2017年02月28日

近年の関連文献その他 #2017年の本棚の中のニッポン

 近年の関連文献その他で、総記的なのの、ざっくりした列挙。

 まず、最近の関連文献で、まとまったもの。

・・「(特集)外国から見た日本の専門図書館」. 『専門図書館』. 2014.11, 268.
・各国・各大学の日本研究・資料・図書館の様子、日本の学術図書館・専門図書館に望むことなど。
・イズミ・タイトラー. 「英国・欧州の日本研究図書館との関わりにおいて」. p.2-7. (イギリス・オックスフォード大学ボドリアン図書館附属日本研究図書館)
・バゼル山本登紀子. 「海外から見た日本の専門図書館 : 米国からも利用させてください。訪問を終えて思うこと」. p.8-14. (アメリカ・ハワイ大学マノア校図書館アジアコレクション部)
・マグヌスセン矢部直美. 「オスロ大学図書館より小規模国での日本学東アジア学支援」. p.15-21. (オスロ大学人文社会学図書館)
・蓮沼龍子. 「日本情報提供の最前線 : ドイツの日本専門図書館からの報告」. p.22-27. (国際交流基金ケルン日本文化会館図書館)

・・牧野泰子. 『日本古書通信』.
・2015年から2016年にかけて、元プリンストン大学日本研究司書の牧野泰子氏が記事を掲載。およそ半世紀にわたるアメリカでの日本研究司書としての活動の歴史をふりかえる。福田なをみ、甲斐美和ら日本研究司書の回想、NCCや日本研究司書研修開始時の様子など、アメリカにおける日本研究図書館と司書の歴史がわかる。
・「アメリカ図書館界に足跡を残した思い出の人々」. 2015.9, 80(9), p.2-5.
・「私が出会った在米日本語稀覯書たち」. 2015.11, 80(11), p.12-13.
・「私の駆け出し時代からテクニカルプロセス分科会時代まで」. 2015.12, 80(12), p.11-13.
・「北米全国日本雑誌総合目録作成と在米日本関係担当司書日本図書館視察旅行など」. 2016.1, 81(1), p.14-15.
・「フーヴァー会議前後」. 2016.2, 81(2), p.32-34.
・「ジュニアライブラリアンの為のワークショップとパブリックサーヴィス委員会結成まで」. 2016.3, 81(3), p.24-25.
・「日本研究・京都会議」. 2016.4, 81(4), p.20-22.
・「日本研究上級司書研修」. 2016.6, 81(6), p.15-17.
・「アメリカでの司書生活を振り返って」. 2016.8, 81(8), p.13-15.

・・「(特集)海外における日本研究への支援と図書館」. 『国立国会図書館月報』. 2016, 664/665.
・江上敏哲. 「「海外のユーザに日本資料・情報を届ける」ということ」. p.6-9.
・マルラ俊江. 「今なぜ、インターライブラリー・ローンなのか : 国立国会図書館主催「海外日本研究司書研修」に参加して」. p.10-14.
・総務部支部図書館・協力課. 「国立国会図書館の日本研究支援」. p.15-17.
・関西館図書館協力課. 「日本研究司書を支える研修の取り組み」. p.18-20.
・浜田久美子. 「海外の日本研究を知る : 英国・ドイツでの日本研究司書へのレファレンス研修を通じて」. p.21-24.


 次に、カレントアウェアネス&Eに掲載の、関連記事。

E1558 - 2014年CEAL年次大会・NCC公開会議<報告>
2014.04.24
http://current.ndl.go.jp/e1558

E1643 - JALプロジェクト2014:公開ワークショップ<報告>
2015.01.22
http://current.ndl.go.jp/e1643

E1671 - 2015年CEAL年次大会・NCC公開会議<報告>
2015.04.23
http://current.ndl.go.jp/e1671

E1728 - 英国・ドイツでの日本研究司書へのレファレンス研修を終えて
2015.10.29
http://current.ndl.go.jp/e1728

E1734 - 第26回日本資料専門家欧州協会(EAJRS)年次大会<報告>
2015.11.12
http://current.ndl.go.jp/e1734

CA1859 - 事例報告:北米の大学における日本古典籍の電子化事業 / 鈴木紗江子
2015年12月20日
http://current.ndl.go.jp/ca1859

E1862 - 第27回日本資料専門家欧州協会(EAJRS)年次大会<報告>
2016.11.24
http://current.ndl.go.jp/e1862

CA1885 - イェール大学図書館の日本資料コレクションに関する最近の研究動向 / 松谷有美子
2016年12月20日
http://current.ndl.go.jp/ca1885

E1881 - JALプロジェクトから得た3度の「提言」を考える
2017.02.09
http://current.ndl.go.jp/e1881


 イベント類(@日本)で、主なもの、というか自分が行ったもの。

・第14回図書館総合展フォーラム「クールジャパンから リアルジャパンへ」
2012年11月20日
主催:北米日本研究資料調整協議会(NCC)/図書館総合展運営委員会
第1部:ライブラリアンと語るわたくしの日本研究(ドナルド・キーン、エイミー・ハインリック)
第2部:リアルジャパンを世界に発信!クールジャパンを超える世界的MLAコラボレーションは可能か(ヨコタ=カーター啓子「北米での日本研究資料へのアクセスマップ」ほか)

・平成24年度「日本専門家ワークショップ」
2013年2月19・20日
@国際文化会館/国立国会図書館
1日目「日本専門家育成戦略会議」(非公開)
2日目シンポジウム「なぜ今、海外日本研究支援か?」(公開)
http://current.ndl.go.jp/e1408

・第1回EAJS日本会議
2013年9月28・29日
@京都大学
・第2回EAJS日本会議
2016年9月24・25日
@神戸大学

・シンポジウム「海外の日本研究に対して日本の図書館は何ができるのか」
2014年1月30日
@国立国会図書館
基調講演:「海外の日本研究と日本の図書館の役割 −北米、及び東南アジアの事例から」和田敦彦(早稲田大学教育・総合科学学術院教授)
パネルディスカッション:「海外の日本研究のために日本の図書館は何ができるのか」ウィリー・ヴァンデワラ(ルーヴェン・カトリック大学教授、EAJRS)、江上敏哲(国際日本文化研究センター)、篠崎まゆみ(オーストラリア国立図書館)、ジョ・ヘリン(韓国国立中央図書館)、マクヴェイ山田久仁子氏(ハーバード燕京図書館、NCC)
http://www.ndl.go.jp/jp/event/events/knssympo.html

・「MALUI Talk in Kyoto」
2015年6月7日
主催:近畿地区MALUI
テーマは”日本情報の海外発信”
https://kinkimalui.wordpress.com/maluitalk2015/

・第17回図書館総合展2015「海を渡る日本の学術書」
2015年11月12日
http://www.libraryfair.jp/forum/2015/1885
https://youtu.be/0ofZIN8J5kE
基調講演 : 野口幸生 コロンビア大学C.V.スター東亞図書館
パネリスト : 永ア研宣 人文情報学研究所
パネリスト : 田中政司 ネットアドバンス ビジネスセンター センター長
パネリスト : 井村寿人 勁草書房 代表取締役社長
コーディネーター : 橋元博樹 東京大学出版会営業局長


posted by egamiday3 at 19:46| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月30日

デジタルアーカイブの「Googleやさしい」は、実際どこまで効果ありなのか


 「Googleで検索したらヒットするようにする」、というのが、実際どこまで有効なんだろう、っていうのを、「外像データベース」というある事例をダシにしてちょっと考えてみた、っていう話です。

 なにかしらのデータベースやデジタルアーカイブの在り方について、あるいはもっと手広く情報発信というものについて、「Google(サーチエンジン)で検索したら、それがヒットするようになっててほしい」っていうのは、よく言われますし、自分自身もよく言うというかGoogleが世に出る前からそうなっててほしい派っていうまあモノグサ太郎で、日本情報発信のあり方についての議論をしてるようなところ(http://egamiday3.seesaa.net/article/444864713.html)でも毎回のように繰り言ととして出るし、某先生が某サーチ作るときのユーザインタビューでも「もうそれは言われなくてもわかってるから言うな」って言ったっていう都市伝説があるくらいに、ユーザ側のニーズとしては定番中の定番的な要件でしょう、まあこれは異論はない。実際にCiNiiさんがGoogleで検索したらヒットするようになった前と後のグラフ、みたいなんを見てもそれはわかる。

 えっと、こういう、「Googleのようなサーチエンジンで検索したらヒットするような在り方」のことを「Googleフレンドリー」とでも言うのかなと思ってたんですけど、なんかそれググったらSEO対策的な文脈ばっかり出てくるので、とりあえずこの記事では極私的にかつ仮になんですけど、「Googleやさしい」って言いますね。

 ていう言葉の定義に自信ないくらいに技術面に暗いんですけど、どういうのだとGoogleやさしくてどういうのだとGoogleやさしくないのかと。
 Googleやさしくないのは、いわゆる深層ウェブ的なやつで、サーチエンジンのロボットくんが巡回して索引集めをしに行けなくて(あるいは手渡ししてくれなくて)、そのサイトのその検索窓からそこのルール通りの方法で検索しないと情報が探せなくて、個々のレコードに固定のURLが配給されてなくて、っていうの。
 Googleやさしいのは、たぶんその逆で、個々のレコードに固定のURLが配給されてて、それがロボットくんの巡回OKになってて、だからそのサイトのその検索窓からでなくても、Googleで検索したらそのレコードを表示させるページに書いてあるテキストデータや画像データがヒットしてくれて、しかも同じ検索語で検索すれば(おおむね)同じレコードが同じURL先のものとしてヒットしてくれる、っていうの。
 これで合ってるかしら?

 で、データベースやデジタルアーカイブがGoogleやさしいになれば、アクセスも増えるしそのデータも見つかりやすくなり使われやすくなる、っていうことは、直感としてはそうだろうなとわかるし、一ユーザの無邪気な意見としても腹の底から同意するし、実際にCiNiiさんとかその他大手のデータベース・デジタルアーカイブさんの例を見ても確かにそうだとわかるんですけど。
 じゃあどんな種類のどんな規模のどんな造りのものでも、Googleやさしいにしさえすれば、圧倒的圧巻的に夢のようにアクセスが増えてそれさえ実現すればもう情報発信的にがっぽがっぽでうっはうはなんだろうか、いやがっぽがっぽのうっはうはは無いにしても、Googleやさしい化は実際どこまで効果があるものなんだろうか、っていうなんかこう、得体の知れない不審のかたまりみたいなのも一方では冷静になって感じてて、あ、そういえば、そのことを考えるのにちょうどいいデータベースが身近にあったな、って思ったんです。

 うちとこに、「外像データベース」っていう、画像のデジタルアーカイブ的なのがあります。

 外像データベース
 http://db.nichibun.ac.jp/ja/d/GAI/

 これが2015年7月にリニューアルして、GoogleやさしくないからGoogleやさしいになりました。
 Googleやさしいになったあと、これはまあ青汁なみの個人の感想ですが、あ、外像データベースの使われ具合が変わったな、と思いました。そのことをちょっと考えます。

 まずそもそも「外像データベース」とはなんぞや、なんですが。
 うちとこ、すなわち国際日本文化研究センターは「海外における日本研究を支援する」というのを大きな柱にしているセンターです。
 その図書館において、できるだけ収集しようと力を入れているのが、「外国語で/外国人によって書かれた、日本に関する/日本を研究した本」の類です。これをうちとこでは「外書」と呼びならわしています。その定義で言えば、イエズス会の宣教師が日本について書いた報告書も、ケンペルやシーボルトも、御雇外国人の見聞録も、貿易摩擦やクールジャパンや領土問題の研究書も、まあそうだなっていうあれなんですけど、それらのテキストをもって「海外において日本がどう見られ/研究されてきたか」を描く、という感じです。
 で、その中でも特に、幕末・明治期の外書、そのころ欧米地域から西洋人がたくさん日本に渡航してきて、いろんな人が旅行記・見聞録の類を書いて出版したりしてましたけど、そのころの外書の中に収録されている挿画、版画とかスケッチとか古写真の類でもって日本の風景や人物や事物・風俗がいろいろと描かれている、その外書内の挿画を「外像」=「外国人の目からとらえた日本の姿」として、ピックアップし、ひとつの大きな画像データベースにした、というのが「外像データベース」です。
 こんなのとか、こんなのです。
 http://db.nichibun.ac.jp/ja/d/GAI/info/GM128/item/005/
 http://db.nichibun.ac.jp/ja/d/GAI/info/GH095/item/048/
 http://db.nichibun.ac.jp/ja/d/GAI/info/GQ012/item/035/
 これが、海外において日本がこう見られていた姿である、ていう解釈で集積してってるわけですが、最終更新日が2009年でそれ以降は増えてないんですけど、いまのところ画像点数が約57000ですから、結構大きいといえば大きいと思います。なんせ書籍の挿画を端からピックアップしてって全部載せした、みたいな、ある種雑駁な、でもそれが6万弱の大量あるからこその味が出てる、ていう感じのやつだと思ってください。

 外像データベース誕生の発端は、1987年にさかのぼります。これは、うちとこの創設年でもあります。
 そもそもうちとこですが、「海外における日本研究を支援する」「外書を収集する」のほかに「映像(ビジュアル)資料を重点的に収集する」という柱も一本、創設時点からあったそうで、当時の新興機関としてよそさんにないユニークさを出していこう、それには、(当時は)まともな大学図書館が集めもしないような画像、写真、動画、音声あたりが攻め処じゃないか、的な。しかも、高尚なアートというよりは、生活風俗的な。あと、やたらと地図があるのもビジュアル志向の一環っていう。
 もうひとつが、そうやって収集したビジュアルな資料を「データベース化して公開していく」という方針。そんなのを創設初期から、ていうか1987年当時に構想してたんだなって思うと、なかなかグッと来るものがありますけど、まあでもたぶんその頃はよその大学さんや民博さんなんかもそんな気炎だったんでしょう。
 そんなこんなで、1992年に大型計算機が導入されて、からの、外像データベース構築なんですけど、具体的には1991年や1993年当時の下記のドキュメントがあります。
・白幡洋三郎,園田英弘,小野芳彦. 「外像(外国人の見た日本イメージ)のデータベース化」. 『人文科学とコンピュータ』. 1991, 9(5). 
・白幡洋三郎,小野芳彦. 「日文研における外像データベースの構築」. 『情報の科学と技術』. 1993, 43(7), p.628-636.
 これは細かい話になりますけど、一応記録として。外像として考えられるのは、(1)外書に掲載されている挿画(版画、スケッチ、古写真)。(2)外国人が撮影・収集した写真、ポスター、絵ハガキ類。(3)外国人が撮影・編集したフィルム、ビデオ。の3種。そのうちいまの「外像データベース」は、外書中の挿画を整理分類してデータベース化するという、(1)に焦点をあてたかたちになります。しかも(1)の中でも幕末・明治期、1850年代から1900年くらいまでにかけて(日本における写真の伝来・普及の時代)を対象にしていて、それらをさらに分類すると、(1)日本の絵、版画をそのまま載せたもの。(2)日本の絵、版画を模写・加工したもの。(3)外国人が直接日本を見てスケッチしたもの(ハイネ(ペリー艦隊の記録画家)、ワーグマン(絵入りロンドンニュース特派員)、モースなど)。(4)写真、または写真を銅版に彫ったもの(ベアトなど)。(5)まったくの想像を描いたもの。
 「(5)まったくの想像」は近世には結構多かったんだけど、幕末以降も無いわけじゃないし、むしろその想像や誤解にこそ、「海外における日本のイメージ」が描かれるというか探り出せるという。まあ、イメージ資料によるイメージ理解をはかろう、っていう趣旨の画像データベースだと思うんで、それはもちろん重要ですよねって思います。
 想像や誤解、という意味では「キャプション」も重要で、ありがたいことに書籍中の挿画っていうのには多くの場合このキャプションがついててくれてて、これが生写真資料の整理・理解のしにくさとはずいぶんと違うところなんだろうなっていうのは、このデータベースをブラウジングしててあらためておもいますね。そしてここにも相応の誤解やズレがあって、イメージ理解につながるという。

 というわけでこの外像データベースには、丁寧に「キャプション」がデータとして入力されてて、これがのちほど問題のひとつになります。

 さて、Googleやさしい・やさしくないの話に戻りますが。

 この「外像データベース」は、2015年まではGoogleやさしいではありませんでした。どれくらいやさしくなかったかというと、まず申請を送って利用登録をしなければならない、IDとパスワードを得てログインしなければならない、で、ログインしなきゃいけない時点でGoogleやさしくないんですけど、さらにその後のデータベースのつくりとしても、固定URLが付与されていませんでした。キーワード検索機能はありましたが、検索結果のページ固定URLがないと、めざすレコードを保存・共有する術がないから面倒と言えば面倒ですし、あとから同じもの探せないし。
 ちょうど、下記のデータベースが、リニューアル前の外像データベースと同じ感じです。
 http://www.nichibun.ac.jp/cgi-bin/00009.pl

 この外像データベースがなんやかんやあって、2015年7月にリニューアルされました。
 キーワードの検索窓の提供その他は従来通りではあるんですけど、まず登録制を廃してログインを不要にしました、カレントアウェアネスさんにはこれを以て「一般公開」と紹介されてます(http://current.ndl.go.jp/node/28941)。それから、個々のレコードに固定のURLが付いてくれるようになりました。
 で、結果としてGoogleやさしいになってる、っていう感じです。
 例えば、「濤川惣助」でGoogle画像検索すると、トップに下記の画像が並ぶ、という具合になってます。(あくまで当日・私の使ってるGoogleで、の話ですが)
 http://db.nichibun.ac.jp/ja/d/GAI/info/GM019/item/001/
 namikawa.png
 なぜ「濤川惣助」を例に出したかっていうと、最近赤坂の迎賓館関連でちょくちょくテレビ局さんからお呼びがかかってたから、というあれなんですけど。

 で、えーとなんだっけ、Googleやさしいにすればどれだけ効果あるのか、っていう話でしたね。
 どれだけ効果あるかないかを考えようっていう時に、じゃあ何を見ましょうかっていう話なんですけど。こういうとき、アクセス統計を見ましょうっていう話になりがちじゃないですか、でも、それってどうなんでしょう。だって、Googleやさしいになればアクセス件数なんかどう逆立ちしたって上がるに決まってるじゃないですか。でも、それをもって、はい効果ありました、よかったね、おほほ、っていうのが不審だよ、ていうところから始まってるわけで、それだと図書館の入館者数や貸出冊数でもってその効果を評価しますよ、って言ってるのとあんまかわんない。もっと具体的にというか質的寄りに、なるほど効果出てるなって思いたいわけで。
 でもじゃあ何を見るんですか、っていうときに、自分が現場で勤めてて、あれ、あきらかに外像データベースさんの扱われ具合が変わったなあ、と気付いたのが、「出版物・映像等への掲載件数」です。
 というわけで、それを数字にしてみましたっていう下記をごらんください。

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 ●外像データベース収録画像の出版物・映像等への掲載件数
 2013年  1件
 2014年  3件
 2015年  0件
 2016年 37件
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 書籍に、論文に、新聞やニュース映像に、あるいはパネル展示や試験問題やクイズ番組や池上さんだの林先生だの解説やに、うちとこの外像データベース内の画像が使われました、っていうその件数を年間ごとにまとめました。
 それが、2015年7月のリニューアルから半年経って、あたしはよくわかんないですけどGoogleさんとこのロボット君が巡回するのにそんくらいかかったっていうことなのかな、2016年以降こうなりました、と。うん、まあこれだけ際立ってりゃそりゃ気付くでしょう、っていう。年に1-2回あるかないかが、週に1回弱のペースになってますから。端的な言い方をすれば、おっ、外像データベースやっと見つかったな、という感じ。
 念のため、これは件数です、画像点数ではないです、画像点数にすると1件の掲載に10点とか100点とかなって数字がくちゃってなっちゃうので、件数にしました。あと、これはうちとこに「これこれに使います」って連絡が来たあるいは「マスターください」って申請が来た件数なので、もちろんそれなしで使ってる件については把握外ですが、把握している範囲の件数でも傾向を知るにはこれで充分じゃないかなって思います。

 というわけで、うん、効果出ました。
 Googleやさしいにすれば効果あるんですよ。

 って、思うじゃないですか。ていうかそういう話を某所で言おうと思ってこれ調べてたんですよ。

 ところがです。
 うちとこの画像データベースにもいろいろあって(数十が乱立してる、いまわりと界隈で叩かれがちなタイプのやつですが)、そのひとつに「古写真データベース」というのがあります。同じく幕末明治期のモノクロ写真に手彩色をしたタイプの古写真を、全部撮影してデータベース化しましたっていうやつ。

 古写真データベース
 db.nichibun.ac.jp/ja/d/KSA

 なんと見た目そっくりなこの古写真データベースも、実は外像データベースとほぼ同じタイミングで、2015年7月にリニューアル公開し、その結果GoogleやさしくないからGoogleやさしいになりました。黙っててごめんなさい、外像はソロじゃなくてコンビだったんです。R-1じゃなくてM-1です。
 じゃあ、その相方の古写真データベースもリニューアル後の掲載件数さぞかし増えたんでしょうね、って思うじゃないですか。

 実際はこちらです。

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 ●出版物・映像等への掲載件数
 2013年 外像: 1件 古写真: 10件
 2014年 外像: 3件 古写真: 13件
 2015年 外像: 0件 古写真: 10件
 2016年 外像: 37件 古写真: 16件
-----------------------------------------------------
 ・・・え、やだ、なにこれ怖い。
 古写真データベースについて言えば、Googleやさしいになる前もなった後も、月1かそれに毛が生えたくらいかな、っていうくらいでほぼ横ばいでしかないっていう。これは、Googleやさしい効果があり?なし?で言えば、うーん、「ありとは言えない」だな、っていう。
 これ見てどう言ったらいいんだろう、こう言ったらいいのかな。

 Googleやさしい化は効果が出る可能性がある。
 但し、Googleやさしい化さえすれば効果が出るというわけではない。


 じゃあ、一見コンビに見えてたこのふたつのデータベースの、いったい何がちがってたんだろう、てなるじゃないですか、別にどっちがボケでどっちがツッコミっていう役割持ってたわけじゃないから。ほぼ同じタイミングで、ほぼ同じ構造のwebサイトで、扱ってるコンテンツもだいたい同じ時代の似たような感じの資料で、そもそも個別のデータベースに分けてあること自体が不自然といえば不自然なくらいの、ぐりとぐらみたいな。
 でも、ぱっと見で、あきらかにわかる大きな違いがひとつあって。

外像データベースの例
http://db.nichibun.ac.jp/ja/d/GAI/info/GL001/item/099/
外像四条.png

古写真データベースの例
http://db.nichibun.ac.jp/ja/d/KSA/info/YA058/item/042/
古写真四条.png

 メタデータというかディスクリプションのリッチさ、です。
 そりゃそうですよね、Googleやさしいになって何がヒットしてるかっていうと、別にデータベースのトップページが見つかりやすくなったからじゃない、固定URLを持つ個々のページのテキストデータがロボットくんに採取されてそれがダイレクトにヒットしてるわけだから、そこに書かれているメタデータやディスクリプションがリッチであればあるほどヒットしやすく見つかりやすくそして使われやすいのは、当然と言えば当然っていう。

 古写真データベースに収録されている古写真は、「横浜アルバム」と呼ばれるものを撮影しています。これは、幕末明治期のモノクロ写真に手彩色したものを、アルバム帖に貼り混ぜて、お土産として来日した西洋人なんかに売ってたっていうやつです。アルバムなんで、まず書名なんかありませんし書誌データはほぼ採られません。各写真のキャプションも、皆無か、あっても隅っこに極々小さく簡単なローマ字表記があるだけです。で、この古写真データベースを作成するときに、その極小なローマ字表記くらいしか入力できてない。一部頑張って、キャプション皆無なのに入力者が[ ]補記で「中禅寺湖?」とか書いてるのもあるんだけど、まあギリギリくらいな感じなので、実を言うとこのデータベースって残念ながら、基本探せないんですね。だからあたし自身もこのデータベースの画像に問い合わせあったときはめちゃめちゃ苦労してました、いまでこそ固定URL付いてくれてたからいいけど、それすらなかった時はそれこそ端から全枚見ていくぐらいの勢い。上の古写真データベースなんか、見てください、「YOJIO, KIOTO」としか書いてない。入力者が頑張って「YOJO, KYOTO」まで補記してくれてますけど、「YOJO」で、四条河原の川床の芸者の写真探してる人がここまでたどり着けるの奇跡でしかない。

 一方で外像データベースの方は、書籍に掲載されている挿画ですから、まず書名その他の収録書籍の書誌データがあり、なおかつ挿画にキャプションがついています。簡単なものもあれば、かなりがっつり書き込んでくれているものまである。先述のようにもちろん誤解や誤り含みではあるものの、これをデータベース作成時に丁寧に入力してあるわけです。しかも、ですが、この外像は「外書」、すなわち西洋の言語で書かれた書籍から採っていますから、書名もキャプションも当然英語なりの西洋言語なんですけど、このデータベースはその書名・キャプションをすべて和訳した上で日本語(翻訳)/英語(原語)の両方を入力してあるんですね。
 ですから、↓この人物画像も、原典には「S. Namikawa, inventor of cloisonne without wires」としか書いてないんですけど、日本人が日本語で「濤川惣助」や「無線七宝」でGoogle検索してめでたくヒットする、っていう。
 http://db.nichibun.ac.jp/ja/d/GAI/info/GM019/item/001/
 namikawa.png

 これは特にGoogleやさしい化した暁にはかなり効果抜群じゃないかって、思えるんですね。
 じゃあこう言いましょうか。
 リッチなメタデータは効果がある。

 いや、言いたいんですけど、私はこれはちょっと保留にしたいと思います。
 リッチなメタデータは効果が出る可能性がある、くらいに。

 ひとつには、これがわかんなくてしかもやばいんですけど、「海外からの利用・問い合わせがほとんどない」、ということです。
 海外の日本研究関係者の要望の定番には、Googleやさしい化と同等かそれ以上に、ローマ字・英文のメタデータを入れてくれ、というのがあります(再び、http://egamiday3.seesaa.net/article/444864713.html)。で、先述のように、かつ見ていただいてわかるように、外像データベースの原典書籍は洋書であり、採用した書名書誌もキャプションも英文その他の西洋言語です。だったらそれを見つけた海外の人から、出版物に掲載する旨の連絡、そうでなくても問い合わせなり来るんじゃないかって思うんんですけど、それが来ない。
 これ、地味に愕然というか途方に暮れますね、英文記述たっぷりのデータベースを、Google検索でヒットするようにして、結果、海外ユーザからの反応が来ない、っていう。どうしたらいいんだ、っていう。
 考えられる理由はいくつかあって、資料自体が必要とされてない(それ言ったらもう終わり)、連絡問い合わせなしで自由に使ってる(ならめでたい話ですが、実際にはあちらでは日本以上にその事前確認をつぶさにシビアにしはる習わしみたいなので、これも不審)、海外ユーザが使うGoogleの言語設定が影響してる(あーありそう)、のほかに、多分大きいのが、それについて問い合わせしようとする時にハードルが高い。そうですよね、連絡先見つけようと思ったらだいぶwebサイトうろうろしなきゃいけないので、日本リテラシーの高低がそこで影響するっていう。
 ってなると、海外ユーザへのケアや反応の受け取りまで考えるなら、単にGoogleやさしい化・英語化・ローマ字化してほっぽり出すだけではなくて、周辺環境の整備もしておかないといけない。
 ただこれは、国別アクセス統計なりとかと組み合わせて総合的に判断しないと、メタデータのリッチ化・英語化に効果があるのかないのかはまだ何とも言えないな、という感じなので、まだ保留です。

 もうひとつの保留の理由なんですけど、じゃあメタデータの貧弱なほうの古写真データベースはどうなんだっていう話で、数字を再掲しますけど。

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 ●出版物・映像等への掲載件数
 2013年 外像: 1件 古写真: 10件
 2014年 外像: 3件 古写真: 13件
 2015年 外像: 0件 古写真: 10件
 2016年 外像: 37件 古写真: 16件
-----------------------------------------------------
 Googleでヒットできるメタデータやディスクリプションが少ないから、Googleやさしい化しても利用増えない、これはわかります。ところが、そもそもじゃあ、メタデータも貧弱でGoogleやさしい化もしてなかった2015年以前から、古写真がコンスタントに掲載利用されてたのは、いったいどういう理由なんだ、っていう話です。Googleやさしいなんかしなくても10件程度は使われてるじゃん、っていう。
 これを今頃言うのはずるいかもですけど、外像データベースの収録点数が6万点近いのに比べて、古写真データベースは5500行かないくらい、10倍の差があるんで、言っちゃうと古写真データベースのほうがよっぽど使われてる説もあるんですよね、それってどういうあれなんだっていう。
 「その画像/資料の存在をどうやって知ったか」問題。

 これについては、数字で示すことできないんですけど、多分これだなって心当たりはあって、例えば外像データベースのほうについて、「これこれに掲載したいんです、使いたいんです」的な連絡が来るじゃないですか、その応対で電話口で話をしたりメールで軽くやりとりしたりしてると、あ、この人、Googleで適当に検索して見つけはったんやな、っていうのが言葉の端々からふんわりとわかるんですね。外像データベースというものがあってそこから入って見つけた、的なことでもなく、ましてやこれこれという19世紀西洋の書籍にそれが載ってるという文脈をわかってる風でもなく、ただただ、濤川惣助や中禅寺湖のようなキーワードだけでこの画像の単片にたどりついて、断片的に話してはるな、っていう。
 一方じゃあ古写真データベースの画像について問い合わせてくる人はどうかというと、だいたいにおいて「〇〇という本に載ってたこの画像を自分も使いたい」「ネットのこのページに載ってたのを見て知った」というパターンです。Googleヒットどころか、それがうちの古写真データベースというものに載ってるということすら知らず、全然別ルートとして、どこか別のところで具体的な何かしらの使われ方・紹介され方・文脈付与され方をされてるのを見て、そこに「国際日本文化研究センター所蔵」って書いてあったから、その存在をご存知になった、という。

 なので、かどうか、年間10数件ある古写真の掲載利用ですけど、実はまあまあ同じ画像がかぶってたりしますね。
 よく使われるのがこちら。

 http://db.nichibun.ac.jp/ja/d/GAI/info/GJ008/item/009/
 奥平.jpg

 このお侍の写真が、wikipediaの「奥平昌邁」の項に上がってる(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A5%A5%E5%B9%B3%E6%98%8C%E9%82%81)もんですから、そこ経由でいくつかの書籍にこの写真が掲載され、さらにその書籍経由でいくつかのテレビ番組に使用され、みたいになってます。ただ、よくわかんないんですけど、うちとこの原資料である横浜アルバムにはこれが奥平昌邁さんだよなんてことはひと言も書いてなくて、本人かどうかなんてこと当のこっちサイドとしては何の明言もできないんですけど、にもかかわらず、誰かがwikipediaにこれ載せてしまってるが故にいくつもの書籍やテレビ番組で「彼は奥平昌邁です」みたいな言われ方しちゃってて、あたしはその連絡が来る度に「うちとこの原資料には誰それとも書いてませんよ」ってアラートを告げるんですけど、まあ、実際どうなんですかね、いまとなってはもはやネットだけじゃなく書籍ベースで定着しちゃって抗いようもなく、そういうものであるとして下手すりゃそのうち権威ある参考図書なんかに載っちゃいかねないんだろうな、というふうに寒々しく見てます。

 同じく、よく使われる代表。

 http://db.nichibun.ac.jp/ja/d/KSA/info/YA027/item/036/
三条川床.jpeg

 これなんかは毎年初夏の頃になると、京都・鴨川に床が出ました、ところで床の歴史ですが、みたいな感じでそこここで紹介してくれてはります。その多くが、どこそこの雑誌で、パンフで、webページで見たから、それ自分たちも使いたい、っていう方のルートです。これをGoogle画像検索なんかすると山のようにヒットします。
 そして、元をたどればなんですが、そもそもこの古写真データベース収載の画像の中でも特に京都関連のやつは、うちとこの先生の手によって下記の書籍でがっつり紹介されてるんですね。

 白幡洋三郎. 『京都百年パノラマ館 : 写真集成』. 淡交社, 1992.
 白幡洋三郎. 『幕末・維新彩色の京都』. 京都新聞出版センター, 2004.

 これがそもそものきっかけで随所で使われ、使われたのを見た人によって使われ、なので、古写真データベースに掲載利用のお座敷がかかる画像っていうのは、そのほとんどが京都関連のものだったりします。

 やっぱりあれですね、資料にしろ写真にしろ、ただある、見れる、っていうそれ単体を目の前にしたところで、それをどう使ったらいいか、どういう文脈の中で紹介したらいいか、っていうのをゼロから自分の手と頭で構築していくのって、それなりの専門家でない限りなかなかコストのかかる面倒ごとだと思うんですけど、それが、すでにどこかで誰か別の人がとある事例付きで、とある文脈中で、実際に掲載・紹介してくれてるっていう実例を目にすれば、あ、この資料・画像ってこういう意味合いのものなのね、そしてこうやって使えばいいのね、なるほどなるほど、じゃあ自分も、ってなるから結構いいショートカットになりますよね、それが利用のハードルを下げる、っていう。
 そういった意味では、データベースってデータのベースであり、デジタルアーカイブはアーカイブであって、そこにストーリーがあるわけではなく、でもストーリーがないと人には届きづらい、っていうことかなあと思います。

 こういうふうに、どこそこで具体的に使われてたのを見てその存在を知った、ていうパターンの人が、決して数多くはないとは言え、Googleやさしい化してるかどうかという要素とも、メタデータがリッチかどうかという要素とも、拮抗するか下手したら乗り越えてるんじゃないかっていう様相を見せてる、っていうのがあって、例えば上記の「外像データベースの例」と「古写真データベースの例」、どちらも同じ四条河原の川床と芸妓の写真、これも再掲しますけど。

外像データベースの例
http://db.nichibun.ac.jp/ja/d/GAI/info/GL001/item/099/
外像四条.png

古写真データベースの例
http://db.nichibun.ac.jp/ja/d/KSA/info/YA058/item/042/
古写真四条.png

 メタデータもリッチでGoogleやさしい化され済みの外像データベースの方の写真(上)は掲載利用の連絡が来たことはありませんが、検索のしようもないメタデータしかない、見つけるのが奇跡の星のような古写真(下)のほうは、これ、Googleやさしい化される以前に何件かの掲載利用実績がありまして、これも、先述の古写真紹介本のおかげなんです。
 奇跡はGoogle経由ではなく、紙の本発信で起こってた、っていう。

 という実際を受けて、こういうふうに言えるかなって。

 具体的な実例・紹介が示されていれば、データベースやデジタルアーカイブのあり方とは関わり無く、効果が出る可能性がある。

 なんかこう、アナログ方面に話の水が引っぱられてきてて、なんかずるいなって思われるかもしれませんが、ひとつのヒントにはなると思います。

 で、アナログついでで申し訳ないですが、結局は中身だろう、っていう話もあって。
 ここで、外像・古写真以外のうちとこのデータベース類全体の中から、人気引く手あまたであちこちからお座敷のかかる、掲載利用四天王をご紹介しますと。

-----------------------------------------------------
 ●各種データベース別の、収録画像の出版物・映像等への掲載件数(2016年)
 古地図  85件
 怪異妖怪 74件
 名所図会 71件
 艶本   54件
 ---------
 外像   38件
 古写真  16件
-----------------------------------------------------
 なんていうんですかね、結局は妖怪・春画かよっていう敗北感はあります、どちらも件数ではおとなしいですが、実は画像点数(枚数)でいくと妖怪300・艶本400で圧倒的なもんで。
 ちなみに四天王のうちの古地図・名所・妖怪の3つがGoogleやさしいです、これをもってGoogleやさしいは効果ありでフィニッシュです、でも全然かまわないっちゃかまわないんですけど、ただ四天王の覆面大ボスこと艶本データベースはいまでも利用登録&ログインしないと使えませんし、メタデータもさほど整備されていません。でもこれだけ件数あるんで、なんていうんですかね、エロは深層webを越えるなんてこと言うのも癪に障るので、「資料・コンテンツそのものの魅力の有無が重要」という無理くりな一般化をさせておくことにします。

 光明があるとするなら、Googleやさしい化した外像データベースが、ほぼゼロ件から四天王の背中が見える位置までのし上がってきた、というところでしょうか。
 うん、やっぱり、Googleやさしいはしないよりもしておいた方がいいわ、って感じですね。
 だいぶ荒っぽく考えましたが、いまのところはそんな感じです。 

posted by egamiday3 at 19:30| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月10日

201611it イタリア・シチリア旅 3日目その1「まだ朝8時ですが、ここで1記事として区切っていい」

 おはようございます。3日目の朝です。
 早朝目が覚めて2時間くらい仕事してました。

 朝食を8時くらいに指定してあったので、その前にちょっと朝の散歩にでも出ようかなと思いました。がらの悪さが気になる街ではあったのですが、宿のマダムさんが昨晩観光地図を囲んでレクチャーしてくれたことには、「朝はこの道をこう海のほうへ行くといいよ」とおっしゃるんだけど、ほんまかいな、自分のリスニング違いちゃうか、と半信半疑でふらふら歩いていったら、海辺の様子がこれ、っていう。

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 実にすがすがしい浜辺の朝日、すっかり晴れ渡ってるし、ありがたい。
 ていうかさすがマダムさん、実にいいナビをしてくださったなと。

 最初まだ薄暗めだったのが、陽が徐々に昇ってきて、パレルモの古い石造りの建物をうっすらいい具合に染めていく感じ。

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 海もいいんだけど、この街を囲むまわりの山々の、個性的なというか、それぞれ趣深い感じで並んでるのが、気になるなと。たぶんこれ、飛行機でパレルモに近づくときに空から見たら、湾の感じも含めてすごいいい眺めなんじゃないかなって思いますね。その意味では、次は空路でいいかも。

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 このあたりは市民住民のみなさんの朝のジョギング&散歩コースの定番っぽくなってて、まあそれにふさわしい景色の海岸だよなあという感じです。

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 海岸沿い道路にある何らかの施設前の、ちょっと何かよくわからないもの。
 自分が勉強不足なだけでたぶんキリスト教の何かしらの祝い事のための何かしらの神輿的なものだと思うのですが。
 茶化して言うなら、祇園祭新参の「薔薇船鉾」か、タイムボカンシリーズの悪玉トリオ登場、みたいな感じ。

 そしてここから数十分、軽く遠回りして宿へ戻るのですが、この朝の路地裏感がまたすがすがしいという。

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バロック。バルコニー。廃墟。
迷宮のようなと形容される路地。
大学へ向かうらしき学生たち。
さらに行くと、地元バール。地元パン屋。オシャレバール。オシャレB&B。
そして、泉。
うん、アタリっぽいのはこの路地だな、という感じ。(Via Alloroと言う)
このへんの地元店やオシャレ店でまったりできたらいいんだけど。

 駅前のがしゃがしゃ感からまた宿に戻ると、地下階の食堂で朝番の青年が、簡単な朝食をサーブしてくださる。フライドエッグがあるのが、朝の塩分・脂肪分摂取できてうれしいです。明日朝は電車で早い時間に発つんだ、と話すと、じゃあ小さい朝食の包みを作って用意して置くから電車の中ででも食いなせえ、と。実にありがたくもあたたかいというか、家族っぽいというか。これで一泊4000円台というのは申し訳ないですね。

 まだ朝8時ですが、ここで1記事として区切っていいほど、いい感じの朝散歩でした。

 現在3日目。
 これからの予定はいまのところこんな感じです。

11/19 ローマ着
11/20 ローマ→パレルモ(鉄道)
11/21 朝 散歩(★いまここ)
午前 モンレアーレ
午後 パレルモ市内
11/22 午前 パレルモ→カターニア(鉄道)

 まずはパレルモ郊外の山の教会、モンレアーレへエクスカーションに行きます。

posted by egamiday3 at 23:16| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

201611it イタリア・シチリア旅 2日目その3「シチリアン・フードにいいようにもてあそばれている」

 
 19:00 パレルモ着。
 パレルモはシチリアの州都ですので、シチリアまわりはまあここからスタートしますよねという感じですが。
 すでに薄暗みの中の駅前の様子をぐるっと見回してみると。
 ・・・・・・う、ちょっとがらが悪そう。
 道や建物が荒れている感じでごみごみしてる、街が粗そう、車が粗そう、路上の手持ち無沙汰さんがそこここにいっぱいおる、がしゃがしゃしていてかつ賑わっているという感じではないので、んー、駅前とは言え州都でこんな感じかと。宿にインしたあと街を軽く歩きましたが、州都で目抜き通りでまだ夜8時にならないくらいでしかないのに、え、ちょっとここ歩くのなんかやだな感がわりとあってあきらかにビビってる、っていう。後述の宿のマダムさんが「裏路地は行くな、表通りを歩け」ってアドバイスしてくださった、その表通りって、え、ここのことですか、ここ歩くんですか、っていう感じだから困る。バイクの運転が荒かったり、烏合の衆がかたまって騒いでたり(註:オープンなパブだった)。あと、スーパーを見つけたので入ったら、瓶が割れて床に撒かれた赤ワインがそのままだったり。
 んー、シチリアそうか、この先どうなんだろう、と。
 ただそれでも、慣れたら楽しそうだなって思えるのは、そういう街の粗さが、イコール、人が自由に暮らしてる感から来てるなっていうのがなんとなく分かるから。

 宿は、駅のどまん前にあるB&Bで、私宅を宿にしてはるから看板も表示もいっさいない、どこにそれがあるのかぜんぜんわかんなくて、Booking.comに書いてあった住所の番地だけを頼りに、ここのはずだよな、えいやっ、と呼び鈴を押す感じ。しかも、当初はパレルモ着23時の列車を予定していたのを先方に伝えてたので、まあまあ不審がられて1回では出てもらえなかったという。まあ、よくありますよねw
 それでもこのB&Bのマダムさんはすごくフレンドリーな方で、Booking.comで予約入れたときからわりと丁寧にメッセージくださってたので、よかったです。食事処や街歩きのおすすめも地図を使って初心者にわかりやすく説明する様子は、手慣れてるなあという感じだったし、バス関連の相談も(まあ正確さはともかくw)親身にのってくれたし、部屋もなに不自由ないふつーのB&Bでした。

 夕食に、街に出ます。
 とりあえず街の品定めに繁華街のほう、歩行者天国になってるあたりを無目的にぶらぶらブラウジングしつつ、スマホと予習メモで食事処を探していると、見つけた日本人ブログに「○○へ行くつもりが開いてなくて、たまたま別の店に行ったら当たりだった」みたいなことが書いてあって、ああそれなら期待できるかなあと。

 Le Delizie di Cagliostro
 http://www.ledeliziedicagliostro.it/

 街が粗いなあと思ってたのと真反対に、フロアさんの応対が丁寧でフレンドリー、日曜だからかそんなに混んでもいない。安心して気兼ねなく座らせてもらえる感じ。
 若手のウェイターの兄ちゃんがアンティパストにタラのカルパッチョをおしてくるんだけど、ちょっとお高いしなと思ってメニューを凝視してたら、シチリア料理のミストがどうのと書いてあって、ミストってミックスじゃないか(ちゃんとイタリア料理用語勉強してた)、これにしようとお願いして出て来たのがこちら。

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 ・・・やばい、まちがいない。美味い。

 シチリアの食べ物についてはものの本でうっすら予習(参照:http://egamiday3.seesaa.net/article/445202831.html)してきましたが、まず、左上の茄子はカポナータ、ラタトゥイユのイタリア版なんだけどこってり甘酸っぱいやつ、それにアーモンドかなんかのスライスがかかってる。オリーブも入ってたかな。こってり甘くてさっぱり酸っぱくて、しかもあったかくしてくれてるのが身体に染みる、これだけでパンでもパスタでも白ワインでもいくらでもいけちゃう感じ、イタリア版めしのともだなあ、なんならご飯にも合う。これはちまちまつまむ。
 左下が、トマトのブルスケッタ、バゲットでリッツパーティにしたやつ。トマトが美味い、ていうかトマトに下味してあるやつが美味い、まちがいない。ていうか、パンがさくさくしてて美味い、やばい何このパン。
 真ん中、イワシをたぶんオーブン焼きにしたベッカフィーコっていうやつ。巻いてるのも何か名前ついてたはず。それにパン粉をまぶして焼いてある。これにナイフを入れるんだけど、入れた瞬間にえっ?とびびったのが、豆腐みたいに柔らかくてナイフがすうって入る、え、どんだけ柔らかいのと思って口に入れたら、やっぱり柔らかい、身が舌の上でさらってなる。あんまイワシってそういうふうに味わうことないよなあって思ってたけど、次にびびったのが、これがまったくイワシ臭くない。生臭さも青臭さもない、え、これ白身か?って思うくらい。これはもうちょっとまとまった量で食べたかったかもしれないっていう。この柔らかさと生臭くなさは、この土地の素材の勝利? 下ごしらえ? オーブンのおかげ? 下に敷いてある檸檬の効き目? わかんないけど、これまでの自分のイワシ観に謝らないといけなさそうな感じ。
 真ん中の上、このお団子状のやつを”ポルペッタ”っていうのかしら? ものの本にブロッコリーのポルペッタというレシピがあって、これは食べたいよなあって思ってたんだけど、これは純粋にポテトっぽい。ただし塩気が効いてる、ああそうか、チーズか、ていう感じ。これもパンやワインがすすむ。
 さっきからパンやワインやと言ってますが、まずもってこの皿とは別に卓上にぽてんと置いてあるカゴいっぱいのパン、外食するとサービス料代わりに”コペルト”という名で必ず出るシステムの、があるのですが、このパンがそもそも美味いんですよ、さっきから。そういえばシチリアにはシチリアのパンがあるって書いてあった気がする、ゴマがふってあるの。ゴマの歯触り香りと、生地がもっちりしてそうでしつこくなく、甘みがあるようでしつこくなく、おかげで小麦摂取の手が止まらなくなりそうなのがやばいっていう。糖質制限の大敵。
 そのシチリアパンに何かがはさまってるのが左下のやつで、このはさまってるのなんだろう、平たくて焼いてあるか揚げてあるけど、はんぺんかなと思って食べたら、つぶした豆の味がするので、あ、そういえばひよこ豆を煎餅状にした食べ物(パネッレ)があるって聞いた、これのことかな、と思った。もっとチップス的なものを想像してたけど、これはこれで油っ気もあって思ったより美味い。ただ、パンにはさむほどの惣菜力はないだろうとは思うんだけど、これもパンもどっちも美味いから結果許せるという、なんかずるい。
 最後の右上がどうしてもわからなくて、油揚げの堅焼きみたいな、すごくコシのあるパンのようなものが薄くあって、トマトを塗ってチーズをふって焼いてある。少しだけ食べ残してウェイトレスのねえさんに聞いたら、「スフィンチーノ」とおっしゃる、ああこれがスフィンチーノか、シチリアにそういう変わり種ピザみたいなのがあるんだというのもまたものの本で読んだ。こんなコシのあって歯ごたえも噛みごたえもおもしろい生地のピザ?があるんだったら、これは常食にしたいですよ、というくらいのもの。日本でも流行ったらいいのに。

 見てください、前菜のひと皿でもうこれだけ↑興奮してる。
 シチリアン・フードにいいようにもてあそばれてる感じ。

 ここに加えて、パスタがこれです。

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 Pasta con Sarde alla Palermitana
 イワシのパスタです、トマト無しで、さっきのイワシみたいに何の生臭みも青臭みもないやわらかい身が、パスタの量と釣り合い取れないレベルでこれでもかというくらい入ってる、あと、レーズン(といってもケッパーくらいの小さくて丸い粒)と松の実、ハーブはフェンネル、あとたぶんタマネギ、そして上からまんべんなくたっぷり、魚粉か鰹節のようにばっさばさかかってるのが、パン粉ですね、たぶん煎ってある。
 すみません、多少行儀悪くも、ばくばく食べてる。イワシが美味いし、ダシが美味い、それの絡まるやや太麺のパスタがのどごしでぐいぐいくる勢いで美味い。ていうかこれもはや日本食っぽい、鰯細うどん的な。正直パン粉がちょっとよくわかんないんだけどw、シチリアはもうとにかくパン粉を使う土地柄らしく、そういうもんだと思うことにしました。

 正直、シチリア初日補正が相当かかってるだろう(ていうか、お昼ちゃんと食べてないし)とは思うのですが、今回の旅全体を通して美味かった店はどこかっていったら、1位はここです。ありがとうございました。

posted by egamiday3 at 23:07| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月07日

201611it イタリア・シチリア旅 2日目その2「海峡渡り2時間というアトラクションは"俺得"」

 ローマを出て約7時間、イタリア本土のつま先にやってきました。

map3.png

 そのつま先から海峡を渡ってシチリア島へ向かうのに、乗ってるこの列車が切り離され、客車ごとフェリーに載せられ、そのまま海を渡るのです。
 2日目にして早くもこの旅のメインアトラクションその2です。

 些少ながら参考文献を。
 「欧州ローカル列車の旅:ミラノ〜シラクーザ」
 http://europe.zouri.jp/siracusa/siracusa.html

 で、つま先の港町駅、ヴィラ・サンジョヴァンニ駅からシチリア島をのぞむと、こんな感じ。

IMG_4199.JPG
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 このくらいの近さです。海からわりとすぐ山になってるせいか、そびえてる感がわりとあって、思ってたより(&写真で見るより)威風堂々に見えます。
 しばらくぼーっと待ってると機械音がするので、先頭の客車まで行ってみると。

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 切り離されました。
 先頭の客車が切り離されたということは、これからおしりの方から後方へひっぱられるということかな。
 [機関車] [前方車両]=[後方車両]

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 そうこうしているうちに、港にシチリア島側(メッシーナ港)から来たフェリーがばしゃばしゃと到着してきました。時刻表からいってあのフェリーにはパレルモ発ローマ行きの列車(IC730便)が載ってるわけですね、そうか、ここですれちがうのか。鼻先をパカッと開けて、着岸します。
 あ、いま自分の乗ってる列車がガタンって後ろにゆれました、いま逆サイドに機関車がくっついたな。
 [前方車両]=[後方車両]=[機関車]

IMG_4208.JPG

 ・・・あれ、前方に走り出した。そうか、スイッチバック的に、いったん前方に全部寄せたあとでお尻からフェリーに入るのか。2隻ならんだフェリーがどんどん後方に遠ざかっていきます。
 で、止まった。と思ったら。

IMG_4209.JPG
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 隣にぴったりくっつくようにやってきたもう1本の列車。あんたあれやな、シチリアから来はったんやな、こんな近距離でリアルすれ違いとは。しかも、出逢いを味わう余韻もなく、あちらさんが即座にうしろへ引っぱられて行っちゃった。あんたこれから7時間かけてローマまで行かはるんやね、おきばりやす。
 そして今度は我々の番。ゆっくりゆっくり、そろそろとお尻から引っぱられていきます。
 [前方車両]=[後方車両]=[機関車]→  【 フェリー 】

IMG_4217.JPG

 自分は先頭車両(つまりお尻から入ってるほうの反対側)にいるのでなかなかフェリーに入りこまない、そうこうしているうちにあるところでいったん止まったかな、と思ったら、自分側の前方車両だけがちょっとだけ前に戻る。そのあと再度お尻から引っぱられていくので、あ、さっきのところで前方車両と後方車両が分割されたんだな、とわかります。

 [前方車両] 【 [後方車両]=[機関車]→  】

 さすがに全車両がフェリーにそのまま入るわけではないので分割されるだろうし、もっと言えば、切り離された前方客車群と後方客車群はそれぞれパレルモ方面(西)とシラクサ方面(南)に泣き別れることになります。
 そして、前方群たる我々もついにフェリー内へ。

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 おお、船底にレールが。そりゃそうかw
 そしてスタッフさんの向こうには、切り離された後方車両くんがいらっしゃる。

  【 [後方車両] 】
  【 [前方車両] 】

 というわけで客車の積み込み完了です。
 積み込まれてる間は乗客もフェリー内に降りれるので、積み込まれてる客車をパシャパシャ撮りました、こんな感じです、っていう。

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 存外にもすっぽり入ってるんだな、という印象。きゅうきゅう詰めってわけでもないし。

 で、ここからしばしの船旅です。

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 さよならイタリア半島。約1週間のお別れです。

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 シチリア島からイタリア本土に向けて細い岬がぐぐっと延びていて、↑この写真の正面前方に薄く見える鉄塔が、その端っこです。そしてその右に見えるのがイタリア本土、だいぶ北の方。

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 一応フェリーですから客席もありますし、ありがたいことに売店もある。そういえば朝からババひとつしか食べてないですね、というわけで、アランチーノ(シチリア名物のライスコロッケ)で遅い昼食をとります。

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 でまあ、数十分でシチリア島に到着です。
 あとは同じように進んだり戻ったりを繰り返したり繰り返さなかったりみたいな感じで、上陸しました。

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 シチリア側のメッシーナ駅を出るのがもう16時。つまりこれに2時間かけてるわけですね。
 まあやっぱり、人間だけ乗り換えた方が早くないかと思わなくはないですw
 でもやっぱり、海峡渡り2時間というアトラクションは、"誰得"かと言えば"俺得"なので、残っててほしいな。

 メッシーナ駅を出れば、あとはパレルモまで残り3時間です。

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 ティレニア海はどんどん陽が落ちて暗い暗い海になっていきます。

 ・・・・・・一日中電車乗ってるだけだったなあ。
posted by egamiday3 at 17:52| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする