2016年12月24日

201611it イタリア・シチリア旅 0日目「旅の概要」

●旅の概要
・イタリア、特にシチリアへ行く。
・プライベート&ヴァケーション(会議・訪問の類無し)な旅行。
・その時々であちこちに移動する、彷徨型の旅行。


●旅の日程(予定)
・2016/11/19 関空発→ローマ着
 ・なんとかして、シチリア島まで行く
 ・シチリア島内をまわる
 ・なんとかして、シチリア島から戻ってくる
・2016/11/27 ローマ発→翌11/28関空着


●旅の参考文献
(註:冒頭の・の数が重要度)

(シチリア本)
・・・陣内秀信『シチリア : “南”の再発見』(紙・自炊)
・・・小森谷慶子『シチリア歴史紀行』(白水Uブックス)(Kindle)
・・陣内秀信『南イタリアへ!』(自炊)
・・小森谷慶子『シチリアへ行きたい』(とんぼの本)(紙)
・・寺尾佐樹子『シチリア島へ! : 南イタリアの楽園をめぐる旅』(角川文庫)(紙)
・金沢百枝,小澤 実『イタリア古寺巡礼 : シチリア→ナポリ』(とんぼの本)(図書館)
・竹内裕二『イタリアの路地と広場〈上〉 : シチリアからプーリアまで』(アーキテクチュアドラマチック)(紙)
・渡辺真弓『イタリア建築紀行 : ゲーテと旅する7つの都市』(図書館)
・『世界の建築・街並みガイド3 : イタリア・ギリシア』(自炊)
・陣内秀信『イタリア都市の空間人類学』「都市風景の南と北:シチリアとヴェネト」、「南イタリア都市の袋小路を囲むコミュニティ」、「シチリア」(I, II, III)(図書館)

(ガイド系)
・・『地球の歩き方』南イタリア2016(紙・自炊)

(鉄道系)
・・『イタリア鉄道の旅』2010(地球の歩き方BY TRAIN)(紙・自炊)
・『イタリア鉄道の旅』2005(地球の歩き方BY TRAIN)(自炊)
・・弘明安居『イタリア完乗1万5000キロ : ミラノ発・パスタの国の乗り鉄日記』(交通新聞社新書)(紙・Kindle)
・・池田匡克『イタリア縦断、鉄道の旅 (角川oneテーマ21)(紙・自炊)

(語学系)
・・『旅の指さし会話帳』イタリア(紙・自炊・Kindle)
・郡史郎『はじめてのイタリア語』(講談社現代新書)(紙)

(料理系)
・・岸朝子『イタリアン手帳』(紙・Kindle)
・・『食べる指さし会話帳』イタリア(紙・自炊)
・・佐藤礼子『イタリアで一番おいしい家庭料理 : シチリアのおうちレシピ』(Kindle)
・池田匡克,池田 愛美『シチリア美食の王国へ : 極上レストランとワイナリーを巡る旅』(図書館)
・宮嶋勲『10皿でわかるイタリア料理』(紙)
・池上俊一『パスタでたどるイタリア史』(岩波ジュニア新書)(紙・Kindle)

(映画系)
・・マルガリータ・ロサーノ『カオス・シチリア物語』(図書館・YouTube)
・・ダニエル・ユイレ, ジャン=マリー・ストローブ『シチリア!』(図書館・YouTube)

(その他ざっくり)
・・『イタリア : 快楽主義者のこだわりライフ』(ヨーロッパ・カルチャーガイド)(紙)
・・島村菜津『バール、コーヒー、イタリア人 : グローバル化もなんのその』(紙・自炊)
・・『イタリアを旅する24章』(エリア・スタディーズ)(紙・自炊)
・池上英洋『イタリア24の都市の物語』(集英社新書)(自炊)
・清水義範『夫婦で行くイタリア歴史の街々 : 夫婦で行く旅シリーズ』(集英社文庫)(Kindle)
・TRANSIT17号「美しきイタリア」(自炊)
・和辻哲郎『イタリア古寺巡礼』(岩波文庫)(Kindle)
・ゲーテ『イタリア紀行』(Kindle)
・『ゲーテ「イタリア紀行」を旅する』(集英社新書ヴィジュアル版)
・G. ギッシング『南イタリア周遊記』(岩波文庫)
・陣内秀信『イタリア小さなまちの底力』(自炊)
・陣内秀信『イタリアの街角から:スローシティを歩く』(自炊)
・陣内秀信『イタリア都市と建築を読む』(自炊)
・河村英和『イタリア旅行』(中公新書)(紙・Kindle)
・村上義和『現代イタリアを知るための44章』(エリア・スタディーズ)(紙・Kindle)


●旅の動機
・9月のルーマニア出張が、純粋に現地との往復、宿と会議会場との往復だけでいっさいの旅情の余地がなく、うなぎの蒲焼きの匂いだけかがされて帰ってきた感に、軽くキレたから。
・同時期に、某者が、自分も前々から行きたい行きたいと狙ってたバルト三国に旅行に行ってて、旅情を堪能している様子をFacebookで見せつけられた感に、軽くキレたから。
・うちとこでは去年まで夏季休暇を7・8・9月内だけで3日とるというルールだったのが、今年から年内いつでも3日とっていいルールに変わったんだけど、それで1月頭に旅行を目論んでたのが、いや実はその年内というのは4月-3月カウントじゃなくて、1月-12月カウントでした、っていうのがまさかの10月頃に通知されてきて、軽くキレたから。
・ていうか、プライベート&ヴァケーションベースの旅行を最後にやったのが2014年6月で、もう2年以上経ってるのに、ずっとキレてたから。


 では、行ってきます。


posted by egamiday3 at 11:26| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月16日

#JAL2016 その3 : 「指摘→反省」無限ループからの脱出、あるいは、”研修論”的なものの序奏として(「日本美術の資料に関わる情報発信力の向上のための提言」を受けて)


 2016年12月9日におこなわれたワークショップ「日本美術の資料に関わる情報発信力の向上のための提言III」(海外日本美術資料専門家(司書)研修・2016)に関する、3部構成で考えたことの、ラストです。

 JAL2016・その1、では、海外の日本美術司書・専門家から、日本のデジタル資料発信に対する提言がありました。
 http://egamiday3.seesaa.net/article/444773560.html
 JAL2016・その2、では、その提言を受けたコメンテーターとしての自分のまとめとコメントを記しました。
 http://egamiday3.seesaa.net/article/444864713.html

 問題は、今回受けた提言が、
  ・英語/ローマ字化が必要
  ・オープンアクセスが必要
  ・ポータルが必要
  ・海外ユーザを知ることが必要
  ・交流・ネットワーク作りが必要
  ・コラボレーションが必要
 という、どれも常日頃から繰り返し繰り返し言われていること、今回”も”受けた提言ばかりで、率直な感想としては「はあ・・・また同じことを言わせてしまった・・・合わせる顔がない・・・」という類のものだったということ。

 ためしにざっと見してみての、去年と今年の生き写し感。
  2015年 http://egamiday3.seesaa.net/article/430552792.html
  2016年 http://egamiday3.seesaa.net/article/444773560.html

 この「またもや感」、抜け出せないループ感を、どう考えるべきかと、汝をいかんせんと。
 そういう想いに端を発し、JALに限ったことではない、この類の研修そのもの提言そのものについて、自分なりに考えたことを「AJAL・研修全体を受けて」として当日しゃべってきましたので、そのディレクターズ・エディションとしてのJAL2016・その3です。


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■AJAL・研修全体を受けて

 で、みなさんから受けた提言なり問題提起なりが、3班とも、そして2年とも、だいたい同じ感じの内容だったということを受け止めたときに、2つの問いが自分の中に浮かんだわけです。
 ひとつは(このJALプロジェクトに限らず一般論として)「この手の研修というのは、役に立っているんだろうか?」ということ。
 もうひとつは、「我々は、指摘→反省のループに陥っていないか」ということ、です。

 この手の研修。
 私もよく受けました、なんかあちこちから集まって、具体的に教わったりだけでなく、どこか見学行ったり、人の話聞いたり、そのあとでグループワークやワークショップ的なことしたりして、っていう感じの。
 そういうのについて「この手の研修というのは、役に立っているんだろうか?」という問いを立てたとき、座学的なことはホームでやったらいいじゃん、見学なりなんなりってだいたいネットで済むじゃん、グループワークだってしょっちゅう催されてて、それを数日屋内に籠もってるのわざわざ遠くまで出向いてやるの? みたいなことはいまどきはある程度言えてしまえるかもしれない。

 ですけど、実際にグループワークに取り組んでいるのを傍らから拝見してるとわかるし、また「研修どう?」って当事者と話してみてもそうなんですけど、なんというか、日常業務から遠く離れて、非日常の環境の中で、ひとつの何かに腰を据えて取り組む、っていうそのリフレッシュ=非日常の効用っていうのはおそらくまちがいなくあるな、とは思うんですね。その非日常さ加減は、場所が違う、環境が違うっていうのもそうだし、だから思考も発想もフラットになるし、肩書きや立場も切り離して受講者同士でフラットに(研究者も司書も館長もボランティアスタッフも国・年齢・語学力関係なく)相対して、話して、考えて、共同作業する、(なによりも)日常業務から離れて。
 そこで、新しい発想を得られて、あ、良かったな、いままで自分だいぶ凝り固まってたのわかったな、ていう経験もまた私自身何度かあります。ていうか、今回のJALプロジェクトでのグループワークに私は参加してませんけど、横で半日その様子をぼーって見ていただけなのに、なんか新しいことに気付けた、みたいな非日常の効用得られましたので、それだけでもありがたいなって思いますね。

 ただ問題は、「非日常」は≒で「一過性」になりかねない、ということでしょうか。
 一過性で終わるおそれ、日常に戻ると効用がリセットされるおそれ。っていうのはもしかしたら「研修」というものが生来逃れ得ない難点なのかもしれないな、って思います。
 「研修」というものに懐疑的な説がとなえられるのは、日常への還元が担保されていないことへの怨嗟なのかもしれないですね。

 ですので、研修を受ける側にしろ設ける側にしろ、一過性に終わらせないための努力・工夫・問いかけは必要なんだろうなと。
 非日常から日常へ戻ったあとで、では、次の展開は?継続性は?と。 成果を日常にどう活かすのか?還元するのか?と。

 じゃあ、ですけど。
 受講生が研修で得たものを日常に活かしに帰るのは、それは当たり前でしょう、今回のJALに参加なさったみなさんも帰国後それぞれ活躍・活用なさるんだと思います。
 問題は、研修の成果たる「提言」の束を受けとった、日本側の継続性は? ということになるんじゃないかと。

 例えば、2015年のJALプロジェクトにおけるワークショップ(http://egamiday3.seesaa.net/article/430552792.html)でこんな話がありました。
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例:「Artstor」(http://www.artstor.org/)のような、国際的なポータルサイトに参加してデータを提供してほしい、こういうところで見つかりやすくアクセスしやすくなるように。(Artstorに載っている日本美術作品は、日本以外の機関からの情報ばかり)
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 この方が再来日してはったんで、一緒に1年後の現状を再確認したんですが、やはり日本の機関から提供がされているようには見えず、大英博物館やメトロポリタン美術館の収蔵品が目につくといった具合でした。
 だったら、この方が2015年に出してくださったこの指摘・提言、これって、どうなるんだろう? どうなっちゃったんだろう?って思うんですね。

 英語/ローマ字化が必要、オープンアクセスが必要、ポータルが必要、海外ユーザを知ることが必要、交流・ネットワーク作りが必要、コラボレーションが必要。どれも、海外の日本研究関係者と話をし始めると数分後には登場するような指摘で、日本研究司書研修でも、CEALやEAJRSのような会議でも、日本でやる講演やシンポでも、ネットでも日本人同士でも、話題になる。
 そもそもこの研修って、10人近くのプロフィールバラバラの人たちが、初対面で集まって、それを3班に分けてそれぞれで意見出しさせたら、↑のような似たような提言が出て、それが2年やっても似たようだったと。じゃあそれって、もう”正解”ですよね、提言として疑いようがない内容なんだと判断していい。

 そうやって海外の日本関係者から提言を受け、あ、そうですよね、ほんとなんとかしないとと思います、と反省し、また別の機会で指摘を受け、うなずき、指摘を受け、反省し・・・というのを、秋の東京で、冬の精華町で、春のシアトルで、梅雨の同志社で、夏のブカレストで、秋の桂坂で、そしまた冬の東京で、精華町で・・・。
 え、これいま無限ループ中ですか?と。
 いま何周目ですか? 何度やっても同じルートですか?と。
 という想いで、おります。

 ここまでくると、これはもうJALプロジェクトとか研修がどうのコメンテーターがどうのとかいう話じゃないですね。
 私自身の、日常的な、反省。
 それをいま開陳しているところ、という感じになってます。

 という反省ばかりしていてもしょうがないんで、じゃあどうするかっていうあれなんですけど、業務上の反映努力はもちろんとして、例えば、ループになってもいいからひとつでも多くのパネルなりシンポジウムに出ます/開きます、そこで発言します/司会します、とか、例えばさっきの「Artstor」の例なり去年の提言なりを、なんか呼ばれてしゃべれって言われた場所(http://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/digitalarchive_kyougikai/index.html)でがんばってしゃべります(http://egamiday3.seesaa.net/article/440674083.html)、とかいうことをやるんだけど、もうひとつの大きな問題点があって、この種のこと、つまり「日本資料の情報発信力の向上」とか「デジタルアーカイブがどうのポータルがどうの」とかいうことって、一部特定の業種・業界だけでがんばって解決・成就するような問題じゃなくて、広くいろんな業種・立場の人が総出でちょっとづつでも元気玉を出すようなやりかたじゃないとあんま回っていかないタイプの問題じゃないかと思うんですよね。
 あたしは、いわゆる世論というものの持つ力についてはどっちかというと懐疑的な気質ではあるんですけど、それでも、世論の醸成みたいなものがないと、継続的/本質的/腰の据わった問題解決にはならないだろう、とは思います。

 というような右往左往しながら考えたことを踏まえて、当日はコメンテーターとして「「提言」のための”提言”」なるものを提言してきました、という感じです。

 その1。
 この種の提言・指摘自体の発信力、というのはどうなんだろう、高められているだろうか、と。

 先述のように、多業種多方面の同意と世論の醸成が必要だとするんだったら、この「提言」自体にどれだけ情報発信力を持たせて広く届ける、説いてまわることができるだろうか、と。こういう指摘がありました、提言が出ました、っていうのを実際聞いてるのは誰なのか。というのは、いったん問われるべきことではあろうなと思います。
 これは本プロジェクトの今ワークショップに限った話ではまったくなくて、例えば北米の日本司書が集まるCEALやNCCでこういう話題が出てこういう問題意識が持ち上がった、ていうのが、じゃあ日本の図書館業界にどうやって届いてるだろうか、と。あるいはEAJRSでどんなディスカッションがあったのかというのが、届いているかと。その問題を解決する力のある人や、同意が拡散する場の人たちの目に触れているだろうかと。
 っていう話になってくると、これはよく問われる「日本の情報発信力」の逆転問題になってきます、つまり、日本側というユーザ・情報受信者に、海外の声は、どう届いているか、どう届けるべきか。PDFがどっかにポンと置いてあるだけで届くだろうか、英文の記録だけで読んでもらえるだろうか、情報発信はリアルタイムだろうか、SNSや動画を活用できているだろうか、Googleフレンドリーだろうか、日本の図書館員がふだん目にするところに出現しているだろうか。これこそ、デジタルでオンラインでオープンで、が実現できているかが問われることになってしまいます、わかる人ならわかる、知ってる人には伝わる、というような祇園の小料理屋ならぬ世界の入りにくい居酒屋状態では、日本の多業種多方面の人たちに援軍になってもらうくらいの理解を得るのはなかなか難しい。
 (もちろん、その指摘・提言が日本側の催しで出たのなら、その発信力は日本側の問題ですが)
 
 ブログ書きながら気づいたんですが、あたしがコメンテートで当日一番言いたかったのは、本当はこの「海外側から日本側への情報発信力」のことだったのかもしれないです。ですが、多分言いそびれてる気がする(涙)。
 でも実際のところ、例えば海外側からこんな指摘が、こんな議論が、っていうのを日本側に伝えようとしたときに、そういえばその記録は? 文献は? 情報発信は?って探してもネットに見つからないことってよくあるので、そのへんの足りなさってどちらのお国もある程度いっしょなのかな、って思いますね。

 その2。
 受けた日本側の反応をどう示すか。
 どう示すかの試みとして昨年度2015年のJALプロジェクトでは、海外受講者の提言を受けた日本側実行委員の「応答」が報告書に掲載されました(http://www.momat.go.jp/am/wp-content/uploads/sites/3/2016/04/J2015_350.pdf)。ただ、このままだと2016年も同じ文章が並びかねないところはあるので、じゃあ別の試みはないだろうかというと、”アンサー・シンポジウム”はどうですか、っていうことに思い至るわけです。

 (報告)アンサー・シンポジウム「日本の大学図書館員の論じる世界の大学と図書館」7/1(金)で、司会をしてきました。: egamiday 3
 http://egamiday3.seesaa.net/article/439705004.html

 時間的な問題で実現するのは難しいところはあるかもしれませんが、例えばこういう海外の関係者を招いて指摘提言してもらうシンポなりワークショップを開いたら、そのあとで、会場にいる日本側関係者数名を壇上にあげて、30分くらいでもいいから、海外側からの声を受けてのディスカッションをやる、っていう。それは、指摘提言してくれたみなさんへの返礼でもありますよね。
 あのアンサー・シンポジウムイベントの発想は、今後どんどん普及させてったらどうかな、って思います。まあ、あれです、しゃべりたくてうずうずしてるタイプの人なんてたくさんいるでしょう。

 その3。
 指摘提言を引き受けて実働できるような、”ポータルな集団”を組織する事が必要。
 これは風呂敷広げただけでとどまってしまうんですけど、備忘に。
 結局、何かしら問題があって声が上がったときに、その声をどこへもっていけばいいか、っていう場がなくていつのまにか雲散しちゃうので、デジタルコンテンツの”ポータル”もさることながら、活動・集団の”ポータル”というか、ワンストップな窓口というか、責任・権限の所在と専門性を兼ね備えた専門家集団が、多業種多方面の横断的なつながりをもってコラボレーションしていけるという、んー、何を言ってもふわっとしてて整理つきませんが、そんな感じのやつです。
 で、問題は、そういうのを特定のどこそこにやらそう、ってなっちゃうとたぶんうまく行かなくなるんだろうな、っていうあれで、どこそこの省庁にとかどこそこの機関にとかどこそこのNDLさんにとかいうのになると、任されたところが疲弊し、いっぽうで任されないところが問題意識低調になり、そのうちそこと関わりの希薄なところにまた別のポータル機能ができ、さらに別にもでき、たくさんのポータルが縦割り個別に散在し、しかもそういうところはおおむね公的機関であって、故にリソースは削減傾向で維持に困る、そんなことになっては困るので、どこか特定のところに依存しない専門家集団みたいな仕組みづくりって、無理かなあ。

 っていうあたりまで夢想して、力尽きました。
 このコメンテート(JAL2016・その2+その3)は、受講者3グループのプレゼン(JAL2016・その1)を前日に聞いてから寝る間を惜しんだ特急で準備したあれなので、粗々した放言どまりではあるのですが、一応、「この手の「研修」はどうデザインされるべきか」をほんとの問いとして念頭に置きつつの感じでやってたあれで、この問いについては長期的な視点で今後も引き続いてうにょうにょ考えていく所存のやつです。

 その引き続いて考えるののヒントを大きくいただいたのが、グループ・プレゼン後のディスカッションのターンです。
 例えば、解決には時間がかかってもいい、との発言の一方で、特に若い世代は自分の将来の見極めのことを考えると、環境整備にそんなに何年も待ってられない、当座やつなぎでいいから何らかの対応が素早さでもってとられるべきでは、という若い世代ご自身からの要望は、確かにおっしゃるとおりだと思ってて、先を見据えての長期的な醸成もいるんだけど、短期で得られる返報という”飴”がないと、長期での闘いもやってられへんって感じになるので、そこ込みでデザインしていかなな、っていう。

 デザインつながりでは、「実行委員会で提言内容の実施に向けての働きかけまでやるべきじゃないのか」というご指摘もあって、今回のような「研修」の例で言えば「次への展開」「継続性」を云々するのであれば、それも込みで研修全体をデザインする必要があるんだな、と。
 そういう意味では、”後”のデザインが次への展開や継続性なら、”前”のデザインとは?ということなんですけど、これをコラボ・ネットワークの文脈で言うなら、何かしらの事業を企画し計画し運営し始める段階からできるだけ海外側に加担してもらって、成就するかしないかわかんないけど、とりあえずやいのやいのやる、ていう過程のほうがよっぽど意義のある成果なんじゃないかな、って、その2に書いたように思いますね。実際JALプロジェクトもどこかしらそういった感はあったし。

 「楽しい」って、そういうことかな、と。
 まあ、それは最終、研修に限らず、日本⇔海外がらみの事業にかかわらず、あらゆるプロジェクトの類でそうなんだろうな、と思います。

 そのことをやることの意義は、そのこと自体というわけではない、っていう禅問答みたいな一般論を確認したところで〆る感じです。

 最後に、受講者のみなさん、お世話くださったJAL事業関係者のみなさん、そしてegamidayのクセが強く翻訳しづらい内容のプレゼンを受講生に伝えてくださった通訳のみなさんに、厚く御礼申し上げます。



posted by egamiday3 at 00:05| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月13日

#JAL2016 その2 : egamidayによるコメンテート(「日本美術の資料に関わる情報発信力の向上のための提言」を受けて)

 2016年12月9日におこなわれたワークショップ「日本美術の資料に関わる情報発信力の向上のための提言III」(海外日本美術資料専門家(司書)研修・2016)で、コメンテーターをつとめてきました、の記録です。

 「#JAL2016 その1 : ワークショップ「日本美術の資料に関わる情報発信力の向上のための提言III」(海外日本美術資料専門家(司書)研修・2016)のメモ」
 http://egamiday3.seesaa.net/article/444773560.html

 上記「#JAL2016 その1」のメモにあります、海外日本美術資料専門家のみなさんからの3つのグループ・プレゼン(「日本から海外へ : 日本におけるデジタル化資料をいかにして外国人研究者に伝えるか」、「アートは世界の遺産」、「日本の文化資源を広めるための協力」)を受けまして、この「#JAL2016 その2」は、それをコメンテーター役のegamidayさんが自分なりに整理し、解釈し、補足や持論を付け足して、それを以下のような感じで当日述べてきましたので、そのディレクターズ・エディションみたいなものと思っていただいたらいいです。

 構成は@Aの2段階で、本記事は@のほうです。

@グループによる「提言」を受けて
 (0) イタリア旅行の想い出
 (1) 言語の壁 : 英語/ローマ字を!
 (2) アクセスはオープンであれ
 (3) 「ポータル」待望論
 (4) ユーザ・ファーストであれ
 (5) 海外ユーザは、日本の味方
 (6) デジタル格差が止まらない
 (7) 交流・ネットワーク作りと海外アピール
 (8) 「人」と「コラボ」
AJAL・研修全体を受けて

 ところで、↑このまとめラインナップを見て「ん?」と思われる方も、もしかしたらいらっしゃるかもしれない、というのもここに書いたようなことっていうのは、これまでも同様の場でさんざん指摘されてきたことばかりであって、「またもや」感がどうしてもある、その、「またもや」感をどう考えるべきかについては、別途「#JAL2016 その3」でAを扱う、っていう思惑でいます。


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●(0) イタリア旅行の想い出

 とかなんとか言いつつ、今年の受講者にイタリアから3名もいらっしゃってたっていうからみもあって、まずは先月プライベートで旅行に行ったイタリアの写真でも見ていただいて、ご機嫌をうかがうという感じなのですが。

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 まったくのヴァケーションで行った旅行だったんですが、ご覧のように景色はきれいだし、食べ物はおいしいしで、約1週間ほど、堪能して帰ってきました。あのでっかい餃子みたいなのはピッツァ・フリッタ、すなわちピザを揚げたものです、世に石窯のような発明される以前のピッツァというのは揚げて料理してたらしいですよ、どんだけのカロリーだと。
 ただ若干困ったこともありまして、好んで行っておきながらわたしはぜんっぜんイタリア語がわからないんですよ、チャオとボンジョルノとアルデンテくらいでしょう、わかるとしたら。でも、地方の町に行くと、街中のサインとか表示とかに英語がないことがかなり多いんですね。

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 これはバス乗り場に貼ってあるバスの時刻表なんですけど、右側に何か赤で、いかにも重要ですよみたいなことが書いてある、なんだろうとドキドキするんだけど、それが何なのかがわからない。会場の受講者に聞いてみたら「そのバスは土日しか来ませんよ」ということらしくって、そういうことがイタリア語でしか書いてないから不安になるわけですね。

スライド6.JPG

 で、ある日駅に行くと、これもいかにも気をつけろ!的にびっくりマークのついた紙がぺたっと貼ってあって、その場でわかんなかったんだけどなんとなく虫の知らせがして、写真撮るだけ撮っておいたんですけど、あとからよくよく見ると「SCIOPERO」(=ショーペロ、ストライキの意味)って書いてある、ですからこの日は列車は来ません、そういうことも、webサイトではない、その時だけにその場所だけで貼るような貼り紙だと、英語対応をわざわざしてくれているわけではないので、困ったな、という感じでしたね。
 行った先がシチリアだからなのかどうなのかはわかりませんが、おおむね、英語少ないな、という感じでした。


 というツカミはオッケー、的な流れで、英語/ローマ字は必須です!というところから本題に入っていく感じなんですけど。

●(1) 言語の壁 : 英語/ローマ字を!
 ・英語/ローマ字は、必須です!
 ・ユーザは“日本専門家”だけじゃない
 ・アブストラクト・メタデータだけでも
 ・サムネイル画像も有用
 →海外関係者との議論、連携・協力を

 英語/ローマ字で表示・検索がされないと困る、という話はやはり誰からもいつもうかがいます。特に、ここに集まった日本研究関係者の人たちが「学生や、日本が専門じゃない人が、検索するのに困る」とおっしゃるのでそこも共通認識なんだと思います。コンテンツそのものの英語化は無理でも、せめてアブストラクトやメタデータだけでも、いやむしろそっちが重要か、このへんはユーザによって軽重わかれるかもしれませんが。
 それから言語の壁を越える、という意味では、「サムネイル画像が重要」という指摘もおっしゃるとおりだと思います、羅列された情報を直感的・瞬間的に評価・選別できるという意味では日本人にだって有益なはず。しかも、サムネイルってべつに画像系データベースに限った話ではなくて、OPACで書籍の表紙画像が出ればそれによってこの本が入門書か専門書か文芸書かが判断できる。もっと言うと、CiNii ArticlesでオープンアクセスなPDFがあるときそのサムネイル画像が横に出ることありますけど、あれ何のヴィジュアルさも無いように見えても、あのおかげで「あ、これPDFあるんだ」って明らかにわかるからすっげえ便利なんですよね、そういう話だと思います。


●(2) アクセスはオープンであれ
 ・「デジタル化」 =デジタル*オンライン*オープン
 ・「館内のみ」「内部者のみ」「日本のみ」・・・
 ・アブストラクト・メタデータだけでも
 ・日本のユーザだって困るはず!

 デジタル化された資料やデータに、海外からも部外者であってもオープンにアクセスさせてほしい、というこれもよく言われることです。もちろん、権利関係でアクセスできない的な話はどの国であっても少なからずある話ですが、アブストラクト・メタデータだけでも(2回目)、じゃないと日本のユーザだって困る話でしょう、というのはおっしゃるとおりだと思います。
 そもそも「デジタル化」というのは、デジタル化すれば「デジタル化」なのかというとそれだけではなくて、「デジタル化」と「オンライン化」と「オープン化」の3指標がどのくらいポイント重なるかが、デジタル化した甲斐のある「デジタル化」になれるかどうかを決める、んだと思いますね。


●(3) 「ポータル」待望論
 ・個別に、大量に、散在する、日本のデジタルアーカイブ
 ・包括的/効率的な検索・アクセスのために
 ・日本語不得手な海外ユーザは困る(言語の壁)
 ・日本のユーザだって困るはず!
 ・在外日本資料を可視化(ウィリアムズさん)
 →内閣府知的財産戦略本部 「デジタル・アーカイブの連携に関する実務者協議会」(2015〜)

 そしてオープンに公開されているものも確かに少なからずあって、今回の受講者たちもあちこちの見学先でいろいろ新しい知見を得たようなんですけども、そもそもそれらが個別にあちこち散らばっていて、どこにあるかわかりやしない(可視化されていない)し、いちいちめんどくさい(統合されていない)、日本のユーザだって困る話でしょう(2回目の2回目)、これもまたよく言われることです。nihuINTやNDLサーチは、コンセプトはいいが集約し切れてない、との評価でした。
 あと、なるほどなと思ったのが、ポータルがあれば小規模機関の小規模デジタルが自前システムを構築しなくてもよくなる、という指摘。それから、ケンブリッジなど海外機関が出してるデジタル画像を日本ユーザが見つけられるようになる(じゃないとわざわざケンブリッジのサイト探しに来ないでしょう)、という指摘もなるほどでしたね。
 これについては、現在、内閣府知的財産戦略本部 「デジタル・アーカイブの連携に関する実務者協議会」(http://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/digitalarchive_kyougikai/index.html)のほうで鋭意検討が進められているみたいなんで、安心してください、ポータルもうすぐできますよ、ってあたし当日会場でみなさんに言っちゃいました。もうこれ、ウソでも口に出して言わないと実現しないんじゃないかと思って。言霊的に。


●(4) ユーザ・ファーストであれ
 ・「複雑なインタフェースは、ユーザをあきらめさせる」(フォルミサノさん)
 ・Googleでヒットするように
  →ユーザの見ている場所へ届けよう
 ・若い世代へのアプローチ
  −例:スマホ対応、アプリ作成
  −例:立命館ARCプロジェクトへの学生参加
 ・「日本美術資料のために、ニューヨーク・メトロポリタン美術館や大英博物館のデジタルアーカイブスをよく使う」(グッドさん)
 ・例:Ukiyo-e.org 日本からも複数機関が参加。

 以上、しょっちゅう指摘される「英語/ローマ字がない」「オープンでない」「ポータルがない」という、日本デジタルアーカイブの三大疾病のようなものについては、いまだ”ユーザ・ファーストさ加減”が足りていない、ということだろうなと思います。ユーザにとって便利でわかりやすいものが提供されないと、届かないよ、と。
 たとえば「Googleフレンドリーであれ」というのもよく言われることですけど、それを言うと、アメリカの一私企業にずるずるべったりでいいのかとか、玉石混淆がとか、WELQがSEOが、という声も上がったりするのはわかるといえばわかるんですが、いや、べつにGoogle礼賛・Google至上主義的な意味でそう言っているわけではなく、ユーザがいつも使っているものは何ですか、ユーザの目に触れやすい場所はどこですか、って考えたときに、いまだとそれはGoogleだよね、だからGoogleフレンドリーにしましょうよ、っていう話なわけですよね。だから逆に言えば、いくらポータルができてくれたからと言って、そのポータルへわざわざ行かなきゃ見れないし検索できない、ではやっぱり困ると思うんですよね、だったら無くてもいいよって正直思っちゃう。
 それから、「学生などの若い世代に積極的に使ってもらえるようなアプローチを」というご指摘もあって、それでスマホ対応、それだけじゃなくアプリを積極的に出しなさい、と。そうかアプリか、正直自分はその感覚なかったなと思って反省しました。で、これも、そりゃもちろん10年経てばスマホもアプリも誰も使ってない可能性大なのに、そんな流行性のものに振り回されるようにコストかけるのどうなんだ、っていう説もわかるといえばわかるんですが、そういうことではなく、我々が資料情報を届けるユーザ層として”若い世代”というのは将来性のことを考えると充分に考慮する意味のある層だよね、と認めるのであれば、じゃあそのユーザ層が日常使うものはなんだろう、と考えたときにそれはスマホやアプリでしょう、ということになるんであって、それが、ユーザ・ファースト、ってことなんだろうなと思うんですね。
 なので、ユーザさんの動きというのは、気になるし気にすべきもので、受講者から指摘のあった、「欧米のユーザは、日本美術資料を参照するのに、資料の多い日本のサイトよりも、資料は貧弱でも英文の整備された大英博物館やメトロポリタン美術館のサイトを見ます」というのは、真摯に受け止めるべき話だな、と思いました。あと、Ukiyo-e.orgも。ていうか正直、あたしだって浮世絵探すときはUkiyo-e.orgのほうを見ます、ぜんぜん便利だもの。


●(5) 海外ユーザは、日本の味方
 ・「日本を世界に伝える架け橋になる」
  −海外の日本研究者
  −日本語を知らなくても、日本資料・情報を求めるユーザ
 ・「若者はデジタルでアクセスできないと、 日本研究から離れてしまう」
  →日本研究の“退潮傾向”
    これは日本自身にふりかかる問題

 で、なんでそんなにユーザ・ファースト、特に海外のユーザのことを言ってるのかといえば、まあ結局それが自分たち日本サイドの評価・アピールにかかってくるからということになりますよね。
 そして逆にそれができなければ、別の分野、例えば中国研究や韓国研究に若い世代が流れていく、という危惧もまた複数の人がおっしゃっていました。


●(6) デジタル格差が止まらない
 ・例:韓国国際交流財団の資金援助
 ・例:SOASデータベースリストにおける中国と日本の差
 ・例:ディスカバリーシステムで「枕草子」を検索すると、中国語資料が上位を占める
(飯野勝則. 「ウェブスケールディスカバリと日本語コンテンツをめぐる諸課題 : 海外における日本研究の支援を踏まえて」. 『カレントアウェアネス』. 2014.9,CA1827)

 にもかかわらず、その格差が埋まる気配がない、というのもまた↑に示している通りです。
 あと気になったのが「サーチエンジンで日本についての情報を検索すると、中国のサイトが上位にヒットする」という指摘ですね、これはなかなか日本にいると気づかないんですけど、どれくらいほんとなんでしょうか。もし本当なら、ディスカバリーシステムで起こってることと同じことが、Googleでも起こっているという、なかなか厳しい状況になりますが。


●(7) 交流・ネットワーク作りと海外アピール
 ・国際会議へ参加しよう (AAS、CEAL、EAJRS、EAJS等)
 ・ワークショップやパネルを開き、PRしよう
 ・国際的な雇用、インターン、在外勤務
 ・トレーニングの出前

 というような情報発信不足をできるだけ見える化する方向へ持っていくために、できるだけ外(海外)に出ましょう、という、交流、ネットワーク、アピールが大事という話ですが。
 「トレーニングの出前」って、このJALプロジェクトでも今回試行してましたし、または国会図書館さんやEAJRS/EAJSでもよくやってますけど、できれば、日本側がただ一方的に何かを教えに行くような「研修」なるものよりは、フラットなワークショップやパネルにして教え合う「情報交換」のほうがあらまほしいなって思いますね。
 これは英語/ローマ字化やポータル構築、あるいはこういう研修事業そのものなり、ワークショップやトークイベント、リンク集ひとつ作るだけでもそうだけど、できるだけ海外サイドの人にも議論・運営・開発に積極的に加担してもらって、で、研修そのもの事業そのものよりも、その”海外からも加担してもらってやいのやいのやる”過程のほうがよっぽど意義のある成果なんじゃないかな、って思いますね。自分が次に何かするときはそうしようって思います、まあそれには”マメさ”がいりそうでちょっと自信ないですが。


●(8) 「人」と「コラボ」
 ・「もっと日本人研究者と接する機会やネットワークがほしい」(サロマさん)
 ・人的情報(研究者、著作・成果)の オープン化・ポータル化・英語化
 ・資金/助成金/プロジェクト情報の オープン化・ポータル化・英語化
 ・企業からの資金調達による問題解決

 そういったことを踏まえると、受講者である日本美術研究者の人がおっしゃっていた、「もっと日本人研究者と接する機会やネットワークがほしい」という声がすごく切実に聞こえますね。
 という意味では、オープン化・ポータル化・英語化すべきなのは何も資料やコンテンツだけではない、研究者情報のような「人」の情報、助成プログラム情報や共同プロジェクト情報のような「コラボ」の情報も、またしかりなんだ、ということですね、このへんは図書館の文脈であまりちゃんと議論されること少ない気がしますが、今回あらためて気づかされた感じです。


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 というわけなんですが、さてさて、困りましたね。
 英語/ローマ字化が必要、オープンアクセスが必要、ポータルが必要、海外ユーザを知ることが必要、交流・ネットワーク作りが必要、コラボレーションが必要。
 どれも常日頃から繰り返し繰り返し言われていることばかりじゃないですか。何度目だと。何度目だナウシカと。無限ループかと。
 そのことをどう考えるについては、冒頭で申した通り「その3」に続く感じで。

posted by egamiday3 at 21:56| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月10日

#JAL2016 その1 : ワークショップ「日本美術の資料に関わる情報発信力の向上のための提言III」(海外日本美術資料専門家(司書)研修・2016)のメモ


 「JAL プロジェクト2016のご案内」
 http://www.momat.go.jp/am/visit/library/jal2016/

 海外で日本美術を担当している司書・研究者・キュレーターなどの専門家たちを、日本に招いて研修とワークショップをおこなう、という事業(通称「JALプロジェクト」)がありまして、2014、2015、そして今年2016が3年計画の最終年ということで、11月末から12月初旬の2週間くらいでおこなわれていました。

 (概要)
 ・文化庁の補助金による事業
 ・2014-2016の3年計画
 ・東京国立近代美術館さんがメイン
 ・今年の参加者は9人
 ・東京+関西の各種機関見学と、研修、グループワークなど

 その最終日におこなわれた公開ワークショップ(「日本美術の資料に関わる情報発信力の向上のための提言III」)が東京国立近代美術館(2016.12.9)でおこなわれまして、なにやらコメンテーターなるお役目を仰せつかったこともあり、わりとがっつりめに参加してきました、ていうのの記録です。

 たぶんですが、3部構成になる予定。

 JAL2016・その1 ワークショップの内容メモ
 JAL2016・その2 コメンテーターとしての自分のまとめとコメント
 JAL2016・その3 この類の研修とか提言とかそのものについて、自分なりに考えたこと

 以下、その1 ワークショップの内容メモです。
 前半にハイライトをまとめてあります、後半が生メモ全文です。

 (註)<e>はegamidayのコメントです。

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■egamidayなりのハイライト

西洋の研究者たちがよく利用する日本美術のデジタルアーカイブは、例えばニューヨークのメトロポリタン美術館やロンドンの大英博物館による日本美術作品のデジタルアーカイブ。海外の機関だから日本に比べて情報量は貧弱だが、それでも、日本語が読めない研究者にとって使いやすいデジタルアーカイブは、海外発のほう。
・例えばケンブリッジ大学など海外の機関で日本資料のデジタル画像を公開しているが、日本のユーザは日本資料を探すために海外サイトを見ることはないだろう。デジタルアーカイブのポータルがあれば、その可視化も可能になる。

・Korean Foundation(韓国国際交流財団)は、海外図書館でも韓国のデータベースや資料にアクセスできるよう経済的援助をおこなっている。(<e>詳しく知りたい)。
・ロンドン大学SOASのwebサイトに掲載されている、利用できる契約ものデータベースのリストを比べると、中国のデータベースと日本のデータベースではそのリストに約3倍の開きがある。
・(ディスカバリーシステムに限らず)ネットで日本情報を検索しても、中国のサイトがヒットする。

・日本研究・学習に何語の資料を使うかのアンケート@ルーマニア。英語が2/3(一番手に入りやすい)、ルーマニア語が1/3、日本語は1/6。ほぼ全員が「資料が手に入らない、足りない」が問題。手にとって調べられない、新しい本がない、日本語原書がない、英訳しかない、逆にルーマニア語翻訳がない。
・ブルガリア人はロシア語ができるので、ロシア語の日本関係図書を使うことができる、というアドバンテージがある。
・資金が問題。さらに、資金があっても買った本を置くスペースがない。収書のためのカタログ等の参考ツールがない。

・ソフィア大学で、バルカン半島日本語サマーキャンプ、国立民族学博物館での日本展示、子どもへの日本文化クラス、伊勢物語翻訳プロジェクト。これらのエネルギー源は、資金ではなく、学生の熱意であり、次の世代を育てることが重要
・学生になぜ日本語を勉強をしているのかを聞くと、就職とかそういうことではなく、文化を知ることで人間として豊かになれるから、という強い動機がある。日本に興味を持ってくれた学生を失いたくない。
・デジタル・ネイティブな若い世代には、スマホのアプリでの発信も重要
・特に若い世代の人々は自分の将来のことを考えると、デジタルが整備されるのを何年も待ってはいられない。当座の対応やつなぎでもいいから、”速さ”も必要
・谷口さん提言の「比較的早く着手できそうな課題」

・候補となる日本美術専門家を探し見つけて、招聘のためにアプローチをしても、参加してもらえなかった人・機関も多かった。(<e>費用全部持ちで、日本語条件を緩和して、参加を個別に働きかけても、こうであると。)
・セミナー(一方的に教える)、より、情報交換ワークショップ(対等に教え合う)。
・リンク集やツールなど、日本人だけで作るとガラパゴス化してしまう。海外の関係者の協力を得るべき。(<e>これはデジタルアーカイブ構築や研修事業等も、だろう)

・JACプロジェクト(Japan Art Catalog 日本の展示図録をアメリカ等の拠点図書館に寄贈し所蔵してもらうプロジェクト)について、当のアメリカのユーザにも知られていないおそれがある。(?)
・ピーターセンさんの著書(所蔵和古書目録)『Catalogue of Japanese Manuscripts and rare books』(2015)には、同じ本が早稲田のデジタルコレクションにあることなどを注記


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■生メモ全文

●基調報告(水谷長志)
・なぜこのJALプロジェクトを?について。図情大時代に、藤野先生のローマ国立中央図書館所蔵和古書カタログや北京日本学研究センター図書館支援などを経験。また、アメリカ滞在研修などが、企画の原点。
・目的5点。研修、日本側の理解、日本と受講者の交流、受講者間の交流、日本側が現状を再考する。
・1年目は、ほぼ日本人ばかりだったので予断・油断があった。
・2年目・3年目から、初対面同士でのグループワークを実施。

・3年間の総括。
・@日本美術専門家は、どこにいるのか?
・招聘候補者を探し発見するのが大変だった。(<e>ライブラリー? ミュージアム? ユニバーシティ? 東アジアくくり? オリエンタルくくり? 国は?)
・また候補を見つけても、招聘のためにアプローチをしたものの参加してもらえなかったところも多かった。(<e>費用全部持ちで、日本語条件を緩和して、参加を個別に働きかけても、こうであると。)
・A東アジア内で単独で日本担当というのは少なく、CJKくくりが主。その中でもJの相対的低下が目立つ。
・孔子学院・韓国国際交流財団(Korean Foundation)の積極的な支援活動に比べ、日本は特に政府・公的支援がジリ貧で、企業支援も大きくない。
・某大学の孔子学院看板のでかでかとしたこと・・・。
・B日本研究の低減化。
・北米大学では、特に学部生はネットワーク資源のアクセシビリティからCJK専攻を選ぶ傾向にある。画像のオープンアクセス、英文テキストがネットにあるかないかで、専攻を決める。
・デジタルの不備は結果として日本研究者を減らす。

●「ピッツバーグ大学でのJAL出張セミナー開講の試み」(谷口)
・JAL2016の一環として、実行委員のうち3名でピッツバーグ大学に出向き、そこで出張セミナー&ディスカッションを実施した。(ケーススタディであり、試みとして小規模に)
・これまでの参加者からの声「日本側が海外でセミナーをおこなってはどうか」による。
・また、JALプロジェクトは今後どうしていくのか、の模索でもある。
・セミナー+ディスカッション。講師・日本側3名、参加者・司書+博士課程学生(日本美術)計5名。
・北米学生はすでに紙媒体書籍をあまり使わなくなっており、書籍は郊外書庫へ。
・博士課程学生の研究内容はかなり専門分化が進んでいる。
・学生からの要望。画像のデジタル入手、展覧会カタログ、研究論文の公開、ポータルがほしい。
JACプロジェクト(Japan Art Catalog 日本の展示図録をアメリカ等の拠点図書館に寄贈し所蔵してもらうプロジェクト)について、当のアメリカのユーザにも知られていないおそれがある。(<e>? 本当ならかなり気になる話ではある。)

・課題の中でも、比較的早く着手できそうなものについて
・@(海外向け)日本美術研究のポータルの立ち上げ
・どこか、誰かがやったとして、その長期的な維持管理が課題。
・海外日本研究者と協力すること。日本人だけで作るとガラパゴス化してしまう。また、日本の日本美術研究と海外の日本美術研究に違いがある(美術研究と言うより、美術を通した社会文化文明の研究、等)。海外の日本美術関係者の協力を得るべき。(<e>これはおっしゃるとおり、日本研究リンクやツール作成、それだけでなくデジタルアーカイブやデータベース構築、支援活動や研修事業に、先方の協力を得ない手はないはず。)
・A日本美術及び日本学研究を専門とする大学教員、司書に対する定期的な情報提供。
・日本にとっての定番データベースが、なぜか学生に知られていない。理由は、大学教員が学生に教えないから。教えれば学生はそれを頼るようになる。なので、大学教員に情報提供するのが良いのでは、とのこと。
・B美術館出版物のリポジトリを立ち上げる。
・権利の都合でたとえ挿図がカットされていても、文章だけでもないよりはマシ。

・出張セミナーを終えて
・複数の大学や国でおこなわなければサンプルが少なすぎる。
セミナー(一方的に教える)、より、情報交換ワークショップ(対等に教え合う)のようなかたちがよいのでは。
・日本研究の空洞化問題に真剣に向き合う必要性がある。
・紀要だけでなく、商業誌のオンライン化が必要。
・「海外発信」における”戦略”がいる。発信自体が目的の安易な事業になってしまっていないか。そのためには国内者だけで検討せずに海外者と協力すべき。


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●●受講者たちの自己紹介+機関紹介

●マルタ・ボスコロ・マルチ/ヴェネツィア国立東洋美術館長
・北斎展2013、広重展2014など。
・アーカイブ15000点のうち、デジタル化が進んでいるのは3000弱くらい。
・700枚の一枚物、300の冊子を、2013年に赤間先生(立命館ARC)がデジタル化。
・2016年に日本文化に関する講演等の催しを16回やって、500人弱の参加者を得ている。

●メレッテ・ピーターセン/コペンハーゲン大学図書館司書
「日本における視覚資料と私」
・コペンハーゲン大学人文学部図書館の新しい建物内に、アジア図書館がある。
・NIAS Asia Portalはアジア研究のための北欧学術情報資源ポータルサイト。
・王立図書館のDigital National Library。日本関係のデジタル化資料は少ない。(多くがデンマーク・西洋のもの)
・ピーターセンさんの著書に、所蔵和古書目録あり。『Catalogue of Japanese Manuscripts and rare books』(2015)。詳細な解題にくわえて、たとえば同じ本が早稲田のデジタルコレクションにあることなどを注記(!)。
・編纂時によくつかったイメージデータベースのリスト。(<e>これが統合検索できたら、ってことだよね・・・)

●クリスティン・ウィリアムズ/ケンブリッジ大学図書館司書
「ケンブリッジ日本語コレクション」
・2016年からケンブリッジ大学図書館勤務。それまではボストン、ハーバード大学等。
・丸井グループの青井氏寄贈による青井パビリオンが本巻にある。
・本館青井パビリオンのほかに、アジア中近東学部図書館にも日本語資料あり(学部生用?)
・アジア中近東学部図書館の司書は、電子ジャーナル・データベースのリンク集を編纂。(webサイト「e-resource for Japanese Studies」)
・ケンブリッジ大学の本館には、日本文学の英訳と英語で書かれた日本研究書が、”納本”で収集される。
・今年の9月から学内ディカバリーシステムで日本語も検索可能になった。

●テロ・サロマ/北海道大学ヘルシンキ事務所副所長
・美術品だけでなく、美術品のストーリーに興味がある。
・ラムスデットコレクション(<e>要調査)
・「Tracing for uncatalogued Japanese artifacts in Finland」
http://eajrs.net/sites/default/files/uploads/salomaa_tero_16.pdf
・フィンランドにある日本美術品の所在、経緯履歴をまとめてデータベース化したい。その実現に向けて、今回のJAL研修でコネクションができた。

●ヴァレンティナ・フォルミサノ/ラファエレ・セレンターノ・アートギャラリー(ソレント)のキュレーター
・ナポリ東洋大学で日本近現代美術を専攻(イタリアの未来派芸術運動の日本への影響)
・東郷青児に関する新聞記事や雑誌等、イタリアの市立図書館にある資料で、日本とイタリアの芸術運動に関する関係がわかる。
・大原美術館に神原泰文庫として神原泰の資料あり。大原美術館の未来派に関する資料の収集について。
・2016年より現職。このアートギャラリーは日本美術の専門機関ではないが、今後は日本美術関連イベントを催して、日本文化交流につなげたい。

●グッド長橋広行/ピッツバーグ大学図書館司書
「ピッツバーグ大学図書館の日本美術コレクション」
・Barry Rosensteel Japanese Print Collection。
・デジタル化して公開したが、重複(日本公開済み)があとからみつかった。デジタル化作業が重複しないよう、日米での協力体制が必要。

●ウェイン・アンドリュー・クロザース/オーストラリア国立ビクトリア美術館(NGV) キュレーター
・NGV設立(1861)後まもなく、1880・1888にメルボルンで万博が開かれ、その日本美術展をきっかけとして収集が始まる。
・Hokusai Manga Multimedia。若い人にも人気な北斎漫画をデジタル化してタッチスクリーンで自由に閲覧できるようにした。
・タブレットで鎧(若い人に人気)を、360度+拡大+Xレイで見ることができる。
・2017年7月北斎展の予定。その後、大正昭和のモダニズム作品を収集・展示する予定。

●ゲルガナ・ペトコヴァ/ソフィア大学日本現代文化研究センター所長・准教授
・ソフィア大学は1888年創立。日本学専攻は1990年設立、修士博士課程まであり。
・美術品のコレクションはブルガリア国内には少ない。認知度も低い。が、日本文化への関心は高い。最近はポップカルチャーが人気。ソフィア大学の日本学専攻への希望者は150人いて、うち26人が入学できた。(<e>なんという高倍率)
・ソフィア大学現代日本研究センター、2016年に設立。
バルカン半島日本語サマーキャンプを、JF支援で、ソフィア大学が主催。バルカン半島地域の日本語を学ぶ学生たちが集まり、交流。
・2014年、ブルガリアの国立民族学博物館で日本学科との協力で日本関係の展示がおこなわれた。
・2014年から、子どもへの日本文化クラスが日本学科の協力で実施されている。
・伊勢物語翻訳プロジェクト。
・これらのプロジェクトをセンターでおこなうにあたって、もっとも重要なエネルギー源は、資金ではなくて、学生の熱意です。次の世代を育てることが重要。

●アウローラ・カネパーリ/国立キヨッソーネ日本美術館
・National Civil ServiceによるVolunteers。(<e>詳しく知りたい)
・イタリアにおける日本美術コレクションとしては最大。
・1年間のプロジェクトとして、ミュージアムコレクションのプロモーション。ガイドツアー、ギャラリートーク、子どもワークショップ。企画展の準備。
・International Digital Archiving Project (2016.8)


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●基調講演(フォクシェネアヌ・アンカ/ブカレスト大学教授)
「東欧における日本研究の情報・資料収集の問題 : 博士課程の事例を中心に」

・2016年11月日本語学科の学部3年生、修士、約30人を対象にアンケート調査。
・授業の調べ物は? インターネットが2/3、図書室が1/3
何語の資料を使う? 英語が2/3、一番手に入りやすい。ルーマニア語が1/3。日本語は1/6。
・困っていることは? ほぼ全員が「資料が手に入らない、足りない」。ルーマニアの中ではまず手に入らない。手にとって調べるということがまずできない、司書を通してリクエストして始めて手に取れる。新しい本がない。日本語原書がない、英訳しかない。逆に、ルーマニア語翻訳がない。買うと非常に高い。どれも大きな問題。

・東欧の日本研究概観
・2000年以降、修士・博士課程が整備されるようになってきた。
・ただしPhDのための指導者が足りない。(博士学位取得のためには、日本に行く?)
・資料が足りない。←→研究分野が限られる、という悪循環
・国を越えてコミュニティに参加すること(会議、協会への参加など)をあまりしていない。
・東欧でメジャーな研究分野は、日本語・言語学、文学・文学史、歴史・文化史。一部に、美術・芸術、宗教・思想、その他。経済や現代社会、ポップカルチャーはまだ少ない存在っぽい。
・スロベニアに、比較図書館学史(日本)という分野の講座があるらしい。(<e>要調査)
・メジャーな研究分野が、指導教官を左右し、博士課程学生のトピックを限定することになる。

・資料入手の問題。
・英語が中心で一番多い。日本語の資料は少ない。母国語も少ない。
・一般向けの本が多く、専門分野・学術書は少ない。
・日本について書かれている本も少なく、それが学問的なものはもっとすくない。なので、日本関連書を扱う本屋(Takumi)の品揃えも大学で学ぶ者の役に立つわけではない。
・図書館には、古い本しかない。
・日本大使館、JFブダペスト、大学内の日本語学科の小さい図書室、日本文化協会のようなところの図書室、などにあるという感じ。(大学学習向けとは限らない)
・ブルガリア人はロシア語ができるので、ロシア語の日本関係図書を使うことができる、というアドバンテージがある。

・司書の待遇・ステータスが低い。
・日本語学科の教員が図書室の管理をする。
・ヨーロッパ美術の専門家であるキュレーターが、片手間に日本美術を扱う。
・資金が問題。
・資金があっても買った本を置く場所がない。(スペースの問題)
・収書のための参考ツールがない(カタログ等)
・東欧の若い人たちのための研修(日本に行きたくても行きにくいので、東欧での実施を望む)

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●●グループ・プレゼン「日本美術の資料に関わる情報発信力の向上のための提言」

●グッド・ピーターセン・ボスコロ班
「日本から海外へ : 日本におけるデジタル化資料をいかにして外国人研究者に伝えるか」

・Googleからたどり着けるデータベースであってほしい。
・日本語以外のGoogleからアクセスが困難なものがある。(<e>? 要確認)

・英語・ローマ字での検索・表示が必須。それができないため日本資料の可視性が低い。全文・完全な英語化は無理でも、英文のアブストラクト・メタデータがほしい
・これらは他分野・他地域の(日本が専門ではない)研究者に有益。
・国文研の歴史的典籍事業では、英語あるいはローマ字での検索精度の向上やデータベースの多言語化について取り組まれている。(<e>要確認)
・CiNiiではローマ字/英語で検索ができる。(注:CiNii Articlesの英語画面でこの説明がされたが、これはレコード内にローマ字・英語データが含まれているものがヒットしていると思われる。CiNii Booksには「ローマ字をカナに変換」機能がある。)
西洋の研究者たちがよく利用する日本美術のデジタルアーカイブは、例えばニューヨークのメトロポリタン美術館やロンドンの大英博物館による日本美術作品のデジタルアーカイブ。海外の機関だから日本に比べて情報量は貧弱だが、それでも、日本語が読めない研究者にとって使いやすいデジタルアーカイブは、海外発のほう。
・例:Ukiyo-e.org なども非常に利用度が高い。日本からは江戸東京博物館、早稲田大学演劇博物館、立命館大学等が参加。(<e>正直、江上自身も浮世絵でまず使うのはUkiyo-e.orgのほう。こっちのがよっぽど探せる。)

・内部のみ・館内のみ公開のデータベースは困る。せめてメタデータだけでもいいからオープンアクセスにしてほしい。これについては、日本のユーザだって困るはず。
・統合検索システム(主要なポータル)が必要。散在しているDBの統合検索により効率よい検索ができるように。また、小規模な機関(自前でオープン化しがたい)の資料の可視化を高めることもできる。

・ICOM2019京都は日本のデジタルアーカイブを海外にプロモーションするいいきっかけになるのでは。こういうところで積極的に情報発信してほしい。
・AAS、CEAL、EAJRS、EAJSなどの国際会議に参加して、ブースで広報したり、ワークショップやパネルを開くなどしてほしい。(国文研は古典籍事業の説明会を複数回設けてくれた)
・AASなら、グッドさんが申請書の作成からお手伝いしてくれるそうです。


●サロマ・ペトコヴァ・フォルミサノ班
「アートは世界の遺産」

・海外の研究者も、日本の美術と図書館のデータベースにアクセスする必要がある。特に、大学に所属していない個人研究者はアクセスが難しい。
・海外からの資料・情報へのアクセスについて、韓国・中国は協力的。
・Korean Foundation(韓国国際交流財団)は、海外図書館でも韓国のデータベースや資料にアクセスできるよう経済的援助をおこなっている。(<e>詳しく知りたい)。
・ロンドン大学SOASのwebサイトに掲載されている、利用できる契約ものデータベースのリストを比べると、中国のデータベースと日本のデータベースではそのリストに約3倍の開きがある。
・著作権切れ資料はオープンアクセス化を。全文が無理でもメタデータ、アブストラクトの公開、またはリンクによる情報提供を。

もっと日本人研究者と直接コンタクトを持つ機会やネットワークが欲しい
・現在の研究は”共同研究”が重要。
研究者情報、研究者の著作・研究成果に関する情報。国際的プロジェクト、ワークショップに関する情報。日本にある美術作品の所在や展示のためのスポンサーに関する情報。これらが、オープンにかつ英語で探しやすくあってほしい。

将来への展開としての、若い世代へのアプローチ
・デジタル・ネイティブな若い世代は、スマホで日本資料にアクセスできないと、日本研究から離れてしまう(中国・韓国研究や、サブカルチャーへ転向)
・(スマホ対応という意味では)アプリでの発信も重要。くずし字アプリのようなものについて、美術品や美術文献アプリもあるとよい。
・立命館ARCでは学生をプロジェクトに参加させている。

・プラットフォームを集約してほしい。各機関のデータベースが散在していてバラバラで、様子がわからない。
・複雑なインタフェースの使用はユーザをあきらめさせる。ユーザフレンドリーなインタフェースにすれば、海外にも普及する。
・例:Tokyo Art Beat は、ポータルサイトとしての機能を持つ。

・フィードバックは大事。2015年のJALプロジェクトでのコメントがきっかけで、奈良国立博物館仏教美術資料研究センターのインターフェースが改善された、とのこと。(<e>要確認)

・Kahlil Gibran ハリール・ジブラーンの詩
 「On Children」(子どもについて)
 「あなたの子どもはあなたの子どもではない。
 子どもは「生命の渇望」の子どもである。
 子どもはあなたを通ってくるのであって あなたからくるのではない。
 子どもはあなたと共にあるが 子どもはあなたのものではない。」


●ウィリアムズ・カネパーリ・クロザース班
「日本の文化資源を広めるための協力」

・多くの研究機関のデータベースがまとめて検索できるようになってほしい。個別に検索しなければならない現状では、日本語ネイティブではない海外ユーザには壁になる。
・人間文化研究機構のnihuINT、NDLサーチなどのコンセプトがよいが、集約し切れていないので改善の余地あり。
・例えばケンブリッジ大学など海外の機関で日本資料のデジタル画像を公開しているが、日本のユーザは日本資料を探すために海外サイトを見ることはないだろう。ポータルサイトがあれば、その可視化も可能になる。
・そのために必要なのは、海外との連携・協力(例:メタデータの標準化など)。
・敷地内/来館者のみ、国内のみ、という問題。海外からもアクセス可能にしてください。

・日本語を知らないが、日本資料・情報を求めるユーザは、日本を世界に伝える架け橋になる。
・英語/ローマ字による検索・表示。ローマ字と英語の両方の表記があれば、日本語の苦手なユーザも、有用なキーワードが何かをさらに学ぶことができる。
・サムネイル画像の重要性。本や論文の表紙、画像そのもののサムネイル画像。これがあれば、日本語ができるできないにかかわらず、検索がスピーディーになる。
・<e>サムネイル画像は、羅列された情報を直感的/瞬間的に評価できるという意味で、日本人にも効果大。

・今回のJALプロジェクトでの研修が、学生時代にほしかった。若い学生にもニーズがあると思う。日本から海外に出向いてこのような研修を実施しに行ってみてはどうか。

・文化政策による公的資金は、どの国でも不足/削減の傾向にある。
・私企業や個人からの資金調達が必要になる。
・資料収集や、デジタル化事業について、私企業等からの資金調達を検討すべきだろう。


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●ディスカッション
・内閣府知的財産本部による、デジタルアーカイブのポータルの実現についての検討が進行中。
・国立博物館の統合検索システムも開発中。
・有料のe-resourceは情報がよく届くが、フリーのそれについて情報が来ない、という問題がある。
・学生になぜ日本語を勉強をしているのかを聞くと、就職とかそういうことではなく、文化を知ることで人間として豊かになれるから、という強い動機がある。日本に興味を持ってくれた学生を失いたくないんだ、と。
・解決に時間がかかるのはわかるが、一方で、特に若い世代の人々は自分の将来のことを考えると、そんなに何年も待ってはいられない。環境整備に時間がかかると見ると、あきらめざるを得ない。待たせるだけでなく、当座の対応やつなぎでもいいから、”速さ”も必要ではないか。
・その方法のひとつとして、JALプロジェクト受講生・関係者・来場者によるメーリングリストをつくって、情報交換をするのはどうか。
実行委員会で、提言内容の実施に向けての働きかけまでをするべきでは。
・日本でポータルができないのは、著作権のせいではないですよね、著作権ならイギリスのほうがもっと厳しいはずです。
・電子版でジャーナルを刊行してほしい。世界に共有してほしい。
・若い世代はネットの情報を頼りにしている。ところが(ディスカバリーシステムに限らず)ネットで日本情報を検索しても、中国のサイトがヒットする。たくさんヒットしてくれれば若い人に情報が届くようになる。
posted by egamiday3 at 18:56| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月13日

デジタルは持たぬが閲覧の役に立つ : 「文化資源のデジタルデータ流通に突きつけられた課題--国文学研究資料館のオープンデータ公開と永崎研宣氏による公開から考える」を読んだメモ


 ↓こちらの記事を拝読して、考えたこと、思ったことのメモ。
 メモなんで、いつも通り粗雑な思いつきレベルで、結論も特にないです。過度な期待はしないでください。

・笠間書院 kasamashoin ONLINE:文化資源のデジタルデータ流通に突きつけられた課題 ―国文学研究資料館のオープンデータ公開と永崎研宣氏による公開から考える[後藤 真(国立歴史民俗博物館 研究部准教授)]
 http://kasamashoin.jp/2016/11/post_3796.html

 一読してわかんなかったところは、↓過去の経緯をさかのぼって再読しました。知らぬは一時の恥だが参考文献リンクは役に立つ。

・「電子資料館から公開している画像データのうち、原資料の所蔵先が国文学研究資料館のものについては、「CC BY-SA 4.0 国際ライセンス」の条件で提供しています。」(2016年10月11日)
 国文学研究資料館 日本古典籍総合目録データベース  http://base1.nijl.ac.jp/~tkoten/
・Mirador 2.1 (IIIF対応ビューワ)リリース&日本の古典籍が登載! - digitalnagasakiのブログ
 http://digitalnagasaki.hatenablog.com/entry/2016/09/17/034714
・笠間書院 kasamashoin ONLINE:永ア研宣氏が、国文学研究資料館の館蔵和古書画像19451点の古典籍をIIIF対応に。Mirador 2.1 (IIIF対応ビューワ)をダウンロードして、それで見ると、従来より格段に見やすくなり非常に便利です!!!
 http://kasamashoin.jp/2016/10/post_3782.html

 そしてtwitter界隈のその後の反応がこちらにまとまっているという感じ。

・「文化資源のデジタルデータ流通に突きつけられた課題―国文学研究資料館のオープンデータ公開と永崎研宣氏による公開から考える」(後藤真・国立歴史民俗博物館)に寄せられた関連ツイートまとめ - Togetterまとめ
 http://togetter.com/li/1044603


 以上をふまえて、以下個人的につれづれに考えたこと。 

 一読して、まったくおっしゃる通りです、という感想。
 そして、いままでやってきたこととそんなに変わんないかな、という印象です。

 ごくごく端的にまとめると、
 文化資源「オープンになった!」
→外の人「デジタルは自分で持たぬが閲覧の役に立つブラウザつくった!」
→ユーザ「こっちのが見やすい!」
→所蔵元「あ・・・」
 の、「あ・・・」の部分を社会全体から引きの画で見てどう考えるか、かなっていう。

 ただ、IT(死語?)に弱い自分から見ると、どっちのインタフェースにたどりつくのも使い慣れるのも、結局慣れが必要な感じなので、あんま違いはないかな、という気はしました。気だけなんで、違うのが出ればまたころっと印象かわるんでしょうけど。そういった意味では、ITに弱い人のために所蔵元が、アクセスだけじゃなく閲覧環境も提供する、っていうのはいるよなと。

 で、その「あ・・・」の部分なんですけど、まとめで危惧の声もあってそれもある意味わかるんですけど、このブログは図書館馬鹿のブログなので図書館の話で言うと、紙の本の所蔵と提供についてはすでにそういうことをやってるわけですよね。
 これはどんな種類の図書館であろうとまたは大学共同利用機関であろうと、本・資料を共有してもらうために一時的にお預かりして提供している、という点ではいっしょだと思うんですけど、最終的に共有してもらうのが目的なんで、がんばってそれに専心してるっていうところはありますよね。大学共同利用機関の図書館として言えばそれは”相互利用”・ILLになるんじゃないかな、来館利用もそうなんだけど、やっぱ図書館間貸出の方法のほうが現実的じゃないですかね。うちとこの貸出件数をNACSIS-ILLで見ると、27年度が年間680件で第26位か、京大さん早稲田さんみたいな蔵書は持てないにしても共同利用機関としてはもうちょっとリクエストされたいですね、蔵書は少ないが役に立つって思われたい。うちとこみたいな辺鄙な山奥図書館は直接サービスに不向きなこと極まりない以上、どう共有してもらいますかというとどうしてもそうなります。
 そんな中で、現物貸出ができない古典籍の類については、デジタルでオープンでオンラインでヤフー!な感じにしていきましょうっていう流れなんだったら、じゃあそれは紙の本混じりで考えたらいままでやってたこととそんなに変わんないかなという。(なんでデジタルのあり方のことを紙混じりで考えてんだ、って思われるかもしんないけど、紙かデジタルかのメディアのちがいなんてそれこそ長い目で見れば誤差かなんかでしかないし)

 例えばわざわざよそさんに貸し出すっていうのは、自館に来てもらって自館内の閲覧机で物理的時間的環境的制約がある中でのみ使ってもらうのが不便だし忍びないから、っていうふうに考えたら、デジタルをオープンに公開するのは、自サイト内に来てもらうだけでは不便だし忍びないから、ってことにつながると思うんですけど、でもそれは決して、自館に来てもらうことを投げてるわけでも否定してるわけでもないです、実際、来館して現地で利用した方が都合がいいというような人は、遠隔地からでもわざわざおいでになりますから、それはそれでどうぞ、どうぞどうぞ、という感じです。
 それは普通の図書館さんでも同じだと思います、所蔵図書を、館内で読みたい人は読んでもらう、そのための机も環境もある程度はコストをかけて用意します、場所の維持はお金かかりますけどそれでもだいたいの図書館さんはやってる、でもそれも完全じゃないし、おうちや通勤電車内で読みたい人は借りてってもらったらいい、自宅で好きなようにマッシュアップしてくだすったらいい、それは自館から遠く離れますけど別にいいじゃんという感じで。大学における”図書館内での”ラーニングコモンズの整備なんかは、その逆走にあたる活動なのかなと思うんですけど、結局全学生が全時間ラーニングコモンズ使えるだけのリソースが館内にあるわけでもないので、やっぱり、どうぞ使いやすいところに持ってって使ってください、って資料を放出しているという意味では、永崎さんのやってることといっしょかなって思いました。(ていうか、それが「いっしょ」に見えるくらい遠くからいま見てます)
 例えば、うちとこは創設時に「所内に展示施設を持たず展示活動をおこなわない」方針でいこうってなったそうなんですけど、でも、あちこちに所蔵資料(主に妖怪&春画)をあちこちに貸し渡して展示施設に置いて展示してもらう、っていうことをしてますので、それもものすごくざっくりまとめれば似たようなもんだなと。

 ただ、古典籍資料の類のデジタルでオープンな公開のほうに目を戻したときに、その手の資料って、資料そのものやそのコンテンツだけではなくて、「現在の所在」もその資料の属性情報・来歴情報としてすごく重要で、それによって個体の識別とかをするわけなんで、いくらオープンに公開流通複製ばらまきされるとしたとしても所蔵機関情報はがっつりかつ正確に記されててもらわないとなって思います。後追いができないと意味がないので。
 で、それがちゃんと出てたら、結果として”存在感”はついてくる、かな、どうかな、そう願いたいという感じですが。
 ILL現物貸出でも、資料1点1点を相手一人一人に貸してる時には、それがうちとこ所蔵のものかどうかなんて借りたご本人には何の意味もないだろうし伝わってもないだろうなと思うんですけど、それが、年間でトータルこれだけとか、引きの画で見るたときに、あ、あのなんとかいう山奥図書館さんはこういった類のをちゃんと持っててちゃんと提供してんだね、ってのが可視化されるといいんだけどなあ、どうかなあ。そのあたりは”国文”とか”京都”みたいにキャッチーなワードが機関名に入ってないとなかなかわかりやすい”気付き”は世の中から得られないかもしれない。
 でもだったらその”気付き”がほしいんだったら、別の広報活動なりなんなりで相手の背中バンバン叩いて振り返ってもらうことでやらなきゃしょうがなくて、それは天の岩戸みたいにして気を引くのとはちがいますね。

 ふだんTwitterで「寄席に行く」みたいにしょっちゅう言ってたら「egamidayさんは落語の修行もしてるのか」みたいに問われて慌てて否定したんですけど、要は、司書/司書教諭の科目で教壇に立つコーギ活動を「寄席」って言ってるだけなんですけど、その寄席で、黒板にこういうのを書いて、
 【情報・思想---コンテンツ・著作---本・メディア---図書館---司書---サービス---ユーザ---社会】
 ユーザが必要としてるのは情報・思想やそのコンテンツ・著作のほうであって、図書館やサービスそのものを目的としてるわけじゃないから、「本・メディア」だけじゃなく「図書館--司書--サービス」のとこまでひっくるめてメディア(なかだち)なんだって、そのメディア部分をいかに短縮するか&保証するか、っていう考え方について、その寄席の演目が情報メディアの活用だったんでそういう噺をしたんですけど、そういう意味では、オープンにしたデータだろうがブラウザだろうが結果メディアでしかないし、そのひとつの所蔵機関が評判を得るとか存在感を保つというのも畢竟メディアの一ありさま、メディアとしての本務をまっとうするための一ステップであり、一ステップでしかないと言えばない。
 ないんだけど、ただ、世知辛いというかまあいまどきはそうだよなっていうのが、いまのご時世、時代の趨勢要請でいくと、その一ステップがとてつもなくでかくて否応無しに生殺与奪をあれしてくるみたいになってるので、懸念していかなきゃいけない。ってなったときに、オープンにした"だけ"では「スマッシュヒット」という便利な言葉で得られるくらいのものしか得られないだろうなので、それ以外の棒でも背中バンバン叩いてかなきゃしょうがないな。なんせ、オープンもIIIFもメディアでしかないんだったらそれは唯一解でも絶対解でもない、それ以外の棒を古いのでも新しいのでも振り回してかなきゃな、っていう。

 本当は「その棒とはなんだ」が主問題だと思うんですけど、それはもっともっと長期的な目で探したいなと思うので、とりあえずはそういうところまで考えました、っていうメモです。メモですって言って、逃げます。逃げるは(略)

posted by egamiday3 at 23:36| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする