2016年05月22日

(メモ)京都府立図書館サービス計画


京都府立図書館サービス計画 | 京都府立図書館
https://www.library.pref.kyoto.jp/?page_id=5789

・3つの基本方針→20の項目→64の具体策、という3層構造
・3つの基本方針のうち「I(府内協力)」「II」は従来機能の充実、「III(発信・拠点?)」を新たな挑戦、という位置づけ。
・20項目のうち5項目をピックアップ。「II」(従来機能)から「歴史ある図書館の演出」「利用しやすい空間」、「III」(新挑戦)から「サービスデザインチーム」「知的な交流の場」「行政支援サービス」
・各方針ごとに、その方針・項目について具体的にどう評価していったらいいかを、自ら示すために、「主な評価指標」というのを設けていて、「項目/26年度実績/数値指標」が示されている。
例:総合目録ネットワークシステム加盟機関 26年度実績:30機関、数値指標:80機関
・全体で5年計画、というスケール感。
・文書としてわかりやすい。

 ベストプラクティス行き。

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2016年05月12日

(メモ)「図書館を変える!ウェブスケールディスカバリー入門の出版に当たって」聴講メモ


2016年度立命館大学大学院文学研究科行動文化情報学専攻「文化情報学専修」広報企画ワークショップ
日本出版学会2016年度第2回(通算第95回)関西部会のご案内
テーマ:「図書館を変えるウェブスケールディスカバリー」
日時:2016年 4月25日(月) 18時30分〜20時00分
場所:立命館大学平井嘉一郎記念図書館

 立命館大学の噂の新図書館・平井嘉一郎記念図書館にて、ディスカバリー界隈では日本随一の佛教大学・飯野さんによる、ご著書『図書館を変える!ウェブスケールディスカバリー入門』とディスカバリーシステムまわりのトークイベント、という感じのワークショップに参加してきました。

図書館を変える!  ウェブスケールディスカバリー入門 (ジャパンナレッジライブラリアンシリーズ) -
図書館を変える! ウェブスケールディスカバリー入門 (ジャパンナレッジライブラリアンシリーズ) -

 自分勝手メモです。ていうかほぼ個人の感想です。

 (註:WSD=ウェブ・スケール・ディスカバリー)

・著書出版まわりについて。WSDの佛教大学図書館導入における現場体験を紹介したものなので、アカデミックというよりは体験談。編集サイドとのやりとりでそういう路線に行ったらしいのですが、個人的にはアカデミックばりばり列伝的なほうを読んでみたかった気がする。
・出版までの経過としては、原稿の試験提出から最終の第3稿までに1年かかってはる。自分のとき(#本棚の中のニッポン)は原稿どばっと書いて基本それがそのままという感じだったので、進め方ってそれぞれでだいぶ違うんだなあ、と思たです。
・この本はネットアドバンス社さんが初めて出す紙の本だとかで、第2弾への動きがどうなるか、注目されますね。
・「5分で分かるWSD」。WSDは図書館の蔵書検索からe-resource、商用オンラインデータベースまで、統合的に検索できるし、統合的に表示もできる。特に学部生・初学者に吉ですよと。
・効果について。WSDに収録されたコンテンツはその後よく使われるようになるし、逆に収録されないものは利用が減る。それまでとてもよく使われていた某データベースが、お気軽検索(佛教大学のWSD)公開後、そこに含まれてないがために使われなくなってしまったという、実にシビアなお話も。そう考えると、コンテンツが求められるかどうかって、純粋に内容だけの問題でもなんでもない、環境に大きく左右されるものなんだから、内容にあぐらをかいて紙媒体でがちがちにかためてたら、それでジ・エンドなんだろうなあと。
・一方で、論文情報がヒットする→紙媒体の利用が増える、という現象も。ビジビリティの野戦場、的な感じがする。
・電子書籍は章単位で検索・ヒット表示・閲覧が可能。→「章」が独立したコンテンツ化する。→”評価”が「章」ごとに可能、的な。→電子書籍がレファレンス・データベース化する/本文もヒットするから見つかり具合が上がる。(これは知の断片化というより、知のランダムアクセス可能化、なんだろうな)。
・で、洋書はそういう章レベルのレコード登録や目次・全文検索化に対応しててリッチなんだけど、和書はそういうのがまだ少ないから、検索結果として和書は埋もれた存在になっちゃう、っていうね・・・。
・WSD向けのリッチなメタデータをデジタル形式で流通させる、ていうのが、出版社さんににとっても販路の拡大につながる、ていうこと。日本の図書館と出版社が共同で、抄録や本文データを含むリッチなレコードを、積極的に流通させていく仕組みを構築しないと、っていう。そりゃもう、紙でめくって苦労するのがいいとか見出しも商品だから権利があるとか、21世紀も1/6過ぎようというご時世に言ってる場合じゃないですよと思う。
・なぜWSDで枕草子を検索すると中国語コンテンツが上位に来るのか。コンテンツの収録設定は図書館の仕事なんだけど、有償コンテンツは能動的に収録しようとするけど、オープンアクセスコンテンツは必ずしもそうではないから。商用が少なくオープンが多い日本はそのために収録されづらくなっている、か? あとは抄録や本文などのリッチなデータがあるほうが関連度が上位になるから。枕草子中国語問題は以下を参照。
--CA1827 - ウェブスケールディスカバリと日本語コンテンツをめぐる諸課題―海外における日本研究の支援を踏まえて / 飯野勝則 | カレントアウェアネス・ポータル http://current.ndl.go.jp/CA1827
--ディスカバリ・システムにおける日本製e-resourceの対応(まとめ) - egamiday_wiki
・タダより高いものはない、とまでは言わないけど、タダだからこそスルーされてしまう問題はおしなべてあるよなとは思う。ただまあだからといってオープンより有償が優秀、ていうことではないと思うんですが。

・以上、飯野さんのトーク。以下、飯野さんと安東さんのセッション。

・出版社サイドからデータを提供してもらえない、説得できてない、という問題について。出版社サイドでも積極的に出していこうとしているところはあって、実際に動いているところもあるとのこと。
・図書館の”オススメ”が”おしつけ”になるか?という、まあ長期スパンでゆっくり考えたい哲学的問い。
・さてそんな佛教大学図書館さんでも、WSDの利用度はOPACの1/3程度。図書館としてはWSDを上位に考えてwebページのデザインも設計したけども、それでもやっぱりWSD利用比率は変わらなかったという。そこが着地点なんだろうか。
・次のステップは、パーソナルスケールなWSDの提供、か。
・egamidayさんからの質問は、WSDはOPACのリッチ版というよりGoogleのセレクト版ですよね。→佛教大学さんでは学内PCのデスクトップにお気軽検索を置いてもらったりしてる、とのこと。
・その他、なかなかの裏話が聞ける平井記念図書館。
・飯野さんのまとめ。WSDは手塩にかけてちゃんと育てないとうまく作動しないシステムです、とのこと。実は図書館にとっては手のかかる子なんだよ、と。その手のかかり具合の奮闘記が、『図書館を変える!ウェブスケールディスカバリー入門』ですね。

図書館を変える!  ウェブスケールディスカバリー入門 (ジャパンナレッジライブラリアンシリーズ) -
図書館を変える! ウェブスケールディスカバリー入門 (ジャパンナレッジライブラリアンシリーズ) -

 このあと土佐料理屋で懇親会がとりおこなわれましたとさ。

posted by egamiday3 at 22:43| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月22日

201603us@シアトルのメモ・旅情編

 
 CEAL2016@シアトルの番外編。
 なお、休憩時間や食事時間などのすきまなプライベートしかなかったわけなので、おおむね旅行事務か飲食か街の印象、的な話しかないです。


●総評
・シアトル、8年ぶり2度目。ただし1度目は(米国内からの)弾丸的な行き帰りだったためあまり印象がなかったのですが、正直、こんなに居心地のいい街だったとは!という感じでした。山紫水明だし、街もそこそこ都会だし、でも混んでなくてぎすぎすしてない、人々はものすごく愛想がいいし、アジアフードが美味い、シーフードが美味い、カフェいくらでもあるし、実はビールどころだし、日本から近いし、紀伊國屋と宇和島屋があって、移住には最高レベル。坂と、天気の悪ささえなければか。


●シアトル
・着陸寸前の窓からの景色は、「山紫水明」のひとことだった。立派な山々の雪景色、針葉樹の凜としたの、海または湖のたっぷりとしたの、からの、街並み。
・滞在中ずっとほぼ快晴に近かった。これははっきり言ってシアトルにはあり得ない珍事じゃないのかと思った、シアトルはだいたい天気の悪い土地柄なはず。
・相変わらず坂の街だった、そりゃそうだけど。スタバ行くのにめっちゃ急な坂を登らされて、そしてその次にめっちゃ急に下らされた、要するに別の道行けばよかったんじゃんっていう。そういうのをGoogleマップさんは知らんぷりしてるから、やっぱ限界あるんじゃないのと思った。
・これまで訪れたどの街よりも、路上者が多い街だった、という印象。宿所の周辺も結構なところで何度かヒヤッとした。そして、シアトルは全米でもトップレベルに治安がいい街だと聞いていたので、これは要するに、路上に居てられるほど安全だということなのか、と理解している。別の米国在住者も同様の感想だった。
・移動中にバスから見た風景。キャピタルヒルの左京区感はあらためて滞在しに来たい。湖が見えた時はさすがに目をひいてきれいだった。
・マウントレーニアが相当見目美しかった。これが、おお、マウントレーニアよー、か、と思った。日系移民からタコマ富士と賞され愛されるほどの美形が、雪をかぶった様で、しかも奇跡的な快晴でくっきり見えて、おまけに桜という。

IMG_2798.JPG

・なおワシントン大学へはつい前週に地下鉄(LINK)が延伸開通したとのことで、これで空港から大学まで一本で行けるという立地になってる。
・朝に港あたりを散歩していたら、船通勤の人たちがわっと降りて歩いてくるのを目撃した。そういえばシアトルを舞台にしたビジネス書を日本で読んでたけど、その主人公もフェリーに自転車で乗ってきてた。あの人たちが住んでるのはどのあたりになるんだろう。

・というか、シアトルはどこも居心地がいい。というのも、不思議なことにというか、どこも混んでいない。人がそんなに多くなくて、場所に余裕があって、スタバに行ってもスタバ以外のカフェに行っても食事処に行っても、混んでてきゅうきゅうしなきゃいけないっていうような思いをすること、空間的にも時間的にも窮屈な思いをすることが、ほとんどない街だった。そういった意味ではいっさいギスギスしてなかった。
・唯一混んでて居場所を得られなかったのが、ワシントン大学の図書館内カフェ。みんな勉強してて居場所なんかどこにもなかった。
・そして、人々がびっくりするほどものすごく愛想がいい。「愛想いい」と言えばアイルランドにしくはなしと思ってたけども、そのアイルランドと同等かヘタをすればそれ以上レベルで、みな優しいし人あたりがいいし、買い物でもカフェでもどこかしこでもイヤな思いをすることがほとんどなかった。なんなら空港の入国審査も若干人あたりよかったんじゃないかと想い出補正されるくらい。
・シアトルが日本から近い話としては、米国内東海岸の人が国内線乗り継いで10時間かかった、と言っている一方で、成田からここへは直行便8時間台だったという。


●書店・図書館・大学
・宇和島屋と紀伊國屋書店。2度目の訪問で特に大きく変わりはなかったけど、印象としてはさすが地元日本語フリーペーパーが充実してた。
・シアトル公共図書館。オランダでもデンマークでも、旅行中に手詰まるとだいたい公共図書館に来る。居心地のいい図書館ほどビバークしやすい。ただ、あまりに居心地がよすぎて3時間くらいいたのと、セキュリティ的にあまりよろしくない行動をとってしまってたので、要注意。
・なお、職場への土産はシアトル公共図書館モデルのアヒルちゃん人形だった模様。
・うわさのAmazon実店舗がワシントン大学隣接のショッピングエリアにあるというので立ち寄ってみた。ふつーの書店とどうちがうんだろうと思ってたけど、値段がサイトのデータベースでリアルタイムに管理される”時価”なんだな、と。それは確かにふつーのリアル書店とはちがうことになる、このちょっとしかちがわないはずの概念ってもしかしてそうとうちがうものへの第一歩なんじゃないの、という印象。そこが自分にはまだうまく言語化できない。
・ワシントン大学キャンパス。Amazon実店舗側から徒歩よりアクセスしようとすると、まあまあの坂道だった。途中でハイキングのグループとすれちがったほどだった。キャンパスまで山紫水明が過ぎるだろうと思った。
・ワシントン大学キャンパスでは、各国・地域のアジア、タイといい中国といいベトナムといい台湾といい、その学生のコミュニティ活動が盛んな様子があった。日本を見かけなかったのはあれは気のせいなんだろうか。


●カフェ・スターバックス
・コーヒー・シティを飲む。
・スタバ1号店は、もはやお土産を売るためのキオスクと化していた。まあそれはそれでいいんじゃないか。
・「Starbucks Reserve Roastery & Tasting Room」というなにやらプレミアムな店舗があるんだよと聞いていたので、行ってみたら、むき出しのロースト工場施設を眺めながら居られるプチ・テーマパーク的なところだった。そして居心地がいい。ソファでだらっとしてられるし、香りがいいし、雰囲気がいいし。極私的・世界お気にスタバがまたひとつ増えた感じ。ただし、どうやら価格が若干高い。ドリップで5.50ドルもする。
・チェーンじゃない地元カフェは、あたりはずれあり。例えば、各書で評判のよかったカフェのひとつは、トイレの芳香剤の臭いが店内に強すぎて、エスプレッソ味わうどころじゃなくてとっとと出て来た。
・ワシントン大学近所のカフェ・Cafe Allegroが、いい感じのネイティブなカフェだった。古い木造の内装で、サブカルなチラシがわっと貼ってあったり、まさに左京区然とした感じの。ずっと居てられる。学生がうるさめかなとも思うけど、席は2階の方にも広くあるみたいで、時間さえタイミング良ければ居心地よく過ごせる場所なんじゃないかしら。
・最終日に空港へ向かう直前に名残の一杯と思って入った、街中のスタンドだけの狭い狭いPegasus Coffeeが、たぶん一番美味かった。本当にたまたま、通りすがりに数秒で見つけて適当に入っただけの店だけど、タトゥーだらけのロックなお姉さんがエスプレッソ用の粉をぼろぼろこぼしながらがさつに詰めつつ「for hereかtogoか」をきいてくるようなところで、そのエスプレッソが超絶に濃くて血圧が上がるロックな朝だった。


●食
・ほんとはキッチン付きの宿がよかったんだけども、なくて、流しと冷蔵庫と電子レンジまではあるという宿だった。それでも、電子レンジがあるのとないのとではクォリティオブライフがとんでもなく違った。ので、今後も電子レンジだけでもあるほうがいい。
・宇和島屋(シアトルのかなり大きい日本食ショッピングセンター)で、タイ料理のランチと韓国料理のランチをいただいた。1勝1敗。タイはだいたいハズレない。
・あと宇和島屋にはおーいお茶濃いめがあったので、天国かと思った。荷物が許せば2L買いかねなかった。

・ローカルビールを探して、とりあえずパイクプレイスのガイドブックに載ってるくらいの適当なビール処(Pike Brewing Company in Seattle)に入ったら、ほかのお客が利き酒セットを呑んでるのを見つけて、こういうことに。以下、その際のもっともらしいツイート集。

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2028 ローカルビールを探してたらなぜかこうなった。 https://t.co/SUbQWSeqBz
2030 1は、ごく軽い、歩いてきて渇いたのどにうれしいかんじんやつ。それでも苦味がしっかりしてて美味い。これ、秀吉の一杯目やないか。
2038 2はペールエールで、ブラウンさが、日常飲むときにはこれが一杯目やな、ていう感じのやつ
2040 あれこれもしかして日本的にはビールテロですか・・・
2044 3、IPA来た。でもちょっと甘みがあるんじゃないかなっていう感じ。 https://t.co/iHU9IKuln2
2048 日本、ランチタイムじゃないか、ごめんなさい
2051 4、キルト・リフター。少々のピートなスコッチウィスキーモルトがどうのと書いてあるので、何言ってるんだろうと思って一口飲んだら、思っきしスモーキーフレーバーだった。マッサン、わしゃどうしたらええんじゃ。 https://t.co/pafdGpd1Xd
2054 何このビールすげえピート臭
2055 びっくりぽんや
2056 悲報、このあとのこり2杯がスタウトと修道院
2103 5、あースタウト美味いわーやっぱスタウトでええわぁ終わってるわ
2110 6、修道院。甘ったるいw でもなんだろう、なんかクセのあるにおいが最後にふわっと残るの。なんかこう、脱酸した資料についたにおい的な。

・このあと、宿近くのちっちゃい荒物屋みたいなグロッサリーに行ったら結構な種類数のローカルなクラフトビールがあって、パッとえらんだスタウトがこれも甘濃くてすごく美味かった。まともに予習してなかったんだけど、実はシアトルのあるワシントン州は、ホップ生産量が全米1位、ブリュワリー数が2位で、コーヒーシティ以前にビールシティじゃないか、と。
・ピートなビールは、最終日夜遅くのミーティングのあとでライブラリアンの方々とホテルのバーに行ったところでもいただきました。なんだかんだいって呑んでる。

・シアトルで人気店だというドーナツのカフェで朝食をいただいたんだけど、ドーナツはまあ美味いほうのドーナツだなという感じではあるんだけど、コーヒーが薄くてつらかった残念賞。シアトルまできてこんなコーヒー飲みたかったんじゃないという感じ。美味い店開拓はなかなか難しい。
・それから地産地消が売り的なカフェで、ホットサンドイッチ。1回目はアボカドまじりっぽいマヨネーズソースのサンドイッチ。2回目は有名店チーズを使ったらしいがあまりピンとはこなかったベーコンサンドイッチ。まあよかったです。
・朝、パイクプレイスマーケットのあたりを散歩していたら、小さな店に軽い行列ができていて、ピロシキって書いてあって、野菜とキノコのピロシキとか、チーズとサーモンのとか、そういういろんなピロシキというか包み焼きが朝食として売っておられて、日本ももっとピロシキの概念を破壊して売ってくれたらいいのにって思った。
・昼食のカフェで、あ、カニのサンドイッチあるんだ、さすが海鮮処シアトル、と思って注文したら、クラブハウスサンドイッチが出てきて、ああー自分このミスするのいったい何度目なんだ、って嘆くあるある。いい加減学習しろ、自分。(でもtunaの上にclubって書いてあったら、crabと見間違えないですかね・・・)
・夕食その1。パイクプレイスマーケットの、海が望める、トムハンクスが映画ロケしたという観光地的なシーフードレストランだったけど、シーフードラザニアなるものをいただいたところ、アタリだった。トマトとチーズの下に、サーモンと小エビと貝柱でいい感じだったので、これはシアトルのシーフードの良質さがなせるわざか、イタリア料理のハズレなさがなせるわざなのか。
・夕食その2。北米ライブラリアンの方と、ピア的なところにあるオイスターハウス。オイスターはいただかなかったものの、フィッシュケーキ、ブイヤベース的なの、カラマリ(イカ)の唐揚げ、野菜のトマト煮的なの、どれも実に美味しうございました。これはまた行きたい。美味しいから話も弾むし。

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・総じて、「シアトルは美味い」評で良いと思います。


●旅行事務全般
・今回のシアトル行きはデルタで、関空→成田→シアトルという、いったん国内移動するパターン。だけど、関空の時点ですでに出国させられるらしいことがわかって、これは成田で買い増ししようと思ってたユニクロに行けなくなるんじゃないかと察知して、無理してセキュリティ・出国前にユニクロに行って買い増しした。そしたら、関空出国後エリアにもユニクロあった。ユニクロとスタバはもはやユビキタスかと。
・出国審査でもわざわざ「成田で外に出れませんよ」的なこと言われた。デルタの関空→成田は前日から始まったらしいので、混乱があったのかも。
・なんにせよ、直行便がじりじりと減っていく感じになってる。そのうちあっちの会社の便じゃなくても、上海やソウルを経由しないと行けなくなる、ことも増えてくるんだろうなと。
・空港の書店に期待する方が愚かだった。Kindle万歳。
・さすがデルタさんは、国際便・国内便ともに機内wifiふつーに使えてすばらしかった。エコノミーでも電源あるとか、さすがUSA、パワーネイション、と思った。しかもたぶん2011年渡米の時に作ったアカウントが残ってた。
・そのかわり機内食がさすがにひどかった。さすがUSA。例:夕食が、牛丼・巻き寿司・パン・焼き菓子。半分くらい食べ残した。お好み焼きでご飯食べる人でもここまで炭水化物とらないんじゃないかと。朝なんか、寝ててスルーされたんだけど、まあ別にいいやとしか思わなかった。
・窓際なら足下広い席でないとつらいだろうけど、通路側なら足下狭い席でもまあまあいける説。
・機内では、クスリ服用したにもかかわらず、だましだましで4時間程度しか寝られなかった。その後、帰国まで時差ボケにはずっと苦しめられる。
・時差ボケ症例。午後2時か3時頃のセッションはだいたい「お察しください」になる。午後10時11時台にようやく帰宿して、無理やりお酒飲んで、3時間か4時間くらいだましだまし寝て、午前2時か3時頃には起き出して、眠れないので業務メール打ち返しとかしてる。そういう生活が数日積もったところで反動が来て、10時間くらい寝てたりする。それでも、5日程度しか滞在せずまた日本に戻るわけだから、こっちに慣れている場合ではないんだ、という苦痛。
・最終日はもはや自分の体内時計がいまどこをさしているのかさっぱりわからず、かろうじて腹時計に頼って生活しているというありさま。
・ちなみに、帰国後はわりとあっさり日常サイクルに戻りました。やっぱり西向き<東向き問題は相当切実。
・シアトル空港のセキュリティ並びすぎだろうと思った。デルタさんがわざわざメールで「3時間前に来い」って追加アラート出してはって、早すぎるだろうと思ったけど、まったく正しかった。いろいろ謎の多いセキュリティチェックだった。ボードパススキャンしたらピー音が鳴って、掌をなにかでぬぐわれてスキャンされた、調べたら爆発物薬品類を取り扱った手かどうかがわかるらしい。あとは全身X線の機械に入ろうとしたら、おまえはこっちって言われて金属探知機のほうを通らされた。いろいろ謎。


●雑ネタ
・アメリカのライブラリアンと、日本は年度替わりにあたるから日本からあまり来ていないのでは、という話になって、なぜなら新年度で人事異動するかどうかが直前までわからないから、と言ったら、1ヶ月前くらいまでわからないのか?と問われたので、短いときは1週間前って言ったら、HAHAHAHAHA!!って高笑いしてはった。笑えるもんなら笑いたい。

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2016年04月21日

CEAL2016のメモ その4・その他もろもろ

 その他もろもろの巻。

●図書館見学(3/29 15:45-16:55)
・グループにわかれてワシントン大学内の図書館を見学するツアー。
・その1、資料修復ラボ@Suzzallo Library(中央図書館)。見学時にはコンサベーター3人が在室。スペースはできるだけフレキシブルにとる、撮影用スペースを確保する、作業しやすい家具をそろえる、湿度に気をつけて水を使用する作業場所は隔離する、など。東洋の線装本もここで修復する。展示準備を行うのもこの部署であるとのこと。
・その2、東アジア図書館(http://www.lib.washington.edu/east-asia)。蔵書の2/3は学部図書館地下の書庫に所蔵されており、この図書館では雑誌・参考図書の配置が中心とのこと。韓国企業からの寄付によるグループスタディエリアの確保や、東アジアから来た留学生のためのオープンイベントなど。また、シアトル市内の東アジア・CJKコミュニティとも関係を持って活動している。

●レセプション(3/29 17:00-)
・レセプションではいろんな人と適当にフランクにお話しした、親交を深めた、という感じ。
・寿司の米がかたかったのと、マウント・レーニアが美しかったの。

●Committee on Technical Processing (3/31 10:15-11:15)
・CEALのテクニカル、つまり目録・メタデータ的な委員会の分科会。
・全体タイトルは「BIBFRAME, Linked Data, and Their Application in East Asia Technical Services」
・「Development and Testing of BIBFRAME at the Library of Congress」LCからの経緯&実践報告、これは整研あたりの話。BIBFRAMEは情報共有のためのvehicleである。2015-2016がLCでのパイロットプロジェクト期間である。その後改訂反映させて、2回目のパイロットを予定。とりあえず長期プランでMARCレコードをBIBFRAMEリンクドデータへ移行させるんだけど、CJKは・・・というところであまり話がわからなくなってしまった。BIBFRAMEはBIBFRAMEでもわりと”図書館寄り”のBIBFRAME話だったけど、でも結局、BIBFRAMEは図書館目録を終了させるものなんだ、ということがわからないと納得は難しい気がする。
・「BIBFRAME and Linked Data at the University of Washington」ではワシントン大学におけるBIBFRAMEの実践報告でより現場に近い感じの報告。MARCをBIBFRAMEへ変換するのは、これはBIBFRAMEと図書館員が仲良くするためのコミュニティ・プロジェクトなんだ、ということか? 変換結果のレビュー(特にCJKレコード)が報告されているんだけど、わりと問題が多い。CJKが消えた、変換されなかった、別のフィールドへいった、言語タグが間違って変換された(特に翻訳版やバイリンガル版のようなもの)、などなど。ちょっと良く理解できなかったけど「BIBFRAMEへは変換できても、RDAへバックできない」というのは折り返し変換が無効みたいな感じの意味なのかな。CJKレコードの特徴として、タイトルなりなんなりを記述するのに、ローマン(アルファベット表記)のフィールドと非ローマン(CJK等の原語表記)のフィールドの2つを持っていてそれを並列させることでペアなんだよつながってるんだよとわからせる、っていうのがあるけど、それがつながらないという問題がある。みたいな話は、なんというかこう、これまでは”文脈”を”規則”として(悪く言えば)だましだましで運用してきてしまってたのが、そういう文脈が規則として引き継がれる余地がなくなっちゃったから、みたいな感じかなあと自分なりに解釈している。

●某個人的な打ち合わせ (3/31 14:00-)
・某個人的な打ち合わせを廊下のテーブルでしてた、というだけなんですが。
・どうもその廊下が「交通の要衝」的な場所だったらしく、またAAS学会が始まりつつあった時間帯だったこともあって、打ち合わせしてるところへ所属大学の研究者に出逢う、退職した懐かしのライブラリアンに出逢う、うちとこの元院生に出逢う、うちとこの現院生に出逢う、などなど、とてもじゃないが打ち合わせどころじゃなかったという。そういう話。関所かと。


posted by egamiday3 at 23:33| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

CEAL2016のメモ その3・多巻もの内容索引の電子化に関するミーティング 

 CEAL2016@シアトルのメモ、その3です。
 言うとしたら、多巻ものの内容索引の電子化に関するミーティング、とでも言うべきミーティングがあり、参加してきました。(3/31 21:45-23:00頃)

・ホテル内小会議室にて。北米の日本研究ライブラリアン数人と、AASに企業ブース参加で来ていたと思われる日本の出版関係者が参加。
・この問題は数年前のCEALでも「本棚の中のニッポンの会」的な名称でインフォーマルなミーティングが持たれていたもの。
・北米では日本で出版された冊子・マイクロなどの全集もの・多巻ものについて、高額なのであちこちが買うわけにはいかないんだけど、それでもせめて北米内で1セットは持つようにということで、北米の日本司書間で連携してなんとか買っている状態。で、その1セットを所蔵している図書館へ北米内各館がILL依頼を出して取り寄せようとするわけなんだけど、そこで問題になるのが、その全集もの・多巻ものの内容索引・目次情報の類が電子化・オープン化されていないので、書誌情報を明確にできない・検索調査ができない、という問題。遠隔で所蔵館から取り寄せようとするのに、ほしい著作が第何巻にあるのか、何ページにあるのか、そもそもどういう著作があるのか。それを、webで、デジタルのかたちで、ライブラリアンにもユーザ自身にも参照可能なようにすることができないか、という。
・このくらいのことすらweb・デジタルで検索調査できないと、北米での日本研究はどんどん見向きされなくなってしまう、という危機感。それから、出版者側としてもどの多巻ものにどんな著作が含まれているかがwebで顕在化すれば、販売促進につながるはずだよという考え方。
・ではそれをどのようなかたちで、どこに置いて、公開するのか。例えば、冊子索引をPDF化してOCLCの書誌からリンク貼ってたどれるようにする? あるいは簡易データベースを構築する?
・詳細は割愛しますが、簡易データベース化について具体の提案・紹介あり。課題は、レコードのフォーマットをどう整理調整するのか。そして、データ自体を各出版社から提供してもらえるのか。
・データの提供については出版社側からどれだけ協力を得られるかがカギ、という感じのよう。これがなかなか難しく、最終的には全部紙でめくっていくから研究力がつくんだ的な話も出るくらいで、21世紀も1/6が過ぎそうな頃にそういう議論というのはどうなんだろう。(ほんとはいまごろ本文のほうがネットで見れてていい頃合いでは)
・以下、egamidayさんの意見。この問題、つまり全集多巻ものの内容索引・目次情報がデジタルのかたちで検索できない状態にあること、というのはそもそも、日本側の未整備の問題であり、日本の図書館業界こそが率先してリクエストの声をあげるなりあるいは解決に取り組むべき問題であって、デジタルヒューマニティーズだなんだと言って画像だ研究データだwikiだと上げていくのもさることながら、このくらいの基本的な書誌情報整備は我々がちゃんと責任もってやっていかなきゃダメだろうと。なので、この文脈に限らないで、もっと広く日本の図書館コミュニティを巻き込んで議論できないか。
・それと、たぶんだけど、これの解決方法は唯一の何かに収斂していくものというわけではないだろう、CiNii ArticlesやNDLサーチやNDLデジタルコレクションという解決かもしれないし、NACSIS-CATのCWの問題かもしれないし、ディスカバリーサービスかもしれないし、オープンデータのコミュニティかもしれない。だからこそ、問題を顕在化させて多様な眼に触れさせるステップが必要なんじゃないか、と思う。
・という上記2点を組み合わせた結果、とりあえず「カレント・アウェアネス」に記事書かせてもらったらどうか、という提案をしたんですが、どうですか>関係各位。あるいは「人文情報学月報」さんに。
・あと細かい点では、データベースにするならツールとして汎用性のあるものに、ていう。
・11時近くまで議論して、終了後数人でホテルのバーでねぎらって、Uberで宿所に送ってもらって、12時くらい。おつかれちゃん。

posted by egamiday3 at 23:24| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

CEAL2016のメモ その2・日本研究ライブラリアンの集まり

 CEAL2016@シアトルのメモ、その2です。
 日本研究ライブラリアンの集まり、公式プログラムが3件と、インフォーマルなのが2件。

 以下に登場するNCCとCJMですが。NCCは、North American Coordinating Council on Japanese Library Resources(北米日本研究資料調整協議会)。CJMはCEAL内の日本資料委員会、Committee on Japanese Materials。ざっくり言えばどちらも北米の日本研究ライブラリアンのコミュニティ。


 以下が公式編。

●NCC/CJM Joint Session (3/30 19:00-20:00 + 20:00-21:00頃)
・“Updates from Japanese Partners: the National Institute of Japanese Literature and the National Diet Library”
・小分科会的なセッションで、NCC・CJMが合同で持つ日本研究司書向けの企画。
・NDLから、ILLサービスについての概説。e-ラーニング教材や海外日本研究司書研修について。それから地図のデジタル化事業の紹介、など。
・国文研の山本先生から、例の事業、「日本語の歴史的典籍の国際共同研究ネットワーク構築計画」について、概要紹介。
・なお、公式セッション企画のあとさらに1時間ほど、有志で集まってアンオフィシャルにミーティングが持たれて、主に国文研の事業について具体的な質疑応答や議論がなされる。アンオフィシャルなやつなので具体的なことは割愛しますが、北米図書館側はこの事業への連携提携を具体的に進めよう進めよう手を挙げようと望んでいる様子。国文研側の考えとしては、事業名にもあるようにこれは共同研究ネットワークの構築だ、という感じなんだなという印象でした。
・まあいずれにしろ、ヨーロッパ(2015年秋ライデン)でも北米(2016年春シアトル)でも、国文研さん超大人気、超期待大、ていうのがありありと見てとれました。

●Committee on Japanese Materials (3/31 15:15-16:15)
・CEALの日本資料分科会。二の丸。「Recent Developments in Japanese Higher Education: Politics and Policies in Japanese Universities」と題す。
・『右傾化する日本政治』(岩波新書)の著者、上智大学・中野晃一氏による「Historical Revisionism as Official Policy: Crisis of Academic and Press Freedom in Japan」という講演。どうなっちゃうんだろう、とため息がきこえる感じ。日本の図書館ではニセ歴史書?の類はどう分類してる?という問いあり。
・われらが永崎さんの講演、「Crisis of Humanities in Japan」。少子化、財政難。中期目標中期計画。科研費中の人文社会系の割合の少なさ。大学院重点化によって急増したのはおおむね理工系? 現在キーになっているような官僚が、勉強しなくてよかった大学時代を過ごしたから、という説にちょっとわく。あと、無用の用論ではまにあわない説は、おっしゃるとおり。今後必要となる対応としては、理工系との学際性、研究手法の改善、オープン化・・・、そこでデジタルヒューマニティーズですよ、ってことかな?

●North American Coordinating Council on Japanese Library Resources (3/31 16:30-17:30)
・NCC分科会。本丸。「Digital Humanities in Japanese Studies Now: What's Next?」と題し、先ほどは日本からの研究者の講演っぽかったけど、今回は北米ライブラリアンの現場報告のような感じ。
・ケンタッキー大学のコンサベーター・日沖さんからの報告「Advancing digital scholarship in Japanese studies workshop」。2015年11月にハーバード大学で催された「Advancing Digital Scholarship in Japanese Studies: Innovations and Challenges」(http://guides.nccjapan.org/c.php?g=397542)というワークショップについて。
・ライデン大学・ナディアさんの報告。ライデン大学の東アジアコレクションと、ライデン大学図書館によるデジタル化事業について。デジタルヒューマニティーズのための教員・ライブラリアンを採用する、イメージ・リポジトリを構築する。日本資料で言えば、シーボルトコレクションやホフマンコレクションのデジタル化、など、かなり積極的な姿勢で取り組んでいる様子がわかる。ライデンって前からそういう土地柄だったんだろうなという気はする、たとえばIDCだってマインド的にはそうだろうし。
・ワシントン大学セントルイス校の小牧さんのプレゼンは、永井荷風とデジタルヒューマニティーズ。技術的問題、レファレンス的な問題、学術的な問題などなど。
・そして来年3月、トロントのCEALでは、2017/3/13-14にデジタル・スカラシップin Japan StudiesのワークショップをNCCでやりますとのこと。これは、期待・行きたい、です。


 そして以下が、非公式なの。ちゃんと企画立てて組まれたものもあれば、個人ベースで顔をつきあわせて話するといったものもあり。

●「Gaihozu Show and Tell」(3/29 12:00-13:20)
・外邦図を所蔵する北米図書館の司書などからなるグループによる、外邦図に関する自主的勉強会。
・ワシントン大学Suzzallo Libraryのマップルームにて。
・参加者は、北米のいくつかの大学の日本研究司書やマップコレクションの司書など。NDL地図部署の方も参加。またオンライン会議システムで大阪大学名誉教授の小林茂先生やスタンフォード大学のマップコレクションの主任司書の方も参加。

・外邦図について
・外邦図は、明治から太平洋戦争終戦までの間に、旧陸軍参謀本部の陸地測量部(現在の国土地理院)が作成した、日本の領土以外の地域の地図。満州・中国などの地図、当時日本の統治下にあった台湾、朝鮮半島、樺太南部などの地図が多い。主に軍事目的で作成されたこともあって、機密文書として終戦直後に多くが処分されたか、あるいは米軍に接収された。その一部が日本の大学図書館等に残り、また多くが北米など海外の大学図書館等に所蔵されている。
・国立国会図書館では約15000枚を所蔵(台湾、朝鮮半島、樺太南部、満州等)。ほかに、東北大学、京都大学、お茶の水女子大学、東京大学、広島大学、駒澤大学、岐阜県図書館など。
(参考)
・小林茂. 『外邦図 : 帝国日本のアジア地図』(中公新書, 2119). 中央公論新社, 2011.
・東北大学附属図書館/理学部地理学教室 外邦図デジタルアーカイブ http://chiri.es.tohoku.ac.jp/~gaihozu/
・外邦図(一覧) | 調べ方案内 | 国立国会図書館
https://rnavi.ndl.go.jp/research_guide/entry/theme-honbun-601012.php

・日文研には、朝鮮総督府・陸地測量部による朝鮮半島地域の地図が約400点所蔵されている。タグ「外邦図」をクリックまたは下記URL。
 http://toshonin.nichibun.ac.jp/webopac/ufirdi.do?ufi_target=ctlsrh&srhclm1=tag&valclm1=外邦図

・勉強会で出た話
・スタンフォード大学マップコレクションでは外邦図を所蔵している。約10000枚、1940年代後半-1950年代前半。
・2011年10月にスタンフォード大学でシンポジウムが開催された(参照:http://www.let.osaka-u.ac.jp/geography/gaihouzu/newsletter9/
・GIS化は困難では(実戦経験の共有が少ないため)。
・国立公文書館や東北大学がデジタルアーカイブ構築を進行中。
・外邦図は長い間秘密にされてきたもの。臨時に作成されたもの、正確さに疑問があるものなどがある。地名の90%が間違っている例や、漢字が適当に作字されてしまっているものもある。
・外邦図が何に活用可能かは、今後の課題であるところが多い。
・全体像を把握するために、日米で資料とその情報の共有が必要。(その経緯から、アメリカにしかないものがたくさんある)
・外邦図の公開・閲覧システムの構築が必要。
・所在調査をするにしても、各大学のどこ/誰に問い合わせれば分かるかという問題がある。地図コレクション? 地理学? 日本研究司書? Goverment Document?

・egamidayさんの感想。外邦図を「外邦図」という視点だけでかためてしまうと、今度は同時期の他の地図とリンクさせた利用など、地図一般・史料一般としての利用ができなくなる/しづらくなってしまうのではないか。外邦図含めどの古地図もデジタル化・可視化させていく動きは必要として、「外邦図」としてはそれらをヴァーチャルにまとめる/ポータル化していく方向にもっていったほうがいいのではないか、という気がする。


●ILLに関するインフォーマルなミーティング(3/29 20:00-21:00頃)
・急遽、話をしないかと声をかけられて、Sheratonホテルロビーにて、夜、インフォーマルに。
・NCCのILL委員の方々、NDLのサービス系の方、NBKのサービス系の方(つまりegamidayさん)。
・おおむねNDLのILLサービスや図書館送信サービス等に質問・要望する感じのやりとり。
・GIF初期に、海外の図書館へは(図書館間送信に限っては)デジタル形式で複写を送信していいという合意がとれていたはず、との言あり。確かにうちとこでも過去にはArielで電子送信していた作業手順があるにはあったが、確認したところ、やはり著作権管理団体と国内大学図書館とによる”許諾資料”のみか。ただこれも人によって言うことが違う。要確認。
・他には、NBKとしてはとりあえず何かしら出来るだけの対応をするから、何かあればメールしてほしい、と宣伝(これは宣伝になってるか?)。
・結局どういうふうにすればILL受付って増やせるんでしょう、難しい。


 もうひとつミーティングがあったのですが、それは別途。

posted by egamiday3 at 23:09| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

CEAL2016のメモ その1・CEAL全体会


 CEALの2016年次大会@シアトルに行ってきました。そのメモです。

 CEALはCouncil on East Asian Libraries(東アジア図書館協会)の略で、北米の東アジア分野(中・日・韓)の研究図書館・大学図書館のライブラリアンたちからなるコミュニティです。毎年3月に年次集会が開催され、講演、パネル、ミーティングなどがもろもろおこなわれます。
 http://www.eastasianlib.org/CEAL/AnnualMeeting/Annualmeeting.htm
 
 その、参加メモです。
 おおまかにわけて、全体会、日本研究ライブラリアンの集まり(公式なものと、非公式なもの)、その他もろもろ、といった感じです。

 まずは、その1・CEAL全体会、の巻です。


●Plenary (3/30 10:00-17:00)
・CEALの全体会。基調講演、パネル、ディベート等。シェラトンホテルの中広間くらいのスペースに、参加者全員が列席している感じ。おおむね、聞いてる、という。
・Business Plenary。退職者、新任者の紹介など。

・Presidential Panel: East Asian Studies Librarians: Moving beyond (job) boundaries.
・Yunshan Ye(Johns Hopkins University)。3大学(Johns Hopkins University, George Washington University, Georgetown University)による共同webアーカイビングプロジェクトの紹介。中国のブログ・マイクロブログの類を保存していく。「Chinese Social Media and Anti-Corrupution Campaign」https://archive-it.org/collections/6314
・イェール大学の中村さんからはデジタルヒューマニティーズのスペシャリストについて、イェール大学での手鑑帖プロジェクトその他を踏まえてのスピーチ。一次資料の取り扱い、データの取り扱い、プロジェクトマネジメントスキル、何を知らないかを知ること、そしてとにかくコラボコラボコラボ、といった感じ。
・Hyoungbae Lee(Princeton University)。「Collective Subscription of Korean Databases」では、「敵を知り己を知れば百戦危うからず」ということで、プロバイダーを知ること、商品を知ること、トレンドを知ることが語られている。確かに、本当に必要なこのことをどれだけちゃんとできているか、ということだなと。また己を知るという意味で紹介された"Handbook for Korean Studies librarianship outside of Korea"は自分にも聞き覚えがあった、eastlibで紹介されてたか何かかな。国立中央図書館が運営する、韓国研究司書の情報共有のためのウェブサイト:INKSLIB (International Network for Korean Studies Librarians)で提供されている、韓国研究のために必要な資料収集、整理、参考情報源等に関する情報を英語で提供するハンドブック。これはちょっと参考にすべき。
・質疑応答で、タイムマネジメントとプライオリティについて、ていうか、みんなすごい忙しいはずなのにどうしてこんなにいろいろできるの? という実に万国共通な疑問(悩み)が問われてて、答え「忙しいから誰かに放り投げるために、コラボが必要なんだ」と。まあそうですね(笑)。

・Plenary: Panel II。「Conflict of Interest and the East Asian Studies Librarian: Employer in “the west”/ Vendor in “the east”」と題した、ワシントン大学の教授や理事による講演。異文化と労働とビジネス関係とが哲学的に語られている感じ。そういうことを常にしながらにならざるを得ないんだろうなと。ただまあ詳細は、お察しください。

・CEAL Debate。「東アジアコレクションは、多分野と統合した図書館たるべきか、独立部署たるべきか」的な命題で、CEALの現チェアと次期チェアとがディベートをします、という企画。手順がっつりのディベートというよりは、現チェアがスピーチします、次期チェアが反対意見をスピーチします。会場から何人かが質疑応答マイクに立って、両人がそれに答えます。時間が来たら、どっちの意見に変わった人が多かったかを挙手でカウントして、次期チェアが多くを説得できましたね、あなたがやっぱり次期チェアです(笑)的な感じ。というようなカジュアルで自然な流れのディベートを見て、あ、やっぱりこの国の人たちは議論という行為を相当当たり前のようにやりなれて生活してるんだな、という感じでした、そこが一番勉強になったかもしれない。

・Plenary: Panel III。「Perspectives on the Roles of East Asian Studies Librarians: Reports from the Field」。
・UCLAのTomoko Bialockさんから、「A Tale of “The Hentaigana App”: Assisting Wahon (Premodern Japanese Books) and Digital Literacy in Japanese Studies」という題で、早稲田大学とUCLAが共同で開発した変体仮名学習アプリの紹介。http://alcvps.cdh.ucla.edu/support/
・Haihui Zhang(University of Pittsburgh)「Are We on the Right Track? - EAL Librarians' New Role in Digitizing Humanities at PITT」。デジタルヒューマニティーズのプログラムやプロジェクトの類に、図書館がどのような位置づけをとり、ライブラリアンがどのような役割を提供すべきか。Proactive-Reactive x Provider-Partnerというマトリクスと、結論のTossed Saladという比喩がわかりやすいか。


●CEAL/NCC全体の感想
・CEAL/NCCへの参加は9年ぶり2回目なんだけども、9年前と比較したら、人数的にも勢い的にも韓国系の存在感ががっつりしてた。9年前のハーバード滞在の時も5年前の本棚の中のニッポン取材であちこちに行った時にも、「いまはまだ韓国語蔵書少ないけどこれから増えていくだろう」みたいな未来予想図的なお話をどこでも聞いたんだけど、いまそれがはっきりと現実になっている様子がありありと見てとれた。たぶん日本の勢いと同等どころか押され気味。一番おおっと思ったのが、全体会の事務連絡のターンの時に、コリアの何とかのファウンデーションからインターンが来てます、って紹介されて、年若いインターン生が4人も参加しに来てたところ。外へ外への姿勢というか気合いの入り方が違うもの、って思た。
・全体会の感想。参加しているのは中国系でもあり韓国系でもあり、ジャンルや専門や得意分野、居住地、経歴やバックグラウンドもさまざまで、そんなさまざまな人たちが”東アジア”の”図書館”という同じテーマのもとであやこやディスカッションしている、そういう話を朝から晩まで通しで聞いてきて、その印象をざっくりと言うと、ここに来ている全員が、ライブラリアンの新しい役割と今後の活動指針はなんであるかを、考え、語り、知りたがっている、という感じ。そして、その新しい役割や活動指針なるものは、おおむねだいたいなんとなく同じことだろうなということがみんな肌感覚ではわかってるんだけど、では具体的にはいったい何をどうすればいいのか、何をすればそれが成就するのかしないのか、実践例は、その釣果は、ていうのをみんなが大なり小なり模索しあい報告しあいをしている。そういう、各自のself developmentの持ち寄りがここにあらわれているんだな、という感じ。フロンティアのつばぜり合いみたいな感じ。もちろん何をどうするかというのの具体のかたちや結論はそれぞれちがうでしょう、例えばそれはデジタルアーカイブやデジタルヒューマニティーズであったり、教育プログラムへの関与であったり、新たな特殊コレクションの収集・構築であったり。人によっても、がっつり取り組んでるぜっていう人もいれば、懐疑的な人もいる。タイムマネジメントやプライオリティはどうしてるのか?という問いが何度か聞かれたので、わかってるけど体がついてこない的な悩みは万国共通的に皆持ってはるんだな、という感じでした。まあどれをどうするのが正解かはわかんないし、それがわかるのが5年後・10年後だとしてそのころにはまた新しいサムシングを追ってるんだろうしな。
・そこに統一した正解はないとしても、共通しているのはたぶんself developmentかなと。専門職としての司書が、やらなあかんことのために、常に必要な研鑽を、勉強を、と思うんだけど、その勉強というのはstudyというよりはself developmentでしょう。
・そしてやっぱりCEALは、というかアメリカのライブラリアン界隈は、いい。アメリカのライブラリアンから、なまった魂に水をジャブジャブぶっかけられて、気持ちを新たにさせられた感じ。これで新年度を迎えられるのはなかなか縁起がいいです、がんばります。



posted by egamiday3 at 22:41| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月24日

4月からの新環境で発症しがちな”時差ボケ”とそのしんどさ


 4月から新しい場所や環境でお仕事や生活をなさる方も多いと思います。それは、大学を卒業して就職するとか進学するとかかもしれないし、人事異動や退職・転職でお仕事が変わるとかかもしれない。
 そういうときの話、背景が桜色に染まって時折狂気じみた咲き誇り方や舞い散り方をしてる時節柄の話ですけど。

 いままでと一番違って、そして気持ち的にしんどいののひとつは、自分がやることへの成果・評価のあらわれというものが目に見えて出るまでに、これまでよりもえらくえらく時間がかかることじゃないかと思いますね。え、あれ?っていうくらい、時間軸が歪んでるんじゃないかと思うくらい、時間がかかる。
 学生時代だと勉強したことの評価は講義時間中か翌週、学期中には返ってくるし、尺が一年くらいの取組でも都度都度先生からのリアクションがあるけど、業務だと到達目標がいままでの時間軸にない遠いところにあったり、評価のゲージというか枠みたいなのが自分の年齢を軽く超えてたりする。これは10年20年勤めてる人でも別の場所・環境に移ったりすると同じことで、たとえば図書館職が専門職であるとするならばその専門性を身につけた人なら別の図書館に移っても務まって当然、そういうのを専門職と言うはずなんですけど、いや、だとしても、どんな職場にも必ずローカルなルールというものがありローカルなコンテキストの中で切り盛りされているわけなので、それを獲得するのに時間はどうしてもかかってしまうという。
 学友同士のLINEのやりとりくらいのテンポで得られてたような成果・評価が、急に、年一の年賀状のやりとりでの近況報告くらいの時間感覚でしか得られなくなっちゃうし、手応えがない。そりゃ焦りますよね、そしてかなりしんどい。腕をふりまわしてもふりまわしても成果・評価が目に見えてあらわれない、暗闇で天井の蛍光灯のひもが見つからないみたいに、ぜんぜん手応えがなくて、焦ってるっていう。そういう、あるある。

 でもそれは、時間がかかってるだけなんで、無いんじゃないんですよね。

 やっぱ人間なんで、自分がやることへの”見返り”というか返報性みたいなもんが、わかりやすく目に見えて出てこないと不安になりますから、時間がかかってると、え、”見返り”無いんじゃないか、て錯覚しちゃうんだけど、大方は無いわけじゃない。
 しかもこれは”あるある”なんですよね。時間がかかって手応えがなかなか得られないのは、「新しいところに行った時あるある」。”あるある”、ですからつまり、誰がどこに行っても発生することであって、自分自身や自分がいるその場所特有のことでもなければ、自分に原因があるわけでも自分が悪いわけでもない、”あるある”です。なので強いて自分を責める人もいるかもしれないけどその必要はなく、ああまあ、そういうものだ、ていう理解で当面の応急措置としてはいいと思います。

 自分の体内時計と外界の時間感覚にズレがあるという意味では、これはある種の"時差ボケ"なんだろうなと思いますね。時差ボケってつらい、ほんっとつらい、まわりがキョトンと蛙の面してるぶん余計につらい。
 こういうときの時間って味方にもなり得れば敵にもなり得るし、そしてどっちにしろ所詮あらがえないという、やっかいなものだなと思いますね。

 まあ、できるだけ早く治癒したい場合の処方としてはじゃあ、それが汎用性のあるルールなのかローカルなコンテキストなのかの切り分け・見定めをつけるとか、いろいろあると思うんですけど、でも結局、時間感覚が歪んでるのが一番の原因なんだとしたら、時間に解決してもらうしかないところがどうしてもあって、結局風邪ってあったかくして寝てるのが一番の治療なんですよ、ていう感じになっちゃうので、時間の経過によって歪みが歪みじゃなくなってくるまでは、あまり気に病んだり無駄に腕ふりまわしたりせずに、好きなことの勉強とかでもしてエネルギーチャージしたり、外界に出れる機会に外界に出てって将来のためにポイント積立てていったり、陣取りゲームのポータルにあたるようなものを獲得してったりしてたらいいと思いますね。

 その、自分がやることへの”見返り”というか返報性みたいなもんが、わかりやすく目に見えて出てこないと不安になる、ていうのは、経験年数が少ないときほど不安強く思いますね。
 図書館とか大学図書館にお勤めになって数年目くらいの人と話してて、よく聞くのが、「何かしらの専門性を身につけたい」ておっしゃるんですよ、それは図書館職に専門性があるかどうかという話は別としてここでは、図書館職として勤める中でも例えば医学分野とか資料保存とか、メタデータとか学修支援とかe-resourceとか、そういう、何かこれっていう特化したものを身につけたい、自分に看板というかタグが付けられるようなものがあらまほしい、ていう。そういう話を聞くと、うん自分もそう考えてたな、と思うと同時に、でも何かしらの違和感というか大丈夫かなそれ?という一抹二抹の不安めいたものもあって、なんだろうと考えてたんですけど。
 自分がそうだったころのことを思い出すに、たぶん、これっていう何か特化したものを身につけたいというのは、自分がいまだ何者でもなく評価の手応えがないという不安の裏返し、みたいなものじゃないかなと。だから、経験年数が少ないときほどその不安は強いし、専門性欲しさも強くなる、そりゃそうか、専門性というのは評価獲得のショートカットみたいなもので、時間軸を自力で短縮方向に歪めにかかることができるから、それができるならありがたい。

 でも一方であやういのは、自分もまあまあそうだったんですけど、「これを特化して身につけたい」から「それだけをやっていきたい」みたいになっちゃう、タグや手札を増やす方向じゃなくて、削ぎ落とす方向にいっちゃう感じのやつで、言うたらこれも同じく不安の裏返しだなあと。自分で自分の可能性をある程度狭めてしまわないと、成果・評価という見返りが得られるかどうかもわかんないような状態、それがいつまで続くのかわからない”時間の長さ”が不安だし、満たされない(かもしれない)空のグラスはできれば手放して、満たされたグラスの方を受け取りたい。
 よくおっさんが若い人に、可能性が無限大にあるのが若者のすばらしさだ、特権だ、みたいな昭和の若大将みたいなステレオタイプな説教したりすることあると思いますけど、あれ、逆にだからこそ自分である程度カットしていかないと、いつまでも見返りが得られるステージに到達できなくてしんどくてやっていけない、ていうところもあると思うんですよね。自分は正直、そっちの気持ちのほうがわかります。しかも見返りのテンポもLINEよろしくぽんぽんと速効性であらまほしいから(注:LINEよく知らないです)、自分のやってることへの成果・評価がすぐに目に見えてあらわれないとどうしてもイライラしてしまう。そのテンポを速めたい、無駄を削ぎたい、選択肢を豊富に持つ者の特権としての”あきらめる”を贅沢に行使したい、というのがぐにゃっとなった結果として、だから年若なほどむしろ頑固だったり視野が狭かったり限定的な物の見方言い方をする、ということはよくあると思うしよく見かけるし、だったらその純粋なのめり込み方のほうが若者の特権なんじゃないの、と思ったりするので、おっさんは無責任に若者に自分の可能性の無さの夢を託したりしないほうがいいです。

 ただ。選択肢を豊富に持つ者の特権としての”あきらめる”を贅沢に行使したい、というのはその一時は鬱憤が晴れるから気持ちとしてよくわかるんだけど、見返りが見えづらい得られづらいから不安、というのも、だから"あきらめる"を行使したいというのも、それも結局”時間の歪み"が影響してるだけの"時差ボケ"の一種なんで、そういう意味ではあまり気に病んだりヤケになったりしなくていいんじゃないかなと思いますね。我慢しろ、なんて言葉は嫌いなので口が縦に曲がっても言いませんが、こう、自分の時計の尺度を長めにのばして構えてみる、ていうやわらかさみたいな。なにより、そういうやわらかさを持ってないと、自分を追い詰めるかそうでなければ、他人の原動にやたら厳しいココロトゲトゲくんみたいになっちゃうのであまりいいことないですよね。

 例えば、自分のやりたいこと好きなこと期待していることや理想形があって、それが体内時計に寄り添ったかたちで得られないと、無いものと誤解して不安になる、あきらめる。
 いや、本当に好きな相手なら、見返りまでの時間に歪みがあっても期待通りの時間感覚で物事が進まなくても、イライラしたり気にしたりせずに、堂々と胸を張って好きなままでいていいんじゃないかな、って思いますね。簡単を望むからしんどいんじゃないかと。簡単ではないとしても、それを好きだから好きだでいいし、理想は叶おうが叶うまいが堂々とずうずうしく理想のままで曲げずに持っていればいいし、好きでいちゃけないとか理想を持ってちゃいけないなんてこと誰も決めてないし。そこは自分本位で。自分本位制で。ドルか金塊にでもなったつもりで。たかが時差ボケで自分を卑下したり何かを手離したりする必要はないんじゃないかっていう。

ていうのが、諸々のタイプの時差ボケへの対処かなという感じなんですけど、かと言ってもちろん、その症状が時差ボケ程度ではないずっとずっと重篤な、その環境が発するブラックな排ガスか何かにさらされてるおそれもあるわけなんで、あれ、これ時差ボケにしては症状きつくないか、長くないか、と思ったら、こんなへっぽこブログ読んでないで早めに専門医にご相談ください。ただしただし、そこまでの踏み入った相談の段階になってまでもまだ、それは時差ボケだからしばらく我慢してなさいという応急措置的な精神論しか言わないような組織や上役は、それは専門医ではなくPL剤出しときますねしか言わないおクスリ医者と同じなので、早めにその場所から立ち去る準備はしたほうがいいと思います。

結局人間って誰もが、場所と時間の中で生きているので、時間の流れ方にあらがえないのと同様に、場所や環境が発する影響も受け続けざるをえないので、時間が解決しないような問題であれば場所・環境を変えなきゃしょうがないんじゃないかと。

※個人の感想です。効き目には個人差があります。

posted by egamiday3 at 07:45| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月27日

コスパとキャパ : 或いは、うちとこのサービス小論


・未来食堂
 http://miraishokudo.com/
・未来食堂日記(飲食店開業日記)
 http://miraishokudo.hatenablog.com/

 去年の末頃に「未来食堂」さんというところの紹介記事が出てまして、それをいくつか読んでました。
 一番気になったのは、「あつらえ」(お客が材料を選んで好きな料理をつくってもらえる)のとこですね。

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・あつらえシステムの解説マンガ
 http://miraishokudo.com/img/manga_atsurae.png

・メニュー1つ、お酒はシェア 元クックパッド社員の食堂:朝日新聞デジタル
 http://www.asahi.com/articles/ASHDV6W3KHDVUTIL02C.html
「「卵とミニトマトが食べたい。ふわふわな感じ」。約5分後、ざく切りのミニトマトをくるんだだし巻き卵が出てきた。
 常に10種類超を用意しているというメニュー表の食材を選んで注文できる「あつらえ」というしくみ。午後6時から注文でき、一品400円。女性は「どんな料理が来るのか、考えながら待っている間がわくわくしますね」と笑顔だ。
 この日の定食は唯一のランチメニューでもある900円のチキン南蛮。メニューにある食材はキャベツ、ゴボウ、ユズ皮など15種類。」

・元・エンジニアが営む“定食屋のスタートアップ”が、飲食業界の定説を覆す!?|PR Table
 https://www.pr-table.com/miraishokudo/stories/24
「「個人の要望に応えて作るなんて非効率だ」と思うかもしれませんが、実際は非常にロスの少ない、飲食業界の定説を覆す、画期的なビジネスモデルになっています。
 「固定されたメニューにすると、1個食材が足りないだけで買い出しに行く必要があったり、どこかで必ず破棄が出ます。でも『あつらえ』は、今日の冷蔵庫の中身を紙に書けばメニューが完成します。あるもので作るので売り切れのメニューもなく、在庫もゼロ。残った食材は次の日のおかずにも使えます」(小林)
 つまり、その日のお店の冷蔵庫に入っているものから食材を選んでもらい、それを使って調理するだけ。未来食堂のロス率はほぼゼロに近いと小林は語ります。」

・元クックパッドのエンジニアが起業 飲食店の常識を覆す「未来食堂」 | 月刊「事業構想」2016年1月号
 http://www.projectdesign.jp/201601/chance-in-mature-industry/002618.php
「オーダーされたものを作る手間暇は、並んでいるメニューから注文されることと変わりません。一方で多くのお店は、メニューが多いほど満足度が上がると考えます。すると、それぞれの料理に合った食材を揃えるため、食材のロスも多くなります。『あつらえ』は、店にある食材を書いているだけです。無駄がないし、メニューから頼むよりも自分のために一品を作ってもらうほうが、満足度が高いと思いませんか?」

・数学科卒エンジニアが「食堂」を起業した理由 | ハーバービジネスオンライン
 http://hbol.jp/69606
「あるもので作るので、在庫を抱えるリスクが減るんです。メニューを増やすことがお客さんに投げるボールを増やすことだとすれば、『あつらえ』はお客さんにボールが当たるところまで来てもらう感じですね。」「店の在庫や私の余力がフレームワークとしてあって、その上でお客さんの要望がその状況に合致するなら『あつらえ』られるというイメージでしょうか。お客さんの要望や行動をリクエストとして捉え、最適なフレームワークを組み立てることで質の良いレスポンスを効率的に返す。」
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 あつらえのほうがロスが少なく効率的、あるものを提示するだけ、というのはよくわかります。
 知ってる方はご存知の通りここは”図書館バカ”のブログなので、図書館も似たようなところあるんじゃないかな、という話になるわけですが、これを例えて言うなら、図書館が利用・サービスのためのルールをつくればつくるほど、それに縛られて効率が悪くなっていくのは職員側のほうじゃないか、という直感です。

 うちとこは蔵書52万冊、建物4棟×3フロアで、サービスまわりの職員が4人こっきりです。出張先で登壇するときは「私ここに来てますから、いま3人でやってます」て毎回言います。しかも5年前までは建物2棟でした、5年でスペース倍に増えてフロアスタッフ4人のままです、これも定番ネタですが。
 まあそういう愚痴は置いておいて、要は人員きつきつでやってる。ので、例えばおひつから自由によそってもらうかのように、内部の人にも外部の人にもほとんどの蔵書を開架にして自由に使ってもらう、まあ良し悪しは別にしての放置プレイですけど、で、たまによその図書館から来た人に「え、こんな古いの開架なの」て驚かれることもあります。

 一方ユーザさんのほうは、内部利用者がほとんどで対象者100数十人で外部の人もそう多いわけではない。そのかわり各分野の専門の研究者、学生も博士課程以上ですから、求めるものの難しさや複雑さがわけわからなさが半端ない、ということになります。その道の専門の先生が調べて調べて調べて、わかんなかったからって投げてくる。まあ、毎回毎オーダーが、オーダーメイド、みたいになりますから、ゼロから相手の話を聞いて何を欲しているかろ理解してできることを相談してっていうお話し合いからやらないといけない。

 スタッフも少人数、ユーザ数も小規模、オーダーの個別度が高い。そういうところで、例えば不特定多数のユーザが来館してだいたい定型な用向きを満たそうとしにくる規模の図書館さんがやるようなルール作り・様式作りみたいなのって、結局あんま有効に働くこと少ないよな、っていうのがこれまでの自分の直感です。意味ないとか不要とかでは決してないんだけど、コストパフォーマンスで言えば低いな、っていう。

 そのことにあらためて気付かされるのが、よそさんの大学等から来館や遠隔でうちとこを利用しようとしていらっしゃる外部ユーザさんとやりとりをするときです。
 人文系で大学その他に所属されている研究者で、頻繁によその図書館にあちこち出向いて行かれているであろう方の中で、たまにいらっしゃるのが、こちら(図書館)側のルールに先回りして合わせに来よう来ようとする方です。例えば、カメラ駄目なんでしょうね、コピー駄目なんでしょうね、本棚見せてもらえないでしょうね、みたいに。こちらが何も言わないのに禁止事項や制限を確かめにくる方とかがいて、なんだろう、よその図書館で相当イヤな目に遭ったのかしらって思います。あきらめないで、って真矢みきみたいに思います。または、まだ何が必要ということもおっしゃらないうちに、最初から提出書式や手続きの情報を求めにいらっしゃったりするとか。それは、自分もユーザ側にまわる時はそうなりがちなんで気持ちはわかるのですが、図書館をこれまである程度使ってきてる人ほど、自分のリクエストを図書館側の枠組みに無理にあてはめようとしはるんじゃないかなって思いますね。
 それでたまに起こるのが、最後の最後のほうになって、あ、コピーがほしかったんですか、全体の写真がほしかったんですか、だったらカメラもスキャナも使ってもらって良かったでしたのに、ていうか来館なさらなくてもこっちから現物なりコピーなりちゃちゃっとお送りできる方法いくらでもありましたのに、ていう。それはもちろんうちとこだって無理なものは無理、断らざるをえないところは断るしかないんですけど、こういうことができます、こういう方法も選択肢もなんなら裏技もあります、みたいなことって、相手の最終目的というか要するに何をしたいのかがわかんないと、こちらからは提案しようがなかったりしますね。

 なので、あれ、このお客さんなんかありそうだな、と感づいたら、えっと、すみません、それはともかく最終的には何をどうなさりたいんですかね、ていうのを率直に語ってもらう、解きほぐしてもらうことをしたりします。うちとこの先生にもよそさんのお客にも、とりあえず、何が見たいのか、それをもって何をしたいのかを、まずそのまま言ってほしい。上の記事で言う「お客さんにボールが当たるところまで来てもらう」、かな。それで、できないならできないって言うし、できなくても代わりにこんな方法ではどうかというのもできるだけ寄り添ったかたちで率直に提案できる。
 そのほうが、最初から少人数でしかないのに、あれもあるかもしれないこういうことも起こるかもしれないと我々側が先回りして”サービス・メニュー”みたいなのを構築する、というコストをかけるよりは、いいと思うんですね。特にうちとこみたいに、要求がみなさんバラバラで、1個1個がディープ、資料や図書館をある程度使い込んでる人が多いし、その専門の資料の中身や特性や取り扱いについてはお客側のほうがよっぽど精通してはる、イレギュラーな対応がレギュラーみたいにならざるを得ないというようなところで、お仕着せのメニュー提示しても無駄になることが多いというか。これが食品だったら大幅ロスだろうという。

 もちろんうちとこにも組織としての規則はありますし、運用のルールもありますし、それを利用案内にもwebサイトにも書いて提示してはいますからそのへんはよその図書館さんと同じではあるんですけど、なんていうんでしょう、正直言うと、よっぽどの必要最小限のルールやさすがにそれは無理というようなこと以外は、十中八九がケースバイケースになっちゃうから、あんまりつべこべ掲げてもしょうがないんですよね。結局、ものによります、場合によります、何をなさりたいかによります、になっちゃうので。
 だからネットにOPACやデータベースを公開することでこれこれがありますって言って、何がしたいですかって聞いて、それはできます、それは時間がかかります、これは無理です、かわりにこうでどうですか。結局はそれが手っ取り早いんじゃないかと思います。
 というわけなので、webサイトにいろいろ利用のための要領は掲げつつも、あちこちに「事前にご連絡ください」「個別に相談させていただきます」「詳細はご相談ください」「対応が異なります」とうるさいくらいに書いてますね。海外の方にはもう「JUST E-MAIL US」だけ強調して言ってます。とりあえず言ってみろと。とりあえずメールくれと。話はそこからだと。
 なにより、せっかくうちとこみたいな辺鄙なところにわざわざ興味を持って/必要があってモーションかけて来てくれるような奇特なお客さんに巡り会えた僥倖なのに、右から左のルーチンで処理してる場合じゃない、ちょっとつかまえてあれこれお話をうかがう、どんなリクエストがあるのか、どんなニーズがあるのか、どういうことをやってる人がどんな経緯でもってうちとこの扉をノックノックしてくださってるのか、というユーザ理解ポイントがそれによってゲットできるのであれば、あつらえの対応なんかコストでも何でもないだろう、て思うんですよね。

 ただし、です。

 それが通用するのは、ユーザやリクエストの「バリエーションは多い」としても「数・規模は大きくはない」場合にのみ通用することです。
 そうです、よくわかってます。ようするにうちとこだからできる範囲のこと、というだけのことです。ユーザの多くが内部利用者で数字上の対象者が100数十人、顔と名前と専門分野とIDを暗記できてるレベルの規模で、外部からの来館者も1日2桁いくことはそうそうない。だったら上のやり方のほうがコストがかからないかもしれない。
 でもこれが例えば単純に倍になれば、まあまず無理だと思います、あきらかにキャパ・オーバー。不特定多数ユーザの、定型な用向きを満たすための、ルール作り・様式作りを先回りしてやらないと、とてもじゃないけど回していけない。

 ”あつらえ”が効率的でコストもロスも低いからといって、その分キャパシティーを上げられるかというと、そういうわけではない、ということだと思います。
 コストパフォーマンスと、キャパシティーというのは、たぶん別系統の問題として議論・検討されるべき問題なんだろうなと。

 未来食堂さんの別の記事では、「2号店、3号店を出すようなイメージはない」「座席が増やせるわけではない」「私のあつらえと他の人のあつらえは違うし、それぞれの魅力がある」(http://nipponmkt.net/2015/12/23/takurami28_miraisyokudo_kobayashi04/
)というようなことが書かれてます。また、記事が出たころはお客が増えたのか、「1月になってから来てもらったほうがいい」みたいなことも書かれてたみたいです。

 で、ここで誤解したくないのは、キャパ・オーバーするからオーダーメイドはすべて却下、というわけではないよなということです。コスパとキャパは別系統の問題、それぞれの規模によって適したやり方が異なるにちがいないので、うちとこにはうちとこにふさわしいやり方があるというだけだし、またうちとこでうまくいってた/あたりまえであったやり方をよそにいってそのまま適用できるわけでもない。あつらえやオーダーメイドができるしふさわしいところではそれをやったらいいし、そうじゃないところはそうじゃないし、未来さんとこだってメイン1メニューだからこそできることもあるんだろうし。例えば同じ館内でも、このタイプのサービスはルーチンじゃないと無理だけど、このあたりのサービスはオーダーメイドでいけるみたいなことってあるんじゃないか。まあそれこそケースバイケースだろうな、という感じです。だから、うちはそんな余裕ないから無理だよみたいに、あきらめないで、って真矢みきみたいに思いますね。あきらめなきゃいけないって誰が決めたんですか、って。

 というふうなことを、未来食堂さんに関する記事を読んでなんとなく考えてたんですけど、とはいえ、自分は経営やマネジメントや政策科学の専門家でも何でもないからこの考えがあたってるかどうかなんてわかんないし、そもそも未来食堂さんに行ったことすらまだないから、この考えに未来食堂さんを引き合いに出しちゃったりするのがあたってるのかてんで的外れなのかもわかんないので、その程度の感じです。
 とりあえず次に東へ向かう列車に乗ることがあればいの一番にごはん食べに行ってみたいと思います、そしたらもしかして考え変わるかもですが。

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2016年02月24日

(メモ)川北稔『世界システム論講義 : ヨーロッパと近代世界』

世界システム論講義: ヨーロッパと近代世界 (ちくま学芸文庫) -
川北稔『世界システム論講義 : ヨーロッパと近代世界』 (ちくま学芸文庫) -

・現代のアジアの発展は、古代のアジア諸帝国の価値観が復活したものでなく、本質的に近代ヨーロッパが生み出した物質的価値観でしかない。
・イギリスは進んでいるがインドは遅れているということはない。イギリスが工業化したために、その影響をうけたインドは容易に工業化できなくなった。世界の時計はひとつである。
・近代世界システムは、「世界帝国」ではなく、経済的分業体制=「世界経済」。

・ヨーロッパで人口が減少し生産が停滞し、パイを大きくするのに大航海時代へ。
・火薬によって騎士が弱体化し、権力が国家に集中し、国家機能が強化した西ヨーロッパが「中核」となり、弱体化した地域は植民地化される。
・ヨーロッパシステムは経済システムであり、政治的統合を欠く国家の寄せ集め。
・ポルトガルやスペインは、アジアでは既存の交易に寄生した。アメリカでは生産の組織化を展開した。アジアでは商業が発展を遂げ、ポルトガルもスペインも自ら新たな生産の組織化は必要なく参入するだけでよかった。ただし、アジアにはヨーロッパ商品のマーケットはなく、立場は脆弱だった。
・スペインはアメリカ植民地でみずから生産を組織化しなければならなかった。→「周辺」のプランテーションは、「中核」に銀・サトウキビのような世界商品を供給するシステム。
・日本の銀輸出量は年間20万キログラム。アメリカからの輸出のピークが27万キログラム。
・17世紀、「中核」からの経済的余剰が得られなくなり、ヨーロッパの世界経済が危機に陥り、パイの分け前をめぐる競争のため重商主義と呼ばれる保護政策がとられるようになった。
・オランダが世界経済のヘゲモニーを確立する。オランダは農業国でもあり、漁業国でもあり、造船業を確立した工業国でもあり、貿易の生命線だったバルト海を握り、商人貴族がうまれ金融市場となり、情報センターとなった。ヘゲモニー国家はリベラルな場所となった。
・イギリスは、貿易相手をヨーロッパ外に拡大し、ヨーロッパとアジア、アメリカ、アフリカをつなぐ交易のリンクの中心に座り、商業革命を成し遂げた。植民地のプランテーションで世界商品(タバコ、茶、砂糖、綿織物)を生産・輸入し、植民地側に購買力を与え、イギリス商品を輸出して生活をイギリス化させた(生活革命)。イギリスの商業革命によって、ヨーロッパにアジア・アメリカの商品が流入し、近代ヨーロッパ人の生活様式に変化が生じた。舶来品の紅茶に砂糖を入れるのがステイタスシンボルだった。
・コーヒーハウス。
・アジア・アメリカ・アフリカの物産を、輸入するだけでなく、国内で生産しようとして、産業革命が起こった。(綿織物工業)
・プランテーションによる世界商品のモノカルチャー地帯となった地域、サトウキビ生産のカリブ海地域などは、すべての仕組みが砂糖生産に向けられ、低開発地域となり、その影響が現在まで尾を引いている。/アメリカ東海岸・ニューイングランドは、ヨーロッパと同じ気候・産物でプランテーションはつくられず、森林資源を活かした造船が発達し、工業地となった。
・カリブ海では砂糖がとれたから奴隷制度があり、奴隷貿易を核とする三角貿易が、イギリスの産業革命の起源となった。
・植民地は、本国の社会問題(貧困・犯罪・家庭崩壊など)の解決の場とされた。
・すでに世界システムの中心にいたイギリスにとって、産業革命はそれほど大きな出来事ではなく、世界システム(中核と周辺からなるグローバルな分業体制)に構造的な変化をもたらしてはいない。
・フランス革命の「平等」によって、新しい差別がうまれた。低コスト労働の確保のために、人種・性別などによる差別がおこなわれた。それがイギリスによる世界システムに組み込まれた。
・アメリカは世界システムの「周辺」から脱却し「半周辺化」した。紅茶に代表されるイギリスからの投資・低開発化・生活様式・経済的従属からの脱却。
・産業革命はイギリス民衆の生活基盤を一変させた。店買いのパンやポリッジは朝食の時間を短縮させた。砂糖入り紅茶はカフェインとカロリー、熱。世界システムによって紅茶も砂糖も、下層民衆に普及し、工業化時代のイギリス都市労働者の象徴にまでなった。
・19世紀は移民の世紀だった。イギリスからアメリカ・オセアニアへ。東欧・南欧から南米・北米へ。サトウキビ生産の労働力はアフリカ系からアジア系移民へ。移民は、周辺労働力の再編成・配置転換。「周辺」での生産のための労働力の補給がおこなわれた。アジア内部でも世界商品プランテーションのあるところに近隣地域から大量の労働力移動があった。世界システムが全地球を覆った結果、システム外から労働力をもちこむということがなくなり、周辺同士で労働力を移動させた。
・逆に周辺から中核への移動もたえず発生し、スラムが発生した。ロンドンのイーストエンドに集まったアイルランド人やユダヤ人は縫製業のための安価な労働力となった。が、のちにアメリカのシンガーミシンが流れ込む。
・近代世界システムが地球全域を覆い、「周辺」開拓の余地がなくなり、成長できなくなり不況になり、アフリカ分割を契機に世界が「帝国主義」として、残された周辺化可能な地域をめぐる領土争奪を始めた。これがアメリカとドイツのヘゲモニー争いにつながる。

posted by egamiday3 at 21:56| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月21日

「春画展」@細見美術館に寄せて

 京都・岡崎の細見美術館さんで、ただいま春画展が開催されています。

 春画展 | 京都 細見美術館
 http://shunga.emuseum.or.jp/
 2016年2月6日〜4月10日

 うちとこ(日文研)から全部で40-50点くらいごっそり出してますので、見に行ってやってください。まあ全部ネットに画像あげてて全部見れる(http://db.nichibun.ac.jp/ja/category/enbon.html)んですけど、ぜひ、美術館でご覧ください。(映画館でご覧ください、のノリで)

 ああそうだ、全部ネットで見れるわけではなかった、一部に買い立てほやほやで、永青文庫さんにも出してなかったし、画像撮影も終わってないどころか目録取りすらおぼつかない段階で大急ぎで出したようなのもあるみたいです。そうでなくても永青文庫さんの時には出してなかった追加分が10点くらいはあったと思うんで、東京行っちゃったよ、という人もあらためて細見さん行くといいと思います。
 (永青文庫さんとの巡回展だとかそうでないとか言われますが、たぶんあとづけなので純粋な意味での巡回展ではないと思います(図録と展示品が合ってないとか)が、まあそのへんはどちらでもいい。あと、最初に細見さんでやるって聞いたのも一部報道からのニュースで初めて知ったっていうのもあるんだけど、まあそれもどちらでもいい)

 永青文庫さんのほうにも昨年末に行ってきましたけど、混み具合はたぶんいっしょくらいですがフロア自体がずっと広々としてるのでだいぶ見やすくはあると思います。正直、永青文庫さんのときは展示ケースもスペースもきつきつだったところが多くて、あれ、あんなにたくさん持ってってもらったのにこれだけしか出てない?て思っちゃったんですけど、細見さんのほうはでっかい展示ケースを広く使って、わりとたっぷり出してくれてる印象があります。
 それでも、2か月の会期中に展示替えターンが4ターンあって、リストを見ると、あ、まだ出してないの山ほどあるんだ、って思うんで、だんだん回し者みたいになってきてますけど、まあそれに近いんですけど、何回か行ったらいいと思いますね、まあ人多すぎて、1回見ただけではなんのこっちゃわからん、ていうのもありますので。

 特に絵巻物ですね。一枚ものや冊子のほうは、正直細部までじっくり見ようと思ったらそれこそネットで見るほうがいいところもあるかもしれませんけど、絵巻物については、ある程度の長さを気前よく展げて見せてもらえるのって、やっぱりこういう美術館での美術展ならではだとおもうんですよね、たとえば所蔵館で申請して貴重書閲覧というかたちで直に触れて見るとしても、それだってそんな長々と展げられるわけじゃないですから、こういう機会でもないと見られない、あられもない絵巻物の姿が見られるという、そういう物理的な圧倒さっていうのはやっぱありますよね。まあその絵巻物も、うちとこから出した新顔のやつが後期しか出なかったりするみたいなんで、やっぱり何回か(ry

 あとやっぱ目立つのは「袖の巻」だと思いますね、個人的にはあの子が一番好きです。縦13cm×横70cmという横長フォーマットの10枚組み、ていう。横長、て。まあ縦長かもですが。いずれにせよ、デザインの勝利だなって。書架に収納するのまあまあたいへんなんですけどね、あれ。まあ手のかかる子ほどかわいいという。色味もきれいだし。これもたっぷり出てますし、額装して壁掛けにしてくれてはる、ああいう角度で見るっていうのも閲覧室ではできませんので、やっぱりぜひ美術館で(ry
 あと、『女庭訓御所文庫』とか『医道日用重宝記』みたいな手習いや医療の真面目な本を、月岡雪鼎がパロディにして『女貞訓下所文庫』『艶道日夜女宝記』みたいな艶本を描いてるっていう、頭おかしいだろうと思うようなのがあるんですけど、それも、元ネタとパロディをならべて見せてるっていう、展示ならではのあれですね。あと、近江八景をパロったのとか。主人公が小さくなってあちこちのぞくというSF設定のラノベとか。どうしたいのこの人たちっていう。

 それにしてもフロア人いっぱいでしたけど、みんななんであんなに春画好きなんですかね、自分はどっちかというと苦手なほうなのであんまりその良さはわかんないです。業務で触れてるときも、正直きついっちゃあきついです。
 一番きついのはあれですね、出版社さんとかから問い合わせが来るじゃないですか、よそから出てたこの本に載ってたこの絵を使いたい、とかって。で、その本に載ってたっていううちの春画の絵のスキャンしたのとかがメールでくるんですけど、書名とか絵師名しか書いてなくて、うちにあるどの本の何冊目の何枚目?とかがわかんなくて探せないんですよ。しょうがないから書名・絵師名だけを頼りに一枚づつ画像ファイルを順に見て目視で照合しないといけないんだけど、1回メールで届いた春画の像を目に焼き付けて覚えないといけない、女性の顔と足がこっちを向いてて、男性の手がどこにのびてて、あれとこれがこうなっているポーズの絵、っていうのを網膜と脳の短期記憶メモリに刻みつける作業、あれが毎回精神を摩耗させるのでマジ勘弁という感じ。労災案件レベルの。
 さておき。でも、それでもうちとこの子であることに変わりはないですし、長年展示できなかった経緯も知ってるので、人いっぱいのフロアを見て、ああこんなにたくさんの人たちに見てもらえるようになってよかったねえ、とは思いますね。初めてその展示に立ち会った時(http://egamiday3.seesaa.net/article/393266102.html)の目頭の熱さほどでは、まあなかったですけど。(たぶん一番感動した春画展は↑これのときだった。)
 まあ、いまブーム来てるなっていうのはよくわかる、なんせこないだ数えたら、うちとこの子らが雑誌や書籍に載っけられたっていう画像枚数が、今年度4月から1月まで軽く1000枚を超えてたので、氾濫しすぎだろうとは思うんですけど、まあブームでなかった年でもこの半分くらいの数ではあったと思うので、

 会場近くには外国人観光客が爆列する平安神宮もあり、新しくできたスタバやあのツタヤ書店の入ったロームの京都会館さんもあり、京都府のセレブ司書が集まる京都府立図書館さんもあり、京都国立近代美術館さんでは志村ふくみ展、3月からは京都市美術館さんでモネ展、そして会期後半の4月に入れば疎水の桜が見事に咲き誇るという、観光にも憩いにもマストな立地ですので、ぜひ、美術館に足を運んでご覧ください。(注:1円ももらってません)

posted by egamiday3 at 10:39| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月01日

(メモ)「変化する大学図書館をもっと活用する」『IKUEI NEWS』


電通育英会. 『IKUEI NEWS』. 2016.1, vol.73.
「変化する大学図書館をもっと活用する」


●「あらゆる「知」を自在に操り、自ら学ぶ力を身につける
・「学生一人あたりの年間貸出冊数」(日本の図書館統計)
・「アクティブラーニング・スペース設置大学数の推移」「電子書籍の保有タイトル数」(学術情報基盤実態)

●「図書館は、大学の学習支援の中心に」(竹内比呂也)
・「教育・学修支援専門職」の養成のための、SDプログラムの開発
・学修支援は大学図書館員だけでなく、他の職員や教員や学生も巻き込んだ「学修支援チーム」として。
・匿名の漠然とした「図書館の人」ではコミュニケーションはうまくいかない、個人として認識されることも重要。

●「通読は書籍。幅広い検索は電子書籍」(湯浅俊彦)
・図書館はこれまで「品切れになると困るから買う」だったが、電子書籍の同時刊行が本格的に実現すれば、「本当に必要なときに買う」ことができるようになる。
・日本の大学が知識情報基盤の環境変化におくれを取らないよう、教員が自らの考え方を変え積極的に図書館に働きかけることが必要。

●「図書館の本棚から始まる、「興味の連鎖」という学び方」(大串夏身)
・本は特定のテーマに関して体系的な記述を行っている。特に学生時代には論理的で体系的な記述で学んだ方が良い。

●「調査・研究を始めたら、まずレファレンスカウンターへ行こう」(井上真琴)
・情報探索は、信頼できる確実な情報から入り、評価の高い情報を文脈化するのが鉄則。同じインターネットを利用しても、検索エンジンで得られる脈絡のない断片情報と、日本中東学会のデータベースから初動調査を誘導してくれるレファレンスサービスとは違う。
・質問をするとレファレンス担当者は、どのように探索を進め、何を読んだか、最終的に何をしたいのかを問う。簡潔に即答することは稀。
・レファレンス回答を鵜呑みにしない。担当者により意見や回答は異なるが、そもそも学ぶとは物事の多様性を知ることであり、その上で最終決断をするのは自分自身。

●「リベラルアーツ教育を支える情報基盤としての図書館」(畠山珠美)
・批判的試行力とは、自分が知らずに備えているものの見方を吟味し検証することであり、それを養うためにはより多くの文献を読むこと。
・ICU図書館は開学当初から「貸出冊数無制限」。特定利用者の独占による不満などは起こっていない。

●「事例取材 大学図書館に行ってみよう」
・小樽商科大学附属図書館:クラスライブラリアン制度
・成蹊大学図書館情報図書館
・新潟大学附属中央図書館
・金沢工業大学ライブラリーセンター
・明治大学米沢嘉博記念図書館

●「米国大学図書館の現状と未来」
・ミシガン大学のクック法律専門図書館のライブラリアンは、弁護士国家試験を通った弁護士たち。

posted by egamiday3 at 22:20| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月31日

さよならパスポート

 
 パスポートを新調しました。

 旧いほうのパスポートは2006年12月末から10年有効のやつで、まだ1年近く期限はあるけど余裕をもってできるときに更新したという。

 旧いやつは新しいのが渡されるのと同時に、無効化のうえ返却されてきました。カバーの類いは付けない主義なので端々がよれてたり、黄ばんだりシミができたりしていますが、それだけに手に馴染んだ感もあります。過去9年間、海外に行くときは常に大事に携帯していた、ある意味自分にとって代わりのきかない”相棒”のようなものでした。ポイズンでした。
 全体の半分も埋まってませんが、それでもたくさんの出入国スタンプが押されてて、ページを一枚めくるごとに「あー、これあのときのか」といった想い出がよぎりますね。

 「ふぉんす、ふぉんす」て言わはるのが何かさっぱりわかんなかったけど要は”France”のことだったという、2010年のパリとか。
 お昼に公園のベンチでチキン食べてたら鳩に取り囲まれた、2011年のアメリカとか。
 夜市を歩くと角々で臭豆腐のにおいの不意打ちをくらった、2011年の台北とか。
 豚のごちゃっと焼いたのが出て、伝統料理と言うんだけど真偽は定かではない、2008年のリスボンとか。
 ビアカフェでアメリカにいるはずの知人に偶然出くわして時空がゆがむ思いがした、2014年のブリュッセルとか。
 話題になってるらしい図書館にふらっと出向いて適当にブログに書いたら、速攻でカレントアウェアネスに晒されるという羞恥に遭った、2013年のイギリスとか。
 夕食食べたくてパブに入ってもビールしかないからみんなでビールばかり呑んでいた、2009年のイギリスとか。
 その経験を踏まえて食事ができるパブにあらかじめ目星をつけておいて、行ったらタイムアウトだった、2011年のイギリスとか。
 北国で涼しいからと安心して行ったら、めったにない暑さだとかで、クーラーもないから寝苦しく過ごした、2012年のコペンハーゲンとか。
 延々鉄道に乗っててこいつ帰国せえへんのちゃうかと日本では思われてた、2013年のヨーロッパ周遊とか。
 おかゆが好きじゃないから宿の朝食をパスして外売りの肉まんを食べて続けてたら、速攻で飽きて困った、2015年の台北とか。
 これがビジネスですか、そうですか、もうエコノミーには戻れなくなるではないか不幸すぎる、という2014年のイギリスとか。(イギリス行きすぎだろう)
 パブ、パブ、パブ、パブ、パブで帰国後の健診にひっかかった、2014年のアイルランドとか。
 パンパンのキャリーケース2つを両手に、二の腕をぷるぷるさせながら引きずり回した、2015年のライデンとか。

 なにより、この相棒と最も苦楽を共にしたのは2007年、1年間のハーバード暮らしでした。
 1年間毎日、外出するときには必ず携帯してました、それは、携帯してなきゃいけないことになってるっていうのもあるのですが、それよりもまずスーパーでお酒買う時に必ず身分証提示させられるからで、そのためのリカーライセンスみたいなのを役所で取得するのに運悪く失敗しちゃったということもあって、しょうがなく毎日持って歩いてたという。しかも、なくしたりスリにとられたりしないようにポケット付きの下着に入れて携帯してたので、常にズボン下がごわごわしてたっていう。そりゃよれもするし黄ばみもするだろうと。

 その相棒に「VOID」の穴が空いてしまったのは残念ですが、まだまだ行ってないところはいくらもあるので、新しいパスポートにも出入国スタンプがたくさん押されますようにという思いでいます。


 新しい手帳にもあなたのイニシャルがたくさんありますように、的な感じで。

posted by egamiday3 at 17:08| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

極私的・2016年の絵馬(活動指針メモ)

 
 絵馬。
 それは、折に触れて掲げたり降ろしたりする、今年一年の活動指針。


●タイムライン
2007 HVU
2008 NBK・JLA
2012 本棚の中のニッポン
↓  ↓
2016 ===いまここ===
↓  ↓
↓  Something
2020 ↓
2022 ↓
  

●イベントごと
2016.03 CEAL/NCCシアトル
2016.06 AAS京都
2016.09 EAJRSブカレスト
隙を見て イタリアかバルト三国か北海道に行きたい


●2016年の絵馬
・以下のことについて、とりあえず節酒から始めます。これはマジです。
・基礎体力をつけてください。ヒヤリ・ハットです。そのための有酸素運動です。(知的活動の話)
・α(アルファ)を選別的に志向します。もうそんなリソースに余裕ないです。
・出不精はダメ絶対。
・アウトプットを無駄に増やします。こうなったら”無駄に”でいいです。
・(客)をダシにして、(主)にしてください。
・NBKをどうしたいのか、可視化させてください。
・環境整備のためには、投資くらいしてください。

posted by egamiday3 at 09:34| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

図書館のお仕事の日常的な記録(2015年夏のとある1日) : 「司書の一日をみてみよう」に寄せて

 
 「研究者の一日をみてみよう」というおもしろ企画があった、とうかがっています。
 
 第109回 人文科学とコンピュータ研究会発表会
 開催情報/第109回 - PukiWiki
 http://www.jinmoncom.jp/index.php?%E9%96%8B%E5%82%AC%E6%83%85%E5%A0%B1%2F%E7%AC%AC109%E5%9B%9E

 いまのところネットに特に何かあがってるわけではなさそうなのでどんな感じのことだったのかはわかりませんが、わからないながらもそれと同じノリで「司書の一日をみてみよう」ってやったらおもろいんじゃないかなと思って、っていうか、あたし自身は下記のような感じでたまにやったりしてるのですが。

 図書館のお仕事の日常的な記録(2013年冬季のとある1週間) | egamiday3
 http://egamiday3.seesaa.net/article/353784231.html

 で、ちょうど去年8月のとある1日の書き留めた記録がdropboxの片隅にふわっと落ちてたんで、ここに載せるという感じです。個々の事例を晒したり特定されないようにということで、大幅に匿名化・偽名化、ストーリーを書き換える感じで、”行動”は記すけど”内容”は伏せるようにしてあります。

 時期は、2015年8月上旬のとある平日。
 場所は、とある人文系の研究センターの図書館。
 担当業務は閲覧、パブリックサービスまわりです。

-----------------------------------------------------
8:15 1時間半かけて出勤
8:15 開館準備。4棟12フロアをすべてまわって点灯、軽く片付け、異常がないかの確認。
8:30 メール確認。今日やる、明日以降やる、要注意、寝かす等の仕分け。
9:00 外来利用者が不調を訴える閲覧用PCの、一時ファイル削除やソフトのアップデートなどのメンテ。
9:20 台湾の先生が戦前の日本料理についての文献を他大学から借りて欲しいと言ってきたのを調査した結果、東京の私立大学がデジタル画像公開しているのを見つけられたので伝える。
9:30 海外ILL受付対応。貸出依頼が来た本について、近年に貸し出されてなかったか、この分野で借りそうな内部の人がいないかを記録や記憶から判断(つまり長期に海外に貸し出しても問題なさそうかを判断)して、貸出処理。
10:00 依頼により、過去1年のOPACへのアクセス統計をまとめて報告。その過程で、数字のあらわれ方に不審な点があることに気付いたので、ひととおり内容を吟味した上で、業者さんに問い合わせを送る。
10:45 依頼により、過去の利用統計から関連しそうな数字を抜き出して、報告。
11:00 換気のために新館の窓を開放。
11:15 外部より閲覧打診のあった絵巻物について、劣化状態を現物で確認して、回答する。
11:30 ミラノの芸術雑誌からの問い合わせ対応で、うちが撮影して保管している艶本資料のデジタルデータのマスター画像について、解像度その他を調査して回答する。
11:50 東京の出版社に送るための古地図画像をDVDに大量に焼く作業。
12:10 館内の展示ケースの仕様について問い合わせあり。
12:15-13:00 休憩
12:30 休憩中、テレビ局から名所図会への問い合わせあり、対応。
12:40 英語の勉強
13:00 カウンター業務(以下17:00まで通常のカウンター業務と併行して)
13:00 マイクロフィルム利用の外来利用者に対応、案内。
13:15 業者に委託する図書移動作業(約3万冊)の準備。別置すべきタイトルの選定と棚数のカウント、空き棚数の算出、Excelによる空き棚配分の計算、フロア・書架マップの描画、業者さんへの指示票(棚に貼る)をwordの差込機能で印刷作成、等々。(以上を16:30頃まで断続的に)
15:00 館内数カ所に設置する予定のカーテンのサイズを採寸しにきた業者さんを現場に案内、館内を一巡してまわる。
15:30 換気のために開放していた新館の窓を閉める。
15:45 大阪の某文庫から届いた文献複製・製本の見積金額の内訳に不審な点があり、過去の書類と見比べる作業。
16:20 外来利用者の複写料金受け取りと経理処理。
16:30 新着図書のバーコード読み込み、帯の装備、貸出希望者への連絡、新着コーナーへの配架、古い新着図書の間引き。
17:00 閉館作業。4棟12フロアをすべてまわって消灯、軽く片付け、異常がないかの確認。
17:15 東北の博物館から来年の巡回展のための展示貸出の打診あり、その資料を扱う先生に相談。
17:30 ライデン出張準備の一環として、構想図を再描画。
18:00 同じく出張準備から派生して、OPAC利用ガイドの確認と新規作成、そのための動作確認。
19:00 おしまい。1時間半かけて帰宅。
-----------------------------------------------------

 8月上旬のことなので、内部の研究者・院生からの問い合わせや職員とのやりとりはむしろ少ないほうの1日だったのかなという感じです。たぶんルーチンワークや球の打ち返しのような仕事もこれだと少ないほうで、図書移動準備とか出張準備とかに腰を据えてとりかかる時間があったということはだいぶ落ち着いた感じの日だったんだろうなと。だいたい、カウンターと併行して図書移動の計算仕事ができてるとか、よっぽどふだんよりは余裕があった特異日のはずです、いつもはうちとこみたいな図書館であったとしても、酸欠や脱水で頭痛くなったり閉館までお手洗いに行く隙も見つからないような日だって珍しくはないです。
posted by egamiday3 at 09:17| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月17日

(メモ)「海を渡る日本の“学術書”」(図書館総合展2015)からの抜粋

・「海を渡る日本の“学術書”」(図書館総合展2015)
 http://www.libraryfair.jp/forum/2015/1885
・Youtube動画
 https://www.youtube.com/watch?v=0ofZIN8J5kE
・図書館総合展2015「海を渡る日本の学術書」 #海を渡る日本の学術書 #図書館総合展 - Togetterまとめ
 http://togetter.com/li/899264


●野口幸生. 「北米研究図書館における電子化環境 : コロンビア大学図書館を事例として」.
・コロンビア大学図書館における電子化資料e-resourceの導入においては、「冊子体と電子と両方がある場合には、電子のほうをより好んで選ぶ」。導入の条件として「追加のソフトやアプリを用いることなく、ブラウザの機能のみで使うことができること」「学内(LAN)のみならず、学外からもリモートアクセスが可能であること」がある。
・電子書籍e-booksは現在200万以上のタイトルを提供、その支出は全図書予算の25%に及ぶ。

・4.日本研究コレクションの電子化の現状
・オンラインデータベース、CD/DVD形態の資料、e-books
・CD/DVDはスタンドアロンのパソコンでしか利用できないが、OSのバージョンアップに対応できないなどの問題から、恐竜の運命にある。オンラインデータベースへの移行を勧告される。
・オンライン資料はリモートアクセスが可能であること。
・特殊なソフトやアプリを追加し泣け得ればならないものはNG。
・(e-resource・コンテンツについての)北米向けの目録データを提供してほしい
・学術書は冊子体と電子と両方で出版されるべき。
・韓国・中国・台湾などのe-book、e-journalは大量に電子化されており、日本の現状とは著しく異なる。

(以下、ディスカッションにて)
・日本の学術雑誌が電子化されていないことについて、北米や中国の学生には驚かれる。
・一方で中国は驚くほどの量の電子化がされている。
・たとえばCiNii(機関定額制)ひとつを契約するにもNIIの対応が柔軟でないため、(かつ大学側は契約条件に問題があるものについては法務が妥協しないため)コロンビア大学ではいまだにCiNiiを契約できていない。日本は発信というものをどう考えているんだろうか、とのこと。

●田中政司. 「海を渡る日本の”学術書” : 海外における日本資料の可能性について」.
・JapanKnowledgeの海外法人契約をもとに。
・海外図書館司書「日本からの発信が少ない」「海外の日本研究はどんどん小さくなってしまう」「もっと情報発信と資料の電子化を進めてほしい」
・全契約数のうち14%(約100機関)が海外での契約。北米6割、ヨーロッパ3.5割。
・海外でも需要はある(現在15%、中国が増えれば20%はいく)
・北米では日本研究司書が購入権限を持っており、大手大学は予算も大きいため、直接営業をかけて即断してもらえるという意味では営業コストは高くはない。
・紙の資料については海外に販売する流通のルートは整っている。問題は、電子資料のプラットフォームができあがっていないため、必要な資料情報が利用者の元に届いていない。
・仕組みが整いビジネスモデルが立てやすくなればよい。
・外部データベース・サービスとの連携がこれから重要になってくる。
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2015年12月29日

極私的・egamiday十大ニュース 2015

  
 得とか損とか気にしてはいけない、だからこその”極私的”である、という言い訳含みの年末まとめ企画、第3弾。
 我が身の今年の汚れは今年のうちに清めたい、ていう感じでふりかえる、十大ニュース。


●egamiday氏、真田丸・堺雅人の肖像権をおもいっきり侵害
 今年5月、某志社大学司書課程の学生を対象にしたガイダンス&ホームカミングデーが行われました。全体会の講演に登壇したegamiday氏でしたが、YouTubeの某映画から大量にキャプチャした堺雅人(2016年大河ドラマ「真田丸」主演)の画像を、何度も何度も画面に投影しつつ平然と漫談を続けるという、肖像権というか著作権というか、これやっちゃっていいのか?という疑惑が持ち上がっています。この疑惑に対しegamiday氏は「教育機関における教育目的だ」(著作権法第35条)と釈明していますが、権利どうこうよりもまず"わかるやつだけわかればいい"的なネタがそもそもどうなんだという指摘もあり、またTPPによって導入されるという"非親告罪化"の動向如何によっては進退窮まるおそれも出てきそうです。

●egamiday氏、厚切りジェイソン化が止まらない
 某志社大学司書課程科目への非常勤講師としての出講、いわゆる”寄席”が、秋学期から1コマ増えたegamiday氏ですが、厚切りジェイソン化(またはケーシー高峰化)が止まらない模様です。さる情報筋によればegamiday氏は事務に無理を言って、教室をホワイトボードとプロジェクタが同時に使える部屋に変更。パワポや口頭でわかりにくい説明をホワイトボードへの図示で補っている、とのことですが、そのあまりの書き殴りのひどさにその教室だけインクの減りが異様に早いと一部では噂されています。さらに調子に乗ったegamiday氏、勢い余ってパワポに書いてあるのと同じことをホワイトボードにもさらに書くといった"セルフトレース疑惑"ばかりか、そもそも某志社大学の授業準備を某命館大学の図書館に入り浸ってやるという"不正流用疑惑"も。この実態を受けて政府与党は、egamiday氏のホワイトボードマーカー購入を軽減税率の対象外とする方向で検討を進めています。グラッチェ・アミーゴ。

●egamiday氏の海外渡航、今年は2回
 egamiday氏の2015年の海外渡航は、6月の台湾、9月のオランダの2件に及ぶことが明らかとなりました。ただしいずれも旅情とはほぼ無縁の学会出席であり、ほとんどの時間をスクリーンに投影されるパワポを見上げながら過ごすという残念な結果に終わっています。その反動からか夜間になると、台北では屋台で食べ歩き、オランダではビールを飲み歩きする様子がTwitter上で多数目撃されており、その享楽的な姿を強制的に見せられた人びとから「egamidayを許さない」「egamiday感じ悪いよね」等の非難の声があがっています。

●egamiday氏、オランダ過積載事件
 そのegamiday氏ですが、9月のオランダ渡航において、ぱんっぱんに膨らんだキャリーケース(通称:ガラガラ)2個を左右両手に握りしめ、スキポール空港内やライデンの運河沿いを右往左往する様子もまた目撃されています。原因は参加した学会においてブース出展することになったものの、あまりにも大量のパンフ・チラシなどの配り物を用意してしまったため。案の定、長机に積み上がった紙束はなかなか減ることがなく、ついにはフロアに乗り込んでむりやり配って(=押しつけて)まわるという暴挙に出たegamiday氏に対し、「egamidayを許さない」「egamiday感じ悪いよね」等の非難の声があがっています。なお専門家によれば「初回はたいていはりきってたくさん持って来ちゃうんですよね」とのことです。

●egamiday氏、オランダのスタバで新たにお気にのソファを発見
 昨年(http://egamiday3.seesaa.net/article/411018175.html)、行きつけのスタバ改装によりお気にのソファが撤去され、そのQOLの低下が危ぶまれたegamiday氏でしたが、出張先のオランダ・ライデン駅前のスタバにて新たにお気にのソファを発見した模様です。egamiday氏によれば、京都某小路店にかつてあったのとほぼ同じく、座るだけで身体にエネルギーがチャージされるという、見事なまでに我が身にフィットしたソファだったということです。交通アクセスもよく過ごしやすい街・ライデンにエネルギーチャージ機能付きのソファ発見ということで、今後egamiday氏のヨーロッパ旅行において”宿屋”的存在になることが予想されます。

●egamiday氏、MALUIで酒呑めない事件
 6月のMALUI Talk & 名刺交換会、11月の秋の親睦会と、近畿地区では今年2度のMALUI飲み会が催されましたが、その両方で世話役をつとめたegamiday氏、いちおうの責任感らしきものを発揮したのか、一次会がすべて終わるまでは我慢して酒を呑まない、たぶん呑まないと思う、呑まないんじゃないかな、まあ、呑んだとしてもたくさんは呑まない、という苦しい立場に立たされていた模様です。案の定、二次会ではその反動に襲われる、ということで昨年に引き続き数値的に懸念されています。関係者からは「そんなことより司会をもっとちゃんとやってほしかった」との怒りのFAXが届いています。

●egamiday氏、休肝日を本格的に導入
 酒の話題ばかり続くegamiday氏、さすがにそろそろマズイと思い始めたのか、秋口より週1日を休肝日とする制度の導入に踏み切りました。これにより、およそ20数年ぶり、ていうか人生初レベルで酒類の摂取回数が著しく減少するであろうと予想されています。四半世紀近くやってこなかったことを無理やり定期的にやらなければならないということで、Googleカレンダーにわざわざ「酒を呑まずに寝る日」と書き込む、当日は炭酸水やノンアルコールビールを買い込む、呑まなくても眠れるように8時頃から調整に入る、万一眠れなかったとしても翌日支障がないように金曜日を休肝日とする、などのあの手この手を駆使しており、いまのところわりとあっけなく成功している模様です。ただしこの休肝日制度、「外で飲み会が催される日の場合は、これはまあしょうがないわけだから、適用しない」という抜け穴があるとのことで、何がしょうがないだ、とその効果が疑問視されています。それどころか一説によれば、意図的に金曜日に外での飲み会が入るようにegamiday氏がなんとなあく調整しているのではないか、との疑いもあり、いろんな意味でメスが入るのも時間の問題かと思われます。

●egamiday氏のファミリーヒストリー、祖先はまさかの刀剣男子だった
 資料調査や現地取材をもとに家族の歴史をたどる「ファミリーヒストリー」。今週のゲスト・egamiday氏の祖先が備前長船の刀工だったことが、egamiday氏自身の調査で明らかとなりました。『長船町史』には短いながらもその家系と刀工としての活動が記載されており、また備前長船刀剣博物館ではその作品が展示されています。
 egamiday氏のコメント:「へぇー、刀工だったんですか、知らなかったですね。はい、驚きました。刀ですか、ね、流行ってますよね。・・・うん、初めて知りました。きいたことなかったです。・・・・・・そっか、刀かー。」

●egamiday氏、紙貼りのおっさんになる
 紙貼り職人の朝は早い。京都・桂坂のとある図書館。そこには、黙々と書架に紙を貼るegamiday氏の姿があった。
 「こうやって紙を貼ってね、この棚の本を何階の何番の列の書架に移動してくれって、業者さんに指示するんですよ。そうするとね、つぅーっとやってきて、つぅーっと持っていってくれるの。なんというか、これこそ自然の力だなあって思うねえ」
 今年新しい建物をオープンさせたこの図書館は、2月と8月の2度、図書の大規模な館内移動をおこなった。その数およそ30万冊。50万冊ある全蔵書の6割を動かしたことになる。
 「頭おかしいよね、動かしすぎだろうっていう。よくも破綻させずに動かせたもんだよって、自分でも思うよね」
 そんなegamiday氏、紙貼り職人としての長年の経験から、ある特技を身につけたという。
 「6段くらいの高さの書架ならね、踏み台無しでも天板に紙貼れるようになったね。紙の先にメンディングテープをつけといてね、こうやって手をのばして、天板の縁のところにテープをぺたってくっつけるんだ。やってみな、結構コツがいるんだよ。まあでも、この技術も俺らの代で終わりだね、後継者がいないから。若い人たちはこういう地味な仕事やりたがらないよね、たいていオープンなんとかだアクティブなんとかだっつって、町に仕事しに出ちゃうからね。でもね、これやらないと本が動かせないんだよ」
 最後はよくわからない愚痴をつぶやくegamiday氏。その後ろ姿が朝靄とともに映像文化資料室へと消えていくのを、我々は静かに見送った。(ナレーション:川下大洋)

●egamiday氏の2015年、全体的に”ぬるかった”んじゃないか疑惑
 egamiday氏の今年の「egamiday3」へのブログ記事投稿が、年末振り返り記事を除くと全部で21件にしかならないことが明らかとなりました。15年続くegamiday氏のブログ活動の中でも圧倒的かつけちょんけちょんに少ない件数です。ピーク時には同時に約10種類もの異なるブログを並立しSeeSaaブログを飽和状態にさせていたという往時の姿は、いまや見る影もありません。取材に対しegamiday氏は「なんかこう、知らないうちに1年経ってた。忙しかったのはまちがいないと思うんだけど、何に忙しくて結果何が残ったかがいまいちわかんない」と、ぬるかった疑惑の1年間をつかみどころのないコメントで表現しました。何より、十大ニュースのひとつがこんな話題であるということ自体がその様を如実に物語っています。ちなみに次点候補として挙がっていたトピックスには「egamiday氏、隠岐島で涙の食品ロス」「egamiday氏、去年の祇園祭で燃え尽き症候群疑惑」「egamiday氏、今年も春画に振り回される」などがありました。

 以上、極私的十大ニュース2015でした。
 来年はもうちょっとがんばりましょう。
posted by egamiday3 at 11:06| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

極私的・今年のアルファ本棚行きコンテンツリスト 2015


 自分用ふりかえり第2弾。
 自宅の”アルファ本棚”と読んでる本棚に置いておきたい極私的アルファ級のコンテンツを、書籍メディアに限らずリストアップしたもの。

『論文の書きかた』
『新版論文の教室』
『徒然草の十七世紀』
「へにける年」(丸谷才一『後鳥羽院』所収)
『オランダを知るための60章』
『もういちど読む山川世界現代史』
『ハウス・オブ・ヤマナカ』
『歴史を学ぶということ』
「スーパープレゼンテーション新春SP 伊藤穰一×山中伸弥 未来を語る」(テレビ)
三谷幸喜脚本「オリエント急行殺人事件」第2夜(ドラマ)
「祖谷物語」(映画)
「ウラバラス」(テレビ・ドラマ「ウロボロス」副音声)
「ブラタモリ京都完全版」(テレビ)
「日本人は何をめざしてきたのか 吉本隆明」(テレビ)
「表参道高校合唱部」(ドラマ)
「カズオ・イシグロ 文学白熱教室」(テレビ)
「トムとジェリー」(アニメ)
鹿港(街)
ライデンの地ビール(食)
中野劇団「誘拐」(演劇)
ベビー・ピー「SF珍島物語」(演劇)
「The LAB」(研究不正啓発のインタラクティブweb動画)
「Open Letter in Support of Historians in Japan(日本の歴史家を支持する声明)」
posted by egamiday3 at 09:27| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

極私的流行語大賞 2015

 
 毎年恒例の、自分しか得しない、年末振り返りリスト。
 自分用なのでこれといった解説もなく。

マッ↑サン(イントネーション)
絵馬
有酸素運動/ログ
聴講会
人文学・人文系
egamidayさん
驚きの寒さ
MALUI
バルサミコ酢
台北
後鳥羽院
うちは新古今和歌集をっちゃ編もう思うげん(能登弁としての)
ブース
キッチン付き(旅行先宿所としての)
プロポーザル
ネスカフェ・エスプレッソ
〇〇登場ーっ
もう金曜日
バス爆睡、起きたら京都駅
京都から東京に行くときあるある:安田美沙子
一緒に堀川高を目指そう
有意に差があるって言いたい
大学院
警察(図書館議論としての)

posted by egamiday3 at 09:11| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月24日

2015年"海外の日本図書館・日本研究" 極私的まとめ ( #本棚の中のニッポン )


 海外の日本図書館や海外の日本研究に関する話題、これをまあ仮に #本棚の中のニッポン 的なトピックと呼びますが、2015年にはあんなことこんなことあったでしょう的な振り返りを、簡単なヘッドライン&リンクでまとめてみた感じです。年一で続けていくことでそのうち点が線になりかたちができていきますように、ていう。

 あくまで自分の管見&体感範囲からのピックアップになっていますし、取り上げるか取り上げないかも自分からの半径で判断する感じになっちゃってますが、まあこれは、人に見てもらうためのまとめと自分があとで参照するためのまとめとがハーフ&ハーフになってるからだと思うんで、偏りがあるのはご容赦願えればと思います。”極私的”ですからそんなもんです。キュレーションなんてしょせん色眼鏡です。

 あと、政治まわりで熱臭い話が多かったな、ていうか、多くなっていくんだろうな、ていう感じでもあります。  

 2014年版はこちら。
 2014年"海外の日本図書館・日本研究" 極私的まとめ ( #本棚の中のニッポン )
 http://egamiday3.seesaa.net/article/410621340.html

 こんな感じの海外日本図書館&日本研究に関する話題をTwitterで流している専用アカウントがこちら。
 (短信)海外日本研究と図書館 (@JLA_line) | Twitter
 https://twitter.com/jla_line


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 2015年"海外の日本図書館・日本研究" 極私的まとめ
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●1月
・東京外国語大学、2023年度までに海外38大学に日本研究や日本語教育の拠点「グローバル・ジャパン・オフィス」を設置する構想を発表
-http://tufs-sgu.com/gjo/

・早稲田大学、角田柳作記念国際日本学研究所を設立
-http://flas.waseda.jp/jcs-j/

●2月
・大阪大学で国際シンポジウム「歴史的典籍画像の30万点Web公開と国際共同研究」開催
-http://www.osaka-u.ac.jp/ja/news/seminar/2015/02/6427

●3月
・人間文化研究機構が「日本研究と日本における人間文化研究情報の国際リンク集」を公開
-http://www.nihu.jp/sougou/kyoyuka/japan_links/index_ja.html

・AAS・CEAL・NCC2015年次大会、シカゴで開催
-E1671 - 2015年CEAL年次大会・NCC公開会議<報告> | カレントアウェアネス・ポータル
 http://current.ndl.go.jp/e1671
-AAS/CEAL/NCC 2015 Chicago(まとめ) - egamiday_wiki
 http://egamiday.sakura.ne.jp/wiki/AAS/CEAL/NCC_2015_Chicago%EF%BC%88%E3%81%BE%E3%81%A8%E3%82%81%EF%BC%89

●4月
・日本政府によるアメリカ コロンビア大学・ジョージタウン大学・マサチューセッツ工科大学に対する政治・外交分野の研究支援が発表される
-http://www.mofa.go.jp/mofaj/press/release/press4_002069.html

●5月
・アメリカをはじめとする歴史研究者187人が「日本の歴史家を支持する声明」を発表
-https://networks.h-net.org/open-letter-support-historians-japan-0
-http://www.asahi.com/articles/ASH575KGGH57UHBI01Y.html
-http://www.asahi.com/articles/DA3S11741742.html
-http://egamiday.sakura.ne.jp/wiki/%E3%80%8COpen_Letter_in_Support_of_Historians_in_Japan%E3%80%8D

●6月
・2019年の第25回世界博物館大会(ICOM)開催地が京都に決定
-http://current.ndl.go.jp/node/28609

・KADOKAWAが「COOL JAPAN FOREST構想」を発表
-http://www.asahi.com/articles/ASH645QL3H64UCVL00S.html

・近畿地区MALUIによる「MALUI Talk in Kyoto」開催、テーマは”日本情報の海外発信”
-https://kinkimalui.wordpress.com/maluitalk2015/

・明治学院大学とハーバード大学「アクセスの再定義 : 日本におけるアクセス、アーカイブ、著作権をめぐる諸問題」開催
-「(メモ)「アクセスの再定義 : 日本におけるアクセス、アーカイブ、著作権をめぐる諸問題」(2015.6.13): egamiday 3」
 http://egamiday3.seesaa.net/article/420639586.html

・台北でAAS in Asia 2015開催
-http://aas-in-asia.meeting.sinica.edu.tw/
-「AAS in Asia 2015 @台北、に行ってきました。記録(その1)」
 http://egamiday3.seesaa.net/article/421699189.html
-「AAS in Asia 2015 @台北、に行ってきました。記録(その2)」
 http://egamiday3.seesaa.net/article/421800363.html
-「AAS in Asia 2015, Taipei 参加メモ #AASinAsia」
 http://togetter.com/li/837823

●7月
・ボストン美術館での着物イベントに対する抗議活動とその議論
-「Museum of Fine Arts backs down over kimono event in response to protests - Arts - The Boston Globe」 https://www.bostonglobe.com/lifestyle/style/2015/07/07/mfa-backs-down-over-kimono-event-response-protests/lv9NHcnpW0lsRE77d9hvkI/story.html

・九州大学で田中あずささん(ワシントン大学司書)による講演会「A Journey to Become a Librarian」
-http://cheb.hatenablog.com/entry/2015/07/23/000000

・国立国会図書館が海外の日本研究を支援するためのページを開設
-http://www.ndl.go.jp/jp/japanesestudies/index.html

●8月
・「韓国、外交部(外務省)傘下の国立外交院に日本研究センターを開設 | カレントアウェアネス・ポータル」
-http://current.ndl.go.jp/node/29162

・安倍首相が「戦後70年談話」を発表
-「安倍談話: 首相のジレンマを反映、課題残す | nippon.com」
 http://www.nippon.com/ja/in-depth/g00305/

・NDL、イギリスとドイツで日本研究司書を対象に「日本情報の調べ方(人文分野)」の研修を開催
-「E1728 - 英国・ドイツでの日本研究司書へのレファレンス研修を終えて | カレントアウェアネス・ポータル」
 http://current.ndl.go.jp/e1728

●9月
・牧野泰子. 「アメリカ図書館界に足跡を残した思い出の人々」. 『日本古書通信』. 2015.9, 1034号.
-福田なをみ、甲斐美和、奥泉英三郎を紹介

・北京日本学研究センターが開設30年を迎える
-「北京日本学研究センターの30年――徐一平主任教授に聞く - 中国国際放送局」
 http://japanese.cri.cn/782/2015/10/06/302s242079.htm

・「紀伊國屋書店、電子書籍サービス「Kinoppy」を海外会員向けに提供開始 - ITmedia eBook USER」
-http://ebook.itmedia.co.jp/ebook/articles/1509/17/news045.html

・EAJRS(日本資料専門家欧州協会)2015年次大会がオランダ・ライデンで開催。
-http://eajrs.net/node/355
-https://www.youtube.com/results?search_query=eajrs+leiden
-「E1734 - 第26回日本資料専門家欧州協会(EAJRS)年次大会<報告> | カレントアウェアネス・ポータル」
 http://current.ndl.go.jp/e1734

●10月
・著作権に関する条項を含む(環太平洋パートナーシップ協定)について参加国が大筋合意

・「猪口邦子議員からいきなり本が送られてきた――「歴史戦」と自民党の「対外発信」 / 山口智美 / 文化人類学・日本研究 | SYNODOS -シノドス- 」
-http://synodos.jp/politics/15387

・国際日本文化研究センター(日文研)、Twitterアカウント(@NICHIBUNKENkoho)の運用開始
-https://twitter.com/NICHIBUNKENkoho

・「訪日外国人、過去最高更新、「年間2000万人」の政府目標も前倒し達成の勢い | nippon.com」
-http://www.nippon.com/ja/genre/society/l00129/

・『海外平安文学研究ジャーナル』、パスワード無しで公開開始
-http://genjiito.org/journals/

●11月
・「日本マンガのインドネシア語版電子書籍サイト イーブックがオープン 」
-http://www.animeanime.biz/archives/22003

・図書館総合展2015で「海を渡る日本の学術書」開催
-「海を渡る日本の“学術書” | 図書館総合展」
 http://www.libraryfair.jp/forum/2015/1885
 https://youtu.be/0ofZIN8J5kE
-「図書館総合展2015「海を渡る日本の学術書」 #海を渡る日本の学術書 #図書館総合展 - Togetterまとめ」
 http://togetter.com/li/899264

・NHK「ETV特集 戦後70年企画「ドナルド・キーンの日本」」を放送
-http://www.nhk.or.jp/docudocu/program/20/2259515/

・「ルーヴル美術館総監修「漫画館」が日本に 2016年夏から」
-http://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/1511/16/news098.html

・「変体仮名」をゲーム感覚で身につけられる無料スマートフォンアプリ
-http://current.ndl.go.jp/node/29862
-英語版も、共同開発者のカリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)によって米国・欧州などに向けてリリースされる

・「海外日本美術資料専門家(司書)の招へい・研修・交流事業 2015*」(略称:JALプロジェクト)開催
-JAL プロジェクト2015のご案内 | 東京国立近代美術館
 http://www.momat.go.jp/am/visit/library/jal2015/
-ワークショップ「日本美術の資料に関わる情報発信力の向上のための提言II」(海外日本美術資料専門家(司書)研修・2015)のメモ: egamiday 3
 http://egamiday3.seesaa.net/article/430552792.html

(2015年12月)
・インドに日本センター設置へ
-http://www.sankei.com/world/news/151213/wor1512130024-n1.html

・超党派議員連盟が「MANGAナショナル・センター」の実現を要請
-http://www.asahi.com/articles/ASHDL3Q4BHDLUCVL00D.html
-マンガ・アニメ・ゲームに関する資料を収集し、情報発信の拠点とする

posted by egamiday3 at 20:03| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月03日

(メモ)「電子書籍への期待 : 大学図書館の視点」(入江伸@「電子図書館サービスへの期待」図書館総合展2015)


 電子図書館サービスへの期待 | 図書館総合展2015
 http://www.libraryfair.jp/forum/2015/1829

 上記フォーラムより、慶應・入江伸さんの「電子図書館サービスへの期待」を主に見たののメモ。


・ProQuestがExlibris社を買収した、ということは、コンテンツと(図書館)システムとが一体化しないとどうやらやっていけなさそうだよ、ということか。
・国内の大学図書館の現状。
-洋雑誌は電子に移行し終わった。洋図書は移行途中。和雑誌は紙のまま。
-電子は管理が複雑。
-サービス・貸出は和図書中心。
-研究は電子環境へ移行した。
-教科書のシラバス指定、教科書売り上げは減少。
・海外の大学図書館の現状
-Google Books、HathiTrust、shared print
-1000万冊を超える本が電子で見られる。
最近は、アメリカ留学から帰国した研究者から「HathiTrustは使えないのか」と問われる。(電子ジャーナルは日米ともに使える)
・中国・CADAL

・電子学術書利用実験プロジェクト(2010)
→OverDrive利用実験
→JDLS(=日本電子図書館サービス)利用実験

・電子学術書利用実験プロジェクト(2010)
-貸出の多い×新刊でない書籍、を対象に集める
-ダウンロード型×個人認証
-OPACからシームレスに接続
-版面画像を提供
-テキストが必要(実用としては、OCRかけっぱなし程度の精度でいい)
-読む本ではなく、”教科書”(付箋・メモ)として使う
-電子書籍単体でなく、同じ本棚で自前のPDF(授業レジュメなど)も統合的に利用する
-すべての資料をインターネットからアクセスできる環境がほしい
(新刊の電子書籍、アーカイブ名パッケージ、パブリックドメイン)

・以上をもとに、実験環境を設計した
(慶應、京セラ、大日本印刷、学術出版社)

・学生の声
-紙と電子は別(使い分ける)
-検索と発見が重要
-コンテンツの量が必要

・刊行からしばらく年数の経った書籍を、電子書籍化して、パッケージで安価に提供してほしい。そうでもしないと学生は”本自体”から離れてしまう。
・教育・学習のあり方が変わっているわけだから、出版も変わらないといけないし、図書館も変わらないといけない。逆に言えば、学術書(和書)の電子書籍化を、教育手法の変化と結びつければ、ビジネスに拡がる可能性がある。(マイクロコンテンツ×少額課金、大規模アーカイブ、教育コンテンツ制作との統合)

・JDLS(=日本電子図書館サービス)利用実験
-PDFダウンロードができてほしい
-大学認証に対応していない
-OPAC・ディスカバリからの経路が不明
-1冊づつの買い取り×貸出期間制限がある→図書館での導入は無理

・求める電子書籍プラットホーム像
・コンテンツ
-大学図書館利用トップの10万冊規模を、見たいときに利用できるように
-EPUB
-全文検索
-オフラインで使える(ダウンロードできる)
-マルチプラットホーム(プラットホーム間の同期)
-OPAC・ディスカバリからたどれる
-メモ・付箋・SNSなど学習機能の充実

posted by egamiday3 at 21:45| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月01日

ワークショップ「日本美術の資料に関わる情報発信力の向上のための提言II」(海外日本美術資料専門家(司書)研修・2015)のメモ

 JAL プロジェクト2015のご案内
 http://www.momat.go.jp/am/visit/library/jal2015/

 海外で日本美術を担当している司書・研究者・専門家の人たちを、日本に招いて研修をおこなう、という事業(通称「JALプロジェクト」)が去年から始まっていまして、今年はその2年目で、11月中頃から2週間くらいでおこなわれていたんですが、その最終日におこなわれた公開ワークショップ(「日本美術の資料に関わる情報発信力の向上のための提言II」)が東京国立近代美術館(2015.11.27)でありまして、それに参加してきました、ていうののメモです。
 (ちなみに会場が地下だったせいで当日ツイートとかしてませんパターン。)

 概要としては、
・文化庁の補助金による事業
・2014-2016の3年計画
・東京国立近代美術館さんがメイン
・今年の参加者は9人
・東京+関西・福岡の各種機関見学と、研修、グループワークなど
 という感じ。

 まずはダイジェストとして、極私的にこれは注目、ていうピックアップと、自分なりに考えたことのもろもろを。


●極私的に注目したことのピックアップ
・NDLデジタルコレクションについて。図書館送信対象資料については、海外からはアクセスできず、かつ、ILLも停止している。→デジタルアーカイブの連携に関する実務者会議(2015.11)で海外からのアクセスについて言及があったとのこと。(<e>ここ要確認)
・2019年には”非欧州美術”図書館として統合される予定(フンボルト・フォーラムと呼ばれる複数団体による施設(←<e>要後追い))。
・ユーザにとってはその資料がミュージアムにあろうがライブラリーにあろうが関係ない、どっちも同じ。なのに、そこで検索・探し方やアクセス・手続きが異なるのはいかがなものか。
・例:ハーバード大学の新OPAC(ディスカバリーシステム)であるHOLLISプラスでは、アイルランドのチェスター・ビーティー・ライブラリーが持っている絵巻物のデジタル画像がヒットする。(注:これは、チェスター・ビーティーの所蔵品のスライドをハーバードの美術館が持っていて、それをデジタル化したものを、チェスター・ビーティーから許諾をとってアクセス可能にさせている。)
・日本では、すこしでもデータが不十分であれば公開しない傾向にある。ユーザにとっては、不完全でもいいから出しておいてほしい。
・例:Visualizing Cultures@MIT。日本のコンテンツを一般の人に紹介する方法として、デジタル化画像と論文とをリンクさせる。コンテンツを英語化するのは難しくても、英語しか分からない人にそのデジタル化画像のことがわかるようにする。(<e>この試みは学ぶところが多いはず。そのリンクは誰がどうメンテしているのか?)
・例:アート・ライブラリー・コンソーシアムの美術図書館横断検索システム。ただ、各参加館のプロフィールがわかりにくいので、その紹介をつけておいてほしい。(例:http://lahlf.weebly.com/libraries.html)(←<e>そうそう、シンプルなんだけど、実はこういうのって意外とないよねっていう。)
・例:「Artstor」(http://www.artstor.org/)のような、国際的なポータルサイトに参加してデータを提供してほしい、こういうところで見つかりやすくアクセスしやすくなるように。(Artstorに載っている日本美術作品は、日本以外の機関からの情報ばかり)
・海外からの日本語でない問い合わせに、返事をください!(<e>これはマジ)

●自分なりに考えたことのもろもろ
・プラハは行かなあかん。
・ていうか、ベルリン行かなあかん。
・何はなくとも、検索のローマ字対応・アルファベット対応。
・何はなくとも、英語メールに返事。これは常に意識しているつもりの自分でもたまにうっかりSPAMと混同して消してしまうくらいなので、マジでキャンペーン張ってもいいくらいの。
・ていうか、「ローマ字で検索したいというニーズがあると初めて知った」っていう意見もあって、こういうことは根気強く説明して広めていかないとな、そりゃまあ普段意識してなければ知るよしもないっていうのは自分だって別のことであればそうなっちゃうわけだしな、っていう感じ。
・あとすごく気になったのが、受講者の皆さんが口々に言う、「あちこち訪問して、いろんな人に話をきいて、いろんなデータベースがあるのを知った」ていうの。ネットで公開しているはずの「データベース」を、現地訪問して初めて知る、ということの意味。もちろんその気持ちは自分にもわかるし、そういう側面があるのは確かなんだけど、あまりにも皆さんが揃ってそれを言うので、え、ちょっと、そんなにもか?とビビってしまった。
 それは、日本のデータベースが引き籠もり型なせいで知られてないのか? それとも日本だろうがなんだろうがデータベースなんてしょせんはやっぱりそういうものだ、っていうこと? ネットにある、検索でヒットする、そんなことだけでは「自分の役に立ちそうなもの」を見つけること・出会えることはなかなか難しい、そこで所謂”キュレーション”が必要、ということか? 例えば、たまたまその会場でお会いした方は高島屋の歴史資料を研究していた人なんだけど、自分の研究に必要な思わぬ資料を「こういうのもあるんですけど」と人に紹介してもらって初めて知った、そういうのは検索ではなかなか出てこない・見つからない、みたいな話をちょっとしてた。この界隈の問題はもっと考えられるべきかと思う。
・当日のディスカッションでは、突然発言を求められてあたふたした結果、ローマ字とメールのようなものすごく限定的な話しかできなくてプチ落ち込んだけど、ほんとはもっとあれこれ考えるべきことがこの会にはあったはず。ただ、今回のワークショップは話題のジャングルがちょっと広大すぎて、話のとっかかりが見つけられなかったのだよ・・・。


 以下、本文です。
■全体概要
■各受講者による自己紹介/所属機関紹介プレゼン
■講演
■受講者による提言プレゼン
■コメント・ディスカッション

 文中の<e>はegamidayさんのコメントです。

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■全体概要

 事務局長・水谷さん(東京国立近代美術館)による基調報告

・JALプロジェクトの目的
1 受講者が研修で理解を深める
2 日本の美術図書館員のほうが海外の図書館の理解をする
3 相互理解と交流
4 ネットワークの継続
5 日本の美術図書館を海外の目から客体化する
・2014の受講者はおおむね日本人だったため、安心と予断があった。今年はそうではない。
・MLA-Diversity
・海外から日本の資料・情報へのアクセスに障壁がある。
★・例:NDLデジタルコレクションについて。図書館送信対象資料については、海外からはアクセスできず、かつ、ILLも停止している。→デジタルアーカイブの連携に関する実務者会議(2015.11)で海外からのアクセスについて言及があったとのこと。(<e>ここ要確認)
・画像データベースの検索ひとつとっても、IME起動の必要があったり、アルファベット(ローマ字)で検索すると検索結果が異なったりする、という問題がある。


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■各受講者による自己紹介/所属機関紹介プレゼン

 参加した受講者9名が、それぞれ自己紹介や国・所属機関の事情について(以下敬称略)

●ヤナ・リンドヴァー(プラハ国立美術館東洋美術部)
・プラハ国立美術館
・1796年創立、キンスキー宮殿にあり。
・1951年に東洋美術部設立。現在はキンスキー宮殿に常設展示を持つ。
・展示プロジェクト(2014 チェコにおけるジャポニズム展)
・17世紀〜大正時代の美術品コレクション、薩摩治カ八のコレクション(寄贈)、写本・絵巻物等、
★・コレクションの数で言うと、美術館全体で14000点、うち日本の美術品が7000点以上ある。ヨーロッパ内でも多いほうです。(<e>やばい、プラハ行かなあかん)
・図書室の東洋美術部蔵書は5000冊(日本1450冊)
・学芸員は展覧会準備に当たって展示作品をどう把握するかに焦点をおく。図書室担当者は文献やその整理から情報を把握しようとする。

●ジヨン・ウッド(ロンドン大学SOAS図書館)
・ソウル出身→イギリス
・SOAS図書館は国の指定研究図書館(5つ)のひとつ。130万冊所蔵。人文・社会・法律・芸術・考古学。サブジェクト・ライブラリアンが11名所属。
・芸術・考古学の蔵書は、各種言語で約50000冊。SOAS図書館の中において(言語ではなく)”主題”で独立しているコレクション。
・芸術分野サブジェクトライブラリアンとしての前任者が日本人だったことや、セインズベリー日本芸術研究所などから寄付金を受けていたことから、日本美術に関する書籍がヨーロッパ内でも充実している。
・電子資料の充実。電子資料の管理のためにオープンソースの図書館システムであるKuali OLEを導入している。
・デジタル・ライブラリを来年公開する予定。(<e>これは要後追い)
・サブジェクト・ライブラリアンの役目は、Collection DevelopmentやInformation Literacyなどの実務、学科会議出席や助成金獲得活動などのマネジメント、研究活動。
・現代は資料や情報が”ありすぎる”ほうが問題の時代であり、その選択や編集をおこなうことがサブジェクト・ライブラリアンとしての重要な役割。
・サブジェクト・ライブラリアンだとは言ってもそのカバーすべき範囲は広く、一人ですべての専門知識を身につけることは難しい。重要なのは「知っていること」だけでなく、「それをどこで見つけるか」を知っていること。

●ヴィーベッケ・オセット・グスタヴセン(オスロ大学人文社会学図書館)
・オスロ大学人文社会学図書館は、ノルウェー国内で最大規模。
・日本コレクションは1970年代から増加し始めた(同時期に人文学科で東アジア学教育が始まったため)
・国際交流基金からの継続的な日本書籍寄贈を受けていた。
・現在も日本学は盛んで、定員以上の学生希望がある。
日本語の書籍よりも、英語による学術書が主
・古典籍90タイトル400冊(1900年代初頭に購入か)。肉筆画帖13点あり。
・日本のポピュラーカルチャーの展示会。オスロ大学の矢部さんの協力のもと展示を企画。
・司書の将来像として、ヨン・ビングの言葉。「こんなにたくさんの情報があってまだ図書館が必要か、という質問は、これだけ道路があってなお道路地図が必要か、と問うのと同じことだ」

●メアリー・レッドファーン(チェスター・ビーティー・ライブラリー)
・チェスター・ビーティ・ライブラリーは図書館というより博物館
・日本コレクション1775点
・アルフレッド・チェスター・ビーティー卿の美術品収集。1917年に山中商会の顧客として日本を旅行したときに、絵入り本・奈良絵本に興味を持ち収集を始める。
・1953年創立→2000年にダブリン城に移転、展示公開に力点を置く。
・参考図書・閲覧室。16000冊所蔵。
・OPACも画像DBも日本コレクションの一部しか収録されていない。冊子体の目録・図録がある。
アイルランドで日本美術を所蔵展示するところはここくらいしかない

●ケビン・トレント・マクドウエル(オレゴン大学図書館)
・オレゴン大学図書館の日本研究司書。
・日本語蔵書はおもに文学・歴史・芸術関連。図書4万冊、雑誌176タイトル、DVD600点。
・オレゴン大学美術館は、日本美術3000点を所蔵。
・ガートルード・バス・ワーナー。旅行家でアジア美術をコレクションしていた。その日本美術コレクションがオレゴン大学美術館のコレクションとなった。(幻灯スライドなど)

●キャロリーン・ジェーン・ワグーラ(ピッツバーグ大学)
・中世・仏教美術の博士課程学生・TA。
他分野の学部生に国際文化教育の一環として日本美術について教える。(大学ギャラリー、作品レプリカなど)
・ヒルマン・ライブラリー(中央図書館)内に東アジア図書館がある。1965年から日本資料を収集し始める。
・現在ではスタディスペースの確保のために、東アジアの蔵書を閉架扱いにしたりデジタル資料でまかなうようになっている。

●コルドゥラ・トライマー(ベルリン国立博物館美術図書館/アジア美術館図書館)
・ベルリン国立博物館は、プロイセン文化財団の一部として、15の博物館と4つの研究書からなる。
・美術図書館は1867年創立。研究図書館と博物館との複合施設で、3施設に60数人の職員が勤務する(<e>!)。蔵書55万冊。
・アジア美術館図書館は蔵書4万冊。学生・学芸員らが利用。司書はトライマーさん1人(<e>!)。
★・2019年には”非欧州美術”図書館として統合される予定(フンボルト・フォーラムと呼ばれる複数団体による施設(←<e>要後追い))。そのために目録のオンライン化、請求記号の調整など。
・デジタル化、オープンアクセス(ヨーロピアナなど)

●文貞姫(韓国美術研究所)
・韓国美術研究所の研究員。
・「京城日報」の美術イメージのデータベース化プロジェクトなど。
・今後は朝鮮半島に限らず台湾などへもその対象をひろげ、当時の芸術家の分析にあてる。

●李世泳(韓国国立現代美術館)
・海外で所有する韓国文化財のデータベース化事業をおこなう。
・国立現代美術館は3つの美術館からなる。ソウル館は2013年開館。図書館・アーカイブ関係の部署として、美術研究センターとデジタル情報室とがある。
・デジタルアーカイブに必要なのは日本その他との連携である。


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■講演

 ハーバード・イェンチン図書館の日本研究司書、山田マクヴェイ久仁子さんによる特別招待講演。
 「視聴覚資料へのアプローチ : 北米日本研究図書館の現状と課題」

・米国の日本研究 現況(2012JF調べ):2774大学のうち、学部生レベルで日本研究専攻課程があるのは361
。日本語資料を所蔵する大学図書館は67(うち4万冊以上は31)。
・大学図書館の使命とは、教育研究の支援である。その中でファクターや媒体や手法は変わっていくのでそれにあわせていくことが必要。
・ひとことで「FINE ARTS」と言っても、たとえばLCCでは「写真」「動画」はT:Technologyのカテゴリになってしまう。でも、北米における日本×芸術関係の博士論文を概観してみると(プロクエストで検索)、写真や動画が多く含まれている。伊勢神宮もあればヒップホップもある。非常に多様な学問領域が交差して学際的になっているのが実際のところだ。
・(ちなみに、北米の日本関係博士論文・修士論文は、1890年以降2015年までで3023件(プロクエスト検索)。そのうち芸術に関するものが166件。)
・例:『日本美術全集』第19巻は「拡張する戦後美術」。「複製技術の進展と普及によって飛躍的に流布した写真・デザインに加え、純粋な美術としてとらえられてこなかった漫画や特撮美術も我が国ならではの戦後美術を代表する表現として、進んで取り上げた」という。こういう美術という概念の多様な広がりは、今後の図書館での収書の方向にも影響するだろう。
・学生の例1。近世の刷り物の研究。文学・地理・宗教と大きく関わる。イギリス・ケンブリッジ大学の勉強会にアメリカからスカイプで参加する。
・学生の例2。日本中世物語文学の研究。絵巻物という美術の一次資料が、日本文学研究に必要。
・ユーザにとってはその資料がミュージアムにあろうがライブラリーにあろうが関係ない、どっちも同じ。なのに、そこで検索・探し方やアクセス・手続きが異なるのはいかがなものか。その意味でも、所蔵資料のデジタル化と公開を進めていくのは必要なこと。
★・例:ハーバード大学の新OPAC(ディスカバリーシステム)であるHOLLISプラスでは、アイルランドのチェスター・ビーティー・ライブラリーが持っている絵巻物のデジタル画像がヒットする。(注:これは、チェスター・ビーティーの所蔵品のスライドをハーバードの美術館が持っていて、それをデジタル化したものを、チェスター・ビーティーから許諾をとってアクセス可能にさせている。)


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■受講者による提言プレゼン

 9人の受講者が、3人×3グループをつくって、もろもろの提言をプレゼンをするというコーナー。

●日本における美術資料管理・検索システムの課題と展望
・・国立美術館・博物館の学芸員作業における問題点
・それぞれのデータベースをできるだけオープンに、海外からの利用者にもわかりやすくしてほしい。
・デジタル・コレクションだけでなく、レファレンス・ツールとしての別のデータベースと連携することで、調査・研究がしやすくなるように。
・日本語がまだ充分に分からない研究者でも検索できるように、言語選択・ローマ字検索などが必要。
・日本資料・日本美術を紹介する展覧会が、世界各地でもっと開催できるように、プロジェクト助成をおこなってほしい。
・・日本の研究図書館の課題
・データベースの検索方法がわかりにくい。
・ローマ字検索ができるところがほとんどない。
・ソーシャル・メディアに積極的に関与するべき。これは、複数の通信チャンネルを持つべきということ。
・研究図書館の資料は、研究者や学生だけでなく、オープン・アクセスで一般の人にも提供されるべき。
・・日本の美術資料管理・検索システムに関する提言
・メタデータの標準化などにより、日本の各種機関にある資料を一括で検索できることが必要。便利なデータベースは各機関にあるがそれぞれ孤立してしまっている。ヨーロピアナが良い例。
・複数機関同士もそうだが、それだけでなく、同じ機関内でも協力をして、図書館資料と、美術作品、アーカイブとを統合したデータベースを。
・アート・アーカイブの専門家が必要。
漢字・仮名・アルファベットのどれでも検索できるように

●保護から効率化へ 日本美術図書館におけるデータベース、アクセス、コラボ
・これまでの保存重視から、活用重視へという考え方が重要。
・・リソースとしてのデータベース
・データベースがユーザのニーズと合致していない。
日本では、すこしでもデータが不十分であれば公開しない傾向にある。ユーザにとっては、不完全でもいいから出しておいてほしい
・一般向けの入門的なコンテンツをつくること。
・例:V&Aミュージアム。一般ユーザ向けのインタフェースは見やすく、解説文なども加えている。手間や時間はかかるが、国立機関なので情報開示が重視されており、また情報が不充分であったとしても公開されている。研究者にはデータが不十分であってもいい。
★・例:Visualizing Cultures@MIT。日本のコンテンツを一般の人に紹介する方法として、デジタル化画像と論文とをリンクさせる。コンテンツを英語化するのは難しくても、英語しか分からない人にそのデジタル化画像のことがわかるようにする。(<e>この試みは学ぶところが多いはず。そのリンクは誰がどうメンテしているのか?)
・しかし、そもそもユーザがデータベースを見つけられなければ意味がない
・・入門者のためのアクセス推進
・ポータルサイトの必要性。海外のユーザのアクセスが便利になるように。
★・例:アート・ライブラリー・コンソーシアムの美術図書館横断検索システム。ただ、各参加館のプロフィールがわかりにくいので、その紹介をつけておいてほしい。(例:http://lahlf.weebly.com/libraries.html)(←<e>そうそう、シンプルなんだけど、実はこういうのって意外とないよねっていう。)
・海外の特に学生がとっつきやすくなるように、概要やヘルプだけでも英語で。
★・例:「Artstor」(http://www.artstor.org/)のような、国際的なポータルサイトに参加してデータを提供してほしい、こういうところで見つかりやすくアクセスしやすくなるように。(Artstorに載っている日本美術作品は、日本以外の機関からの情報ばかり
・・コレクション収集に関するコラボレーション
・美術図書館で資料を分担収集して、コンソーシアム内で共有する。
・Orbis-Cascade Alliance。オレゴン・ワシントンの37の学術図書館による、コレクション収集に関するコンソーシアム。

●美術資料のグローバルな客体化へ向けて
・・グローバル時代の美術資料データベースの共有性
・日本のデータベースはローカリズムが強い。グローバル化し、アクセスとコラボがしやすくなるように。
・海外の機関とコラボしてプラットフォームを開発する。
・・オープンとアクセスの再検討
デジタル化してもインターネットで公開しない例が日本にはある。海外での利用者の範囲を広めてほしい。
データベースをその美術館や機関内の人だけで作成するのではなく、海外の研究者等と共同で構築したほうがいい
・コンテンツのオープン化。例えば、所蔵作品だけに限る、とか、国宝・重要文化財などに限るなどの例。このように資料の対象範囲を限定されてしまっては、研究が深まらない。(良品主義。価値が高いと指定したものに限ってデータベース化しているようだったら日本美術への理解は深まらない。美術の階層化につながる)
・日本語以外の言語での解説やブラウジングの仕組みがないと、海外のユーザや一般のユーザはアクセスできない。様々な利用者を考える必要がある。
・例:メトロポリタン美術館 Heilbrunn Timeline of Art History(http://www.metmuseum.org/toah/)。関連コンテンツへのリンクの提供など。
・・探索を簡単にすること。
・そのコンテンツの目的は何か? 対象ユーザは誰か? そのユーザはどのように発見可能か?
・日本国内における日本美術史の研究も、国際的観点に立つことが必要。
・メタサーチシステム(例:KVK)、表記の揺れを吸収するマッピング、標準化。
・海外研究者がプロジェクトに参加することで改善できる。
・日本版ヨーロピアナが必要。(NDLサーチはもっと参加館を多く)
海外からの日本語でない問い合わせに、返事をください!(<e>これはマジ)


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■コメント・ディスカッション

●小出いずみ「アウェイとホーム」
・・日本への期待について
・アクセスを容易にする: 言語、使いやすさ、制度、思い込み(固定観念)
・「日本語の本やwebサイトが海外で読まれるわけがない」ことはない。
・情報を豊富にする: メタデータの標準化、連携、統合、プラットフォーム
・国内・館内・館間のコラボレーションが必要。これによって研究対象へのアプローチの多角化が可能になる
・・研究潮流の変化について
・研究手法の変化: デジタル化
・一次資料・アーカイブズ資料への注目
・研究対象の変化・ひろがり: ポピュラーカルチャー
・横断的、複合的
・研究のグローバル化(研究対象、研究主体)
・・まとめ
・ニーズはユニバーサルである。
・アウェイの支援をすれば、それはホームの支援になる。
・私たちはコラボレーションすべき。

●ディスカッション
・問い合わせをどこに出していいか分からない。窓口をはっきりさせてほしい。
・コンタクトフォームをつくっておいてほしい。
・Japan Art History Forumやeastlib にはいってください。
・いろいろ言いましたが、日本だけでなくどの国でもできてないことが多いんです。(ていうフォロー)

posted by egamiday3 at 21:48| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月24日

ミュージアムで写真を撮りたい、んだけど(@[世界を変えた書物]展)

 
 先日、大阪で開かれてた「[世界を変えた書物]展」を見てきたので、そのときにちょっと思ったことを書きのこしておきます。

IMG_2513.JPG

 「[世界を変えた書物]展」は、金沢工業大学さんが所蔵する科学・工学・技術系の古典籍・稀覯書の類を100冊だなんだ的な規模で展示するもので、刊本ばかりですが、プリンキピアはあるわ天球の回転についてはあるわ、ケプラーはおるわガリレオはおるわ、もちろん時代が下がればもっとお歴々がおるわなんですが、科学史展示としても学術史展示としても書物史展示としても、おっ、とならざるを得ないような感じで、これが過去に金沢(2012)や名古屋(2013)でやってたのを今回大阪でもやりました、というような感じみたいです。

 そしてもうひとつ、この展示会は「写真撮影OK」という。

IMG_2523.JPG

 これをこそ、オープン・サイエンスと言いますよね。
 ヨーロッパやアメリカのミュージアムに行くと、有名どころで写真撮影OKなところは結構多くて、やっぱりお気にのが撮れるとうれしいので、日本でももっとこっちのオープンさが普及してくれないかしら、と常々思ってましたから、あ、なんかこの展示は撮影OKらしいよ、っていうのを聞きつけてっていうのもあって、大阪までやってきたわけです。
 そして撮ってきたわけです、こんな感じ。

IMG_2518.JPG
↑コペルニクスの「天球の回転について」
 光っているのは、装丁(表紙裏表紙)を見せてくれている鏡のせいですが、撮影はともかく、見るだけでも若干邪魔ではある。

IMG_2519.JPG
↑ニュートン先生の「プリンキピア」。

IMG_2520.JPG
↑あたしは書物目線で見に来たんで、こういう中身がのぞけてるのをじっと見てたりします。

IMG_2526.JPG
IMG_2529.JPG
↑正直、エジソンとかレントゲンとか言い出す時代になると、ああ、一般書だな、ってなっちゃう職業病。
 とかなんとかいいつつ撮ってる。

 で、撮らせてもらえたのはいいんです。
 ただ、なんかこう、違和感がある。

IMG_2524.JPG

 会場に見に来てるお客の人たちの、写真撮影熱がだいぶ高すぎるんじゃないか、っていう。
 もう来る人来る人みんな、スマホでパシャパシャ撮ってるという。その電子的シャッター音がフロア中で鳴り響いてて、ピーチクパーチクで埋め尽くしてるという。
 自由に回遊できる展示フロアとはいえ、資料もある程度は連番順にならんでるんですけど、そのひとつひとつを番号順に丁寧に、1個パシャ、次パシャ、ってコンプリートするように撮影している人も、めずらしくないどころか次から次にやってくるくらいに、撮ってる。
 これあれですね、展示会というより撮影会ですね。撮影会がてら、展示物として見に来てる人もいるという感じ。

 そりゃ自分もちょいちょい撮りましたけど、そう熱心な撮影会に来たつもりはなかったので、ちょっと驚いたわけです。

 なぜ、ここでは、こんなに撮影熱が高かったのか。
 そこまで科学史上の稀覯書群に興味あったからかしら。
 写真撮影OKな展示が日本ではめずらしかったせいかしら。
 そりゃ稀覯書だし、歴史的価値もあるやつだしだけど、えー言っちゃうと、見た目まあまあ地味で(笑)、そんなフォトジェニックな資料群っていうわけでもなく、みんながみんな、全部が全部を撮影するかしら、っていう。
 日本人がそういう国民性だからかしら。
 ちょっと前まで日本人×海外旅行=カメラみたいな偏見イメージあったかもしんないですけど、でもじゃあたとえば、写真撮影OKな海外の美術館で、ここまで熱心に撮影するような大量の日本人観光客なんて、見かけたことない。どっちかというと、そういうとこで一番熱心にパシャパシャ撮影してるのたぶん自分自身だろうな、ていう自覚があるほう。

 みたいなことをいろいろ考えているうちに、ふと。
 もしかして、写真を撮ることのほかにすることがなかったからじゃないかしら、的なことをちょっと思ったんです。

 科学史分野の、洋書の、古典籍の展示なわけです。基本的に文字が書かれたページ、あっても幾何学模様とか機械類の図面とかがならんでて、基本的にモノクロで、そして基本的に外国語で書かれているので、何かが見せられているけど、それが何かがわかるにはそれなりの前提知識への理解がいる、ビジュアルな美術作品とちがって。
 じゃあその脇に書いてある日本語テキストのキャプション読めばいいじゃん、ってなるけど、うん、でもわざわざテキスト読み込むために展示見に来るわけじゃないし、それだとwikipedia読んでるのとあんまたいしてかわりないんで、ある程度やっぱりモノというかビジュアルで見たい。

 ってなると、ある程度科学史や科学技術的な内容を予備知識として持っているか、自分みたいに出版史目当てで来てるようなおっちょこちょいくらいじゃないと、こういう本がストイックに並んでる展示会って、飲み込みづらいんじゃないかしら、と。
 そこへ来て「写真OK」ていう環境下だったら、あ、じゃあまあとりあえず撮っとくか、あんまこういうの見たことないし、ってなるだろうなと。

 そういう思いであらためて展示の様子を思い返してみると、そういえばパネル解説の類みたいなのほとんどなかったな、ていう。例えば、プトレマイオスなりケプラーなりの著作にこんなんありまっせっていう幾何学的な図を見せてくれてたら、その図はどういうことを描いているものなのかっていうのを、拡大で、日本語で、色つきで、補足する解説パネルみたいなんがあれば、ああこれこれこういうことをここではこういうふうに書いてるんだね、ってなるんだけど、それがテキストベースのキャプションで概要を読み込むだけではやっぱりちょっとつらい。
 これが琳派展@京博くらいの有無を言わさぬビジュアルな美術作品群であれば、当然のごとくテキストベースのキャプションを脇に置いておくという補い方で全然いいんですよ、むしろ邪魔してくれない感じで。虎の人形とかいらんし。でもその逆、ビジュアルさがないところ×ビジュアルさがない補い、はあれかなっていう。

 ビジュアルさのある補いもあるにはあって、今展示でのお気に入りのひとつがこれなんですけど。

IMG_2531.JPG
IMG_2516.JPG

 今回の出展資料同士の概念関係を、立体で構築し、線でリンクさせ、それをカラーでビジュアルに描いてみせたという、一大オブジェです。モニュメントです。これが会場の中央にでっかくドデンって、謎のモノリスみたいに置いてある。
 これだけでもすごいんだけど、さらに工夫があって、資料展示のほうも各カテゴリごとに章立てしてあって、「光」とか「幾何」とか「電気」とかにわかれてあるんだけど、各章の展示列の冒頭にモノリスのミニチュアがあって、この章はあのオブジェでいうとこのあたりのことを言ってるんですよ、っていうふうに色づけしてある。

IMG_2525.JPG

 おおっ、これはいい工夫だ、って思ったんだけど、この子モノリスをよくよく見てみると、今度はこれは色づけだけしてあってテキストがない、何と何がどうつながって流れになっているのか、そのリンクも線引きされてない。
 なので、えーっとこの章ってどのへんの位置にあって、どれとどれとがつながってるんだっけ、ていうのを、中央の親モノリスまで見に戻って確認する、っていう。せめてパンフにモデル図でもあればな、っていう。
 そんな感じでした。

 それで、えー、強引にまとめにかかると。
 自分たち自身が今後、ビジュアルでもなんでもない、この稀覯書群よりも数十倍地味で飲み込みづらい書籍・史料の類を使って展示を構成する、というようなことをいくらでもやる機会があるであろう立場なので、そういうときにでも予備知識無しで見に来はる人たちに向かって、何をどう補って展示をするのかっていうのは考えなあかんな、ていう。
 写真撮影くらいOKにしたいんだけど、それはそれとして、撮影じゃなくてまずモノを見ることに専心してもらえるコンテンツになるように。オープンって、それ自体が目的じゃないですから。

 そういうことって、自分自身が渦中でやってるときにはなかなか客観的に気づけないので、よそさんがやってるのを見てるときにできるだけ考えとかなな、っていう感じです。

 でも、それでも、やっぱり写真撮影OKっていうだけですばらしいので、全国にもっと広まって欲しい。
 あと、混んでるときに1時間待ちとかしなくて済むよう、そこはネット予約じゃないかしら、っていう制度をもっと整備してほしい。これは主に琳派展への注文。

 あと、極私的に好きだった絵↓(これも職業病)
IMG_2517.JPG
 

posted by egamiday3 at 22:51| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月07日

(メモ)電子書籍(あと主に公共図書館とのそれ)


●日本の現状
・「電子書籍ビジネス調査報告書2013」
 電子出版市場規模推移(確定分のみ)(億円)
 http://www.garbagenews.com/img13/gn-20130720-02.gif
・アマゾン
 iBooks
 楽天(kobo)
 紀伊國屋書店
 BookLive(凸版印刷)
 honto(大日本印刷)

●アメリカの現状
・電子書籍のシェア
 金額ベース 11%
 部数ベース 22%
・アマゾンのシェア
 冊子 40%強
 電子書籍 50%強 (iBooks 約15%)


●電子書籍の種類分け
・パソコンで、CD-ROM/DVDで閲覧する
・電子辞書
・ケータイ小説/ケータイコミック
---
・パソコンで、オンラインで、ダウンロード/閲覧する
・携帯電話・スマホ・タブレットで、オンライン、ダウンロード/閲覧する
・専用端末で、オンラインで、ダウンロード/閲覧する

・スタンドアローン
・ダウンロード(オンラインで保存)
・ストリーミング(オンラインでリアルタイム)

・フィックス(画像方式)
 PDF、マンガ・ビジュアル雑誌・写真集、紙からのスキャン
・リフロー(テキストデータ、全文型)
 フォント変更、全文検索、書き込み、外部参照、読み上げ対応(障害者支援機能)

・一般的なブラウザ
・専用閲覧ソフト/閲覧アプリ
・専用端末
・電子書籍アプリ
(例:2010「もしドラ」電子書籍アプリ、10万ダウンロード)

・出版者が新刊書・近刊書(紙書籍)の電子書籍を販売する
・過去の紙書籍を遡及的に電子書籍化する
 例:日本出版インフラセンター「コンテンツ緊急電子化事業(緊デジ)」(→)
・電子書籍のみで出版・販売される
・個人が自己出版として電子書籍出版する
・個人が”自炊”する
・デジタルアーカイブとして構築する
 Google Books、NDLデジタルコレクション、各図書館・公的機関等の電子化事業、青空文庫/グーテンベルグ・プロジェクト、機関リポジトリ・オープンアクセスサーバ

・DRM(Digital Rights Management)
・コンテンツに鍵をかけて利用を制限する(ハードDRM)
・コンテンツに電子透かし/番号を埋め込んで追跡・識別可能にする(ソフトDRM)


●電子書籍の規格(ファイル形式)
・・国際標準
・PDF
 Adobe社開発→国際標準規格
 電子書籍に限らず幅広く普及
 ページレイアウトを固定する
 画像データ/テキストデータ
・EPUB3.0
 IDPF(International Digital Publishing Forum:国際出版フォーラム)(2011年から)
 HTMLコンテンツをzipでまとめ、拡張子を.epubとしたもの
 (HTML、CSS、XML、JPEGなど)
 仕様はオープン

・・デファクト・スタンダード
 企業=プラットフォーム提供者が、独自の規格を開発・採用し、市場シェアを確保する。
 コンテンツと、プラットフォーム、デバイス(機器)、ビジネスモデルなどのエコシステムを構築する。
・アップル(iBooks)
・アマゾン(kindle) KF8(拡張子.azw)


●電子書籍のエコシステム
・アップル(iBooks)
・アマゾン(kindle)
・大企業(プラットフォーム提供者)が、コンテンツ、プラットフォーム、デバイス(機器)、ビジネスモデルなどの大規模なエコシステムを構築する。
・コンテンツを管理し、ユーザを管理する。
・このエコシステム内では便利・快適(「檻の中の平和」)
・エコシステムが一部のプラットフォーム提供者により寡占化している。
 ↓
・(例)2009 アマゾンが、著作権的に問題のあった書籍を、強制的に遠隔操作により削除した。(『1984年』『動物農場』)
 ↓
・書籍データ(ユーザの書き込みデータも含む)が勝手に削除される。
・企業が、ユーザの購入・閲覧履歴等のデータを把握している。
・ユーザは、電子書籍を”入手”したのではなく、”アクセス権”を得ているだけ。(DRM、自力で保存不可)
・企業が”閉店”したら、ユーザは電子書籍へのアクセスができなくなる。
・以上のことを、ユーザは”同意”している。


●電子書籍の価格
・エコシステムが一部の大企業により寡占化している
 ↓
・電子書籍は物品ではないので再販売価格維持制度の対象ではない。(2011年 公正取引委員会)
・価格を自由に付けられる(割引、セール等)
・売る/売らない、いくらで売るか/いくらで買うかが、一部のプラットフォーム提供者に左右される
 例:無料セール・格安セールの実施


●電子書籍の歴史
・1985 『最新科学技術用語辞典CD-ROM版』
・1987 『広辞苑第4版CD-ROM』
・1988 日本電子出版協会「日本語対応CD-ROM論理書式に関する標準化案」
・1990年代 EPWING(辞書システムCD-ROMの標準規格)
・1999 電子書籍コンソーシアムが「ブック・オン・デマンド実証実験」
・2000年代 国内各者(パナソニック、ソニー等)が電子書籍端末を発売
・2006 GoogleがGoogle Books事業を開始
・2007 AmazonがKindleを発売
・2009 国立国会図書館が所蔵資料の大規模デジタル化事業を開始
・2012 日本出版インフラセンターが「コンテンツ緊急電子化事業(緊デジ)」
 (東日本大震災復興関連予算による。460社、6万タイトル。多くの出版者が電子書籍化を開始。運営・内容・効果に批判あり)


●公共図書館における電子書籍の導入
・2014年 アメリカの公共図書館の約95%が電子書籍を提供している
・2013年 日本の公共図書館では17館しか電子書籍サービスを導入していない(10万人以上の自治体、電子出版制作流通協議会調べ)
・大都市圏の公共図書館では関心が高いが、それ以外の市町村立図書館では反応が鈍い


●なぜ日本の公共図書館では電子書籍サービス導入が進まないのか
・予算が足りない
・導入費・維持費・電子書籍費が高い
・タイトル数が少ない
・新刊書が少ない
・利用者のニーズに合ったタイトルが少ない

・紙書籍よりも電子書籍のほうが販売時期が遅い
・同時貸出数に制限がある

・公共図書館向けの電子書籍サービス(販売用のビジネスモデル)が少ない、流動的
・有力なプラットフォーム提供者があらわれていない
・出版者側が無料貸出による販売圧迫を警戒している

・図書館・図書館員のスキル・考え方が追いついていない
・ユーザの利用がまだ定着していない
・ユーザからのニーズ、問い合わせが少ない
・むしろ日頃図書館に来館しない人へ向けての利用促進が必要


●出版者側と公共図書館側との見解の比較
・磯部ゆき江, 三輪眞木子. 「公共図書館への電子書籍サービス導入 : 公共図書館と出版社の視点」. 『日本図書館情報学会誌』. 2014.12, 60(4), p.148-164.

・・公共図書館
・電子の値段は、紙と同額かそれ以下をのぞむ
・電子の提供時期は早期をのぞむ
・電子の貸出回数に上限を求めない
・(公共図書館は)電子の所有権を重視していない(流通←→保存)
・主な対象者は、非来館者、障がい者、高齢者。期待する機能は文字拡大、音声読み上げ。
(電子書籍に関する公立図書館での検討状況のアンケート(2013))
・公共図書館のサービスで重要なのは、レファレンスサービスである

・・出版者
・電子の値段は、紙より高い価格をのぞむ
・電子の提供時期は、紙より遅くらせることをのぞむ
・電子の貸出回数に上限を求める
・公共図書館は貸出を重視している(と考えている)
・紙と電子をともに出版する
・一般消費者向けビジネスが優先

●公共図書館向け電子図書館サービス(日本)
・TRC「TRC-DL」
・紀伊國屋書店「NetLibrary」
・株式会社日本電子図書館サービス(2013、角川・講談社・紀伊國屋書店)
・Over Drive社(米国)

・OPACで紙書籍と同様に検索・アクセス可能なサービス
・電子書籍専用のサイトからアクセス可能なサービス
・専用の閲覧ソフトが必要か/不要か
・サービス終了後、購入した電子書籍を入手保存できるか/できないか

●公共図書館向け電子図書館サービス(日本)の課題
・タイトル数が少ない
 千代田区立千代田図書館 6200冊
 大阪市立中央図書館 5000冊(和書1500冊)
・導入費・維持費・電子書籍費が高い
・価格が紙書籍よりも割高である(TRC-DL:1.2-1.3倍)
・ライセンス(同時貸出数)ごとに料金が必要(3ライセンスなら3倍)
・奉仕対象人口に応じて価格が決まる
・NetLibrary: 電子書籍購入費用を一度支払えばよい(入手・保存可能)
 TRC-DL: 継続してシステム使用料・サーバ使用料などを支払う

●図書館における電子書籍の購入
・購買(買い切り)
・アクセス契約
・Pay per view
・Demand Driven Acquisition(要求主導型購入モデル)
 利用者が借りた分だけを、図書館が後払いで購入する
(例)米Over Drive社 20回までの貸出はPay per view料金を適用、それを越えると自動的に購入料金を適用

●公共図書館向け電子図書館サービス(アメリカ)
・2014「Ebook Usage in U.S. Public Libraries」
 公共図書館の約95%が電子書籍を提供している
 74%がフィクション、26%がノンフィクション
 タイトル数の中央値は約1万点 (3万点をこえる図書館は約17%)
 購入予算は全体の8%程度(5年後に14%と予想)

●Over Drive
・50言語・200万タイトルの電子書籍が、世界30か国の34,000の図書館や学校で利用可能
・Over Drive社の電子書籍サービスを9割以上の図書館が利用している
・図書館OPACまたは書店等のwebサイト、Amazon等で貸出手続き
 自分の機器(PC、タブレットなど)にダウンロード
 貸出できるのは1冊あたり1回に1人だけ
 貸出期間が過ぎれば、自動的に消去される
 貸出中の電子書籍には「購入」ボタンも出る
・多くがコンソーシアム契約によって他館と共有する
・電子書籍は、紙にとってかわるのではなく、補完サービス

●米国での課題と活動
・図書館界から出版会に対して積極的なビジネス提案をする
・サービス契約の終了と変更
 (例)カンザス州立図書館(書籍の一部は新システムへ移動、一部はアクセス権を失う)
・2012 ALA会長が図書館への電子書籍供給を拒否する出版社を批判
 「経済的に図書館利用しかない利用者への差別であり、出版社によるデジタルデバイドの拡大を傍観できない」

●日本での展望と課題
・2015年 株式会社メディアドゥが日本の公共図書館にOver Driveの電子書籍サービスを提供開始
 (龍ケ崎市立中央図書館・潮来市立図書館)
・2016年 国内の電子書籍タイトル数は100万点をこえる見込み(http://current.ndl.go.jp/node/28502
・電子書籍に最も出費する国は日本(平均86ドル)(米調査、http://current.ndl.go.jp/node/29072

・出版者によるビジネスモデル(図書館によるサービスモデル)の構築
・公共図書館、出版者の相互理解、協力関係



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■参考文献
・日本図書館情報学会研究委員会編. 『電子書籍と電子ジャーナル』. 勉誠出版, 2014.
・星野渉. 「電子書籍と出版産業」. 『情報の科学と技術』. 2012.6, 62(6), p.236-241.
・植村八潮. 「電子書籍の市場動向と図書館」. 『現代の図書館』. 2013.12, 51(4), p.197-202.
・磯部ゆき江, 三輪眞木子. 「公共図書館への電子書籍サービス導入 : 公共図書館と出版社の視点」. 『日本図書館情報学会誌』. 2014.12, 60(4), p.148-164.
・伊藤倫子. 「電子書籍貸出サービスの現状と課題 : 米国公共図書館の経験から」. 『情報管理』. 2015, 58(1), p.28-39.
・村上泰子, 北克一. 「電子書籍と知の公共性,図書館」. 『図書館界』. 2015.7, 67(2), p.96-104.
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posted by egamiday3 at 20:46| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月18日

まだ白手袋で本さわってるの? : 古典籍と手袋にまつわるエトセトラなメモ

 
 長野県短大:学園祭で「和書喫茶」 古書を気軽に楽しんで - 毎日新聞
 http://mainichi.jp/select/news/20151018k0000m040026000c.html

 古典籍(以下、和装本、和本、貴重書等いろいろ)を手袋で取り扱うという類の報道写真・映像があとをたたず、時折思い出したように、あれはダメだ、え、ダメなの、ダメだよ、的な話が軽くこんがりします。あるいはその逆(素手じゃん、素手でいいんだよ、え、いいの)も。

 私は、古典籍資料の類を取り扱う際に、手袋などせずに素手で(よく洗った上で)取り扱う派です。そしてそれが正しい方法だろうと考えている派です。
 まず、そもそも「手袋をしましょう」なんてこと習ったことがないし。

 このネタについては8年前、ハーバードに巣くってた頃のブログにひと記事書いてました。
 「反論:「手袋、いらんな」」(HVUday)
 http://hvuday.seesaa.net/article/57605998.html
 まあ↑とだいたいかわんないんだけど、追加であらためて集めたり考えたりしたことをつれづれにメモする感じのあれです。
 (ちなみに、↑このころはまだ東大さんも国会さんも手袋派だったらしい、リンクが死んでるので定かではないですが)
 
 この話で一番わかりやすいのはたぶんこれ。
 「「貴重書は白手袋を着けて」という誤解」(Cathleen A. Baker、Randy Silverman。翻訳:(株)資料保存器材)
 http://www.hozon.co.jp/report/post_8754
 IFLAの『International Preservation News』(2005.12)「Misperceptions about White Gloves」を和訳したものです。

 ざっくり言うと、
 ・手袋自体汚れている、いやよっぽど汚れてる
 ・手袋すると扱いづらくなるため、余計に傷める危険がある
 ・きれいに手を洗えば素手のほうがいい

 ちなみに同じ(株)資料保存器材さんによるツイートのtogetterもいいまとめ。
 「@shiryouhozonさんによる「貴重書の取扱い」」
 http://togetter.com/li/107157

 IFLAの↑はもしかしたら洋書が念頭の話かも知れませんが、じゃあ和本のほうはどうかというのを、いま手の届く範囲にある文献でちゃちゃっとまとめると。

『古文書の補修と取り扱い』(中藤靖之、神奈川大学日本常民文化研究所監修)
「文書を取り扱う前の注意事項」
「手の油や汚れなどが文書に付着すると、それが新しい栄養分となって・・・生物的被害を発生させる原因になるので、必ず手を洗うこと」
 ↑手袋には言及すらしてない。またこの本の別の章では補修作業中の写真が多く掲載されてますが、みな素手で作業してます、そりゃそうか。

『日本の美術』436
「古写本の姿」(藤本孝一)
「古写本の場合は手袋をつけると、手の感覚が分からなくなり、往々にして手袋の汚れに気付かず、本に汚れを附けたり、料紙に皺をつけてしまうことがある」

『和本入門』(橋口侯之介)
「手の汗や汚れは長い目でみると本を傷める。とくに脂分がいけない。しかし、われわれがふだん手にするレベルの本ならそこまでの必要はない。むしろ紙質や表紙の感触など直接手にとって初めて実感することがあるから、手袋はかえってじゃまである。よく手を洗っておくことが最上の接しかたであり、また礼儀である」
 ↑これはどっちかというと、紙を実感してください的な目線か。

 まあいずれにしろ、なんならそのへんにあるふつーの本でいいから、白手袋はめて扱ってみたらいいと思います、とてもじゃないけどまともに扱えないし危なっかしい、手垢や脂がどうのという以前に、いまここ、手元にある物理的危機のほうが尋常じゃないですから。

 というわけで、うちとこの図書館では「手袋は使わないでください」「まず手を洗ってください」という方針でお願いしています。

 ただ、じゃあいつでもどこでもそう都合良く手を洗う環境がありますか、ていう問題はあって、まともな図書館さんなら手を洗う場所ってちゃんと設置されているものですし、あるいはうちとこでも、かつての貴重書閲覧スペースにはそんなものがなくて3階から1階の手洗い場まで降りてもらわなきゃいけなかったんですが、いまの貴重書閲覧室には室内にそれがあって、だからすこぶる都合が良い。
 でも、古典籍の類を扱うのはそんな都合の良い図書館の閲覧室ばかりではないわけです、たとえばかつてあたしが経験した、学芸員さんのかわりによそさんに展示のための資料を借りに行く(参照:http://egamiday3.seesaa.net/article/376964225.html)というお仕事のときには、「個人のお宅にお邪魔して、そのお宅の居間で古典籍資料を取り扱う」ということをやらなきゃいけなくて、どうしよう、そう都合良く手を洗わせてもらえるものかしら、っていうのがわかんなかったので、念のため、アルコールのウェットティッシュとペーパータオルを持参して「手を洗う」のかわりにする、ということをしました。うっかり水場を借りて手を洗ったところで十二分に乾かせるかも自信なかったしなので。それがどこまで正しかったかどうかは、ちょっとわかりませんけど。

 え、じゃあ、どんなときも手袋をつけない、でファイナルアンサーですか?と。いついかなるときも、すこやかなるときも病めるときも幾久しく、手袋は使いませんかと。

 いや、「手袋してください」説もあるにはある、っていう話ですが。

 『文献学』(杉浦克己)
 「事前によく手を洗い、また必要があれば手袋を用いる」

 実は先に挙げた「使わない」説文献のほうでも。
 『和本入門』の橋口さんは、先の引用文の前にこう書いてます。
 「まず手を石鹸でよく洗って席につく。重要文化財クラスの本をさわるなら手袋をして、手垢などがつかないように配慮しなければならない」

 もちろん、対象や条件によっては手袋しましょうという説はいくつもあって、どんなときも僕が僕らしくというわけではないと。
 これも先に挙げた、『日本の美術』436「古写本の姿」(藤本孝一)では、
 「金属や漆製品等には、手の油がつくので手袋を使用するのが一般的であるが」と。
 そりゃそうです、うちとこも「手袋しない」とは言いましたが、こないだうちの貴重書庫に置いてある幕末期のホフマン金属活字を触らなきゃいけないことあったんですが、さすがに素手で触れませんでした。ちょっとの塩分でも錆びになるんじゃないかと思って。手袋ないから、ペーパータオルではさんで扱ってた。

 そしてIFLAの「「貴重書は白手袋を着けて」という誤解」でも、その冒頭の断り書きとして、
 「ただし、ここで対象としているのは歴史的な価値のある書物および紙媒体文書である。写真のポジ・ネガ、スライド等は対象外である。また、立体物(とりわけ変色してしまった金属の)も除外される。こうしたものは取り扱いに関してそれぞれ固有の注意すべきことがらがあり、それぞれの分野における専門家によって論じられるべきである」
 まあ、そういうことですよね、という感じです。うちとこだけでも、金属活字もあればガラス乾板もある、羊皮紙もあれば酸性紙もあるで、なんでんかんでん一緒というわけではないですから。

 うちとこでは「手袋しない」だしよその図書館でもだいたいそういう認識だろうと思ってはいるのですが、例えば、うちとこの所蔵資料を展示に出したいからっておっしゃる博物館・美術館さんのキュレーターの方がちょいちょいうちにいらっしゃって、資料を借り出して行かれるんですが、その半分くらいの方はこちらが何も言わないでいると白手袋を出してはめて扱おうとしはる。あ、どうしよう、たぶんあたしよりあちらさんのほうが資料の扱いについては専門家さんのはずなんだろうけどな、でもどうしようかな、って0.02秒くらい逡巡した末に、「すみません、うちとこでは手袋なしでお願いしてるんです」って言うと、ああすみません、って素手にシフトしてくれはる、という感じです。
 それが正しいかどうかは、ちょっとわかりません。
 あれはどうなんでしょう、美術館博物館業界さんの界隈では手袋するのが正当な方法であるということなのか、書籍文書刷り物も美術品の延長というあれなのか、業界のじゃなくその個人さんのポリシーなのか、組織機関さんのそれなのか。あるいはもしかするとですが、ご自分たちでは手袋なんかすべきでないって考えてるんだけど、だからって素手で扱おうとすると所蔵者さんによっては、なんだてめえうちの大事なお宝を素手で触りやがって、って逆鱗沙汰になりかねないからそれを避けるための、自衛策またはアピールなのか。いずれにしろ、自分自身の考え、もしくは自分の観測範囲内で共通認識とされている考えとは、異なる理由・考え・方針で動いてるところだって、もちろんあって当然だとは思うので、それはそれとしてでいいと思います。常識なんか人の数ほどあるわけだし。
 でも、うちとこのは、すみませんこうしてもらえますか、という。
 ただ、「素手にしてください」って言って、手を洗わずに素手で扱われそうになるときはさすがにどうかとは思うけど。

 じゃあ、ほんとのほんとに紙媒体の取り扱いに手袋は完璧アウトかというと、これもまたそういうわけではないなというのが、先のハーバード時代ブログ(http://hvuday.seesaa.net/article/57605998.html)でも書いたんですけど、メリーランド大学のプランゲ文庫(註:戦後占領期日本の数年間の国内出版物がすべて検閲のためにGHQに集められたののコレクション)では壊れやすく傷みやすい劣悪品質な紙資料を取り扱うのに、保存上の理由から手袋をしています、と。その手袋は化学繊維の不織布みたいなのの極々すっごく薄いやつで、メッシュ的な感じにすらなってて、これだったら素手で取り扱ってるときと同じくらいの感覚で触れそうだし、それでいて手の脂とか汚れとかつかなくて済みそう、っていうあれで、技術でもって要件を満たしうるものが登場するんだったら、そりゃそっちのほうがいいよねっていう。あれほしいよね、ていう。

 という意味では、「古典籍を取り扱うのに手袋をするか、しないか」っていうのは、単純なマルかバツかのルールというものではもちろんない、手袋してるから即ダメとか、素手だから即ダメとかいう問答無用のジャッジメントじゃなくて、なんていうんでしょう、「物を触る」っていうことはとどのつまり、自分とその物との”対話”なわけじゃないですか。触るって、対話ですよ。だからそれが果たして自分と相手にとって”適切な対話”だろうかということは、常に自分に問わなきゃいけないというか、そこに”リスペクト”がないと問題の根本解決にはなってないよな、ていう。
 人と人との対話だって、相手をリスペクトしていれば、相手の事情環境にあわせてこっちの接し方やコミュニケーションの取り方を適切に変えていく、ということを我々ふだんやるわけです。ましてや、人間なんかよりよっぽどデリケートな古典籍資料との対話であれば、それ以上に相手との対話の仕方を弛まず怠らず問い直して、問い返してをしていかなあかんな、ていう。

 対話の例かな。
 「古典籍の取り扱いと実際《実習》」(尾崎正治)
 http://bukkyo-toshokan.jp/activity/pdf/lecture_07_04.pdf
 「私の場合は、基本的には石鹸で手の油を洗いとって触る、指の感覚を活かして掴むということにしています。どういう場合に手袋をするかといいますと、大谷大学には中国の秦漢時代を中心にした古印が八百点余り、封泥も二百数十点あります。これを手にとる場合は、ここにあります手袋を使います。また硯の場合は、どうするか悩むところですけれども、直に触る時は手袋をします。箱に入れて運ぶ時、手袋をしていますと滑らせて落としてしまう可能性がありますので、その時は手袋をはなします。」

 ただ、最初の問題に戻ると。

 長野県短大:学園祭で「和書喫茶」 古書を気軽に楽しんで - 毎日新聞
 http://mainichi.jp/select/news/20151018k0000m040026000c.html

 まあ正直、この手の報道写真で白手袋があとをたたないのは、記者なりカメラマンなりが「そのままだと雰囲気でないから、手袋とかはめません?」的な注文をつけた(それを受けちゃう問題もあるにもしろ)っていうのの結果が半分くらいあるんじゃないか、って思ってますけど。そういうこと言いそう、っていうか言うし。刑事ドラマあたりの影響だろうとは思いますけど。沢口靖子ならそりゃはめるでしょうけども。
 ことほどさように、事実上圧倒的に、盲目的に手袋を付ける&素手では触らないんだと誤解してる向きが大多数だろうとは思うので、そこはもっと「手袋はダメ」説を根気強く訴えていく必要はあるな、って思います。
 それは絶望的な闘いでは決してなくて、えっと今年5月くらいだったかな、ゴールデンタイムに、くりぃむしちゅーが熊本大学の永青文庫文書を紹介する2時間特番、などというおよそ信じがたい奇跡的な番組があって、そこでは「手袋しないんですか」「しないんですよ、理由はこれこれで」っていうやりとりがしっかり放送されてて、あ、これすげえな、って思たです。

 闘い甲斐もあるし、問い直し・問い返しもまだまだあるな、と思います。

 大御所が、和本をレンジでチンして虫を殺す、って言うようなロックな業界ですから。


posted by egamiday3 at 23:56| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月13日

(メモ)『学術書を書く』(京都大学学術出版会, 2015)を読んだメモ

 
・学術書が研究者の評価の道具として扱われるようになった結果、アメリカの大学出版部は二極化し、小規模群は母体大学の援助なしに成り立たず、黒字を出せるのは全体の1割程度で、ほとんどビジネスとしての体をなしていない。
・日本ではこの出版不況下に大学出版部の設立がむしろ活発。(既存の出版者が受け皿になれないため)
・京都大学学術出版会では1999年以来、海外の出版社と共同して、日本から英文の学術書を世界に向けて刊行する取り組みを続けている。
・(小規模の専門家コミュニティに向けた学術論文とは異なり)学術書の読者とは、多少専門は離れるが広くは関係する分野の研究者・学生(二回り、三回り外の専門家)。書かれた内容が専門の垣根を越境して拡がる可能性のあるメディア。
・学術情報のメディアが電子化・オンライン化することで、読者を規定するような物理的な制約がなくなったため、発信者が読者を意識しにくくなった。読者・読み方がかわった。にもかかわらず、学術情報メディアのカテゴリは変わらないまま、ではないか。
・学術情報のオンライン化・オープン化によって「知の民主主義」がおこるようになった。だからこそ、単に学術情報をネットに整理・評価なしに置いておくだけでは意味が無く、情報に関連性や体系性や意味づけを与える役割が必要になる。その編集者としてのキュレーション機能のあり方が、学術書を誰に向けてどう書くかと、重なる。
・共同研究等で領域を越えるような研究は、学術雑誌というメディアでは総合的・体系的に表現できない。
学術書に最も特徴的な性格は、越境性である。専門家ではない読者に内容を伝える、研究の核だけではなく必要な解説を配する、二回り、三回り外の読者に届くようにする。
・初版1000部は、学術書の目安であり、同時に学教会会員数のひとつの水準でもある。そのくらいの範囲を対象としてほしい。
・本にしたときに読んでほしい相手が、狭い専門分野よりも外の広い範囲であるなら、自分の研究を全体の中に”位置づける”必要が出てくる。
・inter-chapter integration(章と章との統合)。章同士がばらばらにならず本全体との関係がわかるように。
・専門外への無関心が問題。


posted by egamiday3 at 21:13| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月10日

世界記憶遺産おめでとう記念:「東寺百合文書×デジタル×世界」について


 東寺百合文書さん、世界記憶遺産への登録決定、おめでとうございます。

 今年発売された『デジタル・アーカイブとは何か : 理論と実践』(勉誠出版, 2015)に「「誰でも」とは誰か―デジタル・アーカイブのユーザを考える」(江上敏哲)っていう記事を載せていただいたんですが、その中に東寺百合文書について言及した節がありまして、それが”東寺百合文書×デジタル×世界”的な話なので、オリジナル原稿を抜粋して載せておきますね。

デジタル・アーカイブとは何か 理論と実践 -
デジタル・アーカイブとは何か 理論と実践 -
 本編から切り取って文脈が失われた状態で載せたかたちなので、たぶん一部にこいつ何言ってんだ的なところもあると思うんですが、それは本編『デジタル・アーカイブとは何か : 理論と実践』(勉誠出版, 2015)のほうで文脈をご確認いただければと。(っていうか、あたしのよりも古賀先生とか大場さんとか湯浅先生のほうをですね、)


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1.jpg
 日本の図書館やアーカイブが持つ日本語で書かれた日本についての資料・情報を必要とするユーザは、一般的な論理で考えれば、日本にいて日本語がわかる日本のユーザであろう。これをいったん否定し、別のユーザ像、すなわち、海外にいる、日本語がわからない、日本のことが専門でもない他分野の研究者を想定してみる。このようなユーザが、日本にある日本語で書かれた日本についての資料・情報にアクセスしようとすれば、先述のような様々な不自由を伴うことが想像できる。距離が遠く実物を閲覧・利用することができない。入手にコストがかかる。言葉の壁やリテラシーの低さ、制度や慣行の違いによって、読めない、探しづらい、利用しづらい、などである。そしてそれは、1.で挙げたデジタル・アーカイブが持つ利点、すなわち、距離・時間の差を解消できる、汎用性のあるツールに流用できる、検索が容易などの特徴によって解消できる可能性がある。
 例として東寺百合文書とそのデジタル・アーカイブを考える。東寺百合文書は、京都の東寺に伝わる約25000通の古文書群である。その範囲は8世紀から18世紀までの約1000年にわたり、特に14-16世紀の文書が充実している。東寺は規模も大きく広大な荘園も所有していたため、土地台帳や絵図、荘園経営にかかわる文書や、寺院の議事録なども含まれる。当時の東寺および社会の政治・経済・宗教などの背景を現代に伝える、日本史研究には不可欠な一次史料である。現在は京都府立総合資料館が保管しており、1997年には国宝に指定されている。
 東寺百合文書を「日本史研究に資する寺院の史料」ととらえれば、想定されるユーザは日本史研究者や日本の寺院関係者であり、日本にいて日本語を理解する者という前提に限られる。来館利用が充分に可能であり、特段のサポートがなくとも活用可能な専門性とリテラシーを持つと思われる。このユーザ像を否定し、海外にいる、日本語がわからない、日本のことが専門でもない他分野の研究者が、東寺百合文書を利用すると仮定する。そのユーザと東寺百合文書の間にはギャップがある。ギャップを解消するため、東寺百合文書そのものに変更を加えることはできないが、そのとらえ方を変更する。すなわち、東寺百合文書を「世界(東アジア、ユーラシア、環太平洋)の中にある日本という地域の、土地台帳や契約文書などを含む、仏教という宗教組織の文書群」ととらえれば、想定されるユーザは日本の日本史研究者に限らず、世界中の経済学研究者や宗教学研究者など多地域・多分野にひろがり、日本語を充分に理解せず日本資料を扱うリテラシーも低いユーザであるという可能性もうまれる。
2.jpg
 2014年3月から京都府立総合資料館により公開が開始されたデジタル・アーカイブ「東寺百合文書WEB」 では、約80000枚のデジタル画像をインターネット上で閲覧できる。デジタル・アーカイブとしてオープンにされることで、海外にいるユーザ、日本が専門ではない他分野のユーザによるアクセスがより容易になったと言える。それは、距離の遠さや時間、冊子・コピー等の入手にかかるコストが解消されたというだけではない。その存在がGoogleなどの一般的なサーチエンジンにより不慣れな人にも探しやすく、見つかりやすいという点。また、目録・索引をキーワードで検索可能なデータベースとして提供し、加えてヴィジュアルな地図や年表など双方向性があり直感的操作の可能なツールを提供している点。これらはいずれも、日本資料を扱うリテラシーが高くないユーザの利用とアクセスを容易にするものである。
 また「東寺百合文書WEB」はクリエイティブ・コモンズの「CC-BY」で公開されていることも大きく評価されている。自由な利用を促し社会に還元する姿勢に加え、ここではクリエイティブ・コモンズという国際的な仕組みの採用に注目したい。すなわち、日本国内の限られた地域・分野の研究者コミュニティなどの狭い範囲で共有されるルールや作法、または日本国内の慣習に則った複雑な手続きによってその利用をコントロールするのではなく、海外にいる、日本語がわからない、日本のことが専門でもない他分野の研究者であっても、その利用のルールが容易に理解できる、という利点である。(註:たとえ研究者・執筆者が日本語や日本事情をわかってても、編集者・出版社がそれをわからなければ掲載ができない)
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posted by egamiday3 at 22:32| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

(メモ)『図書館のための個人情報保護ガイドブック』より

 藤倉恵一. 『図書館のための個人情報保護ガイドブック』(JLA図書館実践シリーズ, 3). 日本図書館協会, 2006.
(藤倉恵一. 「図書館における個人情報保護 : 理念と実際」(<特集>情報セキュリティ). 『情報の科学と技術』. 2012, 62(8), p.342-347. でいろいろ補足した)

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・2005年4月 「個人情報の保護に関する法律」(個人情報保護法)全面施行

●個人情報保護法の適用範囲
・適用される”個人情報保護”法令は設置母体による
・「個人情報の保護に関する法律」(個人情報保護法)
→民間事業者=私立学校の図書館、私設・民間の図書館
・各地方自治体が定める個人情報保護に関する条例
→公共図書館、公立大学図書館
・「行政機関の保有する個人情報の保護に関する法律」(2003年)
→行政機関に属する図書館
・「独立行政法人等が保有する個人情報の保護に関する法律」(2003年)
→国立大学法人、法人化した公立大学

●「個人情報」と「個人データ」
・「個人情報」
・特定の個人を識別できる情報
 (氏名、住所、生年月日、連絡先、容姿、指紋・遺伝子)
・単独では個人を識別できないが、他のリストと照合すれば特定できるもの
 (ID、学籍番号などの数字・記号)
・プライバシーとは異なる

・「個人情報データベース等」(民)・「個人情報ファイル」(公)
 個人情報が検索可能なデータベース
 (アナログなものも含む(冊子、紙リスト、整理された名刺))
・「保有個人データ」(民) 半年以上保有する個人データ
 「保有個人情報」(公) 職務上取得した個人情報ファイル
・図書館では
 「個人情報」: 利用者の氏名、住所、連絡先等
 「個人情報データベース等」(民)・「個人情報ファイル」(公): 利用者情報をデータベース等のシステムに登録したもの
・個人情報保護法等で取り扱い注意の対象にしているのはほとんどが「保有個人データ」「保有個人情報」である
・(法的保護の対象でない)「個人情報」やその他の利用者に関する情報は、「図書館の自由に関する宣言」で守る(読書履歴、レファレンス記録など)
・個人情報保護等で保護すべきものは、おおむね「図書館の自由に関する宣言」で守るべきものに含まれる

●利用者情報の「利用目的」
・個人情報を取得する(利用登録等)ときに、「何のため(目的)」を明示する必要があるか?
 ○ 貸出、返却、督促、到着通知 →図書館利用のためという目的が明らかであれば、明示する必要はない。
 △ 広報、新サービス案内など →明らかな「図書館利用目的」でなければ、個人情報取得時に「広報に使用します」などを明示しなければならない。どこまでが図書館利用なのかを特定する必要がある。
・外部のデータベースから得られた情報を利用してよいか?
 (例)入学生の情報を、事務部から図書館に渡して転用する。
    卒業生に連絡をとるために、事務部が管理する同窓会名簿や在学記録を利用する。
 →その個人情報が、図書館利用の目的でも使用されることが、正しく伝わっていなければならない。

●図書館の「資料提供の自由」と制限
「図書館の自由に関する宣言」
第2 図書館は資料提供の自由を有する
1 国民の知る自由を保障するため、すべての図書館資料は、原則として国民の自由な利用に供されるべきである。
 図書館は、正当な理由がないかぎり、ある種の資料を特別扱いしたり、資料の内容に手を加えたり、書架から撤去したり、廃棄したりはしない。
 提供の自由は、次の場合にかぎって制限されることがある。これらの制限は、極力限定して適用し、時期を経て再検討されるべきものである。
(1)人権またはプライバシーを侵害するもの
(2)わいせつ出版物であるとの判決が確定したもの
(3)寄贈または寄託資料のうち、寄贈者または寄託者が公開を否とする非公刊資料
2 図書館は、将来にわたる利用に備えるため、資料を保存する責任を負う。図書館の保存する資料は、一時的な社会的要請、個人・組織・団体からの圧力や干渉によって廃棄されることはない。

●資料としての「個人情報」
・図書館が所蔵・提供する資料に含まれている「個人情報」
・「個人情報」
 図書・論文の著者名/著者の略歴/ノンフィクション作品に登場する個人/人物研究・人物評論
・「個人情報データベース等」
 人名事典/名簿・電話帳/卒業アルバム
 著者名目録(目録カード・データベース)/著者標目
 (これら「データベース」には「個人データ」が収録される)

●図書館資料は適用されない
・個人情報保護法 第50条
「個人情報取扱事業者のうち次の各号に掲げる者については、その個人情報を取り扱う目的の全部又は一部がそれぞれ当該各号に規定する目的であるときは、前章の規定は、適用しない。」
「三 大学その他の学術研究を目的とする機関若しくは団体又はそれらに属する者   学術研究の用に供する目的」
・独立行政法人等の・・・法律 第9条第2項第4号(利用制限の例外)
「四 ・・・専ら統計の作成又は学術研究の目的のために保有個人情報を提供するとき、本人以外の者に提供することが明らかに本人の利益になるとき、その他保有個人情報を提供することについて特別の理由のあるとき。」

●名簿閲覧の是非(1)
・2005年4月 金沢市立玉川図書館が、新聞記者の指摘を受け、明治大正期受刑者名簿の利用を禁止した。

・日本図書館協会への内閣府個人情報保護推進室からの回答
「図書館などが所蔵し提供している資料は対象とならない。図書館が個人情報を含む資料を利用者に提供することは(中略)この法律は直接対象としない。その資料に問題があるとすれば、それを出版した者がまず問われることになる。」
↓↑
・「図書館の自由に関する宣言」
「(1)人権またはプライバシーを侵害するもの」

●名簿閲覧の是非(2)
2008年11月 元厚生事務次官連続殺傷事件
「次官宅住所は国会図書館で調べた」

厚生労働省から国会図書館・都道府県教育委員会へ、厚生労働省関係者の名簿を提供制限することを要請した(犯人逮捕前)

(緊急措置として)厚生労働省の名簿を制限した図書館
一時制限してのちに解除した図書館
関係ない名簿も制限した図書館
提供制限をしなかった図書館

日本図書館協会「名簿等の利用規制について」(2008.12)
http://www.jla.or.jp/portals/0/html/jiyu/meibo.html
「人々の知る権利を保障し、自由な判断を支えることを基本的な使命とする」
「緊急避難的に・・・利用規制がとられたことは・・・理解できないことではない」
「その対応が過度にわたり、常態化することはあってはならない」
「利用規制を行う場合には、利用者に対してそのことの理由が説明されること、規制期間の明示、解除についての検討が必要」

●名簿
・判断のポイント
 体系的に整備されているものか(保有個人データ、個人情報ファイル)
 公になっているかどうか
 出版・編纂者の意向
 名簿記載者の同意を得ているかどうか
 侵害の申し立て
・体系的に整備されているもの
 (例)電話帳/人名事典/学会員名簿/卒業アルバム
・公に出版・販売されているもの
 →通常の資料と同様
・公にすることを前提としていないもの
 限られた人だけに頒布・配布されるもの
 →受入時に判断する(なぜ蔵書とするのか(利用/保存))
  作成者・寄贈者の意図を確認する
・思想の自由等の侵害につながるもの
 差別につながるもの
 →提供に部分的な制限をかける
・生存しない人物を対象にしたもの
 →個人情報保護の対象ではない(ただし子孫のプライバシーの問題あり)

●人権・プライバシーに関わるもの
「図書館の自由に関する宣言(1979年改訂 解説第2版)」
「プライバシーとは、特定の個人に関する情報で、一般に他人に知られたくないと望むことが正当であると認められ、かつ、公知のものでない情報」
(該当する)
・特定個人の出身地が被差別地域であることが推定できる資料(「部落地名総鑑」の類の資料や一部の古地図、行政資料)
(該当しない)
・特定個人の人権侵害に直結しない、差別的表現
・「その判断は・・・それぞれの図書館が、図書館内外の多様な意見を参考にしながら、公平かつ主体的に意思決定する」
・「やむをえず制限する場合でも、「より制限的でない方法」」

●目録における個人情報
・著者名目録・著者標目
 →個人情報を体系化した「個人情報データベース等」「個人情報ファイル」に該当する。
・2005年6月「個人情報保護と日本目録規則(NCR)との関係について」(日本図書館協会目録委員会)
 公刊物から取得・転記した個人情報は、作成・公開しても問題ない。
 公刊物ではない情報源から取得し、本人の同意を得ていない個人情報は、作成はできても公表はできない。
(例)
 匿名著作に著者名をリンクする
 本名と別名をリンクする/本名を記載する
 →情報源が公刊物かどうか/本人の同意があるかどうか

●レファレンス協同データベース
 http://crd.ndl.go.jp/reference/
 全国の図書館が協同して、レファレンス事例をデータベースに登録し、インターネットで公開したもの。
4.2.1 プライバシーを尊重する
「記載されるデータ中に、個人名が記されていないことを確認する必要があります」
4.2.2 質問者の特定化を避ける
「質問者が第三者に特定化されないよう記載することが必要となります。個人名が記されていなくても、「質問」、「事前調査事項」、「質問者区分」等から、質問者が特定されてしまう可能性がまったくないとは言えない」
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2015年10月06日

極私的・2015夏のご精算と、秋冬の絵馬(活動指針メモ)


 絵馬。
 それは折に触れて掲げたり降ろしたりする活動指針。


●夏の精算(自己点検)
・AAS・MALUIを進める: 60点
・ネット環境・wifi・iphoneを更新・整備する: 50点
・非常持ち出し袋を整備する: 0点(ここ0点なのマズイだろう)
・夏季大掃除(ユニット化): 80点
・隠岐予習: 75点
・オランダ・ライデン予習: 65点
・寄席の準備: 10点
・wikiのtodo: 0点(持ち越し)
・MyStudyの準備: 0点(持ち越し)
・MyNBKの準備: 0点 (持ち越し・・・ああああああ・・・)
・EAJRS準備: 85点
・ガイド・OPACの整備: 75点

講評: オランダに手間取られ過ぎです。



●2015-16 秋冬の絵馬

【スケジュール】
2015.10 AAS〆切
2016.03 CEAL/NCCシアトル
2016.06 AAS京都

・projectは、具体に取り組んでください。(→【スケジュール】参照)
・socialは、プレゼンス化を意識してください。
・あれこれのことを、コンテンツ化とその蓄積につなげてください。コンテンツは大事です。
・結果、”読み”と”書き”に尽きます。
・出不精はコンテンツ化の敵、ダメ、絶対。
・有酸素運動の”多角化”と”仕組み化”

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2015年08月06日

ある日の図書館のお仕事・記録

 思い出したように書く。
 特別に忙しいわけでもなく特別に暇でもなく特別なことがおこったわけでもないある日の、とある研究センターの図書館における、図書館でのお仕事の日常的記録。こんなことをやってましたし、やってます、ていう。(フェイク込み)

8:15 開館準備
8:30 メール確認
9:00 外来利用者が不調を訴える閲覧用PCの、一時ファイル削除やソフトのアップデートなどのメンテ
9:20 台湾の先生が戦前の日本料理についての文献を他大学から借りて欲しいと言ってきたのを調査した結果、東京の私立大学がデジタル画像公開しているのを見つけられたので伝える。
9:30 海外ILL依頼対応
10:00 依頼により、1月以降のOPACへのアクセス統計をまとめて報告。その過程で、数字のあらわれ方に不審な点があることに気付いたので、ひととおり調査した上で、業者に問い合わせを送る。
10:45 依頼により、過去の利用統計から関連しそうな数字を抜き出して、報告
11:00 換気のために新館の窓を開放
11:15 外部より閲覧打診のあった絵巻物について、劣化状態と書誌事項を現物で確認して、回答する
11:30 ミラノの芸術雑誌からの問い合わせ対応で、うちが撮影して保管している艶本資料のデジタルデータのマスター画像について、解像度その他を調査して回答する。
11:50 東京の出版社に送るための古地図画像をDVDに大量に焼く作業。
12:10 館内の展示ケースの仕様について問い合わせあり。
12:15-13:00 休憩
12:30 休憩中、テレビ局からの名所図会への問い合わせあり、対応。
13:00 カウンター業務(以下17:00までカウンター業務と併行して)
13:00 マイクロフィルム利用の外来利用者に対応、案内。
13:15 業者に委託する図書移動作業の準備。別置すべきタイトルの選定と棚数のカウント、空き棚数の算出、Excelによる空き棚配分の計算、業者への指示票をwordの差込機能で作成、等々。(以上を16:30頃まで断続的に)
15:00 館内数カ所に設置する予定のカーテンのサイズを採寸しにきた業者を案内してまわる
15:30 換気のために開放していた新館の窓を閉める
15:45 大阪の某文庫から届いた文献複製・製本の見積金額の内訳に不審な点があり、過去の書類と見比べる作業。
16:20 外来利用者の複写料金受け取りと経理処理
16:30 新着図書のバーコード読み込み、帯の装備、貸出希望者への連絡、新着コーナーへの配架、古い新着図書の間引き
17:00 閉館作業
17:15 東北の博物館から来年の巡回展のための展示貸出の打診あり、その資料を扱う先生に相談
17:30 ライデン出張準備の一環として、構想図を再描画。
18:00 OPAC利用ガイドの確認と新規作成、そのための動作確認
19:00 おしまい。
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2015年07月04日

AAS in Asia 2015 @台北、に行ってきました。記録(その2)

・AAS in Asia 2015 @台北、に行ってきました。記録(その1)
 http://egamiday3.seesaa.net/article/421699189.html
・AAS in Asia 2015 @台北、に行ってきました。記録(その2)
 http://egamiday3.seesaa.net/article/421800363.html
・AAS in Asia 2015, Taipei 参加メモ #AASinAsia
 http://togetter.com/li/837823


●Exhibition(展示ブース)のこと

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 企業やその他団体がブースを借りて展示しているというExhibitionのコーナーです。会場の低層階の人が行き来し集まりそうなところに設置されてある。それで、この人数規模でこの狭い通路みたいなロビーで、20とか30くらいしかブースがないのって、えらいすくないんじゃないか、って思ってたんですけど、でもそれほど混み合ったりしてなくて、そんなに人いなかったな、という印象でした。
 休憩時間はバタバタ移動しなきゃいけないからなのか。分科会に出てない人はどこか外へ出てよそへ行っちゃうからなのか。だいたい毎回こんな感じの人出なのか、いつもはもっとちがってたまたま今回場所の設計があまりよくなかったのか。そのへんはよくわからないです。

 おおむね、パンフやチラシを配る。本の現物を展示する。データベースの紹介をする。ノートパソコンでデータベースのデモをしたり、トライアルの案内をしたり、あと動画を再生したりしてる。そして、ペンとかクリアファイルとかお菓子みたいなんを配っている。それやこれやの手法で、参加者ときっかけを作ってはしゃべっている、という感じ。

 出展しているのは主に、出版社、データベース会社、大学出版会が主だなという感じなんですが、その中にあってちょっと印象に残った出展者が、当の中央研究院のデジタルセンターというところ。まさにこの建物の一角にオフィスを陣取ってはる組織らしいんですけど、そこがこの中央研究院における”デジタル化事業”を担ってはるとのこと。30人くらいのメンバーがデジタルセンターにいて、デジタルの専門家だったり資料の専門家だったりデザインの専門家だったりという各種の役割を持った人たちがいっしょになって、デジタルなコンテンツを作成しているという。それは、中央研究院内の台湾史研究所の持つ史料のデータベースであったり、歴史語言研究所のデータベースであったりするわけです。
 というような話を、そのブースにいた学生スタッフらしき2人と、チーフらしき人1人が英語であれやこれや説明してくれはる、という感じのイベントですね。

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 ブースでは、各種デジタルコンテンツのパンフ類やクリアファイルを配ってたり、出版物を展示してたり、背後のボードに大きく印刷したポスターを掲示してたり、という感じ。あと、ノートパソコンをテーブル上に置いて、目玉らしき古地図のデジタル画像のデモンストレーションみたいのをやってました。

 あとは台湾の学術データベース会社の人らにお会いして、日本語でいろいろ説明をしてもらってました。台湾日日新報とか、うちめっちゃいるやん、みたいなの。めっちゃ営業熱心、なだけでなくて、日本ではどういうデータベースがあるかとか、どういう出版社があるかとかいろいろインタビューされて、データベースを売るにはどうしたらいいかとか尋ねられるから、ああそれは日本の書店さんに代理店になってもらったほうが、うちらも契約しやすいからそうしたほうがいいですよ、どこどこ堂さんとかどこどこ屋書店さんとか、みたいな話を調子に乗ってしてましたけどね。

 あと、webに載ってるデータベースなんだし日本で自分で見りゃわかるだろう、というようなe-resourceであっても、こういうのってやっぱり普段よっぽど意識することがないと、こまめにチェックしたりする余裕なんか仕事中はないから、こういう場で直に関係者の人と触れて話を聞くと、あらためて、あ、こんなんあるんだねーって気付かされること、たくさんあると思うんですよ、たとえネットで見れるe-resourceであってもやっぱり。そういう出会いが得られるのも、こういう学会とかExhibitionの有用な点だろうなって思います。

 あと、日本からアジア歴史資料センターさんが出展してはりました。ここはすごい、こういうところちゃんと来てはるから。


●ライブラリアンの参加のこと

 研究者以外のライブラリアンがもっと来てるイベントなのかと思ってましたけど、結局、自分と阪大・某山さんも含め、中国専門司書の人も含め、ライブラリアン職じゃなく教員で図書館役職の人も含めて、全部で10人くらいでした。そんなもんかーと思った。(前年のシンガポールは2人だったらしい)
 ただ、ほんとのところはわかりません、上に言う10人は全員が北米と日本の顔見知りグループから成るので、もしかしたら台湾の地元のライブラリアンが参加はしてたけどわかってないだけかもしれない。ただ、わかってない人と出会える構造になってなかった、という感じ。
 でも、2日目の朝一のピリオドで「ライブラリアンシップが云々」ていうテーマのパネルがひとつあって、それが唯一の今回のライブラリアン向け企画だったんですけど、そこにその10人がいて、あとそれ以外にも6-7人の聴衆はいたんですけど、たぶん教員職や研究者の人たちで興味を持った人ら、という感じだったんじゃないかなという。あそこにライブラリアンが混じってくれてたとしても、じゃあ多くて12-3人くらいになるのかな、という。

 ただ、来年はもっと多くなりそうな予感というか、予感だけはFacebookあたりからかなり感じとれますけど。

 あと、あたしはうっかりしててそういうラウンドテーブルがあるって気付かなかったんですけど、台湾のドキュメンタリーフィルムによる映像記録、というテーマのラウンドテーブルがあって、そこにフィルム・アーカイブの人が参加してたらしいです。
 そんなんあったんだ、タイトルだけではわかんなかった、アブストラクトを注意深く読んだら確かにそうだった、という。


●ライブラリアンのパネルのこと

 その、ライブラリアン向けパネルについてです。

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 司会・北米A大学の日本専門司書。
 パネリスト・北米B・C・D大学の中国系司書。
 ディスカッサント・日本E大学の図書館役職にある研究者。
 「Librarianship in a changing world: Google is not enough!」という、ひと目見てライブラリアンなら参加しに来るタイトル。(うん、タイトルはそういうふうに付けてください・・・)
 各パネルの発表は、エンベデッド、アジア言語資料、留学生支援などについての、実践報告、実態調査、事例調査報告の類の感じでした。やっぱりなじみ深いテーマの話を、なじみのあるプレゼン手法でしゃべってもらえると、苦手な英語もわりかしするっと身体に入ってくる感じがしますね。
 ディスカッサントの先生が、自分なりの見解を述べて、それにからめながら発表者各者へひとつづつ質問、という、見てて非常に”美しい”流れになってた、一番いい進行のパネルだったと思います。
 あと、フロアまじえてのディスカッションが、一気に実務・実践的なことが中心の話題になって、そのへんもやっぱりライブラリアンの集まりだな、という感じがしますね。自分も参加して、つい議論に集中しちゃう感じになりましたけど。

 このパネルをオーガナイズしたのは、司会の北米A大学から参加してた日本専門司書の方だったんですけど、これは特にNCC(北米の日本司書の集まり)とかCEAL(北米の東アジア分野司書の集まり)とかの企画、というわけでもなんでもなくて、ご自分でオーガナイズしはったとのこと。
 あと、ライブラリアン系のパネルはもうひとつ申請されてたんだけど、採択されなかったという話もありました。そういうこともあるという。


●レセプション

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●北米ライブラリアンとの会話から

 で、そのレセプションで、ライブラリアンたちでかたまって(数人で)この会のありかたや参加者の行動みたいなことについて、いろいろとしゃべってましたという話。

 そもそもこの北米から来たライブラリアンの人たちも、お目当てのパネルとか以外の時間帯には会場にいなかったらしく、むしろ台北どこどこ図書館とか、どこどこアーカイブみたいなところに、事前に何時に何人というかたちでアポとってて、訪問・見学に行ってはったらしいです。そういう話とか聞いてるともしかして、いろんな分野の複数のパネルに連続して参加する、みたいなことやってるのってあたしくらいのものなのか??というようなことすらちょっと考えてしまうという。
 展示ブースにもそんなに人ががやがやいてたわけではないし、会場全体が人混みしてるわけではないから、みんな、時間を作ってはあちこちに出かけたり、必要なグループの人同士で集まって何かしたりしてるんじゃないかしらと。
 これが、このAASでは毎回そんな感じだというのか、それとも今回の時間設定・プログラム構成・会場の物理的構造によるものなのかはちょっとわかんないですけど、でも、事前にアポとってそういうことしてたっていうなら、要はそういうことなんでしょう、ていう感じですね。 

 で、でもみんながみんなそうやって事前にアポとって用意周到にかつスムーズにあちこちに行けるような、ある種のリテラシーがある人たちばかりではないだろうから、そういうのがプランとして用意されてたらいいね、というようなことは言われてました。それはそれでなるほどと思います、ただまあ、それは誰が何のためにやることなのか、という話になるとは思うんで、ちょっと考えどころではあるんだけど。

 とにかく、こういった学会に来ると、今回の台北はともかくとしても、北米の本体の学会のほうは予定予定で詰め込まれすぎ、朝一から深夜までオーガナイズされすぎで、自由に余裕をもって動いたり、いろんな立場の人と話をしたりっていう状態らしくって、それじゃ集まってる意味ないじゃんね、て思うんですけど、そういうインフォーマルなコミュニケーションを持つ場がほしいんだ、みたいなことです。
 って、みんながみんなそう思ってるとは限らないだろうけど、とは言え、実は自分自身、たった2日このAASに参加しただけでもその気持ちがよくわかるというか、なんかねえ、予備校生みたいな1日をおくってる気になるんですよね。予備校生になったことないからわかんないけど。
 ここにいてたら、誰かに会える、会いたい人に会える、ていうか会う機会もなかったような人となんとなく会える、ていうような”ゆる邂逅”ができるようなデザインになってる場所・時間って、なかったんじゃないかなあって思いますね。

 まあそんなようなことを、アルコールも出ないレセプションの片隅で言いたい放題(英語なので言いたいこともなかなか言えないんだけど)の即席ディスカッションを、してましたよね。

 あとはe-resoruceやオープンアクセスの話とか、司書の専門性の話とか、会えてよかったねみたいな話とか、そんなんのフルーツ盛りみたいな感じ。まあ図書館関係者が寄ったらいつもしてるような話です。


●その他
 このほかにも、4年前に来たときよりなんか中央研究院の周りって垢抜けたんじゃないかなって思ったこととか、バスでちょっと外に出たらひとつ別の駅に行っちゃったこととか、二日目のお弁当をあけたら骨付きもも肉のフライドチキンがごはんの上に乗っかってた衝撃とか、学食的なところで大勢でいただいた台湾料理のレベルの高さとか、ペットボトル自販機の写真を撮るアメリカ人とか、もろもろあるのですけど、まあそういうのはまた別の話。
 とりあえずイベントとしてのAAS in Asia 2015 @台北はこんな感じでした、っていう記録です。
posted by egamiday3 at 23:03| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年07月03日

AAS in Asia 2015 @台北、に行ってきました。記録(その1)

・AAS in Asia 2015 @台北、に行ってきました。記録(その1)
 http://egamiday3.seesaa.net/article/421699189.html
・AAS in Asia 2015 @台北、に行ってきました。記録(その2)
 http://egamiday3.seesaa.net/article/421800363.html
・AAS in Asia 2015, Taipei 参加メモ #AASinAsia
 http://togetter.com/li/837823


 AAS in Asia 2015 @台北、に行ってきました。
 これはその見聞き考えたことの極私的記録です。
 おおむね極私的印象にもとづきますので、という感じで。

(ちなみに、台湾の美味しいものとか、街や人の様子とか、鹿港という台中の町でのぶら歩きとか、そういった旅情のあれこれはここではごっそり省きます。)
 
 AAS in ASIA 2015
 http://aas-in-asia.meeting.sinica.edu.tw/

 ↓来年おこなわれる予定の、同2016@京都・同志社のこととか。
 AAS-in-ASIA@Doshisha 2016
 https://www.facebook.com/events/1374887112837746/


●AASのこと

 AASとは、Assciation of Asian Studiesの略で、北米におけるアジア研究の学会です。
 アジア研究ですから、日本・中国・韓国から東南アジア・南アジア・大陸内部的なあたりも含みます。分野的にも幅広く、人文系から社会・政治・産業なども含みます。参加者は北米の研究者が中心だろうと思いますが、ヨーロッパ、アジアなどこれも幅広くひろがっています。

 AASは毎年3月後半に毎年1回の学会を北米で開催しています。2000人〜3000人とか参加があるらしいです。
 で、最近になって、同じく毎年1回の学会をアジア地域のほうでも催して、アジア現地の研究者が参加しやすいようにしましょうよね、ということをやり始めたらしいです。それがAAS in Asiaです。2014年にシンガポールでおこない、2015年に台北でおこない、そして2016年には京都でおこなわれる予定であるという。

 その、AAS in Asia 2015 @台北に参加してきました。
 主にひとりで。プライベートで、休暇・私費で。
 ちなみに参加費は、早割で4000台湾ドル。標準で5000台湾ドル。1台湾ドルは4円くらいですから、結構な、あれです。
 私はAASの会員とかではないですけど、会員とかではなくてもふつうに参加できました。ていうか会員とかあるのかどうかちゃんとはわかってない。


●会場とその構造のこと

 2015年6月22日(月)の朝、会場へ向かいました。
 会場は台北の中央研究院(Academia Sinica)とよばれる研究機構です。台北駅近くの宿から会場までは、地下鉄で30分くらい、バスで10分くらい、キャンパス内を歩いて10分くらい。やや緑深い感じのところです。

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 中央研究院の中の人文社会系本部ビルみたいなとこが会場で、低層階に図書館や、大きいホールと会議室があり、上層階に各分野の研究室や小さいセミナールームがあり、というような感じです。開会式や基調講演なんかを大きいホールでやり、各分科会を上層階のあちこちのセミナールームを借りてやる、というような構造になってます。
 ほかに、昼食用の中くらいのホール、ロビーでの企業展示(Exhibition)、というような感じ。

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 学会専用の建物ではないし、そこでは学会だけやってるわけでもないです。だからなのかどうなのか、何というか、この催し全体の”見晴らし”があまりよく見通せないな、という印象はありました。自分がいまいる場所や移動している場所以外では、どこに誰がいて何をやっているのか、何がおこなわれているのかが、いまいち俯瞰では把握できないという感じ。物理的にも、頭の中での把握的にも。


●開会式と人の出入りのこと

 開会式と基調講演は、会場の大きいホールでありました。1日目の開会式・基調講演、2日目夜の伝統芸能鑑賞(レセプション(パーティ)前にみんなが集まる)はこのホールにみんなが集まる、という感じです。逆に言うと、みんなが同じ場所に集まるような機会は、ほぼこの時しかなかったという。
 1日目の基調講演、2日目の芸能鑑賞とも、ざっと見てだいたい200人弱くらいが来てるかな、という感じでした。

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 ただし、プログラムによれば分科会(パネル、ラウンドテーブル)は3日間で120件近くあり、それぞれにパネリストが3-4人いて、規則ではパネリストは学会全体で1回しか登壇できないので、ほんとの参加者は300人から400人、自分のような聞くだけの人を含めれば全部で500人程度はいる計算なわけです。でもそんだけの人がこのホールに来てる様子はまったくないし、各分科会での参加者×同時開催数とか、ロビーやエレベーターの人の行き来具合なんか見てても、そんな規模の人出ではない。

 つまり、たいていの参加者は、自分の参加すべき分科会や参加したい催しの時以外は、ここにはいないわけです、たぶんどっか行ってる、または来てない。
 あたしの知り合いの人の動きを見たり話をしたりしてもなるほどそうだったし、2日目だか3日目だかの朝にたまたまバスで見かけて迷ってたので案内してあげたフランスの宗教学者の人がいたんですけど、なんかもう話聞いてると、登壇する分科会にだけ来たみたいな勢いだったりするという。
 まあそりゃそうか、自分の専門分野がちゃんとある研究者の人たちが来てて、まったく専門の分科会に聞くだけでも出るかっていうと、みんながみんなそんなことはしないでしょうという。

 で、分科会だけでなく、基調講演のような全体会にも来てたり来てなかったりする。
 なので例えば、AASに来てるはずで会いたいけどもケータイとか知らない人だと、会えないし捕まらない、っていう。あたしここに来てるはずのある人に会おう会おうと思ってたんだけど、とうとう会えませんでした。会えなかったの、びびった、マジかと。別にそんな大して広くないビルなのに。そういう感じのイベントなのかなと。

 基調講演は、東洋文庫研究部長の濱下武志先生。ここの1階の図書館にも「濱下武志文庫」と称された書架がありました。
 建物内はwifiあり、ゲストアカウント使えました。wifi超大事。
 外は35度越えの猛暑ですが、中はクーラーがんがんに効かせて(そういう土地柄らしい)薄手のジャンパーを重ね着しないととてもじゃないけどやってられないくらい。

●パネルのこと

 基調講演修了後、分科会の時間がスタートしました。
 分科会は大きく分けて2種類あって、「パネル」と「ラウンドテーブル」。ただ、あたしが参加した「ラウンドテーブル」のひとつは、結局それまで見たパネルとまったく同じ進行をしてたので、そのへんの意識はあんまよくわかんない。
 ので、以下、「パネル」として。

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 パネルは1ピリオドが約2時間(1時間55分)。9時-11時と、11時-13時と、お昼休みを挟んで、14時-16時と、16時-18時。各ピリオドで同時に14の分科会が進行してます、ほぼ毎ピリオドそのくらいいやってる。
 で、間の休憩時間が10分しかありません。しかも各ルームはこの建物のわりとあちこちに点在しているかたちで借りてて、南棟と北棟にわかれてて、エレベーターがだいぶ小さいもんだから、部屋間の移動に結構な時間がかかる。いちおうリフレッシュの軽食とコーヒーがサーブされるエリアが低層階にあるんだけど、休憩時間でもこの人数規模に比したらほぼいないに等しいんじゃないかくらいしか、人を見かけないっていう。あとでたぶんちゃんと紹介するExhibitionにも、言うほど人がいない。だからやっぱり、会いたい人が捕まらない。これはたぶんこの会場の物理的なあれによるものだろうから、毎回こうとは思えないですが、ただ、休憩時間10分というのは留意しておくべきあれかも。(確かにこれが30分あるとまただいぶちがう)

 その14のピリオドのうちのひとつを選んで出ると、小さいセミナールームに15人から30人くらいが参加してるという感じです。椅子・テーブルは「ロ」の字や「コ」の字にテーブルが並んでて、いわゆる教室型の会場じゃないから、なんとなくパネリストも参加者もフラットな立場で参加してる、みたいな感じにはなってる。ちょっといいなこのデザイン、って思います。

 パネルの進行は、司会が1人いてその人が進行する。パネリストが3-4人いて、まずひとりづつ20-30分くらいづつ発表する。これでもう1時間20-30分。それを踏まえたうえで、ディスカッサントの人が1人いて、全体や各発表を講評・コメントしたり、自分の見解を述べたり、パネリストに質問して答えてもらったりということをする。4人それぞれの発表がひとりのDiscussantの視点によって語られていくと、こう、ゆるやかにまとめられていく感があります。これが20-30分くらい。
 残りの時間をフロアからのコメントや質疑応答(これがたくさんあることもあればほとんどないこともある)にあてる、という。質問が自然と全体を巻き込んだディスカッションのようになっていく感じ。

 で、ほぼすべてのパネルが、このかたちの進行でした。
 どの分野も、どの地域のも、どの国の大学から来た人の進行も、これ。だったので、これがここの学会の”やり方”なんだなって思いました。

 あと、なんとなく観察してると、あるひとつのパネルの中での司会の人と、パネリストの人たちと、ディスカッサントの人たちと、あとフロアで聞いてる研究者の何人かの人たちっていうのが、あ、要するにあなたたちお知り合い・お仲間なのね、ていう空気感だった。で、似たようなテーマのちがうパネルに行くと、前に見かけた人とだいたい同じ人が座ってるっていう。

 言語は、すべて英語です。日本分野のテーマで、パネリストも司会も質問者も日本語話者であっても、全部英語。
 
 発表の仕方はさまざまでしたが、だいたい共通して、もうある程度ちゃんとしたペーパー(論文)のかたちでできあがってるものを発表してはるな、という感じ。それを、人によってはがっつりパワポに仕立てて発表したりもするんだけど、むしろそういう人は半分いるかいないかくらいで、2-3枚しかパワポないとか、あるいはまったくパワポなんかないとかで、えんえんとそのペーパーを読み上げてるっていう人だって別にめずらしくないという。それをふむふむってみんなで聞いてるという。
 なんかそれ見てるとね、ああそうか、日本語って相当書き言葉と話し言葉が乖離してる言語なんだなあ、ってまったくあさってな感想持っちゃいましたけどね。
 あと、配付資料はほぼ皆無。
 あー、アメリカだなあー。って思いました。2007年にALAに行ったときに感じたのの再来みたいになった、ていう。


 いま、1日目の午後ピリオドくらいの感想です。
 たぶんつづく。
 パネルの内容のことなにも触れてないですね、たぶんこんな感じです。

posted by egamiday3 at 04:37| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年06月14日

(メモ)「アクセスの再定義 : 日本におけるアクセス、アーカイブ、著作権をめぐる諸問題」(2015.6.13)


「アクセスの再定義 : 日本におけるアクセス、アーカイブ、著作権をめぐる諸問題」
2015.6.13
明治学院大学
主催: 明治学院大学文学部芸術学科、ハーバード大学
協力: ハーバード大学ライシャワー日本研究所、北米日本研究図書館資料調整協議会(NCC)

(このメモはあくまでegamidayの聞き取れた/理解できた/書き取れた範囲での話であり、当日はかなりの知的刺激の嵐のため脳みそが”おもろしんどい”状態になってたので、メモがかなり朦朧としており誤解や手前勝手解釈の類も相当多いと思います。それはあたしが悪いのです。なので、内容の信頼度や整合性につきましては過度な期待はなさらないよう、それでもどの断片がこの大きな問題の解決のヒントになるかはわからないので、メモっとくという感じで。)


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◆オープニング

●ローランド・ドメーニグ(明治学院大学)
・様々な分野の専門家(研究者、ライブラリアン、アーキビストなど)が3つのパネルをひとつの場で議論する催し。

●アレクサンダー・ザルテン(ハーバード大学東アジア言語・文明学部(メディアスタディ))
・2016年にボストン・ケンブリッジで開催する予定だったが、TPPの折からいまこの時期にやるべきだろうと、開催に至った。
・新しい問題というわけではない。これまでもさまざまに議論されてきた問題として。
・日本で作成された資料情報コンテンツへのアクセスについて、日本だけの問題ではなく、研究者・専門家だけでもなく、一般の人びとの日常に影響ある問題として。


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◆パネル1 「アクセス否定? : 日本におけるアーカイブ・アクセス・著作権文化との経験・実践」

●司会:アンドルー・ゴードン(ハーバード大学)
・アーカイブ・サミット(2015年1月)は重要なイベントだった。その想いを継承したい。

●森川嘉一郎(明治大学)
・コミケ・同人誌のアーカイブと提供をおこなっている。
・百聞は一見にしかず、コミケに一度足を運ぶとよい。
コミケには、いかなあかんな、と20年くらい思っている。
・コミケには二次創作もあれば創作もあり、それがメインストリームに環流していっているというのが現状。
・コミックマーケット準備会が同人誌の見本誌を収集・保存している。その数200万点。ちなみにNDL所蔵のマンガ(単行・雑誌)30万点。点数では商業冊子より多い、という規模。
・「東京国際マンガミュージアム(図書館)」構想。ここで保存することを構想している。
・現在の”記念館”では、実験的に、最近1年間(約4万点)の同人誌を閲覧提供している。
・対象とすべきものには、絵コンテ、セル画などの資料。またアニメはおもちゃの広告塔として作成されたのが多いので、そのおもちゃも保存しないと文化的背景がわからなくなる。お菓子も対象。コンピュータ、アーケードゲーム、パチンコなど。
・海外との連携。例:北京大学にマンガ図書館(2014年11月)、ここには複本を提供するなど。
・ものはある。土地もある。あとは建物のための資金。ご賛同を。

●柳与志夫(東京文化資源会議事務局長/元NDL)
・・アーカイブの概念の混乱について
・従来の”公文書”以外の理論的研究はされていないのでは。
・この5年くらいでアーカイブという言葉が一般にもひろまるようになった。(意味はともかく)
・理屈と実際の乖離はあるのでは。例:「・・・その「アーカイブ」の使い方は気に入らない」という人もいる。
・MLAとは言っても、図書館関係者でもまだアーカイブという言葉に反応が鈍い人も多い。
・デジタル・コレクションとデジタル・アーカイブはちがう、というのはほぼ共通認識。図書館の所蔵資料をデジタル化したものはデジタル・コレクションであって、提供・活用の仕組みが整備されてはじめてデジタル・アーカイブと言える。
・概念や言葉が錯綜しているが、それは悪いことではないと思っている。

・・アーカイブの現状
・一般に認知されてきたように思える。ただ、ネガティブな印象(倉庫的、死蔵的な感覚)も根強い。
・「NHKアーカイブス」はその印象を払拭した功績がある。(用語の混乱はあるが)
・各業種分野の関係者に制度・仕組みとしてのアーカイブが必要という共通認識が醸成されてきた、これは大きな成果であろう。
・一方でこれぞ日本のアーカイブだというような好例というのが現れていない。
・アーカイブ・サミット(2015年1月)で多くの問題を洗い出せたのでは。

・・制度的対応の必要性
・アーカイブ促進のための制度的根拠が欠けているのでは。アーカイブの基本法(図書館にとっての図書館法のような)
・ボーンデジタルな資料のアーカイブ化が問題、こっちのほうが消えやすいので、制度的対応が必要。
・混乱するくらい周知されたのはいいことだが、そろそろ整理と統一イメージは必要だろう。それが前提となって、制度整備ができる。

●大場利康(NDL)
「デジタル化を進めるもの、阻むもの」
・デジタル化の壁として、デジタル化のコスト、システム構築のコスト、著作権処理のコストがある。人材と予算の問題。
・利活用の壁として、検索で出てこない(ヒットしない)、どう使えるのか分からない、どれが何だか分からない(何があるのか?ほしいものがあるのか?)。使っていいのか、お金は誰に払えばいいのか。
・ポータル、メタデータ、ライセンス整備が不足。

・・文化審議会著作権分科会(第41回)(2015.3)←要参照
 http://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkashingikai/chosakuken/bunkakai/41/index.html
・貴重資料や,絶版等の入手困難な資料について,損傷等が始まる前の良好な状態で複製することは,第31条第1項第2号により認められる
・記録技術・媒体の旧式化により閲覧が不可能となる場合,新しい媒体への移替えのために複製を行うことが認められる
・「図書館等」の主体を適切な範囲に限定して拡充する。
国立国会図書館以外の図書館等がデジタル化した絶版等資料を,国立国会図書館の行う図書館送信サービスにより、他の図書館等に送信する。→現行法上可能である。
外国の図書館等へデジタル化した絶版資料の送信サービスを提供する。→国立国会図書館の役割や業務の位置づけ等を踏まえ検討を行うことが適当である。

・・知的財産戦略本部(第11回)(2015.4)
・アーカイブの利活用
・統合ポータルの構築
・協議会の設置

●マクヴェイ山田久仁子 (ハーバード・イェンチン図書館司書、NCC議長)
・ハーバードでの日本資料の利用例
・例:学部生向け日本佛教の授業で、攻殻機動隊の映画を見て、ロボットの本を読んで勉強する
・多岐に亘る映像資料が授業や研究で使われるが、難点がある。
・パッケージ(DVD)が圧倒的、ストリーミングはまれであるというのが現状。
・DVDの寿命の問題があるので、媒体変換のコストがかかる。
・英語字幕付きが少ない→グレーなのを使わざるを得ない
・テレビ番組は有効な教材になり得るのに、現状ではほぼ不可能に近い。
・例:NHKのドキュメンタリーDVD(英語付き)が、北米の図書館で購入させてもらえない、という例。
・例:クローズアップ現代は数年分アーカイブされている。こういうのが理想的(英語字幕はない)。
・例:韓国の国立フィルムアーカイブ(KOFA)は積極的にアーカイブ化して公開している。著作権のあるものも政府がクリア・補償する。多様なプラットフォームに対応させる(YouTubeなど)。ペイパービューや定額契約が図書館でもできる。
・例:Alexsander Street Press。映画は日本語で流れるが、同ページ中に英語のスクリプトを併記するなどの加工ができる。いろいろなプラットフォームに対応させることの利点。
・日本でもストリーミング等の動きが活性化しつつあるか?

●ディスカッション
・・(江上)コストをどこが負担するか。利点をどう理解してもらうか。
(大場)
・経済効果を言うと、間接効果になってしまう。
・BL「1ポンド投資すると5ポンドの経済効果」
(森川)
・1、受益者負担。2、永続的維持が可能なのか。
・フットワークの軽さが必要な場合、税金では難しい。すでに価値が認知されているような資料でないといけないので。そういうときは税金ではなく、という、ケースバイケースが現実的か。
・一般に周知させるには、MLA連携。すなわち、アーカイブ単体ではなくそこにライブラリーやミュージアムの機能を併設することで、わかってもらいやすくするという方法。
(柳)
・「資料」とせずに「資源」とした。
・資料=そのものに価値があるかどうかという考え方になるが、資源=活用することに意義がある、デジタル化して別の価値を生む、再構成できる。
・使えるものにする、その結果、生活を豊かにする。インフラにする。
・資源を活用し、コストを回収するサイクルに載せられる。
地域コミュニティの中でもスモールビジネスとして文化資源を活用することをやっていくといい。
・国レベルの方策と、そうでないレベルで考えをわける。
・例:日本語の新刊書籍の書誌情報を英訳する。(官レベル)
→その中からニーズをとらえて本文の英訳を数千点する。(官民協力)
(山田)
・アクセスできるコンテンツを増やそうとすると、金銭的コストだけではなく、制度整備が必要。すでにいまあるコンテンツへのアクセスができるように。

・・公共図書館の整備について
・柳さんの話にあった、地域の中で文化資源を活用していく活動・仕組みの中に、地域の図書館・博物館がどうかかわるか。そのノウハウを国会図書館からどう提供していけるか。

・・(永崎)デジタルアーカイブとユーザの間に立って媒介する媒介者が必要。戦略はあるか。
(森川)
・「図書館」という言葉のイメージに”良書”的なものがある。一方アーカイブはそれは問わず活用できるもの。
・当初「東京国際マンガ図書館」だったのを「ミュージアム」に変えようとしている。保存の意義を伝えるために”ミュージアム”機能が必要。資料の価値はあとあとになって発見されることが多いものなので。
(ゴードン)
・法制度を変えないとお金があってもできないことがたくさんある。デジタル化したのに国会図書館に足を運ばないと見られないものがある、とか、どうしてNHKの番組はすべてがクローズアップ現代のようにならないか、など。
・技術はある。問題はお金+法律・制度だろう。


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◆パネル2: 「アクセスの理論 : 所有権の問題」

●司会 アレクサンダー・ザルテン(ハーバード大学東アジア言語・文明学部)
・今パネルでは、抽象的にアクセスとはどういう概念なのかについて考える。


●北野圭介(立命館大学映像学部)
・立命館大学映像学部では、映画、ビデオゲーム、CGなど対象をひろげている。
・スマホではほとんどがアプリを使われている。インターネットではない。アプリ経由のスモールアーカイブへのアクセス。(ストリーミング含め) 2010年代はもしかしたらアプリ(アプリケーション)の時代では。

・サーキュレーションから→コンテンツへ
・アーカイブはミュージアム機能をもつことによって、アーカイブからユーザに近づいていく。
・映画作品を単体で作るのではなく、ワールドビルディング=世界観を先に構築して監督達がそれぞれ作品をつくっていく。

・監視社会から制御社会へ。
・ボトムアップでアプリケーションがユーザを制御する、その制御が不可視的に存在する。
・例:いいねの仕組みにみなが集まらざるを得なくなる。

・アルゴリズム化とメタコントロール
・例:カメラがとらえた画像を認識する(例:自動車のオートブレーキのためのカメラ)→オブジェクトに人が介在しない状態になる。
・例:自分の写真をアップロードすると、Facebookが勝手にアルバム化・別コンテンツ化してくれる
・その”作り替え”が人間の問題ではなくテクノロジーの問題になる。しかも不可視。


●イアン・コンドリー(MIT)
・いまの著作権はゾンビかサイボーグか
・ゾンビ=過去が将来を食らう、もう死んでる、でも死んでることがわかってない
・サイボーグ=ネットワークと共生

・音楽シーンでは資本主義的なエコノミックバリューよりも、ソーシャルバリューとそれを支えるコミュニティのほうが大事である。
・アニメや同人誌の世界でも同じ。
・キャラクターがプラットフォームになっている。(例:初音ミク)
・ニコニコ動画+初音ミクでは、コンテンツにコメントを載せる、コミュニティがうまれる。
・そこから、ファンによるプロダクトがうまれる。例えば新しいビデオゲームが作成される、ライブコンサートが開催される。
・peer productionが認められたキャラクター(ファンサークルや非商業の利用OK、同人作成物がサークル運営レベルなら利用OK、もうけが出るならバックが欲しい、の3段階)
・コミュニティを認めて、そのあとビジネスがうまれてくる、という状態。

・『The Eureka Myth』(2014)
・創作のきっかけは何か。ビジネスでお金になるという回答はほぼない、創りたい・見てもらいたいが最初。
・トップダウンの力でメディアをコントロールする時代、著作権がゾンビだった時代は終わる。
・コミュニティがクリエイティブであるという状態の中からイノベーションはうまれる。


●上崎千(慶應義塾大学アートセンター)
・printed ephemeral
・ゾンビ的にサバイバルしてきた資料(チケット、パンフ、招待状など)
・何が残るのか、何が残らないのか、残らないものはどうなるのか。
・アーカイブと抽象芸術は似ている。これに価値があると考える。芸術か非芸術かなんてことは言わない。資料の山でドキュメントとしか言えないようなもの。それは抽象芸術のようなもの。
・杉浦康平ともやしの話。(めっちゃおもろいけどメモ無理でした。参照→http://post.at.moma.org/content_items/173
・この時代の表現は”コレクティブ”集団的であった。案内状をデザインした人、もやしを付けた人。それをとっておいた人もいる。(コレクティブな表現というのは、いまどきのコラボレーションとはまたちがう)


●ディスカッション
(北野)
・ゼロ年代のサーチエンジンはまだオープンだったが、アプリだとそうならない。
デモクラティックなプラットフォームを構築していく必要があるのでは。
(くさか)
・ユーザ側の「誰がつくった作品か」の認識が多様化している?
・アクセスコントロールを誰が行うべきなのか?
(コンドリー)
・ほとんどは裁判にならないはずだから、みんな無視していいんじゃないか。
(上崎)
小火がたくさん起こった方が事例がたくさんでていいんじゃないか。
・著作権に対して、大丈夫なの?、萎縮、疑心暗鬼、草の根警察が問題である。不活性化につながってしまう。大丈夫だよ、と言えばいい。
(上崎)
・デジタルアーカイブの検索結果自体が歴史記述にならないかと考えている。
(北野)
・最初にアーカイブありきではなくて、エキシビジョンの試み、ユーザの意見集約、トライ&エラーなどによって蓄積していくということもひとつかなと。
(ゴードン)
・東日本大震災アーカイブはサイボーグなアーカイブ。参加型アーカイブを目指している。
↑この話はMALUI Talk in Kyotoでも出た。


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◆パネル3: 「アクセスの未来における可能性」

●司会: テッド・ベスター(ハーバード大学・ライシャワー日本研究所所長)


●福井健策
「TPP知財条項と知の創造・アクセス」

・・保護期間の延長について
・70年への延長
・日本での反対論
「国際収支を害する」(著作権使用料は年8000億の赤字(日本の貿易地赤字の6-7%))
「延長したところで遺族の収入は増えず」
「権利処理が困難になる」
「使えなくなって、忘れられるリスクが高まる」
・青空文庫:テキストデータなので読み上げソフトにつかえる、電子書籍化できる
・NDLデジタルコレクション
・期間を延長するとこういったデジタルアーカイブの活動が狭まる懸念がある

・・孤児著作物
・デジタルアーカイブを大規模におこなおうとすると、著作権処理のコストが大幅に高くなる。
・孤児著作物がべらぼうに多い。アメリカでは学術著作物の50%がそれに当たると言われる。保護期間が延長されるとこれが大幅に増える
・LC著作権局長が「未登録著作物は50年に戻そう」と提案したほど。

・・非親告罪化
・文化活動・経済活動が萎縮してしまう
・二次創作という創作活動のありかた
・フェアユースもない、裁判も身近でない
・第3者の通報→警察が動かざるをえない→それを事前におそれてデジタル化の現場が萎縮する

・・日本モデルの模索
・延長は登録作品のみに
・非親告罪化は累犯のみに 等


●植野淳子(株式会社アーイメージ)
・アニメーションのアーカイブ構築
・アーカイブとして何を選び何を残すのかが重要な課題。
・所蔵館での保管状況(「メディア芸術デジタルアーカイブ事業委託業務成果報告書H23」)
・メディアの寿命という問題(媒体変換のコスト、技術者がいない、再生機器が消える)
・アニメーションでは、原画動画背景絵コンテ設定で多ければ1話8000枚の紙が生じる。これらのうちの何をどのように作品に紐付けて保存していくのか。
・アニメーション埋蔵文化をつくらない。埋もれてしまうと、発掘にコストがかかってしまう。
・デジタル化したらしたで、それもまた埋蔵文化財をつくらないということ。
・ボーンデジタルの消失を防がなければならないということ
・それらを生きた文化財として。

・構想:日本アニメーションアーカイブスマネジメントセンターを中心とした、日本アニメーションアーカイブスプロジェクトにおける連携。
・オープンにすべきところとクローズにしなければならないところの仕分け、有償/無償の切り分けなどが課題。


●小塚荘一カ(学習院大学法学部)
「アクセスの未来における可能性」

・例えばコンビニの棚のどこに何を陳列するのかなど、アクセスはコントロールされている
・アクセスは、産業構造と結びつく。商店街がコンビニに置き換わるというようなことが、コンテンツ業界の産業構造に影響することも起こる。
・じゃあその産業構造のコントロールを誰が握るのか、ということ。

・iPhoneでAppleは何をやっているのか? iPhone、メーカー、キャリア(日本3事業者)、iTunes、これら全体をコンセプトとしてつなげたのがAppleのやったこと。
・電子書籍でも同じ事がおこる?
・Amazonが電子書籍において、価格を決定する、露出を決定する、評価を決定する。そういった”メタデータ”をコントロールする。そこへの危機感が日本の出版業界にある。

・プロパティのコントロール---プライバシーのコントロール---情報利用の自由


●ディスカッション
(小塚)
・著作権使用料の赤字の原因は?
(福井)
・多くはソフトウェアではないか。スタンダードを握られているから。
・プーさん1点でJASRACに相当する。

(以下、著作権一般の質疑)
・(大場さん発表の)第31条1項について(解釈の明確化)
・文化庁長官裁定のハードルを下げる
・拡大集中管理=集中管理を民間委託などする
・所有権と著作権の関係
・TPP合意後の動きについて
・映画の委員会式の製作は危険

(植野)
・所蔵機関によってルールがちがうので、ユーザにとってもコンテンツ提供側にとっても不便。共通ルールで同様に持つことができるようにしたい。
・アーカイブのフォーマットをどうしたらよいかの検討、ルールの整備。

(福井)
・各国で著作権法がちがう。それをあわせようとしたのがTPP。しかも強い方に。
・共通ルールをつくると、自由度がうばわれる。共通化しなくて不都合がないのなら、共通化が余計なのではないか。

(福井)
・フェアユースは、自由にやって裁判で決めようという考え方。日本人に使いこなせるかどうか。
・TPP後、日本でもフェアユースを(カウンターバランスとして)入れるしかないという議論が起こるかもしれない。それを先にやったのが韓国。


●クロージング・ディスカッション
司会:ローランド・ドメーニグ(明治学院大学)

(ドメーニグ)
・教育機関とデジタルアーカイブについて
(植野)
・アニメーションのアーカイブ構築を考えるのに、教育機関を中心的存在に据えている。
・アーカイブを支えるには産業界だけでは難しい。
(上崎)
・授業でアーカイブ関連の授業をしている。使う側としてだけでなく、完成していない進行中のアーカイブに学生が関与するのは意義のあること。人文系の研究が応用発展的研究に流れて、基礎的研究がおろそかになりがちだが、そういうことも大事。

(ドメーニグ)
・ハーバードサイドから
(山田)
・ユーザから見れば、MLAどこにあろうとその資料は必要な資料なのだから、見つけやすくするべき。HOLLISプラスはそれを可能にしたディスカバリシステム。ファインダビリティは克服されつつある。
(ゴードン)
・ここ20年で図書館の大学内での意味合いがかわった。場所としての図書館と、バーチャルで網羅的にカバーする役割の両方。重要性は増しているのでは。ただ、本が図書館にあるわけではないという状態が増えつつある(郊外書庫)。
(山田)
・それをデジタルスキャンで届けるサービスがある。

(ドメーニグ)
・作り手と送り手と受け手。かつて一方的だったのが、プラットフォーム・ネットワーク化でその境目があいまいになりつつあるのではないか。
(コンドリー)
・企業と、ファンコミュニティのアーカイブとが、どのように関係をつくることができるかどうか。
(ザルテン)
・いまは企業は商品を作ることはしない。商品が存在する”世界”をつくる。そこでユーザ・ファンが商品をつくることで、企業が収益を得る。そういう仕組み。
(福井)
・いま著作権は長い後退戦を戦っている状態。コンテンツ産業は下降しており、コピーライトをコントロールして希少性を確保することでは収益を得られない。これからその新しいルールの作り手が、国家から、巨大なプラットフォームというルールメーカーに手放されようとしているのではないか。流通のあり方をコントロールしようとしている新しいプラットフォームとどう切り結んでいくか。
(司会)
・北野先生の言及した「不可視化」
(フロア)
・コンテンツ自体の入手の問題とは別に、検索可能化・ファインダビリティ・インタフェースの問題でもあるのでは。
(小塚)
・本質はコンテンツへのアクセスの問題より、検索できるかどうかというメタデータのコントロールやアルゴリズムの問題であろうと考える。
(福井)
・プラットフォームサイドの肝は、著作権よりも、情報へのアクセスのコントロール。アルゴリズムやサジェスチョンは民主化されておらず、公開されておらず、ユーザのコントロールは及ばない。ヒットしない/順位が低い結果はないのと同じになってしまっている。
(大場)
・国会図書館のデジタルアーカイブは資料自体へのアクセスを保証しようとするもの。それへの検索可能化についてもNDLサーチにて取り組んでいる。ただこれだけでも足りない。そういう仕組み(アルゴリズムやロジック)を”みんな”が作れるようにするのが必要。

(くさか)
・パブリックにアクセスできるかという問題と、それを自由にオープンに利用できるかという問題。
・情報流通においては「何が”フェア”なのか」が大事なんじゃないか。
・権利を持っている自分の論文をどのように使って欲しいと考えているか? 本当に使っていいようにライセンシングしているかという問題。
(山田)
・ハーバードではリポジトリでのオープンアクセスを専門部署(ダッシュ?)においてかなりすすめている。
(ゴードン)
・たくさんアクセスされたと報告を受けるととても喜ばしく思う。コンドリー氏の言う創作するファン心理と同じでは。
(ベスター)
・いや、あまりすすんでいないと思う。手続きが難しい。アカデミア.comなどで発表する人が多い。

(上崎)
・プラットフォームが複数の小さいものになっていき制限されていくと、アクセスメリットがさがるんじゃないか。作成・発信側としても、表現自体はコンパクトになり、多様性が失われるのじゃないか。
(植野)
・海賊版でないものを確実に提供するためには、ビジネス・課金の仕組みが必要。
(福井)
・例えば、論文は自由により多く見てもらって、そして、仕事を多く受けようとする。
・ビジネスを支える収益の獲得は必要。その獲得を、今後は”どのモデル”でやっていくのか、という問題では。
・例えば、コンテンツ産業の中でも、ライブイベント、コンサートの類いは収益を伸ばしている(15年で3倍)。容易に手に入れらない”臨在感”にお金を払うようになっている。

(司会)
・来年(2016)ハーバードで続きのイベントをやるつもりであるとのこと。


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感想
・もう”おもろしんどく”て脳みその糖分メーターがどんどん減っていく感じ。途中でチョコ投入。(ブラウニー買っといたらよかった・・・)
・海外からの日本へのアクセス、という視点の話題が少数だった。ハーバードの先生サイドの話をもっと聞きたかった感はある。
・こういう話題のシンポジウムこそストリーミング中継してほしい。
・広く多様にヒットするインターネット・サーチエンジンよりも、小さくコントロールされたアプリが使われるようになったのは、ひとつには、前者では効率的な情報入手が望めない、後者のほうがほしい情報が見つかる、とユーザが評価したあらわれなのか。だとしたら、ユーザは「コントロールされたがってる」ふしもあるんじゃないか。良し悪し別にして。まあねえ、コントロールされてるほうが楽だもんねえ、良し悪し別にして。
・とりあえず、議論しつづけることだけが生きてることだなという感じだった。寝てる怪獣の背中を棒でガンガン突きつづけなければ。(いい意味で)




posted by egamiday3 at 00:47| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年04月26日

MALUI Talk in Kyoto & 近畿地区MALUI名刺交換会(2015年度)のおしらせ #KyotoMALUI


 MALUIの話です。
 ちなみにMALUIとは、Museum・Archives・Library・University・Industry = 美術館博物館・文書館・アーカイブズ・図書館・大学・企業、そしてand more!!、を指す言葉です。MLAの発展形ですね、文化資源をめぐる丸い輪のようなネットワークです。

 京都を中心に近畿地区のMALUI関係者が、酒を酌み交わし呑み交わしついでに名刺も取り交わしながら交流を深める、ということで話題の近畿地区MALUI名刺交換会ですが、今年は6月に開催されます。
 特に特に、今年は”夜の呑み会”たる「名刺交換会」に加え、”昼のしゃべり場”たる「MALUI Talk in Kyoto」なるイベントが開催されるわけです。

 ↓詳しくは、こちらを。

 MALUI Talk in Kyoto & 近畿地区MALUI名刺交換会(2015年度)
 http://bit.ly/MALUI2015

 私も関わらせていただいているので、ご紹介をと思いまして。

 「MALUI Talk in Kyoto」では、”日本情報の海外発信”を主たるテーマに、京都・近畿のMALUI関係者みなさんでいっしょに考えましょう、というトークイベントです。
 登壇者は決まっていますが、フロアの参加者全員によるディスカッションもがっつりおこないますという”しゃべり場”イベントです。
 京都・近畿、MALUI、文化資源・文化情報、そして日本から世界への発信について、わいわい、ぺちゃくちゃ、やいのやいのやりましょう、っていう感じです。

 そしてもうひとつ、当日のディスカッションにはなんとなくの”目的地”があります。

 アメリカに、「米国アジア研究協会」(The Association for Asian Studies、略して「AAS」)という学会があります。この学会はここ数年、毎年1回アジアでの年次学会を開催しているのですが、来年2016年6月には、京都・同志社大学でAAS in Asia京都大会が開催されるそうです。
 北米・アジア・ほか各地域でアジア・日本について研究している研究者が、そしておそらく、ライブラリアンほかMALUI関係者が京都においでになることと思います。

 おいでになるなら、何かできないかしら、って思うのが人情じゃないですか。

 という感じで、このAAS in Asia京都大会に向けて京都・近畿のMALUIに何ができるかについても、このディスカッションでわいわい、ぺちゃくちゃ、やいのやいのやりましょう、っていう。

 以下もご参照ください。

 「こんにちは。国際日本文化研究センターの江上敏哲です。・・・」
 https://www.facebook.com/toshinori.egami/posts/10152757256881045

 まあ、ディスカッションの結果、最終どうなるかわからないかなというような「何が出るかなイベント」なんで、幅広いみなさまにお気軽にご参加いただければと存じます。

 近畿にいないよ、という方。特に在海外の方。
 当日Ustream中継の予定、また、後日何かしら記録公開などありの予定です。

 でも、ほんとに「何が出るかな」な感じですし、ていうかいろんな方のディスカッションを聴きたくある感じなので、ぜひMALUIな現場にご参加いただければと思います。
posted by egamiday3 at 18:08| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年03月24日

(メモ)公的研究費の不正使用防止に関するコンプライアンス研修会


・研究費の不正使用に含まれるものとして、
 他の研究課題への流用
 複数の経費の合算使用
 研究期間外での使用
・私的流用だけが不正使用ではない。むしろほとんどが私的流用ではないが、不適切な経理。(では、”不正”や”不適切”の概念は何に根差すか?)
・2007年「研究機関における公的研究費の管理監査のガイドライン(実施基準)」制定 → 2014年「同」改定
・研究現場の実態や制度にそぐわないルールがあれば、窓口に問題提起していただいて、実効的なルールの策定のための協力とフィードバックを行ってほしい、とのこと。(←案の定質疑応答でここが軽く燃える)
・機構内外からの告発通報をうけつける窓口を設ける。実際のところ、大半の事例の発覚が内部からの不正告発であるとのこと。あとは、業者からの告発、という例。(「これやってくれって言われたんだけど、やりたくないんですけど」)
・契約というのは原則として事務部門が行うものである。なぜなら研究者は当事者で事務員は第3者である。(ちょっと納得いかない) 研究者による発注行為は例外行為である。例外としてあるのは、資金の前渡しを受けての購入。研究者自身の立替支払。海外での使用など。
・リスクアプローチ監査。不正が起こりやすそうなところへ重点的にチェックを入れる。旅費とか。(なんかもっと端的なネーミングはないか)
・研究助成プログラム等で得られた研究助成金は、研究者個人ではなく、機構が寄付金として受け入れたうえで管理を行なう。
・法人・研究者・共謀者に対して、競争的資金への申請資格が奪われる。(私的使用かどうかでその期間がかわる)
・「目的積立金」として認められたものについては、節約によって次年度以降に繰り越すことができる。

・例
・海外出張で予定していたミーティングがおこなわれなかった。→先方の都合などによって実施できなかったなどの場合はその旨を出張報告書に記載し報告する。
・予定外の移動先(別の国など)へ行った。→研究目的と異なる行き先への訪問は不正。実務上必要だった場合は帰国後速やかに変更申請を行う。
・会議費支出伺に記載されたのと実際の会食参加者が異なると、不実の記載として、不正に該当する可能性がある。
・研究目的と直接関係ない学会年会費や名刺代の支払→×

・類型
・預け金(買ってないのに買ったことにしといて金銭を業者に管理させておいてゆくゆく使う)
・品名替え(お酒を別名で買う)
・分割発注(1件の購買取引を一定の金額以下に抑えて、相見積もりとかで済ます)
・合算使用(二つの別のプロジェクトからお金を寄せ集めてひとつのものを購入する。ルール上認められる場合もある)
・カラ出張(私的旅行、家族同伴などを含む)
・カラ謝金/還流(研究補助者への給与を水増しして支給してプールする)

 個人的な感想としては、○×問題で「〜〜ない」という否定で終わる文を提示してはいけない。というのはクイズ研的に基本。
 あと、ルールって何か。ガイドラインとは。それは”ききわけのよさ”なのか。

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2015年03月21日

(メモ)「デジタル化資料活用セミナー」 #NDL送信 にまつわるもろもろ


 開始から1年ちょっとが経ったNDLさんの図書館送信サービスですが。
 先日(2015年3月20日)、国会図書館さん主催で「デジタル化資料活用セミナー 〜図書館送信の利用の実際と活用法〜」が開催されました。

 デジタル化資料活用セミナー〜図書館送信の利用の実際と活用法〜
 http://www.ndl.go.jp/jp/event/events/20150320digi_info.html

 デジタル化資料活用セミナー:図書館送信の利用の実際と活用法 2015.3.20 国立国会図書館 #NDL送信 - Togetterまとめ
 http://togetter.com/li/797311

 ディスカッションのパートでコーディネータをさせていただきました関係で、このサービスにまつわるいろいろな話題・コメント・質問・実情などなどにたくさん触れまして、また自分であらためていろいろ考えたこともあり、そのあれこれを記録としてまとめておきます。


●全体像
・NDLデジタルコレクションの図書館送信サービスについて、参加館にしろ未参加館にしろ、どういうことが主な疑問点や悩み点になっているかというと、だいたいざっくりと以下のような感じにまとめられるみたいです。
 −利用の実態(利用者層・利用者像、利用頻度、資料の傾向)
 −具体的な活用事例
 −広報・PRのしかた
 −端末の具体的な運用(端末の確保、場所、自館ルール)
 −複写(自館ルール、手順、画質)
 −複写における著作権判断
・これ以外になると、今度は逆に”個別事情”にもとづく個々の質問・悩み・要望という感じになってくる。そういう性格のサービスであるなということ。
・もうただひたすら「お気軽に相談して下さい」ということ。これを当事者でないあたしがあまり言うのも気がひけるんだけど、最終これを言うしかない、どんなことでも相談してみたらいいと。

●参加館数が増えない
・いまやっと456くらい。
・県立レベルでも数カ所未導入。
・後述するあれこれ総じて、このサービスは「やってみなければわからない」し「ふとしたことで役に立つ」ものではあるけど、だからといって「やってみなはれ!」((c)鴨居の大将)で導入できるほど敷居が低いとはちょっと言えないという、手続&利用条件的に。

●ユーザ像
・未導入館にとっては、どんなユーザがどんなふうに使いにくるんだろう(頻度とか)、というのが関心事っぽい。まあ心配事にはなるよな、というのはわかる。
・ただ、北大さんの統計数字なんか見てもまさにそうなんだけど、一部のヘビーユーザによって数字が大きく左右する、というような感じがいまのところの大方なんだろうなと思うので、どうなるかはわからないという意味では心配してもしょうがないというのはあるかも。(例:複写枚数が総数4300で、一人の最多枚数が1200とか)
・ただ、「30分未満」の短時間と「60分以上の長時間との”二極分化”的傾向はおおむね言えそうな気がする。

●活用するには
・結局何に使えるの?/何に使ったらいいの?というのが、おおかたの悩みみたい。
・実際どんなふうに利用されますかとコメント求めると、まあたいていが、レファレンスの過程でとかILLの過程でその中にあるってのがわかって、そこへ案内する、というパターンですよね、このサービス・仕組みありきというあれではない。
・自分的には、このサービス自体には訴求力がそれほどあると言えるわけじゃなくて、資料自体のほうで惹きつける、資料に語らせるほうがいいだろうなって思います。こんなおもろい資料がある、我が町に関する資料、話題のトピックに関する資料、懐かしのあの人の記事、で、それはこのサービスで、っていう。
・だって、ふつーに岩波文庫・新書の古いのが読めるっていうだけでも、充分すごくないですか。筒井康隆の小説が初出誌で読めるとか。
・あと婦人雑誌とか映画雑誌も入ってるし、ゆったらちゃらちゃらしたエンタメ路線でもいいです、例えば「吉永小百合」「男はつらいよ」で検索したらまあまあヒットする、30年前の吉永小百合のインタビュー記事があちこちに掲載されてるのが読めるとか。
・資料目線で、っていうコメントは参加者からもあって、「地域に関する資料をあらかじめリストアップして置いて、レファレンスに利用したい」と。
・あと岡崎市立中央図書館ではホームページで実際そういうことをやってる、という紹介とか。
 http://www.library.okazaki.aichi.jp/?page_id=293
 これは近代デジタルライブラリーの例なんですけど、近デジの中に収録されてる岡崎地域関係の資料を簡易目録化して載せてるという。
・こういうのって、従来から図書館員がやってきたような情報編纂スキルの格好の発揮場所だと思うんで、例えば「地域」だけでなく、「時事のトピック」「人物」「分野別パスファインダー」に含めるなどなど、この視点からだけでも活用すべきやり方はいくらもあると思うんですよね。
・例えば単純に言って、自館所蔵資料で、近デジやデジコレで見れるものリストとか、OPACからのリンクとか。
自館OPACに送信対象資料のデータを搭載したい、というコメントもあって、NDLサーチのAPIを使ったらそれもできるっぽい、あたしではちょっとちゃんとはわかんないんだけど、いつかわかれるようになりますように、リンクは下記。
 「外部提供インタフェース(API)」(NDLサーチ)
 http://iss.ndl.go.jp/information/api/
 「オープンデータセット」(NDL)
 http://www.ndl.go.jp/jp/aboutus/standards/opendataset.html

●複写・複製
・複写についてのポイントは、
 −運用
 −画質
 −著作権
 の3本柱。
・うちとこの事情を記録しておくと、送信サービス初めて1年での複写実績は、申し込み件数が750件、枚数なら万はこえてるでしょう(北大さんの倍・・・)。かといってNDLさんへの複写依頼が劇的に減っているというわけではない、通常の変動範囲程度な感じです。
・大阪府でカラープリンタ導入。ただし現段階で統計見る限りでは、数ヶ月に1件程度か。
・著作権の話はもうあれですね、話し始めると止まんないし終わんないしそして結局わかんない、っていう。
・ただ、著作権の判断は各図書館で、とのことで、例えば自館で独自に調査した結果「この資料はもう著作権切れてる」って判明したんだったらそれでいいよ、という感じ。あと、自力で著作権者に許諾とれたんだったら、NDLさんからの許諾はいらないとか。
・直接来館しないでの複写依頼で、複写していいか、という問題。これについてはNDLさん的には「参加館で複写物を手渡しならいい」とのこと。だから、導入館・県立図書館さんが非導入館・市立図書館さんの求めに応じて複写物を送ってあげる、というのはできない。市立図書館さん、導入してください、ということになると。NDLさん的には。
・ていうか「図書館送信」以前に、「インターネット公開」であっても、「著作権保護期間満了」だからインターネット公開してるものは複写できるけど、「著作権者許諾」とか「文化庁長官裁定」とかでインターネット公開してるものは図書館が複写しちゃいけない、だってあれはおたくの図書館の所蔵資料じゃないでしょ(31条的に)、ていうことみたい。
・あと著作権法31条1項3の「他の図書館等の求めに応じ、絶版その他これに準ずる理由により一般に入手することが困難な図書館資料の複製物を提供する場合」は、マジでもっと周知されてください。
・もうひとつ、参加館にとってわりと切実なのが、実際の送信サービス画面をチラシとかポスターとかに写真で載せて広報しまっせ!というのが、複製的にアウトだという話ですね。それって困るでしょうと。例えば今回のセミナーでのプレゼンで画面を映すにあたって、その写真載せたりやっぱするでしょう、と。でもそれってダメなんですかね。
・と、思ってたら、このセミナーでのNDLさんのパワポ&配付資料をよくよく見てみると、事例写真として使われてるデジタル資料の画面というのが、インターネット公開(著作権切れ)かそうでなければ自館出版資料(著作権じぶんとこ)で、送信サービス対象の資料の写真は使ってなかったという。ガチだった。軽く戦慄が走った。

●その他もろもろ
・例:大阪府立図書館さんは既存の利用要綱を改訂して送信サービス利用をこの中で可能にさせたとのこと。
 大阪府立中央図書館データベース・CD-ROM端末利用要綱
 https://www.library.pref.osaka.jp/site/kisoku/lib-dbyoko-c.html
・端末の利用について。おそらく参加者が静かにざわついたのが、大阪府の「自動ログインツール」。これはマジ。
・このサービスを利用できる図書館とはについて。このサービスを利用可能な「著作権法第31条第1項が適用できる施設」として、「文化庁長官指定施設」があり、その例として「国際交流基金図書館」が挙がっている。
・登録利用者とは誰ですか?問題。考え方としては「各館が特定の条件を設けて登録している人」ということで、学外者も利用登録するんだったら対象にできますけど、まあ個別に相談してくださいとのこと。ちなみにうちとこは「こういう規則なんですけど」って相談したら「OKです」って言われたです。

●余録
・福井の人は関西館会場に来てはったけど、富山の人は東京会場にいてはった。北陸新幹線・・・。

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2015年02月05日

(メモ)博士学位論文の公聴会


 博士学位論文の公聴会の類の、異なるいくつかに続けてうかがって、いろいろお話を聞いていたら勉強になったので、そのメモ。特定を避けて内容には触れず、研究と論文と発表と質疑のあり方みたいなのについて、主に。


●その1
・自然科学がらみの社会学系
・主査1人、副査2人、タイムキーパー1人、オーディエンス3人。
・発表30分。質疑30分。
・時間によってベルが鳴る。時間はおおむね守られる。
・主査の司会的役割が大きい。

(プレゼンとして)
・こういうときに主査・副査・オーディエンスへの配付資料の準備は、必要か不要か。
・パワポを使う。
・パワポのデザインが決してわかりやすい・伝わりやすいというようなものではなく、いたって事務的なもの。わかってる人むけのプレゼンだからということか。
・それでも、飛び込みで聴きに来た分野外のいい加減な自分にもある程度わかるような説明の仕方。
・すごいスラスラとしゃべってはるから、それなりに練習したのか、あるいはそういう人なのか。
・時間が足りず、ベルがちんちん鳴らされるけど、ふつーにしゃべってはる感じ。

(研究内容)
・何章かあって、各章はおおむね個々の論文として発表されており、査読あり論文誌等に掲載されている。それらが合わさって学位論文として構築されている、というパターンのやつ。
・統計に次ぐ統計。数式に次ぐ数式。
・実態調査の分析と机上の推計とを比較する。自分の分析の正当性を、別の観点から証明・主張する、みたいな感じ。
・現状の問題点を指摘する。
・これとこれを使ってこれの実態を探る、という考え方の説明をする。
・今後の研究の方向性。

(質疑応答)
・本人の発表→主査の受け→副査の質問・コメントへ。
・個々の章(論文)の質は充分だけども、章同士の関連性や、全体の整合性が薄いのでは、という指摘。・方法について、新規性はあるが、唐突ではないか、という指摘。
・発表者のこたえるターンでは、副査の指摘や疑問点に対して、特に何かを見ながら確認するでなくスラスラと、しかも長めにこたえはるので、ちゃんと全部わかってるってことなんだなあと。
・「元になった論文誌の査読で、こういう指摘を受けた」。
・この学位論文が伝えようとしているメッセージは何か、について。
・これこれこういう修正をして、ここを延長して、それで学位論文として認めてよいですか、よいです、で終わる感じ。

(感想)
・こんなにたくさん前向きなダメ出ししてもらえて、うらやましいなあという感じ。


●その2
・実務よりの社会学系
・主査1人、副査2人、タイムキーパー1人、オーディエンス3人。
・発表30分。質疑30分。
・時間によってベルが鳴る。時間はおおむね守られる。
・パワポ配付あり。

(プレゼンとして)
・まず結論を言う。

(研究内容)
・この背景と、この先行研究と、この既存の理論をふまえ、仮説を立てる。
・その仮説は図・モデルで示すと、こういうことである。
・論理・学説を示す。←→それについてのなじみのある風景(事例・実情)を示す。
・研究方法は、半構造化インタビューと質問紙調査。これを統計的に分析して、仮説を証明する、という。
・インタビューは、インタビュー+作業(被験者?に作業をさせる)
・これこれのことを測定するのに、こういうアンケート質問によって調査する。このやり方が正しいかどうかの検証のため、他の視点からの調査も同時におこなって妥当かどうかをチェックする。
・結果を分析して、モデル図を描いて、有意に違いがあったところを指摘する。
・そしてやっぱり統計。
・この研究の問題点は、測定の尺度・客観性をどうするか。

(質疑応答)
・客観的な尺度について。
・定義が文脈で揺れるのではという指摘。
・この研究と提言の、意義について。具体的にどうするのかについて。
・インタビューやアンケート結果について、想定外だったり解釈が難しかったりという件について。

(感想)
・その1もそうだったけど、問われるのは「自分の研究をいかに客観視できるか」かなあ、という感じ。


●その3
・人文系、哲学。
・主査1人、副査2人(全員学内から)。オーディエンス10数人。
・発表30分、質疑90分の予定。実際には質疑がさらに30分延長。
・タイムキーパーなどいない。「時間なので」と言いつつ、さらに質問やコメントが続く感じ。
・レジュメあり。

(研究)
・研究にいたった個人的事情と想い。それをふまえての研究テーマの設定。
・先行研究をふまえて、これまでは充分でなかったこれこれの考察・こういうアプローチを、批判し、補完し、検討する。それはこのテーマの研究にこういうふうに貢献できる。
・対象となる著作・文献を分析する。
・その対象の受容・研究を分析・評価して、モデル化して、不足・不十分を指摘する。
・その対象を歴史的文脈を踏まえたうえで分析する。
・自分の分析と、先行の受容・指摘とを比較・評価する。
・対象をよりよく考察・検討するためのモデルを、構築する。

(質疑応答)
・文献を深く読み込んでいるかどうか。文献に広く目を配っているかどうか。
・あれは読んだか。これは読んだか。
・この考え方は、すでに誰々のこの論にある。
・これを読めば、こういう考え方ができるようになる。
・基本的にこれの応酬>「この件については、自分はこう考える。なぜなら・・・」。(根拠として、対象、著作、その受容・先行研究、歴史的文脈・影響関係)
・考察の対象とするものを、狭く特定しすぎていないか。深く読み込みすぎていないか。
・こういう考え方ができるのではないか。こういうふうに発展させてはどうか。
・この論は、研究者としてか哲学者としてか、どういう立場でのものか。
・自分をもっと出してはどうか。
・「とりあえず今回の博士論文のテーマにしぼって考えれば」(←これをちょいちょい言わないといけないくらい、議論が広がる)

(感想)
・学問の道に終わりなどないとは、このことか。という感じ。

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2015年01月31日

極私的・2015年の絵馬(活動指針メモ)


 絵馬。
 それは今年一年の活動指針。


●タイムライン
2007 HVU
↓  ↓
2008 NBK・JLA
↓  ↓
2011 ↓
2012 本棚の中のニッポン
↓  ↓
2015 ===いまここ===
↓  ↓
↓  Something
2020 ↓
2022 ↓
  

●イベントごと
2015.06 AAS台湾
2015.09 EAJRSライデン
2016.03 CEAL/NCCシアトル
2016.06 AAS京都


●2015年の絵馬
・Somethingへ向けて、"助走"します。助走は"走"です。
・忙しさ(客)を、"良い忙しさ"(主)へ転化させます。
・NBK(local)を、NBK"からの"(social)へ可視化させます。
・"アルファ"を選別的に志向します。つまらんことにリソースを割かないでください。
・生活習慣の改善のため、"有酸素運動"を意識します。これはマジです。
・環境の整備には、投資くらいしてください。


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2015年01月26日

(メモ)同志社大学図書館司書課程講演会「『見たことのない図書館』を考える」


同志社大学図書館司書課程講演会
「『見たことのない図書館』を考える」
2015.01.10@同志社大学

「同志社大学図書館司書課程講演会「『見たことのない図書館』を考える」」 http://togetter.com/li/768227

 ちゃんとしたレポートは上記togetterの空手家・水泳家の人のをご参照いただければ充分なので、以下ここでは、極私的な感想、心にとどめたいorとどまったこと、およびなんとなく考えたこと等のメモ。


●村田晃嗣氏(同志社学長)
・スライドなし。しゃべりのみ。え、学長は桂一門ですか笑福亭ですか、というくらい、噺家かのようにしゃべりが上手くて勉強になった。ひそかに録音しときたかったという。さすが人前やテレビでしゃべりなれてはるだけあって、こんなふうに講演できたらいいなっていう。もちろんどっかんどっかん笑わすという意味じゃなく、噺に引き込まれるというタイプの噺家。
・なにより、専門外であるはずの”図書館”というネタにこれだけ自分で肉付けして魅力的にしゃべれるっていうあたりが、なんだろう、”人文力”とでも言うか。(法学部の先生だけど)
・北米の学術図書館の紹介、”ライブラリーとアーカイブスの機能を両方持ち、有機的に結びつく”とか、”事前に研究調査の主題を伝えておくと、蔵書の説明とその主題資料の準備をしておいてくれる”あたりは、うちがリアルに目指さなあかんところだなと思いを新たにさせられた感じ。
・ほんとこれ、ていう。>”近年、社会連携が問われる大学。自分たちだけの空間ではありえない。一方で、何かに熱中する人のための逃避没頭の場が大学である。4年間は無理でも何年間か一定期間は社会から隔絶された静謐な空間を学生に提供する。それが図書館ではないか”(要約)

●長尾先生「夢の図書館を目指して : 20年後の知識システム」
・NDLは国会議員への調査サービスは非常に高度だけど、一方で外国情報の収集が手薄で、日本の将来が心配、とのこと。
・このへん、やっぱ京大の人だなあと>”NDLは税金でできておきながら東京近辺の人しか使えないではないか”
・長尾先生がおっしゃるには、デジタルにも2段階のフェーズがあって、フェーズ1は読者がコンテンツを受け取って終わり。フェーズ2はインタラクティブ、とのこと。←では、インタラクティブの次のフェーズは何になるんだろう? どのフェーズでも次の発想の転換が求められることになるんだろうけど、そのスピードは確実に速まってる(というか尺度が別次元になるというか)。
・Googleも20年もつのか、行き詰るのではないか。主に電力的に。という話。
・「人間頭脳の知識構造に近づく電子図書館」の話で3時間くらいききたい。

●中山正樹氏(NDL)「電子図書館事業20年を迎えた新たな方向性の模索」
・パイロット電子図書館プロジェクト、PORTA、NDLサーチ、そしてそこからの、東日本大震災アーカイブ。という電子図書館事業の流れ。そうか、”からの”なんだな、という感じ。知識インフラ構築を目指したもの。

●井上真琴(同志社)「知識はここで目を覚ます : なぜラーニング・コモンズを創ったのか」
他者が学び考えるその行為そのものが”情報”になる。考えるという行為は本来見えないが、それを可視化して、互いの思考過程という”情報”を共有する。その空間がラーニングコモンズである、と。←ラーコモ論の中で一番腑に落ちる。
・図書館がやってきた従来の”情報のロジスティクス”にとどまるんじゃなくて、それをどう活用すれば思考や生産につながるか、学びの認知メカニズム、文脈の判断、再編成へ。

●ディスカッションの時間
・司会たいへんだこりゃ、と思ってたら、よくぞこなしきった、という感じ。
・これはダメだ、ツイートできない、というような発言が出ると誰に指示されるわけでもなく一斉に中継がカットされるという、中継者たちの謎リテラシーw
・井上さん”情報をほしくて検索することはない、見つけたものをどう使うかばかり考えている


●という話を聞きながら極私的に考えていたこと。
・全体的に夜空のムコウ的というか、あのころに描いていた未来の見たことのない図書館がこれまでどんなふうにここまでたどってきたのか、という時点にいま立って、からの、そしてこれから。というような時間的流れの矢印が引かれてる上で話を聞いてるという感じ。
 まあ、「見たことのない図書館」タイトルはレトリックだろうし、文字通りに考えてもそんな”見たことのない図書館”をつくることがそもそも”是”なのか?という議論のほうが気にかかるんだけども、それはそれとして。

・例えば自分の担当する司書課程科目は一般の学生(司書資格関係ない)もとれて、2回生が多いのかなという感じなんだけど、そういう場で「この大学の図書館にまだ行ったことない人」と聞くと、これがまあまあ結構な数の学生が手を挙げるんですよ。資格不要とは言え科目名に"図書館"がついてるのをとっといてw つまり彼らにとって実際あの図書館は文字通りに”見たことのない図書館”、っていう。
 ただ、ほんとのほんとに見たことのない図書館ができるとするなら、その発想の種はおそらくその、まだ図書館に行ったこともない行く気もしないような人らの中にこそあるはずであって、あたしなんかのように図書館業界に身をべっとり浸してるようなぬらりひょんの頭の中にあるようなものでは、たぶん、絶対に、ない、それはどうしてもどこか既視感のある発想になっちゃう。
 だから、ぬらりひょんは、いや「図書館」は、そういう図書館を見たことのないレベルの人=「図書館じゃない」と積極的に連携して、いや連携とかじゃなまぬるいくらいのとろっとろに溶け出て溶け合うようにしていかないと、見たことのない図書館とかいうやつはつくれないでしょう。(注:ここでいう「図書館じゃない」って、MLAとか教育・文化行政ごとき身内親戚筋レベルの相手じゃなくて、壮絶に無関係な、でもこの世界の大多数を構成している種々。)

・一方そのころ、「図書館にもちろん行ったことある」方の、図書館に興味を持ち司書資格を得るのに勉強してきている学生さんたちはどうかというと、かといってほんまにがっつり図書館の仕事に関わることになる人ってたぶんそんなに多くはなくて、社会の「図書館じゃない」のあちこちの現場に出て行って、そこで、図書館学的・情報学的・司書的な考え方やはたらきを活用していくことになるんだろうな、という。それを社会というか世界総体を引きの画で見たときに、そういうふうになんとなく「図書館的」なのが、図書館という限られた場所なんか踏んづけ蹴散らかして、社会世界のいろんな場所で、ふわふわでもきりきりでもいい、まわっていったらいいと思うんですよ。

・この世界の大多数の「図書館じゃない」と、社会の隅々に散在する「図書館的」と、ぬらりひょん(えっと、ぬらりひょんってそもそもなんだっけ?w)な「図書館」とが、とろっとろに連携して、ほうせんかみたいにぱっと散って、綿毛のように遠く漂っていって、もはや可視化はされないものの、何かしらの図書館的な要素・考え方・機能が世界の端々・節々にステルスでインストールされてる。で、社会・世界総体をなんとなあく図書館っぽいはたらきが覆っている。
 そういうのを”見たことない”図書館って言うんじゃないかなあと思うし、そしたらそれはもう”図書館”でもなんでもないし、そしてそれでいい。いや、それがいい。

・追加。分類体系を考え直さなきゃみたいな話が出るけど、分類って、要は考えのマッピングみたいなもんだから、人・時代・社会・文脈によって異なる変わるのが当たり前で、技術的に固定させる必要がなくなったんだったら固定しないで済ませればいいんじゃないか。

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2015年01月12日

(メモ)『誰が「知」を独占するのか : デジタルアーカイブ戦争』(福井健策)の第6章・提案部分まとめ

誰が「知」を独占するのか-デジタルアーカイブ戦争 (集英社新書) -
誰が「知」を独占するのか-デジタルアーカイブ戦争 (集英社新書) -

福井健策. 『誰が「知」を独占するのか : デジタルアーカイブ戦争』. 集英社新書, 2014.

 資料論なりメディア活用論なりで授業で触れてあるいは読ませてというのに吉なわかりやすい本だったんですけど、それはそれとして、最後の章に箇条にして書いてある「提案」の部分が、極私的に相当の本編だったので、メモ。
 だって章題がもう「アーカイブ政策と日本を、どう変えて行くか」ですもの、こんなにも切実な、直接的な、ほんとこれ的な。


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 第6章 アーカイブ政策と日本を、どう変えて行くか

1. ナショナル・デジタルアーカイブを設立し、当初2000万点のデジタル公開を実現せよ。

提案@ 自力でデジタル化出来ない文化施設や個人のためにデジタル化工房を各地に設置 (インフラ整備、参画可能化、ローカル)
提案A 全国のアーカイブをネットワーク化し、独自の横断検索を実現 (流通、ファインダビリティ)
提案B 収集と投稿機能を備えたナショナル・デジタルアーカイブの設立 (資料保存、全メディア・アーカイブ試案)
提案C 各教育機関と連携した、デジタルアーキビストの育成と研修プログラムの充実 (継続のための人材)

2. オプトアウト制で、孤児作品問題をはじめ権利問題に抜本対処せよ

提案D 孤児作品や絶版作品のデジタルアーカイブ化を促進する法制度の導入 (仕組みの整備、ここは本文を要参照)
提案E 諸外国との間で、孤児著作物の相互利用協定を締結
提案F 法改正で所有権、肖像権問題にも対処を

3. 世界のデジタルアーカイブと接続し、オープンデータで日本文化を発信せよ

提案G 税金を投じたデジタルアーカイブではオープンデータ化を原則化し、基本的にパブリック・ライセンスを付与 (オープン化)
提案H ユーロピアーナなど各国デジタルアーカイブとの相互接続の促進 (国際発信)
提案I 無料字幕化ラボの設置 (テキスト化、英語化・翻訳)

4. まとめ 再びコンクリートから情報へ (ヒト、カネ)

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(メモ)『近代学問の起源と編成』を読んだメモ

近代学問の起源と編成 -
近代学問の起源と編成 -

『近代学問の起源と編成』. 勉誠出版, 2014.
 長尾宗典様よりご恵贈賜りました。
 全部じゃなく気になったのを読んだのですが、視点の持ち方を勉強になったのでこれは折に触れて読み返したらいいなという感じでした。
 例えば、最後の論文の最後のまとめに出てきた「予算獲得のための研究があってもいい」という言は、それだけ見るとえっ?てなるけど、ひととおりざっと読んだ上で最後に見ると、あ、うん、そうそう、ふつーにあり、ってすんなり身体に落ちる、っていう感じ。


●総説 近代学問の起源と編成(藤巻和宏)
・学問という営為に潜在するバイアス。
・周到に構築された学問環境、フィルターを通さずに、研究対象に接するのは難しい。時代の文脈、受容のされ方、政治性の介入もある。研究は無色透明ではない。
・学問領域の編成もそうで、範囲の画定と囲い込みがされ、対象が限定される。文科省が定める科研費の「分科細目表」がその最たるもの。
・前近代から、西洋を受け止め、近代にいたった、日本の学問の起源・構築・再構築を考察する。
・◎別役実「鳥は鳥であるか」

・本書の構成
-明治の学問(第1章 近代学問の起源と展開)
--近代学問「編成」への階梯
--西洋学問の受容基盤としての外国語(翻訳、外国語教育。)
--新たな学問の諸相
・中国語由来の「文学」がliteratureの訳語とされたことによって、その意味が「学問」→「言語芸術」に変容してしまい、日本古典文学を芸術として理解しようとした。
・西洋学問としての神話学が科学的とされたことで、神話学の有する政治性を隠してしまった。農学教育が英国流からドイツ流に変更された。など。

-近代とは(第2章 近代学問の基底と枠組み)
--科学の近代
--西洋・近代というバイアス
--近代学問の枠組み
・宗教を研究対象としたときの、西洋的・近代的なバイアスの存在。宗教における前近代的要素を近代に比べて過小評価しかねない。そのバイアスを自覚する必要がある。

-学問の内と外(第3章 学問の環境と諸問題)
--研究領域の可視化と変容
--学派と社会
--研究活動の外郭
・ボードレールはいかに学問の対象となったか。研究対象は自明ではない。
・社会科学研究が社会情勢の影響を強く受ける。
・明治期の美術史研究が、日本のイメージを西洋に宣揚するための通史構築、文化財調査であったこと。


●近代国学と人文諸学の形成(藤田大誠)
・国文学国史学が国民や国民性を再生産したものとしてその政治性やナショナリズムの存在を訴えることは、ともすれば反国家主義のレトリックになりかねない。資料による実証で説明・理論に結びつけるべき。
・総合的日本文化学としての「国学」が、近代日本の人文諸学の基盤ととらえられてきた。
・近代国学は、漢学系学問や西洋諸学問との連携、拮抗、共鳴部分を見いだした上でのスムーズな導入、接続させるなどしていた。
・帝国大学国史科は、漢学出身の学者やドイツの歴史学者の協力で、実証史学としての国史学を確立していった。
・◎芳賀矢一「国学とは何ぞや」
・芳賀矢一は、文学や史学が専門で分かれるのではなく、人文諸学の総合的学問としての国学の発展を訴え、「日本文献学」としてとらえなおし、再構築しようと構想した。(国語、国文学、文献注釈、国史律令、有職故実、古器物・考古学)
・帝国大学では蛸壺的な専門分化が進行したが、私学の國學院においては一貫して総合的学問としての国学を保持していた。(その後、東京帝国大学では「神道学」が人文諸学を再統合)


●明治期における学問編成と図書館(長尾宗典)
・諸学の編成に図書館はどう寄与したのか。
・帝国図書館(東京図書館-東京書籍館)、帝国大学(-東京大学)附属図書館を対象に。
・蔵書構成@東京図書館。近代学問がドイツ中心になってきていても、洋書の収集は英語が主だった。
・蔵書構成@東京大学。東京書籍館より圧倒的に洋書が多い。明治21年を境にドイツ語が英語を上回る。
・明治期の図書館分類は、江戸の伝統を継承した体系だった。それが明治20年頃を境として、江戸の知的伝統から脱し、近代学問編成の基礎が形成され始めた。明治20年代の東京図書館・帝国大学図書館の分類表は、明治前半期に追求された近代学問の一覧表であるといえる。
・◎薄久代『色のない地球儀』


●近代科学の起源 : 本質を探求する学としての科学(森田邦久)
・科学と近代科学をわかつものは、「実験」。「機械論的世界観」(←→目的論的世界観・アリストテレス)
・ロジャー・ベーコン(13C)はイスラム科学を取り入れ実験観測を重視した。
・目的論的世界観:「不完全な金属は完全な金に近づく」(→錬金術)。世界の中に神の意志が存在する。
→機械論:ラヴォアジェ(18C)近代化学の父・質量保存の法則他。経験を重視する。
・「モデル」と科学的説明について。
・「モデル」は、個別の事例ではなく、それらに共通する本質を取り出し、現実世界を抽象・理想・単純化したもの。科学が、現象に理論的説明を与えるときには、このモデルに理論を適用することになる。モデルを批判し、修正を加え、科学が発展していく。(モデル≒実験。実験はコントロールされた経験であり、調べたい現象を再現させる)


●〈実証〉という方法 : 〈近世文学〉研究は江戸時代になにを夢みたか(井田太郎)
・東京帝国大学・芳賀矢一は、ドイツ文献学を日本の文学研究に導入した。自らの過去を知る、近世以前と明治時代を通して展望する、時代精神と作品・作者を結びつけて考える。「文学史」。国民国家において国家の須要に応じる。
・池田亀鑑『古典の批判的処置に関する研究』。文献学の本文批判によって始原を復元する技法の確立。
・京都帝国大学・潁原退蔵・野間光辰・中村幸彦。校勘学。資料派。東京ほど時代精神と密着して考えない。
・外地(台北帝国大学・京城帝国大学)は本土より給料が良く、新設のため予算が潤沢で、戦中でも古典籍国乳が継続されていた。
・私立大学が大学に格上げされるときに図書館の蔵書数が要求されたが、求められるのは洋書であり、和古書は無関係だった。
・官立大学では近世文学は講じにくかったが、図書館とその周辺には、近世文学の専門家愛好家がアジールのように存在し、収集・書誌学研究をおこなっていた。在野の所蔵家・愛好家がいた。そこでの「近世のイメージ」が現在の近世文学・近世文化のイメージにつながっている。(体制に抵抗する庶民、知的自由へのあこがれなど) 春画も?

・戦中、ナショナル・アイデンティティに奉仕するための近世文学研究が要請・構築された。日明戦後、資料派が「実証性」によって政治性を回避するほうへ。
・実証性によって近世文学を「復元」する。→「復元」するためには対象の範囲確定が必要。→”文庫”(という限られた範囲のあるもの)を対象とする。(例:古義堂文庫目録)→実証性の殻に閉じこもったり、実証性を客観性と混同して無色透明と誤解したりする。
・実証的な方法を偏重しすぎる→閉じるほうへ。鳥瞰図を構想するような論文が専門の学会誌で掲載されることはまずない。
・『国書総目録』。それを踏まえた国文学研究資料館のマイクロ収集。→資料乱獲競争、データ主義、資料の海+実証性・資料派+デジタル化 →なんのために近世文学を研究するか、社会的位置づけをどうするのか、という問題が見えにくくなった。
・時代区分という便宜上の区分を超越した巨視的な新規モデルが提示されなかった。


●日本の美術史学の展開過程とその特徴 : 1910-50年代の学術研究化(太田智己)
・前史。鑑定、鑑賞。画史、画人伝。落款印譜集、図録集など。
・明治期の美術史研究の課題は、日本美術史の通史の構築だった。日本の国家イメージを西洋に対して宣揚する、対外的文化戦略の手段として必要とされた。
・1890、東京美術学校で「日本美術史」講義開始。岡倉天心。
・1900『Histoire de l'art du Japon』刊行、パリ万博出品。(邦訳『稿本日本帝国美術略史』)
・東京帝室博物館での日本美術史編纂事業(1901-)
・『国華』(1889-)。半官半民で日本古美術の図版を掲載し欧文版を海外に流通させた。
・国による大規模な文化財調査。

・1910年以降、美術史学が”学術研究”となっていった。
・学術インフラの整備: 帝国大学で美術史学という特定の学問を学ぶ課程を設置する。職業研究者のポストとして研究機関を設立する(東京帝室博物館など)。学術雑誌(総合誌や批評誌ではなく)を刊行する。学会・コミュニティを設ける。
・学術インフラを整備する→専門職業としての研究者が、学術研究としての活動を持続的に行うことができる→安定的で持続的な学術知生産ができる。
・主観的鑑賞から「科学」へ。
・研究費受給体制の整備。科研費のカテゴリが、”哲学の下の美学と合同”から、”史学の下で美術史単独”へのりかえ。単独で安定した研究費の確保ができる。

・日本美術史学では、西洋の美術史学の方法論を体系的に移入した経験がほとんどみられない。(西洋の素材・技法が日本古美術に適用されない?)


●「文化情報資源」をいかに活用していくか : 博物館・図書館・文書館が連携し合う時代の学術情報流通(岡野裕行)

 (全文すべて参考にすべきなので、メモ省略)


●学問領域と研究費(藤巻和宏)
・学問編成の問題を、研究費に注目して考える。
・科研費を申請する際、「分科細目表」の中から選ぶことになる。
・分科細目表では、新たな領域をどう扱うかが課題となっている。
・「時限付き分科細目表」。たとえば「震災問題と人文学・社会科学」など。既存の細目ではカバーできない分野が可視化される。新たな研究領域が独立して安定的に科研費を受給できることにつながるので、たとえば時限付き細目に設定された分野について「採択されなくてもいいからとにかく応募数を増やせ」というような動きが出たりする。
・日本文学研究の世界には、過剰なまでの”時代区分”へのこだわりがある。学会組織がそうなっていることも一因。説話文学会・仏教文学会が実質的に中世文学会の分科会のように理解されてしまい、中世以外の発表が受け入れられにくいという問題も起こっている。また、歴史研究ではとっくに否定されている「中世は武士の時代」「鎌倉新仏教の時代」のようなイメージが、いまだに日本文学研究者では持ち続けられているというような問題もある。
・例えば日本文学研究では「大作家」「大作品」「日本文学史」を基盤に発展してきたところがあるが、本来は何が研究対象になるかならないかはあらかじめ決まっているわけではない。文化資源・文化情報資源も、その要不要は少数の研究者によって判断されるべきではなく、研究者同士の認識の相違に折り合いをつけていかなければならない。

・「予算獲得のための研究」があってもよいのではないか。それによって研究が進んだり、ポスト確保ができたり、予算執行のための不本意な研究によって新たな研究テーマに出会ったりできる。

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2014年12月21日

極私的・egamiday十大ニュース 2014

 
 自分以外に得しない、というか自分にとっても別に得にもならんだろうという、年末のまとめ第3弾。
 今年一年の自分のふるまいを省みて、来年はちゃんとした者になろう、あすなろう、という。十大ニュース形式で。


●egamiday氏、1年間で4回のヨーロッパ渡航
 egamiday氏の2014年の海外渡航件数が、1月のイギリス、5月のアイルランド、9月のベルギーの3件に及ぶことが明らかとなりました。2013年9月のイギリス渡航を含めると、2013年9月から翌2014年9月までの1年間で都合4回のヨーロッパ渡航が実施された計算になります。ただしこのうち3回は業務での出張であり、特に1月のイギリス渡航は現地滞在が丸3日程度という弾丸ぶり。この件に関しegamiday氏は「しばらく旅行らしい旅行をしてない気がする。旅がしたい。まだバルト3国に行ってない」とコメントしています。

●egamiday氏、アイルランド旅行後の健康診断でひっかかる
 今年5月のアイルランド旅行後に実施された健康診断において、egamiday氏がいくつかの項目で若干の数値オーバーを叩き出したことが、京都府内の某医療機関の調査で明らかとなりました。その後実施された精密検査ではまあまあ穏やかな結果に終わり事なきを得たということです。この問題に関しegamiday氏は「ギネス、フィッシュアンドチップス、肉食中心・野菜不足というアイルランドに特有の食糧事情がもたらした一過性の現象であり、健康に直ちに影響はない」と釈明していますが、数ヶ月後の渡航先であるベルギーでは、ベルギービール、ベルギーチョコレート、ブリュッセル名物のフレンチフライに加え、味はフランス並み・量はドイツ並みと言われるベルギー料理を欲望のリミットを超えて堪能するegamday氏の様子がTwitter上で目撃されており、12月に行われる人間ドックの結果が懸念されています。

●egamiday氏、情報メディア学会で「おたより」発言
 今年6月、東京で行われた情報メディア学会シンポジウム「デジタル化を拒む素材とアウトリーチ」において、コーディネーター役を務めたegamiday氏でしたが、学会参加者から提出された質問用紙を読み上げる際、「続いてのおたより・・・」と発言していたことがわかりました。この失言の後egamiday氏は「おたよりって言っちゃった」と苦笑いをしただけで、その後も何食わぬ顔で平然とコーディネっていたとのことで、一部ではラジオパーソナリティ気取りかとの批判の声もあがっています。

●egamiday氏、DUALISにラジオのお株を奪われる
 その一方で、2013年12月以降まともなラジオが放送されていないという実態が浮き彫りとなっています。某志社大学某UALISをゲストに迎えた昨年12月の放送で「自分らでラジオやれ」と純朴な若者たちをいたずらに煽ったegamiday氏でしたが、その某UALISが2月の第1回放送を皮切りに、この1年で京都市内の各大学を巻き込んだ番組作りを展開し、そのお株を完全に奪われたかたちとなりました。巻き返しを図るegamiday氏、11月に烏丸五条の某町家からゲリラ的にラジオ放送を強行しますが、結果的におっさん二人が泥酔して終わるというていたらくぶり。この問題に関しegamiday氏は「(酔って)記憶にございません」などと供述しています。

●晴さん弁当が終了、QOL低下の危機
 egamiday氏の充実した食生活を支えてきたお昼の晴さん弁当が、今年9月をもってその配達を終了しました。お肉・お魚・野菜計6品で500円、ちょいちょい登場するプチ創作料理のサプライズなど、きわめてクォリティの高かった晴さん弁当。職場近辺には定食屋もねえコンビニもねえスーパーもそれほど近くはねえとのことで、その配達終了はランチ事情、ひいてはクォリティ・オブ・ライフ全体に大きな影響を及ぼしかねないと、egamiday氏界隈を一時騒然とさせました。現在は別の配達弁当に鞍替え、egamiday氏によれば「ん、まあ悪くない」(※個人の感想です)とのことです。

●スタバ改装でソファ撤去、QOL低下の危機
 egamiday氏の充実したオフを支えてきたサード・プレイス、スターバックス某小路店が内装と家具の全面改装をおこないました。これにより、座るだけで身体にエネルギーがチャージされるというegamiday氏お気にのソファが撤去され、新しいソファに置き換わるという事態、事件、いや事変が発生。『某棚の中のニッポン』はこのソファで生まれたと、おまえはマルクスかと言わんばかりの愛着ぶりを見せていたソファの撤去に、これもまたクォリティ・オブ・ライフの大幅な低下が懸念されています。egamiday氏は「先方から書状が届いていないのでコメントできない」などと意味不明の発言をしており、動揺を隠せない様子です。

●egamiday氏、LINEデビュー
 今年秋、egamiday氏がついにLINEデビューを果たしたとの情報が入りました。きっかけは家族会議の必要性に迫られてとのことで、遠方に住む妹弟同士との連絡に使用している模様ですが、それぞれのログイン名が「えが」「えがみ」「egami」となっており、一見しただけでは誰が何を発言しているかわからないという不測の事態を招いています。

●egamiday氏、祇園祭ではしゃぎ過ぎる
 49年ぶりに後祭が復活した2014年の京都・祇園祭において、egamiday氏の過剰なはしゃぎぶりが、Twitter上、Facebook上、さらにはリアルでも多数目撃された模様です。先祭・後祭それぞれに鉾立て、曳き初め、宵山、巡行と、エンドレス・エイト並みに繰り返される長期戦。その間続々とアップロードされる写真や動画の数々に、「祇園祭テロだ」という抗議の声も聞かれました。

●『本棚の中のニッポン』電子書籍版、ついに発売開始【広告】
 出る出ると言われながらなかなか出なかった『本棚の中のニッポン』の電子書籍版が、今年11月ついに発売となりました。honto、iTunes、AmazonKindleストアなどで発売中です。egamiday氏からは「これで今年は極私的電子書籍元年となった」と喜びの声が届いていますが、Twitter上では昨年12月にも「(電子書籍を良く読むようになった)極私的には今年こそが電子書籍元年」と発言しており、元年は当面続くのではないかと予想されています。

●egamiday氏、謎の電器店通い
 今年の秋以降、京都市内の某バシカメラを数度にわたって訪れるegamiday氏の姿が目撃されています。パンフレットの束をにぎりしめ、うつろな表情で「フォノ入力・・・短焦点・・・5.1・・・」とつぶやきながら店舗内をさまようegamiday氏。電器店通いの理由はどうやら今年竣工した某NBKの図書館新棟にあるようです。この件に関しegamiday氏は「去年は春画のために学芸員がわりの仕事に取り組み、今年は増え続ける視聴覚資料のために映像音響機器について勉強する。本のことだけやってりゃ図書館での仕事がつとまるわけじゃないんです」となにやら説教じみたコメントを残し、夜のアイリッシュパブへと消えていきました。


 以上、極私的十大ニュース2014でした。
 来年もいい年でありますように。

posted by egamiday3 at 10:32| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

極私的・今年のアルファ本棚行きコンテンツリスト 2014

  
 自分以外に得しない第2弾。
 自宅の”アルファ本棚”と読んでる本棚に置いておきたい極私的アルファ級のコンテンツを、書籍メディアに限らずリストアップしたもの。今年はハードルを下げてしまってちょっと多め。


NHK紅白歌合戦 2013年(テレビ)
『パブとビールのイギリス』(書籍)
大英博物館のグレートコート(場所)
「海外研修報告:紅茶とビールと図書館の旅」(プレゼン)
「たちぎれ線香売りの少女」(演劇)
「夢!鴨川歌合戦」(演劇)
笑っていいともグランドフィナーレ(テレビ)
『世界の読者に伝えるということ』(書籍)
BORDER(ドラマ)
噺家が闇夜にこそこそ(テレビ)
「アラン」(映画)
『アラン島』(書籍)
『愛蘭土紀行』(書籍)
『聖者と学僧の島 : 文明の灯を守ったアイルランド』(書籍)
ダブリン大学のロング・ライブラリー(場所)
アラン諸島(場所)
Nimmos(アイルランドビール)(食)
続・最後から二番目の恋 最終回(ドラマ)
鎌倉・成就院の紫陽花(場所)
「文化誌が街の意識を変える」展(展示)
『読書の歴史を問う』(書籍)
『ニクリブリトルプレス』第2号(書籍)
「舟歌は遠く離れて」(演劇)
京都新聞・祇園祭ポスター2014(デザイン)
『祇園祭 : 都市人類学ことはじめ』(書籍)
「ビジビリティの王国 : 人文社会系学術雑誌という秘境」(記事)
「ビルのゲーツ」(舞台)
『祖谷山民俗誌』(書籍)
ち庵(ちいおり)(場所)
ち庵の仕出し(あめご、ごうしいも他)(食)
「アジア歴史資料センターと大英図書館の試み : 共同ウェブサイト「描かれた日清戦争〜錦絵・年画と公文書〜」の制作・公開における「課題」をめぐって」(プレゼン)
ブリュッセルのグランプラス(場所)
ノイハウスのプラリネ(食)
Grimbergen、Orval(ベルギービール)(食)
Umami Powder(食)
『江戸の想像力』(書籍)
『コトラーのマーケティング思考法』(書籍)
中山酒店(イベント)

posted by egamiday3 at 10:30| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

極私的流行語大賞 2014

 
 毎年恒例の、自分しか得しないリスト。
 自分用で解説なし。

世界人類
ビール/パブクロール
送信サービス
バブル/バブル崩壊
地下鉄に、乗るっ
バスエーレンに、乗るっ
アイルランド/ケルト
鎌倉
デジタル化を拒む素材とアウトリーチ
先祭・後祭
祖谷/アレックス
群書類従
麦に翼はなくても歌に翼があるのなら
おおきに、ねこ、ちがう
ラテラルマーケティング
デジタルアーカイブ
専門図書館(NBKの属性としての)
みんつー連投、今日火曜。
これに来た
○○、からの、××向かい

(ゲスト流行語)
URA
CC-BY
posted by egamiday3 at 10:28| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年12月14日

2014年"海外の日本図書館・日本研究" 極私的まとめ ( #本棚の中のニッポン )


 海外の日本図書館・日本研究、要は#本棚の中のニッポン的なトピックの中で、極私的にではありますが書きとどめておきたいものを、時系列でピックアップした感じです。

 おもにはてなブックマークの「JLA短信」タグから。ちなみに今年だけでも800件近くあった・・・しんどかった・・・なのですが、自分の情報収集の下手さというか偏りを反省させられた感じです。こんな大事なことあったのに、が入ってないような危惧はあるのでまた追って更新するでしょう。

 そのトピックがその後重要になっていくのか否か、っていうのは、その時点ではなかなか判断しがたいです。発生・発表された当時に★がつく/つかない、2014年12月時点で★がつく/つかない、5年後10年後ふりかえってみたときあの話はすごい重要だった、ってなるかも/ならないかもしれない。
 でもまあこうやって毎年まとめていけば、そのうち点が線になりかたちができていくのでは。という感じです。 


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 2014年"海外の日本図書館・日本研究" 極私的まとめ
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・OCLC WorldCatに雑誌記事索引(NDL)データが収録される(2013年12月)
−国立国会図書館月報 635(2014年2月)号(p.34)
 http://dl.ndl.go.jp/view/download/digidepo_8424694_po_geppo1402.pdf?contentNo=1

・大英博物館「春画展」終了。(2014年1月)

・バチカン図書館で近世豊後のキリシタン関係史料約1万点(2014年1月)
http://current.ndl.go.jp/node/25366
−2014年度から6年計画で調査・整理・目録化・デジタル化公開の予定。国立歴史民俗博物館、大分県立先哲史料館、東京大学史料編纂所などの共同で(マレガ・プロジェクト)。

・慶應義塾大学のコレクション8万冊がHathiTrustに加わる(2014年1月)
−Catalog Search Results | Hathi Trust Digital Library
 http://catalog.hathitrust.org/Search/Home?filter[]=htsource:Keio%20University
−Update on January 2014 Activities
 http://www.hathitrust.org/updates_january2014
−HathiTrustへのデジタル化資料の登載について
 http://www.lib.keio.ac.jp/jp/hathitrust/
−HathiTrustの慶應義塾大学のコレクション
 http://xiaodong.hatenablog.com/entry/2014/03/17/023838

・国立国会図書館が、図書館向けデジタル化資料送信サービスを開始(2014年1月)
http://www.ndl.go.jp/jp/news/fy2013/1204154_1828.html
−著作権法第31条第1項の適用を受ける図書館等が対象のため、海外には対応せず。

・国立国会図書館で、シンポジウム「海外の日本研究に対して日本の図書館は何ができるのか」が開催(2014年1月)
http://www.ndl.go.jp/jp/event/events/knssympo.html

・コロンビア大学東アジア図書館の牧野コレクション、CLIRからの助成で目録作成へ(2014年1月)
http://current.ndl.go.jp/node/25393
−日本・東アジアの映画関係資料約8万点。

・「大浮世絵展」、東京・名古屋・山口で開催(2014年1月から)
−国際浮世絵学会創立50周年記念として。海外美術館からも多数出展。

・「海外源氏情報」webサイト公開される(2014年2月頃?)
http://genjiito.org/

・EBSCO Discovery Serviceに丸善の日本語電子書籍のメタデータの追加
http://current.ndl.go.jp/node/25509

・はてなブックマークで、東日本大震災アーカイブ「ひなぎく」へウェブサイトを推薦できるようになる(2014年3月)
−長期で保存すべきものを国立国会図書館とハーバード大学ライシャワー日本研究所が協力して収集する。
http://current.ndl.go.jp/node/25675

・「今後のGIFプロジェクトの在り方について : 検討結果報告書」が、国立大学図書館協会学術情報委員会GIFプロジェクトチームほかにより刊行される(2014年3月頃?)
−2013年11月25日、GIF参加機関(日本?)に対し、海外ILLに関するアンケート調査(?)が実施されている。
−ネット公開なし?(要調査)

・2014年CEAL年次大会・NCC公開会議、フィラデルフィアにて開催される(2014年3月)
http://current.ndl.go.jp/e1558
−国文研・歴史的典籍のプロジェクトについてほか

・本棚の中のニッポンの会(第2回) in Philadelphiaが開催される(2014年3月)
https://www.facebook.com/events/264477257054574/

・プランゲ文庫等約14,000点を国立国会図書館デジタルコレクションに追加(2014年3月)
http://www.ndl.go.jp/jp/news/fy2013/1204748_1828.html

・JapanKnowledgeとJK BooksのメタデータをWorldCatで提供へ(2014年3月)
http://current.ndl.go.jp/node/25797

・『世界の読者に伝えるということ』(河野至恩)刊行される(2014年4月)
http://www.amazon.co.jp/gp/product/4062882558

・『クール・ジャパンはなぜ嫌われるのか』(三原龍太郎)刊行される(2014年4月)
http://www.amazon.co.jp/gp/product/4121504917

・「ボストン美術館浮世絵名品展  北斎」、神戸・東京・北九州で開催(2014年4月から)

・ウェブ展示「描かれた日清戦争〜錦絵・年画と公文書〜」、国立公文書館アジア歴史資料センターと大英図書館が共同企画として公開する。(2014年5月)
http://www.jacar.go.jp/jacarbl-fsjwar-j/
−このプロジェクトの詳細が、EAJRS2014年次集会で発表される。
 http://eajrs.net/files-eajrs/ohtsuka.pdf
−「E1630 - ウェブ展示「描かれた日清戦争」:アジ歴とBLの共同企画」(カレントアウェアネス・ポータル)
 http://current.ndl.go.jp/e1630

・メディアドゥ、OverDrive社と戦略的業務提携について基本合意(2014年5月)
http://current.ndl.go.jp/node/26119
−「日本コンテンツをoverdrive経由で海外図書館に配信」とのこと。

・立命館大学アート・リサーチセンター、「日本文化資源デジタル・アーカイブ研究拠点」として文部科学省から「共同利用・共同研究拠点」に認定される。(2014年6月)
http://current.ndl.go.jp/node/26258

・「ボストン美術館 華麗なるジャポニスム展」、東京・京都名古屋で開催。(2014年6月から)
http://www.boston-japonisme.jp/

・情報メディア学会第13回研究大会「デジタル化を拒む素材とアウトリーチ」(2014年6月)
http://www.jsims.jp/kenkyu-taikai/yokoku/13.html

・東北大学災害科学国際研究所(IRIDeS)とハーバード大学ライシャワー日本研究所(RIJS)が、災害科学およびデジタルアーカイブ分野においての学術協力協定を結ぶ。(2014年6月)
http://current.ndl.go.jp/node/26395

・ハワイ大学マノア校図書館所蔵の阪巻・宝玲文庫(Sakamaki/Hawley Collection)のデジタルアーカイブが琉球大学により公開。(2014年9月)
http://www.lib.u-ryukyu.ac.jp/?p=11842
http://manwe.lib.u-ryukyu.ac.jp/d-archive/sakamaki-hawley.htm
http://www.hawaii.edu/asiaref/okinawa/collections/sakamaki_hawley/index.html

・EAJRS年次集会、ルーベンにて開催(2014年9月)
http://eajrs.net/

・雑誌『跨境(こきょう) 日本語文学研究』創刊される(2014年9月)
https://www.facebook.com/journal.border.crossings

・日本マンガの海外出版状況調査(手塚治虫・海外出版作品リスト調査)報告書が公開される(2014年9月)
http://mediag.jp/project/project/list.html

・「CA1827 - ウェブスケールディスカバリと日本語コンテンツをめぐる諸課題―海外における日本研究の支援を踏まえて / 飯野勝則」(カレントアウェアネス)(2014年9月)
 http://current.ndl.go.jp/CA1827
−日本語コンテンツの貧弱さと海外日本研究の危機を指摘したもの。

・パリのグラン・パレ・ナショナル・ギャラリーで「北斎」展、国際交流基金との共催で。(2014年10月から翌年1月)
http://www.grandpalais.fr/fr/evenement/hokusai
−海外最大規模との評価。このほか同じくパリ市内で、ジブリ、芸者、川端康成などの展示開催あり。

・紀伊國屋書店と図書館流通センター、世界標準の書誌データ対応に向けた共同プロジェクトを発足(2014年10月)
http://ebook.itmedia.co.jp/ebook/articles/1410/06/news067.html

・雑誌『専門図書館』No.268 特集「外国から見た日本の専門図書館」(2014年11月)
http://www.jsla.or.jp/publication/bulletin/no268/

・北京大学外国語学院に「漫画図書館閲覧室」設立される(2014年11月)
http://www.47news.jp/CN/201411/CN2014112801001491.html
−「明治大学マンガ図書館北京大学閲覧室の設立に合意しました」
 http://www.meiji.ac.jp/koho/hus/html/dtl_0007086.html

・『本棚の中のニッポン』、電子書籍発売開始。(2014年11月)

・海外日本美術資料専門家(司書)研修(JALプロジェクト)、東京国立近代美術館らにより初年度研修が実施される(2014年12月)
 http://www.momat.go.jp/art-library/JAL/JAL2014.html

・ワークショップ「日本美術の資料に関わる情報発信力の向上のための提言」(2014年12月)
−JALプロジェクト「海外日本美術資料専門家(司書)の招へい・研修・交流事業」の初年度成果報告。報告書等は後日公開予定か。
http://www.momat.go.jp/art-library/JAL/JAL2014_WS_v01.pdf

・国際シンポジウム「日仏交流の過去と現在―国立国会図書館・フランス国立図書館の所蔵資料から」(2014年12月)
http://www.ndl.go.jp/jp/event/events/20141211lecture.html



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2014年11月15日

(メモ)コトラーのラテラル・マーケティング : コンピュータを持たない人のオンラインショッピング、まで。



●フィリップ・コトラー(Philip Kotler)
・アメリカの経営学者
・「近代マーケティングの父」
・著書『Lateral Marketing』(2003)で、従来のマーケティング手法とは異なる「ラテラル・マーケティング」(水平思考のマーケティング)を提唱
・エドワード・デ・ボノの水平思考をマーケティングに応用したもの

●従来のマーケティング(「バーティカル・マーケティング」(垂直思考のマーケティング))
・従来のマーケティングにおける思考法
 バーティカル・マーケティング
 垂直思考のマーケティング
・既存の市場を定義し固定化することから始まる。
・市場を定義し固定化する(変更不可能にする)ことで、セグメンテーションとポジショニング(これが大事らしい)ができるようになる。
・セグメンテーションでは、定義済みの市場をさらに細分化して考える。
 うちはここに陣を張るよ、と。
 市場全体ではなく、分割された一部分を対象にして、位置を獲得する。
・ポジショニングでは、他製品との差別化をはかるために自社製品の特徴を強調する。
 うちはよそとはこうちがうよ、と。
 そのために、製品のもつ特性のうちのいずれかを選択し、それを強調する。
・バーティカル・マーケティングでは。
 思考が論理的・分析的
 短期間で効率的に改善できる
 製品・サービスと企業のミッションとの間に一貫性がある
・ただし
 特定のターゲット、特定のニーズを明確にする
 それ以外の顧客が対象から排除される
 思考に制限が加わり、想定外のニーズに思い至ることができず、無視される
 製品・サービスに適さないニーズ・顧客・状況を切り捨てる
 製品・サービスの一面的な特徴だけが強調され、それ以外の側面が見落とされる
・利点と同時に限界も伴う。

●「ラテラル・マーケティング」(水平思考のマーケティング)
・ラテラル・マーケティングは、
 バーティカル・マーケティングが対象外としたところを対象に考える
 既存の定義から除外されていたニーズ・用途・ターゲット・状況に目を向ける
 可能性がある限り選択肢を排除しない。
 既存の製品・サービスや市場と無関係と思われる要素でも、見込みのありそうなものすべてが対象
 製品・サービスを根本的・抜本的に改め、変更を加える。
 市場そのものを再構築する
・例:シリアル
 ×従来の手法:朝食用というカテゴリー内にとどまったまま、ターゲットを限定したり特徴を際立たせたりする。
 シリアルの用途を再定義する→携帯可能でいつでも食べられるヘルシースナック
・ラテラル・マーケティングの問いと答え
 これまで対象にしていなかった他のどのようなニーズを満たせるか、取り込めるか?
 これまで対象とされてこなかった顧客のうち、どのような顧客層を対象とすることができるか?
 既存の顧客に対してほかにどのような製品を提供できるか?
・ラテラルマーケティングの弱点
 既存製品では到達できなかった顧客層をターゲットとするなどの場合には適している
 反面、正確性は求められない。
 時間がかかりリスクを伴う
 バーティカル・マーケティングとは、互いに補完し合う関係

●ラテラル・マーケティングの具体的なプロセス
・思考の対象として設定(フォーカス)したもの
→一時的に論理的思考を排除する
→論理的な思考の流れ(垂直移動)をせき止めるような発想をする(水平移動)
→論理をせき止めると、そこにギャップが生じる
→ギャップを埋めて論理的な連結ができるまで、必要な変更を加え続ける
→ギャップが解消されると、新しいものが創造される
・例
「花は、枯れる」
→「枯れる花」ではなく「枯れない花」を考える
→「花」と「枯れない」との間にはギャップがある
→そのギャップはどうすれば解消されるか、どうすれば「花」が「いつまでも枯れない」になるかを、考える
→「造花」を発想する
→連結できれば、論理的な説明が可能になる
・論理的思考を排除する基本的な技法
 代用する(論理的につながるものの代わりに、別のものを発想する)
 逆転する(論理的に正しいものと逆のものを発想する)
 結合する(論理的に結合しないもの同士を結合する)
 強調する(理屈に合わないレベルに増減する)
 除去する(論理的に切り離せないものを切り離す)
 並べ替える(論理的な順序とは別の順序を発想する)
・ギャップを連結するためには、それまで以上に明確な論理付けが必要となる
 利用可能なあらゆる要素を積極的に評価して考える
 具体的な買い手を想定して、その人物の購買プロセスをたどってみる
 アイデアのネガティブな面ではなく、ポジティブな側面を見いだす
 アイデアが意味をなすような状況を設定して、それに適合するようにアイデアに修正を加えていく
・「ターゲットの代用」
 製品・サービスの対象外とされていた(購入する見込みがないとそれまで考えられていた)個人やグループを代入し、新たなターゲットとして定める
 対象外とされていた層を特定する最も効果的な方法は、何が購入や消費の妨げになっているかを考えること
・例
オンライン・ショッピング
→「コンピュータを所有していないにもかかわらず、インターネットで買い物をする人」をターゲットにする
→「コンピュータを所有していない人は、本来インターネットで買い物ができないはず」というギャップがある
→ギャップを埋めるために「コンピュータを所有していなくてもインターネットに接続し買い物ができるような場面」を想像して、そのプロセスをたどる。
 どういう場面ならその可能性があるか
 どういう阻害要因、壁があるか
 解消する方法には何があり得るか
→「サイバー・ショップ」という店内でオンライン・ショッピングが可能な店舗、を考案する



 →デジタル・アーカイブでは??

 to be continued...?


posted by egamiday3 at 13:37| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年11月09日

(メモ)図書館とアウトリーチ : どうしたら未知の"不利益をこうむっているユーザ"に気づけるか、まで。

●アウトリーチと図書館

 想定されている一般的な方法・環境下ではサービス・資料へのアクセスに支障・不自由があり、何らかの不利益をこうむっているユーザ(群)が存在する。
 その事情にあわせて何らかの対策をとり、あるいは働きかけをして、サービス・資料へのアクセスを保障しようとする。

 そういった活動を、図書館業界では「アウトリーチ活動」と称して、重要視している。
 そもそも、本来私的所有物となり得る書籍を公的に確保し、無料で公共に提供して、ユーザの資料・情報にアクセスする権利を保障する、という図書館の存在自体がすでにアウトリーチ活動なんだということ。

 医療、社会福祉、公共・コミュニティサービスなどの文脈でもそういったことは語られるとは思うんだけども、ここではとりあえず図書館学の視点からのみ。

 1994年『ユネスコ公共図書館宣言』
 「年齢、人種、性別、宗教、国籍、言語、あるいは社会的身分を問わず、すべての人が平等に利用できるという原則」
 「図書館に来られない利用者に対するアウトリーチ・サービス」

 『公立図書館の任務と目標』
 (知る自由の保障)「いろいろな事情で図書館利用から阻害されている人々がおり、図書館は、すべての住民の知る自由の拡大に努めなければならない」

 2014年IFLA『情報へのアクセスと開発に関するリヨン宣言』
 情報へのアクセスによって、人々、特に社会の主流から取り残されている人々と貧しい生活をしている人々に多くの権限が付与されるという原則
 図書館をはじめとするスキルやリソースを備えた機関は、ある集団に関連のある差し迫ったニーズと問題を明らかにし、それらに注目することで支援をおこなうことができる

●アウトリーチ@1960'sアメリカ

 アメリカの公共図書館の歴史を、
 『図書館の歴史 アメリカ編 増訂第2版』
 『多文化サービス入門』
 『知る自由の保障と図書館』
 『アメリカ公立図書館・人種隔離・アメリカ図書館協会―理念と現実との確執』
 からおさらい。

 1960年代
 当時の公民権運動を社会的な背景として、
 人種的マイノリティや低所得者層の図書館利用の低下・サービスの不足が課題として認識されるようにまる。
 不利益をこうむっているユーザ(群)へのアウトリーチという概念およびその活動が本格的に展開し始める。

 1963年、ALA『公立図書館へのアクセス』を出版。
 非白人地域の図書館数の少なさ、資料の貧弱さは“間接的差別”である。
 間接的差別は米国全土に及んでいる。(直接的差別の集中する南部に限らず)
 相当大きな議論を呼んだ。

 1969年『不利益をこうむっている人々への図書館サービス』(要確認)
 不利益をこうむっている人々の範囲を「経済的に苦境にある人々」「身体に障害を受けている人々」「精神的に障害を受けている人々」「人種差別を受けている人々」「刑務所やその他の施設に収容されている人々」「高齢者」「社会参加の機会を奪われた若者」「英語に不自由を感じている人々(非識字者を含む)」と定義。

 クリーヴランド公立図書館
 この図書館は、前々から視覚障害者、病院、児童サービスなどに取り組んでいた。
 1971年発表の報告書では、”非白人ユーザ”への図書館サービスに失敗していたことを認める。(→それまで認識していなかったユーザに対し、アウトリーチ活動が必要であると新たに認識・発見した)
 スペイン系住民などのアウトリーチ活動を開始。

 →現在のアメリカ公共図書館では、多文化サービスは基本。(スペイン系に限らず)

●アウトリーチ@1960's日本

 『障害者サービス』(JLA)

 視覚障害者に対する図書館サービスは、京都のライトハウスなど、点字図書館・点字文庫の整備としての歴史はさかのぼれる。

 1949年、身体障害者福祉法
 それまで公共図書館に設置されていた点字文庫の類が分離され、視覚障害者への図書館サービスは点字図書館で取り組まれるものとされた。(要確認)

 1960年代
 1963年『中小レポート』
 日本の公共図書館における住民サービスが活性化し始める。
 ↓
 1960年代末
 視覚障害者から、公共図書館利用への要求が示されるようになる。
 視覚障害を持つ学生が東京都立図書館や国立国会図書館を訪問、要求運動を展開する。

 1970年
 「視覚障害者読書権保障協議会」が結成される。

 →現在の日本の公共図書館では、規模の大小に左右されはするものの、視覚障害者だけでなく障害者へのアウトリーチ活動は基本的にサービスに組み込まれている。
 図書館学テキストでも、(点字図書館の文脈ではなく公共図書館の文脈で)必ず取り上げられている。


●アウトリーチと”定番”について
 
 『ユネスコ公共図書館宣言』(1994年)
 「すべての人が平等に利用できるという原則」
 「理由は何であれ、通常のサービスや資料の利用ができない人々、たとえば言語上の少数グループ(マイノリティ)、障害者、あるいは入院患者や受刑者」
 →図書館がアウトリーチ活動の対象とすべきユーザ(群)の例

 現在の日本の図書館学・司書課程向けテキストの例
・非識字者、民族的少数者、肢体不自由者、入院患者、内部障害者、高齢者、矯正施設入所者(・アウトリーチの例。交通手段をもたない利用者・時間的余裕のない利用者へのサービス。入院患者サービス。矯正施設入所者へのサービス。そのほかの非来館者(潜在的図書館利用者)向け図書館サービス。)(@『図書館サービス概論(現代図書館情報学シリーズ)』9784883672042 2012@)
・在宅障害者、在宅高齢者、入院患者、収監者、言語上の障壁がある移民(@『新訂図書館サービス論(新現代図書館学講座)』(2009 9784487803330)@)
・高齢者、障害者、アウトリーチ:入院患者、在日外国人、受刑者。(@『図書館情報サービス論(図書館情報学の基礎)』(4585001883 2003)@)
・遠隔地、図書館の未設置地域、図書館から遠い地域に住んでいる利用者。外出が困難な利用者。障害者、高齢者、入院患者、矯正施設、老人介護施設(@『図書館サービス論(JLA図書館情報学テキストシリーズ)』(2005 9784820404460)@)
・入院患者、高齢者福祉施設、外国人(文化的マイノリティ)、受刑者、非識字者(@『図書館サービス論(図書館情報学シリーズ)』(2011 9784762021534)@)
・図書館の利用に障害のある人たち
A図書館資料にアクセスできない利用者のケース:視覚障害者、聴覚障害者、肢体不自由者、寝たきり老人等、非識字者、外国人
B図書館員とのコミュニケーションが不自由な利用者のケース:聴覚障害者、視覚障害者、外国人
C来館できない利用者のケース:肢体不自由者、病弱者、寝たきり老人、視覚障害者、入院患者、障害者施設入所者、矯正施設収容者
(@『図書館サービスと著作権』(4820493221 1994)@)

 多くのテキストが共通してあげている”定番”は。
 高齢者、障害者(身体障害者、内部障害者)、在日外国人、言語・文化的マイノリティ、入院患者、矯正施設入所者

 それ以外としては、
 交通手段をもたない利用者・時間的余裕のない利用者へのサービス。
 老人介護施設

●アウトリーチ活動は「まずその存在やニーズに「気がつくこと」からはじまる」

 図書館活動の基本は、すべての人にすべての本と図書館サービスを届けること。
 アウトリーチ活動は、不利益をこうむっているユーザの、サービス・資料へのアクセスの支障・不自由を解消すること。
 マイノリティの利用環境を整備することは、マジョリティの利益にもつながる。

 ユネスコ宣言や図書館学テキストで言及・例示されていないユーザに対してアウトリーチ活動をおこなう必要がない、というわけではない。
 “不利益”や“マイノリティ”の種類が、いまの図書館業界にとって(たまたま?)“定番”や“想定内”であろうとなかろうと、利用の権利を保障するという責務に変わりはない。

 1960-70年代
 クリーヴランド図書館ほかアメリカ多文化サービスの例
 日本の障害者サービスの例
 ↓
(1)図書館は、それまで想定していなかったユーザ(群)のニーズを発見し、認識し、その問題をあきらかにして、アウトリーチ活動に取り組んできた
(2)逆に言えば、時計の針を約50年戻して考えれば、現在の図書館ではまだ認識も想定もされていないが、何らかの理由で資料・情報の利用・アクセスに支障があり、それが解消されないまま不利益をこうむっているユーザ(群)が存在する可能性がある。

 アウトリーチ活動は「まずその存在やニーズに「気がつくこと」からはじまる」。(@『多文化サービス入門』@)。

 →どうやったら気づけるか?
 →デジタル・アーカイブに何が出来るか?

 to be continued...?

posted by egamiday3 at 09:19| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年11月05日

『群書類従』その3・JK: いきいき群書類従ライフ( #図書館総合展 来場者様だけの特典付き!)【広告】


『群書類従』噺のその3です。

 (1) おいたち:『群書類従』はどういう経緯で誕生したのか
http://egamiday3.seesaa.net/article/406921580.html
 (2) 評価:  『群書類従』って実際すげえのかどうか
http://egamiday3.seesaa.net/article/407049317.html
★(3) JK:  『群書類従』がJapanKnowledgeに入ったら何が起こるのか

 (1)・(2)とふつーにそれっぽいことまとめてたブログでしたものが、ここから突然に特定の製品を褒めちぎり始めるという青汁番組へと一気に変貌していきます。

 『群書類従』を現代での立場で評価したとき、
  △ 本文としての質・正確さ
  △ 文献それ自体の現代における価値
 には△印をつけざるを得ないけども、
  ○ 文献が残っていること(保存)
  ○ 読みやすく整備されていること(出版・活字化)
  ○ ひとところに集まっていること
  ○ 参照・アクセスのしやすさ(オープン)
  ○ 分類・部立て、連番付与による組織化
  ○ ”区切り”をつけられること(通読)
  ○ ”あたり”をつけられること(レファレンス)
 には○をあげていいんじゃないかと。

 そしてその中でも
 「ひとところに集まっていること」
 「参照・アクセスのしやすさ」
 「”あたり”をつけられること」=「レファレンス」
 の界隈が、どうやらJapanKnowledgeに搭載されることでより強力になるっぽいよ。
 という話です。

 あ、言うまでもないことですが念のため、タイトルの「JK」は「JapanKnowledge」の略ですね、JK。

 JapanKnowledgeという超強力デジタル・コンテンツ・プラットフォームに、この秋『群書類従』web版が搭載されました。『群書類従』本文テキストが全文検索可能という、やばいこれ、来るときが来た、というような感じですけど。
 JapanKnowledgeさんについてあらためてご紹介すると、小学館グループの株式会社・ネットアドバンスさんが提供するデジタル・コンテンツ・プラットフォームで、契約による有料会員制、国内外の出版各社の事典・辞書などのレファレンス系&本文テキスト/PDFなど、日本の人文社会系の研究教育に欠かせない基本的かつ信頼おけるコンテンツが、約50種類、総項目数200万以上という大規模で収録されているという。それだけの情報/見出し/本文を、検索・参照できるという。
 やっぱりこの”複数の参考図書・データベース・コンテンツを、同一のプラットフォーム上で検索・参照・操作できる”というのが一番の魅力で、それひとつで日本研究に必要なツールをおおむねカバーしてくれてるし、しかも玉石混淆の”玉”をセレクトしてくれてるし、それひとつさえ契約してればいいということになるので、実際使うユーザだけでなく、契約して提供する図書館側にも結構なメリットあるよねという。海外での契約多数というのもうなずける話ですよねという。

 その、”複数を統一で検索・参照できる”プラットフォーム上に、「参照・アクセスしやすい」かたちで「複数著作が大規模集積」している和製基礎コンテンツ『群書類従』があがることによって、
 ・相互参照ができる
 ・統合検索ができる
 ・ファインダビリティが上がる
 ・セレンディピティが増える
 すなわち、もともと『群書類従』さんが持ってはった「”あたり”をつける」のに有用というレファレンスツールとしてのキャラに、さらに磨きがかかるわけです。
 うん、もはや『群書類従』のことを叢書という名のレファレンスツールとして見てますが。

 まず『群書類従』本文と他の参考図書類とを容易に「相互参照」できるというありがたポイントです。それは、『群書類従』本文を読んでいるうちに、この人誰?とかこれ何て訓むの?ってなったときに、他の参考図書を参照しにいける。しかも、えっと国史大辞典って何階のどこにあるんだっけ?って探しながら参照しに行くというんじゃなくて、同じパソコンの同じブラウザの同じプラットフォーム上ですぅっと検索しに行けるし、チラ見してまたすぅっと本文に戻れる。いちいち思考や集中が途切れないからいたって効率がいい、と。
 逆もまた便利なりで、他のコンテンツ、例えば日本歴史地名大系の記事本文中になんやらほんやらと引用されている、ん、これ本文もうちょっと確認したいなってなったときに、それが『群書類従』内にあればすぅっと本文確認しに行ける。
 もっとざっくり言うと、国史大辞典で何かしらの歴史用語なり調べてるときに、定義はなんやかんや書いてあるにせよ、ともあれ実際どんなふうに使われてたんだろうっていうのを、じゃあとりあえず『群書類従』本文全体をざっくり検索してみるということができる、今度は『群書類従』を対象にした「統合検索」、串刺し検索ができるとういありがたポイントです。異なる複数の文献・著作の本文全体をひとつのキーワードでごっそり検索して、なるほどこの言葉って、なんかこの頃の時代のこの界隈の文献にこんなノリでヒットする言葉なんだね、ってなる。あ、こっちの文献ではこんなふうに使ってるけど、こっちの記録類ではむしろこういうノリで登場するんだね、という比較・対照。
 え、なにそれすげえ強力な文脈補完ツールじゃないですか、と。
 こういうのって、単独単一のデータベースとかネットから切り離されてアローンにスタンドしてるCD-ROM系のデータベースではなかなかかなわないことですよねと。

 そうやって、いままで自分の研究調査のまな板の上にのせようなんて考えてもみなかった文献・著作の中に、え、この人出てくるの? このお寺の名前、この歌枕、なんでこんなとこに書かれてるの?的なことが、複数の異なる分野の異なる場所からボロボロと砂金の粒のように見つかってくれる。
 「ファインダビリティ」が上がるし、「セレンディピティ」が増える、ていうことだと思うんです。
 それは、『群書類従』本文がテキストデータベース化したことによるというだけでなく、それが多数の、多様な、多分野の代表的コンテンツを備えたプラットフォームたるJapanKnowledgeさんに搭載されてるからこそだろう、とも思います。人文系だろうが社会系だろうが世の学術研究は今後ますます学際化・国際化していきますところへ、日本の法制の歴史だけとか、この時代のこの地域の地誌だけとか確認してれば物事が理解できるというようなことはおそらくなく、分野や文献を横断して連想的・発想的な検索と発見ができるというのが、いまどきのビッグでウェブケールなディスカバリーということなんだろうと思います。そこまでの発見は、やっぱりどうしてもメタデータだけとか参考図書だけとかではかなわなかったスケールのことでしょう、本文がサーチャブルな『群書類従』で、分野・文献の壁をのりこえて、ディスカバリー・ジャパンの旅に出よう、ていう。
 でもじゃあ、それってGoogleでいいじゃんと、webのサーチエンジンでいいんじゃないのというと、そこがまたJapanKnowledgeさんのプラットフォームのありがたポイントで、適合度の高い、信頼できる。定番なコンテンツだけをあらかじめセレクトして載せてくれている、そうでなくてもあるいは指定・しぼりこみができるわけなので、無法地帯への無謀な旅というわけではなくて、的確な文献・本文を的確に参照できる、という安心感&効率の良さもここにはあるわけです。これが、単にググれば済むというようなwebサーチとはまた違うところっていう。

 そんなJapanKnowledgeが、みなさんのいきいき『群書類従』ライフを豊かですこやかなものにしてくれますよ、という。
 それは例えば、こんな感じじゃないでしょうか。

 京都府大枝町にお住まいの蛇班馴次さん・67歳(取材当時)は、大の歴史ファンです。
 週に一度の大河ドラマは欠かさず視聴。歴史上の人物について本や歴史資料を調べたり、図書館に通ったりしています。晴れた日には健康管理もかねて、奥さまとふたりで史跡めぐりがてらのウォーキング。楽しそうですね。
 そんな蛇班さんの最近のお気に入りは、大河ドラマでも大人気の黒田官兵衛。ところが、いつものように町の図書館を訪れた蛇斑さん、浮かない顔をしていますね。どうしたんでしょう。

 蛇班馴次さん・67歳(取材当時)
「若い頃は『群書類従』くらい気合いで端から端までめくって通し読みできたんですけどね。最近はだんだんつらくなって来て・・・」(※個人の感想です)

 なぜ黒田官兵衛をわざわざ群書類従で調べなきゃいけないかという無理矢理な設定はともかくとして、そんな蛇斑さんにこれ、JapanKnowledgeのweb版群書類従を試していただきました!
 蛇斑さん、さっそく本文を黒田官兵衛で検索。

 蛇班馴次さん・67歳(取材当時)
「あー、あったあった、いくつかありますね。・・・でも多分これで全部じゃないですよね、彼には別の名前があったから、その名前で出ているかもしれないね、えーっと、なんていったかな?」(※個人の感想です)

 歴史ファンならそれくらい知ってるだろうというツッコミは、「物忘れにも効く!?JapanKnowledge」という字幕で覆い隠しつつ、今度はJapanKnowledge全体を黒田官兵衛で見出し検索します。そう、JapanKnowledgeには『国史大辞典』、『日本人名大辞典』、『日本大百科全書』など、40を越える参考図書やコンテンツが成分として含まれているのです! 

 黒田官兵衛でJapanKnowledgeを検索して、ヒットしたのは『日本人名大辞典』。官兵衛の名前が「黒田孝高」だとようやく思い出せた蛇斑さん、ここであらためて『国史大辞典』の「黒田孝高」記事を読みにいきました。
 別名がヒットしやすいのは『日本人名大辞典』。記事が充実しているのは『国史大辞典』。この2つの異なる成分をたった1つのデータベースで摂取できるのも、JapanKnowledgeならではのおトクさですね!(※効果には個人差があります)

 画面
 「[参考文献]『大日本史料』一二ノ二 慶長九年三月二十日条、『寛政重修諸家譜』四二五、貝原篤信『黒田家譜』(『益軒全集』五)、金子堅太郎『黒田如水伝』」

 蛇班馴次さん・67歳(取材当時)
 「参考文献がたくさん書いてありますね、なるほどなるほど。ところで、『群書類従』はどうなんだろう?」

 あくまでも『群書類従』にこだわる不自然な設定の蛇斑さん、今度は『国史大辞典』で「黒田孝高」や「如水」で「群書類従」を全文検索してみました。そう、『群書類従』だけでなく『国史大辞典』の記事も全文検索できるのがJapanKnowledgeのスゴイところ! 『国史大辞典』の記事の中に「群書類従」と「黒田孝高」が同時に書いてあれば、目指す文献名が書いてある可能性が高いですね。
 検索の結果、『神屋宗湛日記』という日記が『群書類従』に収録されていて、そこに黒田孝高が登場するということ。それから『玄与日記』という『群書類従』日記部の文献にも黒田如水の名前で登場していることがわかりました。

 蛇班馴次さん・67歳(取材当時)
 「これまでだと、1冊1冊本棚から手にとって、1ページ1ページめくってじっと読んでいかなきゃ見つからなかったから、とてもつらかったんです(※個人の感想です)。それがweb版群書類従の全文検索だと、ウソみたいに簡単に見つかるんですね(※個人の感想です)。しかも、わからない人名や地名が出てきたらその場で検索できるからとても楽ですし(※個人の感想です)、いままで想像もしなかったような(※個人の感s)気づきもしなかったような(※個人の)ところに探している人名が書いてあったりして(※たまにはそういうこともあります)、毎日が発見の連続ですね(※毎日というのは一種の比喩表現です)。おかげさまで最近ではなんだか足腰の調子もよくなって、若返ったような気がしてね、はははっ(※おそらく気のせいです)」

 そんなJapanKnowledge搭載のweb版群書類従が、いまならナント無料でお試し頂けます!
 というのが↓こちら!
 https://twitter.com/yagisyoten/status/519315586388463616
 東京は神保町の八木書店さん古書部にて、「お試し機」が利用できるんです!
 カレーでも食べるついでにぜひ検索しに来てみてください! 

 さらに!
 2014年度の図書館総合展を訪れてくださった方だけの特典として!
 企業展示会場にて「Web版 群書類従」特別展示ブースをごらんいただけます!

 さらにさらに!!
 11月7日金曜日、午後3時から45分間だけ限定で!!
 特別イベントにご参加いただけます!!
 第一部:ミニレクチャー「群書類従を活用して戦国の社会と地域を学ぶ(仮)」
 第二部:討論「群書類従×図書館でできること」
 (株式会社ネットアドバンス)
 ・丸島和洋(国文学研究資料館研究部特任助教)
 ・福島幸宏(京都府立総合資料館新館担当副主査)
 ・恋塚嘉(八木書店古書出版部)


 まああれです、調子に乗っていろいろふざけたまま終わるのもあれなんで、ざっくりとまとめると。

 『群書類従』は、個々に所蔵され公開されなかった書物を、叢書・出版によって公開し、書物と人との間の障壁をとりのぞいてアクセスを可能にした。
 加えて『JapanKnowledgeの群書類従』は、個々に閲読・検索するしかなかった書物を、同一プラットフォーム上に載せ、書物と人との間の障壁だけでなく、書物と書物との間の障壁をとりのぞいて、アクセスを容易にした。

 という感じのフリップでも出しておけばかたちになるのかな、という感じです。

 あくまで感じです。
 効果・効能には個人差があります。


posted by egamiday3 at 08:07| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年10月13日

『群書類従』その2・評価 : "写本"につばさはなくても "出版"につばさがあるのなら

 『群書類従』噺のその2です。

 (1) おいたち:『群書類従』はどういう経緯で誕生したのか
★(2) 評価:  『群書類従』って実際すげえのかどうか
 (3) JK:  『群書類従』がJapanKnowledgeに入ったら何が起こるのか

 たしかに当時としては類を見ない画期的な偉業だったかもしれないけど、我々から見て、現代的な視点で、どんだけ”つかえる”んだと。どう評価していいのかと。
 実際「群書類従・・・え、どう使うの、ていうか使えるの?」的な評価はどこまで妥当なのか、と。

 まず、そもそも何が収録されてるのかというところからですが。

 『群書類従』は、正編で約1300著作、続編で約2100著作が含まれてます、あわせて3400。
 一応「古代から近世初期まで」をカバーとなってますけど、平安時代が30%&鎌倉室町で65%といいますから、実際はほぼ「平安・中世」という理解でいいんだと思います、そのころの日本国内の著作が3400と。当時収録できた文献はほぼ網羅してるだろう、って言われてます。
 で、編纂方針として「3巻以下の小部の著作に限定した」とあります。大部なものはまあなくなるってことはあまりないだろうけど、小部のものは散逸しやすいので、という理屈です、だから、例えば「源氏物語」は入ってないけど「紫式部日記」は入ってる、みたいな感じ。

 それが、25部に部立・分類されている。ここがややポイントで、ばらばらにつっこまれてるわけでも、時代順とかアイウエオ順とか著者の身分でわけるとかじゃなく、内容によって著作が分類されているということ。
 神祇・帝王・補任・系譜・伝・官職・律令・公事・装束・文筆・消息・和歌・連歌・物語・日記・紀行・管絃・蹴鞠・鷹・遊戯・飲食・合戦・武家・釈家・雑
 「国学の体系を史料によって示した、百科事典の一種」(小林健三)ていう言い方をされてますけど、当時の日本国内の著作がほぼ網羅されていて、それを内容で分類したっていうことは、「我が国における文献世界=学問の体系っていうのは、こういうふうに”地図化”して描けますよ」ということ。「混沌としてるわけじゃなくて、全体像を”把握”できますよ」ということだと思います。
 その描き方が合ってるかどうかは別としても、学問=文献の全体像を把握・理解しようとしてた、ということなんだと思います。

 じゃあそれだけたくさんの著作をどっからどうやって集めてきたんだと。
 各所に散在し、個々で秘匿・非公開にされてる文献を、保存・公開するんだ、ていうのが『群書類従』のそもそもの趣旨ですから、つまり、各地へ出向いて個々の文献を見せてもらって、それを書き写しては集める、ということです。(1)でもお公家の記録・日記を書き写し集めてたっていう事業がありましたけど、そういうことです。
 場所は、江戸・名古屋・伊勢・金沢・京都・大坂、とにかくあちこち行く。塙保己一自身も、60歳を過ぎてもなお何度か関西に文献調査に行ってるっていうバイタリティ、コンピューターおばあちゃんみたいですね。
 所蔵元も、幕府の紅葉山文庫とか、神道の大ボス・伊勢神宮とか、水戸藩・彰考館のような権威あるようなところもそうだし、そうでなくても各地各所のお公家、武家、神社仏閣で所蔵されてるものもそう。特に門外不出のやつとかそれ一冊しかない孤本的なやつとか。
 そして、(1)の最初のほうで紹介しましたように、塙保己一の幅広い分野・身分にわたる人脈、当時の学問・文化人ネットワークがここで効いてくるわけなんですけど、師匠の持ってる本、知人・隣人・蔵書家の持ってる本、弟子・門人が持ってる本、そういうのも『群書類従』にはたくさん収録されてるわけで、例えば塙先生の筆頭的な弟子に屋代弘賢という人、彼も結構な国学者・蔵書家だったんですけど、あたし何の意味もなくただの手すさびで「屋代弘賢」を『群書類従』本文検索してみたことがあって、そしたらめちゃめちゃたくさんヒットしたから、あれなんで、この人の名前なんか本文中のどこに書いてあるのってよくよく見てみたら、各著作の末尾に「この著作は屋代弘賢の蔵書を底本にしました」って書いてあるのが山ほどヒットしてたっていう、そういう感じです。

 えっと、まあ能書きはいいや、具体的にどんなのが入ってるのかを例えばで見てみると。

 例えば『梁塵秘抄』。これ、日本史なり古典の文学史なら必ずといっていいほど出てくる書名で、大河ドラマで清盛やってたときもしょっちゅう歌われてました「あそびをせんとやうまれけん」のあれですけど。
 これ、実はとうの昔に失われてて、江戸時代にはもう知られてるのは書名だけで実際の作品は残ってないっていう状態になってたんですけど、それをこの『群書類従』はどっからかみつけてきて収録してると。けどそれも、作品本文じゃなくて「口伝集」ていう解説テキストのほうの第10巻だけがやっとのことで収録できた、っていう状態だったみたいです。その後、明治になって佐佐木信綱先生あたりが発見して、まあそれでもいま残ってるのは第1巻の一部と第2巻だけ、みたいなあれなので、そういった意味では現代から見ても『群書類従』さんちゃんと拾ってくれたのすげえ、てなる。
 あと『作庭記』っていう、平安時代に書かれた造園の秘伝書があります、日本庭園の古典なので庭園研究のためによく使われるし、特に日本庭園って海外でも興味持つ人多くてそのために研究・参照もされるような文献なんですけど、これが、江戸時代まではその存在をまったく知られてなくて、『群書類従』に収録されることで世間にその存在が広く知られるようになったみたいです。師匠の宗固先生が持ってた写本から収録しました。後年発見された原本は重要文化財に指定されてます。

 いや、それどころか。
 いま現在ですでに底本・原本が失われているか見つかっていなくて、『群書類従』でしか読めなくなってるっていう本も、そこそこあると。
 例えば、あたし今回の勉強のためになんとなく書架前に立って、なんとなく『群書類従』1冊手にとって、たまたま目にした室町時代の古記録が、いやもうそれ『群書類従』内にしかないよ、ってなってるという。
 あと『国歌大観』あるじゃないですか、日本の和歌集を網羅収集してるっていう、あれも何となく1冊手にとって、ぱらぱらめくってたら、「この和歌集は『群書類従』にしかないです」みたいなのが3つ4つ簡単に見つかる、っていう。
 あ、やばい、これ相当あるな、って。1冊見つかったら30冊はあるなって。

 ただまあ、珍本・奇本の集まりですよってわけではなくて、例えば『北野天神縁起』なんか逆に、本文が山ほどでまわってて、中身があちこちで書き換わってて、絵巻バージョンもあれば絵本バージョンもあるみたいなやつなんだけど、そのなかでも流布本としてある程度固定したテキストを載せてる、ていう評価がされてるみたいで、だからまあ”ちゃんと選んでる”んだなってことは言えると思います。
 あと、いいことばかりではもちろんなくて、後醍醐天皇・建武政権の記録として『建武記』というのがあるんだけど、これなんかは国史大辞典さんに言わせれば、「誤字脱字が多いから、大日本史料とか日本思想大系のほうの本文使ったほうがいいよ」みたいなこと書いてあって、ああそういうこともあるねと。

 これはよく言われることですが、実際この『群書類従』に対する研究者の評価は「群書類従・・・んー、本文(テキストの正確さ)がちょっとねえ・・・」みたいなのが大半だと思います。

 もちろん現在だって評価は高いです、各種参考図書や学者の大先生のみなさんの評価から抜き書きすると。

 国史大辞典「この叢書の刊行によって稀覯書の散佚が防がれ、諸書が容易に見られるようになったことは大きな功績である」
 平安時代史事典「広範囲にわたる書物が容易に見られる功績」
 日本国語大辞典「流布本を避けて善本を精選した貴重な資料集」
 佐佐木信綱「鎌倉・足利時代の書物で、群書類従によって一般の学問界に伝えられようなものが少なくない」
 川瀬一馬「近世に於ける最も注意すべき文化活動である」
 坂本太郎「群書類従ほど広い分野にわたり必要欠くことの出来ない書物を集めている叢書はほかにない」「同類の必要な書物をまとめて見ることの出来る便宜がある」「その後に出た同類の叢書の模範になった」

 ただ、その反面で「底本・校訂に問題」があるというのも同じくよく言われてしまってると。

 坂本太郎「校訂にもの足らぬ所はあるにしても、同類の必要な書物をまとめて見ることの出来る便宜はその欠点を補ってあまりある」
 国史大辞典「所収書の底本の不十分さ、底本の本文と対校本の本文とのすり替えによる混乱」
 平安時代史事典「今日の時点からは、底本選定や本文批判等に問題が少なくない」
 日本古典文学大辞典「今日から見れば文献の書誌的検討や本文批判に不備を認めるべきものも少なくない」

 『日本中世史研究事典』(1995)という歴史学を学ぶ学生院生のための研究便覧みたいな本があるんですけど、そこにははっきり「『群書類従』『史籍集覧』もよく用いられるが、いかんせん刊行年代が古く、ただちに従えない本文によっているものが多い(ことに『続群書類従』はその傾向が強い)。」と書かれている。

 これはしかたのないことで、『群書類従』が刊行された”その時点”では良い底本が選ばれ良く校訂されている、という評価であっても、時代が下がればそれだけ新しい本も出るし複写技術も上がるし校訂もよく練られるしで、”後代から”見上げれば「甘い本文」っていう評価になっちゃうのは不可避だと思います。

 じゃあ実際使ってる人はどんなふうに使ってるんだろう、話聞きたいなあ、って思うじゃないですか。
 でも、残念ながらうちとこの職場って、キャラ的に、そんなに誰も彼も『群書類従』使ってるってわけでもないんで、じゃあっていうんでネットをちょこちょこっと探してたんです。
 そしたら、いわゆる”Q&Aサイト”の類に『群書類従』の使い方をコメントしてるようなのがあって、あ、これはいい、と。これはだいぶ生の声に近いんちゃうか、というのがあったんで、ちょっと紹介しますね。

 最初のおたよりは、匿名希望のYahoo!知恵袋さんです。

「大学で日本中世史を専攻している者です。」
 http://bit.ly/1nD2fTE
質問
「日本の礼儀について、武家・公家の歴史を探りたい。参考文献をうまく探せないんですが、どう探したらいいでしょうか」
回答
「「群書類従」なんかを見るのがいいんじゃないですかね。これを読めば、公家の作法や武家の作法(戦闘時)の流れが、漠然と掴むことができます。」

 なるほど、平安中世の国書がひととおり集まってくれてる『群書類従』の、このへんからこのへんまでをざっとひととおり目通しして(”めくり”と言うらしいですね)、どこにどんなことが書いてあるかをざっくり把握する、それだけでもおおまかな流れというか全体像の把握は理解できるだろうなと、たぶんこういう使い方をしてきた人は多いんじゃないかと思います。

 続いてのおたよりは、匿名希望のOKWaveさん。

「卒論における活字史料について」
 http://bit.ly/1nD3su7
質問
「活字史料(『国史大系』『群書類従』など)を卒論にそのまま使うと、”孫引き”扱いになるのでしょうか? 原本や写本などは全く手元にないのですが」
回答
「卒論レベルでは「孫引き」にはならないと思いますけど、底本は明示すべきです。」
「今後研究を続けられる際には必ず原典にあたりましょう。早晩「閲覧不許可」という、でかく厚い壁にすぐにぶち当たることでしょう。」

 まあそうですね、卒論レベルなら『群書類従』の本文そのままでもそない怒られることはないと思いますけど、院生から先は原本か、無理でも影印本とか別の本文あるだろうっていうのは確認せんとあかんと思います。ただ、じゃあ原本見せてもらえるかというとそれがまたひと苦労だったりするので、だからこその『群書類従』だと思うんですね。

 そういう『群書類従』の「そのまま使うのはあれなんだけど、アクセスはしやすい」というキャラは、例えばこんなところからもうかがえます。

 『日本国語大辞典』といえば国語辞典の大ボスですけども、各項目にはその言葉が各時代の文献の中で実際どう使われてるかという”引用文”が載ってますね。それをどういう基準で選んだか、というのが『日本国語大辞典』の凡例にこういうふうに書いてあります。
 第1巻「凡例」「出典・用例について」
 「底本は、できるだけ信頼できるものを選ぶように心がけたが、検索の便などを考え、流布している活字本から採用したものもある。」
 そう、テキストの信用第一はわかってはいるものの、それでも、これを読む人が検索・参照・アクセスしやすいほうがいいだろうというものについては、という理由で『群書類従』を底本に選びましたっていう作品が、文献リストのあいうえお順を頭から見ていくと結構な頻度で出てくるんですね。

 アクセスしやすく。
 参照しやすく。
 文献をオープンにしてくれたこと。
 出版物として整備してくれたこと。

 ここが、おそらく当時から現代まで共通して評価できるところ、『群書類従』の持つ意義としていいところ、じゃないかなって思います。

 (1)で紹介した当時の塙保己一の、幕府に「土地貸して」ってお願いしたときの願書です。
「近来文華年々に開候処、本朝之書、未一部之叢書に組立、開板仕候儀無御座候故、小冊子之類、追々紛失も可仕哉と歎か敷奉存候」
「近年、国学とか流行りじゃないですか、でも日本には中国みたいな”叢書”がまだないし、写本の状態のままで出版・公開もされてない。これだと、特に1冊2冊の少部数の本ってなくなっちゃいますよね、アカンでしょうそれ。だから『群書類従』出版のために土地貸してくれません?」

 国書へのニーズが高まっているのに、その国書が公開されてないばかりか、保存できなくなるおそれがあると。
 ニーズを持つ「読者」と「書物」とを結びつけるためには、書物の「公開」と「保存」が必要だと。
 その「公開」+「保存」を実現するために、「叢書」を「出版」する必要があるんだと、塙保己一はおっしゃってる。
 ということだろうなと思うんです。

 「出版」という当時のメディア活動によって、「保存・複製すること」と「アクセスの障壁をなくすこと」の両方が可能となります。

 逸失するおそれがあるもの、写本でしか存在しないもの、それ1冊しかない天下の孤本。
 そういったものを文献調査によって探索し、発掘する。
 それを、自分用に書写するだけならそれまでも個人レベルちまちまやられてたんでしょうが、そうではなくて、出版という複製・流通によって、社会全体レベルにおける保存を確実な物にする、ということ。
 これは、いま現在ですでに『群書類従』にしか残ってないものが少なくないという現実から、塙保己一の予想と対策は(残念ながら)当たっていた、ということになります。

 出版という複製・流通によって、「保存」と同時に「公開」も可能になりますので、アクセスの障壁がなくなるということになります。
 それまで個々の公家・武家・寺社等が秘蔵していた書物が、出版(publish)によって、公共(public)に提供される。存在自体が世に知られる。閲覧と参照、相互批判も可能になる。
 しかも大田南畝が書き残していた広告文のように、予約受付が宣伝されていたということはつまり、武家なり一部のエリートに限った公開じゃない、民間の町人にも頒布していたということでもあって、そこの障壁もまた取りのぞかれていると。
 このあたりの様子を熊田淳美さんは三大編纂物云々の本(http://www.amazon.co.jp/dp/4585032215)で「壁のない図書館」という言葉を使って表現しています。

 もうひとつ、「叢書」として集大成のかたちにしたことも、「出版」と同じくらい重要なことだと思います。
 それまで各地に個々でバラバラに存在していた文献・著作を、ひとところに集積するということ。しかもそれを内容で分類・整理すること。
 これによって先述のように、「我が国における文献世界=学問の体系っていうのは、こういうふうに”地図化”して描けますよ」、と。「混沌渾然としてるわけじゃなくて、全体像を”説明””把握”できますよ」、と。

 というのも、この「出版」というメディア活動にしろ、「叢書」のような知識の体系化にしろ、これは『群書類従』だけが特別に起こしたというわけでもなんでもなくて、当時の時代、っていうか日本だけでなく世界全体で似たような流れって多かれ少なかれ起こってたものでしたよね。
 っていう、ちょっと風呂敷の大きな話にひろげていきますけど。

 「出版」その複製技術と流通によって、知識・情報が大量生産されていきます。コストが下がり、社会に普及していきます。
 社会に普及していくことで、閲覧・参照が容易になります。知識・情報が”かたち”として、しかも複数残ります。ということは、見知らぬもの同士が”かたち”ある文献・情報を共有して、それにもとづいて互いに検証し、批判し、議論しあうことが可能になります。これって”科学”の基本的な姿勢だと思うんです。
 そういう科学的姿勢で学問にのぞむための文献が、出版によって低コストで社会に普及することで、それに荷担する人の層が増える、分厚くなる。一部の限定されたエリートだけがそれをできるというわけじゃなくて、身分を越えて交流する文化人がうまれ、のちのち”国民”というもの全体にひろがっていく。
 なるほど、「出版」というメディアの変化が、社会の近代化を引き起こしましたな、っていう。
 これはもう、グーテンベルクからこっち続いてきた流れみたいなもんですけど。

 「出版」というメディアの近代化と同時に、知識・学問の近代化も起こる。
 それが、出版によって編まれるようになった、叢書・文庫、百科全書や博物誌の類だろうと。
 江戸でもパリでも清国でも、本草博物の類、百科全書の類、叢書文庫の類が生まれる。
 それまでの、個別で混沌で把握できないものの集まりでしかなかった知識・情報が、分類され、組織化され、体系化されることで、アクセスも容易になるし、ネットワークとして互いに連携することができるようにもなる。
 というか、そうしたい、混沌渾然の状態から脱して、全体を把握(grasp)できるようになりたい。そういうニーズが社会にうまれたから、そうしたんだろうな、って思うんです。

 そうやって考えてみれば、『群書類従』っていうのは、うん確かに、塙保己一大人の類い希なる天才的な頭脳と熱意と手腕があったからこそっていうのはもちろんなんですけど。
 まあ、これ、この時代に出るべくして出たな、『群書類従』って、とは思うんです。

 『群書類従』にもどってまとめます。
 『群書類従』はどう評価できるか、どこにメリットがあるか。

 「本文としての品質・正確さ」「文献それ自体の現代における価値」については、残念ながら《もう少しがんばりましょう》を付けざるを得ない。『群書類従』を孫引きして許されるのは学部生レベルまでだよね、と。

 ただ、それさへ注意しておけば、使うメリットはたくさんあります。
 「文献が残っていること」という保存の効用については言を俟たない。日本古来の書物が「網羅されていること」ももちろん。
 それが版本化され、活字という状態にまでなって「読みやすく整備されていること」も実感できるメリットだと思います、どこの図書館に行っても本棚の前に立って簡単に手に取ることができるという「参照・アクセスのしやすさ」。しかもそれがあちこちバラバラになってるのではなく、叢書というかたちで「ひとところに集まっていること」。
 叢書の効用は集まっていることだけではありません。部立てで「分類・整理されていること」もそうですが、第何巻のように「連番が付与されていること」って実は結構大きいメリットだと思うんです。『ほにゃららの記』?何それ聞いたことないよ?というような文献でも、『群書類従』第何巻の第何番の、という固定アドレスがついてくれることによって、ああはいはい、ってなる。ああはいはい、って見知らぬ者同士が理解を共有できるということは、誰にでも検証・批判が可能という科学的姿勢につながってくるわけですし。
 もうひとつ、叢書には「区切りをつけてくれること」というメリットもあって、つまり、とりあえず『群書類従』のここからここまでをひととおり”めくり”読みきれば、全体を把握したものとして一区切りをつけさせてもらえる、っていう効用。区切りがあるから、通読ができる、ていう「函」の効用。「函」については和田先生の『読書の歴史を問う』(http://www.amazon.co.jp/dp/4305707365)でも問われてましたけども。

 まあそういう感じで、語句・テキストの正確な確認は別途必要だとしても、ある程度網羅的に収録されている文献に、容易にアクセスできて、参照してみて、通読してみて、全体的な体系の中で、あれはこの文献のこのへんにあるな、これについてはこういう流れだな、というような「”あたり”をつけられること」=「レファレンス」には向いている存在なんじゃないかな、というふうに思います。

 以上挙げたメリットのうち、
 「ひとところに集まっていること」
 「参照・アクセスのしやすさ」
 「”あたり”をつけられること」=「レファレンス」
 の界隈が、どうやらJapanKnowledgeに搭載されることでより強力になるっぽいよ。
 という話に、たぶんなります。

posted by egamiday3 at 17:07| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年10月11日

『群書類従』その1・おいたち : オープンなアーカイブが珍しかった時代の冒険物語

 『群書類従』がweb版になって、JapanKnowledgeに搭載されて、全文検索できるようになったそうです。
 http://japanknowledge.com/contents/gunshoruiju/index.html

 これって結構なニュースだと思うんですけど、で、それをきっかけにして「web版群書類従セミナー」なるものをやるから、なんかしゃべってくれ、って依頼されたんです。
 でもなあ、『群書類従』ってふだん言うほど使うわけでもないし、専門分野でもないからあんま詳しいこと知らんしなあ、とかうねうね思いながら、そもそも『群書類従』ってなんだっけ?ていうのをひととおり勉強してみたんです。
 
 そしたら、とんでもない!
 何このスーパー&ハイパーミラクルアンビリーバブルなメガプロジェクトは!

 ていうような興奮の中でひと夏が過ぎてっちゃった感じになったので、じゃあ何がどうすげえのかっていうのを、ひととおり書けるだけ書いとこうかなっていう。

 たぶんこんな感じです。

(1) おいたち:『群書類従』はどういう経緯で誕生したのか
(2) 評価:  『群書類従』って実際すげえのかどうか
(3) JK:  『群書類従』がJapanKnowledgeに入ったら何が起こるのか

 セミナーのスライド資料
 http://www.slideshare.net/egamislide/ss-40095942

 これはその(1)、まだオープンなアーカイブが珍しかった時代に『群書類従』に生涯をかけた塙保己一の、和学と国学がいっぱい詰まった冒険物語です。

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 『群書類従』ってなんだ?ていうのをざっくり説明すると。

 江戸時代後期に出版された”叢書”で、平安時代から中世(鎌倉・室町)あたりのを中心とした日本古来の文献・著作が収録されているというもの。
 全冊数666冊、収録著作約1300という、当時最大級認定しちゃっていい規模の叢書。

 その編纂・刊行をしたのが、聞いたことあるでしょう、塙 保己一(はなわ・ほきいち)という人です。

 塙保己一は、事典的に言えば、1746生−1821没、江戸時代後期の国学者で、あらゆる分野の書籍・学問に長じ、和学講談所というのを設立して、『群書類従』を刊行した人。盲人の位としては日本トップの”総検校”までのぼってはります。
 目の見えないながら学問を修めた偉人として有名かと思いますが、ただ、この人自身は自分で日記・文書の類をほとんど残してらっしゃらなくて、周りの人がいろいろ書き残してるんですが、これがどうも伝承的というか伝説的というか、師匠をたたえる弟子が語った、ほんまでっか?的エピソードがかなり多い。
 例えば、こんなの。

 ある晩、弟子を集めて講義をしていたときに、風が吹いて灯りが消えたのを、保己一は気づかず話を続けていたので、弟子「先生、少しお待ちください、いま風で灯りが消えました」。保己一「さてさて、目あきというのは不自由なものだ」。

 保己一先生の人物像を端的にあらわした、よくわかる、そしてよくできたアメリカン・ジョークみたいな感じになってますけど。

 そういう人が、どういう経緯で『群書類従』プロジェクトを立ち上げるに至ったか、ということなんですが、時系列で確認するために、じゃあ彼の出生あたりからちょっと追いますね。

 1746年、武蔵国児玉郡保木野村、いまの埼玉県本庄市に、農家・荻野家の子・寅之助として生まれ(だから塙保己一は本名ではない)、7歳で失明、15歳で江戸へ出て盲人として身を立てるために検校・雨富須賀一に弟子入りする。
 盲人として身を立てるというと当時は、針灸按摩といった医療、琴三味線といった音曲、がセオリーだったんですけど、残念ながら彼はそっち方面がてんでダメだった。そのかわりどうやら書物・学問の類が得意らしい、お隣の旗本の松平さんについてよう勉強しとる、というんで師匠が、じゃあYouそっちの道に行っちゃいなよ、って認めたっていう。

 例えば。 
 歌学者・萩原宗固に和歌・国学を学ぶ。
 闇斎流神道学者・川島貴林に漢学・神道を学ぶ。
 山岡浚明に律令・故実を学ぶ。
 孝首座に医学書を学ぶ。

 すげえなと思うことのひとつは、分野が非常に手広い。そして、人脈が相当手広く築かれる、ていうのが、のちのち効いてきます。
 もうひとつ。これだけの学者が当時江戸の市井にいて、学問しあい交流しあい、そこに特段のエリート階層というわけでもない農家のせがれが加わる余地があった、そういう環境があったという、これがまた『群書類従』がうまれてきたことと無縁じゃなかったろうなっていう。

 最終的には、1769年、賀茂真淵に師事し国学を学ぶ。ただその約半年後、賀茂真淵先生は亡くなっておられますので、まあ最後か、最後から2番目くらいの弟子だったのではないかと。
 なんやかんや言うてるうちに、自分も教える側にまわるようになり、弟子をとり、昇進して名を「塙 保己一」とあらためる。交流もひろがる、大田南畝とも仲よしだったらしいです、幅広いですね。

 そんな彼が、1779年、34歳の時ですが、京都・北野天満宮に誓いをたてます。
 私はこれから般若心経を100万巻分読誦いたします。いたしますから、いまからやる国書一千巻の叢書出版プロジェクト、国内の著作を文献調査して書写し集めてひとつの叢書にまとめあげるという、神のご加護でもなきゃ到底出来ませんレベルのこのプロジェクトを、どうか私に完成させてください、ていう。
 これが、まあ言わば可視化された『群書類従』プロジェクトの最初の一歩って感じです。

 それにしてもなんで彼は、そんなたいそうなプロジェクトを胸に抱いて神に誓いを立てるに至ったのかと。

 当時の時代背景を考えますと、”出版”というメディアが技術的にも社会インフラ的にも整備・成熟してくる。その受け手も層として分厚くなる、武家・町人・文化人が身分をこえて学問的に交流しあうようになる。中でも特に、当時「国学」と呼ばれる、日本古来の古典・歴史を学びましょうという流れが盛んになってきてたわけです。
 ところがその国学に必要不可欠な和書・古典籍の類、これが入手どころか閲覧すらもなかなか簡単なものではなかったと。たいていの著作・文献は”出版”というかたちでの公開がされてない。良くてもせいぜい、持ってる人に貸してもらって自力で書き写させてくれるくらい。そういう劣化コピーでもまあ閲覧できればましなほうで、いやそもそもたいていは、お公家やお武家や寺社あたりが自分とこで大事に隠し持ってて、見せてくれない。ていうか、あることすら知られてない。そんなんじゃいつ逸失するか、なくなるかわかったもんじゃない。こんなじゃ国学ひとつ学ぶのもひと苦労ではないかと。
 要は、当時の日本社会には国産のオープンなアーカイブがまだなくて、世のニーズ増に応えられるような状態ではなかったと。
 当時の国学者・村田春海も本居宣長も「国書(日本の文献・著作)の出版・公開されてるものが少なくて困る」ということを書き残してらっしゃる。
 それはまるで、「日本の文献や書籍のデジタル化されたものが少なくて困る」という現代の嘆きと同じです。国書の公開を拒む素材とアウトリーチ(参照:https://www.youtube.com/watch?v=qpq9zqf9V1I)、です。

 塙保己一さんも同様。これはちょっと後のことになりますが、幕府に「土地貸して」とお願いするにあたっての願書にこう書いておられます。
 「近来文華年々に開候処、本朝之書、未一部之叢書に組立、開板仕候儀無御座候故、小冊子之類、追々紛失も可仕哉と歎か敷奉存候」
 雰囲気で訳。「近年、国学とか流行りじゃないですか、でも日本には中国みたいな”叢書”がまだないし、写本の状態のままで出版・公開もされてない。これだと、特に1冊2冊の少部数の本ってなくなっちゃいますよね、アカンでしょうそれ。だから『群書類従』出版のために土地貸してくれません?」、ていう。

 ていう意気込みで、彼は『群書類従』をプロジェクトとして立ち上げ、実行に移します。
 実際に刊行が開始されたのが1786年のこと。当時の「広告文」を大田南畝が書き残してます。曰く、「毎月12冊づつ刊行。期間限定で塙検校宅で予約受付。限定200部です」とのこと。

 ちなみに「群書類従」という書名の由来ですけど、どんな概説書・参考図書を見てもたいてい「『魏志』応劭伝「五経群書以類相従」の語からとったもの」と書いてるんですけど、こないだツイッターを見てましたら、いや、『魏志』に応劭伝なんてものはないよと、『魏志』にあるのは劉劭伝だよ、そこには「五経群書以類相従」的なことは確かに書いてあるんだけどね、みたいなことを言うてはって、おおっ、と。で、ネットで公開されてる全文テキストには確かにそうあると。紙とネットとどっちが信頼性あるんだと。まあリテラシーの授業でとりあげるのにうってつけな感じですね。

 そしてこの『群書類従』プロジェクトにしろ、そこにあった彼の学問的才能と熱い意気込みにしろ、プライベートなレベルで終わることはなかった。例えば、1789年、水戸藩・彰考館で行われてた『大日本史』のほうのプロジェクトにも参加するようになったと。徳川御三家のプロジェクトですから、幕府レベルで「こいつできる」と認めてもらえたようなものだと。

 というような実績をふまえて、塙保己一さんは江戸に”和学講談所”という学問所をつくりたい、と幕府に願い出るわけです。

 1793年、塙保己一による和学講談所設立の願書。「寛政の改革からこっち、学問が盛んにおこなわれるようになったのはめでたいんですけど、和学、日本古来の歴史律令的なことを学ぼうとすると、場所的よりどころがなくてまだ手薄なんじゃないですかね。学問所のような機関をあたしがつくって、そこで志のある若手さんに勉強させてあげたいんですけど」
 幕府「マネー成立です」

 この願書に、幕府はOKを出しますし、それだけじゃなくて土地を貸し与える、資金を貸し与える。あと、やりたきゃ勝手にやればじゃない、この学問所を林家(幕府の学問のトップ)の下に置くことで”準”官的な、半官半民的な立場にしちゃると。
 え、なにこのデレ具合、幕府ってそんな気前よしこさんだったっけ?て思うんですけど。

 幕府がデレた背景には。
 確かに国学はすげえ流行ってる。そこに学問所がいるというのもわかる。しかもそれを言う塙保己一は学問的実績が充分で、会読も校合もすでにやってるし、水戸『大日本史』に参加してるレベル。人脈は幅広くて幕府関係者にも及んでるし、まあ言うと検校だから先立つものもたんとあるはず。
 一方幕府側としては、うん、うちとことしても政策的に最近は文系学問で押してきてるから、学問所はほしい、実際昌平坂学問所もつくるし。でも、寛政の改革で朱子学儒教以外は”官”では認めませんてなっちゃったので、おおっぴらに「国学はじめました」みたいなのれんは出せないんだけど、えっと例えば、あたしさっきから「和学」と書いたり「国学」と書いたりしててすげえきもちわるいんですけど、んー、国学が流行っちゃって無視もできないんだけど禁じちゃったしなー、そうだ、「和学」にしちゃおう。ついでに幕府が直でやるんじゃなくて、塙保己一っていう民間人をワンクッション置いちゃおう、みたいな。そんなお役所風情なノリが、どこまでかはわかんないけども、まああったっぽい。

 というような感じで、1793年、和学講談所が設立されましたと。
 和学講談所は何をやるところだったか。
 1、和学の勉強会をひらく教育機関。
 2、文献調査と収集をする研究機関。
 3、幕府の要求に応じて資料作成をする公的機関。
 4、『群書類従』含め文献を出版する出版センター。

 教育機関としては、毎月3回、2の付く日は和学講談所の定例勉強会だったそうです、イオンかダイエーみたいですね。
 あとは全国に散在・秘蔵されてる古典・文献を、現地に出向いては書き写し集めてまわるという。それは群書類従のためだけではないです。例えば「お公家さんの家の記録・日記類を書写(コピー)して、幕府の紅葉山文庫に納める」というような事業もやっておられました。お公家さんの家に残る記録・日記なんてものは、それこそほぼそれ一冊しかないようなもので、公開もされないし、なくなったり燃えたりしたらそれっきりで、危なっかしいこと限りなしなんだけど、それを我らが1部コピーしますんでそれを幕府の書庫に納めさせてください、そしたら資料保存できるでしょ、ていうようなことをやってはったという。これで最終約300部が納本されてるらしいです。

 あとは出版事業ですね、これもガンガンやってはった。
 一部ご紹介しますと、例えば『日本後紀』の出版があります。
 『日本後紀』っていうのはいわゆる”六国史”、日本書紀から始まる勅撰歴史書というオフィシャルな位置づけの基本文献のひとつなんですけど、にもかかわらず、江戸時代にはこの『日本後紀』ってもう残ってなかったんだそうです。なんかあちこちに引用・抜書されてる文章だけ残っててそれを参照するしかなかった、ていう残念な状態だった。ところがそれを、この和学講談所がどこからか見つけ出してきて、本文を校訂して、木版本として出版しました。全40巻中の10巻分だけしかなかったんですけど、それでも、それまで失われてて誰も参照できなかったようなオフィシャル基本歴史書が、出版というかたちでオープンにされたわけですから、これってめちゃめちゃすげえなって。すげえなって、思うんです。
 思うんですけど、ん?と思うことがひとつあって、この和学講談所出版の『日本後紀』がどれを原本にしてるのか、その底本がなんかはっきりしないっぽい。最近のこの件に関する論文読んだんですけど、「三条西家の本と”思われる”」みたいなこと書いてあって、え、誰が何を見て出版したのかとか、記録されてないの??ってキョトンとなるわけです。

 このへんの、え、それってどうなの?みたいなノリがちょいちょいあって、のちのちの『群書類従』自体の評価にも響いてくるんですけども。

 ともあれ、資金繰りとか倉庫不足とか大火の危機とか紆余曲折をのりこえて、最終、1819年、正編全冊の刊行を終えました。
 保己一、御年74歳。総経費は現在の貨幣価値で十数億円ともいわれてます。

 同時代の文化人はほとんど手放しの絶賛です。
 大田南畝「和書がばらばらになって失われてしまうのを嘆き、校訂して世に伝えようとした」『一話一言』。⇒”集積”
 平田篤胤「これまで各所に秘蔵されていた、たいていの人が見聞きしたことのないような古書が少なくない」『古史徴開題記』。⇒”開放”
 高田与清「学者たちがたやすく古書を参照できるようになった」『擁書漫筆』⇒”アクセス”
 青柳文蔵「これによって不朽のものとして伝えられる」『続諸家人物志』⇒”保存”

 集積。開放。アクセス。保存。
 オープンなアーカイブがここに構築されたんだなあ、と。

 ただ、やっぱり若干のクレームもあります。
 本居宣長「板本なのだから世間に広く出回ってほしいのに、いまだに書店で目にしたことがない」(本居宣長の石原正明宛書簡)
 そう、前述のように「期間限定、200部、塙検校宅で予約受付」という扱いで、どうも一般書店での流通まではかなわなかったみたいです。
 せっかく機関リポジトリ立ち上げてるのに、CiNiiに載ってない、みたいな感じですね、せちがらいですね。

 さて、その後の『群書類従』と塙保己一ですが。

 正編完了から2年後の1821年、塙保己一はこの世を去ります。
 なくなった後も『群書類従』事業は続きます、というのも、『続群書類従』という続編があって、これはすでに1795年、正編と併行してすでに企画・着手がされていまして、塙家の息子・忠宝が保己一の遺志を継ぐわけなんですが、これが難航してなかなか完成しない。息子・忠宝が暗殺されて(暗殺!?)、孫が継いでも完成しない。明治になって和学講談所が廃止になっても完成しない。明治になって活字・洋装本が出版されるようになっても完成しない。最終、”続群書類従完成会”というある種みもふたもない名前の団体ががんばって完成させました。
 ちなみに、活字本はいろんなところから複数刊行されてるんですが、現在もっとも普及して我々が一番手に取りやすいかたちで出版されてる活字本が、この”続群書類従完成会”によるものです。あの青い製本のやつ。
 その”続群書類従完成会”も残念ながら2006年に閉会し、以降、八木書店さんが販売を継続し、オンデマンド出版なんかをやってて、で、今日にいたってJapanKnowledgeに『Web版群書類従』を搭載することになりました、と。

 これが、現在に至る『群書類従』の生い立ちですね。

 もうひとつ、『群書類従』を現在に伝える”温故学会”という公益社団法人さんもあります、という話です。

 公益社団法人 温故学会
 塙保己一史料館
 http://www.onkogakkai.com/

 1909年、渋沢栄一なり塙家のご子孫なりがこの”温故学会”を設立しまして、福祉事業とか啓発事業とかもろもろやってはるんですが、ここが、江戸時代当時の『群書類従』の板木現物をしっかり管理・保存してはる。いや、保存してるだけじゃなくて、いまも注文に応じて現役で和装本を刷ってるっておっしゃるから、ちょっと驚いて。
 で、驚いたんで、あたしちょっとそれを見に行ってきました。

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 東京・恵比寿駅と渋谷駅の間くらい、國學院大學さんのすぐおそばにこの温故学会・塙保己一史料館というのがありまして、入り口開けて、箱に100円入れて、横にある次のドアを開けると、もう直で↑この板木、っていう。あまりの不意打ちで軽くビビりましたけど。
 ここに当時の現物の板木17000枚が保管されていて、オンデマンドで刷って綴じて販売してると。例えば大学の先生がゼミのテキストにこの巻だけを10冊20冊注文する、みたいな感じでやってはるらしいです。ただ、この板木って1957年にすでに重要文化財に指定されてる大事なあれなんで、刷るときは他所へ持って出さずに、ここに来てもらってここで刷ってるそうですが。

 というのが、塙保己一大人と『群書類従』の、約300年にわたる長いお話になります。

 補足トリビア。
 群書類従の板木は「20字×20行」のフォーマットになってます。これが、いまの原稿用紙の原型ですね。

posted by egamiday3 at 10:50| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする