示される」

・CiNii Books、HathiTrust Digital Libraryとの連携機能を追加
Posted 2016年11月4日
http://current.ndl.go.jp/node/32867
「HathiTrust Digital Libraryの電子リソースのうち、CiNii Booksと紐づけられた約28万件のデータへのリンクがCiNii Booksの検索結果画面に表示」

 それから、日中韓でポータル作ろうよ、ってまもなく(2017年9月)公開予定であるという国際連携なポータルがこれですと。

・E1885 - 第6回日中韓電子図書館イニシアチブ(CJKDLI)会議<報告>
2017.02.09
http://current.ndl.go.jp/e1885
「メタデータ集約型の検索システムとして・・・3か国のデジタル化資料を統合的に検索可能とすることを目指している」「“CJK Digital Library”(β版)を2017年9月に正式公開する計画」

 ただ、これまでEuropeanaほどの決定打はなかった。
 というところへきて、いま現在具体的に検討が進められているのが、NDLサーチからの、ジャパンサーチ(仮)である、という感じです。

・デジタルアーカイブの連携に関する関係省庁等連絡会、実務者協議会及びメタデータのオープン化等検討ワーキンググループ(内閣府知的財産戦略本部)
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/digitalarchive_kyougikai/index.html
・「NDLサーチの歴史と今後」小澤 弘太
http://www.ndl.go.jp/jp/event/events/lff2016_forum_search1.pdf

 2015年から、この長い名前の実務者協議会で、まあものすごおおおくざっくり言えば「日本版Europeana」の構築の検討が進められているわけなんですが、まあ現実的な解として、NDLサーチが国内のデジタルアーカイブの統合ポータルサイトとしての役割をしてね、それを「ジャパンサーチ」と呼ぼうね、と。「世界に向けて我が国のメタデータを流通・発信」と、「多様な分野のコンテンツへのアクセス、所蔵情報をわかりやすく伝える」と、そして2020年がめどですよと。言うことなんで、あれですね、もう「できます」でいいんですよね多分。

 ただ、自分もここで何か話しろってお座敷がかかって、そのときに考えたことを言ったんですけど、

・「「野生のニッポンが飛び出してきた!」 -- デジタルアーカイブと海外の日本研究とをからめて考えたこと: egamiday 3」
http://egamiday3.seesaa.net/article/440674083.html

 海外のユーザが日本の資料にアクセスするということを考えたときに、「ここが日本のポータルです、だからここに来て下さい」って言って、それで客が来るかっていったらそうは来ないと思います。もちろんポータルないのは問題だし、あってほしいし、あったら来る人がいるにはいるだろうけど、それで来るのはやっぱり「わかってる人たち」であって、それだといまの状態とあんまかわんない。
 ひとつには、日本研究が退潮傾向とか日本経済と国際社会における存在感が低迷しつつあるとかジャパンパッシングだとかナッシングだとかの状態で、「ここが日本のポータルです」にそこまでの集客力があるとは思えない、それで、わーい日本だーっ、たのしーっ、って自分からわざわざそのサイトに足を運んでくれるフレンズは、世界の本当にごく一部の存在です。そこだけを相手にするの?という問題。
 もうひとつは逆に、日本資料・日本情報を必要としているユーザ(もしくはまだ必要という意識はないけど見つけたらうれしいと思ってもらえるかもしれない潜在的なユーザ)は、決して日本専門家だけではないし、日本リテラシーが高いわけでもないし、意識が日本に向いているわけですらない、他分野・他地域・他業種のユーザ、初学者・入門者、一般ユーザ、潜在的ユーザ、そういう人たちに届けようと思ったら、「ここに来い」って言って来るのを待ってても、来たくても行きづらいかもしくは来るつもりがないわけなので、こっちから向こうの視界内に届けていく、飛び込んでいかないとっていう。

 ポータルのデータを外にさらす。ユーザが目にするいつものところに送る。そのいつものところとは、Googleかもしれない、OCLC、Wikipedia、ウェブスケールディスカバリ、Amazon、各種SNSかもしれない、Europeanaその他の国際的なポータルかもしれない。そういうところに。

 たぶんジャパンサーチみたいなポータルを作るときって、技術的にそういう仕組みももちろん考えてはるんだろうとは思うんですけど、なんかその印象が薄かった印象があったので、念のためにそこ重視でお願いしときました。

 例えば、EuropeanaでJapanが4位とかHokusaiが6位とか言うじゃないですか。

・2013年にEuropeanaで最もよく検索された語の第4位に「Japan」
http://current.ndl.go.jp/node/25193
・2016年にEuropeanaでよく検索された語のランキング:第6位に“Hokusai”(葛飾北斎)
http://current.ndl.go.jp/node/33153

 じゃあ、Europeanaさんに平身低頭してどうかひとつとお願いして、Europeanaで何か検索したらその結果表示画面の横っちょに小さく「このキーワードでのジャパンサーチのヒット数は○件」って表示させてもらう、とかやったらいいんじゃないかっていう。

 これもJAL研修の提言で出てた話なんですけど、「Artstor」(http://www.artstor.org/)っていう美術教育のための国際的なポータルサイトがあって、大学さんとかで契約してると学生さんが検索して美術作品のイメージデータを見つけられるっていうシステムらしく、でもそこに載っている日本美術作品は日本の機関からの提供データじゃなくて大英博物館とかそういう海外の機関が所蔵する日本美術ばかり並んでるっていう話があって、届け先としてはそっちの方が先だなって、日本の美術作品を検索するときだけジャパンサーチのほうにわざわざ来いよ、っていうのはありえんよな、って思たです。

 ポータルから少しづつ離れていきますけど、そういうことをしてはるところの事例。

・JapanKnowledgeとJK BooksのメタデータをWorldCatで提供へ
Posted 2014年3月31日
http://current.ndl.go.jp/node/25797
「OCLCはネットアドバンス社と提携し、JapanKnowledge(ジャパンナレッジ)とJK Books(ジャパンナレッジ電子書籍プラットフォーム)のメタデータをWorld Catに追加する」「メタデータは、3月末にリリースされる、“WorldCat Discovery Services”で利用できるようになる」

・全国遺跡報告総覧、ProQuest社のディスカバリサービスSummonに対応
Posted 2015年9月8日
http://current.ndl.go.jp/node/29385

・CiNii Books、全国遺跡報告総覧とデータ連携開始
Posted 2016年3月23日
http://current.ndl.go.jp/node/31083

・東京文化財研究所、展覧会カタログ情報をOCLCで提供 (2016年10月)
「第7回美術図書館の国際会議(7th International Conference of Art Libraries)への参加」
http://www.tobunken.go.jp/materials/katudo/240626.html
「東京文化財研究所は、本年度このOCLCに、日本で開催された展覧会の図録に掲載される論文情報を提供することになっており、来年度にはこうした当研究所のもつ情報が世界最大の図書館共同目録「WorldCat」や、OCLCをパートナーとする「Art Discovery Group Catalogue」で検索することができるようになります」

・奈良文化財研究所、全国遺跡報告総覧とWorldCatのデータ連携開始 (2017年2月)
https://www.nabunken.go.jp/nabunkenblog/2017/02/worldcat.html
OCLCのセントラルインデクスに奈文研がデータを提供して、WorldCatで全国遺跡報告総覧の検索・リンクができる。
「WorldCatの検索結果画面から奈良文化財研究所の全国遺跡報告総覧に画面遷移し、収録する発掘調査報告書の PDF をダウンロードできる」
(「「全国遺跡報告総覧」は、埋蔵文化財の発掘調査報告書を全文電子化して、インターネット上で検索・閲覧できるようにした“電子書庫”です。「総覧」は、全国遺跡資料リポジトリ・プロジェクトによって構築された遺跡資料リポジトリ・システムとコンテンツを国立文化財機構 奈良文化財研究所が引き継ぎ、運用しているものです」)

 最後の2つ、東文研と奈文研のOCLCとの連携の話なんかは、もっと大騒ぎに評価されてもいいのになって思いますね。best practice行きとして、うちとこもがんばらせていただきます。この流れ、来い、っていう。

 最後に。
 ”在外日本資料”と”ポータル”を絡めて言うと、日本資料のポータルがあれば、海外にある日本資料を日本のユーザが探しやすく/気づきやすくなる、という利点もあるわけです。いまだとそれをわざわざそのサイトかあるいは海外のポータルに探しにいかなきゃいけないんだけど、日本のふつーのユーザが日本資料探すのに海外サイトに行ってみようって思うかというと、それはなかなかないだろう、でも日本資料ポータルがあれば、在外日本資料がそういうユーザの目にも触れるようになる。ていう。


posted by egamiday3 at 22:27| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

デジタルアーカイブ #2017年の本棚の中のニッポン

 と言いつつ、デジタルアーカイブの問題は全般的にひろく影響する話なので、各論で追々、むしろこのような単体の項目で触れるようなことはごく少ない感じ。

 日本のデジタルアーカイブについて海外の日本研究関係者からいつも定番のように指摘されるのが、足りていない、わかりにくい、見つけにくい、たくさんあってあちこちに散らばっている、”ポータル”がない、”英語”がない、オープンでない(海外からアクセスできない)、云々。
その指摘のいくつかは、項をあらためつつ。

 例えばEuropeanaの検索語ランキング記事を、どこまで真に受けるかは別として、こういうのを見る限り「需要はある」はずなので。

・2013年にEuropeanaで最もよく検索された語の第4位に「Japan」
http://current.ndl.go.jp/node/25193
・2016年にEuropeanaでよく検索された語のランキング:第6位に“Hokusai”(葛飾北斎)
http://current.ndl.go.jp/node/33153

 それでもこれらの指摘っていうのは海外のユーザがどうっていうよりは、そもそも我々日本側だって不満は同じことのはず。
 例えば、海外から日本研究関係者に来てもらって”研修”をする、というようなことをやってるところに立ち会うことがよくありますが、その時にみなさんがうれしそうに、「日本に来て、話をきいて、はじめて、こんな素晴らしい役に立つデジタルアーカイブがある、っていうことを知った」っておっしゃるんだけど、それどうなんだろう、という話ですよね。なぜいままで知られてなかったんだと。
一方で日本側には、デジタルアーカイブの紹介はもういつもやってるはずなので、これ以上何を話したらいいかわからない、と悩む方もいらっしゃる。

 そういう意味では、Googleでヒットさせるという可視化はもちろんなんだけど、それだけではなく、生の資料そのものをアクセス可能化することに加えて、それがどういう資料で、どういう意味を持ってて、どういうシーンで意味を持つ・使えるものなのか、っていうのを解説・解題・キュレーションしないとなっていう。

・デジタルアーカイブの「Googleやさしい」は、実際どこまで効果ありなのか: egamiday 3
http://egamiday3.seesaa.net/article/446484829.html

 それは、NDL研修受講者の人が「授業で使えるデジタルアーカイブがあるとわかったので、日本関係の授業で教えるときに使う」とおっしゃったのとか、同じく「研究者の人がなぜこれを作ったのかやこれを使うとこういうことがわかると説明してくれた」とおっしゃったのとか、JALアンサーシンポでフロアの方が「かみくだいたかたちでの発信が必要」とおっしゃったのとか、情報メディア学会のパネルで紹介された下記のシリーズ、

・“それいけ! デジコレ探索部「第1回 知られざる桃太郎」”. ITmedia eBook USER. http://ebook.itmedia.co.jp/ebook/articles/1406/20/news037.html.

 は、残念ながら終わっちゃってますけど、最近首都の大学のデジタルアーカイブな先生が、古写真を色づけするのを紹介するツイートを継続的にやってはって、

・「1945年3月19日の呉空襲。午前7時半ごろ、米軍機から撮影された複数の写真を合成しパノラマ化したもの。ニューラルネットワークによる自動色付け。元写真はこちらから。」
https://twitter.com/hwtnv/status/828730315656998912

 資料の内容や魅力や意味を人の手や目や言葉を介して、初学者や学部学生のような立場の多くの人たちに向けて。こういうのが、ていうのがこういうのこそ、そもそも我々がこれまでやってきたことだし、やるべきことをちゃんとやるということじゃないかな、って思たです。

 あと、がらっと話変わって、NDLの図書館向けデジタル送信サービスが海外向けにサービスできてないっていうのは、ちょっとづつ前進しつつあるらしい、っていうのが2017年2月末日現在の状態です。

・2/24開催「文化審議会著作権分科会法制・基本問題小委員会中間まとめ(案)」でNDL送信サービスに「外国の施設を追加する法改正が求められる」と言及。
http://www.marumo.ne.jp/junk/culture_copyright_law_and_basic/2017_02_24_06th/04_doc02.pdf

 その他の問題は、各論で追々。

posted by egamiday3 at 08:02| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月28日

在外日本資料 #2017年の本棚の中のニッポン


 在外資料、つまり、海外に所在する日本関係資料です。

 2016年夏、大坂の陣に関する記述がオランダのハーグ国立文書館所蔵の資料にあったと、それを日文研の研究者が見つけた(?)と、新聞等で報じられました。

「「秀頼に落とされ死んだ」大坂の陣、オランダで新文書」
朝日新聞デジタル 2016年9月21日
http://www.asahi.com/articles/ASJ9N5RT9J9NPTFC01H.html

 あまりセンセーショナルにとりあげられるのもどうかと思うようなあれではあったし、内容の検証はもちろん別問題なのですが、まあ話題にはなったということで。

 で、これが見つかった云々というのがどういう文脈の成果かというと。
 もともと、人間文化研究機構が「日本関連在外資料調査研究事業」というものをやっていました。
https://www.nihu.jp/ja/research/zaigai
https://www.nihu.jp/sites/default/files/plan.pdf
日本関連の在外資料を国際的な共同研究として、調査研究しましょう、という感じのやつです。できれば、ありがちな個別ばらばらにやるのではなく、複数機関の複数研究者が、共同で、複数のプロジェクトを同時並行的にがんばってやる、という形式の事業です。人間文化研究機構からだけじゃなくて、東京大学史料編纂所、東洋文化研究所、京都大学人文科学研究所、大分県立先哲史料館みたいなところも一緒にやらはるし、もちろん在外資料だから海外の各地各機関とも共同でやります。
 っていうのを、まずはH22年度からH27年度までやってました。

 そのH28年度からH33年度版が、人間文化研究機構の、ネットワーク型基幹研究プロジェクト「日本関連在外資料調査研究・活用事業」という位置づけでやってるやつです。
http://www.nihu.jp/sites/default/files/MasterPlan_Japan-relatedDocuments_CollaborativeUtilization.pdf

 このプロジェクトが4つあって、
・ハーグ国立文書館所蔵平戸オランダ商館文書調査研究・活用
・ヨーロッパにおける19世紀日本関連在外資料調査研究・活用―日本文化発信にむけた国際連携のモデル構築―
・バチカン図書館所蔵マリオ・マレガ収集文書調査研究・保存・活用
・北米における日本関連在外資料調査研究・活用 ―言語生活史研究に基づいた近現代の在外資料論の構築―

 そのうちの1番目のやつが、さっきの大坂の陣関係のやつですね。

・「ハーグ国立文書館所蔵平戸オランダ商館文書調査研究・活用」プロジェクト
http://www.nihu.jp/ja/research/pj-holland

ハーグにある平戸オランダ商館文書を、ライデン大学の東インド会社が専門の先生と、日文研の日本関係洋書が専門の先生が、共同で研究して、っていうのをまあ言うともう20年近くじっくり関係持って”コラボ”でやってきてたのの、どこかのタイミングで見つかったどれかの資料のどこかの記述が、まあああいうふうに取り上げられましたな、真田丸効果で、っていう感じです。

 ところで、国文研さんがやってるバチカン・マレガ文庫の調査も、もともともっと前からやってはいたはずですけども、いまの事業としてはこれも同じく「日本関連在外資料調査研究・活用事業」に入ってるやつです。国文研×バチカン、もここの文脈ですね。

 それからイェール大学、2016年にwebサイトができ、目録と研究論文が合わさった書籍が出版され、カレントアウェアネスで紹介された、「イェール大学所蔵日本関連資料調査プロジェクト」、これも、人間文化研究機構「日本関連在外資料調査研究事業」一環であり、H22-27の期間で、東京大学史料編纂所さんと米側関係者・機関との”コラボ”で取り組まれたやつです。

・イェール大学所蔵日本関連資料調査プロジェクト
http://www.hi.u-tokyo.ac.jp/exchange/yale/top_page/index.html
・CA1885 - イェール大学図書館の日本資料コレクションに関する最近の研究動向 / 松谷有美子(2016年12月20日)
http://current.ndl.go.jp/ca1885
・『イェール大学所蔵日本関連資料 : 研究と目録』(2016刊)

 イェール×日本と言えば朝河貫一ですが、彼が収集した日本資料コレクションを、”コラボ”で共同調査・研究し、書簡をデジタル化し(”デジタル化”であり”デジタルヒューマニティーズ”であり)、学生教育に活用し、webサイトで情報編纂&情報発信した、ていう。
 ただしこれもやはり、人間文化研究機構の事業開始より以前(2006年から)に、ずっと関係持ってやってはったやつです。張交屏風の修復とかやってはった(2012年7月返還)し、2008年には日本資料調査に関するワークショップをやってはる。

 さて、このイェールのやつもそうだから、というつながりで、「海外にある日本資料のデジタル化が進んでいる」というネタを並べてみます。最近の。管見の範囲内で、ていうやつです。

・イェール大学図書館所蔵、朝河貫一書簡のデジタル化プロジェクト。
CA1885 - イェール大学図書館の日本資料コレクションに関する最近の研究動向 / 松谷有美子(2016年12月20日)
http://current.ndl.go.jp/ca1885

・CA1859 - 事例報告:北米の大学における日本古典籍の電子化事業 / 鈴木紗江子
2015年12月20日
http://current.ndl.go.jp/ca1859
-ワシントン大学で、「Take Me There」という、日本古地図を中心とした、ハイブリッド展示(リアル+デジタル)。
-UBCで、モストウ博士による小倉百人一首に関する和本・カルタ史料のデジタルデータベース(One Hundred Poets Digital Collection)

・「米・図書館情報資源振興財団、「隠れた特別コレクションのデジタル化助成プログラム」の助成プロジェクトを発表:カリフォルニア大学バークレー校東アジア図書館による日本の古地図デジタル化プロジェクトも採択」(カレントアウェアネス 2017年1月5日)
http://current.ndl.go.jp/node/33202
「カリフォルニア大学バークレー校C. V. スター東アジア図書館による、1600年代から1923年までの日本の古地図(Japanese Historical Maps)約1,500点のデジタル化プロジェクト」

・「米・スタンフォード大学図書館、デジタル化した地図へのリンク機能を持つ索引図をオンラインで公開:最初の対象コレクションに外邦図」(カレントアウェアネス 2016年9月28日)
http://current.ndl.go.jp/node/32623
・スタンフォード大学マップコレクションでは外邦図を多数所蔵している。約10000枚、1940年代後半-1950年代前半。外邦図シンポジウムが大阪大学の小林先生のところの企画で2011年10月に開催された。(http://www.let.osaka-u.ac.jp/geography/gaihouzu/newsletter9/
・「離島を含む全国すみずみまで網羅、約100年前の日本の古地図をスタンフォード大が公開中」(INTERNET Watch 2016年8月8日)
http://internet.watch.impress.co.jp/docs/yajiuma/1014219.html
「「五万分一地形圖」と題されたこの地図は、明治20年代から昭和10年頃にかけて大日本帝國陸地測量部が作成、修正したもの」
Japan 1:50,000
http://stanford.maps.arcgis.com/apps/SimpleViewer/index.html?appid=733446cc5a314ddf85c59ecc10321b41

・プランゲ文庫
-国立国会図書館デジタル化資料にプランゲ文庫が追加―約3,400点の図書を館内提供
Posted 2013年3月21日
http://current.ndl.go.jp/node/23127
-国立国会図書館デジタルコレクションに、米国戦略爆撃調査団文書、極東軍文書、プランゲ文庫等の資料を追加
Posted 2014年3月12日
http://current.ndl.go.jp/node/25684
-国立国会図書館デジタルコレクションに、GHQ/SCAP文書、プランゲ文庫等約14,200点を追加
Posted 2015年3月17日
http://current.ndl.go.jp/node/28169

 もちろんこれは氷山の一角で、浮世絵なんかは山ほど電子化されてるでしょう、それは、ukiyo-e.orgとかメトロポリタン美術館とかEuropeanaでもたくさんヒットしてるのがすぐ見てとれる。
 というふうに見ていくと、種類や場合によっては、在外日本資料の方が在日日本資料よりも電子化進んでるだろう、っていうような逆転現象も一部起こりつつあるわけです。なんていうかな、これが10年前とかだとどの欧米日本資料図書館に行っても「資料の電子化は進んでるもののそれは西洋文献の方が優先で、日本資料なんかまだぜんぜんあとまわし」みたいな話がメインで聞かれてたんですが、ああ、もうそのフェーズはとっくに経過したんだな、というようなある種の感慨深さがあります。いや、感慨深さってる場合じゃないんですけど。
 そしてこれら在外日本資料の電子化については、立命館アートリサーチセンターさんやいま綺羅星のごとき国文研さんこそが、というあれなんですが、これについては別途項をあらためて、という感じで。

 このペースだと〆切までに終わらんなっていうあれなんで、もっとさくさく、おしゃべり(笑)はほどほどに。
posted by egamiday3 at 21:29| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

近年の関連文献その他 #2017年の本棚の中のニッポン

 近年の関連文献その他で、総記的なのの、ざっくりした列挙。

 まず、最近の関連文献で、まとまったもの。

・・「(特集)外国から見た日本の専門図書館」. 『専門図書館』. 2014.11, 268.
・各国・各大学の日本研究・資料・図書館の様子、日本の学術図書館・専門図書館に望むことなど。
・イズミ・タイトラー. 「英国・欧州の日本研究図書館との関わりにおいて」. p.2-7. (イギリス・オックスフォード大学ボドリアン図書館附属日本研究図書館)
・バゼル山本登紀子. 「海外から見た日本の専門図書館 : 米国からも利用させてください。訪問を終えて思うこと」. p.8-14. (アメリカ・ハワイ大学マノア校図書館アジアコレクション部)
・マグヌスセン矢部直美. 「オスロ大学図書館より小規模国での日本学東アジア学支援」. p.15-21. (オスロ大学人文社会学図書館)
・蓮沼龍子. 「日本情報提供の最前線 : ドイツの日本専門図書館からの報告」. p.22-27. (国際交流基金ケルン日本文化会館図書館)

・・牧野泰子. 『日本古書通信』.
・2015年から2016年にかけて、元プリンストン大学日本研究司書の牧野泰子氏が記事を掲載。およそ半世紀にわたるアメリカでの日本研究司書としての活動の歴史をふりかえる。福田なをみ、甲斐美和ら日本研究司書の回想、NCCや日本研究司書研修開始時の様子など、アメリカにおける日本研究図書館と司書の歴史がわかる。
・「アメリカ図書館界に足跡を残した思い出の人々」. 2015.9, 80(9), p.2-5.
・「私が出会った在米日本語稀覯書たち」. 2015.11, 80(11), p.12-13.
・「私の駆け出し時代からテクニカルプロセス分科会時代まで」. 2015.12, 80(12), p.11-13.
・「北米全国日本雑誌総合目録作成と在米日本関係担当司書日本図書館視察旅行など」. 2016.1, 81(1), p.14-15.
・「フーヴァー会議前後」. 2016.2, 81(2), p.32-34.
・「ジュニアライブラリアンの為のワークショップとパブリックサーヴィス委員会結成まで」. 2016.3, 81(3), p.24-25.
・「日本研究・京都会議」. 2016.4, 81(4), p.20-22.
・「日本研究上級司書研修」. 2016.6, 81(6), p.15-17.
・「アメリカでの司書生活を振り返って」. 2016.8, 81(8), p.13-15.

・・「(特集)海外における日本研究への支援と図書館」. 『国立国会図書館月報』. 2016, 664/665.
・江上敏哲. 「「海外のユーザに日本資料・情報を届ける」ということ」. p.6-9.
・マルラ俊江. 「今なぜ、インターライブラリー・ローンなのか : 国立国会図書館主催「海外日本研究司書研修」に参加して」. p.10-14.
・総務部支部図書館・協力課. 「国立国会図書館の日本研究支援」. p.15-17.
・関西館図書館協力課. 「日本研究司書を支える研修の取り組み」. p.18-20.
・浜田久美子. 「海外の日本研究を知る : 英国・ドイツでの日本研究司書へのレファレンス研修を通じて」. p.21-24.


 次に、カレントアウェアネス&Eに掲載の、関連記事。

E1558 - 2014年CEAL年次大会・NCC公開会議<報告>
2014.04.24
http://current.ndl.go.jp/e1558

E1643 - JALプロジェクト2014:公開ワークショップ<報告>
2015.01.22
http://current.ndl.go.jp/e1643

E1671 - 2015年CEAL年次大会・NCC公開会議<報告>
2015.04.23
http://current.ndl.go.jp/e1671

E1728 - 英国・ドイツでの日本研究司書へのレファレンス研修を終えて
2015.10.29
http://current.ndl.go.jp/e1728

E1734 - 第26回日本資料専門家欧州協会(EAJRS)年次大会<報告>
2015.11.12
http://current.ndl.go.jp/e1734

CA1859 - 事例報告:北米の大学における日本古典籍の電子化事業 / 鈴木紗江子
2015年12月20日
http://current.ndl.go.jp/ca1859

E1862 - 第27回日本資料専門家欧州協会(EAJRS)年次大会<報告>
2016.11.24
http://current.ndl.go.jp/e1862

CA1885 - イェール大学図書館の日本資料コレクションに関する最近の研究動向 / 松谷有美子
2016年12月20日
http://current.ndl.go.jp/ca1885

E1881 - JALプロジェクトから得た3度の「提言」を考える
2017.02.09
http://current.ndl.go.jp/e1881


 イベント類(@日本)で、主なもの、というか自分が行ったもの。

・第14回図書館総合展フォーラム「クールジャパンから リアルジャパンへ」
2012年11月20日
主催:北米日本研究資料調整協議会(NCC)/図書館総合展運営委員会
第1部:ライブラリアンと語るわたくしの日本研究(ドナルド・キーン、エイミー・ハインリック)
第2部:リアルジャパンを世界に発信!クールジャパンを超える世界的MLAコラボレーションは可能か(ヨコタ=カーター啓子「北米での日本研究資料へのアクセスマップ」ほか)

・平成24年度「日本専門家ワークショップ」
2013年2月19・20日
@国際文化会館/国立国会図書館
1日目「日本専門家育成戦略会議」(非公開)
2日目シンポジウム「なぜ今、海外日本研究支援か?」(公開)
http://current.ndl.go.jp/e1408

・第1回EAJS日本会議
2013年9月28・29日
@京都大学
・第2回EAJS日本会議
2016年9月24・25日
@神戸大学

・シンポジウム「海外の日本研究に対して日本の図書館は何ができるのか」
2014年1月30日
@国立国会図書館
基調講演:「海外の日本研究と日本の図書館の役割 −北米、及び東南アジアの事例から」和田敦彦(早稲田大学教育・総合科学学術院教授)
パネルディスカッション:「海外の日本研究のために日本の図書館は何ができるのか」ウィリー・ヴァンデワラ(ルーヴェン・カトリック大学教授、EAJRS)、江上敏哲(国際日本文化研究センター)、篠崎まゆみ(オーストラリア国立図書館)、ジョ・ヘリン(韓国国立中央図書館)、マクヴェイ山田久仁子氏(ハーバード燕京図書館、NCC)
http://www.ndl.go.jp/jp/event/events/knssympo.html

・「MALUI Talk in Kyoto」
2015年6月7日
主催:近畿地区MALUI
テーマは”日本情報の海外発信”
https://kinkimalui.wordpress.com/maluitalk2015/

・第17回図書館総合展2015「海を渡る日本の学術書」
2015年11月12日
http://www.libraryfair.jp/forum/2015/1885
https://youtu.be/0ofZIN8J5kE
基調講演 : 野口幸生 コロンビア大学C.V.スター東亞図書館
パネリスト : 永ア研宣 人文情報学研究所
パネリスト : 田中政司 ネットアドバンス ビジネスセンター センター長
パネリスト : 井村寿人 勁草書房 代表取締役社長
コーディネーター : 橋元博樹 東京大学出版会営業局長


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2017年01月30日

デジタルアーカイブの「Googleやさしい」は、実際どこまで効果ありなのか


 「Googleで検索したらヒットするようにする」、というのが、実際どこまで有効なんだろう、っていうのを、「外像データベース」というある事例をダシにしてちょっと考えてみた、っていう話です。

 なにかしらのデータベースやデジタルアーカイブの在り方について、あるいはもっと手広く情報発信というものについて、「Google(サーチエンジン)で検索したら、それがヒットするようになっててほしい」っていうのは、よく言われますし、自分自身もよく言うというかGoogleが世に出る前からそうなっててほしい派っていうまあモノグサ太郎で、日本情報発信のあり方についての議論をしてるようなところ(http://egamiday3.seesaa.net/article/444864713.html)でも毎回のように繰り言ととして出るし、某先生が某サーチ作るときのユーザインタビューでも「もうそれは言われなくてもわかってるから言うな」って言ったっていう都市伝説があるくらいに、ユーザ側のニーズとしては定番中の定番的な要件でしょう、まあこれは異論はない。実際にCiNiiさんがGoogleで検索したらヒットするようになった前と後のグラフ、みたいなんを見てもそれはわかる。

 えっと、こういう、「Googleのようなサーチエンジンで検索したらヒットするような在り方」のことを「Googleフレンドリー」とでも言うのかなと思ってたんですけど、なんかそれググったらSEO対策的な文脈ばっかり出てくるので、とりあえずこの記事では極私的にかつ仮になんですけど、「Googleやさしい」って言いますね。

 ていう言葉の定義に自信ないくらいに技術面に暗いんですけど、どういうのだとGoogleやさしくてどういうのだとGoogleやさしくないのかと。
 Googleやさしくないのは、いわゆる深層ウェブ的なやつで、サーチエンジンのロボットくんが巡回して索引集めをしに行けなくて(あるいは手渡ししてくれなくて)、そのサイトのその検索窓からそこのルール通りの方法で検索しないと情報が探せなくて、個々のレコードに固定のURLが配給されてなくて、っていうの。
 Googleやさしいのは、たぶんその逆で、個々のレコードに固定のURLが配給されてて、それがロボットくんの巡回OKになってて、だからそのサイトのその検索窓からでなくても、Googleで検索したらそのレコードを表示させるページに書いてあるテキストデータや画像データがヒットしてくれて、しかも同じ検索語で検索すれば(おおむね)同じレコードが同じURL先のものとしてヒットしてくれる、っていうの。
 これで合ってるかしら?

 で、データベースやデジタルアーカイブがGoogleやさしいになれば、アクセスも増えるしそのデータも見つかりやすくなり使われやすくなる、っていうことは、直感としてはそうだろうなとわかるし、一ユーザの無邪気な意見としても腹の底から同意するし、実際にCiNiiさんとかその他大手のデータベース・デジタルアーカイブさんの例を見ても確かにそうだとわかるんですけど。
 じゃあどんな種類のどんな規模のどんな造りのものでも、Googleやさしいにしさえすれば、圧倒的圧巻的に夢のようにアクセスが増えてそれさえ実現すればもう情報発信的にがっぽがっぽでうっはうはなんだろうか、いやがっぽがっぽのうっはうはは無いにしても、Googleやさしい化は実際どこまで効果があるものなんだろうか、っていうなんかこう、得体の知れない不審のかたまりみたいなのも一方では冷静になって感じてて、あ、そういえば、そのことを考えるのにちょうどいいデータベースが身近にあったな、って思ったんです。

 うちとこに、「外像データベース」っていう、画像のデジタルアーカイブ的なのがあります。

 外像データベース
 http://db.nichibun.ac.jp/ja/d/GAI/

 これが2015年7月にリニューアルして、GoogleやさしくないからGoogleやさしいになりました。
 Googleやさしいになったあと、これはまあ青汁なみの個人の感想ですが、あ、外像データベースの使われ具合が変わったな、と思いました。そのことをちょっと考えます。

 まずそもそも「外像データベース」とはなんぞや、なんですが。
 うちとこ、すなわち国際日本文化研究センターは「海外における日本研究を支援する」というのを大きな柱にしているセンターです。
 その図書館において、できるだけ収集しようと力を入れているのが、「外国語で/外国人によって書かれた、日本に関する/日本を研究した本」の類です。これをうちとこでは「外書」と呼びならわしています。その定義で言えば、イエズス会の宣教師が日本について書いた報告書も、ケンペルやシーボルトも、御雇外国人の見聞録も、貿易摩擦やクールジャパンや領土問題の研究書も、まあそうだなっていうあれなんですけど、それらのテキストをもって「海外において日本がどう見られ/研究されてきたか」を描く、という感じです。
 で、その中でも特に、幕末・明治期の外書、そのころ欧米地域から西洋人がたくさん日本に渡航してきて、いろんな人が旅行記・見聞録の類を書いて出版したりしてましたけど、そのころの外書の中に収録されている挿画、版画とかスケッチとか古写真の類でもって日本の風景や人物や事物・風俗がいろいろと描かれている、その外書内の挿画を「外像」=「外国人の目からとらえた日本の姿」として、ピックアップし、ひとつの大きな画像データベースにした、というのが「外像データベース」です。
 こんなのとか、こんなのです。
 http://db.nichibun.ac.jp/ja/d/GAI/info/GM128/item/005/
 http://db.nichibun.ac.jp/ja/d/GAI/info/GH095/item/048/
 http://db.nichibun.ac.jp/ja/d/GAI/info/GQ012/item/035/
 これが、海外において日本がこう見られていた姿である、ていう解釈で集積してってるわけですが、最終更新日が2009年でそれ以降は増えてないんですけど、いまのところ画像点数が約57000ですから、結構大きいといえば大きいと思います。なんせ書籍の挿画を端からピックアップしてって全部載せした、みたいな、ある種雑駁な、でもそれが6万弱の大量あるからこその味が出てる、ていう感じのやつだと思ってください。

 外像データベース誕生の発端は、1987年にさかのぼります。これは、うちとこの創設年でもあります。
 そもそもうちとこですが、「海外における日本研究を支援する」「外書を収集する」のほかに「映像(ビジュアル)資料を重点的に収集する」という柱も一本、創設時点からあったそうで、当時の新興機関としてよそさんにないユニークさを出していこう、それには、(当時は)まともな大学図書館が集めもしないような画像、写真、動画、音声あたりが攻め処じゃないか、的な。しかも、高尚なアートというよりは、生活風俗的な。あと、やたらと地図があるのもビジュアル志向の一環っていう。
 もうひとつが、そうやって収集したビジュアルな資料を「データベース化して公開していく」という方針。そんなのを創設初期から、ていうか1987年当時に構想してたんだなって思うと、なかなかグッと来るものがありますけど、まあでもたぶんその頃はよその大学さんや民博さんなんかもそんな気炎だったんでしょう。
 そんなこんなで、1992年に大型計算機が導入されて、からの、外像データベース構築なんですけど、具体的には1991年や1993年当時の下記のドキュメントがあります。
・白幡洋三郎,園田英弘,小野芳彦. 「外像(外国人の見た日本イメージ)のデータベース化」. 『人文科学とコンピュータ』. 1991, 9(5). 
・白幡洋三郎,小野芳彦. 「日文研における外像データベースの構築」. 『情報の科学と技術』. 1993, 43(7), p.628-636.
 これは細かい話になりますけど、一応記録として。外像として考えられるのは、(1)外書に掲載されている挿画(版画、スケッチ、古写真)。(2)外国人が撮影・収集した写真、ポスター、絵ハガキ類。(3)外国人が撮影・編集したフィルム、ビデオ。の3種。そのうちいまの「外像データベース」は、外書中の挿画を整理分類してデータベース化するという、(1)に焦点をあてたかたちになります。しかも(1)の中でも幕末・明治期、1850年代から1900年くらいまでにかけて(日本における写真の伝来・普及の時代)を対象にしていて、それらをさらに分類すると、(1)日本の絵、版画をそのまま載せたもの。(2)日本の絵、版画を模写・加工したもの。(3)外国人が直接日本を見てスケッチしたもの(ハイネ(ペリー艦隊の記録画家)、ワーグマン(絵入りロンドンニュース特派員)、モースなど)。(4)写真、または写真を銅版に彫ったもの(ベアトなど)。(5)まったくの想像を描いたもの。
 「(5)まったくの想像」は近世には結構多かったんだけど、幕末以降も無いわけじゃないし、むしろその想像や誤解にこそ、「海外における日本のイメージ」が描かれるというか探り出せるという。まあ、イメージ資料によるイメージ理解をはかろう、っていう趣旨の画像データベースだと思うんで、それはもちろん重要ですよねって思います。
 想像や誤解、という意味では「キャプション」も重要で、ありがたいことに書籍中の挿画っていうのには多くの場合このキャプションがついててくれてて、これが生写真資料の整理・理解のしにくさとはずいぶんと違うところなんだろうなっていうのは、このデータベースをブラウジングしててあらためておもいますね。そしてここにも相応の誤解やズレがあって、イメージ理解につながるという。

 というわけでこの外像データベースには、丁寧に「キャプション」がデータとして入力されてて、これがのちほど問題のひとつになります。

 さて、Googleやさしい・やさしくないの話に戻りますが。

 この「外像データベース」は、2015年まではGoogleやさしいではありませんでした。どれくらいやさしくなかったかというと、まず申請を送って利用登録をしなければならない、IDとパスワードを得てログインしなければならない、で、ログインしなきゃいけない時点でGoogleやさしくないんですけど、さらにその後のデータベースのつくりとしても、固定URLが付与されていませんでした。キーワード検索機能はありましたが、検索結果のページ固定URLがないと、めざすレコードを保存・共有する術がないから面倒と言えば面倒ですし、あとから同じもの探せないし。
 ちょうど、下記のデータベースが、リニューアル前の外像データベースと同じ感じです。
 http://www.nichibun.ac.jp/cgi-bin/00009.pl

 この外像データベースがなんやかんやあって、2015年7月にリニューアルされました。
 キーワードの検索窓の提供その他は従来通りではあるんですけど、まず登録制を廃してログインを不要にしました、カレントアウェアネスさんにはこれを以て「一般公開」と紹介されてます(http://current.ndl.go.jp/node/28941)。それから、個々のレコードに固定のURLが付いてくれるようになりました。
 で、結果としてGoogleやさしいになってる、っていう感じです。
 例えば、「濤川惣助」でGoogle画像検索すると、トップに下記の画像が並ぶ、という具合になってます。(あくまで当日・私の使ってるGoogleで、の話ですが)
 http://db.nichibun.ac.jp/ja/d/GAI/info/GM019/item/001/
 namikawa.png
 なぜ「濤川惣助」を例に出したかっていうと、最近赤坂の迎賓館関連でちょくちょくテレビ局さんからお呼びがかかってたから、というあれなんですけど。

 で、えーとなんだっけ、Googleやさしいにすればどれだけ効果あるのか、っていう話でしたね。
 どれだけ効果あるかないかを考えようっていう時に、じゃあ何を見ましょうかっていう話なんですけど。こういうとき、アクセス統計を見ましょうっていう話になりがちじゃないですか、でも、それってどうなんでしょう。だって、Googleやさしいになればアクセス件数なんかどう逆立ちしたって上がるに決まってるじゃないですか。でも、それをもって、はい効果ありました、よかったね、おほほ、っていうのが不審だよ、ていうところから始まってるわけで、それだと図書館の入館者数や貸出冊数でもってその効果を評価しますよ、って言ってるのとあんまかわんない。もっと具体的にというか質的寄りに、なるほど効果出てるなって思いたいわけで。
 でもじゃあ何を見るんですか、っていうときに、自分が現場で勤めてて、あれ、あきらかに外像データベースさんの扱われ具合が変わったなあ、と気付いたのが、「出版物・映像等への掲載件数」です。
 というわけで、それを数字にしてみましたっていう下記をごらんください。

-----------------------------------------------------
 ●外像データベース収録画像の出版物・映像等への掲載件数
 2013年  1件
 2014年  3件
 2015年  0件
 2016年 37件
-----------------------------------------------------
 書籍に、論文に、新聞やニュース映像に、あるいはパネル展示や試験問題やクイズ番組や池上さんだの林先生だの解説やに、うちとこの外像データベース内の画像が使われました、っていうその件数を年間ごとにまとめました。
 それが、2015年7月のリニューアルから半年経って、あたしはよくわかんないですけどGoogleさんとこのロボット君が巡回するのにそんくらいかかったっていうことなのかな、2016年以降こうなりました、と。うん、まあこれだけ際立ってりゃそりゃ気付くでしょう、っていう。年に1-2回あるかないかが、週に1回弱のペースになってますから。端的な言い方をすれば、おっ、外像データベースやっと見つかったな、という感じ。
 念のため、これは件数です、画像点数ではないです、画像点数にすると1件の掲載に10点とか100点とかなって数字がくちゃってなっちゃうので、件数にしました。あと、これはうちとこに「これこれに使います」って連絡が来たあるいは「マスターください」って申請が来た件数なので、もちろんそれなしで使ってる件については把握外ですが、把握している範囲の件数でも傾向を知るにはこれで充分じゃないかなって思います。

 というわけで、うん、効果出ました。
 Googleやさしいにすれば効果あるんですよ。

 って、思うじゃないですか。ていうかそういう話を某所で言おうと思ってこれ調べてたんですよ。

 ところがです。
 うちとこの画像データベースにもいろいろあって(数十が乱立してる、いまわりと界隈で叩かれがちなタイプのやつですが)、そのひとつに「古写真データベース」というのがあります。同じく幕末明治期のモノクロ写真に手彩色をしたタイプの古写真を、全部撮影してデータベース化しましたっていうやつ。

 古写真データベース
 db.nichibun.ac.jp/ja/d/KSA

 なんと見た目そっくりなこの古写真データベースも、実は外像データベースとほぼ同じタイミングで、2015年7月にリニューアル公開し、その結果GoogleやさしくないからGoogleやさしいになりました。黙っててごめんなさい、外像はソロじゃなくてコンビだったんです。R-1じゃなくてM-1です。
 じゃあ、その相方の古写真データベースもリニューアル後の掲載件数さぞかし増えたんでしょうね、って思うじゃないですか。

 実際はこちらです。

-----------------------------------------------------
 ●出版物・映像等への掲載件数
 2013年 外像: 1件 古写真: 10件
 2014年 外像: 3件 古写真: 13件
 2015年 外像: 0件 古写真: 10件
 2016年 外像: 37件 古写真: 16件
-----------------------------------------------------
 ・・・え、やだ、なにこれ怖い。
 古写真データベースについて言えば、Googleやさしいになる前もなった後も、月1かそれに毛が生えたくらいかな、っていうくらいでほぼ横ばいでしかないっていう。これは、Googleやさしい効果があり?なし?で言えば、うーん、「ありとは言えない」だな、っていう。
 これ見てどう言ったらいいんだろう、こう言ったらいいのかな。

 Googleやさしい化は効果が出る可能性がある。
 但し、Googleやさしい化さえすれば効果が出るというわけではない。


 じゃあ、一見コンビに見えてたこのふたつのデータベースの、いったい何がちがってたんだろう、てなるじゃないですか、別にどっちがボケでどっちがツッコミっていう役割持ってたわけじゃないから。ほぼ同じタイミングで、ほぼ同じ構造のwebサイトで、扱ってるコンテンツもだいたい同じ時代の似たような感じの資料で、そもそも個別のデータベースに分けてあること自体が不自然といえば不自然なくらいの、ぐりとぐらみたいな。
 でも、ぱっと見で、あきらかにわかる大きな違いがひとつあって。

外像データベースの例
http://db.nichibun.ac.jp/ja/d/GAI/info/GL001/item/099/
外像四条.png

古写真データベースの例
http://db.nichibun.ac.jp/ja/d/KSA/info/YA058/item/042/
古写真四条.png

 メタデータというかディスクリプションのリッチさ、です。
 そりゃそうですよね、Googleやさしいになって何がヒットしてるかっていうと、別にデータベースのトップページが見つかりやすくなったからじゃない、固定URLを持つ個々のページのテキストデータがロボットくんに採取されてそれがダイレクトにヒットしてるわけだから、そこに書かれているメタデータやディスクリプションがリッチであればあるほどヒットしやすく見つかりやすくそして使われやすいのは、当然と言えば当然っていう。

 古写真データベースに収録されている古写真は、「横浜アルバム」と呼ばれるものを撮影しています。これは、幕末明治期のモノクロ写真に手彩色したものを、アルバム帖に貼り混ぜて、お土産として来日した西洋人なんかに売ってたっていうやつです。アルバムなんで、まず書名なんかありませんし書誌データはほぼ採られません。各写真のキャプションも、皆無か、あっても隅っこに極々小さく簡単なローマ字表記があるだけです。で、この古写真データベースを作成するときに、その極小なローマ字表記くらいしか入力できてない。一部頑張って、キャプション皆無なのに入力者が[ ]補記で「中禅寺湖?」とか書いてるのもあるんだけど、まあギリギリくらいな感じなので、実を言うとこのデータベースって残念ながら、基本探せないんですね。だからあたし自身もこのデータベースの画像に問い合わせあったときはめちゃめちゃ苦労してました、いまでこそ固定URL付いてくれてたからいいけど、それすらなかった時はそれこそ端から全枚見ていくぐらいの勢い。上の古写真データベースなんか、見てください、「YOJIO, KIOTO」としか書いてない。入力者が頑張って「YOJO, KYOTO」まで補記してくれてますけど、「YOJO」で、四条河原の川床の芸者の写真探してる人がここまでたどり着けるの奇跡でしかない。

 一方で外像データベースの方は、書籍に掲載されている挿画ですから、まず書名その他の収録書籍の書誌データがあり、なおかつ挿画にキャプションがついています。簡単なものもあれば、かなりがっつり書き込んでくれているものまである。先述のようにもちろん誤解や誤り含みではあるものの、これをデータベース作成時に丁寧に入力してあるわけです。しかも、ですが、この外像は「外書」、すなわち西洋の言語で書かれた書籍から採っていますから、書名もキャプションも当然英語なりの西洋言語なんですけど、このデータベースはその書名・キャプションをすべて和訳した上で日本語(翻訳)/英語(原語)の両方を入力してあるんですね。
 ですから、↓この人物画像も、原典には「S. Namikawa, inventor of cloisonne without wires」としか書いてないんですけど、日本人が日本語で「濤川惣助」や「無線七宝」でGoogle検索してめでたくヒットする、っていう。
 http://db.nichibun.ac.jp/ja/d/GAI/info/GM019/item/001/
 namikawa.png

 これは特にGoogleやさしい化した暁にはかなり効果抜群じゃないかって、思えるんですね。
 じゃあこう言いましょうか。
 リッチなメタデータは効果がある。

 いや、言いたいんですけど、私はこれはちょっと保留にしたいと思います。
 リッチなメタデータは効果が出る可能性がある、くらいに。

 ひとつには、これがわかんなくてしかもやばいんですけど、「海外からの利用・問い合わせがほとんどない」、ということです。
 海外の日本研究関係者の要望の定番には、Googleやさしい化と同等かそれ以上に、ローマ字・英文のメタデータを入れてくれ、というのがあります(再び、http://egamiday3.seesaa.net/article/444864713.html)。で、先述のように、かつ見ていただいてわかるように、外像データベースの原典書籍は洋書であり、採用した書名書誌もキャプションも英文その他の西洋言語です。だったらそれを見つけた海外の人から、出版物に掲載する旨の連絡、そうでなくても問い合わせなり来るんじゃないかって思うんんですけど、それが来ない。
 これ、地味に愕然というか途方に暮れますね、英文記述たっぷりのデータベースを、Google検索でヒットするようにして、結果、海外ユーザからの反応が来ない、っていう。どうしたらいいんだ、っていう。
 考えられる理由はいくつかあって、資料自体が必要とされてない(それ言ったらもう終わり)、連絡問い合わせなしで自由に使ってる(ならめでたい話ですが、実際にはあちらでは日本以上にその事前確認をつぶさにシビアにしはる習わしみたいなので、これも不審)、海外ユーザが使うGoogleの言語設定が影響してる(あーありそう)、のほかに、多分大きいのが、それについて問い合わせしようとする時にハードルが高い。そうですよね、連絡先見つけようと思ったらだいぶwebサイトうろうろしなきゃいけないので、日本リテラシーの高低がそこで影響するっていう。
 ってなると、海外ユーザへのケアや反応の受け取りまで考えるなら、単にGoogleやさしい化・英語化・ローマ字化してほっぽり出すだけではなくて、周辺環境の整備もしておかないといけない。
 ただこれは、国別アクセス統計なりとかと組み合わせて総合的に判断しないと、メタデータのリッチ化・英語化に効果があるのかないのかはまだ何とも言えないな、という感じなので、まだ保留です。

 もうひとつの保留の理由なんですけど、じゃあメタデータの貧弱なほうの古写真データベースはどうなんだっていう話で、数字を再掲しますけど。

-----------------------------------------------------
 ●出版物・映像等への掲載件数
 2013年 外像: 1件 古写真: 10件
 2014年 外像: 3件 古写真: 13件
 2015年 外像: 0件 古写真: 10件
 2016年 外像: 37件 古写真: 16件
-----------------------------------------------------
 Googleでヒットできるメタデータやディスクリプションが少ないから、Googleやさしい化しても利用増えない、これはわかります。ところが、そもそもじゃあ、メタデータも貧弱でGoogleやさしい化もしてなかった2015年以前から、古写真がコンスタントに掲載利用されてたのは、いったいどういう理由なんだ、っていう話です。Googleやさしいなんかしなくても10件程度は使われてるじゃん、っていう。
 これを今頃言うのはずるいかもですけど、外像データベースの収録点数が6万点近いのに比べて、古写真データベースは5500行かないくらい、10倍の差があるんで、言っちゃうと古写真データベースのほうがよっぽど使われてる説もあるんですよね、それってどういうあれなんだっていう。
 「その画像/資料の存在をどうやって知ったか」問題。

 これについては、数字で示すことできないんですけど、多分これだなって心当たりはあって、例えば外像データベースのほうについて、「これこれに掲載したいんです、使いたいんです」的な連絡が来るじゃないですか、その応対で電話口で話をしたりメールで軽くやりとりしたりしてると、あ、この人、Googleで適当に検索して見つけはったんやな、っていうのが言葉の端々からふんわりとわかるんですね。外像データベースというものがあってそこから入って見つけた、的なことでもなく、ましてやこれこれという19世紀西洋の書籍にそれが載ってるという文脈をわかってる風でもなく、ただただ、濤川惣助や中禅寺湖のようなキーワードだけでこの画像の単片にたどりついて、断片的に話してはるな、っていう。
 一方じゃあ古写真データベースの画像について問い合わせてくる人はどうかというと、だいたいにおいて「〇〇という本に載ってたこの画像を自分も使いたい」「ネットのこのページに載ってたのを見て知った」というパターンです。Googleヒットどころか、それがうちの古写真データベースというものに載ってるということすら知らず、全然別ルートとして、どこか別のところで具体的な何かしらの使われ方・紹介され方・文脈付与され方をされてるのを見て、そこに「国際日本文化研究センター所蔵」って書いてあったから、その存在をご存知になった、という。

 なので、かどうか、年間10数件ある古写真の掲載利用ですけど、実はまあまあ同じ画像がかぶってたりしますね。
 よく使われるのがこちら。

 http://db.nichibun.ac.jp/ja/d/GAI/info/GJ008/item/009/
 奥平.jpg

 このお侍の写真が、wikipediaの「奥平昌邁」の項に上がってる(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A5%A5%E5%B9%B3%E6%98%8C%E9%82%81)もんですから、そこ経由でいくつかの書籍にこの写真が掲載され、さらにその書籍経由でいくつかのテレビ番組に使用され、みたいになってます。ただ、よくわかんないんですけど、うちとこの原資料である横浜アルバムにはこれが奥平昌邁さんだよなんてことはひと言も書いてなくて、本人かどうかなんてこと当のこっちサイドとしては何の明言もできないんですけど、にもかかわらず、誰かがwikipediaにこれ載せてしまってるが故にいくつもの書籍やテレビ番組で「彼は奥平昌邁です」みたいな言われ方しちゃってて、あたしはその連絡が来る度に「うちとこの原資料には誰それとも書いてませんよ」ってアラートを告げるんですけど、まあ、実際どうなんですかね、いまとなってはもはやネットだけじゃなく書籍ベースで定着しちゃって抗いようもなく、そういうものであるとして下手すりゃそのうち権威ある参考図書なんかに載っちゃいかねないんだろうな、というふうに寒々しく見てます。

 同じく、よく使われる代表。

 http://db.nichibun.ac.jp/ja/d/KSA/info/YA027/item/036/
三条川床.jpeg

 これなんかは毎年初夏の頃になると、京都・鴨川に床が出ました、ところで床の歴史ですが、みたいな感じでそこここで紹介してくれてはります。その多くが、どこそこの雑誌で、パンフで、webページで見たから、それ自分たちも使いたい、っていう方のルートです。これをGoogle画像検索なんかすると山のようにヒットします。
 そして、元をたどればなんですが、そもそもこの古写真データベース収載の画像の中でも特に京都関連のやつは、うちとこの先生の手によって下記の書籍でがっつり紹介されてるんですね。

 白幡洋三郎. 『京都百年パノラマ館 : 写真集成』. 淡交社, 1992.
 白幡洋三郎. 『幕末・維新彩色の京都』. 京都新聞出版センター, 2004.

 これがそもそものきっかけで随所で使われ、使われたのを見た人によって使われ、なので、古写真データベースに掲載利用のお座敷がかかる画像っていうのは、そのほとんどが京都関連のものだったりします。

 やっぱりあれですね、資料にしろ写真にしろ、ただある、見れる、っていうそれ単体を目の前にしたところで、それをどう使ったらいいか、どういう文脈の中で紹介したらいいか、っていうのをゼロから自分の手と頭で構築していくのって、それなりの専門家でない限りなかなかコストのかかる面倒ごとだと思うんですけど、それが、すでにどこかで誰か別の人がとある事例付きで、とある文脈中で、実際に掲載・紹介してくれてるっていう実例を目にすれば、あ、この資料・画像ってこういう意味合いのものなのね、そしてこうやって使えばいいのね、なるほどなるほど、じゃあ自分も、ってなるから結構いいショートカットになりますよね、それが利用のハードルを下げる、っていう。
 そういった意味では、データベースってデータのベースであり、デジタルアーカイブはアーカイブであって、そこにストーリーがあるわけではなく、でもストーリーがないと人には届きづらい、っていうことかなあと思います。

 こういうふうに、どこそこで具体的に使われてたのを見てその存在を知った、ていうパターンの人が、決して数多くはないとは言え、Googleやさしい化してるかどうかという要素とも、メタデータがリッチかどうかという要素とも、拮抗するか下手したら乗り越えてるんじゃないかっていう様相を見せてる、っていうのがあって、例えば上記の「外像データベースの例」と「古写真データベースの例」、どちらも同じ四条河原の川床と芸妓の写真、これも再掲しますけど。

外像データベースの例
http://db.nichibun.ac.jp/ja/d/GAI/info/GL001/item/099/
外像四条.png

古写真データベースの例
http://db.nichibun.ac.jp/ja/d/KSA/info/YA058/item/042/
古写真四条.png

 メタデータもリッチでGoogleやさしい化され済みの外像データベースの方の写真(上)は掲載利用の連絡が来たことはありませんが、検索のしようもないメタデータしかない、見つけるのが奇跡の星のような古写真(下)のほうは、これ、Googleやさしい化される以前に何件かの掲載利用実績がありまして、これも、先述の古写真紹介本のおかげなんです。
 奇跡はGoogle経由ではなく、紙の本発信で起こってた、っていう。

 という実際を受けて、こういうふうに言えるかなって。

 具体的な実例・紹介が示されていれば、データベースやデジタルアーカイブのあり方とは関わり無く、効果が出る可能性がある。

 なんかこう、アナログ方面に話の水が引っぱられてきてて、なんかずるいなって思われるかもしれませんが、ひとつのヒントにはなると思います。

 で、アナログついでで申し訳ないですが、結局は中身だろう、っていう話もあって。
 ここで、外像・古写真以外のうちとこのデータベース類全体の中から、人気引く手あまたであちこちからお座敷のかかる、掲載利用四天王をご紹介しますと。

-----------------------------------------------------
 ●各種データベース別の、収録画像の出版物・映像等への掲載件数(2016年)
 古地図  85件
 怪異妖怪 74件
 名所図会 71件
 艶本   54件
 ---------
 外像   38件
 古写真  16件
-----------------------------------------------------
 なんていうんですかね、結局は妖怪・春画かよっていう敗北感はあります、どちらも件数ではおとなしいですが、実は画像点数(枚数)でいくと妖怪300・艶本400で圧倒的なもんで。
 ちなみに四天王のうちの古地図・名所・妖怪の3つがGoogleやさしいです、これをもってGoogleやさしいは効果ありでフィニッシュです、でも全然かまわないっちゃかまわないんですけど、ただ四天王の覆面大ボスこと艶本データベースはいまでも利用登録&ログインしないと使えませんし、メタデータもさほど整備されていません。でもこれだけ件数あるんで、なんていうんですかね、エロは深層webを越えるなんてこと言うのも癪に障るので、「資料・コンテンツそのものの魅力の有無が重要」という無理くりな一般化をさせておくことにします。

 光明があるとするなら、Googleやさしい化した外像データベースが、ほぼゼロ件から四天王の背中が見える位置までのし上がってきた、というところでしょうか。
 うん、やっぱり、Googleやさしいはしないよりもしておいた方がいいわ、って感じですね。
 だいぶ荒っぽく考えましたが、いまのところはそんな感じです。 

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2017年01月10日

201611it イタリア・シチリア旅 3日目その1「まだ朝8時ですが、ここで1記事として区切っていい」

 おはようございます。3日目の朝です。
 早朝目が覚めて2時間くらい仕事してました。

 朝食を8時くらいに指定してあったので、その前にちょっと朝の散歩にでも出ようかなと思いました。がらの悪さが気になる街ではあったのですが、宿のマダムさんが昨晩観光地図を囲んでレクチャーしてくれたことには、「朝はこの道をこう海のほうへ行くといいよ」とおっしゃるんだけど、ほんまかいな、自分のリスニング違いちゃうか、と半信半疑でふらふら歩いていったら、海辺の様子がこれ、っていう。

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 実にすがすがしい浜辺の朝日、すっかり晴れ渡ってるし、ありがたい。
 ていうかさすがマダムさん、実にいいナビをしてくださったなと。

 最初まだ薄暗めだったのが、陽が徐々に昇ってきて、パレルモの古い石造りの建物をうっすらいい具合に染めていく感じ。

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 海もいいんだけど、この街を囲むまわりの山々の、個性的なというか、それぞれ趣深い感じで並んでるのが、気になるなと。たぶんこれ、飛行機でパレルモに近づくときに空から見たら、湾の感じも含めてすごいいい眺めなんじゃないかなって思いますね。その意味では、次は空路でいいかも。

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 このあたりは市民住民のみなさんの朝のジョギング&散歩コースの定番っぽくなってて、まあそれにふさわしい景色の海岸だよなあという感じです。

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 海岸沿い道路にある何らかの施設前の、ちょっと何かよくわからないもの。
 自分が勉強不足なだけでたぶんキリスト教の何かしらの祝い事のための何かしらの神輿的なものだと思うのですが。
 茶化して言うなら、祇園祭新参の「薔薇船鉾」か、タイムボカンシリーズの悪玉トリオ登場、みたいな感じ。

 そしてここから数十分、軽く遠回りして宿へ戻るのですが、この朝の路地裏感がまたすがすがしいという。

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バロック。バルコニー。廃墟。
迷宮のようなと形容される路地。
大学へ向かうらしき学生たち。
さらに行くと、地元バール。地元パン屋。オシャレバール。オシャレB&B。
そして、泉。
うん、アタリっぽいのはこの路地だな、という感じ。(Via Alloroと言う)
このへんの地元店やオシャレ店でまったりできたらいいんだけど。

 駅前のがしゃがしゃ感からまた宿に戻ると、地下階の食堂で朝番の青年が、簡単な朝食をサーブしてくださる。フライドエッグがあるのが、朝の塩分・脂肪分摂取できてうれしいです。明日朝は電車で早い時間に発つんだ、と話すと、じゃあ小さい朝食の包みを作って用意して置くから電車の中ででも食いなせえ、と。実にありがたくもあたたかいというか、家族っぽいというか。これで一泊4000円台というのは申し訳ないですね。

 まだ朝8時ですが、ここで1記事として区切っていいほど、いい感じの朝散歩でした。

 現在3日目。
 これからの予定はいまのところこんな感じです。

11/19 ローマ着
11/20 ローマ→パレルモ(鉄道)
11/21 朝 散歩(★いまここ)
午前 モンレアーレ
午後 パレルモ市内
11/22 午前 パレルモ→カターニア(鉄道)

 まずはパレルモ郊外の山の教会、モンレアーレへエクスカーションに行きます。

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201611it イタリア・シチリア旅 2日目その3「シチリアン・フードにいいようにもてあそばれている」

 
 19:00 パレルモ着。
 パレルモはシチリアの州都ですので、シチリアまわりはまあここからスタートしますよねという感じですが。
 すでに薄暗みの中の駅前の様子をぐるっと見回してみると。
 ・・・・・・う、ちょっとがらが悪そう。
 道や建物が荒れている感じでごみごみしてる、街が粗そう、車が粗そう、路上の手持ち無沙汰さんがそこここにいっぱいおる、がしゃがしゃしていてかつ賑わっているという感じではないので、んー、駅前とは言え州都でこんな感じかと。宿にインしたあと街を軽く歩きましたが、州都で目抜き通りでまだ夜8時にならないくらいでしかないのに、え、ちょっとここ歩くのなんかやだな感がわりとあってあきらかにビビってる、っていう。後述の宿のマダムさんが「裏路地は行くな、表通りを歩け」ってアドバイスしてくださった、その表通りって、え、ここのことですか、ここ歩くんですか、っていう感じだから困る。バイクの運転が荒かったり、烏合の衆がかたまって騒いでたり(註:オープンなパブだった)。あと、スーパーを見つけたので入ったら、瓶が割れて床に撒かれた赤ワインがそのままだったり。
 んー、シチリアそうか、この先どうなんだろう、と。
 ただそれでも、慣れたら楽しそうだなって思えるのは、そういう街の粗さが、イコール、人が自由に暮らしてる感から来てるなっていうのがなんとなく分かるから。

 宿は、駅のどまん前にあるB&Bで、私宅を宿にしてはるから看板も表示もいっさいない、どこにそれがあるのかぜんぜんわかんなくて、Booking.comに書いてあった住所の番地だけを頼りに、ここのはずだよな、えいやっ、と呼び鈴を押す感じ。しかも、当初はパレルモ着23時の列車を予定していたのを先方に伝えてたので、まあまあ不審がられて1回では出てもらえなかったという。まあ、よくありますよねw
 それでもこのB&Bのマダムさんはすごくフレンドリーな方で、Booking.comで予約入れたときからわりと丁寧にメッセージくださってたので、よかったです。食事処や街歩きのおすすめも地図を使って初心者にわかりやすく説明する様子は、手慣れてるなあという感じだったし、バス関連の相談も(まあ正確さはともかくw)親身にのってくれたし、部屋もなに不自由ないふつーのB&Bでした。

 夕食に、街に出ます。
 とりあえず街の品定めに繁華街のほう、歩行者天国になってるあたりを無目的にぶらぶらブラウジングしつつ、スマホと予習メモで食事処を探していると、見つけた日本人ブログに「○○へ行くつもりが開いてなくて、たまたま別の店に行ったら当たりだった」みたいなことが書いてあって、ああそれなら期待できるかなあと。

 Le Delizie di Cagliostro
 http://www.ledeliziedicagliostro.it/

 街が粗いなあと思ってたのと真反対に、フロアさんの応対が丁寧でフレンドリー、日曜だからかそんなに混んでもいない。安心して気兼ねなく座らせてもらえる感じ。
 若手のウェイターの兄ちゃんがアンティパストにタラのカルパッチョをおしてくるんだけど、ちょっとお高いしなと思ってメニューを凝視してたら、シチリア料理のミストがどうのと書いてあって、ミストってミックスじゃないか(ちゃんとイタリア料理用語勉強してた)、これにしようとお願いして出て来たのがこちら。

IMG_4259.JPG

 ・・・やばい、まちがいない。美味い。

 シチリアの食べ物についてはものの本でうっすら予習(参照:http://egamiday3.seesaa.net/article/445202831.html)してきましたが、まず、左上の茄子はカポナータ、ラタトゥイユのイタリア版なんだけどこってり甘酸っぱいやつ、それにアーモンドかなんかのスライスがかかってる。オリーブも入ってたかな。こってり甘くてさっぱり酸っぱくて、しかもあったかくしてくれてるのが身体に染みる、これだけでパンでもパスタでも白ワインでもいくらでもいけちゃう感じ、イタリア版めしのともだなあ、なんならご飯にも合う。これはちまちまつまむ。
 左下が、トマトのブルスケッタ、バゲットでリッツパーティにしたやつ。トマトが美味い、ていうかトマトに下味してあるやつが美味い、まちがいない。ていうか、パンがさくさくしてて美味い、やばい何このパン。
 真ん中、イワシをたぶんオーブン焼きにしたベッカフィーコっていうやつ。巻いてるのも何か名前ついてたはず。それにパン粉をまぶして焼いてある。これにナイフを入れるんだけど、入れた瞬間にえっ?とびびったのが、豆腐みたいに柔らかくてナイフがすうって入る、え、どんだけ柔らかいのと思って口に入れたら、やっぱり柔らかい、身が舌の上でさらってなる。あんまイワシってそういうふうに味わうことないよなあって思ってたけど、次にびびったのが、これがまったくイワシ臭くない。生臭さも青臭さもない、え、これ白身か?って思うくらい。これはもうちょっとまとまった量で食べたかったかもしれないっていう。この柔らかさと生臭くなさは、この土地の素材の勝利? 下ごしらえ? オーブンのおかげ? 下に敷いてある檸檬の効き目? わかんないけど、これまでの自分のイワシ観に謝らないといけなさそうな感じ。
 真ん中の上、このお団子状のやつを”ポルペッタ”っていうのかしら? ものの本にブロッコリーのポルペッタというレシピがあって、これは食べたいよなあって思ってたんだけど、これは純粋にポテトっぽい。ただし塩気が効いてる、ああそうか、チーズか、ていう感じ。これもパンやワインがすすむ。
 さっきからパンやワインやと言ってますが、まずもってこの皿とは別に卓上にぽてんと置いてあるカゴいっぱいのパン、外食するとサービス料代わりに”コペルト”という名で必ず出るシステムの、があるのですが、このパンがそもそも美味いんですよ、さっきから。そういえばシチリアにはシチリアのパンがあるって書いてあった気がする、ゴマがふってあるの。ゴマの歯触り香りと、生地がもっちりしてそうでしつこくなく、甘みがあるようでしつこくなく、おかげで小麦摂取の手が止まらなくなりそうなのがやばいっていう。糖質制限の大敵。
 そのシチリアパンに何かがはさまってるのが左下のやつで、このはさまってるのなんだろう、平たくて焼いてあるか揚げてあるけど、はんぺんかなと思って食べたら、つぶした豆の味がするので、あ、そういえばひよこ豆を煎餅状にした食べ物(パネッレ)があるって聞いた、これのことかな、と思った。もっとチップス的なものを想像してたけど、これはこれで油っ気もあって思ったより美味い。ただ、パンにはさむほどの惣菜力はないだろうとは思うんだけど、これもパンもどっちも美味いから結果許せるという、なんかずるい。
 最後の右上がどうしてもわからなくて、油揚げの堅焼きみたいな、すごくコシのあるパンのようなものが薄くあって、トマトを塗ってチーズをふって焼いてある。少しだけ食べ残してウェイトレスのねえさんに聞いたら、「スフィンチーノ」とおっしゃる、ああこれがスフィンチーノか、シチリアにそういう変わり種ピザみたいなのがあるんだというのもまたものの本で読んだ。こんなコシのあって歯ごたえも噛みごたえもおもしろい生地のピザ?があるんだったら、これは常食にしたいですよ、というくらいのもの。日本でも流行ったらいいのに。

 見てください、前菜のひと皿でもうこれだけ↑興奮してる。
 シチリアン・フードにいいようにもてあそばれてる感じ。

 ここに加えて、パスタがこれです。

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 Pasta con Sarde alla Palermitana
 イワシのパスタです、トマト無しで、さっきのイワシみたいに何の生臭みも青臭みもないやわらかい身が、パスタの量と釣り合い取れないレベルでこれでもかというくらい入ってる、あと、レーズン(といってもケッパーくらいの小さくて丸い粒)と松の実、ハーブはフェンネル、あとたぶんタマネギ、そして上からまんべんなくたっぷり、魚粉か鰹節のようにばっさばさかかってるのが、パン粉ですね、たぶん煎ってある。
 すみません、多少行儀悪くも、ばくばく食べてる。イワシが美味いし、ダシが美味い、それの絡まるやや太麺のパスタがのどごしでぐいぐいくる勢いで美味い。ていうかこれもはや日本食っぽい、鰯細うどん的な。正直パン粉がちょっとよくわかんないんだけどw、シチリアはもうとにかくパン粉を使う土地柄らしく、そういうもんだと思うことにしました。

 正直、シチリア初日補正が相当かかってるだろう(ていうか、お昼ちゃんと食べてないし)とは思うのですが、今回の旅全体を通して美味かった店はどこかっていったら、1位はここです。ありがとうございました。

posted by egamiday3 at 23:07| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月07日

201611it イタリア・シチリア旅 2日目その2「海峡渡り2時間というアトラクションは"俺得"」

 ローマを出て約7時間、イタリア本土のつま先にやってきました。

map3.png

 そのつま先から海峡を渡ってシチリア島へ向かうのに、乗ってるこの列車が切り離され、客車ごとフェリーに載せられ、そのまま海を渡るのです。
 2日目にして早くもこの旅のメインアトラクションその2です。

 些少ながら参考文献を。
 「欧州ローカル列車の旅:ミラノ〜シラクーザ」
 http://europe.zouri.jp/siracusa/siracusa.html

 で、つま先の港町駅、ヴィラ・サンジョヴァンニ駅からシチリア島をのぞむと、こんな感じ。

IMG_4199.JPG
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 このくらいの近さです。海からわりとすぐ山になってるせいか、そびえてる感がわりとあって、思ってたより(&写真で見るより)威風堂々に見えます。
 しばらくぼーっと待ってると機械音がするので、先頭の客車まで行ってみると。

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 切り離されました。
 先頭の客車が切り離されたということは、これからおしりの方から後方へひっぱられるということかな。
 [機関車] [前方車両]=[後方車両]

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 そうこうしているうちに、港にシチリア島側(メッシーナ港)から来たフェリーがばしゃばしゃと到着してきました。時刻表からいってあのフェリーにはパレルモ発ローマ行きの列車(IC730便)が載ってるわけですね、そうか、ここですれちがうのか。鼻先をパカッと開けて、着岸します。
 あ、いま自分の乗ってる列車がガタンって後ろにゆれました、いま逆サイドに機関車がくっついたな。
 [前方車両]=[後方車両]=[機関車]

IMG_4208.JPG

 ・・・あれ、前方に走り出した。そうか、スイッチバック的に、いったん前方に全部寄せたあとでお尻からフェリーに入るのか。2隻ならんだフェリーがどんどん後方に遠ざかっていきます。
 で、止まった。と思ったら。

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 隣にぴったりくっつくようにやってきたもう1本の列車。あんたあれやな、シチリアから来はったんやな、こんな近距離でリアルすれ違いとは。しかも、出逢いを味わう余韻もなく、あちらさんが即座にうしろへ引っぱられて行っちゃった。あんたこれから7時間かけてローマまで行かはるんやね、おきばりやす。
 そして今度は我々の番。ゆっくりゆっくり、そろそろとお尻から引っぱられていきます。
 [前方車両]=[後方車両]=[機関車]→  【 フェリー 】

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 自分は先頭車両(つまりお尻から入ってるほうの反対側)にいるのでなかなかフェリーに入りこまない、そうこうしているうちにあるところでいったん止まったかな、と思ったら、自分側の前方車両だけがちょっとだけ前に戻る。そのあと再度お尻から引っぱられていくので、あ、さっきのところで前方車両と後方車両が分割されたんだな、とわかります。

 [前方車両] 【 [後方車両]=[機関車]→  】

 さすがに全車両がフェリーにそのまま入るわけではないので分割されるだろうし、もっと言えば、切り離された前方客車群と後方客車群はそれぞれパレルモ方面(西)とシラクサ方面(南)に泣き別れることになります。
 そして、前方群たる我々もついにフェリー内へ。

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 おお、船底にレールが。そりゃそうかw
 そしてスタッフさんの向こうには、切り離された後方車両くんがいらっしゃる。

  【 [後方車両] 】
  【 [前方車両] 】

 というわけで客車の積み込み完了です。
 積み込まれてる間は乗客もフェリー内に降りれるので、積み込まれてる客車をパシャパシャ撮りました、こんな感じです、っていう。

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 存外にもすっぽり入ってるんだな、という印象。きゅうきゅう詰めってわけでもないし。

 で、ここからしばしの船旅です。

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 さよならイタリア半島。約1週間のお別れです。

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 シチリア島からイタリア本土に向けて細い岬がぐぐっと延びていて、↑この写真の正面前方に薄く見える鉄塔が、その端っこです。そしてその右に見えるのがイタリア本土、だいぶ北の方。

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 一応フェリーですから客席もありますし、ありがたいことに売店もある。そういえば朝からババひとつしか食べてないですね、というわけで、アランチーノ(シチリア名物のライスコロッケ)で遅い昼食をとります。

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 でまあ、数十分でシチリア島に到着です。
 あとは同じように進んだり戻ったりを繰り返したり繰り返さなかったりみたいな感じで、上陸しました。

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 シチリア側のメッシーナ駅を出るのがもう16時。つまりこれに2時間かけてるわけですね。
 まあやっぱり、人間だけ乗り換えた方が早くないかと思わなくはないですw
 でもやっぱり、海峡渡り2時間というアトラクションは、"誰得"かと言えば"俺得"なので、残っててほしいな。

 メッシーナ駅を出れば、あとはパレルモまで残り3時間です。

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 ティレニア海はどんどん陽が落ちて暗い暗い海になっていきます。

 ・・・・・・一日中電車乗ってるだけだったなあ。
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201611it イタリア・シチリア旅 2日目その1「"旅行"がしたいのであって"観光"がしたいわけじゃない」

 
 というわけで2日目、実質初日です。
 今日はローマから鉄路で、旅の主目的地であるシチリア島へ向かいます。

 ローマ・テルミニ駅発 07:26 → パレルモ駅着 19:00

 地図的にいえばこんな感じ。

map2.png

 ポイントが2つあって、1つめが「乗り換えなし・12時間一本勝負」の旅程だということ。
 つい昨日が関空→パリ間12時間フライトをこなしておいてからの、今日さらに12時間鉄道乗りっぱなし、という旅程は、まあ確かに自分でも首をかしげなくもないですが、しかしだからといって、その分の時間を観光にまわしたほうがいいんじゃないのみたいなことは思わない。極端に言えば、"旅行"がしたいのであって"観光"がしたいわけじゃない、鉄道に乗ること自体が旅行の目的のひとつ、車窓をぼぉっと眺めて過ごすのが求むアトラクションのひとつなので、という感じです。
 そうじゃなかったら、ローマ−パレルモ間なんか空路1時間で済んでる話なんで。

 ポイントの2つめは、イタリア本土とシチリア島の間に海があること。関門海峡くらいの距離ですがここは橋がかかっているわけではなく、列車を降りて舟に乗り換えるというわけでもなく、乗ったままの列車ごとフェリーに載せられます。この話を誰にしても、怪訝な顔をするか明らかにおかしいと否定されるのですが、何両か編成の列車をいったん切り離して、そのままフェリーに載せて海峡を渡り、渡った先で再度連結して走るっていう。こんな極上アトラクションありますか、っていう話ですよ。
 橋でしょ? 橋はですね、これまでも何度も何度も「かけます」っていう計画が持ち上がってはぽしゃってるらしいです。実際今回の旅の予習でも、数年前の本には「ついに○年竣工予定」と書いていたのが、さらにその数年後の本では「その計画は頓挫した」みたいなこと書いてあって、なんというか、イタリアだなあという感じ。
 人が降りてフェリーで渡りゃいいじゃんっていう説もごもっともなんですが、これについてはどうだろう、たぶん本土−シチリア便のうち何便かは夜行なので、寝てる間に海峡越えなきゃいけないからなのかな、っていう推測です。

 というわけで、鉄道をたのしむ+車窓をたのしむ+海峡渡りをたのしむ、という2日目です。

 国文の先生がフロントで、整備のおっちゃんがソファで雑魚寝してるところを、叩き起こすようにして宿出です。

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 12時間一本勝負、つまりは、昼食を食べられないおそれが大なので、朝食はがっつりめにカツサンドとカプチーノです。駅食ですが、なんやテルミニ駅は地下なり2階なりに相当いろんな店が整備されたみたいで、はかどりますね。
 あと、売店で水とかチョコとかを買い込む。

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 ちなみに今回乗る鉄道便のチケットについて、朝宿でネット予約したものを駅の券売機でプリントアウトしようとしたのですが、何度やってもQRコード付きのこんなレシートしか出てこなくて、そしたらなんかボランタリーな学生さんが「それがチケットだ」って言うんですよ、こんなペラッペラで40代の目では読み取れないような小さい字の紙がチケットとか、困るw

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 というわけで、07:26、ローマ・テルミニ駅発です。

 ところで車窓をたのしむには、地図から考えて海側、進行方向にむかって右側の座席が吉なわけですが、じゃあどの席を予約すれば”右側”なのか、これが日本の新幹線なら決まってるのですが、じゃあイタリア鉄道(FS)の場合はどうかとネットをさんざんググりにググったのですが、結局「予測不可能」という結論に達しました。欧州ではターミナル式の駅が多いですが、それに停車する度に進行方向が変わるので、どうしようもないですね。
 と思って列車に乗り込んだのですが、「どの席を予約すれば」なんて無関係でした。
 席がガラガラでどこも空いている。あと、そもそも予約席を守ってない、あたしの席になんかもうおっちゃん座ってるし。
 さらに窓が・・・ひどい結露でまったく外が見えないという。これはさすがに困る、車窓をたのしむのが旅の目的って、それあかんやん、と。
 と困って、客車内を見回すと、結露している窓としていない窓がまだらにあるので、海側の、結露してない、他の人と相席にならずに済むひろびろとした席を、小一時間ほど不審者かのようにうろうろと移り探し、サレルノを過ぎてもう客は増えないだろうというタイミングでやっと落ち着いた、っていう。
 この後、シチリア島内でもそのほとんどにおいて、指定席予約はいっさい関係なかったです、みんな好きなところに座ってる。まあそういう土地柄だということで。

 というわけで、あとは海峡渡りイベントまでの6時間強、延々と車窓をおたのしみください、という感じ。

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 ていうか、ローマど真ん中のテルミニ駅を出て10分もしないうちに、草原、林、農場、突如としてあらわれる古代の水道橋的な巨大建造物。WindowsXPかと思うような緑豊かな景色がずっと続いてて、こんだけ豊かな国土があったら、そりゃ美味いもん作れるだろう、って思いますね。

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 一応特急としての便ではあるのですが、ローマ−ナポリ間を過ぎるくらいまでは地元駅にちょいちょい停まります。特急なのにまた停まるの?ていうのが京阪みたい。

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 15分停車のナポリ駅で、がまんできなくてエスプレッソを買ってきちゃった。しかもババ(スポンジケーキのシロップ漬けにしたの)があったのでついでに買ってきて、手のひらをシロップでべっとべとにしながらいただきます。

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 観るとほぉっとため息が出る、霊峰・ベスビオス火山。
 海側に突き出た半島の山、あの向こうがアマルフィ海岸です。

 途中、サレルノに停まり(アマルフィ行きはまた今度に)、アグロポリを通過し(古城跡があるという古い町、また今度来ようね)、という感じでもうそろそろ停車駅が少なくなってきます。南イタリアをぜいたくにがんがん飛ばしていく感じになってます、この列車。海が見えては遠ざかったり、鉄橋と併行してめっちゃ古い石造りの橋が渡ってたり、そのうち次第に、植物相が蘇鉄蘇鉄な感じ、家の壁が白と黄色、屋根が茶褐色という南イタリア南イタリアした感じになってきます。空が晴れてその光が海面に反射している、次々と襲いかかる風光明媚攻撃に休む余地のない、いまのところは実にヴァケーションっぽい車窓です。

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 ていうか、フライト12時間の翌日に鉄路12時間中ですが、ぜんっぜん苦にならない、めっちゃ楽しんでるので、egamidayさんはやっぱ正気じゃなかった。

 さすがに電波(レンタルwifi)が弱くなってきたかなというくらいに、もうずっと海岸沿いを走ってて、たまに浜辺で人が半裸や水着姿でフラフラ歩いてたり釣竿立てたり、リゾートっぽい集落だとスキューバのグループがたむろしてたり、おっさん達がかたまって駄弁りしてるのが見える、そんな車窓。オレンジの樹が増えだしたり、たまに富豪っぽい邸宅も見えたりする。
 どれもこれもこの土地の、いたってふつーの日曜日の暮らしの中を、旅行者の自分が客車の窓から眺めながらすぅーっと走り抜けていく。
 そのうち次第に曇ってくる。寒くもなってくる。何もない土手を犬ととぼとぼ歩く人がいるなと思ったら、工場跡地みたいなとこに砂をかぶったように汚れた簡易テントがたくさん並んでて、ひっそりとしてる。この寒いのに薄手の服で汚れたボールをひとりで追いかけてる少年がいる。あるいはその先に、鉄骨が剥き出しで整備も何もされていない建物ばかりが密集するような集落もある。そこもここも、それがどこかもわからない、そこにいる人たちがどういう人たちなのかもちゃんとはわからない、けれども、でもやはりそこの人たちにとってはそれが日常であり、暮らしであり、その中を異邦人たる自分が無言で走り抜けていく。

 そして。

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 やたら山越え、やたらトンネルだったなあという辺りを過ぎ、薄曇りの中、前方をぼーっと見ていることしばし。
 ・・・あれ、もしかして、さっきから遠くに見えてるあれがシチリア島なの? (気付いてなかった)

 ただいま14時前、鉄路予定の半分は過ぎてます。
posted by egamiday3 at 17:26| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月04日

極私的・2017年の絵馬(活動指針メモ) 年頭仮置きver.

 絵馬。
 それは、折に触れて掲げたり降ろしたりする、今年一年の活動指針。
 ただし今は3月までの間に目白押しているタスクごとをこなすのが先なので、とりあえず仮置きver.として。


●タイムライン
2007 HVU
2008 NBK・JLA
2012 本棚の中のニッポン
↓  ↓
2016 AAS京都
2017 ===いまここ===
↓  ↓
↓  Something
2020 ↓
2022 ↓

●イベントごと
2017.03 情報の科学と技術〆切
2017.03 CEAL/NCCトロント
2017.03 NBK年度末
2017.06 (AASソウル?)
2017.09 アーカイブサミット
2016.09 EAJRSオスロ
秋冬に旅行行く余裕が持てる状態にもっていきたい

●2017年の絵馬 (2016年の持越し含む)
・もろもろを片付けにかかります。片付けは、かたをつける、です。
・(客)をダシにして、(主)にしてください。(ていうか、そうでもしないと時間が足りない)
・基礎体力をつけてください。基礎体力は、エビデンスであり、説得力です。そのための有酸素運動です。(知的活動の話)
・アウトプット←→基礎体力、の循環です。つまり、アウトプットを”無駄に”増やします。
・NBKをどうしたいのか、可視化させてください。これはマジです。
・たぶん3月4月にもう一度全体設計しなおします。


posted by egamiday3 at 21:59| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月31日

極私的・egamiday十大ニュース 2016 (簡易版)


 年末振り返りその3、簡易版で。


・egamiday氏、未踏の週3日休肝日制度を導入。

・egamiday氏、そこへきてのクラフトビール派への転向疑惑。

・egamiday氏、一般市民Aとして平井嘉一郎記念図書館に入り浸り。

・egamiday氏、AAS京都に予定入れ過ぎ、司会業へ転身か。

・egamiday氏、「ポータルに客は来ない」と喧嘩を売る。

・egamiday氏、ここへきてのiPhoneにカバー付ける派への転向疑惑。

・egamiday氏、シアトル・ルーマニアといっさいの旅情の余地ない海外行きにキレて、突貫でシチリア行きを敢行。

・egamiday氏、パスタに夢中すぎて、イタリアでピッツァを食べてない失態。

・egamiday氏、ノープラン過ぎるアクティブ・ラーニングを実行中。

・egamiday氏、「エンディング企画」という謎ワードの行方は。


posted by egamiday3 at 23:17| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

極私的・今年のアルファ本棚行きコンテンツリスト 2016

 年末振り返りその2。
 自宅の”アルファ本棚”と読んでる本棚に置いておきたい極私的アルファ級のコンテンツを、書籍メディアに限らずリストアップしたもの。

『世界システム論講義 : ヨーロッパと近代世界』
「テクノロジーの前あし、アートの触覚」(『角川インターネット講座』第15巻所収)
『「みやこ」という宇宙』
『星を継ぐもの』
『あがり』
『盤上の夜』
『パスタでたどるイタリア史』
「とっとテレビ」(ドラマ)
「コクリコ坂から」(映画)
「ペルセポリス」(映画)
「10分間」(演劇・中野劇団)
「来てけつかるべき新世界」(演劇・ヨーロッパ企画)
ラウンドテーブル「The Digital Resource Landscape for Japanese Studies」
アンサー・シンポジウム「ライブラリアンの見た世界の大学と図書館〜図書館利用行動を中心に〜」
平井嘉一郎記念図書館
Kindle Unlimited
ウィルキンソン炭酸ドライコーラ(食)
グリーンシャワー(食)
シアトルPike Brewing Companyの利きビールセット(酒)
農村博物館(ブカレスト)
ギリシア劇場(シチリア・タオルミーナ)
シチリア料理全般(食)

posted by egamiday3 at 21:29| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

極私的流行語大賞 2016

 
 年末振り返りその1、いつも自分しか得しない、自分のためだけのメモ。

あしーたがんばろおー
今日のヴィニエット
シアトル
調整活動(人間ドックのための)
今日は酒を飲まない日
司会業
AAS京都
ラウンドテーブル
アンサーシンポジウム
デジタルアーカイブ
ルーマニア
シチリア
シチリア〜、シチリア〜(映画『シチリア!』のオープニングの歌)
JAL研修
非公開食べログ評価
レジュメをつくる
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201611it イタリア・シチリア旅 1日目「鉄道が通っててパスタが食えれば困ることはないだろう」


 イタリアに行ってきました。
 今回は主にシチリア島です。
 ていう話をします。

 イタリアは、2013年1月以来4年弱ぶりですが、そんなことよりプライベート&ヴァケーションベースな旅自体が2年半ぶりという、もっと旅をさせてほしい!

 今回の旅の概要は「0日目」(http://egamiday3.seesaa.net/article/445202831.html)の通りですが、初日当初の目論見としてはだいたいこんな日程。

-----------------------------------------------------
11/19 関空発→パリ経由→ローマ着
11/20 シチリア島まで行く (鉄路12時間)
 |
(未定)
 |
11/26 どうにかしてローマまで戻る
11/27 ローマ発→アムステルダム経由→
11/28 →関空着
-----------------------------------------------------

 なぜシチリアかと言われると、そこまで思い入れがあるわけではなく、イタリアには行きたいな、でも北部中部をうろちょろするのはもうやったしな、11月だし寒くないように南がいいし、短期間でこれっていう決め打ちのトピックスというかワード旅ができると、短い準備期間で予習もしやすいよな、って思ってたら、数年前にイタリア関連本で「最近のシチリアは昔に比べて安全で旅行しやすくなった」って書いてあったの思い出して、じゃあ「シチリア」で決め打ちにしよう、という感じです。
 それに下記の地図見ていただくとわかるようにですが。

map1.png

 よく「文明の交差点」みたいな慣用句で表現される土地ってあると思うんですが、なかでもシチリアは群を抜いてと言うか、地図上でリアルに、物理的な意味でまさしく文明の十字路的位置だなっていう。地中海世界観でいうまさにど真ん中で、この地中海を京都市バスの206号系統だとすると、イタリア半島からアフリカまでの縦ラインが地下鉄烏丸線ですから、ミラノあたりが北山や北大路、フィレンツェが同志社や相国寺のある今出川で、ローマが三条ナポリが四条と下がっていくと、シチリアは烏丸五条というまさに大交差点ですね。東へ行くとギリシア・トルコという東山界隈があり、太秦や嵐山あたりの右京・洛西がスペイン・イベリア半島、えっと、いまこれ何の話でしたっけ。
 というような、イタリアの端っこであり、地中海のど真ん中であり、文明の十字路的なところなんだったら、おすましした土地柄よりは何かおもしろいもの見れるんじゃないか。正体はよくわかんないけども、まあ最終、少なくとも鉄道が通っててパスタが食えるっていうだけでも大丈夫だろう、たぶん困ることはない、という嗅覚からの、予習、準備、そして実践なわけです。

 予習については、これも0日目(http://egamiday3.seesaa.net/article/445202831.html)の参考文献を参照。

 とりあえず1日目はローマまで行きます。

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 これが今回の預け荷物で、中身をしぼりにしぼって4.8キロ、手持ちカバンが約4キロ。彷徨型の旅行なのでできるだけ少なくしたかったのですが、このあたりまでくるとカバン自体の重さをいかに軽いものにするかレベルの問題になってきますね。
 それにしても関空のセキュリティが、いままで見たことがないレベルの行列ができてて、ちょっとびびりました。日本側旅行のシーズンで言えばオフな時期のはずなんですけど、これってやっぱり来日観光客の増加の影響でしょうかね。

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 特に感慨もなくあっさり搭乗、離陸。

 行きの渡欧便はエールフランスで、2人席。当初は離陸直後あたりまでお隣が空席で、やったラッキー!と喜んでいたのですが、しばらくするとどこから登場したのかフランス美人的なお姉さんが隣席においでになって、え、この人離陸の時いなかったのにどこから湧いて来たんだろう、エールフランスに巣くうフランス美人版座敷わらしかなんかだろうか、と思ってたんだけど、どうも非番のCA関係者さんか何からしく、勤務中のCAさんと親しげに話してる、どころか、免税品の機内販売のヘルプみたいなことしてはった。

シチリア歴史紀行 (白水Uブックス) -
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 Kindleでシチリア本再読したり、デスクワークしたり、映画を見たりしてるうちに、なんとなくふんわり12時間経ったという感じでしたが、『ペルセポリス』はもう一度ちゃんと見直さなきゃなといういい映画でした。我々同世代のイランの少女の半生自叙アニメで、軽妙なシリアス感。

ペルセポリス [DVD] -
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 というわけでパリ、シャルル・ド・ゴール空港に到着。

 実は日本時間の昨夜あたりからずっと、腰が軽く痛くて、今回渡欧便で12時間座ったあと、明日は鉄路で12時間っていう予定なので、これ下手すると下手をするな、という危機感があったので、それで何をしてたかっていうと、パリ空港での待ち時間中、何の意味もなくあちこちをうろちょろと徒歩運動してるっていう。まあ結果、大事には至りませんでしたが。

 そしてパリからローマへ向かう便はイタリアのアリタリア航空だったのですが、その短いフライト内でポンっとなんとなしに渡された配給品が、パックのサンドイッチ。これが今旅の第一イタリア食だったのですが、そんなコンビニエンスフードみたいなんが、えっ、て思うほど美味かったからイタリアは早速ヤバい、という感じ。なんのことはない、ナスの、浅漬けっぽくしたのの、バターだかオリーブオイルだかで軽く味付けしたサンドイッチなんだけど、薄味なのにコクがあるし、ナスの柔らかさも、ふだんは不愉快なはずの水気吸ったパンの柔らかささえもちょうどよく、コンビニフードでこんなに美味いのがイタリアンなんだったら、もうこの先コンビニフードだけで旅行過ごしてもかまわないかも、っていうレベル。なにせ、写真撮るの忘れるくらいには、美味い美味いって食べてた。
 ↑ここが行きの旅程のハイライトかな。

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 そんなこんなでローマ、フィウミチーノ空港に到着。
 からの、ローマ中央テルミニ駅。

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 そしてそのすぐ近所の安宿にイン。駅前の雑居ビルで、そのへんのあんちゃんとかスルッと侵入できちゃうんじゃないかという感じで、口ひげで中途半端に洒落たジャケットのおっさんがフロントでスタッフとだらだらしゃべってるだけの、ほんとに眠るだけのただの場末の宿で、そのおっさんが某有名な国文の先生に似てたっていうこと以外には特になにもない。

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 遅い夕食をとろうとするも特にこだわる体力すらなく、テルミニ駅付設のフードコートでさくっと済まそうという感じなのですが、以前(2013年)来たときよりもさらにフロアや店舗が充実してるらしく、新しくできていたオシャレフードコートがかなり使い勝手がいい感じで、前菜もメインも肉も魚もパスタもドルチェも何もかもがひととおり、しかも国内各地方の郷土料理がまあまあそろっているというフードコートで、パスタはパスタで生パスタだけのコーナーがあったので、カチョ・エ・ペペ、チーズと胡椒だけのシンプルなパスタ、麺はトンナレッリ、四角いロング麺で、ゆで加減がへんなつけ麺屋みたいにだいぶ硬いのですが、それでもまあ、コンビニエンスな駅付設の店で食べられるものとしては悪くない(チーズましましにしたせいでだいぶ塩っぱいものの)、しかもバーのコーナーでは、ワインの国・イタリアでは選択肢の薄めなはずのビールがドラフトでたくさん種類あって、え、モレッティのブラウンビールの生なんかあるんですか、っていう、ここかなり有能なインフラじゃないですかね。
 こんなインフラあるなら、ローマを旅行事務的な拠点にしてルート組むのはかどりそうだな、って思いました。12時過ぎても開いてるっぽいし。若人がめっちゃはしゃいでるし。あ、これっていま土曜の夜か。

 という感じで、明日の本番=鉄路12時間に備えて、休みます。

posted by egamiday3 at 10:49| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月24日

201611it イタリア・シチリア旅 0日目「旅の概要」

●旅の概要
・イタリア、特にシチリアへ行く。
・プライベート&ヴァケーション(会議・訪問の類無し)な旅行。
・その時々であちこちに移動する、彷徨型の旅行。


●旅の日程(予定)
・2016/11/19 関空発→ローマ着
 ・なんとかして、シチリア島まで行く
 ・シチリア島内をまわる
 ・なんとかして、シチリア島から戻ってくる
・2016/11/27 ローマ発→翌11/28関空着


●旅の参考文献
(註:冒頭の・の数が重要度)

(シチリア本)
・・・陣内秀信『シチリア : “南”の再発見』(紙・自炊)
・・・小森谷慶子『シチリア歴史紀行』(白水Uブックス)(Kindle)
・・陣内秀信『南イタリアへ!』(自炊)
・・小森谷慶子『シチリアへ行きたい』(とんぼの本)(紙)
・・寺尾佐樹子『シチリア島へ! : 南イタリアの楽園をめぐる旅』(角川文庫)(紙)
・金沢百枝,小澤 実『イタリア古寺巡礼 : シチリア→ナポリ』(とんぼの本)(図書館)
・竹内裕二『イタリアの路地と広場〈上〉 : シチリアからプーリアまで』(アーキテクチュアドラマチック)(紙)
・渡辺真弓『イタリア建築紀行 : ゲーテと旅する7つの都市』(図書館)
・『世界の建築・街並みガイド3 : イタリア・ギリシア』(自炊)
・陣内秀信『イタリア都市の空間人類学』「都市風景の南と北:シチリアとヴェネト」、「南イタリア都市の袋小路を囲むコミュニティ」、「シチリア」(I, II, III)(図書館)

(ガイド系)
・・『地球の歩き方』南イタリア2016(紙・自炊)

(鉄道系)
・・『イタリア鉄道の旅』2010(地球の歩き方BY TRAIN)(紙・自炊)
・『イタリア鉄道の旅』2005(地球の歩き方BY TRAIN)(自炊)
・・弘明安居『イタリア完乗1万5000キロ : ミラノ発・パスタの国の乗り鉄日記』(交通新聞社新書)(紙・Kindle)
・・池田匡克『イタリア縦断、鉄道の旅 (角川oneテーマ21)(紙・自炊)

(語学系)
・・『旅の指さし会話帳』イタリア(紙・自炊・Kindle)
・郡史郎『はじめてのイタリア語』(講談社現代新書)(紙)

(料理系)
・・岸朝子『イタリアン手帳』(紙・Kindle)
・・『食べる指さし会話帳』イタリア(紙・自炊)
・・佐藤礼子『イタリアで一番おいしい家庭料理 : シチリアのおうちレシピ』(Kindle)
・池田匡克,池田 愛美『シチリア美食の王国へ : 極上レストランとワイナリーを巡る旅』(図書館)
・宮嶋勲『10皿でわかるイタリア料理』(紙)
・池上俊一『パスタでたどるイタリア史』(岩波ジュニア新書)(紙・Kindle)

(映画系)
・・マルガリータ・ロサーノ『カオス・シチリア物語』(図書館・YouTube)
・・ダニエル・ユイレ, ジャン=マリー・ストローブ『シチリア!』(図書館・YouTube)

(その他ざっくり)
・・『イタリア : 快楽主義者のこだわりライフ』(ヨーロッパ・カルチャーガイド)(紙)
・・島村菜津『バール、コーヒー、イタリア人 : グローバル化もなんのその』(紙・自炊)
・・『イタリアを旅する24章』(エリア・スタディーズ)(紙・自炊)
・池上英洋『イタリア24の都市の物語』(集英社新書)(自炊)
・清水義範『夫婦で行くイタリア歴史の街々 : 夫婦で行く旅シリーズ』(集英社文庫)(Kindle)
・TRANSIT17号「美しきイタリア」(自炊)
・和辻哲郎『イタリア古寺巡礼』(岩波文庫)(Kindle)
・ゲーテ『イタリア紀行』(Kindle)
・『ゲーテ「イタリア紀行」を旅する』(集英社新書ヴィジュアル版)
・G. ギッシング『南イタリア周遊記』(岩波文庫)
・陣内秀信『イタリア小さなまちの底力』(自炊)
・陣内秀信『イタリアの街角から:スローシティを歩く』(自炊)
・陣内秀信『イタリア都市と建築を読む』(自炊)
・河村英和『イタリア旅行』(中公新書)(紙・Kindle)
・村上義和『現代イタリアを知るための44章』(エリア・スタディーズ)(紙・Kindle)


●旅の動機
・9月のルーマニア出張が、純粋に現地との往復、宿と会議会場との往復だけでいっさいの旅情の余地がなく、うなぎの蒲焼きの匂いだけかがされて帰ってきた感に、軽くキレたから。
・同時期に、某者が、自分も前々から行きたい行きたいと狙ってたバルト三国に旅行に行ってて、旅情を堪能している様子をFacebookで見せつけられた感に、軽くキレたから。
・うちとこでは去年まで夏季休暇を7・8・9月内だけで3日とるというルールだったのが、今年から年内いつでも3日とっていいルールに変わったんだけど、それで1月頭に旅行を目論んでたのが、いや実はその年内というのは4月-3月カウントじゃなくて、1月-12月カウントでした、っていうのがまさかの10月頃に通知されてきて、軽くキレたから。
・ていうか、プライベート&ヴァケーションベースの旅行を最後にやったのが2014年6月で、もう2年以上経ってるのに、ずっとキレてたから。


 では、行ってきます。


posted by egamiday3 at 11:26| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月16日

#JAL2016 その3 : 「指摘→反省」無限ループからの脱出、あるいは、”研修論”的なものの序奏として(「日本美術の資料に関わる情報発信力の向上のための提言」を受けて)


 2016年12月9日におこなわれたワークショップ「日本美術の資料に関わる情報発信力の向上のための提言III」(海外日本美術資料専門家(司書)研修・2016)に関する、3部構成で考えたことの、ラストです。

 JAL2016・その1、では、海外の日本美術司書・専門家から、日本のデジタル資料発信に対する提言がありました。
 http://egamiday3.seesaa.net/article/444773560.html
 JAL2016・その2、では、その提言を受けたコメンテーターとしての自分のまとめとコメントを記しました。
 http://egamiday3.seesaa.net/article/444864713.html

 問題は、今回受けた提言が、
  ・英語/ローマ字化が必要
  ・オープンアクセスが必要
  ・ポータルが必要
  ・海外ユーザを知ることが必要
  ・交流・ネットワーク作りが必要
  ・コラボレーションが必要
 という、どれも常日頃から繰り返し繰り返し言われていること、今回”も”受けた提言ばかりで、率直な感想としては「はあ・・・また同じことを言わせてしまった・・・合わせる顔がない・・・」という類のものだったということ。

 ためしにざっと見してみての、去年と今年の生き写し感。
  2015年 http://egamiday3.seesaa.net/article/430552792.html
  2016年 http://egamiday3.seesaa.net/article/444773560.html

 この「またもや感」、抜け出せないループ感を、どう考えるべきかと、汝をいかんせんと。
 そういう想いに端を発し、JALに限ったことではない、この類の研修そのもの提言そのものについて、自分なりに考えたことを「AJAL・研修全体を受けて」として当日しゃべってきましたので、そのディレクターズ・エディションとしてのJAL2016・その3です。


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■AJAL・研修全体を受けて

 で、みなさんから受けた提言なり問題提起なりが、3班とも、そして2年とも、だいたい同じ感じの内容だったということを受け止めたときに、2つの問いが自分の中に浮かんだわけです。
 ひとつは(このJALプロジェクトに限らず一般論として)「この手の研修というのは、役に立っているんだろうか?」ということ。
 もうひとつは、「我々は、指摘→反省のループに陥っていないか」ということ、です。

 この手の研修。
 私もよく受けました、なんかあちこちから集まって、具体的に教わったりだけでなく、どこか見学行ったり、人の話聞いたり、そのあとでグループワークやワークショップ的なことしたりして、っていう感じの。
 そういうのについて「この手の研修というのは、役に立っているんだろうか?」という問いを立てたとき、座学的なことはホームでやったらいいじゃん、見学なりなんなりってだいたいネットで済むじゃん、グループワークだってしょっちゅう催されてて、それを数日屋内に籠もってるのわざわざ遠くまで出向いてやるの? みたいなことはいまどきはある程度言えてしまえるかもしれない。

 ですけど、実際にグループワークに取り組んでいるのを傍らから拝見してるとわかるし、また「研修どう?」って当事者と話してみてもそうなんですけど、なんというか、日常業務から遠く離れて、非日常の環境の中で、ひとつの何かに腰を据えて取り組む、っていうそのリフレッシュ=非日常の効用っていうのはおそらくまちがいなくあるな、とは思うんですね。その非日常さ加減は、場所が違う、環境が違うっていうのもそうだし、だから思考も発想もフラットになるし、肩書きや立場も切り離して受講者同士でフラットに(研究者も司書も館長もボランティアスタッフも国・年齢・語学力関係なく)相対して、話して、考えて、共同作業する、(なによりも)日常業務から離れて。
 そこで、新しい発想を得られて、あ、良かったな、いままで自分だいぶ凝り固まってたのわかったな、ていう経験もまた私自身何度かあります。ていうか、今回のJALプロジェクトでのグループワークに私は参加してませんけど、横で半日その様子をぼーって見ていただけなのに、なんか新しいことに気付けた、みたいな非日常の効用得られましたので、それだけでもありがたいなって思いますね。

 ただ問題は、「非日常」は≒で「一過性」になりかねない、ということでしょうか。
 一過性で終わるおそれ、日常に戻ると効用がリセットされるおそれ。っていうのはもしかしたら「研修」というものが生来逃れ得ない難点なのかもしれないな、って思います。
 「研修」というものに懐疑的な説がとなえられるのは、日常への還元が担保されていないことへの怨嗟なのかもしれないですね。

 ですので、研修を受ける側にしろ設ける側にしろ、一過性に終わらせないための努力・工夫・問いかけは必要なんだろうなと。
 非日常から日常へ戻ったあとで、では、次の展開は?継続性は?と。 成果を日常にどう活かすのか?還元するのか?と。

 じゃあ、ですけど。
 受講生が研修で得たものを日常に活かしに帰るのは、それは当たり前でしょう、今回のJALに参加なさったみなさんも帰国後それぞれ活躍・活用なさるんだと思います。
 問題は、研修の成果たる「提言」の束を受けとった、日本側の継続性は? ということになるんじゃないかと。

 例えば、2015年のJALプロジェクトにおけるワークショップ(http://egamiday3.seesaa.net/article/430552792.html)でこんな話がありました。
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例:「Artstor」(http://www.artstor.org/)のような、国際的なポータルサイトに参加してデータを提供してほしい、こういうところで見つかりやすくアクセスしやすくなるように。(Artstorに載っている日本美術作品は、日本以外の機関からの情報ばかり)
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 この方が再来日してはったんで、一緒に1年後の現状を再確認したんですが、やはり日本の機関から提供がされているようには見えず、大英博物館やメトロポリタン美術館の収蔵品が目につくといった具合でした。
 だったら、この方が2015年に出してくださったこの指摘・提言、これって、どうなるんだろう? どうなっちゃったんだろう?って思うんですね。

 英語/ローマ字化が必要、オープンアクセスが必要、ポータルが必要、海外ユーザを知ることが必要、交流・ネットワーク作りが必要、コラボレーションが必要。どれも、海外の日本研究関係者と話をし始めると数分後には登場するような指摘で、日本研究司書研修でも、CEALやEAJRSのような会議でも、日本でやる講演やシンポでも、ネットでも日本人同士でも、話題になる。
 そもそもこの研修って、10人近くのプロフィールバラバラの人たちが、初対面で集まって、それを3班に分けてそれぞれで意見出しさせたら、↑のような似たような提言が出て、それが2年やっても似たようだったと。じゃあそれって、もう”正解”ですよね、提言として疑いようがない内容なんだと判断していい。

 そうやって海外の日本関係者から提言を受け、あ、そうですよね、ほんとなんとかしないとと思います、と反省し、また別の機会で指摘を受け、うなずき、指摘を受け、反省し・・・というのを、秋の東京で、冬の精華町で、春のシアトルで、梅雨の同志社で、夏のブカレストで、秋の桂坂で、そしまた冬の東京で、精華町で・・・。
 え、これいま無限ループ中ですか?と。
 いま何周目ですか? 何度やっても同じルートですか?と。
 という想いで、おります。

 ここまでくると、これはもうJALプロジェクトとか研修がどうのコメンテーターがどうのとかいう話じゃないですね。
 私自身の、日常的な、反省。
 それをいま開陳しているところ、という感じになってます。

 という反省ばかりしていてもしょうがないんで、じゃあどうするかっていうあれなんですけど、業務上の反映努力はもちろんとして、例えば、ループになってもいいからひとつでも多くのパネルなりシンポジウムに出ます/開きます、そこで発言します/司会します、とか、例えばさっきの「Artstor」の例なり去年の提言なりを、なんか呼ばれてしゃべれって言われた場所(http://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/digitalarchive_kyougikai/index.html)でがんばってしゃべります(http://egamiday3.seesaa.net/article/440674083.html)、とかいうことをやるんだけど、もうひとつの大きな問題点があって、この種のこと、つまり「日本資料の情報発信力の向上」とか「デジタルアーカイブがどうのポータルがどうの」とかいうことって、一部特定の業種・業界だけでがんばって解決・成就するような問題じゃなくて、広くいろんな業種・立場の人が総出でちょっとづつでも元気玉を出すようなやりかたじゃないとあんま回っていかないタイプの問題じゃないかと思うんですよね。
 あたしは、いわゆる世論というものの持つ力についてはどっちかというと懐疑的な気質ではあるんですけど、それでも、世論の醸成みたいなものがないと、継続的/本質的/腰の据わった問題解決にはならないだろう、とは思います。

 というような右往左往しながら考えたことを踏まえて、当日はコメンテーターとして「「提言」のための”提言”」なるものを提言してきました、という感じです。

 その1。
 この種の提言・指摘自体の発信力、というのはどうなんだろう、高められているだろうか、と。

 先述のように、多業種多方面の同意と世論の醸成が必要だとするんだったら、この「提言」自体にどれだけ情報発信力を持たせて広く届ける、説いてまわることができるだろうか、と。こういう指摘がありました、提言が出ました、っていうのを実際聞いてるのは誰なのか。というのは、いったん問われるべきことではあろうなと思います。
 これは本プロジェクトの今ワークショップに限った話ではまったくなくて、例えば北米の日本司書が集まるCEALやNCCでこういう話題が出てこういう問題意識が持ち上がった、ていうのが、じゃあ日本の図書館業界にどうやって届いてるだろうか、と。あるいはEAJRSでどんなディスカッションがあったのかというのが、届いているかと。その問題を解決する力のある人や、同意が拡散する場の人たちの目に触れているだろうかと。
 っていう話になってくると、これはよく問われる「日本の情報発信力」の逆転問題になってきます、つまり、日本側というユーザ・情報受信者に、海外の声は、どう届いているか、どう届けるべきか。PDFがどっかにポンと置いてあるだけで届くだろうか、英文の記録だけで読んでもらえるだろうか、情報発信はリアルタイムだろうか、SNSや動画を活用できているだろうか、Googleフレンドリーだろうか、日本の図書館員がふだん目にするところに出現しているだろうか。これこそ、デジタルでオンラインでオープンで、が実現できているかが問われることになってしまいます、わかる人ならわかる、知ってる人には伝わる、というような祇園の小料理屋ならぬ世界の入りにくい居酒屋状態では、日本の多業種多方面の人たちに援軍になってもらうくらいの理解を得るのはなかなか難しい。
 (もちろん、その指摘・提言が日本側の催しで出たのなら、その発信力は日本側の問題ですが)
 
 ブログ書きながら気づいたんですが、あたしがコメンテートで当日一番言いたかったのは、本当はこの「海外側から日本側への情報発信力」のことだったのかもしれないです。ですが、多分言いそびれてる気がする(涙)。
 でも実際のところ、例えば海外側からこんな指摘が、こんな議論が、っていうのを日本側に伝えようとしたときに、そういえばその記録は? 文献は? 情報発信は?って探してもネットに見つからないことってよくあるので、そのへんの足りなさってどちらのお国もある程度いっしょなのかな、って思いますね。

 その2。
 受けた日本側の反応をどう示すか。
 どう示すかの試みとして昨年度2015年のJALプロジェクトでは、海外受講者の提言を受けた日本側実行委員の「応答」が報告書に掲載されました(http://www.momat.go.jp/am/wp-content/uploads/sites/3/2016/04/J2015_350.pdf)。ただ、このままだと2016年も同じ文章が並びかねないところはあるので、じゃあ別の試みはないだろうかというと、”アンサー・シンポジウム”はどうですか、っていうことに思い至るわけです。

 (報告)アンサー・シンポジウム「日本の大学図書館員の論じる世界の大学と図書館」7/1(金)で、司会をしてきました。: egamiday 3
 http://egamiday3.seesaa.net/article/439705004.html

 時間的な問題で実現するのは難しいところはあるかもしれませんが、例えばこういう海外の関係者を招いて指摘提言してもらうシンポなりワークショップを開いたら、そのあとで、会場にいる日本側関係者数名を壇上にあげて、30分くらいでもいいから、海外側からの声を受けてのディスカッションをやる、っていう。それは、指摘提言してくれたみなさんへの返礼でもありますよね。
 あのアンサー・シンポジウムイベントの発想は、今後どんどん普及させてったらどうかな、って思います。まあ、あれです、しゃべりたくてうずうずしてるタイプの人なんてたくさんいるでしょう。

 その3。
 指摘提言を引き受けて実働できるような、”ポータルな集団”を組織する事が必要。
 これは風呂敷広げただけでとどまってしまうんですけど、備忘に。
 結局、何かしら問題があって声が上がったときに、その声をどこへもっていけばいいか、っていう場がなくていつのまにか雲散しちゃうので、デジタルコンテンツの”ポータル”もさることながら、活動・集団の”ポータル”というか、ワンストップな窓口というか、責任・権限の所在と専門性を兼ね備えた専門家集団が、多業種多方面の横断的なつながりをもってコラボレーションしていけるという、んー、何を言ってもふわっとしてて整理つきませんが、そんな感じのやつです。
 で、問題は、そういうのを特定のどこそこにやらそう、ってなっちゃうとたぶんうまく行かなくなるんだろうな、っていうあれで、どこそこの省庁にとかどこそこの機関にとかどこそこのNDLさんにとかいうのになると、任されたところが疲弊し、いっぽうで任されないところが問題意識低調になり、そのうちそこと関わりの希薄なところにまた別のポータル機能ができ、さらに別にもでき、たくさんのポータルが縦割り個別に散在し、しかもそういうところはおおむね公的機関であって、故にリソースは削減傾向で維持に困る、そんなことになっては困るので、どこか特定のところに依存しない専門家集団みたいな仕組みづくりって、無理かなあ。

 っていうあたりまで夢想して、力尽きました。
 このコメンテート(JAL2016・その2+その3)は、受講者3グループのプレゼン(JAL2016・その1)を前日に聞いてから寝る間を惜しんだ特急で準備したあれなので、粗々した放言どまりではあるのですが、一応、「この手の「研修」はどうデザインされるべきか」をほんとの問いとして念頭に置きつつの感じでやってたあれで、この問いについては長期的な視点で今後も引き続いてうにょうにょ考えていく所存のやつです。

 その引き続いて考えるののヒントを大きくいただいたのが、グループ・プレゼン後のディスカッションのターンです。
 例えば、解決には時間がかかってもいい、との発言の一方で、特に若い世代は自分の将来の見極めのことを考えると、環境整備にそんなに何年も待ってられない、当座やつなぎでいいから何らかの対応が素早さでもってとられるべきでは、という若い世代ご自身からの要望は、確かにおっしゃるとおりだと思ってて、先を見据えての長期的な醸成もいるんだけど、短期で得られる返報という”飴”がないと、長期での闘いもやってられへんって感じになるので、そこ込みでデザインしていかなな、っていう。

 デザインつながりでは、「実行委員会で提言内容の実施に向けての働きかけまでやるべきじゃないのか」というご指摘もあって、今回のような「研修」の例で言えば「次への展開」「継続性」を云々するのであれば、それも込みで研修全体をデザインする必要があるんだな、と。
 そういう意味では、”後”のデザインが次への展開や継続性なら、”前”のデザインとは?ということなんですけど、これをコラボ・ネットワークの文脈で言うなら、何かしらの事業を企画し計画し運営し始める段階からできるだけ海外側に加担してもらって、成就するかしないかわかんないけど、とりあえずやいのやいのやる、ていう過程のほうがよっぽど意義のある成果なんじゃないかな、って、その2に書いたように思いますね。実際JALプロジェクトもどこかしらそういった感はあったし。

 「楽しい」って、そういうことかな、と。
 まあ、それは最終、研修に限らず、日本⇔海外がらみの事業にかかわらず、あらゆるプロジェクトの類でそうなんだろうな、と思います。

 そのことをやることの意義は、そのこと自体というわけではない、っていう禅問答みたいな一般論を確認したところで〆る感じです。

 最後に、受講者のみなさん、お世話くださったJAL事業関係者のみなさん、そしてegamidayのクセが強く翻訳しづらい内容のプレゼンを受講生に伝えてくださった通訳のみなさんに、厚く御礼申し上げます。



posted by egamiday3 at 00:05| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月13日

#JAL2016 その2 : egamidayによるコメンテート(「日本美術の資料に関わる情報発信力の向上のための提言」を受けて)

 2016年12月9日におこなわれたワークショップ「日本美術の資料に関わる情報発信力の向上のための提言III」(海外日本美術資料専門家(司書)研修・2016)で、コメンテーターをつとめてきました、の記録です。

 「#JAL2016 その1 : ワークショップ「日本美術の資料に関わる情報発信力の向上のための提言III」(海外日本美術資料専門家(司書)研修・2016)のメモ」
 http://egamiday3.seesaa.net/article/444773560.html

 上記「#JAL2016 その1」のメモにあります、海外日本美術資料専門家のみなさんからの3つのグループ・プレゼン(「日本から海外へ : 日本におけるデジタル化資料をいかにして外国人研究者に伝えるか」、「アートは世界の遺産」、「日本の文化資源を広めるための協力」)を受けまして、この「#JAL2016 その2」は、それをコメンテーター役のegamidayさんが自分なりに整理し、解釈し、補足や持論を付け足して、それを以下のような感じで当日述べてきましたので、そのディレクターズ・エディションみたいなものと思っていただいたらいいです。

 構成は@Aの2段階で、本記事は@のほうです。

@グループによる「提言」を受けて
 (0) イタリア旅行の想い出
 (1) 言語の壁 : 英語/ローマ字を!
 (2) アクセスはオープンであれ
 (3) 「ポータル」待望論
 (4) ユーザ・ファーストであれ
 (5) 海外ユーザは、日本の味方
 (6) デジタル格差が止まらない
 (7) 交流・ネットワーク作りと海外アピール
 (8) 「人」と「コラボ」
AJAL・研修全体を受けて

 ところで、↑このまとめラインナップを見て「ん?」と思われる方も、もしかしたらいらっしゃるかもしれない、というのもここに書いたようなことっていうのは、これまでも同様の場でさんざん指摘されてきたことばかりであって、「またもや」感がどうしてもある、その、「またもや」感をどう考えるべきかについては、別途「#JAL2016 その3」でAを扱う、っていう思惑でいます。


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●(0) イタリア旅行の想い出

 とかなんとか言いつつ、今年の受講者にイタリアから3名もいらっしゃってたっていうからみもあって、まずは先月プライベートで旅行に行ったイタリアの写真でも見ていただいて、ご機嫌をうかがうという感じなのですが。

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 まったくのヴァケーションで行った旅行だったんですが、ご覧のように景色はきれいだし、食べ物はおいしいしで、約1週間ほど、堪能して帰ってきました。あのでっかい餃子みたいなのはピッツァ・フリッタ、すなわちピザを揚げたものです、世に石窯のような発明される以前のピッツァというのは揚げて料理してたらしいですよ、どんだけのカロリーだと。
 ただ若干困ったこともありまして、好んで行っておきながらわたしはぜんっぜんイタリア語がわからないんですよ、チャオとボンジョルノとアルデンテくらいでしょう、わかるとしたら。でも、地方の町に行くと、街中のサインとか表示とかに英語がないことがかなり多いんですね。

スライド5.JPG

 これはバス乗り場に貼ってあるバスの時刻表なんですけど、右側に何か赤で、いかにも重要ですよみたいなことが書いてある、なんだろうとドキドキするんだけど、それが何なのかがわからない。会場の受講者に聞いてみたら「そのバスは土日しか来ませんよ」ということらしくって、そういうことがイタリア語でしか書いてないから不安になるわけですね。

スライド6.JPG

 で、ある日駅に行くと、これもいかにも気をつけろ!的にびっくりマークのついた紙がぺたっと貼ってあって、その場でわかんなかったんだけどなんとなく虫の知らせがして、写真撮るだけ撮っておいたんですけど、あとからよくよく見ると「SCIOPERO」(=ショーペロ、ストライキの意味)って書いてある、ですからこの日は列車は来ません、そういうことも、webサイトではない、その時だけにその場所だけで貼るような貼り紙だと、英語対応をわざわざしてくれているわけではないので、困ったな、という感じでしたね。
 行った先がシチリアだからなのかどうなのかはわかりませんが、おおむね、英語少ないな、という感じでした。


 というツカミはオッケー、的な流れで、英語/ローマ字は必須です!というところから本題に入っていく感じなんですけど。

●(1) 言語の壁 : 英語/ローマ字を!
 ・英語/ローマ字は、必須です!
 ・ユーザは“日本専門家”だけじゃない
 ・アブストラクト・メタデータだけでも
 ・サムネイル画像も有用
 →海外関係者との議論、連携・協力を

 英語/ローマ字で表示・検索がされないと困る、という話はやはり誰からもいつもうかがいます。特に、ここに集まった日本研究関係者の人たちが「学生や、日本が専門じゃない人が、検索するのに困る」とおっしゃるのでそこも共通認識なんだと思います。コンテンツそのものの英語化は無理でも、せめてアブストラクトやメタデータだけでも、いやむしろそっちが重要か、このへんはユーザによって軽重わかれるかもしれませんが。
 それから言語の壁を越える、という意味では、「サムネイル画像が重要」という指摘もおっしゃるとおりだと思います、羅列された情報を直感的・瞬間的に評価・選別できるという意味では日本人にだって有益なはず。しかも、サムネイルってべつに画像系データベースに限った話ではなくて、OPACで書籍の表紙画像が出ればそれによってこの本が入門書か専門書か文芸書かが判断できる。もっと言うと、CiNii ArticlesでオープンアクセスなPDFがあるときそのサムネイル画像が横に出ることありますけど、あれ何のヴィジュアルさも無いように見えても、あのおかげで「あ、これPDFあるんだ」って明らかにわかるからすっげえ便利なんですよね、そういう話だと思います。


●(2) アクセスはオープンであれ
 ・「デジタル化」 =デジタル*オンライン*オープン
 ・「館内のみ」「内部者のみ」「日本のみ」・・・
 ・アブストラクト・メタデータだけでも
 ・日本のユーザだって困るはず!

 デジタル化された資料やデータに、海外からも部外者であってもオープンにアクセスさせてほしい、というこれもよく言われることです。もちろん、権利関係でアクセスできない的な話はどの国であっても少なからずある話ですが、アブストラクト・メタデータだけでも(2回目)、じゃないと日本のユーザだって困る話でしょう、というのはおっしゃるとおりだと思います。
 そもそも「デジタル化」というのは、デジタル化すれば「デジタル化」なのかというとそれだけではなくて、「デジタル化」と「オンライン化」と「オープン化」の3指標がどのくらいポイント重なるかが、デジタル化した甲斐のある「デジタル化」になれるかどうかを決める、んだと思いますね。


●(3) 「ポータル」待望論
 ・個別に、大量に、散在する、日本のデジタルアーカイブ
 ・包括的/効率的な検索・アクセスのために
 ・日本語不得手な海外ユーザは困る(言語の壁)
 ・日本のユーザだって困るはず!
 ・在外日本資料を可視化(ウィリアムズさん)
 →内閣府知的財産戦略本部 「デジタル・アーカイブの連携に関する実務者協議会」(2015〜)

 そしてオープンに公開されているものも確かに少なからずあって、今回の受講者たちもあちこちの見学先でいろいろ新しい知見を得たようなんですけども、そもそもそれらが個別にあちこち散らばっていて、どこにあるかわかりやしない(可視化されていない)し、いちいちめんどくさい(統合されていない)、日本のユーザだって困る話でしょう(2回目の2回目)、これもまたよく言われることです。nihuINTやNDLサーチは、コンセプトはいいが集約し切れてない、との評価でした。
 あと、なるほどなと思ったのが、ポータルがあれば小規模機関の小規模デジタルが自前システムを構築しなくてもよくなる、という指摘。それから、ケンブリッジなど海外機関が出してるデジタル画像を日本ユーザが見つけられるようになる(じゃないとわざわざケンブリッジのサイト探しに来ないでしょう)、という指摘もなるほどでしたね。
 これについては、現在、内閣府知的財産戦略本部 「デジタル・アーカイブの連携に関する実務者協議会」(http://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/digitalarchive_kyougikai/index.html)のほうで鋭意検討が進められているみたいなんで、安心してください、ポータルもうすぐできますよ、ってあたし当日会場でみなさんに言っちゃいました。もうこれ、ウソでも口に出して言わないと実現しないんじゃないかと思って。言霊的に。


●(4) ユーザ・ファーストであれ
 ・「複雑なインタフェースは、ユーザをあきらめさせる」(フォルミサノさん)
 ・Googleでヒットするように
  →ユーザの見ている場所へ届けよう
 ・若い世代へのアプローチ
  −例:スマホ対応、アプリ作成
  −例:立命館ARCプロジェクトへの学生参加
 ・「日本美術資料のために、ニューヨーク・メトロポリタン美術館や大英博物館のデジタルアーカイブスをよく使う」(グッドさん)
 ・例:Ukiyo-e.org 日本からも複数機関が参加。

 以上、しょっちゅう指摘される「英語/ローマ字がない」「オープンでない」「ポータルがない」という、日本デジタルアーカイブの三大疾病のようなものについては、いまだ”ユーザ・ファーストさ加減”が足りていない、ということだろうなと思います。ユーザにとって便利でわかりやすいものが提供されないと、届かないよ、と。
 たとえば「Googleフレンドリーであれ」というのもよく言われることですけど、それを言うと、アメリカの一私企業にずるずるべったりでいいのかとか、玉石混淆がとか、WELQがSEOが、という声も上がったりするのはわかるといえばわかるんですが、いや、べつにGoogle礼賛・Google至上主義的な意味でそう言っているわけではなく、ユーザがいつも使っているものは何ですか、ユーザの目に触れやすい場所はどこですか、って考えたときに、いまだとそれはGoogleだよね、だからGoogleフレンドリーにしましょうよ、っていう話なわけですよね。だから逆に言えば、いくらポータルができてくれたからと言って、そのポータルへわざわざ行かなきゃ見れないし検索できない、ではやっぱり困ると思うんですよね、だったら無くてもいいよって正直思っちゃう。
 それから、「学生などの若い世代に積極的に使ってもらえるようなアプローチを」というご指摘もあって、それでスマホ対応、それだけじゃなくアプリを積極的に出しなさい、と。そうかアプリか、正直自分はその感覚なかったなと思って反省しました。で、これも、そりゃもちろん10年経てばスマホもアプリも誰も使ってない可能性大なのに、そんな流行性のものに振り回されるようにコストかけるのどうなんだ、っていう説もわかるといえばわかるんですが、そういうことではなく、我々が資料情報を届けるユーザ層として”若い世代”というのは将来性のことを考えると充分に考慮する意味のある層だよね、と認めるのであれば、じゃあそのユーザ層が日常使うものはなんだろう、と考えたときにそれはスマホやアプリでしょう、ということになるんであって、それが、ユーザ・ファースト、ってことなんだろうなと思うんですね。
 なので、ユーザさんの動きというのは、気になるし気にすべきもので、受講者から指摘のあった、「欧米のユーザは、日本美術資料を参照するのに、資料の多い日本のサイトよりも、資料は貧弱でも英文の整備された大英博物館やメトロポリタン美術館のサイトを見ます」というのは、真摯に受け止めるべき話だな、と思いました。あと、Ukiyo-e.orgも。ていうか正直、あたしだって浮世絵探すときはUkiyo-e.orgのほうを見ます、ぜんぜん便利だもの。


●(5) 海外ユーザは、日本の味方
 ・「日本を世界に伝える架け橋になる」
  −海外の日本研究者
  −日本語を知らなくても、日本資料・情報を求めるユーザ
 ・「若者はデジタルでアクセスできないと、 日本研究から離れてしまう」
  →日本研究の“退潮傾向”
    これは日本自身にふりかかる問題

 で、なんでそんなにユーザ・ファースト、特に海外のユーザのことを言ってるのかといえば、まあ結局それが自分たち日本サイドの評価・アピールにかかってくるからということになりますよね。
 そして逆にそれができなければ、別の分野、例えば中国研究や韓国研究に若い世代が流れていく、という危惧もまた複数の人がおっしゃっていました。


●(6) デジタル格差が止まらない
 ・例:韓国国際交流財団の資金援助
 ・例:SOASデータベースリストにおける中国と日本の差
 ・例:ディスカバリーシステムで「枕草子」を検索すると、中国語資料が上位を占める
(飯野勝則. 「ウェブスケールディスカバリと日本語コンテンツをめぐる諸課題 : 海外における日本研究の支援を踏まえて」. 『カレントアウェアネス』. 2014.9,CA1827)

 にもかかわらず、その格差が埋まる気配がない、というのもまた↑に示している通りです。
 あと気になったのが「サーチエンジンで日本についての情報を検索すると、中国のサイトが上位にヒットする」という指摘ですね、これはなかなか日本にいると気づかないんですけど、どれくらいほんとなんでしょうか。もし本当なら、ディスカバリーシステムで起こってることと同じことが、Googleでも起こっているという、なかなか厳しい状況になりますが。


●(7) 交流・ネットワーク作りと海外アピール
 ・国際会議へ参加しよう (AAS、CEAL、EAJRS、EAJS等)
 ・ワークショップやパネルを開き、PRしよう
 ・国際的な雇用、インターン、在外勤務
 ・トレーニングの出前

 というような情報発信不足をできるだけ見える化する方向へ持っていくために、できるだけ外(海外)に出ましょう、という、交流、ネットワーク、アピールが大事という話ですが。
 「トレーニングの出前」って、このJALプロジェクトでも今回試行してましたし、または国会図書館さんやEAJRS/EAJSでもよくやってますけど、できれば、日本側がただ一方的に何かを教えに行くような「研修」なるものよりは、フラットなワークショップやパネルにして教え合う「情報交換」のほうがあらまほしいなって思いますね。
 これは英語/ローマ字化やポータル構築、あるいはこういう研修事業そのものなり、ワークショップやトークイベント、リンク集ひとつ作るだけでもそうだけど、できるだけ海外サイドの人にも議論・運営・開発に積極的に加担してもらって、で、研修そのもの事業そのものよりも、その”海外からも加担してもらってやいのやいのやる”過程のほうがよっぽど意義のある成果なんじゃないかな、って思いますね。自分が次に何かするときはそうしようって思います、まあそれには”マメさ”がいりそうでちょっと自信ないですが。


●(8) 「人」と「コラボ」
 ・「もっと日本人研究者と接する機会やネットワークがほしい」(サロマさん)
 ・人的情報(研究者、著作・成果)の オープン化・ポータル化・英語化
 ・資金/助成金/プロジェクト情報の オープン化・ポータル化・英語化
 ・企業からの資金調達による問題解決

 そういったことを踏まえると、受講者である日本美術研究者の人がおっしゃっていた、「もっと日本人研究者と接する機会やネットワークがほしい」という声がすごく切実に聞こえますね。
 という意味では、オープン化・ポータル化・英語化すべきなのは何も資料やコンテンツだけではない、研究者情報のような「人」の情報、助成プログラム情報や共同プロジェクト情報のような「コラボ」の情報も、またしかりなんだ、ということですね、このへんは図書館の文脈であまりちゃんと議論されること少ない気がしますが、今回あらためて気づかされた感じです。


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 というわけなんですが、さてさて、困りましたね。
 英語/ローマ字化が必要、オープンアクセスが必要、ポータルが必要、海外ユーザを知ることが必要、交流・ネットワーク作りが必要、コラボレーションが必要。
 どれも常日頃から繰り返し繰り返し言われていることばかりじゃないですか。何度目だと。何度目だナウシカと。無限ループかと。
 そのことをどう考えるについては、冒頭で申した通り「その3」に続く感じで。

posted by egamiday3 at 21:56| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月10日

#JAL2016 その1 : ワークショップ「日本美術の資料に関わる情報発信力の向上のための提言III」(海外日本美術資料専門家(司書)研修・2016)のメモ


 「JAL プロジェクト2016のご案内」
 http://www.momat.go.jp/am/visit/library/jal2016/

 海外で日本美術を担当している司書・研究者・キュレーターなどの専門家たちを、日本に招いて研修とワークショップをおこなう、という事業(通称「JALプロジェクト」)がありまして、2014、2015、そして今年2016が3年計画の最終年ということで、11月末から12月初旬の2週間くらいでおこなわれていました。

 (概要)
 ・文化庁の補助金による事業
 ・2014-2016の3年計画
 ・東京国立近代美術館さんがメイン
 ・今年の参加者は9人
 ・東京+関西の各種機関見学と、研修、グループワークなど

 その最終日におこなわれた公開ワークショップ(「日本美術の資料に関わる情報発信力の向上のための提言III」)が東京国立近代美術館(2016.12.9)でおこなわれまして、なにやらコメンテーターなるお役目を仰せつかったこともあり、わりとがっつりめに参加してきました、ていうのの記録です。

 たぶんですが、3部構成になる予定。

 JAL2016・その1 ワークショップの内容メモ
 JAL2016・その2 コメンテーターとしての自分のまとめとコメント
 JAL2016・その3 この類の研修とか提言とかそのものについて、自分なりに考えたこと

 以下、その1 ワークショップの内容メモです。
 前半にハイライトをまとめてあります、後半が生メモ全文です。

 (註)<e>はegamidayのコメントです。

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■egamidayなりのハイライト

西洋の研究者たちがよく利用する日本美術のデジタルアーカイブは、例えばニューヨークのメトロポリタン美術館やロンドンの大英博物館による日本美術作品のデジタルアーカイブ。海外の機関だから日本に比べて情報量は貧弱だが、それでも、日本語が読めない研究者にとって使いやすいデジタルアーカイブは、海外発のほう。
・例えばケンブリッジ大学など海外の機関で日本資料のデジタル画像を公開しているが、日本のユーザは日本資料を探すために海外サイトを見ることはないだろう。デジタルアーカイブのポータルがあれば、その可視化も可能になる。

・Korean Foundation(韓国国際交流財団)は、海外図書館でも韓国のデータベースや資料にアクセスできるよう経済的援助をおこなっている。(<e>詳しく知りたい)。
・ロンドン大学SOASのwebサイトに掲載されている、利用できる契約ものデータベースのリストを比べると、中国のデータベースと日本のデータベースではそのリストに約3倍の開きがある。
・(ディスカバリーシステムに限らず)ネットで日本情報を検索しても、中国のサイトがヒットする。

・日本研究・学習に何語の資料を使うかのアンケート@ルーマニア。英語が2/3(一番手に入りやすい)、ルーマニア語が1/3、日本語は1/6。ほぼ全員が「資料が手に入らない、足りない」が問題。手にとって調べられない、新しい本がない、日本語原書がない、英訳しかない、逆にルーマニア語翻訳がない。
・ブルガリア人はロシア語ができるので、ロシア語の日本関係図書を使うことができる、というアドバンテージがある。
・資金が問題。さらに、資金があっても買った本を置くスペースがない。収書のためのカタログ等の参考ツールがない。

・ソフィア大学で、バルカン半島日本語サマーキャンプ、国立民族学博物館での日本展示、子どもへの日本文化クラス、伊勢物語翻訳プロジェクト。これらのエネルギー源は、資金ではなく、学生の熱意であり、次の世代を育てることが重要
・学生になぜ日本語を勉強をしているのかを聞くと、就職とかそういうことではなく、文化を知ることで人間として豊かになれるから、という強い動機がある。日本に興味を持ってくれた学生を失いたくない。
・デジタル・ネイティブな若い世代には、スマホのアプリでの発信も重要
・特に若い世代の人々は自分の将来のことを考えると、デジタルが整備されるのを何年も待ってはいられない。当座の対応やつなぎでもいいから、”速さ”も必要
・谷口さん提言の「比較的早く着手できそうな課題」

・候補となる日本美術専門家を探し見つけて、招聘のためにアプローチをしても、参加してもらえなかった人・機関も多かった。(<e>費用全部持ちで、日本語条件を緩和して、参加を個別に働きかけても、こうであると。)
・セミナー(一方的に教える)、より、情報交換ワークショップ(対等に教え合う)。
・リンク集やツールなど、日本人だけで作るとガラパゴス化してしまう。海外の関係者の協力を得るべき。(<e>これはデジタルアーカイブ構築や研修事業等も、だろう)

・JACプロジェクト(Japan Art Catalog 日本の展示図録をアメリカ等の拠点図書館に寄贈し所蔵してもらうプロジェクト)について、当のアメリカのユーザにも知られていないおそれがある。(?)
・ピーターセンさんの著書(所蔵和古書目録)『Catalogue of Japanese Manuscripts and rare books』(2015)には、同じ本が早稲田のデジタルコレクションにあることなどを注記


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■生メモ全文

●基調報告(水谷長志)
・なぜこのJALプロジェクトを?について。図情大時代に、藤野先生のローマ国立中央図書館所蔵和古書カタログや北京日本学研究センター図書館支援などを経験。また、アメリカ滞在研修などが、企画の原点。
・目的5点。研修、日本側の理解、日本と受講者の交流、受講者間の交流、日本側が現状を再考する。
・1年目は、ほぼ日本人ばかりだったので予断・油断があった。
・2年目・3年目から、初対面同士でのグループワークを実施。

・3年間の総括。
・@日本美術専門家は、どこにいるのか?
・招聘候補者を探し発見するのが大変だった。(<e>ライブラリー? ミュージアム? ユニバーシティ? 東アジアくくり? オリエンタルくくり? 国は?)
・また候補を見つけても、招聘のためにアプローチをしたものの参加してもらえなかったところも多かった。(<e>費用全部持ちで、日本語条件を緩和して、参加を個別に働きかけても、こうであると。)
・A東アジア内で単独で日本担当というのは少なく、CJKくくりが主。その中でもJの相対的低下が目立つ。
・孔子学院・韓国国際交流財団(Korean Foundation)の積極的な支援活動に比べ、日本は特に政府・公的支援がジリ貧で、企業支援も大きくない。
・某大学の孔子学院看板のでかでかとしたこと・・・。
・B日本研究の低減化。
・北米大学では、特に学部生はネットワーク資源のアクセシビリティからCJK専攻を選ぶ傾向にある。画像のオープンアクセス、英文テキストがネットにあるかないかで、専攻を決める。
・デジタルの不備は結果として日本研究者を減らす。

●「ピッツバーグ大学でのJAL出張セミナー開講の試み」(谷口)
・JAL2016の一環として、実行委員のうち3名でピッツバーグ大学に出向き、そこで出張セミナー&ディスカッションを実施した。(ケーススタディであり、試みとして小規模に)
・これまでの参加者からの声「日本側が海外でセミナーをおこなってはどうか」による。
・また、JALプロジェクトは今後どうしていくのか、の模索でもある。
・セミナー+ディスカッション。講師・日本側3名、参加者・司書+博士課程学生(日本美術)計5名。
・北米学生はすでに紙媒体書籍をあまり使わなくなっており、書籍は郊外書庫へ。
・博士課程学生の研究内容はかなり専門分化が進んでいる。
・学生からの要望。画像のデジタル入手、展覧会カタログ、研究論文の公開、ポータルがほしい。
JACプロジェクト(Japan Art Catalog 日本の展示図録をアメリカ等の拠点図書館に寄贈し所蔵してもらうプロジェクト)について、当のアメリカのユーザにも知られていないおそれがある。(<e>? 本当ならかなり気になる話ではある。)

・課題の中でも、比較的早く着手できそうなものについて
・@(海外向け)日本美術研究のポータルの立ち上げ
・どこか、誰かがやったとして、その長期的な維持管理が課題。
・海外日本研究者と協力すること。日本人だけで作るとガラパゴス化してしまう。また、日本の日本美術研究と海外の日本美術研究に違いがある(美術研究と言うより、美術を通した社会文化文明の研究、等)。海外の日本美術関係者の協力を得るべき。(<e>これはおっしゃるとおり、日本研究リンクやツール作成、それだけでなくデジタルアーカイブやデータベース構築、支援活動や研修事業に、先方の協力を得ない手はないはず。)
・A日本美術及び日本学研究を専門とする大学教員、司書に対する定期的な情報提供。
・日本にとっての定番データベースが、なぜか学生に知られていない。理由は、大学教員が学生に教えないから。教えれば学生はそれを頼るようになる。なので、大学教員に情報提供するのが良いのでは、とのこと。
・B美術館出版物のリポジトリを立ち上げる。
・権利の都合でたとえ挿図がカットされていても、文章だけでもないよりはマシ。

・出張セミナーを終えて
・複数の大学や国でおこなわなければサンプルが少なすぎる。
セミナー(一方的に教える)、より、情報交換ワークショップ(対等に教え合う)のようなかたちがよいのでは。
・日本研究の空洞化問題に真剣に向き合う必要性がある。
・紀要だけでなく、商業誌のオンライン化が必要。
・「海外発信」における”戦略”がいる。発信自体が目的の安易な事業になってしまっていないか。そのためには国内者だけで検討せずに海外者と協力すべき。


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●●受講者たちの自己紹介+機関紹介

●マルタ・ボスコロ・マルチ/ヴェネツィア国立東洋美術館長
・北斎展2013、広重展2014など。
・アーカイブ15000点のうち、デジタル化が進んでいるのは3000弱くらい。
・700枚の一枚物、300の冊子を、2013年に赤間先生(立命館ARC)がデジタル化。
・2016年に日本文化に関する講演等の催しを16回やって、500人弱の参加者を得ている。

●メレッテ・ピーターセン/コペンハーゲン大学図書館司書
「日本における視覚資料と私」
・コペンハーゲン大学人文学部図書館の新しい建物内に、アジア図書館がある。
・NIAS Asia Portalはアジア研究のための北欧学術情報資源ポータルサイト。
・王立図書館のDigital National Library。日本関係のデジタル化資料は少ない。(多くがデンマーク・西洋のもの)
・ピーターセンさんの著書に、所蔵和古書目録あり。『Catalogue of Japanese Manuscripts and rare books』(2015)。詳細な解題にくわえて、たとえば同じ本が早稲田のデジタルコレクションにあることなどを注記(!)。
・編纂時によくつかったイメージデータベースのリスト。(<e>これが統合検索できたら、ってことだよね・・・)

●クリスティン・ウィリアムズ/ケンブリッジ大学図書館司書
「ケンブリッジ日本語コレクション」
・2016年からケンブリッジ大学図書館勤務。それまではボストン、ハーバード大学等。
・丸井グループの青井氏寄贈による青井パビリオンが本巻にある。
・本館青井パビリオンのほかに、アジア中近東学部図書館にも日本語資料あり(学部生用?)
・アジア中近東学部図書館の司書は、電子ジャーナル・データベースのリンク集を編纂。(webサイト「e-resource for Japanese Studies」)
・ケンブリッジ大学の本館には、日本文学の英訳と英語で書かれた日本研究書が、”納本”で収集される。
・今年の9月から学内ディカバリーシステムで日本語も検索可能になった。

●テロ・サロマ/北海道大学ヘルシンキ事務所副所長
・美術品だけでなく、美術品のストーリーに興味がある。
・ラムスデットコレクション(<e>要調査)
・「Tracing for uncatalogued Japanese artifacts in Finland」
http://eajrs.net/sites/default/files/uploads/salomaa_tero_16.pdf
・フィンランドにある日本美術品の所在、経緯履歴をまとめてデータベース化したい。その実現に向けて、今回のJAL研修でコネクションができた。

●ヴァレンティナ・フォルミサノ/ラファエレ・セレンターノ・アートギャラリー(ソレント)のキュレーター
・ナポリ東洋大学で日本近現代美術を専攻(イタリアの未来派芸術運動の日本への影響)
・東郷青児に関する新聞記事や雑誌等、イタリアの市立図書館にある資料で、日本とイタリアの芸術運動に関する関係がわかる。
・大原美術館に神原泰文庫として神原泰の資料あり。大原美術館の未来派に関する資料の収集について。
・2016年より現職。このアートギャラリーは日本美術の専門機関ではないが、今後は日本美術関連イベントを催して、日本文化交流につなげたい。

●グッド長橋広行/ピッツバーグ大学図書館司書
「ピッツバーグ大学図書館の日本美術コレクション」
・Barry Rosensteel Japanese Print Collection。
・デジタル化して公開したが、重複(日本公開済み)があとからみつかった。デジタル化作業が重複しないよう、日米での協力体制が必要。

●ウェイン・アンドリュー・クロザース/オーストラリア国立ビクトリア美術館(NGV) キュレーター
・NGV設立(1861)後まもなく、1880・1888にメルボルンで万博が開かれ、その日本美術展をきっかけとして収集が始まる。
・Hokusai Manga Multimedia。若い人にも人気な北斎漫画をデジタル化してタッチスクリーンで自由に閲覧できるようにした。
・タブレットで鎧(若い人に人気)を、360度+拡大+Xレイで見ることができる。
・2017年7月北斎展の予定。その後、大正昭和のモダニズム作品を収集・展示する予定。

●ゲルガナ・ペトコヴァ/ソフィア大学日本現代文化研究センター所長・准教授
・ソフィア大学は1888年創立。日本学専攻は1990年設立、修士博士課程まであり。
・美術品のコレクションはブルガリア国内には少ない。認知度も低い。が、日本文化への関心は高い。最近はポップカルチャーが人気。ソフィア大学の日本学専攻への希望者は150人いて、うち26人が入学できた。(<e>なんという高倍率)
・ソフィア大学現代日本研究センター、2016年に設立。
バルカン半島日本語サマーキャンプを、JF支援で、ソフィア大学が主催。バルカン半島地域の日本語を学ぶ学生たちが集まり、交流。
・2014年、ブルガリアの国立民族学博物館で日本学科との協力で日本関係の展示がおこなわれた。
・2014年から、子どもへの日本文化クラスが日本学科の協力で実施されている。
・伊勢物語翻訳プロジェクト。
・これらのプロジェクトをセンターでおこなうにあたって、もっとも重要なエネルギー源は、資金ではなくて、学生の熱意です。次の世代を育てることが重要。

●アウローラ・カネパーリ/国立キヨッソーネ日本美術館
・National Civil ServiceによるVolunteers。(<e>詳しく知りたい)
・イタリアにおける日本美術コレクションとしては最大。
・1年間のプロジェクトとして、ミュージアムコレクションのプロモーション。ガイドツアー、ギャラリートーク、子どもワークショップ。企画展の準備。
・International Digital Archiving Project (2016.8)


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●基調講演(フォクシェネアヌ・アンカ/ブカレスト大学教授)
「東欧における日本研究の情報・資料収集の問題 : 博士課程の事例を中心に」

・2016年11月日本語学科の学部3年生、修士、約30人を対象にアンケート調査。
・授業の調べ物は? インターネットが2/3、図書室が1/3
何語の資料を使う? 英語が2/3、一番手に入りやすい。ルーマニア語が1/3。日本語は1/6。
・困っていることは? ほぼ全員が「資料が手に入らない、足りない」。ルーマニアの中ではまず手に入らない。手にとって調べるということがまずできない、司書を通してリクエストして始めて手に取れる。新しい本がない。日本語原書がない、英訳しかない。逆に、ルーマニア語翻訳がない。買うと非常に高い。どれも大きな問題。

・東欧の日本研究概観
・2000年以降、修士・博士課程が整備されるようになってきた。
・ただしPhDのための指導者が足りない。(博士学位取得のためには、日本に行く?)
・資料が足りない。←→研究分野が限られる、という悪循環
・国を越えてコミュニティに参加すること(会議、協会への参加など)をあまりしていない。
・東欧でメジャーな研究分野は、日本語・言語学、文学・文学史、歴史・文化史。一部に、美術・芸術、宗教・思想、その他。経済や現代社会、ポップカルチャーはまだ少ない存在っぽい。
・スロベニアに、比較図書館学史(日本)という分野の講座があるらしい。(<e>要調査)
・メジャーな研究分野が、指導教官を左右し、博士課程学生のトピックを限定することになる。

・資料入手の問題。
・英語が中心で一番多い。日本語の資料は少ない。母国語も少ない。
・一般向けの本が多く、専門分野・学術書は少ない。
・日本について書かれている本も少なく、それが学問的なものはもっとすくない。なので、日本関連書を扱う本屋(Takumi)の品揃えも大学で学ぶ者の役に立つわけではない。
・図書館には、古い本しかない。
・日本大使館、JFブダペスト、大学内の日本語学科の小さい図書室、日本文化協会のようなところの図書室、などにあるという感じ。(大学学習向けとは限らない)
・ブルガリア人はロシア語ができるので、ロシア語の日本関係図書を使うことができる、というアドバンテージがある。

・司書の待遇・ステータスが低い。
・日本語学科の教員が図書室の管理をする。
・ヨーロッパ美術の専門家であるキュレーターが、片手間に日本美術を扱う。
・資金が問題。
・資金があっても買った本を置く場所がない。(スペースの問題)
・収書のための参考ツールがない(カタログ等)
・東欧の若い人たちのための研修(日本に行きたくても行きにくいので、東欧での実施を望む)

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●●グループ・プレゼン「日本美術の資料に関わる情報発信力の向上のための提言」

●グッド・ピーターセン・ボスコロ班
「日本から海外へ : 日本におけるデジタル化資料をいかにして外国人研究者に伝えるか」

・Googleからたどり着けるデータベースであってほしい。
・日本語以外のGoogleからアクセスが困難なものがある。(<e>? 要確認)

・英語・ローマ字での検索・表示が必須。それができないため日本資料の可視性が低い。全文・完全な英語化は無理でも、英文のアブストラクト・メタデータがほしい
・これらは他分野・他地域の(日本が専門ではない)研究者に有益。
・国文研の歴史的典籍事業では、英語あるいはローマ字での検索精度の向上やデータベースの多言語化について取り組まれている。(<e>要確認)
・CiNiiではローマ字/英語で検索ができる。(注:CiNii Articlesの英語画面でこの説明がされたが、これはレコード内にローマ字・英語データが含まれているものがヒットしていると思われる。CiNii Booksには「ローマ字をカナに変換」機能がある。)
西洋の研究者たちがよく利用する日本美術のデジタルアーカイブは、例えばニューヨークのメトロポリタン美術館やロンドンの大英博物館による日本美術作品のデジタルアーカイブ。海外の機関だから日本に比べて情報量は貧弱だが、それでも、日本語が読めない研究者にとって使いやすいデジタルアーカイブは、海外発のほう。
・例:Ukiyo-e.org なども非常に利用度が高い。日本からは江戸東京博物館、早稲田大学演劇博物館、立命館大学等が参加。(<e>正直、江上自身も浮世絵でまず使うのはUkiyo-e.orgのほう。こっちのがよっぽど探せる。)

・内部のみ・館内のみ公開のデータベースは困る。せめてメタデータだけでもいいからオープンアクセスにしてほしい。これについては、日本のユーザだって困るはず。
・統合検索システム(主要なポータル)が必要。散在しているDBの統合検索により効率よい検索ができるように。また、小規模な機関(自前でオープン化しがたい)の資料の可視化を高めることもできる。

・ICOM2019京都は日本のデジタルアーカイブを海外にプロモーションするいいきっかけになるのでは。こういうところで積極的に情報発信してほしい。
・AAS、CEAL、EAJRS、EAJSなどの国際会議に参加して、ブースで広報したり、ワークショップやパネルを開くなどしてほしい。(国文研は古典籍事業の説明会を複数回設けてくれた)
・AASなら、グッドさんが申請書の作成からお手伝いしてくれるそうです。


●サロマ・ペトコヴァ・フォルミサノ班
「アートは世界の遺産」

・海外の研究者も、日本の美術と図書館のデータベースにアクセスする必要がある。特に、大学に所属していない個人研究者はアクセスが難しい。
・海外からの資料・情報へのアクセスについて、韓国・中国は協力的。
・Korean Foundation(韓国国際交流財団)は、海外図書館でも韓国のデータベースや資料にアクセスできるよう経済的援助をおこなっている。(<e>詳しく知りたい)。
・ロンドン大学SOASのwebサイトに掲載されている、利用できる契約ものデータベースのリストを比べると、中国のデータベースと日本のデータベースではそのリストに約3倍の開きがある。
・著作権切れ資料はオープンアクセス化を。全文が無理でもメタデータ、アブストラクトの公開、またはリンクによる情報提供を。

もっと日本人研究者と直接コンタクトを持つ機会やネットワークが欲しい
・現在の研究は”共同研究”が重要。
研究者情報、研究者の著作・研究成果に関する情報。国際的プロジェクト、ワークショップに関する情報。日本にある美術作品の所在や展示のためのスポンサーに関する情報。これらが、オープンにかつ英語で探しやすくあってほしい。

将来への展開としての、若い世代へのアプローチ
・デジタル・ネイティブな若い世代は、スマホで日本資料にアクセスできないと、日本研究から離れてしまう(中国・韓国研究や、サブカルチャーへ転向)
・(スマホ対応という意味では)アプリでの発信も重要。くずし字アプリのようなものについて、美術品や美術文献アプリもあるとよい。
・立命館ARCでは学生をプロジェクトに参加させている。

・プラットフォームを集約してほしい。各機関のデータベースが散在していてバラバラで、様子がわからない。
・複雑なインタフェースの使用はユーザをあきらめさせる。ユーザフレンドリーなインタフェースにすれば、海外にも普及する。
・例:Tokyo Art Beat は、ポータルサイトとしての機能を持つ。

・フィードバックは大事。2015年のJALプロジェクトでのコメントがきっかけで、奈良国立博物館仏教美術資料研究センターのインターフェースが改善された、とのこと。(<e>要確認)

・Kahlil Gibran ハリール・ジブラーンの詩
 「On Children」(子どもについて)
 「あなたの子どもはあなたの子どもではない。
 子どもは「生命の渇望」の子どもである。
 子どもはあなたを通ってくるのであって あなたからくるのではない。
 子どもはあなたと共にあるが 子どもはあなたのものではない。」


●ウィリアムズ・カネパーリ・クロザース班
「日本の文化資源を広めるための協力」

・多くの研究機関のデータベースがまとめて検索できるようになってほしい。個別に検索しなければならない現状では、日本語ネイティブではない海外ユーザには壁になる。
・人間文化研究機構のnihuINT、NDLサーチなどのコンセプトがよいが、集約し切れていないので改善の余地あり。
・例えばケンブリッジ大学など海外の機関で日本資料のデジタル画像を公開しているが、日本のユーザは日本資料を探すために海外サイトを見ることはないだろう。ポータルサイトがあれば、その可視化も可能になる。
・そのために必要なのは、海外との連携・協力(例:メタデータの標準化など)。
・敷地内/来館者のみ、国内のみ、という問題。海外からもアクセス可能にしてください。

・日本語を知らないが、日本資料・情報を求めるユーザは、日本を世界に伝える架け橋になる。
・英語/ローマ字による検索・表示。ローマ字と英語の両方の表記があれば、日本語の苦手なユーザも、有用なキーワードが何かをさらに学ぶことができる。
・サムネイル画像の重要性。本や論文の表紙、画像そのもののサムネイル画像。これがあれば、日本語ができるできないにかかわらず、検索がスピーディーになる。
・<e>サムネイル画像は、羅列された情報を直感的/瞬間的に評価できるという意味で、日本人にも効果大。

・今回のJALプロジェクトでの研修が、学生時代にほしかった。若い学生にもニーズがあると思う。日本から海外に出向いてこのような研修を実施しに行ってみてはどうか。

・文化政策による公的資金は、どの国でも不足/削減の傾向にある。
・私企業や個人からの資金調達が必要になる。
・資料収集や、デジタル化事業について、私企業等からの資金調達を検討すべきだろう。


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●ディスカッション
・内閣府知的財産本部による、デジタルアーカイブのポータルの実現についての検討が進行中。
・国立博物館の統合検索システムも開発中。
・有料のe-resourceは情報がよく届くが、フリーのそれについて情報が来ない、という問題がある。
・学生になぜ日本語を勉強をしているのかを聞くと、就職とかそういうことではなく、文化を知ることで人間として豊かになれるから、という強い動機がある。日本に興味を持ってくれた学生を失いたくないんだ、と。
・解決に時間がかかるのはわかるが、一方で、特に若い世代の人々は自分の将来のことを考えると、そんなに何年も待ってはいられない。環境整備に時間がかかると見ると、あきらめざるを得ない。待たせるだけでなく、当座の対応やつなぎでもいいから、”速さ”も必要ではないか。
・その方法のひとつとして、JALプロジェクト受講生・関係者・来場者によるメーリングリストをつくって、情報交換をするのはどうか。
実行委員会で、提言内容の実施に向けての働きかけまでをするべきでは。
・日本でポータルができないのは、著作権のせいではないですよね、著作権ならイギリスのほうがもっと厳しいはずです。
・電子版でジャーナルを刊行してほしい。世界に共有してほしい。
・若い世代はネットの情報を頼りにしている。ところが(ディスカバリーシステムに限らず)ネットで日本情報を検索しても、中国のサイトがヒットする。たくさんヒットしてくれれば若い人に情報が届くようになる。
posted by egamiday3 at 18:56| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月13日

デジタルは持たぬが閲覧の役に立つ : 「文化資源のデジタルデータ流通に突きつけられた課題--国文学研究資料館のオープンデータ公開と永崎研宣氏による公開から考える」を読んだメモ


 ↓こちらの記事を拝読して、考えたこと、思ったことのメモ。
 メモなんで、いつも通り粗雑な思いつきレベルで、結論も特にないです。過度な期待はしないでください。

・笠間書院 kasamashoin ONLINE:文化資源のデジタルデータ流通に突きつけられた課題 ―国文学研究資料館のオープンデータ公開と永崎研宣氏による公開から考える[後藤 真(国立歴史民俗博物館 研究部准教授)]
 http://kasamashoin.jp/2016/11/post_3796.html

 一読してわかんなかったところは、↓過去の経緯をさかのぼって再読しました。知らぬは一時の恥だが参考文献リンクは役に立つ。

・「電子資料館から公開している画像データのうち、原資料の所蔵先が国文学研究資料館のものについては、「CC BY-SA 4.0 国際ライセンス」の条件で提供しています。」(2016年10月11日)
 国文学研究資料館 日本古典籍総合目録データベース  http://base1.nijl.ac.jp/~tkoten/
・Mirador 2.1 (IIIF対応ビューワ)リリース&日本の古典籍が登載! - digitalnagasakiのブログ
 http://digitalnagasaki.hatenablog.com/entry/2016/09/17/034714
・笠間書院 kasamashoin ONLINE:永ア研宣氏が、国文学研究資料館の館蔵和古書画像19451点の古典籍をIIIF対応に。Mirador 2.1 (IIIF対応ビューワ)をダウンロードして、それで見ると、従来より格段に見やすくなり非常に便利です!!!
 http://kasamashoin.jp/2016/10/post_3782.html

 そしてtwitter界隈のその後の反応がこちらにまとまっているという感じ。

・「文化資源のデジタルデータ流通に突きつけられた課題―国文学研究資料館のオープンデータ公開と永崎研宣氏による公開から考える」(後藤真・国立歴史民俗博物館)に寄せられた関連ツイートまとめ - Togetterまとめ
 http://togetter.com/li/1044603


 以上をふまえて、以下個人的につれづれに考えたこと。 

 一読して、まったくおっしゃる通りです、という感想。
 そして、いままでやってきたこととそんなに変わんないかな、という印象です。

 ごくごく端的にまとめると、
 文化資源「オープンになった!」
→外の人「デジタルは自分で持たぬが閲覧の役に立つブラウザつくった!」
→ユーザ「こっちのが見やすい!」
→所蔵元「あ・・・」
 の、「あ・・・」の部分を社会全体から引きの画で見てどう考えるか、かなっていう。

 ただ、IT(死語?)に弱い自分から見ると、どっちのインタフェースにたどりつくのも使い慣れるのも、結局慣れが必要な感じなので、あんま違いはないかな、という気はしました。気だけなんで、違うのが出ればまたころっと印象かわるんでしょうけど。そういった意味では、ITに弱い人のために所蔵元が、アクセスだけじゃなく閲覧環境も提供する、っていうのはいるよなと。

 で、その「あ・・・」の部分なんですけど、まとめで危惧の声もあってそれもある意味わかるんですけど、このブログは図書館馬鹿のブログなので図書館の話で言うと、紙の本の所蔵と提供についてはすでにそういうことをやってるわけですよね。
 これはどんな種類の図書館であろうとまたは大学共同利用機関であろうと、本・資料を共有してもらうために一時的にお預かりして提供している、という点ではいっしょだと思うんですけど、最終的に共有してもらうのが目的なんで、がんばってそれに専心してるっていうところはありますよね。大学共同利用機関の図書館として言えばそれは”相互利用”・ILLになるんじゃないかな、来館利用もそうなんだけど、やっぱ図書館間貸出の方法のほうが現実的じゃないですかね。うちとこの貸出件数をNACSIS-ILLで見ると、27年度が年間680件で第26位か、京大さん早稲田さんみたいな蔵書は持てないにしても共同利用機関としてはもうちょっとリクエストされたいですね、蔵書は少ないが役に立つって思われたい。うちとこみたいな辺鄙な山奥図書館は直接サービスに不向きなこと極まりない以上、どう共有してもらいますかというとどうしてもそうなります。
 そんな中で、現物貸出ができない古典籍の類については、デジタルでオープンでオンラインでヤフー!な感じにしていきましょうっていう流れなんだったら、じゃあそれは紙の本混じりで考えたらいままでやってたこととそんなに変わんないかなという。(なんでデジタルのあり方のことを紙混じりで考えてんだ、って思われるかもしんないけど、紙かデジタルかのメディアのちがいなんてそれこそ長い目で見れば誤差かなんかでしかないし)

 例えばわざわざよそさんに貸し出すっていうのは、自館に来てもらって自館内の閲覧机で物理的時間的環境的制約がある中でのみ使ってもらうのが不便だし忍びないから、っていうふうに考えたら、デジタルをオープンに公開するのは、自サイト内に来てもらうだけでは不便だし忍びないから、ってことにつながると思うんですけど、でもそれは決して、自館に来てもらうことを投げてるわけでも否定してるわけでもないです、実際、来館して現地で利用した方が都合がいいというような人は、遠隔地からでもわざわざおいでになりますから、それはそれでどうぞ、どうぞどうぞ、という感じです。
 それは普通の図書館さんでも同じだと思います、所蔵図書を、館内で読みたい人は読んでもらう、そのための机も環境もある程度はコストをかけて用意します、場所の維持はお金かかりますけどそれでもだいたいの図書館さんはやってる、でもそれも完全じゃないし、おうちや通勤電車内で読みたい人は借りてってもらったらいい、自宅で好きなようにマッシュアップしてくだすったらいい、それは自館から遠く離れますけど別にいいじゃんという感じで。大学における”図書館内での”ラーニングコモンズの整備なんかは、その逆走にあたる活動なのかなと思うんですけど、結局全学生が全時間ラーニングコモンズ使えるだけのリソースが館内にあるわけでもないので、やっぱり、どうぞ使いやすいところに持ってって使ってください、って資料を放出しているという意味では、永崎さんのやってることといっしょかなって思いました。(ていうか、それが「いっしょ」に見えるくらい遠くからいま見てます)
 例えば、うちとこは創設時に「所内に展示施設を持たず展示活動をおこなわない」方針でいこうってなったそうなんですけど、でも、あちこちに所蔵資料(主に妖怪&春画)をあちこちに貸し渡して展示施設に置いて展示してもらう、っていうことをしてますので、それもものすごくざっくりまとめれば似たようなもんだなと。

 ただ、古典籍資料の類のデジタルでオープンな公開のほうに目を戻したときに、その手の資料って、資料そのものやそのコンテンツだけではなくて、「現在の所在」もその資料の属性情報・来歴情報としてすごく重要で、それによって個体の識別とかをするわけなんで、いくらオープンに公開流通複製ばらまきされるとしたとしても所蔵機関情報はがっつりかつ正確に記されててもらわないとなって思います。後追いができないと意味がないので。
 で、それがちゃんと出てたら、結果として”存在感”はついてくる、かな、どうかな、そう願いたいという感じですが。
 ILL現物貸出でも、資料1点1点を相手一人一人に貸してる時には、それがうちとこ所蔵のものかどうかなんて借りたご本人には何の意味もないだろうし伝わってもないだろうなと思うんですけど、それが、年間でトータルこれだけとか、引きの画で見るたときに、あ、あのなんとかいう山奥図書館さんはこういった類のをちゃんと持っててちゃんと提供してんだね、ってのが可視化されるといいんだけどなあ、どうかなあ。そのあたりは”国文”とか”京都”みたいにキャッチーなワードが機関名に入ってないとなかなかわかりやすい”気付き”は世の中から得られないかもしれない。
 でもだったらその”気付き”がほしいんだったら、別の広報活動なりなんなりで相手の背中バンバン叩いて振り返ってもらうことでやらなきゃしょうがなくて、それは天の岩戸みたいにして気を引くのとはちがいますね。

 ふだんTwitterで「寄席に行く」みたいにしょっちゅう言ってたら「egamidayさんは落語の修行もしてるのか」みたいに問われて慌てて否定したんですけど、要は、司書/司書教諭の科目で教壇に立つコーギ活動を「寄席」って言ってるだけなんですけど、その寄席で、黒板にこういうのを書いて、
 【情報・思想---コンテンツ・著作---本・メディア---図書館---司書---サービス---ユーザ---社会】
 ユーザが必要としてるのは情報・思想やそのコンテンツ・著作のほうであって、図書館やサービスそのものを目的としてるわけじゃないから、「本・メディア」だけじゃなく「図書館--司書--サービス」のとこまでひっくるめてメディア(なかだち)なんだって、そのメディア部分をいかに短縮するか&保証するか、っていう考え方について、その寄席の演目が情報メディアの活用だったんでそういう噺をしたんですけど、そういう意味では、オープンにしたデータだろうがブラウザだろうが結果メディアでしかないし、そのひとつの所蔵機関が評判を得るとか存在感を保つというのも畢竟メディアの一ありさま、メディアとしての本務をまっとうするための一ステップであり、一ステップでしかないと言えばない。
 ないんだけど、ただ、世知辛いというかまあいまどきはそうだよなっていうのが、いまのご時世、時代の趨勢要請でいくと、その一ステップがとてつもなくでかくて否応無しに生殺与奪をあれしてくるみたいになってるので、懸念していかなきゃいけない。ってなったときに、オープンにした"だけ"では「スマッシュヒット」という便利な言葉で得られるくらいのものしか得られないだろうなので、それ以外の棒でも背中バンバン叩いてかなきゃしょうがないな。なんせ、オープンもIIIFもメディアでしかないんだったらそれは唯一解でも絶対解でもない、それ以外の棒を古いのでも新しいのでも振り回してかなきゃな、っていう。

 本当は「その棒とはなんだ」が主問題だと思うんですけど、それはもっともっと長期的な目で探したいなと思うので、とりあえずはそういうところまで考えました、っていうメモです。メモですって言って、逃げます。逃げるは(略)

posted by egamiday3 at 23:36| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月05日

201609eu・ブカレストの想い出メモ

 201609eu、ブカレストへ行ってきましたのメモ。
 食の想い出が大半を占めているのは、それ以外に旅情らしい旅情がほとんどなかったパターンだから。


●9/12-13 往路
・9/12-13、移動からのインにイン。
・今回は、欧州向かい便が夜行になる初のパターンで、夜に羽田を出て早朝にパリに着く。一見よさそうに見えて、要は伊丹行ったり羽田で待ったりパリで待ったりと無駄な時間が6-7時間増えるだけなので、次からは極力やりたくないです・・・。
・しかも伊丹→羽田間という国内移動がやっぱりいつまでたっても慣れない。ペットボトル持ち込んでもいいの?っていうのをググるくらいに不慣れ。これが関空だったらもうちょちょいですっと搭乗できるのに。さらに羽田で降りてパリ行きに乗るのに、さっぱり要領を得なくて、歩き回り聞き回りした結果なんと一回外に出なあかんということに戸惑う。おまけに羽田の国際線ターミナルにはセキュリティの内側にスタバのないことが判明。せっかく水筒持ってきたのに・・・関空が懐かしい・・・。
・なんだかんだでパリ空港。こんな朝日の中で、2時間くらい仕事メール対応してた。http://pic.twitter.com/wqNcTWZdyV
・ブカレスト向かいの便から地上を眺めたら、あきらかに氷河浸食的な地形が見事だったけど、あれって場所的にどのあたりだったんだろう。
・それにしても日射しが京都並みに暑いので、フロントのおねえさんに「今日はこれ暑いのそれともいつもこんな感じなの?」と尋ねたら、珍妙な顔で「いい天気だと思う」みたいなこと言うてはったけど、あとでいろいろ聞いたらどうやらこの日は、昨日までに比べてやっと涼しくなってきた、というレベルだったらしい。ルーマニア半端ないなと思った。そういえばルーマニアってチャウシェスク映像で寒そうなところしか見てなかった。
・町に出て歩いていたら、夕暮れ青空ミュージカル映画上映イベント、みたいのをやってて、平和な町じゃないですかね、って思た。 http://pic.twitter.com/KVcOg3KOAg
・この日は旧市街のH&Mで衣類の買い増し、古道具市の開かれている建物を見つけて立ち寄る(後日談、実はそこが旧・国立図書館だったとのこと)、おしゃれ本屋をチェック、スタバをニアミス、という感じ。
・おしゃれ本屋はCrtureti Carusel と言って、雑貨や文具、食器・茶器、ワインなどを一緒に売ってる、建築内装もいい感じの本屋。これは京都にもあるべき! http://pic.twitter.com/0VUpCZ8LKQ

●滞在中
・9/14。EAJRS1日目、ブース設営、大急ぎランチ、ギャラリー見学、レセプション、友人たちと旧市街へ食事、という感じ。
・9/15。EAJRS2日目、ブース、パブランチ、国立図書館で浮世絵見学、旧市街でトラディショナルディナー、サラマンカの悪夢再来、みたいな感じ。
・9/16。EAJRS3日目、ワークショップ、ベトナムランチ、ルーマニア料理、という感じ。
・9/17。EAJRS4日目、大塚先生の発表、総会、イタリア料理ランチ、エクスカーションで大統領パレス、農村博物館、チャウシェスク宮殿、やっぱり旧市街でルーマニア料理、という感じ。

●9/18-19 復路
・9/18-19、帰国日。早朝のタクシー、ブカレスト空港、新装開店のアムステルダム空港、ふつうに関空。
・帰路の思い出は、すっかりきれいになったアムステルダム空港と、KLM機内の壁の模様。旅をする人たちを真上から眺めたような図?? http://pic.twitter.com/REoObUfVtu

●EAJRS2016ブカレスト大会
http://pic.twitter.com/fuH8Z8aw6F http://pic.twitter.com/0Bixmzduya
・上を向いて歩こう。
・いつもと違って、東欧・北欧からたくさん来てはった。良いと思います。
・で、そうなるとやっぱり、ライブラリアンというよりは研究者が来てはる、ということになるので、図書館・ライブラリアンに向けての、に限っててはあかんだろうということになる。という認識をあらたにする。
・ワークショップの来客は、資料収集相談、OPAC・なぜかタグ機能が人気、ILL議論、やっぱり妖怪、という感じ。
・エクスカーションでいろいろトラブってたので、コーディネータの負担が大きいの課題じゃないかな、というのは、EAJRSに限らずどんなイベントごとでも抱く感想。
・ライデンのライブラリアンがところどころでストリーミングしてたけど、あれって個人ベース活動だったんだろうか?

・発表時や司会トーク時に、たびたび、「我々に関係の深いNBK」とか「NBKについてはもう多くを言うまでもないでしょう」みたいに言ってもらえてたのが、うれしかったです。まだまだちゃんとがんばります。
・慶應のメディアセンターによる海外人事交流というか在外研修派遣について報告があったときに、オックスフォードのライブラリアンが、「日本からの在外研修を受け入れることで、海外日本研究の味方が日本に増えてくれる。お礼を言いたい」みたいなことを言ってたので、ほんまそのとおりだなあと思たです。
・資料保存のセッションでは、やはり千差万別な相談質問が続出してやまない。資料保存と著作権で質疑応答やるとどうしてもそういうことになるなあと思う。
・立命の人の発表で、HathiTrustやProQuestのデジタルアーカイブ化で何が起こったかというと、これまで日本の研究者が使わなかったような、日本古典の海外翻訳/翻案作品なんてのがあっさり流通し活用が容易になった、というような話があって、デジタルアーカイブってどんな変化が起こるかわかんないところが、ボヤボヤできないよな、っと思たです。
・そして、NBKの先生の研究発表は、これまで以上にフロアから多くの質問やコメントが飛び出し、議論に発展したような感じにもなり、かなり盛り上がってよかったなという感じ。
・EAJRSにしろCEALにしろ、AASもそれが京都開催のものだって、心地よさを覚えることの最たるのは、国も分野も組織も業種職種も職位的なのをこえて、みなフラットに、議論したり発言したり情報共有したり駄弁ったりお酒呑んで食べてはしゃぎあったりできること。(英語力だけが高い壁)
・【重要】来年のEAJRSは、2017年9月13日から16日まで、オスロ大学にて。

●宿所
・キッチン付きの宿。調味料がないのは仕方ないとして、食器や調理器具があっても洗剤やスポンジもないし布巾もないのはどういうことだ、と思いながら、フェイスタオルを使って「布でお湯洗いすることで油汚れを落とす」パターンの技を駆使してたら、3日目くらいから布巾が置かれるようになったというw
・キッチン付きの何がいいって、朝からやる気の出るものを夜が明ける前からでもがっつり食べられる(例:常備菜的に作ったナスとパプリカとベーコンのトマト煮詰めに、スライスチーズと食べ残しのポテトフライをのせて、レンジでチンしたの)し、昼夜の外食がはずれでも最悪部屋に戻ればいいと思いきれるから、一日の活動がすごく捗るんですよね。

●食
・パリ空港の売店に、鮭の混ぜ味ごはん弁当みたいなのがあって、気になっていただいてみた。混ぜごはんとしてもまあまあ美味かったし、なんかへんなプチプチが混ざってたのが意外と悪くはなかった。プチプチは、クスクスかな?と思ったけど、後から人に聞いたらなんかそういう”スーパーフード”的な流行りものの食材があるらしいので、それかなっていう。パクチーと、お好みでのコリアンチリソースがいい。
・ブカレストのチェーンスーパー、MEGA IMAGE。ホテルのフロントで聞いたら「メガ・イマージュ」というので、ああやっぱりラテン系なんだな(?)と思った。
・スーパーで買い物。魚は少ない。野菜はでかい。値段は日本感覚より薄く安いのと、どえらく安いのがあるな、という感じ。PBのマスタードひと壺が20円とか。炭酸水1リットル10円とか。
・スーパーでなんとなくナス買ったけど、前の晩のトラディショナルディナーで、ナス料理3皿出て、さすがに翌日食べる気にはならなかったという。
・調理用のトマトソースで、トマトと、たぶん松の実的なのがペーストになってて、その他ニンニクその他で味付けしてあるやつが、すごくはかどって使い勝手よかった。あれ日常的にほしい、けど、日本だとだいぶお高いんでしょうね・・・。
・スーパーで200円くらいで買った小ぶりのソイソースが、ジャンクに薄甘い味付けがしてあって、ちょっと笑ったけどあれたまに普段使いするにはいいかもって思った。豚バラの素焼きにちょちょって付けて食べるの。持って帰れないのがもったいなかった。

・宿の近くにアイリッシュパブがあって、名前がブラム・ストーカー、壁画がブラド・ツェペシュ、ルーマニアビールを呑ませる、アイリッシュパブ、ってできすぎてませんか?
・ルーマニアのビール「Ursus」という銘柄のがあるんだけど、複数種類いただいたけど、あまり、これはっ、ていう感じのはなかった。ただ、最終夜の店にはUnfilteredのドラフトがあってそれはばっちり美味かった。次があればこれからスタートで。

・昼食がなかなか難しかった。ルーマニア料理の特急ランチで冷めた肉とか、パブランチで鶏と野菜の中華風甘辛照り炒めジャスミンライス付きでこれは美味しかったけどすげえ時間がかかったとか。たぶん、昼食は時間に余裕をもってないとちゃんとしたものはとれないんだと思う。
・よく、昼食に時間をかける、っていう習慣あるじゃないですか。あれって、”かける”というよりは”かかる”なんだろうな、とやっとわかった気がする。
・昼食で、いつもは参加者となんとなく連れだって行くのを、ふわっと抜け出してベトナム料理のファーストフード的な町の小店に行ってみた。豚の角煮丼的なの。軽食でも、米を肉で食う料理でなく、とにかく肉を食うのに米が寄り添ってる、くらいの肉食い料理だったなという感じ。そういう感じになるので、欧米でアジアフードいただくの、好き。それで食後におーいお茶濃いめとか欲しくなるけど、ないじゃないですか、それでスーパーでノンアルコールビールあったりするじゃないですか。

・トラディショナルディナーは予約困難なルーマニア料理の名店らしく、店の作りが珍しくゴシックで建築的に興味のある感じ。料理は、1皿目が茄子のペーストと豆のペーストをパンにつけて食べる。2皿目が茄子のトマト煮をパンにつけて食べる。3皿目がひき肉の俵型ソーセージ風ハンバーグで、ルーマニア料理の有名なの、これはビールに合う美味いなんだけど、付け合わせがでっかい茄子とズッキーニの輪切りを油で焼いたの。デザートが馬鹿でかい揚げドーナツのクリーム&シロップ添え(パパナシ)、ひとり一皿。茄子、茄子、茄子、高カロリー、ていう感じ。
http://pic.twitter.com/IETBn0a8zg  http://pic.twitter.com/IdTgtdBblk http://pic.twitter.com/Q9F3DDCcIl
・最終夜の食事会で、ルーマニア料理の中でもぜひ試しておきたかったという、トリッパ(牛の胃)のサワークリームスープ的なの。  http://pic.twitter.com/UmhS6WjCLu トリッパはまあまあ臭みが取れててよかったんだけど、スープもトリッパも塩気が致命的に足りない(注:日本人基準で)のと、そもそも自分はサワークリームのスープのようなものが好きではない(おいw)のとで、結果、トリッパだけ引き揚げて塩胡椒をまぶして食べるという行儀の悪さを露呈した。これがトマトベースならとも思ったんだけど、それだともう完全なイタリア料理やな。
・古代ローマからの血をひく土地柄だから、イタリア料理屋は美味くなきゃいけないという誇りと自負みたいなのを持ってるので、イタリア料理屋は美味い、みたいな噂話を聞いた。まあ、ルーマニア料理全般がイタリア料理寄りっぽい。
・これもルーマニア定番の、ひき肉の俵型ソーセージ風ハンバーグは、まあ、そりゃ美味かろう、という感じ。日本でもフツーに居酒屋料理に採用したらいいのになって。

・最終日に冷蔵庫片付けるからと言って、残ったパスタ(フェトチーネ)と、残った豚バラと、日本から持ってきたシジミ味噌汁パックを使って、即席の”豚汁ほうとう”みたいなのを作ったら、欲望のリミットがはじけるくらい美味かった。
・ルーマニア空港で売ってたお土産菓子で、ルーマニアのを選んで買おうとすると、いつのまにかトルコ菓子を選ぶようになる感じだった。トルコ+イタリア→ルーマニア?
・そういえば、EAJRS会場のコーヒーブレイクのケーキが、結構人気だったし、確かに美味かった。お菓子には吉な土地柄?
・そういえばそういえば、トラディショナルディナーの最後に、ひとり一皿、馬鹿でかい揚げドーナツのクリーム&シロップ添え(パパナシ)が出てて、この時間帯にこのカロリー摂取するの絶対アウトだろうという殺人的な、でもペロッといっちゃったやつがあったけど、やっぱりお菓子には吉な土地柄か?
・結局ブカレストでスターバックスに行けてなかった。一番の心残りではある。いつでも行けるような店に見えても、行けるタイミングがあるときに行っとかないと、行きそびれるもんだな、っと思った。
・あとスキポールの売店に売ってたカップうどんは韓国商品だったので、がんばれニッポンと思った。

●その他買った物
・気候が夏場の京都とかわらないくらいで、思った以上に汗をかなりかくので、急遽H&Mで服を買う。Tシャツ500円、ワイシャツ1500円。やっぱり安め。何かを買うのに躊躇しなくてちゃちゃっと買える、っていうような物価だなという感じ。ただしワイシャツは、ヨーロッパ体型向けらしく、腕が長くて肩幅が長くて胸囲がきつい、ちんちくりんさ加減。
・ルーマニアダンサーの民族衣装人形。目がかわいいので買った。

●持っていったもの
・おーいお茶の顆粒が想像以上によかった。水に溶かしてお茶になるやつ。でも、冷ませばいいなら普通にお茶持っていっていいよなたぶん。
・機内用歯ブラシ

●観光
・大統領パレス。欧州観光っぽい感じの。オリエンタルルームのロフトで入れない場所に、日本の役者絵的な刷り物が飾ってあったのを、参加者一同が興味津々だったのがハイライトか。
・このパレスは中で写真を撮ろうとすると最初に5レイ(約125円)払わないといけないんだけど、自分的な感覚では当然のように払ってパシャパシャ撮るだろうというところを、ほとんどの人がスルーだったので、こんなところで少数派を思い知らされるとはちょっと思ってなかった。
・パレスの様子 http://pic.twitter.com/p2hYLBP12H  http://pic.twitter.com/zrwvFvAcvx http://pic.twitter.com/qSHHqmtbOf
・ちなみにこのパレス内に住むなら、お気に入りはマジでここ> http://pic.twitter.com/VQBKNDKoe2 http://pic.twitter.com/ObU0Wfhfvb
 ニューヨークのメトロポリタン美術館に展示してある、スイスの部屋、みたいになってる。
・時間が30分弱しかなかった農村博物館、実は今回のブカレスト行きで唯一かつ最高に食指が動かされまくってた行き先なんだけど、大急ぎ観光という後ろ髪な結果に。ただしその30分でも、その明治村的スピリッツと容赦ない建築物シャワーは存分に味わえたので、よかったです。もちろん写真撮りまくりツアーです。いまこうしてスマホの写真をパラパラと見返してるだけでも、胸がキュンキュンして顔がによによして、そして、むしろ明治村に行きたくなったです。 http://pic.twitter.com/DY3fTmWUbE http://pic.twitter.com/RsW55BYuT5
 http://pic.twitter.com/29Tar2m9ui
・チャウシェスク宮殿はね、確かにでかかったです、使い勝手悪そうという感想。あと巨大建築物特有の、鉛が胃に入ってくる感覚のやつ。そしてその前の通りが夜のホコ天みたいになってて、市民がきゃっきゃしてる感じだったので、平和って大事だな、と思たです。 http://pic.twitter.com/5jDnxnUiL7
・横にあった建築中の巨大教会。これは巨額税金援助で建てられてるために、反対推進の間でなかなか完成しないし、さらにはその巨大教会をチャウシェスク宮殿の横に建てちゃってさほど巨大にも見えないという、黒い笑い話があるらしい。
・これは「観光」かな。トラディショナルディナーの店は、トラディショナルなルーマニアダンスを見せる店でもあって、フロアで踊り出すのはいいんだけど、客を誘い巻き込むパターンのやつで、ええ、はいはい、巻き込まれに行きましたよ。サラマンカの再来。 https://t.co/UnrdrZnXOV

●町
・食事に行こうとすると、15分くらい旧市街まで歩くことになる、という土地柄。学生さんたちの行動パターンがそうなのかしら。確かに、ほしいところにほしいバスストップや地下鉄駅はないという感じで、滞在中に地下鉄1回乗ったきりで、バスはとうとう乗る機会がなかった、こういうのはなかなか珍しい。海外旅行名物・ICカードをお土産に持って帰る、もできなかったという。
・町を歩いていて目につく教会らしき建物の意匠が、自分がこれまでヨーロッパを旅行して見てきたようなそれと全然ちがうので、ああ、自分の見聞は狭い、狭まれすぎる、セバスチャンだと反省した模様。  http://pic.twitter.com/L9rBXYYAY0
・ブカレストをざっくり歩いて、街全体がちぐはぐに改装中なところ、という印象を受けた。ほっとかれてるところはずっとほっとかれたまま、これたぶん革命時期からずっとこの状態なんじゃないかなというような、崩れ壁とか空き地とか放置自動車みたいなのがある一方で、すぐ横の新規改装なところはパリかニューヨークかみたいにピンポイントですごく小洒落てて、原色やパステルカラーやガラスやLEDやで、それら両極端が全部ないまぜな感じ。
・まあでも総じて落書きばっかりだった。ここは一応メイン通りなんだろうなという通りでも、あちこちのテナントが閉ざされてる。
・タクシー@往路は、懇切丁寧にもブカレスト大学の学生さんがアテンドしてくださって、そこまでやるかってびっくりしたんだけど、まあ、パネルを操作して、レシート通りの車がやってきて、20分くらいでホテルに着いて、メーター通りの金額に最低限レベルのチップで、ふつーに終わった感じ。払っても7-800円程度の話だし。
・復路タクシー@早朝空港行きは、ホテルロビーのタクシー呼び出しパネルを使えて特に無事。あれがなかったら認可もどきデザインのタクシーが次々ホテル前に到着する感じだった。それでも到着時に「ワンモア」とせびられた、まあそれも200円くらいだし、そもそも全料金で日本の初乗りレベル。それでいいなら、安全で快適な旅行と金払いの良さにはある程度の相関関係あるな、と学んだ。
・そういうタクシーの人にしろ街角のお店の人にしろ、人あたりが「家族的」だな、っていう感じがする。家族に接するようにこちらにも接してこられるから、ある時はがさつや柄悪く思えたり、妙に人なつっこかったり優しかったり、あっさり平然としてたりする。外国人観光客扱いされてる気があまりしない。
・そういえば噂の「野犬」をいっさい見なかった。そういうエリアしかうろちょろしてないと言えばそうなんだけど。
・結局ブカレストで危険を感じることはほぼなかったですが、それも、ごく限られたエリアでしか行動しておらず、公共交通を使う機会もほぼなく、危険性を感じる場所や時間帯で行動しておらず、単独外出もほとんどなくて、事前注意情報も熟読してて、深酒しないよう注意してた、からかな。

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2016年09月04日

(Q&A)「司書の心得は」「これからの図書館は」「実習にて」


 寄席の常連さんから質問を出してもらってそれに答える、という三題噺企画の、質問と答えの紹介です。一部改変入り。

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Q「図書館で働く者として、どういうことを心得ておくのが良いですか?」

 世の中のほとんどの人、大多数の人が、図書館というものに何の興味も関心も持ってない、ということを常に忘れないようにしておくことかな、と思います。

 忘れちゃうんですよね、こういう仕事してると。もちろん自分では、図書館のような施設なり仕組みなりというのは社会世界の役に立てるはずの、意義のあるものだというふうに考えてはいるんだけど、世の中のほとんどの人、住民、納税者の多くは、まあまずそんなことは考えてないし、なくてもまあまあ困らないと言う人が大多数だろうし、そして、そういう人たち、そういう社会世界を相手にして仕事してるんだっていうことは、常に意識してないとなって思いますね。
 それは、だから説明やアピールがあの手この手で不断に必要なんだ、ってことでもあるし、また逆に、「図書館大事だ」っていう自分の考えが果たして正しいのか?と常に自分自身に疑いをかけ続ける、検討検証し続ける、ってことでもあると思いますね。
 図書館関係なしに、自分で自分に疑いを持たずに仕事してると、だいたいヤバい、と思いますね。

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Q「ITが進んで、検索も蔵書管理も便利になっていくと、これからの図書館はどうなっていくでしょうか?」

 図書館って、検索ができて、本が読めたら、それで終わりでしょうか、っていうとそうじゃないと思いますね。 
 だから、ITが進んで検索も蔵書管理も便利になっていけばいくほど、やっと本当にやりたかったことができる余裕が生まれる、ていうことだろうと。残念ながらいままではコストのかけ方が偏ってたせいで、別のところへの注力を割愛しがちだったんだけど、それは注力する必要がなかったからしなかったのではなくてしたくてもできなかっただけだから、できるようになったらやったらいいんだ、ていうことを思い出したらいいんだと思いますね。
 関係ないかもしれないけど、図書・図書館史を学ぶ意義のひとつは、そういうことを思い出すってことなんじゃないかなとも思いますね。

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Q「来月、図書館実習として、実際にどこかの図書館に行って働くということをします。どういうことに気をつけたらいいでしょうか」

 そこでの仕事のやり方や、その図書館での資料・利用者に対する考え方、というのは極めてローカルなもので、まったく標準でもなんでもない、よそへ行けばガラッと変わる、ということはぜひ理解しておいてください。
 図書館の仕事は、目録規則とか分類とかサービスとかでかなり標準化されてる、という一面があるにはあるものの、やっぱりかなりの程度で閉じた職場という感があるところだと思います。なので、現場の日常業務的なところは基本的にローカルルールのかたまりでできてるという感じです。しかも、学生の実習生に体験させ任せることができるような種類のお仕事については、特にその傾向が強いんじゃないかなって気がしますね。
 なので、たまさか派遣された先の図書館での仕事が、ぜんぜん合わなかったから自分はこの仕事向いてないのかとか落ち込む必要はまったくないし、逆にそこで教わったり学んだしたことが他所でもそのまま通用するかというとそういうこともまったくないし、ということは忘れないでもらいたいなって思います。
posted by egamiday3 at 10:22| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月24日

デジタルアーカイブについていろいろと考えたメモ


 先日、とある場でデジタルアーカイブについていろいろ議論する機会があって、で、これはその議論をメモしたわけでもなんでもないんだけど、その議論を含めて全体的になんとなく自分で考えたりしたことのメモ。


・システムが先か利用/ユーザが先かについては、システムが新しい利用を掘り起こす、っていう理屈はなるほど確かにわかるし同意なんだけど、一個のイノベーティブなものをとんがって開発ならそれがいい、けどナショナルな社会的インフラの整備でそれだとマズイんじゃないか、ていう感じかしら。
・イングレスでポータルをエンリッチすれば、ポケストップもリッチになる、それによって街をデジタルアーカイビングさせていける。そういう活動について。(註:まあポケモンもいつまで有効は疑問)
・では、アーカイビングするに足る街とは。あるいは、街をアーカイビングしてどう活かせるのか。
・文化資源、学術情報、地域、芸術、呼称はいろいろあるでしょうけど、どれかを採るとどれかが落ちるわけで、どれかに拠るわけではない、全方位を包括する、ワンアップ上を行くメタなワードを、なんとか創出・普及させられないかって思うんだけど、それが「アーカイブ」なんだったらそれでもいいと思うんですね。
・ていうか、たぶんどんな業種、どんな分野にも、ひとりやふたり、1%や2%くらい、”デジタルアーカイブ”的な議題・課題に興味関心を持ってる人ってあまねくいるんじゃないかと思うんで、そういう各業種各分野の人を缶詰を開けるときの取っ掛かりとしてのツメとして、リーチしていけるような議論・企画ができたらいいんじゃないかな、って思いました。
・そういう人たちを招いて企画を催す、ディスカッションを実施する。それは、ディスカッションの中身や結論が効果を左右するというよりも、ディスカッションを実施する、あるいは招く・招へいするということ自体が、ひとつの広報活動、ていうことなんじゃないかなと。
・興味関心を持つ=能動的な態度をとる、だから、能動的に何かしてもらうのが手っ取り早いよな、そりゃそうか。
・京都にとってアーカイブとは? 観光? 寺社? 老舗? 学校? 地蔵? 伏見? 映画村? 任天堂? 挙げだしたらきりがない。京都学自体がアーカイブ学?
・だったら、”京都”は自らの”アーカイブ”を具体的にどう”活かし”てるんだろう?
・「MALUIマインド」という言葉がよぎった。意味はわからない。
posted by egamiday3 at 20:45| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月21日

(メモ)『アーカイブ立国宣言 : 日本の文化資源を活かすために必要なこと』からのメモ

『アーカイブ立国宣言 : 日本の文化資源を活かすために必要なこと』ポット出版(2014)
http://www.pot.co.jp/books/isbn978-4-7808-0213-9.html

アーカイブ立国宣言: 日本の文化資源を活かすために必要なこと -
アーカイブ立国宣言: 日本の文化資源を活かすために必要なこと -

■極私的感想
・課題も現状もユーザ像も価値観も将来性も優先順位も、これだけ多種多様・百花繚乱・百鬼夜行だと、全体をカバーしようとする仕組みにはできるだけふんわりとした寛容さというかふところの深さがいるなあ、という感じ。


●はじめに
・「問題は、技術力以外の分野での日本の著しい立ち遅れである。これまで技術力、経済力に頼って発展してきた国の驕りが、この立ち遅れの深刻さから目を背けさせてきた。」

●鼎談:アーカイブとは文化そのものである
青柳正規、御厨 貴、吉見俊哉
・「小説や文学、映画、建築、絵画などの中には、近代日本が西洋化・近代化の中で悩み、苦闘してきた痕跡がいっぱい残っています。・・・保持すべきものが、この19世紀末から1970年代前後までの日本にあると思うのですね。でも、現在はその価値が意外と認められていなくて」
・「個人的な記録はどんどん蓄積されているのに、それらが相互につながっていない」「東日本大震災では、被災地で膨大な記録が残されましたが、その大半がおそらくオーファン作品となるでしょう。でも、現在の日本ではそれらを共有する仕組みが整っていません」
・「全国各地で草の根的に生み出されてきた文化的資源がとてもたくさんありますが、それらは今、共有化されないままどんどん失われている」
・「大事なのは、共有化した記録が具体的にどのように役立つのか、そのプロセスを文脈化することです。」「「あなたが持っている記録は、公共の処に預ければこういうふうに役立つから、出したほうがいいですよ」って、目に見える文脈化を行なうことが重要であって、それを可能にするのが文化力だと思います。」

●(マンガ)「マンガ・アニメ・ゲーム文化のすべてを収蔵するミュージアムを」
東京国際マンガミュージアム/森川嘉一郎
・アーカイブを維持するためには、施設に集客機能を持たせて維持費をまかなうとともに、保存の意義を啓蒙普及していく。そのためにアーカイブ機能とミュージアム機能を併設する。→「東京国際マンガミュージアム」
・「保存のためのデジタル化」を可能にする制度が必要。複写請求の多い資料ほど複写不可に陥る。

●(ゲーム)「世界に通じる文化を国内で保存すべきである」
立命館大学ゲーム研究センター/細井浩一
・研究と開発の現場では、世界共通のIDを定めて同定可能にすることがポイントになる。
・「100年後、日本のゲームを研究しようと思った人が「スタンフォード大学に行かないとダメだよ」ってなってしまったら、嫌ですからね」

●(震災)「公開・共有のための仕組みづくりが必要だ」
311まるごとアーカイブス/長坂俊成
・震災前の生活を見たいというニーズ。地域の集会所で昔の地元小学校の運動会の映像を上映すると盛り上がる。コミュニティのアイデンティティの復活は「心の復興」。
・311まるごとアーカイブスを法人化し、法人が行政に代わって公開し、問題があった場合はオプトアウトする。

●(脚本)「映像の現存率が低いなか放送文化を残していくために」
日本脚本アーカイブズ推進コンソーシアム/石橋映里
・脚本アーカイブズでは、脚本・台本を収集し、データベースを作成したのち、複数の機関へ寄贈・移管している。作成した脚本データベースでは何がどのような内容でどこにあるかがわかり、ひとつのコレクションに見えるような形。
・全国の図書館102館に1万冊以上の脚本が所蔵されている。これらをひとつのフォーマットでデータベース化するには、これから協議が必要。

●(映画)「デジタルアーカイブは「保存」に役立つか」
東京国立近代美術館フィルムセンター/岡島尚志
・デジタルデータ保存の方法としての「式年遷宮」方式。一定の期間ごとに決められた新しいキャリアにデータを移し替えていく。
・「永代供養」方式。著作権者に一定の金額を負担してもらい、公的機関で保護する。
・フランスINA(国立視聴覚研究所)では、1000人の常勤職員がフランスのテレビ番組すべてを録画する。フランスという国はそういう事にお金を湯水のように使う。

●(放送)「テレビ番組とアーカイブ NHKの取組」
NHKアーカイブス/宮本聖二
・現在のNHK放送システムは、番組をファイルで完成させ、放送と同時にアーカイブされるという、一体的なシステムをとっている。

●(地域)「普通の人の話をきちんと残していく大切さ」
地域雑誌「谷中・根津・千駄木」/森まゆみ
・地域文化がない場所はない。ただ、それを記録として残しているところがほとんどない。
・地元の自治体とうまくいかない。町の記録をとる者は、行政には扱いにくい。
・「谷根千」のバックナンバーはエール大学、ハーバード大学で全号を保存している。

●(地域)「交流装置としてのアーカイブを作りたい」
小布施町立図書館「まちとしょテラソ」/花井裕一郎
・オーラルヒストリーとしてのこす「小布施人百選」
・「ワクワク通信」は説明責任とともに、図書館への来館を促すツールでもあった。普段来ない人に来館してもらうため、全戸配布にこだわった。
・町は交流産業。ほかに産業がないと、来訪者に小布施ファンになってもらうしかない。そういう町をどう作っていくか。交流装置としての、道具としての、アーカイブ。
・面白いと思えることを図書館が先導して行動すればいい。貴重な資料が地域にあるとわかっているなら、もらいに行く。そういう実績を積み重ねてはじめて予算がついてくる。実績がないところに予算はつかない。
・司書のキャパシティを越えていることには、外部の力を借りたらいい。いろんな角度のスキルを持った人を迎える。

●(地域)「地方の図書館で進める電子書籍の可能性」
札幌市中央図書館/淺野隆夫
・図書館が地域情報を積極的に集めていることに驚いた。だが、図書館は収集はするが、発信までは手が回らない。
・電子書籍サービスについて、インターネットで告知するだけではIT好きな人だけのものになりやすい。電子サービスをリアルな場所でPRすること。
・図書館をいろんな場につくるために、デジタルが必要。役に立つ事例を積み上げていくこと。

●(アニメ)「未来の日本のアニメーションアーカイブスを目指して」
日本・アニメーションアーカイブス/植野淳子
・1963年のテレビアニメ放映開始から2033年で70年になり、保護期間が切れる。そうすると、原版や中間制作物の保管コストを負担している所有者によっては、散逸・消失してしまうおそれがある。

●(音楽レコード)「タイムリミットが迫ってくる古い音源をデジタル化していく」
歴史的音盤アーカイブ/藤本草
・デジタルアーカイブは複製ではなく保全。原盤がなくなってしまえば権利者も権利主張できない。デジタルアーカイブ化してしまえば、これからもずっと権利を主張しつづけられる
・SP盤の総合カタログをインターネット上にオープンにし、収集機関やコレクターに所蔵品について書き込んでもらい、集大成できれば。

●(書籍)「既存の知的財産をいかにアーカイブしていくか」
植村八潮
・NDLの納本率。商業出版物は97%。行政資料は56.7%。
・電子書籍納本について、利用はしなくともデータの保存だけでも先行しておこなうダークアーカイブの実現を。

●「デジタルアーカイブ振興法制定の意義と今後の方向性」
福井健策、中川隆太郎
・国際的なプレゼンスの向上。適切な日本理解を促す外交戦略上の位置づけ。
・インターネットでアクセス可能なコンテンツの質・量。たどりつくための導線、一元的な検索窓口。多言語対応。
・多言語発信の例として、映像コンテンツに英語字幕を付与する字幕ラボの設置。
・国内外のデジタルアーカイブ間の相互接続の促進。アジア・ヨーロッパ・北米など諸外国のデジタルアーカイブとの相互接続を進めるべき。


posted by egamiday3 at 14:56| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月13日

(メモ)アーカイブサミット2016・基調報告(動画)を見たメモ


アーカイブサミット2016(記録)
http://archivesj.net/?page_id=875

基調講演・基調報告の公開動画@YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=veF6dRHduFM

●(1)「アーカイブサミット2015の成果と課題」/吉見俊哉(東京大学教授)
・日本国内にさまざまな影響を及ぼすべく、継続的な事業としておこなっている。
・アーカイブサミット2015とは何だったのか?について。
・なぜ、アーカイブサミットが開かれたのか?
-現状日本のデジタルアーカイブ、知識基盤整備が遅れている。(ガラパゴス、各機関でバラバラ、ヒューマンリソースの問題)
-これらの問題に対して何がなされなければいけないか。
-著作権とパブリックドメイン
-人材育成
-標準化・横断化・公開化
これらに取り組むため「国立デジタルアーカイブセンター」「アーカイブ基本法」を2015アーカイブサミットで提言した。
・参加は、政界・文化庁、図書館・文書館・博物館、大学、産業界、地域活動、海外機関、メディア。
・何が議論されたか?
-東日本大震災→ポスト東京五輪
-「現場の知」を「政策の知」(「国立デジタルアーカイブセンター」「アーカイブ基本法」)へ。
・「アーカイブ立国宣言」
(1)国立デジタルアーカイブセンターの設立
(2)人材育成
(3)オープンデータ化
(4)孤児作品対策
-特に2015年に議論されたのが、専門職養成・確保などの人の問題。孤児作品対策のための法整備の問題。お金・経済的価値の問題。
・残された課題は何か?
-この場(アーカイブサミット)にいない担い手・地域との連携。
-内容が文化芸術に偏っていないか?
-オープンをビジネス的価値にどうまわしていけるか?
-国家主導の政策は、地方のアーカイブを疎外しないか?/作り手としての市民・草の根への視点が欠けていないか? (★<e>地蔵、じゃないか)
-国内アーカイブ機関の横の連携・連動をどうデザインするか?
-より広く人々に理解してもらい、価値ある物と認めてもらうためにどうするか。
-大胆な提言、ベストプラクティスの共有、文化資源の活用がもたらす価値とは何か、等。
・全体を束ねる機関としての国立デジタルアーカイブセンターや、全体の仕組みとしてのアーカイブ基本法、が必要なのでは。そしてこれは、地域の一人一人の草の根な活動を支援するものであってほしい。

●(2)「著作権リフォームの潮流とデジタルアーカイブの課題」/福井健策(弁護士)
・君臨するプラットフォーム(ビッグデータの集積、序列化、流通を寡占している)
・デジタルアーカイブにとっての問題は、権利処理のコストをいかに下げるかということ。
-そのため、著作権リフォームが必要。
-権利者への補償金よりも、権利処理コストのほうが高い。
-コンテンツが生む利益自体よりも、権利処理コストのほうが高い。
・2016年4月「内閣知財本部・次世代知財システム報告書」
-権利処理コストをどう下げるか
-権利情報の集中管理
-拡大集中許諾
-孤児作品対策として、利用裁定制度をさらに拡充する。(事前供託制度の見直しなど)
-権利処理自体困難な場合に、許諾不要など、柔軟に対応すること。
著作権第31条はここまで到達した!という話。
-絶版資料をNDLがデジタル化&図書館送信。(31条改正済み)
-全国の図書館が絶版資料をデジタル化し、それをNDLが図書館送信。(2015年3月文化審議会で解釈済み、2015年7月には博物館・美術館も含む)
-全国の図書館・博物館・美術館がネットワークでアーカイブを構築することが可能。
-一億総クリエイターの時代だからこそ、「知は力」という観点からの著作権教育をおこなう必要がある。

●(3)「めざすべきナショナルデジタルアーカイブの機能イメージ全体像」/生貝直人(東京大学客員准教授)
・海外の例
-Europeanaは、ディスカバリのためのポータルであり、全欧州の個々のアーカイブをカバーする多数のアグリゲータの連合体である。かつ、利活用のためにオープン化している。
-DPLA。地域拠点をネットワーク化する。(サービスハブ)
・日本の現状。
-非常にたくさんあるが連携できていない。
-「デジタルアーカイブの連携に関する実務者協議会」(2015-)で、日本版ヨーロピアナ機能の構築が検討されている。
-デジタル化されたものを、いかに見つかるものにするかと、使えるものにするか。
・ナショナルデジタルアーカイブの要件とは。
-個々の多様性・固有性・自立性・専門性を最大限に擁護し、強化するものでなければならない。
-各地域・各分野に分散的なアグリゲータ(大学や大規模文化施設)を設置し、連携の拠点とする。
-ポータル機能。公的資金によるコンテンツは基本収録・アクセス保証するように
-これらを束ねるセンターは、必ずしも大きくなくていいだろう。
→アーカイブ基本法の骨子へ。
posted by egamiday3 at 13:35| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月11日

(Q&A)「実家から出て来た古い時代の資料を、個人でできる範囲でどう保存したらいいですか?」


 寄席の常連さんから質問を出してもらってそれに答える、という三題噺のような企画をよくやるのですが、その時にいただいた質問のひとつ、一部改変して。

「実家の納屋から、戦前戦後の古い時代の小冊子や雑誌などが出てきて、それらをきちんと保存したいのですが、個人でできる範囲でどんなふうに保存したらいいでしょうか?」

 ここで言う「保存」にはいくつかの別のアプローチでの「保存活動」があると思うんです。
 例えば寄席でもよく話題にした「物理的劣化を防ぐ」という意味での保存活動。これはまあ、湿気と酸性紙に気をつける的な感じ。もうひとつは「公的機関に託す」という安住地探し的な意味の保存活動、図書館とか博物館とか、役場とか学校とか、どういうところに相談すれば任せることができるだろうか、みたいなのをがんばる感じ。でも、それをやろうとするとまず、その資料の価値評価をしないといけない、歴史的背景の正確な調査をしないといけない、他人様との交渉ごとをしないといけない、で、コストはかかるといえばかかります、個人レベルでできるかどうかはその人次第だし、決して誰にでもできるようなことではないかもしれない。

 で、ここではさらにもうひとつ別の、個人レベルでできる、とりあえずダンボールに入れて置いときたいくらいの人にも無理のない範囲の、そしてわりとその資料の将来を左右しかねない効き目もありそうな、「保存活動」をご提案します。

 その資料の山の「目録・解題を作る」をやってください。

 ごくごく簡単なものでいいんです、例えば目録って言っても、別に目録規則にのっとった図書館目録を、と言ってるわけではなくて、レポート用紙に一行づつ手書きでメモするんでもいいし、Excelに適当にパシャパシャ書き込んでいくんでもいい。要は、ダンボール箱か何かにごそっとその小冊子や雑誌が入ってるのをいったん取り出して、そこに入っているのが具体的に何なのかが、ひと目でぱっとわかるようなリストを作る、ということです。
 タイトルぐらいはわかるだろうからまあタイトルと、著者編者出版者なり刊行年がわかるようならそれと、それが何冊かとか巻号がどうだとか。中身の整理はしなくてもいいです、上から一冊づつ、パッパッと手にとってメモしていくだけでいい。で、やり始めておもしろくなってきたら、保存状態がいい悪いとかを書いてもいいし、リテラシーのある人なら所蔵館調査してもいい。
 あと解題と言っても、そうたいそうなのでなくていいので、まあざっくり言うとどういう内容のものかを手短に書いてみるっていうことです。毎日の暮らしの知恵を書いた手帖みたいなのだったとか、中に誰それが書いた記事があるとか、ホットケーキや直線裁ちの写真があるとか。それで興が乗ってきたら、タイトルでググってみて、ああこういう雑誌なんだねとかがわかれば、どうせ自分用だからコピペでもなんでもいいんで、ちょこちょこっと書いとくっていう。あとは来歴ですね、実家の納屋のどこそこの、たぶん何代前の爺様の誰それに関わる資料として一緒に出て来て、こうこうこういう経緯でいったん誰それが預かることにした、みたいな。
 そんなこんなを、無理なく書ける範囲でいいんで書いて、最終的に紙に印刷してホチキスなりで綴じて、その資料群が入ってるのと同じダンボール箱の中に、一番上にぽんっと置いておいてください。あるいは1枚で済むくらいだったら、ダンボールの横面に糊かなんかでペって貼っておいてください。

 資料の保存に失敗する、つまり失われてしまう、その原因にはもちろん湿気がどうのとかシバンムシがどうのとか酸性紙が中性紙がどうのとか寄席でもたらたら噺してましたけど、資料が失わせてしまう原因、その圧倒的存在は、「人」だと思います。「人が、棄てる」こそが、資料保存の一番の天敵だろう、ていう。

 その雑誌や小冊子が入ったダンボールを、将来、いつか誰かが、棄てようとします。
 いまはまだ、ご実家から出て来て、おもしろがってめずらしがってちやほやしたり気にかけたりしてて、捨てずにちゃんと保存しようよね、ていう感じになってるかもしれませんけど、そのいまの”興”なんか知らないよという人が、5年後だか10年後だか30年後だかに現れます。箱の中身を見ます。なんだこれ? 誰の何なの? 知らない、わからない、いるのいらないのどっちなの。
 私なんかには驚くべきことですが、この世の少なからぬ割合の人たちは、いるかいらないかどっちかよくわからないものを見つけたら、とりあえず棄てる、という選択肢をふつーにとります。何年かに一度のタイミングでそれが起こるので、かなりの高確率で、いつか誰かが棄てるでしょう。

 棄てられてしまう大きな原因のひとつは、「それが何なのかがわからない」ことです。いま引き取っていま保存しようと思っている、あなたの”興”が伝わらないことです。その正体もわからなければ価値もわからない、誰にとってどんな意義があるものかもわからない、そりゃ棄てます。
 なので、「わからないから棄てる」という気を起こさせないために、ダンボール箱の中の一番上に、そこに何が入っているのかがひと目でわかる「目録・解題」を置いておいてください。それを封入した今日の日付とあなたの名前を書いておいてください。それによって、未来の未知なるその箱の開封者に、「それが何なのか」を伝えることになりますし、あなたの”興”を伝えることになります。まあ、だったら、あなたの”興”的な気持ちをそのまま書いておけばいいっちゃいいんですが、開封者が、あなたの”興”に動かされる人か資料という物の価値に動かされる人かはわからないので、どっちも。

 もっと言うと、その未来の開封者というのは数十年後の自分自身かもしれません。不思議なもので、いまこうやってがんばって保存しようと思っているのと同じ自分が、数十年後には、あれ、これなんだっけ?って、すっかりぽんと忘れてしまっていて、ま、いっか、って棄てる人に簡単に転ぶ、そういうことはよくあります。
 なので、未来の自分自身へのアラートという意味でも、目録・解題、その他の説明メモは、ごくごく簡単でいいんで書いてのこしておくのがいいと思いますね。

 もし余裕ややる気があるなら、スマホででも表紙をパシャパシャ1冊づつ撮って、リストの脇に加えるといいと思います。というのも、棄てる派の未来の開封者というのは、中に何が入ってるかを取り出して確認する、というような自らの手を汚すようなことはたぶんしないので、取り出さなくても何が入ってるかがビジュアルにわかる、というのはひとつの手だと思います。
 それを紙かファイルで別に自分用に持っておけば、誰かに相談するときにパッと見せられるので、そういう意味でも。

 で、とは言え、開封者に「それが何なのか」が伝わったとして、その上でもまた棄てられるというのはあるので、まあできるだけ早めに公的機関に(結局そうなる)。

 とは言えとは言え、公的機関もまあ、棄てる時は棄てる。こういうのは賽の河原の合戦みたいなもんだと思います(最終、悲観的)。

posted by egamiday3 at 19:21| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月04日

(メモ)司書教諭科目のテキストの内容概観

 複数のテキストを(主に目次を)読み比べて、ざっくりまとめる感じ。

●学校経営と学校図書館
・理念・展望
・機能
・制度・行政・教育課程
・マネジメント・組織構成・評価・渉外
・施設・設備
・情報化
・会計
・資料全般
・活動全般


●読書と豊かな人間性
・読書の意義
・児童・生徒・成長・情操
・読書指導(ブックトークその他)
・読書材の提供
・行事・活動
・生涯学習


●学習指導と学校図書館
・教育課程・教科学習・学習指導
・リテラシー教育
・調べ学習
・情報検索・情報探索
・情報活用・情報編集・情報発信
・レファレンス
・情報サービス


●学校図書館メディアの構成
・資料論一般
・収集・選択・蔵書構築
・メディア/媒体
・組織論一般
・書誌・検索ツール
・目録実務
・分類件名実務
・整理実務・資料保存
・書架・施設


●情報メディアの活用
・情報史・情報化社会
・資料論一般・メディア/媒体
・視聴覚資料
・教育用ソフトウェア
・デジタル資料・インターネット
・情報発信・ホームページ
・データベースと著作権
・情報倫理
・構内情報か
・データベース・インターネット検索と情報リテラシー
・IT
・Word、Excel、PowerPoint、HTML


(所感)
・内容にもっとも揺れがあるのが「情報メディアの活用」。文科省の「ねらいと内容」(http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/dokusho/link/1327211.htm)に明確に書いてあるワード以外の部分にかなり迷いがある感じがする。逆に言えば、自由度高い?
・とはいっても、他の科目同士にも移動・揺れはある。5科目しかないのに揺れがあるのはどうか。
・「学校経営と学校図書館」の理念・機能部分は、全科目で前提としていったん触れたほうがよくないか。
・(今後の課題)その揺れを検証・考察している論文類をチェックすること。

posted by egamiday3 at 20:17| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月02日

「野生のニッポンが飛び出してきた!」 -- デジタルアーカイブと海外の日本研究とをからめて考えたこと


 NDL月報さんにお声がけいただき、2016年8/9月号に「「海外のユーザに日本資料・情報を届ける」ということ」というお題で寄稿させていただきました。

 江上敏哲. 「「海外のユーザに日本資料・情報を届ける」ということ」. 『国立国会図書館月報』. 2016.8, 664/665号, p.6-9.
 http://dl.ndl.go.jp/view/download/digidepo_10133196_po_geppo1608.pdf?contentNo=1#page=8

 そしてそれとは別になのですが、ちょっと機会があって、下記の「中間報告」(デジタルアーカイブの連携に関する実務者協議会 中間報告(2016.3))と、それに至るまでの数回の会議の資料・議事録の公開分を、ひととおり読み通しました。

 デジタルアーカイブの連携に関する関係省庁等連絡会及び実務者協議会
 http://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/digitalarchive_kyougikai/index.html

 この件と、海外の日本研究とをからめて、いくつか考えることがあったので、ここに書いとくという感じです。

 海外の日本研究について、これまでの繰り返しは避けますのでその大方は上記NDL月報の寄稿をご参照いただければと思うのですが、特に下記あたりのポイントをピックアップしたいという感じです。

 ・日本を専門としない人も日本資料を使うことがある。(研究の学際化、国際化傾向)
 ・デジタル不足、デジタル環境の格差のひろがりが深刻。
 ・海外における日本離れが進行している。(退潮傾向、忌避傾向)
 ・デジタルアーカイブや電子資料の存在が知られていない、ユーザの目に触れない。

 特に「ユーザの目に触れない、知られていない」、discoverability・visibilityの低さについては、日本のデジタルアーカイブにとって深刻な問題ではないかと思います。例えば、
 ・海外司書を日本に招いて研修すると、「現地を訪問して説明を聞いて、はじめてそんなデジタルアーカイブがあるのを知った」と言われる。
 ・ディスカバリシステムで「枕草子」や「夏目漱石」を検索すると、中国語コンテンツが上位を占める。
 ・国際的な美術画像検索ポータルに収録されている日本美術作品は、大英博物館等の海外所蔵品ばかり。

 こういう状態にあって、日本のデジタルアーカイブのポータルを作ろう、というアンビシャス自体は我が友のように充分にわかるのですが、しかし、「ポータル」は「発信」ツールでしょうか、というと自分はそれは違うと思います。
 デジタルアーカイブだけでは「アクセス可能化」だし、そのポータルだけでは「探索効率化」であって、もちろんそれは国内外のユーザが喉から手が2,30本出てきそうなほどほしいんだけど、「発信」できてるわけではないんじゃないでしょうか。

 「ここが”日本”のポータルです」と。
 このwebサイトに、このストップに来て、この検索窓で検索すれば、”日本”のデジタルアーカイブがごっそり検索できます、と。ゲットだぜ!と。
 そう言って、海外のユーザがスマホ片手にわんさか集まるかというと、そんなことはない、それでお客は来ないんじゃないか、と思うんです。

 ひとつには、退潮傾向・忌避傾向が進行しつつある日本に、いま、それだけの集客力があるとはどうも思えない。わーい日本だあ、って言って、自分からわざわざそのサイトに足を運んでくれるのは、世界の本当にごく一部の存在です。
 逆に、「日本リテラシー」が高くない人たち。例えば初学者、若い院生や学部生、他分野・他地域が専門だけど学際化・国際化された研究において日本資料”も”必要としてくれるかもしれない人たち、というのが、人数的には圧倒的に多数で、世界の日本理解を下支えしてくれてて、でもリテラシー的にはサポートを要するので、デジタルの威力が頼りなんだけど、わざわざ日本オンリーのポータルサイトまで行くだろうかというとなかなか厳しい、そういう人たち。いやもっと言うと、世界の9分9厘を占めるであろう、日本になんか特に興味があるわけでもない人たち。
 そういう人たちに、ここが”日本”のポータルです、だからここに来てください、ではちょっと厳しいわけです。リテラシーが低いか、もしくは、それが日本かどうかなんか関係ないよ、ていう人たちが多数派なわけなんで。

 「発信」を、ていうか、もっと下手に出て営業努力をしようとするなら、そのポータルのデータを”外”に送り出すことのほうで、もう言い古されたことだと思うのですが、Googleでヒットするところにデータを出す。あるいは先ほどの例で言えば、ディスカバリシステムに対応させて、収録してもらう。国際的なポータルにも積極的に出す、連携する。
 これは海外に限らず、国内外ともに、ですけど。ユーザが見ている”いつものところ”、GoogleなりOCLCなりディスカバリなりWikipediaなりAmazonなり、そして各種SNSなり各種ポータルなり、そういうところにデータを送り込む、っていう。ユーザのメインな情報行動のルートというものがあるわけなんで、その路上に、ポケモンよろしく「野生のニッポン・コンテンツが飛び出してきた!」と、ポータルからデータを露出させに行く。そういう、こっちからのアグレッシブな働きかけがないと、「受信」はなかなかしてもらえないんじゃないかと思うんですね。

IMG_3620.JPG

 もちろんAPI的なものによってそれは成就するだろうし、私は技術的なことや制度的なことについては疎くて申し訳ないんですけど、ただ技術的に成就するとしても、先にみっちり検討すべきはユーザ理解・ユーザ考察のほうじゃないかと思います。発信者側・提供者側が発信したいしたいと言い募っても、もちろんその気持ちはいたく分かるのですが、ユーザの事情から逆算して組み立てていかないと、なかなかそれは成就しないんじゃないかなって。
 この世界は、受け手がいて、送り手がいて、君たちがいて僕がいて、そのトータルをデザインしてこその情報発信であり、情報流通じゃないかなって思います。

 情報をメインストリームへ合流させる、という意味では、どこがメインストリームなのかなっていう見極め品定めは必要になりますよね。
 聞くところによると、Europeanaの検索ワードランキングで「Japan」が4位に食いこんだらしいじゃないですか、すごいですね、需要あるじゃないですか、退潮傾向ってウソじゃないですかね。
 だったらそのEuropeanaさんと連携しましょうよと。さすがにEuropeanaさん側も日本のデジタルアーカイブのデータそのものを入れてくれるとは思えないし、それはちがうと思いますけども、例えばそうですね、Europeanaで○○と検索したその検索結果一覧の横っちょの欄にでも、「○○のニッポン・ポータルでの検索ヒット件数は**件です」ていうリンクがあって、クリックしたら日本のポータルに飛ぶ、くらいの連携は頭を下げてやってもらう価値あるんじゃないかなって思うんですけど。
 
 ってなってくるとそこで改めて必要になってくるのは、英語であり、ローマ字ですよね、ていう。ニッポン側が日本語でしか検索できないもん、Europeanaと連携のしようがないですしね。まあシソーラスか辞書かを噛ませばいいんでしょうけど。
 ユーザ側の事情もそれは同じで、日本研究者でもローマ字検索が主ですので、メタデータのローマ字対応は必須。教育研究の主戦場が英語であることを考えると、英語対応もできればほしい。インタフェースが英語なのはもちろん。
 できればコンテンツのほうも英語対応/ローマ字対応、というのはちょっとぜいたくかもしれませんが、それでもたとえば映像作品を大学の授業で使おうなんてときに、英語字幕があるかないかっていうのはものすごく重要になってきます。正規版に英語字幕がないなら、どっかよその国で買えるよくわかんないけどなぜか英語字幕がついてくれてるのを、まあ、ね、ってなっちゃいます。
 でも英語字幕みたいなコストかかるものそうそう作れないじゃないですか、商売になんないし、っていうのはわかりますけど、例えばですけど、映像デジタルアーカイブに収録されているファイルを、よそさんのプラットフォーム上でも柔軟に流用してもらえますよ、的な仕組みでオープンに公開すれば、ユーザが映像にクラウド的に字幕をつけられるサービス、なんていうのに活用できるんじゃないかなって思います。不勉強で恐縮ですが、たぶんそういうサービスあるでしょうどっかに。そういう、よそさんとの共有、ていう意味でのゆるいオープンさって、コスト低減という点でも大事だなって思います。

 あとは、翻訳って”言語”の問題だけでなく、意味というか文脈というか、「そのコンテンツっていったい何なの?」がわかんないと海外にアピールし難いと思うんで、それについては、MITさんにVisualizing Culturesっていうサイトがあって、日本資料の画像とそれに関係ある英語論文をリンクする、っていうのをやってはるらしいんですけど、そのアイデアをパクってOA論文とガンガンリンクさせるといいんじゃないかなって。OA論文に限らず、wikipediaや他のレファレンスツールとリンクさせることができれば、デジタルアーカイブ兼エンサイクロペディアみたいになりますね。21世紀の和漢三才図会というか、いい感じの百学連環になるんじゃないかなって思います。それっぽいワードを並べただけみたいになってますが。

 とりあえずはこんな感じです。

 あと、歩きスマホはやめましょう。

posted by egamiday3 at 18:45| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月07日

「外邦図」というものについて関西文脈の会(2016.6.26)で発表してきました、記録


 図書館史勉強会@関西 関西文脈の会: 第30回勉強会のお知らせ(協力:京都府立図書館)
 http://toshokanshi-w.blogspot.jp/2016/06/30.html

 第30回関西文脈の会つぶやきまとめ - Togetterまとめ
 http://togetter.com/li/992485

 関西文脈の会で、外邦図について、発表してきましたよ、という記録です。
 タイトルが「北米の外邦図、その発見と整理」とあるように、メインはあくまでワシントン大学のライブラリアン・田中あずささんのほうだったんで、私はその前のにぎやかしというか、客席をあたためるためにちょっとしゃべった、という、前座です。ドリフターズです。
 まあドリフはドリフなりにがんばったので、そのときにしゃべるために勉強したことを記録としてまとめるものです。つい一ヶ月ほど前から急ごしらえで勉強しただけのメモなので、多少の間違いや不足があったとしてもそのへんは、怒っちゃやあよ。

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●ソース
小林茂. 『外邦図 : 帝国日本のアジア地図』(中公新書2119). 中央公論新社, 2011.
・小林茂編. 『近代日本の地図作製とアジア太平洋地域 : 「外邦図」へのアプローチ』. 大阪大学出版会, 2009.
・小林茂. 「近代日本の地図作製と東アジア : 外邦図研究の展望」. 『E-journal GEO』. 2006, 1(1), p.52-66.
・山本健太. 「日本における外邦図デジタルアーカイブの構築と今後の展開」. EAJRS2015発表. 2015.9. https://perswww.kuleuven.be/~u0008888/eajrs/happyo/Yamamoto_Kenta_15.pptx
・外邦図(一覧) | 調べ方案内 | 国立国会図書館(リサーチ・ナビ)
https://rnavi.ndl.go.jp/research_guide/entry/theme-honbun-601012.php
・外邦図 デジタルアーカイブ(東北大学附属図書館/理学部地理学教室)
http://chiri.es.tohoku.ac.jp/~gaihozu/
・『東北大学所蔵外邦図目録』. 東北大学大学院理学研究科地理学教室, 2003.
・西村三紀郎. 「岐阜県図書館世界分布図センターにおける外邦図の収集と整理及び利活用について」. http://www.let.osaka-u.ac.jp/geography/gaihouzu/newsletter3/pdf/n3_s2_5.pdf

●外邦図とは
・外邦図の定義には、狭義と広義がある。
・狭義の外邦図は、旧陸軍参謀本部陸地測量部(現在の国土地理院)が、主に軍事目的で作成した、台湾、朝鮮半島、満州、中国、東南アジア、太平洋地域、樺太南部などの地図、を言う。
・広義に言うと、陸軍陸地測量部に限らず、日本の植民政府や民間出版のものも便宜上含む
例:朝鮮総督府・臨時土地調査局による地図
例:市販され民間で使用されたもの
・その作られ方も、測量隊による測量もあれば、他国地図をぱくって複製したようなものもあれば、隠密が密命によって秘密裏に作製したもの(目測・歩測など)もあって、そんな調子だからそもそもその全体が把握されていない。軍事目的なもんでほとんどが機密扱い。

●戦後の経緯
・太平洋戦争終了
→日本軍による焼却処分(外邦図・空撮写真、命令だけでなく自主的・口コミ等で)
→連合軍による接収(→アメリカへわたる、これは田中さんの発表へ)/一部中国大陸に残される
→連合国軍による処分を免れようと、「兵要地理調査研究会」の研究者たちが参謀本部の外邦図を保存しようと各大学へ持ち出した。
(兵要地理調査研究会は、戦争終盤・連合軍の本土上陸を前に、陸軍少佐・渡辺正+各大学地理学者によって、連合軍との戦争に関する地理情報を収集するために組織された研究会)
→その後、日本軍解体により担当官庁がなくなってしまう

●現在の国内所蔵状況
・下記パワポの5枚目を参照すると一番わかりやすい。
 山本健太. 「日本における外邦図デジタルアーカイブの構築と今後の展開」. EAJRS2015発表. 2015.9
 https://perswww.kuleuven.be/~u0008888/eajrs/happyo/Yamamoto_Kenta_15.pptx

・ほとんどは、第二次世界大戦終結後に市ヶ谷の参謀本部から持ち出したもの
・上図には資源科学研究所からの分配経路の概要が示されている。
・資源科学研究所は、戦争時に大陸の資源調査を目的として文部省によって1941年設置。1971年国立科学博物館に吸収合併。

・現在の国内所蔵状況の概要は以下の通り。
東北大学 約7万点(1.2万種)
京都大学 約1.6万点
国立国会図書館 約1.5万点
お茶の水女子大学 約1.3万点
駒澤大学 約1万点
岐阜県図書館 約1.4万点
東京大学
広島大学
防衛省防衛研究所
陸上自衛隊中央情報隊 約23000種類

●戦後の経緯 パート2
・戦後の持ち出し→未整理が続く
・1960年代 学術利用が徐々に始まる
・1970-80年代: 布目潮フウ(大阪大学)『中国本土地図目録』刊行
・1994年: 東北大学地理学教室が外邦図の整理・目録作成を開始(現在まで更新)
・1990年代後半: 東北大と京都大とが交換・展示
・2000年代: 外邦図研究が本格化、目録刊行、デジタルアーカイブ構築
・2002年: 大阪大学が取得した科研費により研究プロジェクト組織
http://www.let.osaka-u.ac.jp/geography/gaihouzu/(人文地理学教室)
・2003年: 「外邦図研究ニュースレター」刊行開始
・2003年: 『東北大学所蔵外邦図目録』刊行
・2005年: 『京都大学博物館収蔵外邦図目録』刊行
・2005年: 外邦図研究会デジタルアーカイブ作成委員会によるデジタルアーカイブ構築が開始(@東北大学)
・2007年: 『お茶の水女子大学所蔵外邦図目録』刊行
・2014年: 各大学の外邦図目録が統合される(→東北大学のデジタルアーカイブへ)


●東北大学所蔵の外邦図
・占領期、約10万点の外邦図が搬入される
・占領期間中は公開がはばかられ、未整理
・1994年 本格的に整理分類が開始
・1995年 理学部自然史標本館に収蔵
・国土地理院や岐阜県図書館に重複分やコピー等を寄贈、京都大学文学部と交換
・2003年 『東北大学所蔵外邦図目録』刊行(地域名、図幅名、縮尺、緯度経度、備考、大きさ(縦横)、色数、測量機関、測量時期)
・現在約7万点(1.2万種類)
・うち、中国の地図が約40%、という特徴

●国立国会図書館所蔵の外邦図
・約1.5万枚
・台湾・朝鮮半島・樺太南部・満州は比較的よくそろっている。中国はそろっていない。
・主に5万分の一〜20万分の一
・NDLCではYG810〜YG837を「外邦図」(各地域分類あり)とする
・東京本館地図室で閲覧可能
・OPACのほか、索引図での検索が可能

●岐阜県図書館
http://www.library.pref.gifu.lg.jp/map/worlddis/mokuroku/out_japan/out_japan.htm
・外邦図約1.4万点
・1995年、岐阜県図書館世界分布図センターを設置。
・東北大に寄贈複製を依頼し、一般公開を条件として快諾を得て、東北大学理学部から本紙・複製含め約1万枚寄贈。(1997年から収集) 趣旨としては、「多くの方に気軽に利用していただくため」[#web]。

●陸上自衛隊中央情報隊 
・約23000種類
・戦後、地理調査所(現・国土地理院)にあったものが移管されたもの。
・『国外地図目録』(全4巻)+『国外地図一覧図』(全4巻)1953年頃作成のものがあるが、この目録は現物5部のみ(しかもカーボンコピーによる)しかない。国土地理院、国立国会図書館等にあり。
・大学のコレクションにみられない作製時期の早い外邦図はほとんどここにある。
・非公開

●外邦図デジタルアーカイブ
・外邦図 デジタルアーカイブ(東北大学附属図書館/理学部地理学教室)
 http://chiri.es.tohoku.ac.jp/~gaihozu/
例:http://chiri.es.tohoku.ac.jp/~gaihozu/ghz-dtl.php?lang=ja-JP&fm=m&fno=TH008433

・外邦図の画像と書誌情報を公開したもの。
・外邦図デジタルアーカイブ作成委員会による。
・2005年に、東北大学理学部地理学教室・図書館により公開
・目録データ 約20000件 / 電子化地図(公開) 約13000点

・「内容に高度な政治的判断を求められるものが含まれる資料もあり、すべてが公開とはされていない。」(山本)
・「中国大陸と朝鮮半島の地図については、まだ公開を開始していない」「中国の場合は、外邦図に秘密測量により作られた物が多いこと、南京事件などに際しての押収図を元図にするものが多いこと」「中華人民共和国では大縮尺の地図はなお実質的に軍の管理下にあり、市民や学生の自由な使用はゆるされていない」(小林)
・「これらの地域の外邦図は現地研究者と合意を作り、現地から発信することが望ましいという意見もあり」(小林)

・その書誌データは東北大学の目録に準拠している。(ちなみに、お茶の水大学や京都大学の外邦図コレクションの目録も、東北大学の目録に準拠して作製された(山本))
例:
地域名 インドネシア
記 号 ジャワ島389号
図幅名
縮 尺 1:50,000
サイズ(縦×横) 60cm × 48cm
色 4色(黒・青・赤・茶)
日本語表記 凡例のみ
測量機関国 オランダ
測量機関 旧蘭印測量局
測量時期(修正含む) 1924年調製
製版・印刷機関 陸地測量部・参謀本部
製版時期 昭和18年製版
発行時期 昭和18年発行
備 考 経度はバタビア基準
表示範囲 (グリニッジ基準に修正した緯度経度)

●日文研図書館の外邦図
・計約500枚。おおむね”広義”のほう。
・これらは日文研OPACにタグ「外邦図」で登録されている。
・天沼俊一旧蔵・寄贈の朝鮮総督府地図ほか(京都帝国大学の建築史学者)
・園田英弘・千田稔収集の外邦図(元日文研教授で、当時、京都の地図や外邦図などを集中的に集めていたらしい)
・このほか、未整理資料として、2010-2012年頃購入の「二十万分一帝國圖」(本土・台湾・朝鮮半島・北方領土等の地図、陸地測量部・大正-昭和)が約300枚ある。

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 今年1月に田中さんからお話をきいて、はじめて、そういえばうちにもある、っていうことがわかったくらいで。そこから小林先生の新書をざっと読んで、アメリカで勉強会に参加して(http://egamiday3.seesaa.net/article/436969984.html)、文脈発表が決まった1か月前くらいからまとめはじめて、いまにいたる、という感じです。

 で、連合軍が接収したものはアメリカにわたり、そこからまた紆余曲折の物語があるわけですが、それはまあ、また別の話ということで。(そっちが本編ですが)

posted by egamiday3 at 20:56| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月06日

(報告)近畿地区MALUI名刺交換会(2016.6.26)で、司会をしてきました。

 毎年一度、関西の善男善女が集まって友情と名刺を交わし合うという、この界隈、この業界でマストな名物企画、「近畿地区MALUI名刺交換会」が、今年もおこなわれました。

 近畿地区MALUI名刺交換会(2016年度)
 http://bit.ly/MALUI2016

 MALUIというのは、もうみなさんご存知かとおもいますが、
  Museum(美術館・博物館)
  Archives(アーカイブ・文書館)
  Library(図書館)
  University(大学)
  Industry(産業・企業)
 の略ですね。
 文化学術情報関係のあらゆる人々で集まり、シェア&コラボで協力し合い、全体でMALUIだけにまあるく環になって、その中心の穴から文化がうまれ出ずる、という多業種横断的ムーブメントです。

 その歴史(https://kinkimalui.wordpress.com/history/)をひもとけば、2011年頃からなんとなあく居酒屋で集まっては、適当に飲み会をやってだらだらしてる、という感じのあれだったのですが、まあいつのまにかでっかい集まりになりましたよねっていう。
 こんな感じです。

IMG_3254.JPG

 そこで司会をしてきました。何度目だ司会。某都府立の偉大なるアーキビストとのダブルMCです。正直、あんたしゃべんなさいよという感じで、一切何も考えず何も意識していませんでした。
 告知ある奴は手を挙げな、ていう感じのやつ。

IMG_3256.JPG

 それでも今年は、AAS in Asia京都大会@同志社大会のために来日中のアメリカのライブラリアンが多数いらっしゃってましたし、紀の書店さんの海外営業さんたちなどなども多数おいでになってたり、教員・研究者のみなさんも多数おいでになってたり、未就学児のみなさんの寄り合い所みたいになってるテーブルも一部あったりで、そんなみなさんがうら若い学生さんや某国立図書館の新人さんたちとめくるめく交流を広げていらっしゃる様子を遠巻きに見てると、まあ、これ、司会あってもなくてもいいよなっていう感じで、心地よくアイデンティティが崩壊していきましたよね。

 今年もありがとうございました。
 来年もどうぞよろしくお願いいたします。

 2日の日程が終わった後のギネス&ベルギービールが、それはそれは美味かったこと。

posted by egamiday3 at 20:52| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月05日

(報告)ラウンドテーブル「The Digital Resource Landscape for Japanese Studies」(2016.6.25)@AAS in Asia京都で、司会をしてきました。

 
 AAS、というのはAssociation of Asian Studiesの略で、アメリカのアジア研究学会というでっかい学会なのですが、その北米大会(例・シアトル:http://egamiday3.seesaa.net/article/436967407.html)とは別にアジア大会というのが最近年1回ペースで開かれており(例・台北:http://egamiday3.seesaa.net/article/421699189.html)、2016年が京都・同志社大学を会場としてた、っていう話です。egamidayさんの6月末のやたら忙しそうな素振りを見せてた諸々は、要はこれにおいでになってた方々を巻き込んでなんやかやしてた、に尽きます。

 でっかい学会で、何千人という人たちが何十何百という分科会にそれぞれで参加して、発表したりディスカッションしたりという。アジア学会ですから中国も南アジアも西アジアもありますし、研究者の学会ですから研究発表が主ですし、アメリカの学会ですから原則英語ですしという感じです。
 何回かしか行ったことないですが、行くと、参加者間のフラット感がすごく楽しい。日本の学会類ではあんまない空気感がある。来年のソウル、正直行こうかなと思ってる。

 そこにライブラリアンやその他の専門家も、そんなに多くはないかもしれないけどいらっしゃるみたいなので、じゃあそういう人たちが集まって、がっつり研究者というよりは実務目線混じりのことを、発表したり議論したりできる”公式”な”セッション”を持ちましょうよね、ということで、egamidayさんから声をかけさせていただきましたところ、日本側で強力な発信者の賛同を得られ、米国の重鎮ライブラリアンの賛同をも得られ、いまの時代の趨勢で我々が議論をするならデジタルアーカイブやオープンデータだろうという標的も定められたところで、おっかなびっくりプロポーザルをAAS学会様におはかりもうしあげた(去年10月頃)ところ、2倍だか4倍だかの倍率の中、おもいがけなくもかしこくも採択され(今年1月頃)、おお、マジでやるんだな!という感じで、なんやかんやで6/25のラウンドテーブル「The Digital Resource Landscape for Japanese Studies」に至ったのでした。ざっくり言うと。

 下記のページにその大概をまとめてあります。
 プレゼン資料だけでなく、(ギリギリレベルの質ではありますが)動画も一応あります。

「The Digital Resource Landscape for Japanese Studies」 - egamiday_wiki
http://egamiday.sakura.ne.jp/wiki/%E3%80%8CThe_Digital_Resource_Landscape_for_Japanese_Studies%E3%80%8D

 英語ベースの会ですので、当日は通訳の人に来ていただいて、日本語発表を英語にと、ディスカッションの日英・英日を逐次通訳していただきました。

 進行と、5人のスピーカー及びそのだいたいのプレゼン内容は、下記の通り。

・趣旨説明(江上)
・福島幸宏「歴史資料とデジタル化」(日本社会の現状と、東寺百合文書をはじめとする歴史資料のデジタル化)
・Tokiko Yamamoto Bazzell「The Digital Resource Landscape for Japanese Studies: Spaces for Change and Growth Collaboration & Collective Solutions @ the University of Hawaii at Manoa Library」(琉球大学とのデジタルアーカイブ構築のコラボレーション)
・Edan Corkill「My journeys into the digital archive of The Japan Times」(Japan Timesのデジタルアーカイブ)
・Kuniko Yamada McVey「Today’s Challenge: The New Digital Haystack」(ディスカバリーとIIIF)
・是住久美子「ライブラリアンによるWikipedia Townへの支援、オープンデータの作成」(Wikipedia Townやオープンデータによる発信)
・質疑応答・ディスカッション

 こういった方々のご協力を得てこのセッション全体をコーディネートした背景には、一応の自分なりの考え見たいなのもありました。Abstractからそれを表現するのならば、
 ⓪「The volume of such resources is still small」(現状)
 @「often prevent them from being discovered and widely utilized」(ユーザと利用の便の問題)
 A「this interdisciplinary roundtable of librarians and other professionals from Japan and the US」(多様性の問題)
 B「identifying common goals and exploring avenues for collaboration and collective problem-solving」(シェアとコラボの問題)
 という感じです。前日に一生懸命考えて当日即興でしゃべりました。

 デジタルアーカイブにしろオープンデータにしろ、リソースのデジタル整備と普及はいまどきは必要不可欠、特に国を越えたアクセスには本気と書いてマジと読むレベルで必要不可欠なわけです。一方でそれが足りてないという日本、というときに、じゃあその解決はどうしたらいいかというと、個々で断絶しててもしょうがない。リソースの提供者と利用者はそもそもどちらも同じ情報流通のサイクルの上にある存在であって、無関係ではあり得ないわけなんで、互いに課題を共有し、情報やニーズを共有し、孤立することなくコラボレートしていきましょうよねと。
 なので、特にこのラウンドテーブルでは、異なる地域の、ことなる立場の、異なる職種の人たち、利用者も提供者も、図書館員も研究者もその他の職種の者も、日本国内にいる者も海外にいる者も、右や左のどなた様にも耳を傾けていただけるような、口をはさんでいただけるような、そういう場作りをめざしたい。それが今後のデジタル環境の構築には重要なんだ、というのをひとつのメッセージにできればいいんじゃないか、っていう。

 と思ってて、え、ほぼライブラリアンばっかりか? あまつさえ某都府立から2人か? とのあれはあるでしょうけど、その某都府立の2人がまったくベクトルの異なる加減の話をしてるあたりがこの界隈の底力じゃないかな、みたいな言い訳でご勘弁下さい。

 そのかわりというわけではないですが、参加してくださったフロアのみなさんの幅広さがすごかったです。まず人数、まあ来ても10人もいないくらいだろうと思ってたら、なめてました、40人近くは来てはったと思います。他のセッションであまりあそこまで人がいるの見たことなかった、テーマ的に他に類がなかったのと、かつ、テーマ的に刺さる範囲が広かったということかもしれません、その意味では意図通りだったのかも。その内訳も、わかるだけでも研究者の人もいればアーカイブ系の人もいるし、書店・出版の業者のみなさんも結構たくさん来てはる、コリアンのライブラリアンの人も何人か来てはったので、すごい、夢のような集まりになったなって。

 にも、かかわらず。
 タイム・キーピングに失敗しました。orz...
 結局、ディスカッションの時間がまったく取れなかった・・・。

 確かにスタートは遅れました。前のセッションが長引いたとか、機械的な問題とか、人が多くてテンパってたとか、諸々ありました。けど、どれも防げたはずじゃないかという。
 スピーカーがみなこんなにも力を入れてしゃべってくださるとは、と。だいたいこのくらいの時間で、という提案の長めのほうにみなさん寄せてこられるとは、と。いや、考えればみなさんお話し上手な人ばかりだとわかるはずの、防げたはずのことでした。それはごめんなさい、もう5分ほど短めに提案しておけばよかった・・・。

 結果、うしろのほうのプレゼンの方には相応に削っていただいていました。これは本当に申し訳ありませんでした。
 そして、上記のような魅力的なフロア参加者が待ち構えてくださっていたにもかかわらず、そして5つもの魅力的なディスカッション素材を披露してくださったにもかかわらず、メインディッシュたるべきディスカッションタイムが、無い、ていう。これはせっかく来てくださってたフロアのみなさんにも、本当に申し訳ない、礼を失した対応だと深く反省しています。

 というあれやこれやで、ここでも一言で言うと「もったいない!」になっちゃうという。
 この日、午前と午後(注:http://egamiday3.seesaa.net/article/439627340.html)で二度もったいないという。何やってんだろあたし・・・。
 実は結構ディスカッションタイムのための英語とか勉強してた。(註:https://www.amazon.co.jp/dp/4758108463/) Save the question later、とかノートに書いてある。

 とは言え、ああいうことをやるとあれだけの人が来る、というようなことがわかっただけでも充分に良かったと思ってます。これは2度3度とやる価値のある試みなんじゃないかなっていう。

 それともうひとつ、このセッションの極私的な裏テーマがあって。
 京都MALUI界を代表する2大・人的コンテンツを、国際セッションの場にひっぱり出せた、っていうことですね。
 これです。正直コラボだ連携だみたいな効能書きはわりと二の次で、本音は、あの2人の存在を日本国外に知らせたかった、見せつけてやりたかった。で、それに一応なりとも成功できましたので。偉大の「縮小を前提に云々」のくだりで軽く会場ざわついたりしたし、ウィキペディアタウン支援も「おおっ」みたいな反応ちょっと出てたので、手応えはあったんだと思います。それで充分です。司会=メディアとしては、魅力あるコンテンツが届くべき人のところへ届いてくれさえすればそれでいいんです。

 スピーカーのみなさん、当日ご来場・ご視聴くださったみなさんに、あらためて心より感謝申しあげます。

 次は、もっと上手くやりたい。
posted by egamiday3 at 22:39| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月04日

(報告)アンサー・シンポジウム「日本の大学図書館員の論じる世界の大学と図書館」(2016.7.1)で、司会をしてきました。

 6/25のシンポジウム(http://egamiday3.seesaa.net/article/439627340.html)を聴いた日本側メンバーが、それにこたえるようなディスカッションをしあうという”アンサー・シンポジウム”という企画が翌週7/1にありまして、同じくそこで司会をしてきましたよ、という話です。

 1週間で4司会ですけどね。
 egamidayさんはいつから司会業ですか、中居くんですか。

 「日本の大学図書館員の論じる世界の大学と図書館 〜6/25開催のシンポジウムを振りかえりつつ〜」
 http://www.slis.doshisha.ac.jp/event/20160701.html
 2016年7月1日 18:25-20:00
 同志社大学 今出川キャンパス 良心館 1F RY106教室

パネリスト :
飯野 勝則 氏(佛教大学図書館)
今野 創祐 氏(京都大学附属図書館)
岡部 晋典 氏(同志社大学ラーニング・コモンズ、当日惜しくも欠席)
久保山 健 氏(大阪大学附属図書館)
長坂 和茂 氏(京都大学附属図書館)
司会 : 江上 敏哲 氏(国際日本文化研究センター)

 アンサー・シンポジウムって何だよ、て思いますけどね(笑)。
 でも最初にこの提案きいたときに、あ、これってたぶん自分が一番やりたかったやつや、って思いましたので、一も二もなく引き受けました。

 以下、やっぱり進行報告的な感じになります。
 内容報告は↓またもやこちらをご参照ください。
 「シンポジウム「日本の大学図書館員の論じる世界の大学と図書館 〜6/25開催のシンポジウムを振りかえりつつ〜」に行ってきた。」(みききしたこと。おもうこと。)  http://d.hatena.ne.jp/xiao-2/20160703/1467514366
 もうこのxiao-2さんという方には頭も顔も足も向けられない、直立不動で感謝しなきゃっていう感じになってます。

【後日追加】
当日の様子がYoutubeで公開されています。
https://youtu.be/GeazV807vak


 写真はいまのところ手に入っていませんが、40-50人くらいの方においでいただいてたでしょうか。土曜の午後ならいざしらず、金曜の夜に、はなきんに(死語)、大勢来てくださいましてどうもありがとうございました。

 進行としてはだいたいこんな感じでした。
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イントロダクション
→6/25シンポジウムのふりかえり
→第1問「学生たちはなぜ 図書館・ラーコモに来るのか? そもそも「来るべき」なのか?」
→第2問「ディスカバリー慣れした ユーザの前で 司書は何して過ごすのか?」
→第3問「日本の電子資料や デジタル・アーカイブは どこがダメなのか?」
→まとめ
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 まずはふりかえりのターン。
 先週のシンポジウムに来てない学生さんやお客さんも少なからずいてはるやろう、ということで、江上のほうから、きわめてざっくりと小カールくんのみの駆け足で、どんな話が出てたかっていうのを紹介しました。
 もちろんここでの紹介はのちのディスカッションのために踏まえてもらうものなので、どっちかというと後で扱う3テーマにだいぶ寄せた偏りのものにはなりますよね、ていう。まあその3テーマも振り返りをまとめているうちになんとなく浮かんできたやつなので、卵と鶏ですが。
 でもここをちゃんとやんないとあとのディスカッションでコメントが出にくいだろうし、フロアも飲み込みづらいでしょうから、ここは2時間サスペンスで登場人物をじっくり描いていく時間帯の感じで。

 で、それを踏まえてパネリスト登場&ディスカッションのターン、なわけですが。
 パネリストの4人(当日惜しくも1人欠席)はと言えば、全員よく知ってる、ていうか何をどう言いそうな輩かっていうのもだいたいわかってる、なので一切不安もしないし準備も何もいらないとしか思えないんだけど、唯一にして最大最強の不安要素と言えば、放っておいたら好き勝手しゃべり過ぎられてカオス&時間超過になるに違いない、そうならない未来が一切想像できないという顔ぶれなので、どうにかして抑制的な手綱をとらないといけない、はて、どうコントロールするか。

 というわけでやったのが、「学生の来館」「ディスカバリー」「電子資料」という3テーマを、問いの形式、「学生たちはなぜ 図書館・ラーコモに来るのか? そもそも「来るべき」なのか?」「ディスカバリー慣れした ユーザの前で 司書は何して過ごすのか?」「日本の電子資料や デジタル・アーカイブは どこがダメなのか?」というものにして、それぞれA3の紙(ほんとはスケッチブックにしたかったパターン)にマーカーで答えを書いてもらう、というやつです。
 「IPPONグランプリ方式」です。ただの大喜利です。
 教室のサイズにもよると思いますが、これはだいぶよかったと思います。その人の考えを、話だけ耳で聴いて理解するよりは、端的なフレーズが文字として見えている中で聴いてるほうが、そりゃまあわかりやすいよなっていう。話す方も、話題がさまよわずにすむし。

 もうひとつ成功したなと思ったのが、マイクを1人1本ぜいたくに与える、という。6/25のシンポは2人で1本だったんですが、これだとやっぱり発話までにひとハードルあるし、ワンテンポ遅れるから当意即妙な掛け合いみたいなんが難しいんですよね。発言したい人はマイクを手にとって司会に軽くアピールしてくれるから、司会として采配もすごくしやすいし。
 ディスカッションを盛り上げようと思ったら、マイクなしか全員マイクあるかのどちらかで、共有マイク態勢は避けたほうがいいと思います。(まあ、それでも盛り上がった6/25のパネリストは神4だったということで)

 そんなこんなのやりやすさの中で、司会たる私にも多少の心の余裕が得られたのか、今回はディスカッションの途中で適宜フロアにいる人に話をふる、ということができました。どれもみなこちらの無茶ぶりばかりで、発言してくださったみなさんにはごめんなさいしか言えないのですが、みなさんさすがのマイクパフォーマンスぶりという感じでした。具体的には学生さんとか、訊け!の人、紀がつく書店の人、そして先週のパネリスト約1名、とか。

 最後の最後に、その先週のパネリストだった約1名さんにコメントをいただきまして、これで上手いこと2企画が輪になってつながったんじゃないかなと思いますね。しろやぎさんたちからのお手紙を、アンサーなくろやぎさんたちががっつり咀嚼して、さらにしろやぎさんからお返事をもらう、っていう。

 ディスカッションの内容としては、自分にもいくつか言いたいことが出てきてしまうようなテーマで、っていうか我慢できなくてちょいちょい自分も何か言ったりしてたし、そもそもこんだけ司会してると自分の言いたいことなんか全然言えやしないから、フラストレーションの元気玉が熾りまくってる感じになっててどうしようもなかったんですが、本企画のメンバーの気安さからついつい出ちゃった、という感じです。

 極私的に思ったことのメモ。
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・@「学生たちはなぜ図書館に来るのか」の場所としての図書館論。なんというか、”場所としての”だけ言っても、”大学”の”図書館”の”場所としての”機能の一面しか見えないんじゃないのという思いを強くした感じになってて、”資料・文献”(紙にしろeにしろ)というものと”場所”としての機能がどうマリアージュするかを考えるのが、図書館の場所としての機能を議論することの醍醐味なんじゃないのかなあ、って思うんですけどね。(当日コメントした「文献を参照しない学びはscienceと言えるのか」はそのニキビがぷちっと出た感じの)
・A「ディスカバリ慣れしたユーザを前に、司書は何をすべきなのか?」では、もっと長い長いスパンで、未来将来の司書の新しい役割はどういったものになっていくかしら、みたいなこと”も”出題側としては意図してたのですが(で、先週紹介のあったワシントン大学のJapanologists Colloquiumの話になんないかな、とか思ってた)
 実際には、だいたい当面のというかまさにいま現在やるべきことみたいな話になってたので、まあそれはそれでいいかっていう。これは、いま現在のディスカバリがいま現在ホットである、ことのあらわれなんだろうし。
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 繰り返しになってしまいますが、当日はUstream中継もするにはしてたのですが、直前まで機器類の調整がつかず、URLをほとんど広報できていませんでした。申し訳ありませんでした。(アーカイブの公開が同志社サイドでできるようになれば、またあらためてお知らせできればと)

 あとこのアンサー・シンポジウムは、実は「図書館基礎特論」という授業のひとコマとして開催したもので、その受講生の学生がふつーに聴きに来てるっていうあれだったんですが。会の後の懇親会で「学生には内容的に難しすぎたんじゃないか」というコメントも出てたんですけど、あたしはそれはそれでいいと思います。わかりやすいあつらえられたものばかりでなく、噛み切りにくい呑み込みにくいものをあえて体験するというのは、もちろんそればっかりではしんどいでしょうが、2度3度くらいはあると良い学びになると思いますので。

 あらためましてパネリストのみなさん、当日運営でお世話くださった同志社大学のみなさん、ご来場・ご視聴くださったみなさんに、あらためて心より感謝申しあげます。

 このアンサー・シンポジウムによって、AASに関連した一連の催しごとがすべて終わった、ということになりました。暦の上では夏が始まったばかりの日ではありましたが、egamidayさん的には、2016年はもうこれですっかり終わっちゃったようなもの、という感触ですね。
posted by egamiday3 at 21:42| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月02日

(報告)シンポジウム「ライブラリアンの見た世界の大学と図書館」(2016.6.25)で、司会をしてきました。


アメリカの日本研究ライブラリアン4人を招いて話をしてもらう、というシンポジウムで、司会をしてきました。

「ライブラリアンの見た世界の大学と図書館〜図書館利用行動を中心に〜」
http://www.slis.doshisha.ac.jp/event/20160625.html
2016年6月25日 15:00-17:00
同志社大学 今出川キャンパス 良心館 2階 RY202教室

パネリスト :
Kuniko Yamada McVey (Harvard University)
Tokiko Yamamoto Bazzell (University of Hawaii)
Hiroyuki Nagahashi Good (University of Pittsburgh)
Azusa Tanaka (University of Washington)

以下、司会でしたので、内容報告ではなく進行報告的な感じになります。
司会や当事者としてイベントに参加することの最大の難点は、自分で記録を残せないことですね・・・。
内容報告は↓ぜひぜひこちらをご参照ください。
http://d.hatena.ne.jp/xiao-2/20160626/1466905299

【後日追加】
当日の様子がYoutubeにアップされています。
https://youtu.be/-r4byVlaqqU


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当日会場においでくださったみなさん、どうもありがとうございました!
公式発表?によると約200人のご来場だったそうです。マジかと。正直、ここまで大勢の人が来るとは思ってなくて、ごめんなさい、まあまあなめてました。
来ていただいていた方々をざっと見渡すと、学生さんや現役図書館業界者だけでなく、教員の方あり大学関係者あり、書店出版の業界の方々も大勢いらしてて、これってMALUIの会じゃないのか、みたいになってた感ありましたね。

4人のパネリストはみなさんかねてよりよく存じ上げている方で、お話も上手にしてくださる方々ばかりとわかっていたので、そのへんについては司会として安心しきってました。なので準備らしい準備もほとんどしていなかったのですが、それでも一応事前に、こういう進行でいきましょう、みたいなことは言ってて、egamidayさんは阿呆なのでそれをそのままここに載せるという感じ。
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・イントロダクション
→・各人で、「図書館の概要」「普段の仕事」「経歴」を自己紹介を兼ねて。(5-10分×4人。40分程度)
→・「利用行動」(20分程度)
-グッドさんから学生の利用行動(ppt)
-バゼルさんから研究者の利用行動(ppt)
-それを受けて「レファレンス」「電子資料」を中心に全員でコメント
→・「学生の様子」(20分程度)
-田中さんから日本人留学生の様子(ppt)
-マクヴェイさんとフロアで学生の学習・授業について、ディスカッション
→・フロアからの質問+ディスカッション(質問・コメント票を回収して)(30分程度)
→・まとめとして、将来像×4人
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という予定だったのですが。
実際には、自己紹介で約15分×4人=1時間埋まるという、まあタイムキーピングの失敗事例としてはごくごくありきたりなやつ(=防げるはずのこと)ですよね・・・申し訳ありませんでした・・・結果、終盤のディスカッション・ターンでは、フロアとのかけあい的なことが全然できていませんでした・・・。これは非常に残念ですし、もったいない話です。先述のように幅広い業種のいろんな方が来てらっしゃいましたし、あの人もいた、あの人も来てた、マイク向けたらおもろいこと言ってくれたんじゃないかしら、いやそれより学生さんにこそ何か発言してもらいたかった、と今にして思い返すだに地団駄踏んで悔しがってる感じです。(教訓:「各パネリストからまずは一言づつ」、に注意)

もうひとつ、ディスカッションのまわしに余裕がなかった原因は、来場者数が思わず多かった=回収したコメント票が多い=目を通すのがたいへん、という、いや、防げるはずのことでしたね・・・。フロアがあのメンツと人数なら、素直に挙手制や指名制でもよかったんじゃないかと、まあこれは結果論になってしまいますし、それでシーンとしてたらしてたでまたあれなので、会場の雰囲気がどう転んでもどっちのも対応できるような心構えはいるな、という感じでした。

というわけで、正直な告白をすると、司会中はバタバタでとてもじゃないけど内容なんてほとんど頭に入ってきてないのですが、それでもなお、な極私的メモ。
(みききしたことおもうことブログさんにはたいへんお世話になっております!!)
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・[グッドさん]DDA(デマンド・ドリブン・アクイジション)で、英語資料選書の役割が低下。→インストラクション・レファレンスへ。
・[田中さん]「図書館はライブラリアンではなく利用者の夢を叶える場所」
・[バゼルさん]ワシントンDCのとある企業の研究所で、日本資料の収集などの仕事に従事。→日米の差を感じた。(例:政府刊行物の集めにくさなど)

・[グッドさん]ピッツバーグ大学における学生の図書館利用行動。これは2013・2014年の調査をもとにしたもの。
2014年英文オリジナル資料:http://www.library.pitt.edu/other/files/pdf/assessment/MyDayAtHillmanSurveyResults.pdf
当日のスライド:
http://www.slideshare.net/hirogood/ss-63590400
・「毎日来る」学生が50%以上(2014年)
・24時間開館で、PM11-AM6間の来館、週1回以上が30%。
・学生の来館が2010年以降増えてきたが、理由がよくわからない。グループ学習が増えたというよりも、個人の学習場所の要求が多い。そのため、開架資料の半分を遠隔地に送って学習用スペースを確保した。
・良く使われるのが「ディスカバリーサービス(OPAC込み?)」「電子資料」。その他のサービス類は「使わない/知らない」が多い。

・[バゼルさん]アメリカの研究者の図書館利用状況。これはIthaka S+R Surveyによる調査(2003〜2015)をもとにしたもの:http://www.sr.ithaka.org/
・研究をどこから始めるかについて。「図書館内から」は大きく減ったが、「図書館のwebサイト・目録」が2012から2015の間で増えてきた。<ディスカバリーサービスによるのではないか。
・電子があるなら冊子体をキャンセルしてもかまわない。ジャーナルでは、理系80%、人文系でも50%を超えている。書籍では理系50%、人文系でも30%ある。
・図書館にとって重要な役割は? 研究者の意見では「学部生のサポート」が多い。一方、データキュレーション/マネジメントについては、図書館の新しい役割ではなく、研究者が自身で管理したいと考えている。

・[田中さん]日本人留学生の様子+図書館の提供するサポート
・授業では、課題がかなり多い。ディスカッションのファシリテート、期末レポートの発表など。
・ライブラリアンは、期末レポートのアイデアを一緒に考える、資料探しをアシストする。
Japanologists Colloquiumを田中さんが月に一度・東アジア図書館で開く。学部を問わず”日本”をテーマにする学生を集めて、研究テーマの共有や期末レポート発表の練習の場とする。分野を越えたコミュニケーション。←極私的MVPトピック

・[マクヴェイさん]
・図書館の書架でブラウジングをすることは、重要でなくなってきている。
・デジタルへの期待値が高い。図書館サービスのひとつとして、遠隔地の書庫にある図書をスキャンして送るというものあるが、学部生はそれも待てない。

・アメリカの大学図書館で使われている日本の電子書籍プラットフォームは? →EBSCO・NetLibrary・丸善e-books・JapanKnowledge
・日本のデジタルアーカイブについて。隠れていて見つけづらい。Visibilityが低い。そのサイトのその場所にいかなければその存在がわからない、ではなくて、ディスカバリーツールにメタデータを送るなどして見つかるようにするのがよい。
・ワシントン大学図書館における多様性支援について。
・ライブラリアンにはMLIS(図書館情報学修士号)だけではなく、強みのある専門分野や能力(IT・ティーチング等)が必要。博士号を持った人がライブラリアンとして勤める例も。
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当日はUstream中継もするにはしてたのですが、直前まで機器類の調整がつかず、URLをほとんど広報できていませんでした。申し訳ありませんでした。(アーカイブの公開が同志社サイドでできるようになれば、またあらためてお知らせできればと)
当日の様子はテキストお越しされて、「同志社大学図書館学年報」に載るという予定もきいてます。

というあれやこれやで、一言で言うと「もったいない!」、もっとこの魅力あるコンテンツを皿まで舐めまわして味わい尽くすような余地はいくらもあったんじゃないか、という反省点いっぱいなのですが。
だとしても、それでも、あれだけの幅広い立場の&数多くのみなさんに、特に学生のみなさんに、アメリカの日本研究ライブラリアンという立場の人々のお話・考え・視点のようなものをお届けできたこと、現場で目撃していただくことで肌感覚で感じでいただけたことは、非常に大きな意義があったのではないかと思っています。
特に学生さん、当日の感想をレポートとして出してもらったのをざっくり見ると、24時間開館のうらやましいさや語学力がどれだけいるかなども多かったのですが、同じくらい多かったのが「アメリカの大学図書館ではこんなことまで学生サポートをしてくれるのか」というサービスの手厚さと、「ライブラリアンになるまでの経歴がこんなにも人によってちがうのか」的なキャリアパスの広さへのリアクションでした。そのことを見ず知らずの大人の口から聞けたという体験は、司会してるこっちがうらやましく思うくらいのものだと思います。

200人の人が4人の話を聴く様子を司会席でぼおーっと見ながら「明日からもこんな日が毎日続けばいいのに」と、世にも奇妙なフラグのようなことをずっと考えてました。
ほんとにそうなったら、自分自身がしゃべれないことへのフラストレーションがずっとずっと溜まっていくので、我慢ならんと思うんですけどね。でもいいんです。しょせんあたしは司会です、メディアです、魅力あるコンテンツがあたしの上を次々と通っていって、届くべき人のところへ届いてくれさえすればそれでいいんです。

パネリストのみなさん、当日運営でお世話くださった同志社大学のみなさん、発起&ご支援くださった紀伊國屋書店のみなさん、公私ともにもろもろ支えてくださったみなさん、そしてご来場・ご視聴くださったみなさんに、あらためて心より感謝申しあげます。

で、さらにクレイジーなことに「アンサー・シンポジウム」なるイベントがその翌週に持たれた、との噂がありますが、それについてはまた別の話で。

posted by egamiday3 at 12:42| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月16日

(告知)シンポジウム「ライブラリアンの見た世界の大学と図書館」6/25(土)を、目撃せよ!


 6/25(土)、同志社大学にて、アメリカの日本研究司書を招いてのシンポジウムがおこなわれます。

 「ライブラリアンの見た世界の大学と図書館〜図書館利用行動を中心に〜」
 http://www.slis.doshisha.ac.jp/event/20160625.html

 同日、同志社でおこなわれているAAS in Asia京都大会(アメリカのアジア学会がおこなう大会)に参加する、アメリカの大学で日本語資料を専門に扱うライブラリアンのみなさん、計4人をお招きして、いろいろとお話をうかがおうというシンポジウムです。

パネリスト :
  Ms. Kuniko Yamada McVey (Harvard University)
  Ms. Tokiko Yamamoto Bazzell (University of Hawaii)
  Mr. Hiroyuki Nagahashi Good (University of Pittsburgh)
  Ms. Azusa Tanaka (University of Washington)

 4人のパネリストはみなさん、日本とアメリカ両方の大学事情・図書館事情をよくご存知の方々です。そんな方々の目に、アメリカの大学・図書館は、日本の大学・図書館は、どのように映っているのか。学生や研究者の学習・研究、図書館での立ち居振る舞いに違いはあるんだろうか。サービスは? レファレンスは? 電子書籍は? そして、海外の大学で学んでいる日本人学生のキャンパスライフは? そんなもろもろを語っていただけたらな、と思っています。

 ちなみにこんな関連文献がございます。
 バゼル山本登紀子「進化する大学図書館とライブラリアンの役割」(『同志社大学図書館学年報』(2010))
 https://doors.doshisha.ac.jp/duar/repository/ir/14772/?lang=0

 司書をめざす学生さんでしたら、図書館で働くって実際どんなんかな、と。
 研究・進学をめざす学生さんなら、研究者ってどんなんかな、と。
 海外留学をめざす学生さんや、海外で働くことまで視野に入れてるようなジョン万な学生さんなら、その先輩方の生の声を。
 そしてもちろん、海外話の大好きな現役図書館員や大学関係者等々のみなさんにも、おなかいっぱいになるような話を聞いていただけるんじゃないかと思います。

 これの司会を私がやるらしいです。ほんとかな、大丈夫だろうか。
 でもお話の上手な4人がパネリストとしてそろってるという認識でおりますので、大船の咸臨丸に乗ったつもりで、客席目線で、もはや客として、楽しみたいと思ってます。

 日時は、2016年6月25日(土)、15:00から。
 場所は、同志社大学 今出川キャンパス 良心館 2階 RY202教室。

 参加は自由、無料です。
 あ、それとこれは言っておかないといけない、シンポジウムはすべて日本語でおこなわれます。英語じゃありません、安心してください、ていうか司会の私が一番安心しています。

 事件は同志社で起こります。
 その目撃者は、あなたです。 
 ぜひ、同志社大学RY202劇場で目撃してください。

posted by egamiday3 at 20:03| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

(告知)「近畿地区MALUI名刺交換会」6/26(日)で、お待ちしてます!


 関西の善男善女が集まるという業界でマストな名物企画、「近畿地区MALUI名刺交換会」が今年もおこなわれます!

 近畿地区MALUI名刺交換会(2016年度)
 http://bit.ly/MALUI2016

 参加登録は6月19日(日)までです!


 MALUIというのは、
  Museum(美術館・博物館)
  Archives(アーカイブ・文書館)
  Library(図書館)
  University(大学)
  Industry(産業・企業)
 の略で、文化学術情報関係のあらゆる人々で集まり、協力し合いましょう、交流し合いましょう、四角い世界をまあるく環になって踊り包みましょう、というような(かどうかはわかりませんが)感じの、多業種横断的なムーブメントです。
 MLAのパワーアップ版と思っていただいたら結構です。パータッチです。

 そのMALUIの人たちでまずは人と人同士が交流することからはじめましょうよ、という感じでここ数年毎年おこなわれているのが「MALUI名刺交換会」です。特に、よその地域からはじめて関西のMALUI関連職に就いて、まだ周囲に人脈ができてない、というような人たちとの交流が深められたらな、というあれなんですけど、まあ要するに飲み会ですよねと。別に固定メンバーがいるわけじゃない、ゆるいつながりであり、ムーブメントであり、抽象的な概念ではありますが、まあ具体的に言うなら飲み会ですよねと。

 今年は同志社大学にてAAS in Asia京都大会(アメリカのアジア学会がおこなう大会)が行われるのですが、その日程になんとなく合わせて、AASのためにアメリカから来日している日本研究ライブラリアンのみなさんたちにも参加していただく予定です。
 また、そのAASで企業ブース展示に来ている東京や海外の出版・書店・データベース関係の企業のみなさんもまた、多数参加してくださる予定です。

 というわけですから、今年はいつもとちょっと違った出逢いがありそうですよ、という期待含みでよろしくおねがいします。

 日時は、2016年6月26日(日)19:00。
 場所は、コープイン京都(http://www.coopinn.jp/access.html
 参加申し込みは下記URLから、6月19日(日)までです。
 http://bit.ly/MALUI2016

 会場が四条のどまんなかですから、お帰りにも二次会にも不自由しない便利な立地です。
 いま時分の京都は紫陽花(http://www.kyoto-np.co.jp/kp/koto/ajisai/meisho/index.html)の季節ですから、昼間は三室戸や藤森神社あたりに寄ってみてはいかがでしょう。
 あ、この日は、関西の歴史好き猛者司書たちが集うという関西文脈の会の勉強会(http://toshokanshi-w.blogspot.jp/2016/06/30.html)もありますよ、京都府立図書館にて、しかもバックヤードツアー付きのお得プランです。
 これはもう、来ない理由がありませんね!

 それでは、みなさんにお会いできるのを楽しみにしています。
posted by egamiday3 at 20:01| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月11日

(メモ)展示「竹中工務店 400年の夢 : 時をきざむ建築の文化史」(@世田谷美術館)

 東京・世田谷美術館で開かれていた「竹中工務店 400年の夢 : 時をきざむ建築の文化史」展(http://www.city.setagaya.lg.jp/event/1991/d00145682.html)を見てきました。建築関係の展示って自分に刺さるときと刺さらないときとあるんだけど、これはすばらしかった、見ててずっと顔のによによが止まらなくって、ああ自分やっぱ好きなんだなって思いました、好きなだけだけど。野暮用で早めに立ち去らなきゃいけないのがほんとに悔やまれたです。6/19までとのことなので関東圏の方はぜひ、っていう。
 そのメモ。

 ていうか、世田谷って普段よく聞く東京の地名くらいにしか思ってなかったけど、実際に行ってみたら世田谷というのは東京駅界隈からあんなにも離れたところにあるんだと、恥ずかしながら初めて知りました。あの辺って自意識の地図帳ではとりあえず緑に塗ってあるくらいの感覚しかなかったけど、別の"市"とかじゃなかったんだ。Googleさんには「新横浜で降りろ」と言われて一瞬我が目を疑った。
 そんなんはさておき。
 
・400年の歴史と書いてあるけど、200年くらいサバよんでないか感、は、まあよくあること。
・高島屋史料館から資料わりと出てた。チラシがスクラップブックで残ってるのとか、キュンキュンした。ていうか、やっぱり高島屋京都店とか西本願寺伝道院とかにどうしても目が止まってしまうので、この手の展示を京都でもやってください。(注:高島屋の展示はこないだあった)
・ちなみに高島屋京都店は、商店建築で、鉄筋コンクリート造としては、日本初だそうです。
・日東コーナーハウス→CIE図書館。
・雲仙観光ホテル、togo。
・竹中大工道具館、togo。
・竹中歴史資料展示室、togo。
・旧ジェームス邸、togo。
・揚輝荘、togo。
・雅俗山荘(小林一三邸)、togo。(行けるのか?)
・ケルムスコット・マナー(イギリス)、togo。(いつだ?)
・雑誌「approach」の所蔵を確認すること。
・竹中工務店の「建築写真集/帖」、所蔵を確認すること。
・建築模型を見るとやっぱり写真やなんやよりずっとわかりやすい。建築模型大事。ちなみに、天王洲の建築模型ミュージアムがいよいよオープンのはず。

 まとめとしては。
 どこで何見ても結局、京都・図書館・資料保存に目が行くという病気。
 あと、聞きかじりだけでまだよくわからない専門用語や人物等がたくさんあるので、egamidayさんはもっと建築(技術も文化も)について、少しづつでも勉強してください。好きなだけじゃなく。建築を勉強したらいま以上にもっと旅を楽しめるにちがいないから。



posted by egamiday3 at 18:19| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年05月22日

(メモ)京都府立図書館サービス計画


京都府立図書館サービス計画 | 京都府立図書館
https://www.library.pref.kyoto.jp/?page_id=5789

・3つの基本方針→20の項目→64の具体策、という3層構造
・3つの基本方針のうち「I(府内協力)」「II」は従来機能の充実、「III(発信・拠点?)」を新たな挑戦、という位置づけ。
・20項目のうち5項目をピックアップ。「II」(従来機能)から「歴史ある図書館の演出」「利用しやすい空間」、「III」(新挑戦)から「サービスデザインチーム」「知的な交流の場」「行政支援サービス」
・各方針ごとに、その方針・項目について具体的にどう評価していったらいいかを、自ら示すために、「主な評価指標」というのを設けていて、「項目/26年度実績/数値指標」が示されている。
例:総合目録ネットワークシステム加盟機関 26年度実績:30機関、数値指標:80機関
・全体で5年計画、というスケール感。
・文書としてわかりやすい。

 ベストプラクティス行き。

posted by egamiday3 at 11:17| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年05月12日

(メモ)「図書館を変える!ウェブスケールディスカバリー入門の出版に当たって」聴講メモ


2016年度立命館大学大学院文学研究科行動文化情報学専攻「文化情報学専修」広報企画ワークショップ
日本出版学会2016年度第2回(通算第95回)関西部会のご案内
テーマ:「図書館を変えるウェブスケールディスカバリー」
日時:2016年 4月25日(月) 18時30分〜20時00分
場所:立命館大学平井嘉一郎記念図書館

 立命館大学の噂の新図書館・平井嘉一郎記念図書館にて、ディスカバリー界隈では日本随一の佛教大学・飯野さんによる、ご著書『図書館を変える!ウェブスケールディスカバリー入門』とディスカバリーシステムまわりのトークイベント、という感じのワークショップに参加してきました。

図書館を変える!  ウェブスケールディスカバリー入門 (ジャパンナレッジライブラリアンシリーズ) -
図書館を変える! ウェブスケールディスカバリー入門 (ジャパンナレッジライブラリアンシリーズ) -

 自分勝手メモです。ていうかほぼ個人の感想です。

 (註:WSD=ウェブ・スケール・ディスカバリー)

・著書出版まわりについて。WSDの佛教大学図書館導入における現場体験を紹介したものなので、アカデミックというよりは体験談。編集サイドとのやりとりでそういう路線に行ったらしいのですが、個人的にはアカデミックばりばり列伝的なほうを読んでみたかった気がする。
・出版までの経過としては、原稿の試験提出から最終の第3稿までに1年かかってはる。自分のとき(#本棚の中のニッポン)は原稿どばっと書いて基本それがそのままという感じだったので、進め方ってそれぞれでだいぶ違うんだなあ、と思たです。
・この本はネットアドバンス社さんが初めて出す紙の本だとかで、第2弾への動きがどうなるか、注目されますね。
・「5分で分かるWSD」。WSDは図書館の蔵書検索からe-resource、商用オンラインデータベースまで、統合的に検索できるし、統合的に表示もできる。特に学部生・初学者に吉ですよと。
・効果について。WSDに収録されたコンテンツはその後よく使われるようになるし、逆に収録されないものは利用が減る。それまでとてもよく使われていた某データベースが、お気軽検索(佛教大学のWSD)公開後、そこに含まれてないがために使われなくなってしまったという、実にシビアなお話も。そう考えると、コンテンツが求められるかどうかって、純粋に内容だけの問題でもなんでもない、環境に大きく左右されるものなんだから、内容にあぐらをかいて紙媒体でがちがちにかためてたら、それでジ・エンドなんだろうなあと。
・一方で、論文情報がヒットする→紙媒体の利用が増える、という現象も。ビジビリティの野戦場、的な感じがする。
・電子書籍は章単位で検索・ヒット表示・閲覧が可能。→「章」が独立したコンテンツ化する。→”評価”が「章」ごとに可能、的な。→電子書籍がレファレンス・データベース化する/本文もヒットするから見つかり具合が上がる。(これは知の断片化というより、知のランダムアクセス可能化、なんだろうな)。
・で、洋書はそういう章レベルのレコード登録や目次・全文検索化に対応しててリッチなんだけど、和書はそういうのがまだ少ないから、検索結果として和書は埋もれた存在になっちゃう、っていうね・・・。
・WSD向けのリッチなメタデータをデジタル形式で流通させる、ていうのが、出版社さんににとっても販路の拡大につながる、ていうこと。日本の図書館と出版社が共同で、抄録や本文データを含むリッチなレコードを、積極的に流通させていく仕組みを構築しないと、っていう。そりゃもう、紙でめくって苦労するのがいいとか見出しも商品だから権利があるとか、21世紀も1/6過ぎようというご時世に言ってる場合じゃないですよと思う。
・なぜWSDで枕草子を検索すると中国語コンテンツが上位に来るのか。コンテンツの収録設定は図書館の仕事なんだけど、有償コンテンツは能動的に収録しようとするけど、オープンアクセスコンテンツは必ずしもそうではないから。商用が少なくオープンが多い日本はそのために収録されづらくなっている、か? あとは抄録や本文などのリッチなデータがあるほうが関連度が上位になるから。枕草子中国語問題は以下を参照。
--CA1827 - ウェブスケールディスカバリと日本語コンテンツをめぐる諸課題―海外における日本研究の支援を踏まえて / 飯野勝則 | カレントアウェアネス・ポータル http://current.ndl.go.jp/CA1827
--ディスカバリ・システムにおける日本製e-resourceの対応(まとめ) - egamiday_wiki
・タダより高いものはない、とまでは言わないけど、タダだからこそスルーされてしまう問題はおしなべてあるよなとは思う。ただまあだからといってオープンより有償が優秀、ていうことではないと思うんですが。

・以上、飯野さんのトーク。以下、飯野さんと安東さんのセッション。

・出版社サイドからデータを提供してもらえない、説得できてない、という問題について。出版社サイドでも積極的に出していこうとしているところはあって、実際に動いているところもあるとのこと。
・図書館の”オススメ”が”おしつけ”になるか?という、まあ長期スパンでゆっくり考えたい哲学的問い。
・さてそんな佛教大学図書館さんでも、WSDの利用度はOPACの1/3程度。図書館としてはWSDを上位に考えてwebページのデザインも設計したけども、それでもやっぱりWSD利用比率は変わらなかったという。そこが着地点なんだろうか。
・次のステップは、パーソナルスケールなWSDの提供、か。
・egamidayさんからの質問は、WSDはOPACのリッチ版というよりGoogleのセレクト版ですよね。→佛教大学さんでは学内PCのデスクトップにお気軽検索を置いてもらったりしてる、とのこと。
・その他、なかなかの裏話が聞ける平井記念図書館。
・飯野さんのまとめ。WSDは手塩にかけてちゃんと育てないとうまく作動しないシステムです、とのこと。実は図書館にとっては手のかかる子なんだよ、と。その手のかかり具合の奮闘記が、『図書館を変える!ウェブスケールディスカバリー入門』ですね。

図書館を変える!  ウェブスケールディスカバリー入門 (ジャパンナレッジライブラリアンシリーズ) -
図書館を変える! ウェブスケールディスカバリー入門 (ジャパンナレッジライブラリアンシリーズ) -

 このあと土佐料理屋で懇親会がとりおこなわれましたとさ。

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2016年04月22日

201603us@シアトルのメモ・旅情編

 
 CEAL2016@シアトルの番外編。
 なお、休憩時間や食事時間などのすきまなプライベートしかなかったわけなので、おおむね旅行事務か飲食か街の印象、的な話しかないです。


●総評
・シアトル、8年ぶり2度目。ただし1度目は(米国内からの)弾丸的な行き帰りだったためあまり印象がなかったのですが、正直、こんなに居心地のいい街だったとは!という感じでした。山紫水明だし、街もそこそこ都会だし、でも混んでなくてぎすぎすしてない、人々はものすごく愛想がいいし、アジアフードが美味い、シーフードが美味い、カフェいくらでもあるし、実はビールどころだし、日本から近いし、紀伊國屋と宇和島屋があって、移住には最高レベル。坂と、天気の悪ささえなければか。


●シアトル
・着陸寸前の窓からの景色は、「山紫水明」のひとことだった。立派な山々の雪景色、針葉樹の凜としたの、海または湖のたっぷりとしたの、からの、街並み。
・滞在中ずっとほぼ快晴に近かった。これははっきり言ってシアトルにはあり得ない珍事じゃないのかと思った、シアトルはだいたい天気の悪い土地柄なはず。
・相変わらず坂の街だった、そりゃそうだけど。スタバ行くのにめっちゃ急な坂を登らされて、そしてその次にめっちゃ急に下らされた、要するに別の道行けばよかったんじゃんっていう。そういうのをGoogleマップさんは知らんぷりしてるから、やっぱ限界あるんじゃないのと思った。
・これまで訪れたどの街よりも、路上者が多い街だった、という印象。宿所の周辺も結構なところで何度かヒヤッとした。そして、シアトルは全米でもトップレベルに治安がいい街だと聞いていたので、これは要するに、路上に居てられるほど安全だということなのか、と理解している。別の米国在住者も同様の感想だった。
・移動中にバスから見た風景。キャピタルヒルの左京区感はあらためて滞在しに来たい。湖が見えた時はさすがに目をひいてきれいだった。
・マウントレーニアが相当見目美しかった。これが、おお、マウントレーニアよー、か、と思った。日系移民からタコマ富士と賞され愛されるほどの美形が、雪をかぶった様で、しかも奇跡的な快晴でくっきり見えて、おまけに桜という。

IMG_2798.JPG

・なおワシントン大学へはつい前週に地下鉄(LINK)が延伸開通したとのことで、これで空港から大学まで一本で行けるという立地になってる。
・朝に港あたりを散歩していたら、船通勤の人たちがわっと降りて歩いてくるのを目撃した。そういえばシアトルを舞台にしたビジネス書を日本で読んでたけど、その主人公もフェリーに自転車で乗ってきてた。あの人たちが住んでるのはどのあたりになるんだろう。

・というか、シアトルはどこも居心地がいい。というのも、不思議なことにというか、どこも混んでいない。人がそんなに多くなくて、場所に余裕があって、スタバに行ってもスタバ以外のカフェに行っても食事処に行っても、混んでてきゅうきゅうしなきゃいけないっていうような思いをすること、空間的にも時間的にも窮屈な思いをすることが、ほとんどない街だった。そういった意味ではいっさいギスギスしてなかった。
・唯一混んでて居場所を得られなかったのが、ワシントン大学の図書館内カフェ。みんな勉強してて居場所なんかどこにもなかった。
・そして、人々がびっくりするほどものすごく愛想がいい。「愛想いい」と言えばアイルランドにしくはなしと思ってたけども、そのアイルランドと同等かヘタをすればそれ以上レベルで、みな優しいし人あたりがいいし、買い物でもカフェでもどこかしこでもイヤな思いをすることがほとんどなかった。なんなら空港の入国審査も若干人あたりよかったんじゃないかと想い出補正されるくらい。
・シアトルが日本から近い話としては、米国内東海岸の人が国内線乗り継いで10時間かかった、と言っている一方で、成田からここへは直行便8時間台だったという。


●書店・図書館・大学
・宇和島屋と紀伊國屋書店。2度目の訪問で特に大きく変わりはなかったけど、印象としてはさすが地元日本語フリーペーパーが充実してた。
・シアトル公共図書館。オランダでもデンマークでも、旅行中に手詰まるとだいたい公共図書館に来る。居心地のいい図書館ほどビバークしやすい。ただ、あまりに居心地がよすぎて3時間くらいいたのと、セキュリティ的にあまりよろしくない行動をとってしまってたので、要注意。
・なお、職場への土産はシアトル公共図書館モデルのアヒルちゃん人形だった模様。
・うわさのAmazon実店舗がワシントン大学隣接のショッピングエリアにあるというので立ち寄ってみた。ふつーの書店とどうちがうんだろうと思ってたけど、値段がサイトのデータベースでリアルタイムに管理される”時価”なんだな、と。それは確かにふつーのリアル書店とはちがうことになる、このちょっとしかちがわないはずの概念ってもしかしてそうとうちがうものへの第一歩なんじゃないの、という印象。そこが自分にはまだうまく言語化できない。
・ワシントン大学キャンパス。Amazon実店舗側から徒歩よりアクセスしようとすると、まあまあの坂道だった。途中でハイキングのグループとすれちがったほどだった。キャンパスまで山紫水明が過ぎるだろうと思った。
・ワシントン大学キャンパスでは、各国・地域のアジア、タイといい中国といいベトナムといい台湾といい、その学生のコミュニティ活動が盛んな様子があった。日本を見かけなかったのはあれは気のせいなんだろうか。


●カフェ・スターバックス
・コーヒー・シティを飲む。
・スタバ1号店は、もはやお土産を売るためのキオスクと化していた。まあそれはそれでいいんじゃないか。
・「Starbucks Reserve Roastery & Tasting Room」というなにやらプレミアムな店舗があるんだよと聞いていたので、行ってみたら、むき出しのロースト工場施設を眺めながら居られるプチ・テーマパーク的なところだった。そして居心地がいい。ソファでだらっとしてられるし、香りがいいし、雰囲気がいいし。極私的・世界お気にスタバがまたひとつ増えた感じ。ただし、どうやら価格が若干高い。ドリップで5.50ドルもする。
・チェーンじゃない地元カフェは、あたりはずれあり。例えば、各書で評判のよかったカフェのひとつは、トイレの芳香剤の臭いが店内に強すぎて、エスプレッソ味わうどころじゃなくてとっとと出て来た。
・ワシントン大学近所のカフェ・Cafe Allegroが、いい感じのネイティブなカフェだった。古い木造の内装で、サブカルなチラシがわっと貼ってあったり、まさに左京区然とした感じの。ずっと居てられる。学生がうるさめかなとも思うけど、席は2階の方にも広くあるみたいで、時間さえタイミング良ければ居心地よく過ごせる場所なんじゃないかしら。
・最終日に空港へ向かう直前に名残の一杯と思って入った、街中のスタンドだけの狭い狭いPegasus Coffeeが、たぶん一番美味かった。本当にたまたま、通りすがりに数秒で見つけて適当に入っただけの店だけど、タトゥーだらけのロックなお姉さんがエスプレッソ用の粉をぼろぼろこぼしながらがさつに詰めつつ「for hereかtogoか」をきいてくるようなところで、そのエスプレッソが超絶に濃くて血圧が上がるロックな朝だった。


●食
・ほんとはキッチン付きの宿がよかったんだけども、なくて、流しと冷蔵庫と電子レンジまではあるという宿だった。それでも、電子レンジがあるのとないのとではクォリティオブライフがとんでもなく違った。ので、今後も電子レンジだけでもあるほうがいい。
・宇和島屋(シアトルのかなり大きい日本食ショッピングセンター)で、タイ料理のランチと韓国料理のランチをいただいた。1勝1敗。タイはだいたいハズレない。
・あと宇和島屋にはおーいお茶濃いめがあったので、天国かと思った。荷物が許せば2L買いかねなかった。

・ローカルビールを探して、とりあえずパイクプレイスのガイドブックに載ってるくらいの適当なビール処(Pike Brewing Company in Seattle)に入ったら、ほかのお客が利き酒セットを呑んでるのを見つけて、こういうことに。以下、その際のもっともらしいツイート集。

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2028 ローカルビールを探してたらなぜかこうなった。 https://t.co/SUbQWSeqBz
2030 1は、ごく軽い、歩いてきて渇いたのどにうれしいかんじんやつ。それでも苦味がしっかりしてて美味い。これ、秀吉の一杯目やないか。
2038 2はペールエールで、ブラウンさが、日常飲むときにはこれが一杯目やな、ていう感じのやつ
2040 あれこれもしかして日本的にはビールテロですか・・・
2044 3、IPA来た。でもちょっと甘みがあるんじゃないかなっていう感じ。 https://t.co/iHU9IKuln2
2048 日本、ランチタイムじゃないか、ごめんなさい
2051 4、キルト・リフター。少々のピートなスコッチウィスキーモルトがどうのと書いてあるので、何言ってるんだろうと思って一口飲んだら、思っきしスモーキーフレーバーだった。マッサン、わしゃどうしたらええんじゃ。 https://t.co/pafdGpd1Xd
2054 何このビールすげえピート臭
2055 びっくりぽんや
2056 悲報、このあとのこり2杯がスタウトと修道院
2103 5、あースタウト美味いわーやっぱスタウトでええわぁ終わってるわ
2110 6、修道院。甘ったるいw でもなんだろう、なんかクセのあるにおいが最後にふわっと残るの。なんかこう、脱酸した資料についたにおい的な。

・このあと、宿近くのちっちゃい荒物屋みたいなグロッサリーに行ったら結構な種類数のローカルなクラフトビールがあって、パッとえらんだスタウトがこれも甘濃くてすごく美味かった。まともに予習してなかったんだけど、実はシアトルのあるワシントン州は、ホップ生産量が全米1位、ブリュワリー数が2位で、コーヒーシティ以前にビールシティじゃないか、と。
・ピートなビールは、最終日夜遅くのミーティングのあとでライブラリアンの方々とホテルのバーに行ったところでもいただきました。なんだかんだいって呑んでる。

・シアトルで人気店だというドーナツのカフェで朝食をいただいたんだけど、ドーナツはまあ美味いほうのドーナツだなという感じではあるんだけど、コーヒーが薄くてつらかった残念賞。シアトルまできてこんなコーヒー飲みたかったんじゃないという感じ。美味い店開拓はなかなか難しい。
・それから地産地消が売り的なカフェで、ホットサンドイッチ。1回目はアボカドまじりっぽいマヨネーズソースのサンドイッチ。2回目は有名店チーズを使ったらしいがあまりピンとはこなかったベーコンサンドイッチ。まあよかったです。
・朝、パイクプレイスマーケットのあたりを散歩していたら、小さな店に軽い行列ができていて、ピロシキって書いてあって、野菜とキノコのピロシキとか、チーズとサーモンのとか、そういういろんなピロシキというか包み焼きが朝食として売っておられて、日本ももっとピロシキの概念を破壊して売ってくれたらいいのにって思った。
・昼食のカフェで、あ、カニのサンドイッチあるんだ、さすが海鮮処シアトル、と思って注文したら、クラブハウスサンドイッチが出てきて、ああー自分このミスするのいったい何度目なんだ、って嘆くあるある。いい加減学習しろ、自分。(でもtunaの上にclubって書いてあったら、crabと見間違えないですかね・・・)
・夕食その1。パイクプレイスマーケットの、海が望める、トムハンクスが映画ロケしたという観光地的なシーフードレストランだったけど、シーフードラザニアなるものをいただいたところ、アタリだった。トマトとチーズの下に、サーモンと小エビと貝柱でいい感じだったので、これはシアトルのシーフードの良質さがなせるわざか、イタリア料理のハズレなさがなせるわざなのか。
・夕食その2。北米ライブラリアンの方と、ピア的なところにあるオイスターハウス。オイスターはいただかなかったものの、フィッシュケーキ、ブイヤベース的なの、カラマリ(イカ)の唐揚げ、野菜のトマト煮的なの、どれも実に美味しうございました。これはまた行きたい。美味しいから話も弾むし。

IMG_2815.JPG

・総じて、「シアトルは美味い」評で良いと思います。


●旅行事務全般
・今回のシアトル行きはデルタで、関空→成田→シアトルという、いったん国内移動するパターン。だけど、関空の時点ですでに出国させられるらしいことがわかって、これは成田で買い増ししようと思ってたユニクロに行けなくなるんじゃないかと察知して、無理してセキュリティ・出国前にユニクロに行って買い増しした。そしたら、関空出国後エリアにもユニクロあった。ユニクロとスタバはもはやユビキタスかと。
・出国審査でもわざわざ「成田で外に出れませんよ」的なこと言われた。デルタの関空→成田は前日から始まったらしいので、混乱があったのかも。
・なんにせよ、直行便がじりじりと減っていく感じになってる。そのうちあっちの会社の便じゃなくても、上海やソウルを経由しないと行けなくなる、ことも増えてくるんだろうなと。
・空港の書店に期待する方が愚かだった。Kindle万歳。
・さすがデルタさんは、国際便・国内便ともに機内wifiふつーに使えてすばらしかった。エコノミーでも電源あるとか、さすがUSA、パワーネイション、と思った。しかもたぶん2011年渡米の時に作ったアカウントが残ってた。
・そのかわり機内食がさすがにひどかった。さすがUSA。例:夕食が、牛丼・巻き寿司・パン・焼き菓子。半分くらい食べ残した。お好み焼きでご飯食べる人でもここまで炭水化物とらないんじゃないかと。朝なんか、寝ててスルーされたんだけど、まあ別にいいやとしか思わなかった。
・窓際なら足下広い席でないとつらいだろうけど、通路側なら足下狭い席でもまあまあいける説。
・機内では、クスリ服用したにもかかわらず、だましだましで4時間程度しか寝られなかった。その後、帰国まで時差ボケにはずっと苦しめられる。
・時差ボケ症例。午後2時か3時頃のセッションはだいたい「お察しください」になる。午後10時11時台にようやく帰宿して、無理やりお酒飲んで、3時間か4時間くらいだましだまし寝て、午前2時か3時頃には起き出して、眠れないので業務メール打ち返しとかしてる。そういう生活が数日積もったところで反動が来て、10時間くらい寝てたりする。それでも、5日程度しか滞在せずまた日本に戻るわけだから、こっちに慣れている場合ではないんだ、という苦痛。
・最終日はもはや自分の体内時計がいまどこをさしているのかさっぱりわからず、かろうじて腹時計に頼って生活しているというありさま。
・ちなみに、帰国後はわりとあっさり日常サイクルに戻りました。やっぱり西向き<東向き問題は相当切実。
・シアトル空港のセキュリティ並びすぎだろうと思った。デルタさんがわざわざメールで「3時間前に来い」って追加アラート出してはって、早すぎるだろうと思ったけど、まったく正しかった。いろいろ謎の多いセキュリティチェックだった。ボードパススキャンしたらピー音が鳴って、掌をなにかでぬぐわれてスキャンされた、調べたら爆発物薬品類を取り扱った手かどうかがわかるらしい。あとは全身X線の機械に入ろうとしたら、おまえはこっちって言われて金属探知機のほうを通らされた。いろいろ謎。


●雑ネタ
・アメリカのライブラリアンと、日本は年度替わりにあたるから日本からあまり来ていないのでは、という話になって、なぜなら新年度で人事異動するかどうかが直前までわからないから、と言ったら、1ヶ月前くらいまでわからないのか?と問われたので、短いときは1週間前って言ったら、HAHAHAHAHA!!って高笑いしてはった。笑えるもんなら笑いたい。

posted by egamiday3 at 08:11| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月21日

CEAL2016のメモ その4・その他もろもろ

 その他もろもろの巻。

●図書館見学(3/29 15:45-16:55)
・グループにわかれてワシントン大学内の図書館を見学するツアー。
・その1、資料修復ラボ@Suzzallo Library(中央図書館)。見学時にはコンサベーター3人が在室。スペースはできるだけフレキシブルにとる、撮影用スペースを確保する、作業しやすい家具をそろえる、湿度に気をつけて水を使用する作業場所は隔離する、など。東洋の線装本もここで修復する。展示準備を行うのもこの部署であるとのこと。
・その2、東アジア図書館(http://www.lib.washington.edu/east-asia)。蔵書の2/3は学部図書館地下の書庫に所蔵されており、この図書館では雑誌・参考図書の配置が中心とのこと。韓国企業からの寄付によるグループスタディエリアの確保や、東アジアから来た留学生のためのオープンイベントなど。また、シアトル市内の東アジア・CJKコミュニティとも関係を持って活動している。

●レセプション(3/29 17:00-)
・レセプションではいろんな人と適当にフランクにお話しした、親交を深めた、という感じ。
・寿司の米がかたかったのと、マウント・レーニアが美しかったの。

●Committee on Technical Processing (3/31 10:15-11:15)
・CEALのテクニカル、つまり目録・メタデータ的な委員会の分科会。
・全体タイトルは「BIBFRAME, Linked Data, and Their Application in East Asia Technical Services」
・「Development and Testing of BIBFRAME at the Library of Congress」LCからの経緯&実践報告、これは整研あたりの話。BIBFRAMEは情報共有のためのvehicleである。2015-2016がLCでのパイロットプロジェクト期間である。その後改訂反映させて、2回目のパイロットを予定。とりあえず長期プランでMARCレコードをBIBFRAMEリンクドデータへ移行させるんだけど、CJKは・・・というところであまり話がわからなくなってしまった。BIBFRAMEはBIBFRAMEでもわりと”図書館寄り”のBIBFRAME話だったけど、でも結局、BIBFRAMEは図書館目録を終了させるものなんだ、ということがわからないと納得は難しい気がする。
・「BIBFRAME and Linked Data at the University of Washington」ではワシントン大学におけるBIBFRAMEの実践報告でより現場に近い感じの報告。MARCをBIBFRAMEへ変換するのは、これはBIBFRAMEと図書館員が仲良くするためのコミュニティ・プロジェクトなんだ、ということか? 変換結果のレビュー(特にCJKレコード)が報告されているんだけど、わりと問題が多い。CJKが消えた、変換されなかった、別のフィールドへいった、言語タグが間違って変換された(特に翻訳版やバイリンガル版のようなもの)、などなど。ちょっと良く理解できなかったけど「BIBFRAMEへは変換できても、RDAへバックできない」というのは折り返し変換が無効みたいな感じの意味なのかな。CJKレコードの特徴として、タイトルなりなんなりを記述するのに、ローマン(アルファベット表記)のフィールドと非ローマン(CJK等の原語表記)のフィールドの2つを持っていてそれを並列させることでペアなんだよつながってるんだよとわからせる、っていうのがあるけど、それがつながらないという問題がある。みたいな話は、なんというかこう、これまでは”文脈”を”規則”として(悪く言えば)だましだましで運用してきてしまってたのが、そういう文脈が規則として引き継がれる余地がなくなっちゃったから、みたいな感じかなあと自分なりに解釈している。

●某個人的な打ち合わせ (3/31 14:00-)
・某個人的な打ち合わせを廊下のテーブルでしてた、というだけなんですが。
・どうもその廊下が「交通の要衝」的な場所だったらしく、またAAS学会が始まりつつあった時間帯だったこともあって、打ち合わせしてるところへ所属大学の研究者に出逢う、退職した懐かしのライブラリアンに出逢う、うちとこの元院生に出逢う、うちとこの現院生に出逢う、などなど、とてもじゃないが打ち合わせどころじゃなかったという。そういう話。関所かと。


posted by egamiday3 at 23:33| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

CEAL2016のメモ その3・多巻もの内容索引の電子化に関するミーティング 

 CEAL2016@シアトルのメモ、その3です。
 言うとしたら、多巻ものの内容索引の電子化に関するミーティング、とでも言うべきミーティングがあり、参加してきました。(3/31 21:45-23:00頃)

・ホテル内小会議室にて。北米の日本研究ライブラリアン数人と、AASに企業ブース参加で来ていたと思われる日本の出版関係者が参加。
・この問題は数年前のCEALでも「本棚の中のニッポンの会」的な名称でインフォーマルなミーティングが持たれていたもの。
・北米では日本で出版された冊子・マイクロなどの全集もの・多巻ものについて、高額なのであちこちが買うわけにはいかないんだけど、それでもせめて北米内で1セットは持つようにということで、北米の日本司書間で連携してなんとか買っている状態。で、その1セットを所蔵している図書館へ北米内各館がILL依頼を出して取り寄せようとするわけなんだけど、そこで問題になるのが、その全集もの・多巻ものの内容索引・目次情報の類が電子化・オープン化されていないので、書誌情報を明確にできない・検索調査ができない、という問題。遠隔で所蔵館から取り寄せようとするのに、ほしい著作が第何巻にあるのか、何ページにあるのか、そもそもどういう著作があるのか。それを、webで、デジタルのかたちで、ライブラリアンにもユーザ自身にも参照可能なようにすることができないか、という。
・このくらいのことすらweb・デジタルで検索調査できないと、北米での日本研究はどんどん見向きされなくなってしまう、という危機感。それから、出版者側としてもどの多巻ものにどんな著作が含まれているかがwebで顕在化すれば、販売促進につながるはずだよという考え方。
・ではそれをどのようなかたちで、どこに置いて、公開するのか。例えば、冊子索引をPDF化してOCLCの書誌からリンク貼ってたどれるようにする? あるいは簡易データベースを構築する?
・詳細は割愛しますが、簡易データベース化について具体の提案・紹介あり。課題は、レコードのフォーマットをどう整理調整するのか。そして、データ自体を各出版社から提供してもらえるのか。
・データの提供については出版社側からどれだけ協力を得られるかがカギ、という感じのよう。これがなかなか難しく、最終的には全部紙でめくっていくから研究力がつくんだ的な話も出るくらいで、21世紀も1/6が過ぎそうな頃にそういう議論というのはどうなんだろう。(ほんとはいまごろ本文のほうがネットで見れてていい頃合いでは)
・以下、egamidayさんの意見。この問題、つまり全集多巻ものの内容索引・目次情報がデジタルのかたちで検索できない状態にあること、というのはそもそも、日本側の未整備の問題であり、日本の図書館業界こそが率先してリクエストの声をあげるなりあるいは解決に取り組むべき問題であって、デジタルヒューマニティーズだなんだと言って画像だ研究データだwikiだと上げていくのもさることながら、このくらいの基本的な書誌情報整備は我々がちゃんと責任もってやっていかなきゃダメだろうと。なので、この文脈に限らないで、もっと広く日本の図書館コミュニティを巻き込んで議論できないか。
・それと、たぶんだけど、これの解決方法は唯一の何かに収斂していくものというわけではないだろう、CiNii ArticlesやNDLサーチやNDLデジタルコレクションという解決かもしれないし、NACSIS-CATのCWの問題かもしれないし、ディスカバリーサービスかもしれないし、オープンデータのコミュニティかもしれない。だからこそ、問題を顕在化させて多様な眼に触れさせるステップが必要なんじゃないか、と思う。
・という上記2点を組み合わせた結果、とりあえず「カレント・アウェアネス」に記事書かせてもらったらどうか、という提案をしたんですが、どうですか>関係各位。あるいは「人文情報学月報」さんに。
・あと細かい点では、データベースにするならツールとして汎用性のあるものに、ていう。
・11時近くまで議論して、終了後数人でホテルのバーでねぎらって、Uberで宿所に送ってもらって、12時くらい。おつかれちゃん。

posted by egamiday3 at 23:24| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

CEAL2016のメモ その2・日本研究ライブラリアンの集まり

 CEAL2016@シアトルのメモ、その2です。
 日本研究ライブラリアンの集まり、公式プログラムが3件と、インフォーマルなのが2件。

 以下に登場するNCCとCJMですが。NCCは、North American Coordinating Council on Japanese Library Resources(北米日本研究資料調整協議会)。CJMはCEAL内の日本資料委員会、Committee on Japanese Materials。ざっくり言えばどちらも北米の日本研究ライブラリアンのコミュニティ。


 以下が公式編。

●NCC/CJM Joint Session (3/30 19:00-20:00 + 20:00-21:00頃)
・“Updates from Japanese Partners: the National Institute of Japanese Literature and the National Diet Library”
・小分科会的なセッションで、NCC・CJMが合同で持つ日本研究司書向けの企画。
・NDLから、ILLサービスについての概説。e-ラーニング教材や海外日本研究司書研修について。それから地図のデジタル化事業の紹介、など。
・国文研の山本先生から、例の事業、「日本語の歴史的典籍の国際共同研究ネットワーク構築計画」について、概要紹介。
・なお、公式セッション企画のあとさらに1時間ほど、有志で集まってアンオフィシャルにミーティングが持たれて、主に国文研の事業について具体的な質疑応答や議論がなされる。アンオフィシャルなやつなので具体的なことは割愛しますが、北米図書館側はこの事業への連携提携を具体的に進めよう進めよう手を挙げようと望んでいる様子。国文研側の考えとしては、事業名にもあるようにこれは共同研究ネットワークの構築だ、という感じなんだなという印象でした。
・まあいずれにしろ、ヨーロッパ(2015年秋ライデン)でも北米(2016年春シアトル)でも、国文研さん超大人気、超期待大、ていうのがありありと見てとれました。

●Committee on Japanese Materials (3/31 15:15-16:15)
・CEALの日本資料分科会。二の丸。「Recent Developments in Japanese Higher Education: Politics and Policies in Japanese Universities」と題す。
・『右傾化する日本政治』(岩波新書)の著者、上智大学・中野晃一氏による「Historical Revisionism as Official Policy: Crisis of Academic and Press Freedom in Japan」という講演。どうなっちゃうんだろう、とため息がきこえる感じ。日本の図書館ではニセ歴史書?の類はどう分類してる?という問いあり。
・われらが永崎さんの講演、「Crisis of Humanities in Japan」。少子化、財政難。中期目標中期計画。科研費中の人文社会系の割合の少なさ。大学院重点化によって急増したのはおおむね理工系? 現在キーになっているような官僚が、勉強しなくてよかった大学時代を過ごしたから、という説にちょっとわく。あと、無用の用論ではまにあわない説は、おっしゃるとおり。今後必要となる対応としては、理工系との学際性、研究手法の改善、オープン化・・・、そこでデジタルヒューマニティーズですよ、ってことかな?

●North American Coordinating Council on Japanese Library Resources (3/31 16:30-17:30)
・NCC分科会。本丸。「Digital Humanities in Japanese Studies Now: What's Next?」と題し、先ほどは日本からの研究者の講演っぽかったけど、今回は北米ライブラリアンの現場報告のような感じ。
・ケンタッキー大学のコンサベーター・日沖さんからの報告「Advancing digital scholarship in Japanese studies workshop」。2015年11月にハーバード大学で催された「Advancing Digital Scholarship in Japanese Studies: Innovations and Challenges」(http://guides.nccjapan.org/c.php?g=397542)というワークショップについて。
・ライデン大学・ナディアさんの報告。ライデン大学の東アジアコレクションと、ライデン大学図書館によるデジタル化事業について。デジタルヒューマニティーズのための教員・ライブラリアンを採用する、イメージ・リポジトリを構築する。日本資料で言えば、シーボルトコレクションやホフマンコレクションのデジタル化、など、かなり積極的な姿勢で取り組んでいる様子がわかる。ライデンって前からそういう土地柄だったんだろうなという気はする、たとえばIDCだってマインド的にはそうだろうし。
・ワシントン大学セントルイス校の小牧さんのプレゼンは、永井荷風とデジタルヒューマニティーズ。技術的問題、レファレンス的な問題、学術的な問題などなど。
・そして来年3月、トロントのCEALでは、2017/3/13-14にデジタル・スカラシップin Japan StudiesのワークショップをNCCでやりますとのこと。これは、期待・行きたい、です。


 そして以下が、非公式なの。ちゃんと企画立てて組まれたものもあれば、個人ベースで顔をつきあわせて話するといったものもあり。

●「Gaihozu Show and Tell」(3/29 12:00-13:20)
・外邦図を所蔵する北米図書館の司書などからなるグループによる、外邦図に関する自主的勉強会。
・ワシントン大学Suzzallo Libraryのマップルームにて。
・参加者は、北米のいくつかの大学の日本研究司書やマップコレクションの司書など。NDL地図部署の方も参加。またオンライン会議システムで大阪大学名誉教授の小林茂先生やスタンフォード大学のマップコレクションの主任司書の方も参加。

・外邦図について
・外邦図は、明治から太平洋戦争終戦までの間に、旧陸軍参謀本部の陸地測量部(現在の国土地理院)が作成した、日本の領土以外の地域の地図。満州・中国などの地図、当時日本の統治下にあった台湾、朝鮮半島、樺太南部などの地図が多い。主に軍事目的で作成されたこともあって、機密文書として終戦直後に多くが処分されたか、あるいは米軍に接収された。その一部が日本の大学図書館等に残り、また多くが北米など海外の大学図書館等に所蔵されている。
・国立国会図書館では約15000枚を所蔵(台湾、朝鮮半島、樺太南部、満州等)。ほかに、東北大学、京都大学、お茶の水女子大学、東京大学、広島大学、駒澤大学、岐阜県図書館など。
(参考)
・小林茂. 『外邦図 : 帝国日本のアジア地図』(中公新書, 2119). 中央公論新社, 2011.
・東北大学附属図書館/理学部地理学教室 外邦図デジタルアーカイブ http://chiri.es.tohoku.ac.jp/~gaihozu/
・外邦図(一覧) | 調べ方案内 | 国立国会図書館
https://rnavi.ndl.go.jp/research_guide/entry/theme-honbun-601012.php

・日文研には、朝鮮総督府・陸地測量部による朝鮮半島地域の地図が約400点所蔵されている。タグ「外邦図」をクリックまたは下記URL。
 http://toshonin.nichibun.ac.jp/webopac/ufirdi.do?ufi_target=ctlsrh&srhclm1=tag&valclm1=外邦図

・勉強会で出た話
・スタンフォード大学マップコレクションでは外邦図を所蔵している。約10000枚、1940年代後半-1950年代前半。
・2011年10月にスタンフォード大学でシンポジウムが開催された(参照:http://www.let.osaka-u.ac.jp/geography/gaihouzu/newsletter9/
・GIS化は困難では(実戦経験の共有が少ないため)。
・国立公文書館や東北大学がデジタルアーカイブ構築を進行中。
・外邦図は長い間秘密にされてきたもの。臨時に作成されたもの、正確さに疑問があるものなどがある。地名の90%が間違っている例や、漢字が適当に作字されてしまっているものもある。
・外邦図が何に活用可能かは、今後の課題であるところが多い。
・全体像を把握するために、日米で資料とその情報の共有が必要。(その経緯から、アメリカにしかないものがたくさんある)
・外邦図の公開・閲覧システムの構築が必要。
・所在調査をするにしても、各大学のどこ/誰に問い合わせれば分かるかという問題がある。地図コレクション? 地理学? 日本研究司書? Goverment Document?

・egamidayさんの感想。外邦図を「外邦図」という視点だけでかためてしまうと、今度は同時期の他の地図とリンクさせた利用など、地図一般・史料一般としての利用ができなくなる/しづらくなってしまうのではないか。外邦図含めどの古地図もデジタル化・可視化させていく動きは必要として、「外邦図」としてはそれらをヴァーチャルにまとめる/ポータル化していく方向にもっていったほうがいいのではないか、という気がする。


●ILLに関するインフォーマルなミーティング(3/29 20:00-21:00頃)
・急遽、話をしないかと声をかけられて、Sheratonホテルロビーにて、夜、インフォーマルに。
・NCCのILL委員の方々、NDLのサービス系の方、NBKのサービス系の方(つまりegamidayさん)。
・おおむねNDLのILLサービスや図書館送信サービス等に質問・要望する感じのやりとり。
・GIF初期に、海外の図書館へは(図書館間送信に限っては)デジタル形式で複写を送信していいという合意がとれていたはず、との言あり。確かにうちとこでも過去にはArielで電子送信していた作業手順があるにはあったが、確認したところ、やはり著作権管理団体と国内大学図書館とによる”許諾資料”のみか。ただこれも人によって言うことが違う。要確認。
・他には、NBKとしてはとりあえず何かしら出来るだけの対応をするから、何かあればメールしてほしい、と宣伝(これは宣伝になってるか?)。
・結局どういうふうにすればILL受付って増やせるんでしょう、難しい。


 もうひとつミーティングがあったのですが、それは別途。

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CEAL2016のメモ その1・CEAL全体会


 CEALの2016年次大会@シアトルに行ってきました。そのメモです。

 CEALはCouncil on East Asian Libraries(東アジア図書館協会)の略で、北米の東アジア分野(中・日・韓)の研究図書館・大学図書館のライブラリアンたちからなるコミュニティです。毎年3月に年次集会が開催され、講演、パネル、ミーティングなどがもろもろおこなわれます。
 http://www.eastasianlib.org/CEAL/AnnualMeeting/Annualmeeting.htm
 
 その、参加メモです。
 おおまかにわけて、全体会、日本研究ライブラリアンの集まり(公式なものと、非公式なもの)、その他もろもろ、といった感じです。

 まずは、その1・CEAL全体会、の巻です。


●Plenary (3/30 10:00-17:00)
・CEALの全体会。基調講演、パネル、ディベート等。シェラトンホテルの中広間くらいのスペースに、参加者全員が列席している感じ。おおむね、聞いてる、という。
・Business Plenary。退職者、新任者の紹介など。

・Presidential Panel: East Asian Studies Librarians: Moving beyond (job) boundaries.
・Yunshan Ye(Johns Hopkins University)。3大学(Johns Hopkins University, George Washington University, Georgetown University)による共同webアーカイビングプロジェクトの紹介。中国のブログ・マイクロブログの類を保存していく。「Chinese Social Media and Anti-Corrupution Campaign」https://archive-it.org/collections/6314
・イェール大学の中村さんからはデジタルヒューマニティーズのスペシャリストについて、イェール大学での手鑑帖プロジェクトその他を踏まえてのスピーチ。一次資料の取り扱い、データの取り扱い、プロジェクトマネジメントスキル、何を知らないかを知ること、そしてとにかくコラボコラボコラボ、といった感じ。
・Hyoungbae Lee(Princeton University)。「Collective Subscription of Korean Databases」では、「敵を知り己を知れば百戦危うからず」ということで、プロバイダーを知ること、商品を知ること、トレンドを知ることが語られている。確かに、本当に必要なこのことをどれだけちゃんとできているか、ということだなと。また己を知るという意味で紹介された"Handbook for Korean Studies librarianship outside of Korea"は自分にも聞き覚えがあった、eastlibで紹介されてたか何かかな。国立中央図書館が運営する、韓国研究司書の情報共有のためのウェブサイト:INKSLIB (International Network for Korean Studies Librarians)で提供されている、韓国研究のために必要な資料収集、整理、参考情報源等に関する情報を英語で提供するハンドブック。これはちょっと参考にすべき。
・質疑応答で、タイムマネジメントとプライオリティについて、ていうか、みんなすごい忙しいはずなのにどうしてこんなにいろいろできるの? という実に万国共通な疑問(悩み)が問われてて、答え「忙しいから誰かに放り投げるために、コラボが必要なんだ」と。まあそうですね(笑)。

・Plenary: Panel II。「Conflict of Interest and the East Asian Studies Librarian: Employer in “the west”/ Vendor in “the east”」と題した、ワシントン大学の教授や理事による講演。異文化と労働とビジネス関係とが哲学的に語られている感じ。そういうことを常にしながらにならざるを得ないんだろうなと。ただまあ詳細は、お察しください。

・CEAL Debate。「東アジアコレクションは、多分野と統合した図書館たるべきか、独立部署たるべきか」的な命題で、CEALの現チェアと次期チェアとがディベートをします、という企画。手順がっつりのディベートというよりは、現チェアがスピーチします、次期チェアが反対意見をスピーチします。会場から何人かが質疑応答マイクに立って、両人がそれに答えます。時間が来たら、どっちの意見に変わった人が多かったかを挙手でカウントして、次期チェアが多くを説得できましたね、あなたがやっぱり次期チェアです(笑)的な感じ。というようなカジュアルで自然な流れのディベートを見て、あ、やっぱりこの国の人たちは議論という行為を相当当たり前のようにやりなれて生活してるんだな、という感じでした、そこが一番勉強になったかもしれない。

・Plenary: Panel III。「Perspectives on the Roles of East Asian Studies Librarians: Reports from the Field」。
・UCLAのTomoko Bialockさんから、「A Tale of “The Hentaigana App”: Assisting Wahon (Premodern Japanese Books) and Digital Literacy in Japanese Studies」という題で、早稲田大学とUCLAが共同で開発した変体仮名学習アプリの紹介。http://alcvps.cdh.ucla.edu/support/
・Haihui Zhang(University of Pittsburgh)「Are We on the Right Track? - EAL Librarians' New Role in Digitizing Humanities at PITT」。デジタルヒューマニティーズのプログラムやプロジェクトの類に、図書館がどのような位置づけをとり、ライブラリアンがどのような役割を提供すべきか。Proactive-Reactive x Provider-Partnerというマトリクスと、結論のTossed Saladという比喩がわかりやすいか。


●CEAL/NCC全体の感想
・CEAL/NCCへの参加は9年ぶり2回目なんだけども、9年前と比較したら、人数的にも勢い的にも韓国系の存在感ががっつりしてた。9年前のハーバード滞在の時も5年前の本棚の中のニッポン取材であちこちに行った時にも、「いまはまだ韓国語蔵書少ないけどこれから増えていくだろう」みたいな未来予想図的なお話をどこでも聞いたんだけど、いまそれがはっきりと現実になっている様子がありありと見てとれた。たぶん日本の勢いと同等どころか押され気味。一番おおっと思ったのが、全体会の事務連絡のターンの時に、コリアの何とかのファウンデーションからインターンが来てます、って紹介されて、年若いインターン生が4人も参加しに来てたところ。外へ外への姿勢というか気合いの入り方が違うもの、って思た。
・全体会の感想。参加しているのは中国系でもあり韓国系でもあり、ジャンルや専門や得意分野、居住地、経歴やバックグラウンドもさまざまで、そんなさまざまな人たちが”東アジア”の”図書館”という同じテーマのもとであやこやディスカッションしている、そういう話を朝から晩まで通しで聞いてきて、その印象をざっくりと言うと、ここに来ている全員が、ライブラリアンの新しい役割と今後の活動指針はなんであるかを、考え、語り、知りたがっている、という感じ。そして、その新しい役割や活動指針なるものは、おおむねだいたいなんとなく同じことだろうなということがみんな肌感覚ではわかってるんだけど、では具体的にはいったい何をどうすればいいのか、何をすればそれが成就するのかしないのか、実践例は、その釣果は、ていうのをみんなが大なり小なり模索しあい報告しあいをしている。そういう、各自のself developmentの持ち寄りがここにあらわれているんだな、という感じ。フロンティアのつばぜり合いみたいな感じ。もちろん何をどうするかというのの具体のかたちや結論はそれぞれちがうでしょう、例えばそれはデジタルアーカイブやデジタルヒューマニティーズであったり、教育プログラムへの関与であったり、新たな特殊コレクションの収集・構築であったり。人によっても、がっつり取り組んでるぜっていう人もいれば、懐疑的な人もいる。タイムマネジメントやプライオリティはどうしてるのか?という問いが何度か聞かれたので、わかってるけど体がついてこない的な悩みは万国共通的に皆持ってはるんだな、という感じでした。まあどれをどうするのが正解かはわかんないし、それがわかるのが5年後・10年後だとしてそのころにはまた新しいサムシングを追ってるんだろうしな。
・そこに統一した正解はないとしても、共通しているのはたぶんself developmentかなと。専門職としての司書が、やらなあかんことのために、常に必要な研鑽を、勉強を、と思うんだけど、その勉強というのはstudyというよりはself developmentでしょう。
・そしてやっぱりCEALは、というかアメリカのライブラリアン界隈は、いい。アメリカのライブラリアンから、なまった魂に水をジャブジャブぶっかけられて、気持ちを新たにさせられた感じ。これで新年度を迎えられるのはなかなか縁起がいいです、がんばります。



posted by egamiday3 at 22:41| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月24日

4月からの新環境で発症しがちな”時差ボケ”とそのしんどさ


 4月から新しい場所や環境でお仕事や生活をなさる方も多いと思います。それは、大学を卒業して就職するとか進学するとかかもしれないし、人事異動や退職・転職でお仕事が変わるとかかもしれない。
 そういうときの話、背景が桜色に染まって時折狂気じみた咲き誇り方や舞い散り方をしてる時節柄の話ですけど。

 いままでと一番違って、そして気持ち的にしんどいののひとつは、自分がやることへの成果・評価のあらわれというものが目に見えて出るまでに、これまでよりもえらくえらく時間がかかることじゃないかと思いますね。え、あれ?っていうくらい、時間軸が歪んでるんじゃないかと思うくらい、時間がかかる。
 学生時代だと勉強したことの評価は講義時間中か翌週、学期中には返ってくるし、尺が一年くらいの取組でも都度都度先生からのリアクションがあるけど、業務だと到達目標がいままでの時間軸にない遠いところにあったり、評価のゲージというか枠みたいなのが自分の年齢を軽く超えてたりする。これは10年20年勤めてる人でも別の場所・環境に移ったりすると同じことで、たとえば図書館職が専門職であるとするならばその専門性を身につけた人なら別の図書館に移っても務まって当然、そういうのを専門職と言うはずなんですけど、いや、だとしても、どんな職場にも必ずローカルなルールというものがありローカルなコンテキストの中で切り盛りされているわけなので、それを獲得するのに時間はどうしてもかかってしまうという。
 学友同士のLINEのやりとりくらいのテンポで得られてたような成果・評価が、急に、年一の年賀状のやりとりでの近況報告くらいの時間感覚でしか得られなくなっちゃうし、手応えがない。そりゃ焦りますよね、そしてかなりしんどい。腕をふりまわしてもふりまわしても成果・評価が目に見えてあらわれない、暗闇で天井の蛍光灯のひもが見つからないみたいに、ぜんぜん手応えがなくて、焦ってるっていう。そういう、あるある。

 でもそれは、時間がかかってるだけなんで、無いんじゃないんですよね。

 やっぱ人間なんで、自分がやることへの”見返り”というか返報性みたいなもんが、わかりやすく目に見えて出てこないと不安になりますから、時間がかかってると、え、”見返り”無いんじゃないか、て錯覚しちゃうんだけど、大方は無いわけじゃない。
 しかもこれは”あるある”なんですよね。時間がかかって手応えがなかなか得られないのは、「新しいところに行った時あるある」。”あるある”、ですからつまり、誰がどこに行っても発生することであって、自分自身や自分がいるその場所特有のことでもなければ、自分に原因があるわけでも自分が悪いわけでもない、”あるある”です。なので強いて自分を責める人もいるかもしれないけどその必要はなく、ああまあ、そういうものだ、ていう理解で当面の応急措置としてはいいと思います。

 自分の体内時計と外界の時間感覚にズレがあるという意味では、これはある種の"時差ボケ"なんだろうなと思いますね。時差ボケってつらい、ほんっとつらい、まわりがキョトンと蛙の面してるぶん余計につらい。
 こういうときの時間って味方にもなり得れば敵にもなり得るし、そしてどっちにしろ所詮あらがえないという、やっかいなものだなと思いますね。

 まあ、できるだけ早く治癒したい場合の処方としてはじゃあ、それが汎用性のあるルールなのかローカルなコンテキストなのかの切り分け・見定めをつけるとか、いろいろあると思うんですけど、でも結局、時間感覚が歪んでるのが一番の原因なんだとしたら、時間に解決してもらうしかないところがどうしてもあって、結局風邪ってあったかくして寝てるのが一番の治療なんですよ、ていう感じになっちゃうので、時間の経過によって歪みが歪みじゃなくなってくるまでは、あまり気に病んだり無駄に腕ふりまわしたりせずに、好きなことの勉強とかでもしてエネルギーチャージしたり、外界に出れる機会に外界に出てって将来のためにポイント積立てていったり、陣取りゲームのポータルにあたるようなものを獲得してったりしてたらいいと思いますね。

 その、自分がやることへの”見返り”というか返報性みたいなもんが、わかりやすく目に見えて出てこないと不安になる、ていうのは、経験年数が少ないときほど不安強く思いますね。
 図書館とか大学図書館にお勤めになって数年目くらいの人と話してて、よく聞くのが、「何かしらの専門性を身につけたい」ておっしゃるんですよ、それは図書館職に専門性があるかどうかという話は別としてここでは、図書館職として勤める中でも例えば医学分野とか資料保存とか、メタデータとか学修支援とかe-resourceとか、そういう、何かこれっていう特化したものを身につけたい、自分に看板というかタグが付けられるようなものがあらまほしい、ていう。そういう話を聞くと、うん自分もそう考えてたな、と思うと同時に、でも何かしらの違和感というか大丈夫かなそれ?という一抹二抹の不安めいたものもあって、なんだろうと考えてたんですけど。
 自分がそうだったころのことを思い出すに、たぶん、これっていう何か特化したものを身につけたいというのは、自分がいまだ何者でもなく評価の手応えがないという不安の裏返し、みたいなものじゃないかなと。だから、経験年数が少ないときほどその不安は強いし、専門性欲しさも強くなる、そりゃそうか、専門性というのは評価獲得のショートカットみたいなもので、時間軸を自力で短縮方向に歪めにかかることができるから、それができるならありがたい。

 でも一方であやういのは、自分もまあまあそうだったんですけど、「これを特化して身につけたい」から「それだけをやっていきたい」みたいになっちゃう、タグや手札を増やす方向じゃなくて、削ぎ落とす方向にいっちゃう感じのやつで、言うたらこれも同じく不安の裏返しだなあと。自分で自分の可能性をある程度狭めてしまわないと、成果・評価という見返りが得られるかどうかもわかんないような状態、それがいつまで続くのかわからない”時間の長さ”が不安だし、満たされない(かもしれない)空のグラスはできれば手放して、満たされたグラスの方を受け取りたい。
 よくおっさんが若い人に、可能性が無限大にあるのが若者のすばらしさだ、特権だ、みたいな昭和の若大将みたいなステレオタイプな説教したりすることあると思いますけど、あれ、逆にだからこそ自分である程度カットしていかないと、いつまでも見返りが得られるステージに到達できなくてしんどくてやっていけない、ていうところもあると思うんですよね。自分は正直、そっちの気持ちのほうがわかります。しかも見返りのテンポもLINEよろしくぽんぽんと速効性であらまほしいから(注:LINEよく知らないです)、自分のやってることへの成果・評価がすぐに目に見えてあらわれないとどうしてもイライラしてしまう。そのテンポを速めたい、無駄を削ぎたい、選択肢を豊富に持つ者の特権としての”あきらめる”を贅沢に行使したい、というのがぐにゃっとなった結果として、だから年若なほどむしろ頑固だったり視野が狭かったり限定的な物の見方言い方をする、ということはよくあると思うしよく見かけるし、だったらその純粋なのめり込み方のほうが若者の特権なんじゃないの、と思ったりするので、おっさんは無責任に若者に自分の可能性の無さの夢を託したりしないほうがいいです。

 ただ。選択肢を豊富に持つ者の特権としての”あきらめる”を贅沢に行使したい、というのはその一時は鬱憤が晴れるから気持ちとしてよくわかるんだけど、見返りが見えづらい得られづらいから不安、というのも、だから"あきらめる"を行使したいというのも、それも結局”時間の歪み"が影響してるだけの"時差ボケ"の一種なんで、そういう意味ではあまり気に病んだりヤケになったりしなくていいんじゃないかなと思いますね。我慢しろ、なんて言葉は嫌いなので口が縦に曲がっても言いませんが、こう、自分の時計の尺度を長めにのばして構えてみる、ていうやわらかさみたいな。なにより、そういうやわらかさを持ってないと、自分を追い詰めるかそうでなければ、他人の原動にやたら厳しいココロトゲトゲくんみたいになっちゃうのであまりいいことないですよね。

 例えば、自分のやりたいこと好きなこと期待していることや理想形があって、それが体内時計に寄り添ったかたちで得られないと、無いものと誤解して不安になる、あきらめる。
 いや、本当に好きな相手なら、見返りまでの時間に歪みがあっても期待通りの時間感覚で物事が進まなくても、イライラしたり気にしたりせずに、堂々と胸を張って好きなままでいていいんじゃないかな、って思いますね。簡単を望むからしんどいんじゃないかと。簡単ではないとしても、それを好きだから好きだでいいし、理想は叶おうが叶うまいが堂々とずうずうしく理想のままで曲げずに持っていればいいし、好きでいちゃけないとか理想を持ってちゃいけないなんてこと誰も決めてないし。そこは自分本位で。自分本位制で。ドルか金塊にでもなったつもりで。たかが時差ボケで自分を卑下したり何かを手離したりする必要はないんじゃないかっていう。

ていうのが、諸々のタイプの時差ボケへの対処かなという感じなんですけど、かと言ってもちろん、その症状が時差ボケ程度ではないずっとずっと重篤な、その環境が発するブラックな排ガスか何かにさらされてるおそれもあるわけなんで、あれ、これ時差ボケにしては症状きつくないか、長くないか、と思ったら、こんなへっぽこブログ読んでないで早めに専門医にご相談ください。ただしただし、そこまでの踏み入った相談の段階になってまでもまだ、それは時差ボケだからしばらく我慢してなさいという応急措置的な精神論しか言わないような組織や上役は、それは専門医ではなくPL剤出しときますねしか言わないおクスリ医者と同じなので、早めにその場所から立ち去る準備はしたほうがいいと思います。

結局人間って誰もが、場所と時間の中で生きているので、時間の流れ方にあらがえないのと同様に、場所や環境が発する影響も受け続けざるをえないので、時間が解決しないような問題であれば場所・環境を変えなきゃしょうがないんじゃないかと。

※個人の感想です。効き目には個人差があります。

posted by egamiday3 at 07:45| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月27日

コスパとキャパ : 或いは、うちとこのサービス小論


・未来食堂
 http://miraishokudo.com/
・未来食堂日記(飲食店開業日記)
 http://miraishokudo.hatenablog.com/

 去年の末頃に「未来食堂」さんというところの紹介記事が出てまして、それをいくつか読んでました。
 一番気になったのは、「あつらえ」(お客が材料を選んで好きな料理をつくってもらえる)のとこですね。

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・あつらえシステムの解説マンガ
 http://miraishokudo.com/img/manga_atsurae.png

・メニュー1つ、お酒はシェア 元クックパッド社員の食堂:朝日新聞デジタル
 http://www.asahi.com/articles/ASHDV6W3KHDVUTIL02C.html
「「卵とミニトマトが食べたい。ふわふわな感じ」。約5分後、ざく切りのミニトマトをくるんだだし巻き卵が出てきた。
 常に10種類超を用意しているというメニュー表の食材を選んで注文できる「あつらえ」というしくみ。午後6時から注文でき、一品400円。女性は「どんな料理が来るのか、考えながら待っている間がわくわくしますね」と笑顔だ。
 この日の定食は唯一のランチメニューでもある900円のチキン南蛮。メニューにある食材はキャベツ、ゴボウ、ユズ皮など15種類。」

・元・エンジニアが営む“定食屋のスタートアップ”が、飲食業界の定説を覆す!?|PR Table
 https://www.pr-table.com/miraishokudo/stories/24
「「個人の要望に応えて作るなんて非効率だ」と思うかもしれませんが、実際は非常にロスの少ない、飲食業界の定説を覆す、画期的なビジネスモデルになっています。
 「固定されたメニューにすると、1個食材が足りないだけで買い出しに行く必要があったり、どこかで必ず破棄が出ます。でも『あつらえ』は、今日の冷蔵庫の中身を紙に書けばメニューが完成します。あるもので作るので売り切れのメニューもなく、在庫もゼロ。残った食材は次の日のおかずにも使えます」(小林)
 つまり、その日のお店の冷蔵庫に入っているものから食材を選んでもらい、それを使って調理するだけ。未来食堂のロス率はほぼゼロに近いと小林は語ります。」

・元クックパッドのエンジニアが起業 飲食店の常識を覆す「未来食堂」 | 月刊「事業構想」2016年1月号
 http://www.projectdesign.jp/201601/chance-in-mature-industry/002618.php
「オーダーされたものを作る手間暇は、並んでいるメニューから注文されることと変わりません。一方で多くのお店は、メニューが多いほど満足度が上がると考えます。すると、それぞれの料理に合った食材を揃えるため、食材のロスも多くなります。『あつらえ』は、店にある食材を書いているだけです。無駄がないし、メニューから頼むよりも自分のために一品を作ってもらうほうが、満足度が高いと思いませんか?」

・数学科卒エンジニアが「食堂」を起業した理由 | ハーバービジネスオンライン
 http://hbol.jp/69606
「あるもので作るので、在庫を抱えるリスクが減るんです。メニューを増やすことがお客さんに投げるボールを増やすことだとすれば、『あつらえ』はお客さんにボールが当たるところまで来てもらう感じですね。」「店の在庫や私の余力がフレームワークとしてあって、その上でお客さんの要望がその状況に合致するなら『あつらえ』られるというイメージでしょうか。お客さんの要望や行動をリクエストとして捉え、最適なフレームワークを組み立てることで質の良いレスポンスを効率的に返す。」
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 あつらえのほうがロスが少なく効率的、あるものを提示するだけ、というのはよくわかります。
 知ってる方はご存知の通りここは”図書館バカ”のブログなので、図書館も似たようなところあるんじゃないかな、という話になるわけですが、これを例えて言うなら、図書館が利用・サービスのためのルールをつくればつくるほど、それに縛られて効率が悪くなっていくのは職員側のほうじゃないか、という直感です。

 うちとこは蔵書52万冊、建物4棟×3フロアで、サービスまわりの職員が4人こっきりです。出張先で登壇するときは「私ここに来てますから、いま3人でやってます」て毎回言います。しかも5年前までは建物2棟でした、5年でスペース倍に増えてフロアスタッフ4人のままです、これも定番ネタですが。
 まあそういう愚痴は置いておいて、要は人員きつきつでやってる。ので、例えばおひつから自由によそってもらうかのように、内部の人にも外部の人にもほとんどの蔵書を開架にして自由に使ってもらう、まあ良し悪しは別にしての放置プレイですけど、で、たまによその図書館から来た人に「え、こんな古いの開架なの」て驚かれることもあります。

 一方ユーザさんのほうは、内部利用者がほとんどで対象者100数十人で外部の人もそう多いわけではない。そのかわり各分野の専門の研究者、学生も博士課程以上ですから、求めるものの難しさや複雑さがわけわからなさが半端ない、ということになります。その道の専門の先生が調べて調べて調べて、わかんなかったからって投げてくる。まあ、毎回毎オーダーが、オーダーメイド、みたいになりますから、ゼロから相手の話を聞いて何を欲しているかろ理解してできることを相談してっていうお話し合いからやらないといけない。

 スタッフも少人数、ユーザ数も小規模、オーダーの個別度が高い。そういうところで、例えば不特定多数のユーザが来館してだいたい定型な用向きを満たそうとしにくる規模の図書館さんがやるようなルール作り・様式作りみたいなのって、結局あんま有効に働くこと少ないよな、っていうのがこれまでの自分の直感です。意味ないとか不要とかでは決してないんだけど、コストパフォーマンスで言えば低いな、っていう。

 そのことにあらためて気付かされるのが、よそさんの大学等から来館や遠隔でうちとこを利用しようとしていらっしゃる外部ユーザさんとやりとりをするときです。
 人文系で大学その他に所属されている研究者で、頻繁によその図書館にあちこち出向いて行かれているであろう方の中で、たまにいらっしゃるのが、こちら(図書館)側のルールに先回りして合わせに来よう来ようとする方です。例えば、カメラ駄目なんでしょうね、コピー駄目なんでしょうね、本棚見せてもらえないでしょうね、みたいに。こちらが何も言わないのに禁止事項や制限を確かめにくる方とかがいて、なんだろう、よその図書館で相当イヤな目に遭ったのかしらって思います。あきらめないで、って真矢みきみたいに思います。または、まだ何が必要ということもおっしゃらないうちに、最初から提出書式や手続きの情報を求めにいらっしゃったりするとか。それは、自分もユーザ側にまわる時はそうなりがちなんで気持ちはわかるのですが、図書館をこれまである程度使ってきてる人ほど、自分のリクエストを図書館側の枠組みに無理にあてはめようとしはるんじゃないかなって思いますね。
 それでたまに起こるのが、最後の最後のほうになって、あ、コピーがほしかったんですか、全体の写真がほしかったんですか、だったらカメラもスキャナも使ってもらって良かったでしたのに、ていうか来館なさらなくてもこっちから現物なりコピーなりちゃちゃっとお送りできる方法いくらでもありましたのに、ていう。それはもちろんうちとこだって無理なものは無理、断らざるをえないところは断るしかないんですけど、こういうことができます、こういう方法も選択肢もなんなら裏技もあります、みたいなことって、相手の最終目的というか要するに何をしたいのかがわかんないと、こちらからは提案しようがなかったりしますね。

 なので、あれ、このお客さんなんかありそうだな、と感づいたら、えっと、すみません、それはともかく最終的には何をどうなさりたいんですかね、ていうのを率直に語ってもらう、解きほぐしてもらうことをしたりします。うちとこの先生にもよそさんのお客にも、とりあえず、何が見たいのか、それをもって何をしたいのかを、まずそのまま言ってほしい。上の記事で言う「お客さんにボールが当たるところまで来てもらう」、かな。それで、できないならできないって言うし、できなくても代わりにこんな方法ではどうかというのもできるだけ寄り添ったかたちで率直に提案できる。
 そのほうが、最初から少人数でしかないのに、あれもあるかもしれないこういうことも起こるかもしれないと我々側が先回りして”サービス・メニュー”みたいなのを構築する、というコストをかけるよりは、いいと思うんですね。特にうちとこみたいに、要求がみなさんバラバラで、1個1個がディープ、資料や図書館をある程度使い込んでる人が多いし、その専門の資料の中身や特性や取り扱いについてはお客側のほうがよっぽど精通してはる、イレギュラーな対応がレギュラーみたいにならざるを得ないというようなところで、お仕着せのメニュー提示しても無駄になることが多いというか。これが食品だったら大幅ロスだろうという。

 もちろんうちとこにも組織としての規則はありますし、運用のルールもありますし、それを利用案内にもwebサイトにも書いて提示してはいますからそのへんはよその図書館さんと同じではあるんですけど、なんていうんでしょう、正直言うと、よっぽどの必要最小限のルールやさすがにそれは無理というようなこと以外は、十中八九がケースバイケースになっちゃうから、あんまりつべこべ掲げてもしょうがないんですよね。結局、ものによります、場合によります、何をなさりたいかによります、になっちゃうので。
 だからネットにOPACやデータベースを公開することでこれこれがありますって言って、何がしたいですかって聞いて、それはできます、それは時間がかかります、これは無理です、かわりにこうでどうですか。結局はそれが手っ取り早いんじゃないかと思います。
 というわけなので、webサイトにいろいろ利用のための要領は掲げつつも、あちこちに「事前にご連絡ください」「個別に相談させていただきます」「詳細はご相談ください」「対応が異なります」とうるさいくらいに書いてますね。海外の方にはもう「JUST E-MAIL US」だけ強調して言ってます。とりあえず言ってみろと。とりあえずメールくれと。話はそこからだと。
 なにより、せっかくうちとこみたいな辺鄙なところにわざわざ興味を持って/必要があってモーションかけて来てくれるような奇特なお客さんに巡り会えた僥倖なのに、右から左のルーチンで処理してる場合じゃない、ちょっとつかまえてあれこれお話をうかがう、どんなリクエストがあるのか、どんなニーズがあるのか、どういうことをやってる人がどんな経緯でもってうちとこの扉をノックノックしてくださってるのか、というユーザ理解ポイントがそれによってゲットできるのであれば、あつらえの対応なんかコストでも何でもないだろう、て思うんですよね。

 ただし、です。

 それが通用するのは、ユーザやリクエストの「バリエーションは多い」としても「数・規模は大きくはない」場合にのみ通用することです。
 そうです、よくわかってます。ようするにうちとこだからできる範囲のこと、というだけのことです。ユーザの多くが内部利用者で数字上の対象者が100数十人、顔と名前と専門分野とIDを暗記できてるレベルの規模で、外部からの来館者も1日2桁いくことはそうそうない。だったら上のやり方のほうがコストがかからないかもしれない。
 でもこれが例えば単純に倍になれば、まあまず無理だと思います、あきらかにキャパ・オーバー。不特定多数ユーザの、定型な用向きを満たすための、ルール作り・様式作りを先回りしてやらないと、とてもじゃないけど回していけない。

 ”あつらえ”が効率的でコストもロスも低いからといって、その分キャパシティーを上げられるかというと、そういうわけではない、ということだと思います。
 コストパフォーマンスと、キャパシティーというのは、たぶん別系統の問題として議論・検討されるべき問題なんだろうなと。

 未来食堂さんの別の記事では、「2号店、3号店を出すようなイメージはない」「座席が増やせるわけではない」「私のあつらえと他の人のあつらえは違うし、それぞれの魅力がある」(http://nipponmkt.net/2015/12/23/takurami28_miraisyokudo_kobayashi04/
)というようなことが書かれてます。また、記事が出たころはお客が増えたのか、「1月になってから来てもらったほうがいい」みたいなことも書かれてたみたいです。

 で、ここで誤解したくないのは、キャパ・オーバーするからオーダーメイドはすべて却下、というわけではないよなということです。コスパとキャパは別系統の問題、それぞれの規模によって適したやり方が異なるにちがいないので、うちとこにはうちとこにふさわしいやり方があるというだけだし、またうちとこでうまくいってた/あたりまえであったやり方をよそにいってそのまま適用できるわけでもない。あつらえやオーダーメイドができるしふさわしいところではそれをやったらいいし、そうじゃないところはそうじゃないし、未来さんとこだってメイン1メニューだからこそできることもあるんだろうし。例えば同じ館内でも、このタイプのサービスはルーチンじゃないと無理だけど、このあたりのサービスはオーダーメイドでいけるみたいなことってあるんじゃないか。まあそれこそケースバイケースだろうな、という感じです。だから、うちはそんな余裕ないから無理だよみたいに、あきらめないで、って真矢みきみたいに思いますね。あきらめなきゃいけないって誰が決めたんですか、って。

 というふうなことを、未来食堂さんに関する記事を読んでなんとなく考えてたんですけど、とはいえ、自分は経営やマネジメントや政策科学の専門家でも何でもないからこの考えがあたってるかどうかなんてわかんないし、そもそも未来食堂さんに行ったことすらまだないから、この考えに未来食堂さんを引き合いに出しちゃったりするのがあたってるのかてんで的外れなのかもわかんないので、その程度の感じです。
 とりあえず次に東へ向かう列車に乗ることがあればいの一番にごはん食べに行ってみたいと思います、そしたらもしかして考え変わるかもですが。

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2016年02月24日

(メモ)川北稔『世界システム論講義 : ヨーロッパと近代世界』

世界システム論講義: ヨーロッパと近代世界 (ちくま学芸文庫) -
川北稔『世界システム論講義 : ヨーロッパと近代世界』 (ちくま学芸文庫) -

・現代のアジアの発展は、古代のアジア諸帝国の価値観が復活したものでなく、本質的に近代ヨーロッパが生み出した物質的価値観でしかない。
・イギリスは進んでいるがインドは遅れているということはない。イギリスが工業化したために、その影響をうけたインドは容易に工業化できなくなった。世界の時計はひとつである。
・近代世界システムは、「世界帝国」ではなく、経済的分業体制=「世界経済」。

・ヨーロッパで人口が減少し生産が停滞し、パイを大きくするのに大航海時代へ。
・火薬によって騎士が弱体化し、権力が国家に集中し、国家機能が強化した西ヨーロッパが「中核」となり、弱体化した地域は植民地化される。
・ヨーロッパシステムは経済システムであり、政治的統合を欠く国家の寄せ集め。
・ポルトガルやスペインは、アジアでは既存の交易に寄生した。アメリカでは生産の組織化を展開した。アジアでは商業が発展を遂げ、ポルトガルもスペインも自ら新たな生産の組織化は必要なく参入するだけでよかった。ただし、アジアにはヨーロッパ商品のマーケットはなく、立場は脆弱だった。
・スペインはアメリカ植民地でみずから生産を組織化しなければならなかった。→「周辺」のプランテーションは、「中核」に銀・サトウキビのような世界商品を供給するシステム。
・日本の銀輸出量は年間20万キログラム。アメリカからの輸出のピークが27万キログラム。
・17世紀、「中核」からの経済的余剰が得られなくなり、ヨーロッパの世界経済が危機に陥り、パイの分け前をめぐる競争のため重商主義と呼ばれる保護政策がとられるようになった。
・オランダが世界経済のヘゲモニーを確立する。オランダは農業国でもあり、漁業国でもあり、造船業を確立した工業国でもあり、貿易の生命線だったバルト海を握り、商人貴族がうまれ金融市場となり、情報センターとなった。ヘゲモニー国家はリベラルな場所となった。
・イギリスは、貿易相手をヨーロッパ外に拡大し、ヨーロッパとアジア、アメリカ、アフリカをつなぐ交易のリンクの中心に座り、商業革命を成し遂げた。植民地のプランテーションで世界商品(タバコ、茶、砂糖、綿織物)を生産・輸入し、植民地側に購買力を与え、イギリス商品を輸出して生活をイギリス化させた(生活革命)。イギリスの商業革命によって、ヨーロッパにアジア・アメリカの商品が流入し、近代ヨーロッパ人の生活様式に変化が生じた。舶来品の紅茶に砂糖を入れるのがステイタスシンボルだった。
・コーヒーハウス。
・アジア・アメリカ・アフリカの物産を、輸入するだけでなく、国内で生産しようとして、産業革命が起こった。(綿織物工業)
・プランテーションによる世界商品のモノカルチャー地帯となった地域、サトウキビ生産のカリブ海地域などは、すべての仕組みが砂糖生産に向けられ、低開発地域となり、その影響が現在まで尾を引いている。/アメリカ東海岸・ニューイングランドは、ヨーロッパと同じ気候・産物でプランテーションはつくられず、森林資源を活かした造船が発達し、工業地となった。
・カリブ海では砂糖がとれたから奴隷制度があり、奴隷貿易を核とする三角貿易が、イギリスの産業革命の起源となった。
・植民地は、本国の社会問題(貧困・犯罪・家庭崩壊など)の解決の場とされた。
・すでに世界システムの中心にいたイギリスにとって、産業革命はそれほど大きな出来事ではなく、世界システム(中核と周辺からなるグローバルな分業体制)に構造的な変化をもたらしてはいない。
・フランス革命の「平等」によって、新しい差別がうまれた。低コスト労働の確保のために、人種・性別などによる差別がおこなわれた。それがイギリスによる世界システムに組み込まれた。
・アメリカは世界システムの「周辺」から脱却し「半周辺化」した。紅茶に代表されるイギリスからの投資・低開発化・生活様式・経済的従属からの脱却。
・産業革命はイギリス民衆の生活基盤を一変させた。店買いのパンやポリッジは朝食の時間を短縮させた。砂糖入り紅茶はカフェインとカロリー、熱。世界システムによって紅茶も砂糖も、下層民衆に普及し、工業化時代のイギリス都市労働者の象徴にまでなった。
・19世紀は移民の世紀だった。イギリスからアメリカ・オセアニアへ。東欧・南欧から南米・北米へ。サトウキビ生産の労働力はアフリカ系からアジア系移民へ。移民は、周辺労働力の再編成・配置転換。「周辺」での生産のための労働力の補給がおこなわれた。アジア内部でも世界商品プランテーションのあるところに近隣地域から大量の労働力移動があった。世界システムが全地球を覆った結果、システム外から労働力をもちこむということがなくなり、周辺同士で労働力を移動させた。
・逆に周辺から中核への移動もたえず発生し、スラムが発生した。ロンドンのイーストエンドに集まったアイルランド人やユダヤ人は縫製業のための安価な労働力となった。が、のちにアメリカのシンガーミシンが流れ込む。
・近代世界システムが地球全域を覆い、「周辺」開拓の余地がなくなり、成長できなくなり不況になり、アフリカ分割を契機に世界が「帝国主義」として、残された周辺化可能な地域をめぐる領土争奪を始めた。これがアメリカとドイツのヘゲモニー争いにつながる。

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2016年02月21日

「春画展」@細見美術館に寄せて

 京都・岡崎の細見美術館さんで、ただいま春画展が開催されています。

 春画展 | 京都 細見美術館
 http://shunga.emuseum.or.jp/
 2016年2月6日〜4月10日

 うちとこ(日文研)から全部で40-50点くらいごっそり出してますので、見に行ってやってください。まあ全部ネットに画像あげてて全部見れる(http://db.nichibun.ac.jp/ja/category/enbon.html)んですけど、ぜひ、美術館でご覧ください。(映画館でご覧ください、のノリで)

 ああそうだ、全部ネットで見れるわけではなかった、一部に買い立てほやほやで、永青文庫さんにも出してなかったし、画像撮影も終わってないどころか目録取りすらおぼつかない段階で大急ぎで出したようなのもあるみたいです。そうでなくても永青文庫さんの時には出してなかった追加分が10点くらいはあったと思うんで、東京行っちゃったよ、という人もあらためて細見さん行くといいと思います。
 (永青文庫さんとの巡回展だとかそうでないとか言われますが、たぶんあとづけなので純粋な意味での巡回展ではないと思います(図録と展示品が合ってないとか)が、まあそのへんはどちらでもいい。あと、最初に細見さんでやるって聞いたのも一部報道からのニュースで初めて知ったっていうのもあるんだけど、まあそれもどちらでもいい)

 永青文庫さんのほうにも昨年末に行ってきましたけど、混み具合はたぶんいっしょくらいですがフロア自体がずっと広々としてるのでだいぶ見やすくはあると思います。正直、永青文庫さんのときは展示ケースもスペースもきつきつだったところが多くて、あれ、あんなにたくさん持ってってもらったのにこれだけしか出てない?て思っちゃったんですけど、細見さんのほうはでっかい展示ケースを広く使って、わりとたっぷり出してくれてる印象があります。
 それでも、2か月の会期中に展示替えターンが4ターンあって、リストを見ると、あ、まだ出してないの山ほどあるんだ、って思うんで、だんだん回し者みたいになってきてますけど、まあそれに近いんですけど、何回か行ったらいいと思いますね、まあ人多すぎて、1回見ただけではなんのこっちゃわからん、ていうのもありますので。

 特に絵巻物ですね。一枚ものや冊子のほうは、正直細部までじっくり見ようと思ったらそれこそネットで見るほうがいいところもあるかもしれませんけど、絵巻物については、ある程度の長さを気前よく展げて見せてもらえるのって、やっぱりこういう美術館での美術展ならではだとおもうんですよね、たとえば所蔵館で申請して貴重書閲覧というかたちで直に触れて見るとしても、それだってそんな長々と展げられるわけじゃないですから、こういう機会でもないと見られない、あられもない絵巻物の姿が見られるという、そういう物理的な圧倒さっていうのはやっぱありますよね。まあその絵巻物も、うちとこから出した新顔のやつが後期しか出なかったりするみたいなんで、やっぱり何回か(ry

 あとやっぱ目立つのは「袖の巻」だと思いますね、個人的にはあの子が一番好きです。縦13cm×横70cmという横長フォーマットの10枚組み、ていう。横長、て。まあ縦長かもですが。いずれにせよ、デザインの勝利だなって。書架に収納するのまあまあたいへんなんですけどね、あれ。まあ手のかかる子ほどかわいいという。色味もきれいだし。これもたっぷり出てますし、額装して壁掛けにしてくれてはる、ああいう角度で見るっていうのも閲覧室ではできませんので、やっぱりぜひ美術館で(ry
 あと、『女庭訓御所文庫』とか『医道日用重宝記』みたいな手習いや医療の真面目な本を、月岡雪鼎がパロディにして『女貞訓下所文庫』『艶道日夜女宝記』みたいな艶本を描いてるっていう、頭おかしいだろうと思うようなのがあるんですけど、それも、元ネタとパロディをならべて見せてるっていう、展示ならではのあれですね。あと、近江八景をパロったのとか。主人公が小さくなってあちこちのぞくというSF設定のラノベとか。どうしたいのこの人たちっていう。

 それにしてもフロア人いっぱいでしたけど、みんななんであんなに春画好きなんですかね、自分はどっちかというと苦手なほうなのであんまりその良さはわかんないです。業務で触れてるときも、正直きついっちゃあきついです。
 一番きついのはあれですね、出版社さんとかから問い合わせが来るじゃないですか、よそから出てたこの本に載ってたこの絵を使いたい、とかって。で、その本に載ってたっていううちの春画の絵のスキャンしたのとかがメールでくるんですけど、書名とか絵師名しか書いてなくて、うちにあるどの本の何冊目の何枚目?とかがわかんなくて探せないんですよ。しょうがないから書名・絵師名だけを頼りに一枚づつ画像ファイルを順に見て目視で照合しないといけないんだけど、1回メールで届いた春画の像を目に焼き付けて覚えないといけない、女性の顔と足がこっちを向いてて、男性の手がどこにのびてて、あれとこれがこうなっているポーズの絵、っていうのを網膜と脳の短期記憶メモリに刻みつける作業、あれが毎回精神を摩耗させるのでマジ勘弁という感じ。労災案件レベルの。
 さておき。でも、それでもうちとこの子であることに変わりはないですし、長年展示できなかった経緯も知ってるので、人いっぱいのフロアを見て、ああこんなにたくさんの人たちに見てもらえるようになってよかったねえ、とは思いますね。初めてその展示に立ち会った時(http://egamiday3.seesaa.net/article/393266102.html)の目頭の熱さほどでは、まあなかったですけど。(たぶん一番感動した春画展は↑これのときだった。)
 まあ、いまブーム来てるなっていうのはよくわかる、なんせこないだ数えたら、うちとこの子らが雑誌や書籍に載っけられたっていう画像枚数が、今年度4月から1月まで軽く1000枚を超えてたので、氾濫しすぎだろうとは思うんですけど、まあブームでなかった年でもこの半分くらいの数ではあったと思うので、

 会場近くには外国人観光客が爆列する平安神宮もあり、新しくできたスタバやあのツタヤ書店の入ったロームの京都会館さんもあり、京都府のセレブ司書が集まる京都府立図書館さんもあり、京都国立近代美術館さんでは志村ふくみ展、3月からは京都市美術館さんでモネ展、そして会期後半の4月に入れば疎水の桜が見事に咲き誇るという、観光にも憩いにもマストな立地ですので、ぜひ、美術館に足を運んでご覧ください。(注:1円ももらってません)

posted by egamiday3 at 10:39| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月01日

(メモ)「変化する大学図書館をもっと活用する」『IKUEI NEWS』


電通育英会. 『IKUEI NEWS』. 2016.1, vol.73.
「変化する大学図書館をもっと活用する」


●「あらゆる「知」を自在に操り、自ら学ぶ力を身につける
・「学生一人あたりの年間貸出冊数」(日本の図書館統計)
・「アクティブラーニング・スペース設置大学数の推移」「電子書籍の保有タイトル数」(学術情報基盤実態)

●「図書館は、大学の学習支援の中心に」(竹内比呂也)
・「教育・学修支援専門職」の養成のための、SDプログラムの開発
・学修支援は大学図書館員だけでなく、他の職員や教員や学生も巻き込んだ「学修支援チーム」として。
・匿名の漠然とした「図書館の人」ではコミュニケーションはうまくいかない、個人として認識されることも重要。

●「通読は書籍。幅広い検索は電子書籍」(湯浅俊彦)
・図書館はこれまで「品切れになると困るから買う」だったが、電子書籍の同時刊行が本格的に実現すれば、「本当に必要なときに買う」ことができるようになる。
・日本の大学が知識情報基盤の環境変化におくれを取らないよう、教員が自らの考え方を変え積極的に図書館に働きかけることが必要。

●「図書館の本棚から始まる、「興味の連鎖」という学び方」(大串夏身)
・本は特定のテーマに関して体系的な記述を行っている。特に学生時代には論理的で体系的な記述で学んだ方が良い。

●「調査・研究を始めたら、まずレファレンスカウンターへ行こう」(井上真琴)
・情報探索は、信頼できる確実な情報から入り、評価の高い情報を文脈化するのが鉄則。同じインターネットを利用しても、検索エンジンで得られる脈絡のない断片情報と、日本中東学会のデータベースから初動調査を誘導してくれるレファレンスサービスとは違う。
・質問をするとレファレンス担当者は、どのように探索を進め、何を読んだか、最終的に何をしたいのかを問う。簡潔に即答することは稀。
・レファレンス回答を鵜呑みにしない。担当者により意見や回答は異なるが、そもそも学ぶとは物事の多様性を知ることであり、その上で最終決断をするのは自分自身。

●「リベラルアーツ教育を支える情報基盤としての図書館」(畠山珠美)
・批判的試行力とは、自分が知らずに備えているものの見方を吟味し検証することであり、それを養うためにはより多くの文献を読むこと。
・ICU図書館は開学当初から「貸出冊数無制限」。特定利用者の独占による不満などは起こっていない。

●「事例取材 大学図書館に行ってみよう」
・小樽商科大学附属図書館:クラスライブラリアン制度
・成蹊大学図書館情報図書館
・新潟大学附属中央図書館
・金沢工業大学ライブラリーセンター
・明治大学米沢嘉博記念図書館

●「米国大学図書館の現状と未来」
・ミシガン大学のクック法律専門図書館のライブラリアンは、弁護士国家試験を通った弁護士たち。

posted by egamiday3 at 22:20| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月31日

さよならパスポート

 
 パスポートを新調しました。

 旧いほうのパスポートは2006年12月末から10年有効のやつで、まだ1年近く期限はあるけど余裕をもってできるときに更新したという。

 旧いやつは新しいのが渡されるのと同時に、無効化のうえ返却されてきました。カバーの類いは付けない主義なので端々がよれてたり、黄ばんだりシミができたりしていますが、それだけに手に馴染んだ感もあります。過去9年間、海外に行くときは常に大事に携帯していた、ある意味自分にとって代わりのきかない”相棒”のようなものでした。ポイズンでした。
 全体の半分も埋まってませんが、それでもたくさんの出入国スタンプが押されてて、ページを一枚めくるごとに「あー、これあのときのか」といった想い出がよぎりますね。

 「ふぉんす、ふぉんす」て言わはるのが何かさっぱりわかんなかったけど要は”France”のことだったという、2010年のパリとか。
 お昼に公園のベンチでチキン食べてたら鳩に取り囲まれた、2011年のアメリカとか。
 夜市を歩くと角々で臭豆腐のにおいの不意打ちをくらった、2011年の台北とか。
 豚のごちゃっと焼いたのが出て、伝統料理と言うんだけど真偽は定かではない、2008年のリスボンとか。
 ビアカフェでアメリカにいるはずの知人に偶然出くわして時空がゆがむ思いがした、2014年のブリュッセルとか。
 話題になってるらしい図書館にふらっと出向いて適当にブログに書いたら、速攻でカレントアウェアネスに晒されるという羞恥に遭った、2013年のイギリスとか。
 夕食食べたくてパブに入ってもビールしかないからみんなでビールばかり呑んでいた、2009年のイギリスとか。
 その経験を踏まえて食事ができるパブにあらかじめ目星をつけておいて、行ったらタイムアウトだった、2011年のイギリスとか。
 北国で涼しいからと安心して行ったら、めったにない暑さだとかで、クーラーもないから寝苦しく過ごした、2012年のコペンハーゲンとか。
 延々鉄道に乗っててこいつ帰国せえへんのちゃうかと日本では思われてた、2013年のヨーロッパ周遊とか。
 おかゆが好きじゃないから宿の朝食をパスして外売りの肉まんを食べて続けてたら、速攻で飽きて困った、2015年の台北とか。
 これがビジネスですか、そうですか、もうエコノミーには戻れなくなるではないか不幸すぎる、という2014年のイギリスとか。(イギリス行きすぎだろう)
 パブ、パブ、パブ、パブ、パブで帰国後の健診にひっかかった、2014年のアイルランドとか。
 パンパンのキャリーケース2つを両手に、二の腕をぷるぷるさせながら引きずり回した、2015年のライデンとか。

 なにより、この相棒と最も苦楽を共にしたのは2007年、1年間のハーバード暮らしでした。
 1年間毎日、外出するときには必ず携帯してました、それは、携帯してなきゃいけないことになってるっていうのもあるのですが、それよりもまずスーパーでお酒買う時に必ず身分証提示させられるからで、そのためのリカーライセンスみたいなのを役所で取得するのに運悪く失敗しちゃったということもあって、しょうがなく毎日持って歩いてたという。しかも、なくしたりスリにとられたりしないようにポケット付きの下着に入れて携帯してたので、常にズボン下がごわごわしてたっていう。そりゃよれもするし黄ばみもするだろうと。

 その相棒に「VOID」の穴が空いてしまったのは残念ですが、まだまだ行ってないところはいくらもあるので、新しいパスポートにも出入国スタンプがたくさん押されますようにという思いでいます。


 新しい手帳にもあなたのイニシャルがたくさんありますように、的な感じで。

posted by egamiday3 at 17:08| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

極私的・2016年の絵馬(活動指針メモ)

 
 絵馬。
 それは、折に触れて掲げたり降ろしたりする、今年一年の活動指針。


●タイムライン
2007 HVU
2008 NBK・JLA
2012 本棚の中のニッポン
↓  ↓
2016 ===いまここ===
↓  ↓
↓  Something
2020 ↓
2022 ↓
  

●イベントごと
2016.03 CEAL/NCCシアトル
2016.06 AAS京都
2016.09 EAJRSブカレスト
隙を見て イタリアかバルト三国か北海道に行きたい


●2016年の絵馬
・以下のことについて、とりあえず節酒から始めます。これはマジです。
・基礎体力をつけてください。ヒヤリ・ハットです。そのための有酸素運動です。(知的活動の話)
・α(アルファ)を選別的に志向します。もうそんなリソースに余裕ないです。
・出不精はダメ絶対。
・アウトプットを無駄に増やします。こうなったら”無駄に”でいいです。
・(客)をダシにして、(主)にしてください。
・NBKをどうしたいのか、可視化させてください。
・環境整備のためには、投資くらいしてください。

posted by egamiday3 at 09:34| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

図書館のお仕事の日常的な記録(2015年夏のとある1日) : 「司書の一日をみてみよう」に寄せて

 
 「研究者の一日をみてみよう」というおもしろ企画があった、とうかがっています。
 
 第109回 人文科学とコンピュータ研究会発表会
 開催情報/第109回 - PukiWiki
 http://www.jinmoncom.jp/index.php?%E9%96%8B%E5%82%AC%E6%83%85%E5%A0%B1%2F%E7%AC%AC109%E5%9B%9E

 いまのところネットに特に何かあがってるわけではなさそうなのでどんな感じのことだったのかはわかりませんが、わからないながらもそれと同じノリで「司書の一日をみてみよう」ってやったらおもろいんじゃないかなと思って、っていうか、あたし自身は下記のような感じでたまにやったりしてるのですが。

 図書館のお仕事の日常的な記録(2013年冬季のとある1週間) | egamiday3
 http://egamiday3.seesaa.net/article/353784231.html

 で、ちょうど去年8月のとある1日の書き留めた記録がdropboxの片隅にふわっと落ちてたんで、ここに載せるという感じです。個々の事例を晒したり特定されないようにということで、大幅に匿名化・偽名化、ストーリーを書き換える感じで、”行動”は記すけど”内容”は伏せるようにしてあります。

 時期は、2015年8月上旬のとある平日。
 場所は、とある人文系の研究センターの図書館。
 担当業務は閲覧、パブリックサービスまわりです。

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8:15 1時間半かけて出勤
8:15 開館準備。4棟12フロアをすべてまわって点灯、軽く片付け、異常がないかの確認。
8:30 メール確認。今日やる、明日以降やる、要注意、寝かす等の仕分け。
9:00 外来利用者が不調を訴える閲覧用PCの、一時ファイル削除やソフトのアップデートなどのメンテ。
9:20 台湾の先生が戦前の日本料理についての文献を他大学から借りて欲しいと言ってきたのを調査した結果、東京の私立大学がデジタル画像公開しているのを見つけられたので伝える。
9:30 海外ILL受付対応。貸出依頼が来た本について、近年に貸し出されてなかったか、この分野で借りそうな内部の人がいないかを記録や記憶から判断(つまり長期に海外に貸し出しても問題なさそうかを判断)して、貸出処理。
10:00 依頼により、過去1年のOPACへのアクセス統計をまとめて報告。その過程で、数字のあらわれ方に不審な点があることに気付いたので、ひととおり内容を吟味した上で、業者さんに問い合わせを送る。
10:45 依頼により、過去の利用統計から関連しそうな数字を抜き出して、報告。
11:00 換気のために新館の窓を開放。
11:15 外部より閲覧打診のあった絵巻物について、劣化状態を現物で確認して、回答する。
11:30 ミラノの芸術雑誌からの問い合わせ対応で、うちが撮影して保管している艶本資料のデジタルデータのマスター画像について、解像度その他を調査して回答する。
11:50 東京の出版社に送るための古地図画像をDVDに大量に焼く作業。
12:10 館内の展示ケースの仕様について問い合わせあり。
12:15-13:00 休憩
12:30 休憩中、テレビ局から名所図会への問い合わせあり、対応。
12:40 英語の勉強
13:00 カウンター業務(以下17:00まで通常のカウンター業務と併行して)
13:00 マイクロフィルム利用の外来利用者に対応、案内。
13:15 業者に委託する図書移動作業(約3万冊)の準備。別置すべきタイトルの選定と棚数のカウント、空き棚数の算出、Excelによる空き棚配分の計算、フロア・書架マップの描画、業者さんへの指示票(棚に貼る)をwordの差込機能で印刷作成、等々。(以上を16:30頃まで断続的に)
15:00 館内数カ所に設置する予定のカーテンのサイズを採寸しにきた業者さんを現場に案内、館内を一巡してまわる。
15:30 換気のために開放していた新館の窓を閉める。
15:45 大阪の某文庫から届いた文献複製・製本の見積金額の内訳に不審な点があり、過去の書類と見比べる作業。
16:20 外来利用者の複写料金受け取りと経理処理。
16:30 新着図書のバーコード読み込み、帯の装備、貸出希望者への連絡、新着コーナーへの配架、古い新着図書の間引き。
17:00 閉館作業。4棟12フロアをすべてまわって消灯、軽く片付け、異常がないかの確認。
17:15 東北の博物館から来年の巡回展のための展示貸出の打診あり、その資料を扱う先生に相談。
17:30 ライデン出張準備の一環として、構想図を再描画。
18:00 同じく出張準備から派生して、OPAC利用ガイドの確認と新規作成、そのための動作確認。
19:00 おしまい。1時間半かけて帰宅。
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 8月上旬のことなので、内部の研究者・院生からの問い合わせや職員とのやりとりはむしろ少ないほうの1日だったのかなという感じです。たぶんルーチンワークや球の打ち返しのような仕事もこれだと少ないほうで、図書移動準備とか出張準備とかに腰を据えてとりかかる時間があったということはだいぶ落ち着いた感じの日だったんだろうなと。だいたい、カウンターと併行して図書移動の計算仕事ができてるとか、よっぽどふだんよりは余裕があった特異日のはずです、いつもはうちとこみたいな図書館であったとしても、酸欠や脱水で頭痛くなったり閉館までお手洗いに行く隙も見つからないような日だって珍しくはないです。
posted by egamiday3 at 09:17| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする